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NTT技術ジャーナル 2015.1 36 情報通信サービスの環境負荷低減に向けた取り組み 高電圧直流給電システム NTTグループでは,通信ビル ・ デー タセンタの電力消費量の増大に伴いさ まざまな省エネ化施策に取り組んでい ます.この中で,電力システムの省エ ネ化施策として,NTT環境エネルギー 研究所はNTTグループ各社と連携し 直流380 VでICT装置に電力を供給す る高電圧直流 (HVDC)給電システ ムを,世界に先駆けて開発し現在は導 入段階に移りつつあります. HVDC給電システムは,商用の交流 200 Vを直流380 Vに変換し,蓄電池 に充電しつつICT装置に電力を供給し ます (1) .商用が停止した場合には蓄電 池から直接ICT装置に電力を供給する ことで,上位のエンジン発電機の起動 時間や駆けつけによる対処時間中の バックアップとして機能します.HVDC 給電システムと従来の交流給電システ ム ・ 48 V直流給電システムとの比較 図1 に示します.交流給電システム は主にデータセンタで導入されていま すが,変換段数が多いことから電力損 失が大きいこと,蓄電池からICT装置 高電圧直流給電システム テクニカルリクワイヤメント 給電系ガイドライン 4 1 2 2 1 1 2 3 UPS AC100 ~200 V DC48 V DC380 V 変換段数が 2 段のみ→シンプル 変換段数が 4 段と多い→複雑 MB: Motherboard 図 1  高電圧直流(HVDC)給電システム AC DC バッテリ バッテリ バッテリ AC DC AC DC DC DC DC DC DC DC AC DC MB MB MB AC DC 交流(AC)給電 直流(DC)給電(48 V系) 高電圧直流(HVDC)給電 ケーブルの細径化 (設備コスト低減) (設置自由度向上) システム効率の向上 (電力変換段数:少) 高信頼性 (蓄電池直結) 省スペース (設備コスト低減) ICT装置 直流電源装置 ICT装置 HVDC電源装置 ICT装置 変換段数が 2 段 構築コスト削減 損失削減 高電圧直流:ICT分野において,直流の給電電 圧は,電気通信用として世界的に直流−48 Vが 使用されています.これに対して,直流300〜 400 V程度の高い電圧範囲を高電圧直流と呼ん でいます. 高電圧直流給電システム導入拡大に向けた 取り組み 通信ビル・データセンタにおける給電システムは,省エネ化・ 低コスト化が期待できる直流380 Vとする高電圧直流(HVDC) 給電システムが注目されており,実導入段階にきています. 本稿では,HVDC給電システムの導入状況と標準化の取り組み, さらなる普及推進のためNTTグループで策定したテクニカル リクワイヤメントと給電系ガイドラインについて紹介します. やました のぶひこ /田 とおる /加 じゅん さくらい あつし /岩 たけし /新 しんたく たかはし /浅 あさきもり 木森 /花 はなおか まつもり ひろあき NTT環境エネルギー研究所

01 07 特集 - NTT38 NTT技術ジャーナル 2015.1 情報通信サービスの環境負荷低減に向けた取り組み の国際標準の制定をトリガに各国で HVDC給電システムの導入が進むと

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NTT技術ジャーナル 2015.136

情報通信サービスの環境負荷低減に向けた取り組み

高電圧直流給電システム

NTTグループでは,通信ビル ・ データセンタの電力消費量の増大に伴いさまざまな省エネ化施策に取り組んでいます.この中で,電力システムの省エネ化施策として,NTT環境エネルギー研究所はNTTグループ各社と連携し直流380 VでICT装置に電力を供給する高電圧直流*(HVDC)給電システ

ムを,世界に先駆けて開発し現在は導入段階に移りつつあります.

HVDC給電システムは,商用の交流200 Vを直流380 Vに変換し,蓄電池に充電しつつICT装置に電力を供給します(1).商用が停止した場合には蓄電池から直接ICT装置に電力を供給することで,上位のエンジン発電機の起動時間や駆けつけによる対処時間中のバックアップとして機能します.HVDC

給電システムと従来の交流給電システム ・ 48 V直流給電システムとの比較を図 1 に示します.交流給電システムは主にデータセンタで導入されていますが,変換段数が多いことから電力損失が大きいこと,蓄電池からICT装置

