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4 4 2017 2017 INSTITUTE OF   MATION SYSTEMS KANSAI INSTITUTE OF   INFORMATION SYSTEMS 一般財団法人 関西情報センター KANSAI INSTITUTE OF INFORMATION SYSTEMS KANSAI INSTITUTE OF INFORMATION SYSTEMS KANSAI INSTITUTE OF INFORMATION SYSTEMS KANSAI INSTITUTE OF INFORMATION SYSTEMS 特集:「ブロックチェーン」

DIC 82s* KANSAI INSTITUTE OF INFORMATION SYSTEMS … · 最近、ブロックチェーン技術への注目が高まってい る。仮想通貨であるビットコインを実現するための方

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VOL.VOL.15415415415420172017

KANSAI INSTITUTE OF    INFORMATION SYSTEMSKANSAI INSTITUTE OF  

INFORMATION SYSTEMSKANSAI INSTITUTE OF   INFORMATION SYSTEMS

一般財団法人 関西情報センター

KANSAI INSTITUTE OF INFORMATION SYSTEMSKANSAI INSTITUTE OF INFORMATION SYSTEMSKANSAI INSTITUTE OF INFORMATION SYSTEMSKANSAI INSTITUTE OF INFORMATION SYSTEMSKANSAI INSTITUTE OF INFORMATION SYSTEMS

DIC 82s*

特集:「ブロックチェーン」

定価¥5 0 0(送料込)(ただし、一般財団法人関西情報センター会員については、年間購読料は年間会費に含まれております。)

◇ごあいさつ 一般財団法人関西情報センター 会長  森下 俊三 …………1

◇ 特集テーマ「ブロックチェーン」 ……………………………………………………………………………2

 □「ブロックチェーンのインパクト」 ……………………………………………………………………………3

国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)

主幹研究員・准教授 研究部長  高木 聡一郎

 □(企業紹介)シビラ株式会社(ブロックチェーン) ……………………………………………………………9

 □(JIPDECからのお知らせ)

  ISO/TC307に係る国内審議団体のお知らせ ………………………………………………………… 12

◇インフォテック2016 実施報告

 「AIが変わる。AIで変わる ~近未来のビジネス像を探る~」 ……………………………………… 14

◇賛助会員企業のご紹介

  ユアサM&B株式会社 ……………………………………………………………………………………… 35

 

KIIS Vol. 154 目    次

本誌は、当財団のホームページでもご覧いただけます。http://www.kiis.or.jp/content/info/magazine.html

KIIS Vol.154 ISSN 0912-8727平成29年 1月発行人 田中 行男発行所 一般財団法人 関西情報センター    〒530-0001 大阪市北区梅田1丁目3番1-800号 大阪駅前第1ビル8F TEL. 06-6346-2441

ご あ い さ つ一般財団法人関西情報センター

                                    会長 森下 俊三

 新年あけましておめでとうございます。本年もよろしくご支援の程お願い申し上げます。 さて、世界経済はテロや反グローバリズムなどによる不安定さを示しながらも少しずつ前進しているように見えますが、経済の牽引役としての ICT 分野では AI や IoTという新しいテクノロジーが確実に進化を遂げており、今、第四次産業革命が起きつつあると言われています。 我々の生活を便利で豊かなものに変える可能性のある新しい技術やサービスの出現は、一方で従来型の技術やサービスに大きな影響を与えます。特に AI 技術はその進化によって人の職業が失われる可能性にも注目が集まっていますが、こうした社会的な課題は技術が現実に浸透して初めて浮きぼりになってくるものかもしれません。昨年開催した「インフォテック2016」では「AI が変える。 AIで変わる」をテーマにこの分野の最先端の講師の方々にこうした点も含めて議論いただき、大変な好評を頂戴しました。 一方、IoT/IoEとサイバーセキュリティの関係も同様です。 IoT / IoE により我々の生活のあらゆるシーンでインターネットと接続されるということは、それだけ目に見えない悪意にさらされるリスクを負うという側面を理解しておく必要があります。今後は、コミュニケーション系の情報セキュリティと IoT などによる制御系の情報セキュリティの両方の議論を進めていく必要があり、KIIS が運営する「サイバーセキュリティ研究会」においても取り上げていく予定です。

 また、AI技術、IoT/IoEを利用したサービスに欠かせないものが、ビッグデータです。昨年の12月には、「官民データ活用推進基本法」が成立しました。これによって自治体では府県、市町村ともに「官民データ活用推進基本計画」の策定が求められているようです。国や自治体のオープンデータの推進と民間のデータ活用は、データの加工コストや匿名情報の利用など、いくつかの課題がありますが、地域振興のために地域全体でデータを活用する動きが活発化することを期待しています。 もう一つ最近注目されている技術に「ブロックチェーン技術」があります。当初はビットコインなどの電子通貨の取引の信頼性を担保するフィンテック技術の一つとして注目されましたが、最近ではその特性が IoT / IoE への高い親和性を持つ技術として評価され、様々な分野での導入が模索されています。今回の誌面では「ブロックチェーン」を特集として取り上げ、国際大学 GLOCOM の高木先生にわかりやすく解説していただきました。ぜひご一読下さい。 当財団は、引き続き時代の流れを迅速かつ的確にとらえ、賛助会員の皆様や地域の皆様に情報の提供を行い、問題解決に向けたコミュニティの形成や提言を実施してまいります。 賛助会員の皆様方をはじめとする関係各位におかれましても、引き続きご理解・ご協力のほどお願い申し上げます。 皆様にとりまして、この2017年が素晴らしい年になりますようお祈り申し上げ、新年のごあいさつとさせていただきます。

1

2

特集「ブロックチェーン」

 今回の特集テーマは、「ブロックチェーン」です。

 ブロックチェーンは、仮想通貨ビットコイン

の基盤技術として最近とても注目されている技

術の一つです。

 ブロックチェーンには 2 つの大きな特徴があ

ります。一つ目は、データの改ざんが難しいと

いう点、二つ目はインターネット上での分散処

理を行うという点です。

 改ざんが難しいという点は、簡単に言うと、

インターネット上のブロックチェーンで繋がっ

たデータを改ざんするには非常に大きな手間が

かかり、現実的には難しいということです。す

べてのモノがインターネットにつながる時代、

「IoT/IoE の時代」になって、インターネット上

で取り扱われる多くのデータの信ぴょう性が大

変重要になります。今後その信ぴょう性を担保

する一つの技術になるでしょう。

 もうひとつは、複数のコンピュータでデータ

を互いに管理するということです。少し乱暴な

言い方になりますが、従来のホストコンピュー

タによる集中処理に対して、サーバークライア

ントの分散処理が表れ、さらにクラウドコン

ピューティングによりインターネット上での集

中処理に回帰し、またブロックチェーンによる

分散処理へと遷移し、コンピュータの処理形態

は長い間「集中」と「分散」の間で揺れ動いて

きたように思えます。

 ブロックチェーン技術は、従来のクラウドコ

ンピューティングの集中処理に対局するインパ

クトになることは間違いありません。アーキテ

クチャそのものがシェアリングエコノミーサー

ビスに通じるところもあり、様々なサービスの

ありかたにも影響を及ぼす可能性を秘めていま

す。

 今回はこの分野で著名な国際大学コミュニ

ケーション・センター(GLOCOM)の高木 聡

一郎先生に「ブロックチェーンのインパクト」

というタイトルでわかりやすくご執筆いただき

ました。

 また、大阪でこのブロックチェーン技術を利

用してベンチャーを立ち上げたシビラ株式会社

をご紹介させていただきました。

 さらに JIPDEC では、ブロックチェーンと電

子分散台帳技術に係る専門委員会の国内審議団

体として活動を始めたことが昨年の11月に公表

されています。

 こうした動きを見ると2017年はブロック

チェーン技術を利用した様々なサービスの始ま

りの年になりそうな気がします。この技術によっ

て我々の生活が一層便利になり、インターネッ

トの世界をより安全に安心して利用できるよう

になること願います。

総務企画グループ(田中(真))

3

はじめに

 最近、ブロックチェーン技術への注目が高まってい

る。仮想通貨であるビットコインを実現するための方

式として考案・開発されたこの技術は、仮想通貨のみ

ならず様々な用途への応用可能性が指摘されている。

ブロックチェーンはどのような特徴を持つ技術であ

り、どのような応用が考えられるのだろうか。また、

その結果どのような社会的インパクトがあり得るのだ

ろうか。本稿では、ブロックチェーン技術を概観した

後、この技術が社会にもたらしうる影響について検討

する。

ブロックチェーン技術とは

 ブロックチェーンは、ビットコインを実現する過程

で生まれた技術であり、その著者が誰であるかが現在

も明らかになっていない「サトシ・ナカモト論文」で

提唱された仕組みである。ビットコインから始まった

ため、金融あるいはフィンテックの文脈で語られるこ

とが多いが、ブロックチェーンは、情報管理に関する

汎用的な技術でもあり、最近は台帳管理からモノのイ

ンターネット(IoT)に至るまで、広範囲な活用に期

待が高まっている。

 まず、ブロックチェーン技術がどのようなものかを

概観していこう。ブロックチェーンはまだ進化の過程

にあるため、定義も定まったものはなく、様々なもの

が乱立している。その多くはブロックチェーン技術の

仕組みに着目したものだが、ユーザーの視点からこの

技術が実現することに着目すれば、筆者は以下のよう

に捉えることができると考えている。

「ブロックチェーンとは、インターネット技術の上に

構築される価値交換のための分散型インフラ技術であ

る。」(図 1 )

図1 ブロックチェーンとインターネット

 ここには二つのポイントがある。一つは「価値交換」

という点であるが、価値を交換するためには主体と主

体の関係(誰から誰に価値が交換されるのか)、そし

て主体と価値の関係(誰が持っている、どのような価

値なのか)を定義する必要がある。ブロックチェーン

は、こうした二つの関係性を定義することで、価値を

交換することを可能にする。

 もう一つのポイントは、「分散型のインフラ技術」

という点である。上記の価値交換の仕組みを特定の事

業者(例えば銀行や取引所)ではなく、不特定多数に

より運営されるインフラ技術として実現されるという

ことである。インターネットが、世界中の様々な主体

の連携により、世界規模での情報の交換を可能にした

のと同じように、ブロックチェーン技術は不特定多数

の運営者の連携により、世界規模での価値の交換を可

能にするものである。

ブロックチェーンの 3 大要素と仕組み

 ブロックチェーンには様々なバリエーションがある

が、多くの場合は 3 つの共通する要素が見られる。こ

こではビットコインを例に、この 3 つの要素について

概観する(図 2 )。

 第一の要素は、データの連結による偽造防止であ

る。ブロックチェーンは、世界中の取引データを一定

時間ごとに集約してブロックと呼ばれるデータのかた

まりを作成する。そして過去に作成されたブロックと

連結していくが、その時に過去のブロックの要素を、

国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM) 高木 聡一郎

ブロックチェーンのインパクト

ブロックチェーン

4

ハッシュ処理を活用して、次のブロックに入れてい

く。そのため、過去のデータを改ざんすると、新しい

ブロックまで全て改ざんしなければならない。これに

よって、過去の取引が改ざんできない仕組みとなって

いる。

 もう少し具体的にブロックチェーンのデータ構造を

示したものが図 3 である。ビットコインの場合は平均

10分ごとにブロックを作成していくが、ブロックに取

り入れる個々の取引データは、ツリー構造を伴うハッ

シュ処理を用いて集約される。ここで最終的に得られ

た「ハッシュ木のルート」と呼ばれる小さな値が、ブ

ロックのヘッダー部分に組み込まれる。これによって、

取引データのごく一部でも改ざんしようとすると、

「ハッシュ木のルート」が変わってしまうことになる。

ハッシュ木のルートが変わると、それを含んだブロッ

クヘッダーが変わってしまうため、それに続く後のブ

ロックのヘッダーも変更しなければならないという仕

組みである。このようにして、ブロックチェーンでは

誰もが変更できるにもかかわらず、改ざんすると、そ

のことが他の利用者に見えてしまうという仕掛けに

なっている。

 第二の要素は、主体と情報資産の紐付けである。例

えばコインの持ち主は公開鍵のハッシュ値で指定さ

れ、その公開鍵に対応する秘密鍵を持っていることを

証明できれば、そのコインを使うことができる。ここ

での主体とは、人や企業、組織などだが、モノのイン

ターネットの場合は各デバイスにまで拡張することも

できるだろう。新しい取引データを作成するには(例

えば花子から次郎にコインで支払う)、花子はそれが

どこから手に入れたコインなのか、そして誰に支払お

うとしているのかをまとめて、公開鍵暗号方式を用い

た電子署名を付与する。この方法により、コインの 2

重払いを防止するとともに、確実に資産の移転を行っ

ていく。ちなみに、ここでの公開鍵には認証局による

公開鍵証明書などは付与されない。あくまでも当事者

が相手の公開鍵のハッシュ値を知ってさえいれば、送

金できる仕組みとなっている。(この公開鍵のハッシュ

値がアドレスの役割を果たしている。)

