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T27 埼玉医科大学雑誌 第 31 巻 第 3 号別頁 平成 15 7 Thesis 大腸癌における可溶性Interleukin - 2 receptor IL-2R)値の変動 埼玉医科大学第二外科学教室 (指導:平山 康三教授) 坂田 秀人 背 景:癌細胞等によって放出されるメディエーターに刺激されて,T 細胞が活性化すると IL-2 の分 泌が始まり,また IL-2 受容体α鎖が T リンパ球細胞膜上に出現する.この IL-2 が,オートクラインあ るいはパラクラインによって IL-2 受容体と結合すると T 細胞の増殖・分化が始まる.結合後,すぐに IL-2 受容体のα鎖の一部が解離し,血中に放出される.これが可溶性 interleukin - 2 receptor IL - 2Rである.以上の機構より,血中の可溶性 IL-2R 値が宿主の腫瘍免疫能の多寡を反映して変動すること が考えられ,腫瘍マーカーとして利用できるものと推測される.今回,大腸癌患者の血中の可溶性 IL - 2R 値の測定と,癌局所および所属リンパ節におけるIL-2R 陽性リンパ球(以下,活性型T リンパ球 とする)の出現状況を探り検討した. 方 法:大腸癌 155 症例から採取した血清を用いて,ELISA 法による可溶性 IL - 2R 値の測定を行 なった.同時に各種の腫瘍マーカーを測定して比較を行なった.さらに抗ヒトインターロイキン -2 ウスモノクローナル抗体を用い,ABC 法による癌局所ならびに所属リンパ節の活性型 T リンパ球の局 在について免疫組織化学的検索を行なった. 結 果:大腸癌患者の血中可溶性IL-2R 値は健常コントロール群に比べ有意に高値を示した.IL-2R 値は漿膜浸潤症例,およびリンパ節転移をもつ症例では有意に高値を示したが,他の臨床病理学的因 子による上昇は認めなかった.リンパ節転移陽性症例についての感度と特異度は,CEA 40.2%と 66.0 %,IL-2R 43.2 %と77.4 %であった.CEA IL-2R のコンビネーションアッセイでは63.3 %と 95.8%に上昇しIL-2R 値がリンパ節転移の予測に有用であることが示唆された.ほとんどの癌組織と すべての転移性リンパ節において活性型 T リンパ球の浸潤を認めた.他方,非癌部の大腸組織や転移 陰性の所属リンパ節では活性型 T リンパ球の浸潤をみることはなかった.これらの結果から,大腸癌 組織や転移リンパ節においてT リンパ球が活性化され,それらが増殖・分化する過程でIL-2R のα鎖 (可溶性IL - 2R)が血中に放出されるため,血中の可溶性IL-2Rが上昇する機序が推定された. 結 論:大腸癌患者の血中の可溶性IL-2R 値測定により,リンパ節転移症例が判別できる可能性が示 唆された. キーワード:結腸癌,直腸癌,IL - 2R CD25蛋白 1. はじめに 最近,各種の疾患においてサイトカインの果た す 役 割 が 明 ら か に さ れ て い る.イ ン タ ー ロ イ キ ン2 Interleukin - 2 : IL - 2)は,T リンパ球の増殖・分化に関 与する重要なサイトカインである 1T 細胞の増殖は 癌細胞等によって放出されたメディエーターによって 刺激を受け,活性化したT リンパ球が作りだすIL - 2 オートクライン(あるいはパラクライン)に依存する. つまり,T リンパ球から分泌された IL-2 T リンパ球 細胞膜上にある IL-2 受容体(Interleukin - 2 receptorと結合することによって T リンパ球の増殖・分化が 始まる.その際,IL-2 と結合した IL-2 受容体の一部 (α鎖)が血液中に放出されるが,これが血中の可溶性 IL - 2R serum soluble interleukin - 2 receptor)と呼称さ れるものである 2) 自己免疫疾患,感染症,さらに臓器拒絶反応など において,血中の可溶性IL-2R 値の上昇が明らかにさ れた 3-7) .間もなく悪性疾患についても検索がすすみ白 医学博士 乙第782号 平成13727(埼玉医科大学)

大腸癌における可溶性Interleukin-2 receptor IL-2R)値の変動1)症例と検体 1993年から1999年の7年間に当科における大腸癌 切除手術例のうちの155症例から血液を採取し,その