高電圧直流給電システム テクニカルリクワイヤメント 給電系ガイドライン

4 1 2

21

1 2 3

UPS

AC100~200 V

DC48 V

DC380 V

変換段数が 2段のみ→シンプル変換段数が 4段と多い→複雑

MB: Motherboard

図 1  高電圧直流(HVDC)給電システム

AC DC

バッテリ バッテリ

バッテリ

ACDCACDCDCDC

DCDC

DCDC

ACDC

MBMB

MB

ACDC

交流(AC)給電 直流(DC)給電(48 V系)

高電圧直流(HVDC)給電 ケーブルの細径化(設備コスト低減)(設置自由度向上)

システム効率の向上(電力変換段数:少)高信頼性(蓄電池直結)省スペース(設備コスト低減)

ICT装置 直流電源装置 ICT装置

HVDC電源装置 ICT装置

変換段数が 2段

構築コスト削減

損失削減

*高電圧直流:ICT分野において,直流の給電電圧は,電気通信用として世界的に直流−48 Vが使用されています.これに対して,直流300〜400 V程度の高い電圧範囲を高電圧直流と呼んでいます.

高電圧直流給電システム導入拡大に向けた 取り組み

通信ビル・データセンタにおける給電システムは,省エネ化・低コスト化が期待できる直流380 Vとする高電圧直流(HVDC)給電システムが注目されており,実導入段階にきています.本稿では,HVDC給電システムの導入状況と標準化の取り組み,さらなる普及推進のためNTTグループで策定したテクニカルリクワイヤメントと給電系ガイドラインについて紹介します.

山やました

下 暢のぶひこ

彦 /田た な か

中  徹とおる

/加か と う

藤  潤じゅん

櫻さくらい

井  敦あつし

/岩い わ と

戸  健たけし

/新しんたく

宅 幹み き お

高たかはし

橋 晶あ き こ

子 /浅あ さ き も り

木森 孔こ う き

貴 /花はなおか

岡 直な お き

松まつもり

盛 裕ひろあき

NTT環境エネルギー研究所

NTT技術ジャーナル 2015.1 37

特集

間には直流から交流に変換する変換器が必要となるため,信頼性を確保する対策を要するなどの課題があります.

一方,48 V直流給電システムは,通信ビルで導入されており,シンプルな構成のため極めて高い信頼性を維持しています.しかし近年,ICT装置の電力消費の増加に伴い電流が増加するため,ケーブルが太くなる傾向にあり,ケーブル敷設の施工性やICT装置の設置自由度に課題が出てきています.これに対してHVDC給電システムは,48 V直流給電システムと同様のシンプルな構成のため,極めて信頼性が高く,変換段数も少ないことから電力ロスも低減でき,また電圧を高くするた

め電流が減り,ケーブルの細径化が可能です.

これまで,NTT環境エネルギー研究所はHVDC給電システムの全体構成を整理するとともに,NTTグループと連携し各種給電装置類(整流装置,電流分配装置,コンセントなど)を開発し,販売しています.特に,安全性に配慮し,感電のリスクを回避するため露出のないコネクタやコンセントを開発するとともに,接地方式を工夫し,万が一感電しても人体に流れる電流を抑制するなどの対策を行ってきました.また,電気的安定性を確保するために,ICT装置で短絡等の事故が生じ,ヒューズなどの遮断器が開放する

際の電圧変動がほかのICT装置に影響を及ぼさないよう,電圧変動を抑制した新たなヒューズや電流分配装置を開発しました.開発した給電装置類や接地方式を図 2 に示します.

国際標準化

HVDC給電システムを普及推進するためには国際標準化が必要であり,NTT環境エネルギー研究所は国際電気 通 信 連 合 電 気 通 信 標 準 化 部 門

(ITU-T)において積極的に標準化策定にかかわり,ICT装置の入力点に対する要求条件(L.1200)や給電システム構成への要求要件(L.1201)の制定に貢献してきました(2),(3).これら

図 2  HVDC構成製品のラインアップ

100 kW システム:15 kW×( 7 + 1 )

500 kWシステム:100 kW×( 5 + 1 )入力盤 電源モジュール盤 出力盤 直流分電盤

ヒューズタイプMCCB タイプ

商用AC200 V

電圧変換装置

バッテリ ケーブル保護盤 接地方式コネクタ

電流分配装置

ICT装置(HVDC対応)

ICTラック

電源プラグHVDCコンセントバー

ICT装置(HVDC対応)

ICT装置(DC48 VやACなど)

ICT装置(DC48 VやACなど)

整流装置

DC380 V

NTT技術ジャーナル 2015.138

情報通信サービスの環境負荷低減に向けた取り組み

の国際標準の制定をトリガに各国でHVDC給電システムの導入が進むとともに,HVDC対応ICT装置のラインアップが増えてきました.