 第三の要素は、不特定多数のコンピュータによる情

報管理である。ブロックチェーンでは、どこか特定

のクラウドやサーバーに情報を保管しておくのではな

く、多数のコンピュータで同じデータを持ち合ってお

き、分散して管理する。そのため、特定の大規模なサー

バーが不要であり、またどこか一箇所のデータが失わ

れても、他の参加者のコンピュータが動いていればシ

ステムを維持することができる。こうした不特定多数

によるシステム管理をピアツーピア(P2P)と呼ぶ。

 この P2P システムで最も重要なのは、ブロック作

成の作業である。世界中のどこでも新しいブロック

を作成できるということは、場所によって異なるバー

ジョンのブロックチェーンが出来てしまう可能性があ

る。これを解決するのが、プルーフ・オブ・ワークと

いう仕組みである(図 4 )。

 ブロックを作成するコンピュータは、新たに作成さ

れたヘッダー部分のハッシュ処理を行う。その際、あ

図2 ブロックチェーンの 3 大要素

図3 ブロックチェーンの構造

ブロックチェーン

5

らかじめ決められた閾値よりも小さな値にならなけれ

ばならない。元のデータからどのようなハッシュ値が

生成されるか予測不能であるが、同じデータからは必

ず同じハッシュ値が生成されるため、ナンスと呼ばれ

るランダムな値を付け加えながら、何度も何度もハッ

シュ処理を繰り返す。ビットコインの場合、この作業

が平均10分かかるように設定されており、これがブ

ロックの間隔が約10分であることの理由だ。

 こうしたブロック作成作業は、全世界で競争されて

おり、最も早く作成できたコンピュータが、世界に

新しいブロックを提供する。もし、ほぼ同時に二つの

異なるブロックができた場合は、その後に続くブロッ

クが結果的に長くなった方が正統とされる。また、仮

に過去のブロックを改ざんして、ブロックチェーンを

分岐させることがあっても、前述のプルーフ・オブ・

ワークと呼ばれる処理を行わなければならないため、

最新のブロックチェーンより長くなることは難しい

(図 5 )。これがプルーフ・オブ・ワークを行う理由

であるが、電気代をはじめとするリソースの無駄遣い

との批判もあり、最近ではプルーフ・オブ・ステーク

など他の方式も検討・採用されている。

 なお、新しいブロックを作成できた人には、まった

く新規のビットコインが発行される。このコインの新

規発行が、ブロック作成作業を通じてブロックチェー

ンの維持・管理に参加しようとするインセンティブと

なる。

ブロックチェーンの基本的な長所と短所

 ここまで見てくると、ブロックチェーンの基本的な

長所と短所が浮かび上がってくるだろう。ブロック

チェーンにも様々なバリエーションがあり、その技術

も日進月歩で進化を続けているため、一概には言えな

い面もあるが、ブロックチェーンの基本的な仕組みか

ら、その長所と短所は以下のように整理できる(図 6 )。

図6 ブロックチェーンの基本的な長所と課題

 長所から見ると、まずブロックチェーンは誰もが見

たり更新したりできる「公開された」システムであっ

ても、情報の改ざん・偽造が極めて難しいということ

だ。そのため、多数の関係者で情報を共有したり、多

くの組織が連携して処理を行う際の基盤として使いや

すいという面がある。また、先にみたように、情報資

産と主体の関係を公開鍵方式でリンクしていくため、

仮想通貨に限らず様々なデジタル化された資産の流通

管理に使える。また、分散型のネットワークで処理を

行うため、どこか一つのサーバーがダウンしても運用

を継続できることや、信頼できる第三者組織などが無

くても、コインの発行を通じて不特定多数の関係者に

よりシステムを維持管理できるインセンティブが内在

しているのも特徴である。

 一方、どうしても一定間隔ごとにブロックを作成す

るため、データが確定するのに時間がかかってしま

う。ビットコインの場合はおよそ10分であるが、後述

図4 プルーフ・オブ・ワークの仕組み

図5 ブロックのフォーク

ブロックチェーン

6

するイーサリアムだと15秒弱と短縮されている。また、

不特定多数のコンピュータで最新状況を共有しながら

処理を行うため、どうしても大量のデータを処理しに

くいという面がある。ビットコインの場合は 1 秒間あ

たり 7 取引が限界とされる。また、公開されたブロッ

クチェーンでは、どのようなアドレスにいくら分のコ

インが送金されたかといった情報が他の参加者に見え

てしまうほか、秘密鍵をどのように管理するか、秘密

鍵を紛失した場合にどのように処理するか等、異常時

の処理にも課題が残っている。但し、こうした課題に

対する解決策も急ピッチで検討されており、それ自体

が一つのビジネスとなりつつある。

進化する技術と広がる応用可能性

 以上で見た長所や短所は、基本的なブロックチェー

ンの仕組みに基づいているが、ビットコインの登場

後、急速な進化を続けている。当初は仮想通貨の管理

に使われたブロックチェーンだが、登場後から間もな

く、より汎用的なデジタル資産への応用が検討され始

めた。例えば多くの金融商品、たとえば債券、株式、

コマーシャル・ペーパーなどはデジタル化が容易なた

め、ブロックチェーン上での管理もしやすい。最近多

くの金融機関で実証実験が行われているのは、こうし

たデジタル化された金融資産をブロックチェーン上で

管理しようとするものだ。一方、実物資産でもデジタ

ル情報とのリンクをうまく行えれば、ブロックチェー

ンに載せることができる。例えばエバーレッジャー社

は、ダイヤモンドの特徴をデジタル化し、ブロック

チェーン上で持ち主を管理するサービスを提供してい

る。こうした「管理対象の拡大」がブロックチェーン

の進化の第一歩であり、上記以外にも様々なものが提

案されている(表 1 )。

スマート・コントラクト

 ブロックチェーンの原型は情報を載せる台帳のよう

なものであり、データを操作するのは基本的に外部

のアプリケーションの仕事であった。しかし、徐々に

ブロックチェーン上にコンピュータ・プログラムを格

納し、動作させることもできるようになっている。ブ

ロックチェーン上にデータだけでなくプログラムも載

せることで、デジタル資産を登録するだけでなく、資

産の移転やそれに付随する業務を自動的に実行する

「スマート・コントラクト」と呼ばれる仕組みが生ま

れてきた。

 こうした仕組みを発展させ、汎用的にどのようなプ

ログラムでも実行できるようにした仕組みが「イー

サリアム」である。ここに至って、ブロックチェーン

は資産を管理するための「台帳」という役割から、汎

用的なネットワーク型コンピュータへと変わりつつあ

る。ビットコインやイーサリアムに加え、現在では、

Linux Foundation が主導する「ハイパーレッジャー」

プロジェクト内で複数のプラットフォームの開発が進

むなど、仕組みの多様性が増している。なお、ビット

コイン、イーサリアム、ハイパーレッジャーはいずれ

もそのソフトウェアのプログラムが公開されており、

利用者が独自にブロックチェーンを立ち上げたり、カ

スタマイズすることが可能である。

 ところで、ブロックチェーンは不特定多数のコン

ピュータにより維持されるオープンなものがその原型

であるが、情報が外部に筒抜けになってしまうこと

や、不特定多数であるが故の処理速度の遅さなどに課

題があった。そこで、クローズドの環境でブロック

チェーンを使おうとする動きも目立ってきている。イ

ンターネットに対する社内イントラネットのようなも

のだ。こうした使い方は、「パーミッションド」や「許

可型」とも呼ばれる。クローズドにすることで、情報

の秘匿性や処理速度を大幅に向上することができる。

表1 ブロックチェーンで管理できる可能性がある対象の例

出典:Swan (2015) “Blockchain” O’Reilly を元に作成(筆者訳)

ブロックチェーン

7

ブロックチェーンとビジネスモデル

 先に見たように、ブロックチェーンの長所は、情報

の偽造が困難、情報資産の流通管理を行える、障害が

発生しにくい、中央管理者が不要などである。一方で、

特にオープン型の場合は、情報の秘匿性が低い、処理

速度が遅いといった弱点もある。これらの特徴を総合

すると、どのような活用法があるだろうか。

 ブロックチェーンの耐偽造性や公開性を考慮する

と、「秘匿性はあまり求められないが、偽造されては

困るもの」などが検討の対象になるだろう。例えば、

公的に行う各種登録業務や、データの偽造・偽装問題

への対策としても有効だろう。契約履行の確認と支払

いを自動化するスマート・コントラクトが普及すれ

ば、決算情報の偽装なども難しくなるかもしれない。

 情報の流通管理という観点からは、資産の利用者ま

たは状態が変化していく際の管理に使えるだろう。例

えば、動画や音楽などデジタルコンテンツの流通や課

金、企業が保有するデータやソフトウェアなどの売買

に使用することなどが考えられる。あるいは、電子書

籍コンテンツの中古販売などもできるようになるかも

しれない。

 一方、耐障害性に着目すれば、万が一止まると大き

な影響が出るシステムの利用には良いだろう。但し、

一般的なブロックチェーンは超高速の処理には課題も

多い。金融の基幹システムなど、ミリ秒を争う業務に

適用するのは慎重に検討する必要がある。

ブロックチェーンを活用した自律分散型組織

 ところで、こうしたブロックチェーンの持つ「分散

性」に着目して、分散型の組織を作ることができると

いう議論は早い段階から生まれてきた。例えば、ビッ

トコインを一つの会社として眺めてみれば、そこには

上司もなく、雇用契約も無いにもかかわらず、各ノー

ドがいわば社員のような役割を果たして、ビットコ

インというデジタル資産の登録管理業務を行っている

(図 7 )。完璧にコード化された業務を各社員(ノー

ド)が行い、その結果は他のノードが確認する。結果

が条件を満たしていると判断されれば、報酬が支払わ

れる。この報酬が、新規発行されるビットコインであ

る。このように、ブロックチェーンは階層的な組織が

存在しないにもかかわらず、一定の業務を個人が分担

し合って、一つのまとまりのある業務を遂行すること

を可能にしているとも言える。ブロックチェーンで実

現するこのような形態の組織を、DAO(Decentralized

Autonomous Organization)と呼ぶ。

図7 ビットコインに見る自律分散型組織

 こうした特性を活かした全く新しいサービスも生

まれつつある。例えば、イーサリアムを活用した

Colony というサービスは、フリーランスで働く人々

が、互いに独立して自律的に仕事を受発注できるよう

な仕組みである。また、OpenBazaar というプラット

フォームでは、中央の仲介者が居なくても商品などの

受発注ができるようになっている。

 また、こうした個人間の取引に関して展開が進んで

いるのは、電力分野である。米国ニューヨークでは、

個人間で電力の取引を行える仕組みを構築し、実証実

験を行った。発電設備を持つ人が、余った電力を直接

他のユーザーに販売する仕組みだ。同様の取り組みは

SolarCoin という仕組みでも提案されており、1MWh

(メガワット・アワー)の電力を1 SolarCoin で買い

取ることとされている。

トークンとインセンティブの設計

 ところで、こうした自律分散型組織が機能するため

の最大のエンジンとなるのはコイン(トークン)であ

る。コインがどのように新規発行され、流通するかを

設計することで、人のインセンティブを生み出すこと

も可能になる。

 筆者も関わっている共同研究プロジェクトでは、地

域社会の発展にブロックチェーンを活用する研究を

ブロックチェーン

8

行っている。i2016年11月 3 日、会津若松市でこの研

究の一環となる実証実験が行われた。ブロックチェー

ンを用いて発行・管理される「萌貨」と呼ばれる通貨

は、「福島萌祭」iiというイベントの来場者同士が、互

いにコミュニケーションを行うことで、それぞれに新

規で「萌貨」という通貨が一定額発行される(実際に

は参加者がスマートフォンを振って QR コードを表示

し、読み込むことで処理が行われる。図 8 参照。)。こ

のケースでは、地域において、知らない者どうしても

言葉を交わすことが地域への「貢献」であり、「価値」

であると考えられる。人が交流することに対して通貨

を発行することで、地域における人の交流を促進する

というアイデアである。

図8 「萌貨」のアプリ画面

 こうしたコインが分散型組織を動かすインセンティ

ブとなるためには、そのコインがどこかで使えなけ

ればならない。分散型組織が提供するサービスが普及

し、このコインの価値が上がってくれば、その組織の

参加者は大きな利益を手にすることができる。ブロッ

クチェーンは分散型の組織を実現するが、誰かが全体

を設計し、イノベーションのリーダーシップを取らな

ければならない。こうしたイノベーターたちのインセ

ンティブとして、コインの初期賦存あるいは初期段階

での低価格での配布が起こる可能性がある。コインが

全く無価値な時期に多く保有しておき、後から公開し

てプラットフォームが普及して行った時に、コインの

値上がりという形で投資を回収するということもあり

得る。

 イノベーターがインセンティブ付けされ、投資を回

収できるかは重要な課題であり、コインの初期賦存も

選択肢の一つかもしれないが、コインの初期賦存と値

上がりというスキームによって、富の蓄積と集中が起

こる可能性もあることも考えておく必要がある。

ブロックチェーンと分散型社会

 ブロックチェーンは、インターネット上での価値の

交換を、中央管理者無しに行うことを可能にする。

ビットコインという「通貨」の交換から始まったもの

であるが、むしろ「マイニング」という業務に対する

対価としてのビットコインという側面に着目すれば、

「マイニング」の部分に様々な「業務」や「価値」を

当てはめれば、ブロックチェーンは分散型で業務を分

担するためのプラットフォームとみることもできるだ

ろう。

 まだ生まれたばかりで発展途上の技術であり、課題

も多いが、ブロックチェーンには様々な側面がある。

どの側面を使って、どのような新しいサービスを生み

出すことができるだろうか。ブロックチェーンの長所

を活かし、短所を解決する方法にはどのようなものが

あるだろうか。これらは大きな可能性を秘めた問いで

ある。今後の展開が注目される。

ⅰ地域社会でのブロックチェーン技術活用に関する実証研究を開始、http://www.glocom.ac.jp/news/1916

ⅱ http://fukumoe.moe

高木 聡一郎(たかぎ そういちろう)国際大学グローバル・コミュニケーション・セン

ター(GLOCOM) 研究部長/准教授/主幹研究員。

東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学

際情報学)。専門は情報経済学。国際大学 GLOCOM

ブロックチェーン経済研究ラボ代表。

9

シビラとは

 「インターネットの再来」と言われている「Blockchain

テクノロジー」。現在 Blockchain テクノロジーは金融

分野を圧巻してます。シビラは Blockchain テクノロ

ジーを金融以外の分野で活用するべく、Blockchain の

研究開発並びにソリューションを提供しています。

シビラのプロダクト

 「Proofl og」は Blockchain を活用し「 1 つ上のセキュ

リティー」を提供します。具体的にはあらゆるデータ

(ログ含む)を改ざんできないようにします。デジタ

ル社会である現代においてデータは非常に重要です。

今後 IoT が普及し、人間 1 人の人生全てのログを取れ

るようになるでしょう。そのデータを AI が解析し生

活はより便利になっていくでしょう。しかしそのデー

タは現状改ざんが非常に容易なのです。企業でも改ざ

んによる不正のニュースは後を立ちませんし、IoT に

おける不正は非常に容易と言われています。過去を簡

単に変えられて良い訳がありません。Proofl og は全て

のデータを改ざんできないようにし、「過去を改ざん

できない社会」を実現します。

 企業による不正の多くは管理者による不正、又は操

作ミスです。Proofl og を利用した内部統制(スマート

内部統制)ではそれらも防止できます。

変更・削除可能

変更・削除可能

通常の企業

変更・削除不可

変更・削除不可

サーバー管理者

悪意のあるユーザー

ログ

Proof log導入企業

Blockchain技術でスマート内部統制

シビラ株式会社

(企業紹介)