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Page 1: 大腸癌における可溶性Interleukin-2 receptor IL-2R)値の変動1)症例と検体 1993年から1999年の7年間に当科における大腸癌 切除手術例のうちの155症例から血液を採取し,その

T27埼玉医科大学雑誌 第 31巻 第 3号別頁 平成 15年 7月

Thesis

大腸癌における可溶性Interleukin -2 receptor(IL -2R)値の変動

埼玉医科大学第二外科学教室

(指導:平山 康三教授)

坂田 秀人

背 景:癌細胞等によって放出されるメディエーターに刺激されて,T細胞が活性化するとIL -2の分泌が始まり,またIL -2受容体α鎖がTリンパ球細胞膜上に出現する.このIL -2が,オートクラインあるいはパラクラインによってIL -2受容体と結合するとT細胞の増殖・分化が始まる.結合後,すぐにIL -2受容体のα鎖の一部が解離し,血中に放出される.これが可溶性 interleukin -2 receptor(IL -2R)である.以上の機構より,血中の可溶性 IL -2R値が宿主の腫瘍免疫能の多寡を反映して変動することが考えられ,腫瘍マーカーとして利用できるものと推測される.今回,大腸癌患者の血中の可溶性IL -2R値の測定と,癌局所および所属リンパ節におけるIL -2R陽性リンパ球(以下,活性型Tリンパ球とする)の出現状況を探り検討した.方 法:大腸癌155症例から採取した血清を用いて,ELISA法による可溶性IL -2R 値の測定を行なった.同時に各種の腫瘍マーカーを測定して比較を行なった.さらに抗ヒトインターロイキン - 2マウスモノクローナル抗体を用い,ABC法による癌局所ならびに所属リンパ節の活性型Tリンパ球の局在について免疫組織化学的検索を行なった. 結 果:大腸癌患者の血中可溶性IL -2R値は健常コントロール群に比べ有意に高値を示した.IL -2R値は漿膜浸潤症例,およびリンパ節転移をもつ症例では有意に高値を示したが,他の臨床病理学的因子による上昇は認めなかった.リンパ節転移陽性症例についての感度と特異度は,CEAは40.2%と66.0%,IL -2Rは43.2%と77.4%であった.CEAとIL -2Rのコンビネーションアッセイでは63.3%と95.8%に上昇しIL -2R値がリンパ節転移の予測に有用であることが示唆された.ほとんどの癌組織とすべての転移性リンパ節において活性型Tリンパ球の浸潤を認めた.他方,非癌部の大腸組織や転移陰性の所属リンパ節では活性型Tリンパ球の浸潤をみることはなかった.これらの結果から,大腸癌組織や転移リンパ節においてTリンパ球が活性化され,それらが増殖・分化する過程でIL -2Rのα鎖(可溶性IL -2R)が血中に放出されるため,血中の可溶性IL -2Rが上昇する機序が推定された.結 論:大腸癌患者の血中の可溶性IL -2R値測定により,リンパ節転移症例が判別できる可能性が示唆された.キーワード: 結腸癌,直腸癌,IL -2R , CD25蛋白

1. はじめに

 最近,各種の疾患においてサイトカインの果たす役割が明らかにされている.インターロイキン2(Interleukin -2 : IL -2)は,Tリンパ球の増殖・分化に関与する重要なサイトカインである1).T細胞の増殖は癌細胞等によって放出されたメディエーターによって刺激を受け,活性化したTリンパ球が作りだすIL -2 にオートクライン(あるいはパラクライン)に依存する.

つまり,Tリンパ球から分泌されたIL -2がTリンパ球細胞膜上にあるIL -2受容体(Interleukin -2 receptor)と結合することによってTリンパ球の増殖・分化が始まる.その際,IL -2と結合したIL -2受容体の一部(α鎖)が血液中に放出されるが,これが血中の可溶性IL -2R (serum soluble interleukin -2 receptor)と呼称されるものである2). 自己免疫疾患,感染症,さらに臓器拒絶反応などにおいて,血中の可溶性IL -2R値の上昇が明らかにされた 3 -7).間もなく悪性疾患についても検索がすすみ白医学博士 乙第782号 平成13年7月27日 (埼玉医科大学)