NTTグループへの導入

NTTグループのHVDC給電システムの導入では,研究所へのトライアルをはじめとして,NTTファシリティーズの電力監視システムに実導入を果たすとともに,最近ではNTTコミュニケーションズの大規模システムへの導入を完了しました.この大規模システムは₅00 kWシステムを 8 システム導入し,全体で約 4 MWと非常に大きなシステムであり,導入コストの低減や

電気料金の削減に貢献しています.今後NTTグループがHVDC給電シ

ステムをさらに普及推進していくにはHVDC対応ICT装置のラインアップ拡充とさらなるシステムコストの低減が必要です.NTT環境エネルギー研究所では,NTTグループがHVDC対応ICT装置を調達していく際の技術資料として,テクニカルリクワイヤメント

(TR)の制定と給電システムの開発 ・調達 ・ 設計 ・ 施工において考慮すべきインタフェース条件や機能条件などの指針である給電系ガイドライン(GL)を策定しました.TRの制定によりNTTグループは広くHVDC対応ICT装置を調達する意志があることを世界に

アピールすることができ,ICTベンダの開発 ・ 製品化を後押しすることができます.またGLの制定により,給電システムの設計要綱などのマニュアルに反映することができるため,標準的な設計や施工の確立によりさらなる構築のコスト低減が可能となります.■TRの規定項目

TRはICT装置の入力部に対する要求条件であり,国際標準との整合を図るため,ITU-T L.1200をベースとして電圧範囲や異常電圧時の動作条件など基本的な条件を盛り込みました(4).規定範囲を図 ₃ に,主な規定項目を図₄ に示します.ここで,NTTグループが事業運営していくにあたって,必

本TRの引用が可能

図 3  TRの規定範囲

PSU マザーボード

バッテリ

整流装置

基本構成 DC380 VACDC

ICT装置

本TRのインタフェース(L.1200準拠)

ICTラック

PSU マザーボード

バッテリ

整流装置

その他の構成

DC380 V

DC12 VDC48 Vなど

DC48 VAC100 Vなど

ACDC

ICT装置

ICTラック

PSU

バッテリ

整流装置

DC380 VACDC

ICTラック

DC 48 V入力装置AC 100 V入力装置等

PSU: Power Supply Unit

NTT技術ジャーナル 2015.1 39

特集

要な項目について検討を進めました.安全性や電気的安定性の観点を重視し,感電リスクを低減するためICT装置停止時における蓄積エネルギーのレベルや定格電圧や最大定格容量等の規定を設けました.また,これまで48 V直流給電システムで規定されていた,発振条件や突入電流の詳細条件などについてリスク評価を実施し,HVDC給電システムではリスクが小さいことを明らかとしました.本TRにより,ICTベンダはHVDC対応ICT装置の開発 ・販売がしやすくなり,NTTグループは広くHVDC対応ICT装置を調達することが可能となります.TRの発行を契機にHVDC給電システムを201₆年

から本格導入するニュースリリースを発出しました(₅).■GLの規定項目 

GLは給電システム全体の要求条件であり,NTTグループが事業運営するにあたって安全かつ信頼性を確保しHVDCシステムを導入 ・ 運営するための規定を盛り込みました.HVDC給電系GLの規定範囲と主な項目を図 ₅に示します.すでに48 V系の給電系ガイドラインは発行されていますが,HVDC給電システムでは,普及拡大を特に意識し,安全性を確保しつつ従来の規定が緩和可能か検討を進めました.例えば,48 V系では整流装置が設置しているフロアから別のフロアに

設置されているICT装置に電力を供給する異フロア給電はノイズや迷走電流,直撃雷による過電圧等のリスクのため禁止されていました.HVDC給電システムでは,接地方式が異なり,ノイズと迷走電流に対するリスクは低減できるため,直撃雷によるリスクを低減する対策について検討を進めました.NTT環境エネルギー研究所とNTTファシリティーズでは,サージ防護デバイス(SPD)を開発し,過電圧の抑制効果を明らかにするとともに,SPDの設置条件を整理しました.これにより,異フロア給電が可能となる指標を示すことができました.また,遮断器開放時における過渡電圧が他の

コンバータ

ICT装置整流装置

フィルタ

バッテリ

ACDC

コンバータフィルタ

突入電流

ICT装置の動作電圧範囲 DC260 V ~ 400 V

図 4  TRの主な規定項目

異常直流電圧範囲を超える電圧

動作電圧範囲

異常直流電圧範囲

異常直流電圧範囲

410400

2k

500

電圧

420410400

260

0 20μ 100 m 1 (s)