ブロックチェーン

10

シビラ独自開発の Blockchain

 シビラの独自開発した「Broof」は Blockchain の弱

点である処理速度を解決し、データベースとしての使

用に耐えるまでパフォーマンスを高め、疎結合なレイ

ヤー構造による高い拡張性を備えた Blockchain です。

Proofl og は Broof を使用する事で実現しています。

 Broof はビットコイン互換であるため、ビットコイ

ンのノードとしても運用することができます。ビット

コインノードとして機能することで、Broof 同士だけ

でなくビットコインとの交換も行う事ができます。こ

れは誰でも簡単に「貨幣価値のある独自の通貨」を創

れる事を意味します。例えば、「若年層用の通貨」が

誕生しスキマ時間で経済活動を行う「マイクロ Job」

という新しい「労力のロングテール市場」が誕生する

事で、スキマ時間に行うスマホゲームなど今まで時間

の無駄と言われた行為に社会的価値が生まれます。

 Broof は「BroofCore」、「BroofLayer1(RPC)」、

「BroofLayer2(プロトコル拡張)」、「BroofLayer3

(Blockchain 間通信)」の 4 つの階層に分けて実装す

る事でビットコインと互換性を持ちながらスマートコ

ントラクトが可能になるなど Blockchain をさまざま

な分野で活用できるように設計されています。

実証実験の実例

 電通国際情報サービス社、エストニアのガードタイ

ム社、宮崎県綾町、そしてシビラで、Blockchain 技術

を活用して地方創生を支援する研究プロジェクトを立

ち上げました。

 第 1 弾として、宮崎県綾町の有機農産品の安全を

Blockchain で消費者にアピールする仕組み作りを行い

ます。綾町の有機農産品は、独自の農地基準と生産管

理基準にしたがって「金」「銀」「銅」のランクが付与

され販売されていますが、そこにいたるプロセスや価

値が、消費者には十分に届いていないという課題に直

面していました。

Broofの構成

ブロックチェーン

11

 本実証実験では綾町の各農家は、植え付け、収穫、

肥料や農薬の使用、土壌や農産物の品質チェックな

ど、すべての履歴を、シビラの独自 Blockchain「Broof」

に記録します。消費者はその農産品が間違いなく綾町

産であること、綾町の厳しい認定基準に基づいて生産

されたものであること、それらの履歴が改ざんされて

いないことを確認することが可能となります。

 食におけるサプライチェーンを透明化し安全性 / ク

オリティ / ブランドを Blockchain で公証する事で日

本の地方の強みを最大化し、世界市場で価格競争に陥

らない仕組みを目指します。

今後の展開

 「モノに命を吹き込む」を目指しています。具体的

には、IoTデバイスにシビラのBlockchainを組み込み、

モノとモノが自律的に通信 / 取引 / 決済を行えるよう

にします。例えば、自分の PC の空きリソース(CPU、

メモリ、ディスク)を赤の他人に貸してお金をもらう

事ができます。自分が持っているモノが勝手にお金を

稼いでくるのです。これをシビラでは「マシーンリ

ソースのシェアリングエコノミー」と呼んでいます。

また、IoT にはセキュリティーなど沢山の問題があり

ます。Blockchain では改ざんは不可能ですし電子署名

によって成りすましはできません。シビラは IoT の世

界に Blockchain は必要不可欠と考えています。

Blockchain技術で「食の安全性」と「ブランド」を公証宮崎県 綾町 シビラ独自開発のBlockchain

職員

農家 畑農産物と固有ID

職員

農作業

一般消費者

消費者綾町の農家

農産物の認定肥料や農薬の使用、土壌品質の認定

閲覧

保存

保存

【会社概要】 会社名:シビラ株式会社(SIVIRA Inc.) 設 立:2015年3月 住 所:〒550-0014     大阪府大阪市西区北堀江1-18-17     モトバヤシビル3F 代表者:代表取締役 CEO 藤井 隆嗣 URL:https://sivira.co/ 連絡先:[email protected]

12

 一般財団法人日本情報経済社会推進協会(所在地:

東京都港区、会長:牧野 力、以下 JIPDEC)は、日

本工業標準化調査会(JISC)の承認を受け、2016年

9 月23日より、ISO(国際標準化機構)注 1

/ TC307注 2

(ブロックチェーンと電子分散台帳技術に係る専門委

員会)の国内審議団体として、その活動を開始いたし

ました。

 当該 TC では、ブロックチェーンと電子分散台帳に

おけるシステム、アプリケーション、ユーザ間の互換

性やデータ交換をサポートする国際標準化活動が行わ

れる予定です。日本は、標準化活動に積極的に関与す

る「P メンバー」として、当該 TC に参加しています。

 JIPDEC は、ISO/TC307の国内審議団体として、

当該分野における国際規格の開発のための国内検討

委員会の事務局を務めます。当該 TC で議論されるブ

ロックチェーンと電子分散台帳技術は、IT 業界にお

いて現在最も注目を集めている技術の一つであり、

様々な分野への応用が期待されています。国内検討委

員会では、国内の有識者らによる検討内容のとりまと

め、当該 TC に対する提案、当該 TC 参加各国との調

一般財団法人日本情報経済社会推進協会

ISO/TC307に係る国内審議団体のお知らせ

第三者機関が取引履歴を管理し、信頼性を担保第三者機関が取引履歴を管理し、信頼性を担保 全ての取引履歴を皆で共有し、信頼性を担保全ての取引履歴を皆で共有し、信頼性を担保

ブロックチェーン 各取引履歴は、順番にブロックに格納。各ブロックが、直前のブロックとつながっているため改ざんが極めて困難

ブロックチェーンの概念図出典:経済産業省資料(http://www.meti.go.jp/press/2016/04/20160428003/20160428003-1.pdf)

(JIPDEC からのお知らせ)

ブロックチェーン

13

整、国際会議への委員の派遣等、国際標準規格の開発

のための様々な活動を行っていきます。

 国内検討委員会は、産学の有識者から構成し、当該

TC で審議される内容に応じた作業部会等の設置も予

定しています。また、日本からの規格提案にも積極的

に取り組む予定でおり、経済産業省の国際標準化推進

部門とも協調しながら、当該分野において日本が世界

をリードするための活動を行って参ります。

 本標準化によって、ブロックチェーンと電子分散台

帳における技術の発展が促されると共に、国際的な同

意と協調を基とすることによって更なる情報の流通と

利活用の促進を目指します。

2016年10月 7 日

(注 1 )ISO(国際標準化機構)概要

IEC(国際電気標準会議)、ITU(国際電気通信連合)

と並ぶ国際標準化機関。電気・電子技術、通信技術の

2 分野を除く幅広い分野における国際規格を作成。加

盟国は162か国(2015年12月末現在)。日本からは唯

一の会員として、日本工業標準調査会(JISC)が参加。

(注 2 )ISO において第307番目に設置された専門委

員会(Technical Committee)。日本以外の P メンバー

(Participating member)は、オーストラリア、カナ

ダ、中国、デンマーク、フィンランド、フランス、ド

イツ、イタリア、韓国、マレーシア、ノルウェー、英

国。O メンバー(Observing member)は、アルゼンチ

ン、オーストリア、ベルギー、中国、インドネシア、

イラン、アイルランド、オランダ、シンガポール、ス

ロバキア、南アフリカ、スペイン、スウェーデン、ス

イス、タイ、米国(アルファベット順)。

【本件に関するお問い合わせ先】

一般財団法人日本情報経済社会推進協会 電子情報利

活用研究部 TEL:03-5860-7558

14

基調講演

「人工知能(AI)がもたらす新しい世界」

  山口 高平 氏

(慶應義塾大学 理工学部 教授/人工知能・

ビッグデータ研究開発センター長)

1.はじめに

 ロボット= AI だと思っている方が多いのではない

かと思いますが、AI はハードではなく、柔軟性や変

化対応能力を持ったソフトウェア(プログラムとデー

タ)です。また、今の AI はディープラーニング一色

の感がありますが、ディープラーニングで AI に言葉

の意味を理解させるのはほとんど不可能です。私は、

AI は人間の知的な振る舞いや知能を実現させるもの

であり、総合的な知能とは何かという視点で AI の現

状を捉えるべきだと考えています。

 現在は第 3 次 AI ブームで、単に AI の技術だけが

進んだわけではなく、コンピュータの処理速度が非常

に速くなりました。 15年間で1000倍速くなっていま

す。ネットワークに関しても光ファイバーの整備が進

み、ソフトウェアも無料でどんどん使える環境になっ

ています。プログラマーは、既存のオープンソースを

いかに組み合わせて早く作るかという能力が求められ

るようになっているとも感じます。こういう基盤的

な部分の発展の下で、AI のいろいろな要素技術を統

合したシステムの実験サイクルが速くなっていること

が、現在の AI ブームを支えています。

 社会的には、世界の巨大 IT 企業が AI の研究開

発に注力し、特に 6 年ほど前から IBM と GAFMA

(Google、Apple、Facebook、Microsoft、Amazon)

が研究開発投資を強力に進めてきました。民間から始

まっている点が大きく、民間が数千億、数百億円単位

で取り組み始め、国も投資するようになりました。ま

さに AI は国際競争力になりつつあります。

2.ディープラーニング

 ディープラーニングに注目が集まりだしたのは 4 年

前です。1980年代に流行したニューラルネットワーク

は学習構造の階層が 3 層ぐらいしかなく、コンピュー

タの処理が遅いために研究が停滞しましたが、ディー

プラーニングは10層以上で、判断の根拠になる情報を

人間が考えて与える必要がありません。

一般財団法人関西情報センター 事業推進グループ

IT シンポジウム「インフォテック2016」の実施報告AI が変える。AI で変わる。

~近未来のビジネス像を探る~

KIIS 事業紹介

 当財団は、10月20日(木)グランフロント大阪にて IT シンポジウムを開催致しました。現在、AI(人

工知能)は、将棋や囲碁などで人間に勝利し、スマートフォンや自動車をはじめ、工業、医療、金融な

どの分野にもその技術の応用が始まっています。膨大なデータをもとに学習し、日々進化する AI は、

今後人間を超える能力を発揮し、新たなビジネスチャンスを生み出すとされており、これまでとは異な

る社会の形成が始まっています。このような中、IoT/IoE 活用による新たなビジネス戦略について、講

演やパネルディスカッションを実施しました。

 参加者は233名と大変盛況な中で、基調講演、招待講演、パネルディスカッション、交流会のいずれ

においても活発な意見交換が行われました。以下では、シンポジウムの概要をご報告いたします。

ITシンポジウム「インフォテック2016」の実施報告

15

 しかし、少し誤解があって、判断の根拠になる情報

を与える必要がない代わりに、ディープラーニングを

最適化するための十数種類の変数(ハイパー変数)を

決めなければならないという新たな問題が生じていま

す。これは職人芸であり、そのセンスがない研究者は

高い給料で雇われてもすぐ解雇されているという現実

があります。

 つまり、ディープラーニングは技術的にやや過度に

評価されている感があるのです。確かに従来の機械

学習に比べてすごい技術ですが、適用範囲が限定され

ていることを認識する必要があります。それよりも、

AI 技術が統合され、総合的な知能ができつつあるこ

との方が大きいと思います。ディープラーニングはあ

くまでも一つの要素技術であり、ディープラーニング

によって人間を超えるなどという論理は間違っている

と私は感じています。

3.各分野の AI

 ディープラーニングによって、画像認識や音声認

識、マニュピレーションの性能もかなり向上しまし

た。 AI は、そういうものをベースにしたデータを使

うデータ型 AI と、知識を人間が与える知識型 AI に

大きく分けられますが、この両方がハイブリッドで存

在しなければ AI はできないと思います。以下、分野

別に AI がどう適用されているか紹介します。

3-1.ゲーム AI

 ゲーム AI は、チェスや将棋、囲碁などにおいて次

の一手を考える AI です。囲碁では、人工知能学会も

プロに勝利するまでに10年はかかると思っていまし

た。プロ棋士は20手、30手先を読みますが、当初、

AI はモンテカルロ法といって何も考えずにランダム

に打っていました。その中で勝ったパターンを集めれ

ば、先読みできるという研究が中心だったのです。そ

れである程度は強くなりましたが、ランダムに打った

データを集めたところで深い読みには勝てませんでし

た。

 しかし、Google が買収したイギリスの AI スタート

アップ・DeepMind が作ったアルファー碁が、当時、

世界ランキング 2 位だったイ・セドル棋士に勝利し

たのです。アルファー碁は、ディープラーニングで戦

いました。彼らは囲碁を先読みの問題として扱わず、

黒石と白石が置かれている状況を画像として扱いまし

た。そして、 5 億円かけて 2 万台のコンピュータを

ITシンポジウム「インフォテック2016」の実施報告

16

使ってソフトウェア同士に 1 日 3 万局を打たせた結

果、新しい定石が次々と生まれ、結局、 4 勝 1 敗でア

ルファー碁が勝ってしまったのです。

  1 日 3 万局ものデータを処理するには膨大な計算

機が要るので、計算パワーとデータパワーの二つで

勝ったようなものです。ブルートフォース AI(腕力

の AI)という言い方も時々されます。国内の委員会

では、今の日本はGoogleの計算パワーとデータパワー

に勝てないのではないか、日本の AI は周回遅れでは

ないかという議論もあります。

 しかし、アルファー碁は計算結果を並べているだけ

で、全く意味は分かっていません。ブルートフォース

AIはそこが欠点なので、ディープラーニング系はフォ

ローはしなければなりませんが、それだけに注力する

のは、日本型 AI の方向ではないと感じています。

3-2.視覚運動型 AI

 視覚運動型 AI では、自動運転が話題になっていま

す。レーザー光を使ったレーダーとカメラ画像、GPS

の位置情報が入力側となって、アクセルとブレーキと

ハンドル操作を決定する仕組みです。

 ボストンコンサルティングは、2025年には 8 台に

1 台、2035年には 4 台に 1 台が自動運転車になると

予測しており、日本でも 2 月にロボットタクシーの実

験が行われました。自動運転にはレベル 1 ~ 4 があり

ます。レベル 1 は加速・操舵・制動のいずれかをシス

テムが行う安全運転支援の段階、レベル 2 は複数の操

作をシステムが行う段階です。今は、レベル1,2まで

の安全運転支援が多いです。レベル 3 は全ての操作を

システムが行い、緊急時のみ運転者が対応する段階、

レベル 4 は完全な自動運転です。Google などの IT 企

業は、走行実験からビッグデータを収集して、最初か

らレベル 4 を目指していますが、自動車メーカーはど

ちらかというと下位レベルから順番に開発を進めてい

ます。例えば、交差点で子供の動きを予測して、安全

に運転する方法の学習を考えると、ビッグデータを利

用しないと実現は難しく、大量の走行実験データが必

要になり、下位から開発しても、そのような課題解決

はかなり先になってしまいます。

 このようにして、IT 企業の自動運転車では、自動

運転車が危険に直面した場合の様々な対処法などを

ビッグデータを機械学習にかけて学習し、様々な状況

で減速制御するソフトウェアが多く開発されるでしょ

う。十年後、各社が自動運転車のソフトウェアを販売

競争する時代が到来した時、メーカーが提供する自動

運転車とIT企業が提供する自動運転車を比較すると、

安全性で大きな差が出てしまう危険性があり、メー

カーは Google などからソフトウェアを購入する事に

なっているかもしれません。そうならないために、国

内で自動運転車の走行実験が様々なケースで実施さ

れ、自動運転車に安全性を学習させていく環境を整備

し、わが国の基幹産業である自動車産業を衰退させて

はならないのです。

3-3.ビッグデータを利用した予測型 AI

 ビッグデータと AI は深く関係しています。データ

だけたくさんあっても仕方がなく、ビッグデータを

使って AI がいろいろ分析するからです。例えば犯罪

予測型 AI の PredPol は、アメリカ国内で既に結構使

われています。ある住宅街で強盗が起こったとすると、

犯罪データを与えて機械学習をかければ、「翌日その

周辺の住宅街でも犯罪が起こりやすい」というルール

を学習するそうです。そういうものを使って警官が

先回りをして強盗を逮捕するような世界が既に現実に

なっています。ロサンゼルスでは、これで犯罪率が 4

割減ったそうです。

 農業分野では、乳牛の乳の出が運動量に比例するこ

とから、大分県の本川牧場では乳牛に RFID タグ(無

線 IC タグ)を付け、あまり歩いていない牛を歩かせ

ることで効率的に乳を生産しています。廃棄ロスが大

幅に減り、 1 日当たりの収益も増えたと報告されてい

ます。

 サービス業では、回転すしのスシローが、すしネタ

の廃棄量を減らすために、皿の裏に RFID タグを付け

て注文を予測しています。約40億もある販売データを

分析し、 1 分後、15分後に多く注文されるネタを予測

して職人に指示することで、廃棄量を75%も削減でき

たそうです。

ITシンポジウム「インフォテック2016」の実施報告

17

3-4.知識を利用した問題解決型 AI

 知識型 AI には、ディープラーニングは一切関与し

ません。言葉の意味を処理することは、人間の一番大

きな知性なのです。IBMが開発したWatsonが 5 年前、

「ジョパディ!」というクイズ番組に出演してグラン

ドチャンピオンに勝利しましたが、あれはコンピュー

タが言葉の意味を体系化したオントロジーとインター

ネット 2 億ページを関連づけた知識ベースを持って

いて、言語理解や情報検索、不確実な情報の扱いなど

100種類の AI 技術を統合して解答を導き出したもの

で、新しい AI は一切ありません。

 日本では国立情報学研究所が、大学入試にチャレン

ジする「東ロボくん」という AI を作っています。事

実を解くような歴史や数学は点数が高く、国語や英語

は低いのですが、 5 教科平均の偏差値は57.8でした。

しかし、生活体験にのっとった常識は今の AI には全

くない点が大きな課題です。 Google も取り組み始め

てはいますが、日本はそういう点ではまだまだ競争で

きると思います。

3-5.会話ボット型 AI

 会話ボット型 AI では、Apple から 5 年前に Siri

が出て、りんななども若者が結構使っています。

Microsoft が出した Tay という AI が「ヒトラー万

歳」と急に言い始めて問題になりましたが、あれは

Microsoft のセキュリティが甘く、人種差別をする

Twitter のデータを100万件与えてしまったためです。

機械学習のアルゴリズムは全く悪くなかったのです

が、データが悪くて悪いことしか学ばなかったので、

1 日ほどですぐに使用停止になりました。

 ウィンクルというベンチャーは、コミュニケーショ

ンをする上でロボットは要らないという考え方から、

GateBox というホログラムの AI を来年 3 月ごろまで

に発売する予定です。

4.人と AI の新しい関係

 AI の進展に伴い、アメリカでは実際に会計士や

税理士が 8 万人減っていて、AI が職業を奪う事態

が現実になっています。オックスフォード大学の調

査によると、コンピュータ化が難しい機能は創造性

(Creativity)、手先の器用さ(Dexterity)、社会的知

性(Social Intelligence)の三つであり、これらの要素

を含む職業は心配する必要がないとしています。ここ

では、受付係はロボットに代替される可能性が高いと

されていますが、印象の良い接客は、人のみが体現で

きるスキルですので、職業レベルではなく、業務プロ

セスレベルで、人とロボットも関係性を考察するべき

です。例えば、データを管理・分析する仕事は AI に

移行していき、すでに、米国では、判例分析などは

AI に置き換わってきていますが、法廷に立ち弁護す

る弁護士は、AIに代替される心配は当分不要でしょう。

 今年になって、『Humans Need Not Apply(人間さま

お断り)』という衝撃的な本が出ました。ある業務で

は AI が人に取って代わるので、AI を一つの経営資源

と捉え、人と AI が連携するべきだという意見には私

も賛成です。人と AI の関係は、職業や状況に応じて

多様であるべきで、職業を奪う反面、新しい職業もど

んどん出てきています。 AI を人の中に入れ込み、友

好な関係をつくることが重要でしょう。

特別講演

「人工知能の市場と社会に与える影響、日本企業の取

り組むべき道」

  廣戸 健一郎 氏

(株式会社野村総合研究所 コンサルティング事

業本部 ICT・メディア産業コンサルティング

部 上級コンサルタント)