(v)(v)

260

0

電圧範囲の定義 試験条件

○異常時における動作条件ICT装置の動作電圧範囲を逸脱した電圧条件(過電圧,瞬時停電など)における動作条件を規定

○ 1給電系統当りの定格容量※

最低動作電圧時において上位の遮断器が開放しないよう,ICT装置の搭載電源について, 1 給電系統当りの定格容量を規定

○突入電流突入電流による遮断器の意図しない保護動作を防止するため,通過電流と時間を規定

○電圧範囲

正常条件異常条件

遮断器開放

ICT装置の動作電圧範囲を規定

定格容量:7.8 kW以下

○定格電圧※

装置の効率等の特性を適切に比較するため,ICT装置の定格電圧を規定 L.1200の試験電圧に準拠

定格電圧:直流380 V

○安全性※

ICT装置の搭載電源入力部において感電を防止する構造や危険が減少する設計等の条件を規定

※国際標準L.1200規定項目以外の追加規定項目

NTT技術ジャーナル 2015.140

情報通信サービスの環境負荷低減に向けた取り組み

ICT装置に及ぼす影響についても評価し,詳細なモデルにて実験・シミュレーションを行いました.NTT環境エネルギー研究所が開発したヒューズおよび電流分配装置により,過渡電圧はITU-T L.1200の動作電圧範囲に収まることを明らかとし,安定した運用が可能であることを確認しました.

今後の展開

前述したTR,GLにより,NTTグループは本格的な導入体制を整えることができ,導入戦略を立案しました.201₆年度から本格導入を開始し,2030年までにはHVDC給電システムを基本システムとすることを目指していきます.高効率 ・ 高信頼 ・ 低コストなHVDC給電システムの普及により,電気料金の削減と導入コストの低減が期待できます.

今後,ICT装置ベンダなどのステークホルダへの働きかけを強めることで,HVDC対応ICT装置のラインアップを拡充していくとともに,給電シス

テム全体のコスト低減をさらに進め,HVDC給電システムの導入を加速させていきます.

これにより,情報通信分野のさらなる省エネルギー化を推進していきます.

■参考文献(1) T. Babasaki, T. Tanaka, Y. Nozaki, T. Tanaka,

T. Aoki, and F. Kurokawa: “Developing of higher voltage direct-current power-feeding prototype system,” INTELEC200₉,pp.1-₅, 200₉.

(2) ITU-T L.1200: “Direct current power feeding interface up to 400 V at the input to telecommunication and ICT equipment,” 2012.

(3) ITU-T L.1201: “Architecture of power feeding systems of up to 400,” 2014.

(4) http://www.ntt .co. jp/ontime/img/pdf/tr1₇₆002ed1_j.pdf

(5) http://www.ntt.co.jp/news2014/1408/140804a.html

図 5  HVDC給電系GLの規定範囲と主な規定項目

HVDC給電システム

整流装置

HVDC電源装置

バッテリ

電流分配装置

変換装置

搭載電源

マザーボード

ICT装置

TR(2014年 6 月制定)

既存タイプICT装置(DC48 VやACなど)

DC380 V

HVDC給電系GL規定範囲

ACDC

1

2 - 3 2 - 23

2 - 1

1

2

3

配線条件,異フロア給電,接地

2 - 1  定格電圧・容量,入力電圧範囲, 異常条件,EMC*2 - 2  電流遮断機能,EMC2 - 3  電源構成,脈動電圧,EMC

配線条件,接地,EMC

*EMC(電磁両立性):電気機器が放出する電気的ノイズを抑え,かつ周囲からの電気的ノイズによって電気機器が影響を受けないための2つの性能

(後列左から) 櫻井  敦/ 浅木森 孔貴/ 高橋 晶子/ 花岡 直樹/ 松盛 裕明/ 加藤 潤(右上)

(前列左から) 岩戸  健/ 山下 暢彦/ 田中  徹/ 新宅 幹雄

HVDC給電システムの普及を推進し,NTTグループの省エネ化に貢献するとともに,世界に広げていきます.また,さらなる給電システムの省エネ ・低コスト化となる給電トポロジの研究開発を加速していきます.

◆問い合わせ先NTT環境エネルギー研究所 エネルギーシステムプロジェクト エネルギー供給方式グループ

TEL 04₂₂-₅₉-388₇FAX 04₂₂-₅₉-33₁4E-mail tanaka.toru lab.ntt.co.jp