ITシンポジウム「インフォテック2016」の実施報告

18

1.AI に関する市場の動向

1-1.金融分野

 現在は、AIブームの中でいろいろなアプリケーショ

ンがどんどん出てきている状況です。 AI には何がで

きて何ができないのか、評価が落ち着くまでにはまだ

まだ時間がかかると思いますが、市場規模は国によっ

てかなり違いがあり、AI 市場のおいしい部分は全て

アメリカ企業に持っていかれつつあるのが現状です。

 金融分野では、不正取引の検知に使う動きが出てい

ます。金融庁のお達しで、過去のデータを基に、銀行

がマネーロンダリングや脱税などの怪しい動きをした

らマネーロンダリングを疑うようなアプリケーション

が作られています。これは40億~50億円の市場だと

思います。また、与信審査を AI で行う話もあり、こ

れも十数億円の市場と思われます。

 さらに、ヘッジファンドは投資に AI を適用するシ

ステム開発に2000年以前から取り組んでいて、 1 分

程度や秒単位のデータを基に 1 日の動きのパターンを

導き出して投資していましたが、最近になってさらに

かなりの資金をつぎ込んでいます。

 今話題の FinTech でも、質問に答えるだけでロボ

アドバイザーが最適な資産運用プランを提案するサー

ビスも出てきています。ここへの投資は日本国内にほ

とんどないことは分かっていますが、アメリカのヘッ

ジファンドがいくら掛けているのかは分かっていませ

ん。

1-2.製造分野

 製造分野では、基板の上にきちんと部品が載ってい

て、はんだ付けがしっかり行われているかを見る外観

検査装置診断のようなアプリケーションは昔からあっ

て、百数十億円ほどの市場規模と推定されます。

 また、シュー皮を同質に焼き上げるような作業を

AI で最適化するなど、制御システムを AI でコント

ロールするマーケットも広がっています。現状はまだ

数億円の市場規模しかありませんが、ある程度大きく

なると考えています。

 AI はソフトウェアのモジュールであって、ハード

ウェアではないので、AI の市場を AI 的なソフトウェ

アが入っているもの全体のマーケットだと定義する

と、最大の市場は約2.5兆円のスマートフォンになり

ます。スマホは残念ながら基幹 OS が iOS もアンド

ロイドもアメリカ企業に押さえられていますし、日本

は iPhone のシェアが非常に高いので、ほとんどの付

加価値がアメリカ企業に流れてしまっています。

 製造分野の中で最大のポテンシャルがあるのは自動

車だと思います。安倍政権の目標は2020年にレベル

4 の自動運転車を実現することですが、そこから20~

30年をかけて全ての車がレベル 4 に変わるとした場

合、2050年には 4 兆~ 5 兆円のマーケットになると

思います。しかし、車を運転することを生業としてい

る人はとても多いので、自動運転が普及した場合の雇

用への影響は他と比べて大きくなると思います。

1-3.出版分野

 自動翻訳は最近、性能が非常に向上しています。し

かし、Google が翻訳システムをほぼ無料で出してい

るので、市場規模は極めて限られています。グロー

バル企業の社内イントラコンテンツの翻訳などは、

Google のシステムに投げることが基本的にできない

ので、それ向けにエンジンを提供したり、特許のデー

タベースなどへのビルトインシステムなどで、国内に

20億円程度の市場があると推定されます。

 機能的には、言語体系の異なる言語ではまだまだで

すが、Google 翻訳の精度が一段と上がっているので、

市場規模は小さいながらも技術的にはものすごい革新

が起きていると思います。

 さらに、英語圏では記事の自動生成が脚光を浴びて

いて、30ページ程度のリポートを 1 回読み込んで意

味を理解した上で 3 ページ程度のリポートに要約した

り、企業のデータを基に有価証券報告書を一発で作成

したりすることができるようになっています。

1-4.セキュリティ分野

 セキュリティ分野は、十数億円程度の市場規模しか

ないと思いますが、2020年のオリンピックでセキュ

リティロボが大ブレークすると読んでいます。日本で

は恐らく2020年までに警備員が全く足りないという

ITシンポジウム「インフォテック2016」の実施報告

19

事態が起きると思うので、警備ロボットのニーズは結

構大きくなるでしょう。

 日本はとても安全なのでセキュリティ市場があまり

大きくありませんが、海外では大きな市場になってい

ます。IP 化したカメラと AI を掛け合わせることで、

数万台のカメラを 1 カ所でモニタリングできるように

なりつつあります。インシデントを認識すると、それ

だけがポップアップされて警察に通知されるようなア

プリケーションもどんどん入ってきています。標準的

機能として侵入検知や群衆検知がある他、チャレンジ

機能として検知対象の推定や類似形状の検知などが技

術的なフロンティアになっています。

1-5.医療分野

 医療分野の市場規模は今のところゼロですが、これ

からある程度大きくなるだろうと予想されています。

IBM の Watson が東大と組んで病気を診断するアプリ

ケーションを開発していますが、化けると1000億円

規模の市場になると思います。

1-6.コールセンター分野

 コールセンターの AI 化の市場は、トライアルレベ

ルで20億円程度と読んでいますが、恐らく 5 年後には

100億円以上になっていると思います。インハウスや

アウトソーシングを含めて数十万人の雇用を生んでい

るので、効率化されれば雇用に与える影響は大です。

1-7.マーケティング分野

 検索連動型広告は、日本国内で約5600億円のマー

ケットになっています。ほとんど Google の独占状態

なのですが、Amazon のレコメンデーションも AI の

塊だとすると、ここも極めて大きなマーケットになる

と思います。

1-8.観光分野

 今は外国人に対応ができないホテルが多く、それが

日本のインバウンドの足かせになっているということ

で、音声認識や翻訳機能を使ってその部分を AI で補

う話が出てくると思います。 2020年ごろには数十億

円の市場規模になっているでしょう。

 このように、AI 関連の市場は、特定の業種への偏

りが非常に大きくなっており、日本企業はおいしいと

ころを全てアメリカ企業に持っていかれている点が、

AI 市場の問題点です。

2.AI を活用したビジネス事例

 Persado 社は、キャッチコピーを自動的に作り出す

ファンクションを提供しています。過去のバックデー

タから、どういうコピーを作ればお客さんが来るかを

分析して、A/B テストなどをせずに一発で最良のコ

ピーを出すことで、平均してクリックスルーレートを

42%上げ、売り上げを40%ほど増加させたという画

期的なソリューションを提供しています。

 RAVN 社は、契約書のチェックを自動化するソ

リューションを提供しています。例えば法律事務所な

どが企業のデューデリジェンスをする際に、膨大な契

約書をいったん仕分けして、その中でこれはリスクが

大きいので確認すべきという部分を提示してくれます。

3.主要プレーヤーの動向

 Google は 2 ~ 3 年ほど前に 4 億ドルで DeepMind

社を買収しました。このように、AI の世界では

Google、Amazon、IBM、Microsoft といった大企業だ

けが巨額の資金を投じてひと握りの天才を採用する動

きが多く見られます。

 Google は最近、テンソルフローというディープラー

ニングによる開発が簡単にできる AI ライブラリを無

料公開しました。平然と公開しているのは、このプ

ラットフォーム自体にはほとんど価値がなく、何か

良さそうなものをテンソルフローを使って作れば、

Google がもっとすごいものを作ってあげるというこ

とだと思います。

 Amazon は、Echo という対話型アシスタントを提供

しています。質問すると 1 秒で答えを返してくれるも

ので、アメリカ国内で300万台ほど売られており、い

ろいろな家電製品のコントロールを全て音声でできる

ようになっています。

ITシンポジウム「インフォテック2016」の実施報告

20

4.社会に与える影響

 われわれ野村総合研究所がオックスフォード大学の

オズボーン准教授と共同で、労働人口がどれだけ AI

にリプレースされる可能性があるかを調べたところ、

日本は49%、イギリスは35%でした。日本は IT 化が

進んでおらず、IT に仕事を奪われた人がまだ少ない

ので、これから AI が入ってくると仕事を奪われる可

能性が高い人が多いのが現状です。

 加えて、事務職やホワイトカラー業務もコンピュー

タに代替可能であることや、コンピュータ化の可能性

と賃金水準にはほとんど関係がなく、今は給料が高く

ても AI によって首になる可能性はあるし、給料が低

くても AI によって首にならない可能性もあることが

分かりました。企業では管理とオペレーションの中間

部門が AI に代わられると思います。総合職の仕事の

一部も、恐らく IT に置き換わっていくだろうと考え

ています。

5.日本企業の道

 Google の営業利益は約2.3兆円ですが、Other bet(そ

の他先進的取り組み)は約3500億円の大赤字になって

います。それは、全く桁違いの金額を AI に毎年投入

しているためです。彼らと同じ分野で張り合うとかな

り苦しいのが現状です。しかし、個社からすると、あ

まり悲観する必要はないと思います。 Google が先を

行ってくれるおかげで新たなダイナミズムが生まれ、

いろいろなチャンスが生まれるからです。

 ただ、国全体としては問題があると考えています。

仮に AI 的なエンジンに全て Google の API を使わざ

るを得なくなった場合、収益は全てアメリカに流れて

しまいます。現在のクラウドの世界は、アマゾンウェ

ブサービスの売り上げが年間 1 兆円程度で、そのうち

約1000億円が日本企業から流れたものです。 IT 産業

はパラダイムシフトの真っただ中にあるので、これを

機にどんどん変わっていかなければならないと思いま

す。

 日本企業が戦うためのロジックは、まず一つ目に自

社でデータを活用できる分野を狙っていくことです。

アルゴリズムや計算、結果の活用は他社でもできます

が、データだけは自分たちの資産ですので、いかに独

自データを活用するかという観点で AI をビジネスに

取り込むことが重要だと思います。そして、二つ目に

自分で手を動かせるようになること、三つ目に必要な

人材の採用・育成をすることです。

企業では管理とオペレーションの中間部分が代替されうる

ITシンポジウム「インフォテック2016」の実施報告

21

 日本は少し不思議な構造で、お客さまから仕様書を

もらい、仕様を細かく詰めてドキュメンテーションを

する SE が相当幅を利かせていて、コーディングする

部分は付加価値がひくいようにみなされていますが、

AI の世界ではこうならないと思います。 API などを

組み合わせて新しい付加価値を作るのがベストです

が、なかなか良い人材を採用できないので、セカンド

ベストとしてこれから日本では原理・モデルをうまく

組み合わせられる人たちが活躍すると思います。

招待講演1

「AI/ 機械学習を用いたビッグデータ利活用事例とソ

リューション」

  倉知 陽一 氏

(富士通株式会社 イノベーティブソリューショ

ン事業本部 シニアディレクター)

1.ビッグデータ× AI

 人、モノ、情報、プロセスがネットワークにつなが

る「ハイパーコネクテッド・ワールド」の時代が到来

し、ICT 環境が変化する中で今注目されているのが、

ビッグデータと AI の活用です。

 企業におけるビッグデータの活用には、大きく二つ

の変化があると考えられています。一つはデータ量の

拡大とデータ利用の高度化、もう一つはデータの利用

者が経営者や専門家に加えて現場部門に拡大している

ことです。そのため、今後のイノベーションの成功の

鍵は、現場部門によるビッグデータ活用に加え、AI

や機械学習によるデータ利活用の高度化が握っている

といえます。

 AI が実用的になってきた要因として、ビッグデー

タと AI の関係性が挙げられます。AI を実現する技術

として機械学習やディープラーニングが進化し、自然

言語処理や音声・画像認識といったソフトウェア技術

が統合されて、さらにビッグデータが加わることで

AI が現実の業務に使われるようになりました。これ

が第 3 次 AI ブームの特徴です。

2.富士通の AI 技術

 一例を挙げると、富士通の将棋ソフトにも機械学習

の技術が使われています。今までの将棋のソフトウェ

アは、将棋の強い人から指し手を聞き取り、判断ルー

ルを組み合わせて推論することにより次の手を決める

というルールベースのエキスパートシステムで作られ

ていました。それではなかなかアマチュアの領域を出

ることができなかったのですが、ビッグデータ技術を

使って 6 万局程度の記録を機械学習することで最適な

手を導き出せるようになり、コンピュータソフトがプ

ロの棋士に勝つようになりました。過去にないパター

ンを使われると機械学習は太刀打ちできないという欠

点はありますが、膨大なデータを使うことでビジネス

の現場などさまざまなところで AI の技術が応用でき

るようになってきたわけです。

 富士通は、30年以上にわたって AI に関するさまざ

まな技術を開発してきました。それを体系化し、昨

年11月に発表したのが Human Centric Zinrai です。

Zinrai の語源は「疾風迅雷」です。人の判断・行動を

スピーディにサポートすることで、企業・社会の変革

をダイナミックに実現していきたいと考えています。

 富士通が目指す AI の方向性は、「人と協調する、

人を中心とした AI」「継続的に成長する AI」「商品・

サービスに組み込む AI」です。 AI を組み込むことで

高精度の予測や人の判断のサポートを実現し、業務の

高度化を支える商品・サービスを提供していきたいと

考えています。

 Zinrai は、蓄積された数多くのデータを画像処理や

音声処理などの「知覚・認識」、自然言語処理や知識

処理・発見などの「知識化」、推論、計画、予測、最

適化といった「判断・支援」の観点から処理し、ディー

プラーニングや機械学習、強化学習などの学習、脳科

ITシンポジウム「インフォテック2016」の実施報告

22

学や社会受容性、シミュレーションといった先端研究

と組み合わせることで、社会や企業の課題を解決する

ソリューションとして社会に還元するサイクルの実現

を目指しています。

 主な技術には、日々の学習により有益な知識やパ

ターンを導き出すことで AI の継続的な成長を支える

「学習技術」、人のように五感を駆使し人の感情や気

付き・気配りまでも処理する「感性メディア技術」、

人が理解する知識だけでなく機械処理できる知識を創

り出す「知識技術」、スパコンをも活用して社会やビ

ジネス上の課題を数理的に解決する「数理技術」があ

ります。

3.それぞれの技術を用いた特徴的な事例

3-1.学習技術

 富士通では、独自のディープラーニング技術を用い

た手書き文字認識により、中国語の手書き帳票処理の

効率化を実現しています。文字認識は従来から OCR

技術用に開発が行われてきましたが、文字の特徴を判

別するアルゴリズムでは日本語の文字は判別できて

も、中国語はうまくいきませんでした。しかし、独自

のディープラーニング技術を活用することで中国語の

判別が可能となり、人を超える96.7%の認識精度を達

成しました。

3-2.感性メディア技術

 お客さまが店の中でどのような行動をしたか、どん

な商品に興味を持ったのかは、顧客の行動を分析する

上で非常に重要なファクターになります。そこで、瞳

孔や角膜反射を基にして視線を算出し、商品棚のどこ

に視線が多く注がれているのかを把握して、それを商

品展示や販促の手法に反映するということが行われて

います。既存の IC システムに人の感覚に相当する機

能を装備できる視線検知技術は、購買意欲だけでな

く、さまざまな顧客行動の分析に活用されています。

3-3.知識技術

 コールセンターでは、ロボットにも回答しやすい名

称、場所、数値などの客観的事実の問い合わせは、イ

ンターネットで入手できるためわずか 5 %にとどまっ

ています。残りの95%は行動や提案を問うもので、準

備できていない質問にも適切に回答することが求めら

れます。コールセンターへの質問応答システムの導入

はハードルが上がったといえますが、AI の活用が非

常に期待される業務の一つではないかと思います。AI

の究極は、蓄積がなくても推論によって適切な回答を

導き出すことであり、こういった知識処理にも挑戦す

るつもりです。

3-4.数理技術

 数理技術の取り組みとして、富士通は国立情報学研

究所の新井紀子先生が進めている「東ロボ」プロジェ

クトに参加しています。富士通独自の数理処理を用い

た推論技術を活用し、2021年の東大入試突破を目指

しています。数学の分野においては既に偏差値64以上

を獲得しており、今後は知識の拡充や文脈解析の自動

化を進めていく予定です。

 われわれは、AI による業務の高度化が可能になる

ことで、今後、AI のビジネスへの適用シーンは無限

に広がると考えています。

4.活用事例とソリューション

 富士通は、業務部門の現場が主導するビジネスイノ

ベーションに向けて、実践で培ったノウハウ、サービ

ス、プラットフォームを垂直統合したビッグデータ利

活用ソリューションとして、オペレーション・データ

マネジメント&アナリティクス(ODMA)という商品

を出しています。実践で培った経験を分析シナリオと

して型化して提供することで現場でのビッグデータ活

用の加速を目指すもので、こうしたソリューションに

もAIや機械学習の技術を積極的に取り入れています。

 その一例を紹介すると、機械学習技術を活用した予

兆検知によって、製造ラインの安定稼働を実現してい

ます。アノマリという技術を活用してあらかじめ故障

の予兆を検知することで、事後の対応から予防保守ま

で行っています。製造ラインのさまざまなセンサーか

ら得た膨大な情報を機械学習して通常の状態をモデル

化し、あらかじめ過去のデータも学習しておいてリア

ITシンポジウム「インフォテック2016」の実施報告

23

ルタイムに照合することで、故障の予兆を検知してい

ます。

 アノマリ技術とは、いつもと違う状態(アノマリ)

を監視し、検知する技術です。異常予兆の監視は、こ

れまでは過去に発生した異常パターンを学習し、それ

と一致するパターンが認められた場合、異常として検

知するという形で行われてきましたが、これでは異常

のパターンがあらかじめ分かっていなければ検知でき

ません。しかし、アノマリ技術ではいつものパターン

を学習し、外れ値があればアラームを上げるので、機

械学習の中でも「教師なし機械学習」に分類されます。

 もう一つ、機械学習技術を使ってお客さまの行動を

分析し、売り上げアップにつなげている百貨店の事例

をご紹介します。従来の百貨店は高価なデータベース

マシンを使ってお客さま全体の購買履歴を分析してい

ましたが、思ったような分析ができないこともあり、

費用も掛かるという問題がありました。

 そこで、従来の購買履歴に加えて、お客さま情報や

販売員の声、過去の接客事例などの現場のデータ、

SNS のような社外情報などさまざまなデータを機械

学習にかけてお客さまを自動的にグルーピングし、グ

ループごとに分析した結果を可視化して現場の商品担

当者に伝えるというソリューションを提供しました。

担当者は、ディスカッションしながらグループごとの

お客さま像を多角的に分析し、各グループの特性をひ

もといてそれぞれのグループに合った販売施策を検討

し、最適なリコメンデーションをすることで、少しず

つ売り上げをアップさせました。機械学習技術によっ

て顧客層への理解を深め、販売施策を現場で立案し、

接客サービスに生かすことで顧客満足度と売り上げの

向上を実現しているのです。

 この百貨店では、年代や性別が同じでも、購買行動

によって複数のグループに分かれました。その一つに、

30~40代女性のお客さまで、高級食材やオーガニッ

ク系の商品などを好んで購入するグループが見つかっ

たことから、そのようなお客さまに新しい買い物シー

ンを提案するため、お客さまの動線から買い物をあま

りしていないフロアを見つけ、新たな企画につなげよ

うと考えました。このように、お客さまが何に期待し

て足を運んだのかを分析して、そのお客さまに合った

ITシンポジウム「インフォテック2016」の実施報告

24

販促を行うことでプロモーションコストを抑えること

ができます。

 次は、機械学習を活用した需要予測に基づいてチャ

ネル別の売り上げに貢献している食品メーカーの事例

です。食品メーカーは、卸の出荷データは自社のデー

タとしてシステムに入っていますが、自社商品がどの

地域・店舗でどれだけ売れたかというデータは持って

いません。そこで、小売りから POS データを買って

きて分析しています。

 需要予測モデルとは、その POS データに地域のイ

ベントや気象のデータなどを組み合わせて店舗ごとに

需要を予測し、販売施策に活用するものです。 POS

データからは自社商品だけでなく他社商品がどれだけ

売れたかも分かるので、他社の情報も踏まえて分析す

ることで、さらに強力な販売施策につなげることがで

きます。私どもは、この仕組みを SaaS(Software as

a Service)として提供しています。お客さまが POS

データを SaaS に放り込めば、すぐに使えるビッグ

データ利活用ソリューションです。

 需要予測モデルは小売りでも使えます。需要予測が

できれば最適な発注量を算出することができ、発注業

務の高度化も可能です。卸でも、小売りの需要が分か

ればメーカーへの発注量を調整できるので、在庫の最

適化に向けて既存の在庫システムの脇に置いていると

ころもあります。

 今日ご紹介した事例は、富士通のベンダーだけでで

きるものではなく、お客さまと一緒に実現していると

ころが一つのポイントです。富士通は、これまで培っ

てきた全業種にわたるナレッジを活用し、SoR(業務

のためのシステム)と SoE(絆のためのシステム)

をシームレスに連携させることで、お客さまのイノ

ベーションを加速したいと考えています。

招待講演2

「ドコモの取り組みを事例としたクラウドとAIの展望」

  栄藤 稔 氏

(株式会社 NTT ドコモ 執行役員 イノベーション

統括部長)

1.クラウドとは何か

 クラウドにはハードウェアとソフトウェアがありま

すが、われわれの感覚ではクラウドというのはプログ

ラムができて、ソフトウェアで定義できるデータセン

ターというイメージがかなり強いです。プログラムで

きるということは、データセンターのセキュリティ、

ネットワークの構成などいろいろなノウハウを全て形

式値化できるということであり、生産性の向上に大き

く寄与しています。NTT ドコモで開発した「しゃべっ

てコンシェル」も、ラップトップ上でクラウドの構成

を全てプログラムできます。

 データ解析は現在、全て Amazon 上に移行してい

て、ドコモ内部のデータと VPN でつなぎ、外部で

Redshift を回して、新しい Sandbox という機能も含め

て試しています。最新のデータ解析の手法、AI のツー

ルを試しているわけです。しかし、本当の技術力とい

う意味では、新しい AI ツールを作ることではなく、

ベストプラクティスな AI ツールを取ってくることが

一番大事だと思っています。このようなノウハウの塊

は形式知化できるので、われわれはそれを「docomo

cloud package」として販売しています。併せて、開発

手法も大きく変えようとしています。クラウドの進歩

は、AI のツールの開発などいろいろなイノベーショ

ンに響きます。

ITシンポジウム「インフォテック2016」の実施報告

25

2.コンウェイの法則

 コンウェイの法則とは、メルヴィン・コンウェイが

1968年に提唱したソフトウェアのデザインは組織構

造を反映するというものです。組織の構造やコミュニ

ケーションがそのままソフトウェアのアーキテクチャ

となると、組織のコミュニケーションの経費がソフト

ウェアの経費にもなり、開発コストが上がる原因にな

ります。大人数のチームはよりコミュニケーションコ

ストが高くなるので、サービス開発には適さず、低品

質になることがあるため、大きく開発手法を変えよう

という流れが出てきています。

 この流れは、有名テック企業の組織図にも反映され

ています。中でも Amazon は最も効率的で、 1 チーム

を全て 8 人以下で構成し、VP や SVP といった役員

が全体を調整しながら回しています。通信インフラの

世界では、ユーザインターフェイス(UI)の設計者

やミドルウェアの開発者、データベースの技術者など

がコミュニケーションしながら一つの大きなシステム

を作りますが、コンウェイの法則に基づく方法では

別々に作ります。これが「Micro Services」という考

え方です。日本でなかなかうまくいかないのは、組織

を大きく変えないからです。

 Amazon では、クラウドをベースに開発効率をかな

り上げています。これがボディブローのように効くの

です。実際に AI を会社に導入する場合、人を増やし

ても開発スピードは上がりません(ブルックスの法

則)。人は増えれば増えるほど手抜きをするので(リ

ンゲルマン効果)、コミュニケーションコストが増え

るからです。管理職のエネルギーの80%は部門間調

整に費やされているとある会社では、いわれています

が、システムは基本的に各モジュールで別々に作っ

て、部門間調整をしないというのが最近の流れになっ

ています。

 現在意識していることは、ベストプラクティスな

開発環境を常に選ぶことです。当社は現在、DevOps

(開発・運用部門の統合)の段階を迎えつつあります

が、そのうちクラウドが出てきてパース機能が上がる

と、オペレーションも全て機械がやってくれるので

NoOps(運用部門が不要)の時代が来るといわれてい

ます。昔は100~200人をまとめる大部長クラスの優

秀な人が必要でしたが、今は数人をまとめる分隊長を

育成することが課題です。そして、それぞれを信頼し、

尊重する組織文化をマッピングし、チームに権限を委

譲することで、ようやくデータ解析の会社になり得る

ように感じています。

3.AI とは何か

 AI は機械学習が出てきて以降変わりはじめ、2015

年に画像認識能力が人間を凌駕したあたりから大きく

変わりました。 AI はヒューマノイド型の人間を作る

ことだと見られがちですが、それでは企業が利益を得

られない。基本的にはどのようにして効率の良いス

マートマシンを作っていくかを考えた方がいいと思い

ます。現在開発されている AI は基本的にパターン認

識で、どのように最適化するかという技術です。2045

年前後にシンギュラリティが訪れるといわれています

が、AI のコミュニティの大方の人は、来ないと思っ

ています。

 では、本当の AI とは何か。例えば「ろうそくを壁

に取り付けてください」と言われて、実際に取り付

けて火をつけられるのは人間ぐらいしかいません。あ

る物体をろうそくと認識して、機能と結びつけること

はとても重要です。これをシンボルグラウンディング

(記号接地問題)といい、これができなければ真に強

い AI はできません。

 現状では、「しゃべってコンシェル」にしても、ロ

ボットにしても、やっていることはパターン認識が全

てです。データを入れて機械学習して、それに対して

汎用性のある答えを出しています。しかし、こうした

弱い AI でも役に立つので、どんどん産業用に使って

いこうとするのがわれわれの現在の立場です。

 1980~1990年代の第 2 次 AI ブームと現在との決定

的な違いは、現在は大量接続、高信頼、低遅延のネッ

トワークがあることです。つまり、役に立つデータが

増えたということです。IoT(Internet of Things)とは、

これまでコンピュータと無縁だった産業の自動化・自

律最適化のことですが、その本質は ICT(通信がら

みのデジタル化)と OT(オペレーショナルテクノロ

ITシンポジウム「インフォテック2016」の実施報告

26

ジー)の融合です。OTとは、製造業であれば製造技術、

農業であれば農業のノウハウなど、ドメインごとの知

識です。

 日本で産業を活性化するためには、ICT を知ってい

る人間がドメイン知識をさらに持つか、ドメイン知識

を分かっている人間が ICT 化するかのどちらかしか

ありませんが、これは待ったなしだと思います。今起

きている大きな変化は、ICT とドメイン知識に、弱い

AI がかぶさることによる産業の最適化だと思います。

あと20年はこのフレームワークでいくと思うので、産

業を最適化していくという考え方で AI を捉えていき

たいと思っています。

4.今後の展望

 問題は、ベストプラクティスを組めるかどうかで

す。画像認識は日進月歩ですし、Amazon の配送をロ

ボットができるようになれば、農作業や建設現場での

自動化も数年以内に起こると思います。アメリカでは、

産業で起きている自動化・自立最適化を全て AI と呼

んでいて、例えば材料製造、ヘルスケア、広告、マー

ケティングなどがホットな AI になっています。日本

がアメリカと最も異なるのは、産業自身がデジタル化

されていない点です。そのため、AI を適用しように

もできません。そこで、ドコモでは、ペタバイト級の

ビッグデータを活用して、マーケティング、リコメン

デーション、オペレーション最適化、セキュリティ、

メディア理解、社会インフラ最適化など、いろいろな

ことに取り組んでいます。

 DevOps への展開例としては、無線品質を測るとき

に、お客さまにアプリをダウンロードしてもらい、そ

のパラメータを上げてもらうということをしていま

す。最近特に意識しているのは、他社とうまく組んで

デジタル変革を最適化することです。もともと B to

C の会社ですが、最近は B to B to C や、B to B に大

きく舵を切っています。公共インフラについても、神

戸市と連携してスマートシティに向けたいろいろな

チャレンジをしています。また、内部で開発したマイ

クロサービスの一部を API の形で出しています。他

社や公共のセグメントと組んで、このようなツールや

商材の最適化を行っています。

 IoT を支えているのは、機械学習とビッグデータ、

そしてセキュリティです。AI を産業に応用するには、

その根幹となるビジネス設計やクラウド、データベー

ス、システムエンジニアリング、ICT 化への対応に取

り組まなければならないので、そこを何とか実現して

いきたいと考えています。

ITシンポジウム「インフォテック2016」の実施報告

27

招待講演3

「AIがビジネスを変える“RPAセンターのインパクト”」

  石田 正樹 氏

(株式会社エーアイスクエア 代表取締役)

1.AI による自然言語解析

 当社はコールセンターの自動化に取り組んでおり、

自然言語解析(人が言っていることを理解すること)

をコア技術としています。 10年ほど前まではコン

ピューティングパワーがなかったので自然言語解析は

できませんでしたが、今は全てクラウドでコンマゼロ

数秒の速さで処理しています。

 音声認識の研究も随分進んでいて、2010年以降、

ディープラーニングの手法によって一気にブレークス

ルーした感があります。音声認識は、信号処理をして

特徴量を出し、辞書と照合するというのが基本的なア

ルゴリズムですが、ここに AI の学習機能が生きるよ

うになって劇的に性能が上がっています。

 私たちがやっているテキスト解析では、例えば日本

語のテキストを形態素解析でばらばらにして、機械学

習をさせてルールを作り、意味の空間を作っていきま

す。今までのテキストマイニングは、単語の出現頻度

を数えるというのが基本的な方法でしたが、当社の主

な方式は言葉をベクトル化(数字化)して数学的処理

をするというものです。

 私がこのようなことをしようと思ったのは、日本が

世界の国々を大逆転できる唯一の技術が AI だと思っ

たからです。過去20年の GDP の推移を見ると、アメ

リカはイノベーションによって、中国は産業振興に

よって伸びていますが、日本はマイナス成長です。生

産年齢人口比率も韓国や中国、インドなどに抜かれて

います。経済産業省なども AI を使ってロボット化す

ればいいとしていますが、私はそれだけでは駄目で、

もっとリアルにビジネスに生かす事業をしなければな

らないと考えています。

2.RPA センターについて

 RPA(ロボティック・プロセス・オートメーショ

ン)とは、簡単に言うとホワイトカラー業務の自動化

です。既に自動車の生産ラインなどでロボットが使わ

れていますが、私たちが始めているのは人間が行う業

務の自動化です。

 私は 3 年半ほど、もしもしホットライン(現・りら

いあコミュニケーションズ)というテレマーケティン

グ会社で新規事業構築を担当しました。国内のテレマ

市場の規模は約7000億円、約8000億円はインハウス

の市場で、合計すると約 1 兆5000億円です。この辺

を崩していこうと考えてRPAセンターを始めました。

 お客さまから入ってくる電話をテキスト化して、そ

のテキストをディープラーニングなどの技術で解析

して会社のナレッジを作ります。今までオペレーター

が人手で聞き起こししていたことを全て自動で行うの

で、人に代わるようなナレッジを非常に短期間で作成

できます。この技術を使えば、オペレーターに一切負

荷をかけずに自動的に情報が抽出できます。

 今後は多言語コミュニケーションの実現も目指して

いて、今年 6 月に Microsoft 社、豊橋技術科学大学と

の協働を発表しました。 Microsoft が現在持っている

リアルタイム翻訳の精度を、さらに上げるために協力

しています。

 当社も、AI は当社とお客さまの企業とで新しいナ

レッジを簡単に安く作ることができる新しい経営資源

であると考えています。例えば、お客さまにデータが

あって、このような処理結果が欲しいのでプログラム

を開発してほしいという依頼があれば、私たちの技術

はアルゴリズムを全部仕込んで作ってあるので、お客

さまの入力データと処理結果を放り込めば、人間が介

在せずに勝手にプログラムができます。極端な話、皆

さんから社内の Q と A を1000行ほど頂けば、週明け

には走らせることができます。いちいち Q と A を人

ITシンポジウム「インフォテック2016」の実施報告

28

間がひもづける必要がありません。この技術を使って

コールセンターの自動化を進めています。

 ウェブでも音声でも、テキストを一元管理してその

会社のナレッジを作ってしまえば、全て対応できま

す。しかし、あくまで全自動の世界ではなく、人とシ

ステムの連携を中心に考えています。人でなければ絶

対にできないことはたくさん残りますが、定型的な業

務や夜中の作業などからは解放してあげたいと考えて

います。コールセンターの現場では鬱になる人が非常

に多いのですが、AI を活用したオペレーター支援シ

ステムにより、ストレス軽減と業務効率化が両立しま

す。その一方で、サーバーは24時間走りますから圧倒

的に処理件数が増えます。

3.今後の展開

 先日、RPA センターのお客さま第 1 号である三井

不動産リアルティとの協働を発表しました。まずは三

井不動産リアルティのコインパーキング事業を対象に

取り組みます。今はまだ自動化できていませんが、恐

らく 3 ~ 6 カ月後には自動化します。

 第 1 弾は B to B の取り組みです。今までは、外部

を巡回して清掃やチェックをする人たちの業務報告を

人が全て受けていましたが、今後は外国人の雇用も

考えられるので、定型化してどんどん自動化していま

す。次に B to C に移って、駐車料金の問い合わせな

どに夜中でも自動で対応できるようにして、私どもが

ワンストップで全ての業務を受けてしまえば、非常に

コストカットになります。

 AI は単なる技術革新ではなく、産業革命です。で

すから、いち早くやった人が勝ちます。第 1 次はイギ

リスが世界を制し、第 2 次、第 3 次はアメリカが取り

ました。今は AI とインターネットによる第 4 次で、

圧倒的にアメリカと中国がリードしています。ただ、

日本にも逆転のチャンスはあります。現在の新しい人

たちの技術とニューラルネットワークを知っている人

が結集すれば、日本は AI でもう一度立ち上がること

ができると思います。

 私は、RPA の技術を使って地方のコンタクトセン

ターに力を持たせたいのですが、新しいツールを与え

なければ地方創生は実現しません。ただ、この自動化

ITシンポジウム「インフォテック2016」の実施報告

29

を使えば、地方でも非常に強くて安いコールセンター

ができますし、ビジネスプロセス・アウトソーシング

(BPO)全般に広がると考えています。

パネルディスカッション

「AI が変える。 AI で変わる。~近未来のビジネス像

を探る~」

  ファシリテーター:尾上 孝雄 氏

(大阪大学 総長参与 情報科学研究科長 教授)

ビジネス化例のレビュー

(尾上) 最初に、 4 名のパネリストの皆さまからご

紹介いただいた AI のビジネス化例をレビューしたい

と思います。まず、倉知様から、追加で紹介していた

だけるということですので、よろしくお願いします。

(倉知) 私ども富士通が、お客さまと一緒にビッグ

データや AI の技術を活用したソリューションを作っ

ている実例を紹介したいと思います。

 一つ目は、ディープラーニングの技術を使って、パ

シフィックリーグマーケティング様と協働している映

像コンテンツの事例です。パシフィックリーグマーケ

ティング様が持つプロ野球映像データや選手の情報、

過去の対戦記録等のビッグデータを、私どもが持って

いる画像処理技術・データ連携技術で分析・加工する

ことにより、利用者が映像データを自由に検索・編集

することを可能にしています。

 二つ目は、機械学習を活用したサプライチェーン・

マネジメント(SCM)改革への挑戦です。弊社のサー

バー PRIMERGY の製造工程における棚卸資産の圧

縮とリードタイムの最適化の両立を目指すもので、営

業現場の上流プロセスからデータを活用することによ

り、今まで行き詰まっていた SCM 改革を加速させる

のが特徴です。

 PRIMERGY のサーバーは受注生産ですが、受注を

受けてから部品を手配していては生産が間に合わない

ので、部品は見込み発注になります。しかし、受注か

ら生産のリードタイムが 5 ~10日であるのに対して、

主要部品の調達を入れると 8 ~12週になるため、棚

卸資産の圧縮とリードタイムの最適化が課題です。そ

こで、社内に散在する営業販売データに加えて社外の

データを活用します。時間的な遅れを含めた項目間の

関係性は非常に複雑なので、これらのデータを機械学

習することで関係性を数理モデル化しています。モデ

ル化する際は、完全なブラックボックスではなく、そ

れなりに意味のある特徴分析をしています。

 分析結果は、コンピュータが出した結果をそのまま

信用するのではなく、業務知見を加えて段階的にレベ

ルアップしていきます。出てきた結果を業務が一番分

かっている現場の人間が見れば、さらにいろいろなア

イデアが具体的な形で出てきます。今回、機械学習を

取り入れた需要予測によって精度が向上し成果が表れ

ているので、さらにシステム化を進めていきたいと考

えています。

 三つ目は、サポート業務の高度化です。サポート業

務におけるお客さまからのさまざまな問い合わせを蓄

積したインシデントデータベースを、AI 技術で知識

ベースにして高度化を実践し、サポート品質とコスト

の低減を図っています。

 従来のインシデントデータベースではキーワードの

検索と絞り込みしかできないので、問い合わせに対し

て有効な答えを見つけるには結構時間がかかりました

が、AI を活用した知識情報処理システムではインシ

デントデータベースが知識ベースとして構築されてい

るので、お客さまが話したとおりに入力することで、

自然言語の意味を考慮した検索によって適切な事例表

示が可能になります。事例は確信度順に表示されるの

で、初心者のオペレーターでも対応が容易です。

 以上、私ども富士通の実践例を紹介させていただき

ました。

ITシンポジウム「インフォテック2016」の実施報告

30

(尾上) 栄藤さんのお話では、AI にはヒューマノイ

ドの受け手と技術者の目線があって、そのパターン

マッチングは AI といわれる前からずっと行われてい

るということでしたが、AI の進展によってどこが変

わっていなくて、どこが大きく変わったのでしょうか。

(栄藤) 多分、ディープニューラルネットワーク

以前の部分は技術的にあまり変わっていないのです

が、私がディープニューラルネットワークに出会った

2010年ごろ、それまで93~95%だった音声認識率が

98%まで向上して非常に驚きました。音声認識率が

98%と95%では、それが意味することは全然違うの

で、そこが大きな変化点であり、商用化の大きなポイ

ントになったと思います。それが画像認識系にも波及

して、自然言語系に変わってきていると言ってもいい

と思います。

 ディープニューラルネットワーク関係のアプリケー

ションは、時間軸を扱うものがどんどん増えてくるの

で大きなブレークスルーが期待できると思いますが、

それ以前のパターン認識の部分はまだ変わっていませ

ん。 AI の適用範囲が広がったことは大きくて、AI を

ツールとして使いこなせる人がデジタル化の進む産業

で応用している場合が多く、この二つが混じっている

と思います。

 ですから、企業はディープニューラルネットワーク

で踊らされるのではなく、まずは自社のデジタル化を

始めた上で、使える「枯れた技術」を使うことが重要

です。例えば、「しゃべってコンシェル」は音声認識

でディープニューラルネットワークを使いましたが、

それ以外はサポートベクターマシンと呼ばれる「枯れ

た技術」を使っています。

(尾上) ディープニューラルネットワークの導入が

進むには、学習面での手軽さも必要だと思うのです

が、まだまだユーザがパッケージを買ってきてすぐに

使える状況にはなっていません。一方、機械学習は

ディープラーニングの技術でかなり解決しつつあると

思います。ディープラーニングの研究が盛んになって

まだ 5 年ほどですが、これからどれくらいの速度で広

がっていくのか、非常に興味深く思っています。しか

し、他の技術革新で一つ素晴らしいものが出てきて、

それを頑張って活用しようとすると、いつの間にかそ

れが陳腐化しているということも起こり得ます。今後、

ディープラーニングのような技術革新は、どのような

フェーズで進んでいくのでしょうか。

(廣戸) ディープラーニングのもともとの発想は、

人間の脳をモデル化することでしたが、ディープラー

ニングで画像認識以上のことをしようとすると、現在

の20層ほどのネットワークではまだまだ足りなくて、

これを大きくしていくという観点での技術革新は、ど

んどん進んでいくと思います。シンギュラリティの時

代を迎えるには Deep Learning に類する技術革新が少

なくともあと10回は必要ではないかと思いますが、技

術革新はどんどん進んでいくと思いますので、いつか

は人間に近いような頭脳ができるのではないかと期待

しています。

(尾上) ベンダー的な視野からすると、技術の進展

をどう捉えていけばよいのでしょうか。

(石田) コンピュータメーカーも、20~30年前は自

社開発でいろいろな技術を作っていましたが、今は 1

ベンダーだけではとても新しい領域のソフトウェアを

作ることはできない状況なので、ベンダーもオープン

ソースのコミュニティに入り込んで新しい技術を磨く

ことが必要な時代になっていると思います。そういう

状況下では、ベンダーはビッグデータのビジネスを始

めたときのようにコア技術を作ることよりも、コア技

術をいかにうまく活用するかを考えなければなりませ

ん。

AI によって生み出される仕事とは

(尾上) AI に代替されて本当になくなる仕事がある

一方で、コールセンターなどでは人が一緒に働くこと

で効率を高めて生産性を上げるので、AI をプラスに

捉えるべきだと思います。その判断基準はどこにある

のでしょうか。

ITシンポジウム「インフォテック2016」の実施報告

31

(石田) 私どもは当初、RPA センターを AI コンタ

クトセンターと呼んでいましたが、実際に作業してみ

ると、最新の AI だけでなく、過去の技術にもいいも

のがたくさんあったので、RPA センターという名前

に変えました。つまり、現在の業務を、とにかく安く、

最善の方法で効率化することが求められるわけです。

 それから、世の中のあらゆる仕事は、生身の人間と

サーバー内にいる仮想の労働者(デジタルレイバー)

の組み合わせです。仮想のサーバーでできる仕事は、

現段階ではある程度限定されます。例えば、コールセ

ンターに電話が集中するのに備えて、自動的に対応し

てくれるような定型的な仕組みを作れば、人間が取り

損なう電話がなくなり、まずは損失がなくなります。

そういうふうに、新しい技術を前提に業務フローを見

直していくと多くのことが生まれるので、発想を変え

なければいけません。

 このやり方で困っているから、ここに代わる技術が

何かないかを探す方法が「代替」だと思いますが、シ

ステムがある程度、あなたの言葉で動くということが

分かれば、操作方法を教えるだけでいいのです。今は、

その会社のありとあらゆる組み合わせの業務を覚えろ

と言われるからできないのです。

 先ほど、短い文章の中から重要な語句を抽出する技

術をご紹介しましたが、長い文章を要約する技術も

持っています。議事録を取ったり社内の文書をまとめ

たりするような業務も、そういう技術を使えば非常に

短時間にできると思います。技術ありきで変えていく

ことが新たな産業革命だと思っています。

(栄藤) 労働は非定型処理と定型処理、頭脳労働と

作業労働の 4 象限に分かれます。頭脳労働の定型処

理業務を行っているのは中所得者層が多いのですが、

ここはなくなります。作業労働の定型処理業務もなく

なっていきます。そこで浮いた労働力が非定型処理業

務に回っていくといわれています。

日本は AI 先進国になれるか

(尾上) これまで縦割り行政で全く連携できていな

かった文部科学省・経済産業省・総務省が連携して、

AI や IoT、ビッグデータに取り組もうという旗が、

一応振られました。一方、日本の AI 戦略は周回遅れ

であるとの指摘があります。日本はどうすれば AI 先

ITシンポジウム「インフォテック2016」の実施報告

32

進国になれるのか、あるいは全くなれないのか、産業

界はどう考えていくべきかを含めてお聞かせください。

(廣戸) まず英語の壁があり、世界中から日本に優

秀な人がそれほど集まってくるとは考えにくいと思い

ます。アメリカの教育制度がとっくに崩壊しているの

に、世界中から優秀な人がアメリカに集まるのは全く

別の原理が働いているからで、Google は優秀な人材

に高い給料を支払うだけでなく、例えばグリーンカー

ドをすぐに発行できるよう政府に働きかけて、人を集

めています。そんな国と勝負するのは厳しいです。で

は、日本企業はどうすればいいかというと、特定の分

野で世界一を目指すようなニッチ戦略をとるといいの

ではないかと思います。

(倉知) 日本はもともと製造業が強く、PDCA サイ

クルを回しながら生産性を上げてきたわけですが、そ

の中に AI 技術をうまく組み込むことで日本は成長で

きると思います。そのためにも AI のコア技術の活用

に、われわれも頑張って取り組みたいと思っています。

 AI を適用する分野は特別なところではなく、身近

なところにあると思います。もう少し高度化したり、

精度を上げたり、効率化したりというところに AI を

活用することで日本は AI 先進国になれるのではない

でしょうか。

(栄藤) まず、世界に伍していけるかという質問と、

シリコンバレーに伍していけるかという質問では、レ

ベルが全く違います。シリコンバレーに勝とうという

のはまず無理で、AI のトップランナーになるのであ

れば、シリコンバレーに人を送り出した方がいいと思

います。

 日本は、もう少しイノベーションの方法を考えなけ

ればなりません。北ヨーロッパの福祉のように、子ど

も・高齢者の見守りなど、日本でしかできないいいと

ころがあるので、そういうところに AI を使えないか

と思います。隙間を目指しているのではないかと言わ

れそうですが、そういうことを地道にやっていくしか

ないと思いますし、社会の成熟さという意味ではヨー

ロッパと渡り合えることはたくさんあるのではないか

と思います。

(石田) 今日の話の中心は AI のアルゴリズムのソ

フトの部分ですが、その片側にはハードがなければい

けません。私どもは他社の音声認識エンジンを走らせ

ていますが、アルゴリズムはよく分かっているので、

それに特化したスペシャルマシンを自分たちで作って

しまいました。その結果、もともとの性能から13倍速

まで向上できています。

 神戸大学名誉教授の松田卓也先生は「日本が大逆転

するにはハードだ」と言っています。日本はアルゴリ

ズムについては出だしで完全に負けていて、今から追

いつくことはできないと思いますが、ハードとソフト

でいろいろ実現する可能性はあるかなと思っています。

自社のビジネスに AI を生かすには

(尾上) AI を導入する上で、ベンダーがお客さんの

ニーズを聞きながら一緒に作っていくモデルが、恐ら

く必要になってくると思います。一方で、AI のこと

が全部分かっている技術者を各社で育成・採用するこ

とは難しいと思います。ハンズオンモデルで AI をビ

ジネスに導入することは避けられないのでしょうか。

ユーザ側に対してどういう準備をしていけばいいので

しょうか。

(倉知) ビッグデータや IoT、AI といった新しい分

野のビジネスが始まって以降、ベンダーとお客さまの

関係は変わってきていると思います。今の時代におい

ITシンポジウム「インフォテック2016」の実施報告

33

て、お客さまが RFP を書くことはなくなってきてい

るので、お客さま自身も AI で具体的に何をするのか

がまだ描けていない状況です。そういう状況だからこ

そ、われわれベンダー側も一緒にやりましょうとアプ

ローチするのですが、目的や課題が明確でなければう

まくいきません。

 よって、目的や課題をまずは明確にしてほしいとい

うのがベンダーの思いです。課題が明確であれば、わ

れわれも一緒になって ICT の技術による解決策を提

案し、一緒に取り組むことができます。

(尾上) ドコモでもパッケージ化などの話が出てい

たと思いますが、お客さまに対してどう準備していこ

うと考えていますか。

(栄藤) 企業内にチーフデジタルオフィサー(CDO)

を置いてはどうかと考えています。従来の情報システ

ム部門ではデジタル化していくのは難しい面があると

思っていて、GE の場合は基本的に全社の CDO を置

いて、ハード寄りからサービスへどんどんシフトして

います。日本では内製のソフトエンジニアやエキス

パートを雇えないので困難ですが、日本型モデルで、

システムインテグレーターと組みながらやっていける

のではないかと思っています。

人材育成・採用について

(尾上) 安倍政権が春ごろに「第 4 次産業革命に向

けた人材育成総合イニシアチブ」を発表して、新しい

施策が幾つか組まれました。しかし、そこに掲げられ

ている「未来社会を創造する AI/IoT/ ビッグデータ

等を牽引する人材育成総合プログラム」で育成された

人材が大学を出て産業界に進んだときには、もう第 4

次産業革命は終わっているのではないかという気がし

ます。「必要とされるデータサイエンス人材数」も公

表されていますが、企業には既にそういう社員がたく

さんいるわけで、課題は AI を活用できる人材の育成

になると思います。企業内に既にいる技術者のリカレ

ント教育とも関係すると思いますが、何を勉強して、

何の知識を拡充して、こうした分野の活用につなげれ

ばいいのでしょうか。

(廣戸) トラディショナルな日本の SI 産業のあり

方と AI 時代に必要な人材育成が必ずしもマッチして

いないことが問題だと思います。 SI 事業者はドキュ

メンテーションを行う SE を育成してきましたが、AI

の時代に必要な人材は腕の立つプログラマだろうと思

います。現時点では AI によって SI 事業者は全く売

り上げが立たないので、皆さんよく教育面の先行投資

を頑張っているなと思うのですが、事業のラインに乗

るまで頑張って投資するかどうかが悩みどころです。

 ただ、私達は今、最高にラッキーな時代を迎えてい

て、クラウド上にソフトウェアを乗せて API をつな

ぎ、オープンソースをつないで AI をトッピングする

だけで事業が起せるかもしれない環境だろうと思って

います。日本全体でみれば、既存の SI 事業者が何も

しなくてもこういうことができる人は出てきそうな感

じはします。

質疑応答

(Q 1 ) 汎用 AI の実用化はいつ頃と見ていますか。

強い汎用 AI は禁止すべきなのでしょうか。

(石田) 2035年ごろにかなりの汎用領域にいくので

はないかと考えています。それがドラえもんのように

なるのか、ターミネーターのようになるのか、人間の

形をしているのかどうかは分かりませんが、かなりの

ところまでいくように日本からシンギュラリティを起

こしたいという思いで取り組んでいます。

 強い汎用 AI は、仮に私たちがやらなくても他の国

がやりますので、やらないという選択肢はないと考え

ています。

(栄藤) こうした宗教論争はずっと前からあって、

技術者は全く信用していません。動画像の理解とロボ

ティクスの制御の融合が今後進んでいけば、シンボル

グランディングといわれる人工機械が機能をある程度

見つけることは、 5 ~10年でできるのではないかと思

います。

ITシンポジウム「インフォテック2016」の実施報告

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 強い汎用 AI ができる前に大きな問題は、ブラック

ボックス化がどうなるかです。なぜか知らないけれど

もうまく動いていたり、敵味方を見分けて打ち倒して

いたロボットがあるとき急に味方を打ちだすかもしれ

ません。インテリジェンスの機能のトランスペアレン

シーがどんどん落ち、説明の付かないインテリジェン

スができてきていることが、セキュリティ面で大きな

問題になると思います。

(倉知) 私はどちらかというと、まだまだずっと先

ではないかと思っています。ICT でできる範囲はまだ

非常に少なくて、ディープラーニングが業務で何に使

えるのか、まだまだハードルは高いと思っています。

そういう意味で AI が汎用化して、ましてや感情を持

つのはずっと先ではないかと思います。

(廣戸) 大体意見が出たとおりで、技術革新がまだ

何段階か進んだ後の話だと思います。禁止すべきかど

うかについては、石田さんと同じ意見です。

(Q 2 ) 車両の完全自動運転化は、最終的には人が

安全を守る必要があり、完全な自動化はまだ難しいと

認識しています。完全自動運転化はどうなるとお考え

ですか。

(廣戸) 実現自体は時間の問題かなと認識していま

す。ただ、絶対に事故を起こさない AI というのは、

ほぼあり得ないと思います。では、どのタイミングで

レベル 4 の自動運転が無条件で普及するかというと、

経済的合理性のラインに乗ったときだと思います。例

えば交通事故で亡くなる人への賠償金を全部払っても

自動車メーカーの利益の方が大きければ、自動運転は

導入されるでしょう。しかし、現在の人間の事故率の

10分の 1 くらいにならないと厳しいのではないかと

考えています。

(Q 3 ) ビジネスのデジタル化は、日米でまだまだ

格差があるのは事実だと思いますが、日本は何を変え

ることによってデジタル化が進むのでしょうか。

(栄藤) ソフトウェアができて AI の下支えとなる人

材が、日本には100万人、アメリカには300万人います。

100万人というのは悪い数字ではないのですが、200

万人に増やそうとしています。また、アメリカではソ

フトウェア人材が IT を利用する側に75%、SIer 側に

25%います。日本はその逆で、25%がユーザ側なの

です。その両方が互いに発展して200万人に増えるこ

とが大きな鍵になると思います。

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ユアサ M&B 株式会社

【ごあいさつ】 ユアサ M&B は、22年前の創業時より、壊れていく地球を何とかして助けたい、そんな思いに駆られて、電気自動車や太陽光発電設備に取り組んできました。また、それとともに関西の活性化から日本の改革を目指し、地球環境やエネルギー環境の発展という大きな課題にも取り組んできました。 また今後の環境のためのスマートグリッド構想に対応すべく、太陽光発電から電気自動車まで、全てをラインナップし、一般家庭から企業・学校・病院等あらゆるニーズに応えていきます。 私どもが展開する事業は、五つの考え方から成り立っています。一つ目は環境(Environment)という観点から、二つ目はエネルギー(Energy)という観点から、三つ目は高齢社会(Elder)という観点からの働きかけです。さらに20周年を機に、新たに二つの E、教育(Education)、おもてなし(Entertainment) を新たな柱とし、事業展開を行っていきます。 この五つの E を通じて社会に働きかけ、社会に貢献する21世紀のエクセレントカンパニーを目指します。

【会社概要】商 号 ユアサ M&B 株式会社

設 立 平成6年11月

本 社 大阪市北区中之島3丁目3番23号中之島ダイビル27F

資本金 50,000,000円

代表者 代表取締役会長兼社長 松田 憲二

社員数 ユアサ M&B グループ 120名

売上高 M&B グループ140億円(平成26年度)

【事業内容】1.科学と技術の成果を、人と地球の未来へと向

けるために…。 私たちユアサ M&B が展開している事業は、多くの人々や社会に認められ、地球環境に貢献しています。さらに技術を重ね、実績を重ね、そして信頼を重ねていきたい。そして、常に「優しさ」をもって人に接していきたい…。 そこに私たちユアサ M&B の存在価値があると信じているのです。

2.様々な企業とコラボレーションを行い、「脱石油社会」「低炭素社会」の実現を目指します!

(1) 主な商材●パワーコンディショナー/発電機 ハイテクノロジーを駆使した建築物も電気がなくては十分な機能を発揮することができません。十分な機能を発揮してもハイコストでは社会は受け入れてはくれません。 私たちユアサ M&B はヤンマーグループと業務提携を図り、常用、防災用、また、予備電源としての発電装置を提案します。また、省エネ、ローコストの使えば使うほど効率が良くなるコーゼネレーションシステムや、ガスヒートポンプにも積極的に取組んでいます。●太陽光発電 無尽蔵で、しかもクリーンな太陽エネルギーをうまく活用することは、人類の夢です。

賛助会員企業のご紹介

賛助会員企業のご紹介

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 このソーラーエネルギーの分野においても、私たちユアサ M&B はジーエスユアサコーポレーションをはじめとし、太陽光発電システム関連会社とのコラボレーションのもと、積極的な活動を展開し、開発・設置実績を積み重ねています。 私たちユアサ M&B は、自社でも太陽光発電所を設置し環境保護とエネルギーの有効活用を目指しています。●電源・情報システム 高度情報化社会の主役は、何といっても情報通信システムです。そういった設備・システムにおいて必要不可欠なのが、不意の停電に対応しうる電源です。 私たちユアサ M&B では、通信基地局などに対して高品位な蓄電池や電源システムなど、通信システムの生命線となる製品やシステムを提供し、情報通信の安全かつ安定的な稼働をバックアップしています。 また、既存の技術領域だけではなく、インターネットを活用した、データセンター、WIFI、IOT 等の領域に積極的にチャレンジしています。●蓄電池 蓄電池は、クリーンエネルギーであり地球温暖化防止の切り札です。今後のエネルギーの有効利用の観点からも、電気自動車やスマートハウス等への活用で、蓄電池の役割はさらに重要になってきます。ユアサM&B は多様なニーズに応え、地球環境保全のために付加価値の高い高性能な蓄電池を提供していきます。●乾電池・灯具 ユアサ M&B は、大型蓄電池だけではなく乾電池及び灯具等も独自ブランドで取り扱っています。 一般日常家庭向けの様々な商品にまでも力を入れております。●電気自動車 地球の歴史上、気候の温暖化や寒冷化は幾度も繰り返されてきたと考えられていますが、産業革命以来の人間の経済活動が、自然現象ではない「温暖化」を引き起こしています。ユアサ M&B は、ゼロエミッションを目指して電気自動車に取り組み、コンバート EVの製作や光岡自動車とのコラボレーションによる、5人乗り電気自動車「雷駆」や3輪 EV「ライク T-3」を開発してきました。さらに再生可能エネルギーによる発電に取り組み、電気自動車の運行を支える急速充電システムにも積極的に取り組みさらなる充電装置の普及を推進しています。

●水処理施設 ユアサ M&B は、濾過フィルターのハウジングを自社で開発し、水処理の高効率化を目指しています。 さらに研究を重ね、バイオマス、バイオリアクターなどのバイオサイエンス及び高機能分離・精製システムなどによる工業生産技術の確立をめざし人々の生活に、貢献します。

●ライティング ユアサ M&B はランプという分野でも、エコセラランプをはじめ LED ランプの開発を続けています。 地球環境の保全に取り組み、かけがえのない地球を守り続けるために、そして未来の子どもたちのために、ユアサ M&B も世界の環境保護対策と歩調を合わせ、進化し続けていきます。

3.新たな分野への取り組み これからの社会はビッグデータの活用と様々なデバイスがシステム的な連携を図っていく必要があります。 ユアサ M&B は、提携各企業の持ち味を活かすためにコーディネイトし、来るべき IOT ・AI 社会の中心になっていきたいと思っています。現在取り組んでいるものには、燃料電池・バイオ発電・無接点充電装置・スマートハウスなどがあり、それらの開発や実現のため産・官・学の垣根を越え、手を取り合って本当の青空と星空を復活させるために全力を尽くします。

定価¥5 0 0(送料込)(ただし、一般財団法人関西情報センター会員については、年間購読料は年間会費に含まれております。)

◇ごあいさつ 一般財団法人関西情報センター 会長  森下 俊三 …………1

◇ 特集テーマ「ブロックチェーン」 ……………………………………………………………………………2

 □「ブロックチェーンのインパクト」 ……………………………………………………………………………3

国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)

主幹研究員・准教授 研究部長  高木 聡一郎

 □(企業紹介)シビラ株式会社(ブロックチェーン) ……………………………………………………………9

 □(JIPDECからのお知らせ)

  ISO/TC307に係る国内審議団体のお知らせ ………………………………………………………… 12

◇インフォテック2016 実施報告

 「AIが変わる。AIで変わる ~近未来のビジネス像を探る~」 ……………………………………… 14

◇賛助会員企業のご紹介

  ユアサM&B株式会社 ……………………………………………………………………………………… 35

 

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本誌は、当財団のホームページでもご覧いただけます。http://www.kiis.or.jp/content/info/magazine.html

KIIS Vol.154 ISSN 0912-8727平成29年 1月発行人 田中 行男発行所 一般財団法人 関西情報センター    〒530-0001 大阪市北区梅田1丁目3番1-800号 大阪駅前第1ビル8F TEL. 06-6346-2441