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T28 坂田 秀人坂田 秀人 大腸癌における可溶性IL -2R値

血病,肺癌,胃癌,乳癌における変動が判明したが,我々も大腸癌患者の可溶性IL -2R値の上昇を予報しておいた8 -20). さて,大腸癌の診療においては多くの腫瘍マーカーが進行度,および転移の予知や治療効果の判定,再発・再燃の拾い出しなどに役立てられている.しかしながら遺伝子マーカーなどを含めても,リンパ節転移や腹膜播種の予知因子となる有効な指標は今のところない21 -22). この研究において,我々は血中の可溶性 IL -2R 値が腫瘍マーカーとして,とくにリンパ節転移の判別に役立つか否かを検討した. 活性化されたTリンパ球に認められる抗原はTac,これに対するモノクロナル抗体はanti -Tacといわれる.そしてこのanti -TacはIL -2R に対する抗体(CD25)と一致する 23). そこで我々は,大腸癌組織および転移リンパ節に浸潤したIL - 2R陽性のTリンパ球(活性化Tリンパ球)ついて免疫組織化学的検討を加え,これら細胞密度と血中の可溶性IL -2R値との関連を検討し,この血中の可溶性IL -2R値の変動に関する機序を解明することを試みた.

2.症例と方法

1)症例と検体 1993年から1999年の7年間に当科における大腸癌切除手術例のうちの155症例から血液を採取し,その血清を-80℃に保存した.切除標本から癌部および非癌部大腸組織,所属リンパ節を採取して速やかに凍結保存(-80℃)した.また健常ボランティア33人から得た血液サンプルを対照として使用した. 症例の臨床病理学的因子の区分はTNM分類(大腸癌取り扱い規約 第6版)に基づいて行なった24). なお,血液および手術標本サンプルの使用にあたっては文書による承諾を得た.2)腫瘍マーカー 各症例について中央臨床検査室において

carcinoembryonic antigen (CEA : cut off値4 ng/ml),carbohydrate antigen 19 -9 (CA19 -9 : 37 U/ml),carbohydrate antigen 72 -4 (CA72 -4 : 4.0 U/ml),immunosuppressive acidic protein (IAP : 500μg/ml),alpha - fetoprotein (α-FTP : 10.0 mg/ml)等の腫瘍マーカーが通常の方法に従って測定された.3)血中の可溶性IL-2R値の測定法 血中の可溶性IL -2R値の測定にはCELLFREE

INTERLEUKIN -2 RECEPTER BEAD ASSAY KIT(山之内製薬,東京)を使用した. これは二抗体固相酵素免疫測定法の原理に基づいたキットである.ポリスチレンビーズがIL -2Rのひとつのエピトープに対する抗体によって被覆されており血液サンプル中の可溶性IL -2Rがこの抗体に捕捉されビーズ表面に付着する.

また,IL -2Rの他のエピトープに対する抗体を酵素で標識し,この酵素が酵素基質(発色剤OPD)と接合するようにしてある.試験管内で検体の血清,ビーズ,酵素標識抗体の3者を混じて120分間インキュベートしたのち,OPD基質溶液200μlと約2 mlの蒸留水を加えた.次に1N H2SO4を加えて反応を停止させ,1時間後に分光光度計タイテック(大日本製薬,東京)を使用して吸光度を測定し,492 nmにおける吸光度との比をもってIL -2R値を表した.4)切除標本の免疫組織化学的染色法 術中に,切除標本から大腸組織(癌部,その近傍の非癌部大腸)および所属リンパ節(転移のあるもの,転移のないもの)を速やかに採取して,OCT compound(Miles Lab.,Elkhart,USA)で包埋し-80℃で保存した.免疫組織染色標本を作製する直前に4μmに薄切した.   染色はavidin−biotin−peroxidase(ABC)複合体法で行なった.4μmの凍結切片を風乾ののち,アセトン4%パラホルムアルデヒド混合液で固定し,pH 7.4の0.1Mリン酸緩衝液の中で10分間インキュベートした. 次いで抗ヒトインターロイキン - 2受容体マウスモノクローナル抗体(DAKO,Glostrup,デンマーク)の100倍希釈液で切片を4℃,16 -18時間,インキュベートした. さらに,室温で30分間,切片を biotin 接合の家兎抗マウス IgG (ニチレイ社,東京)とインキュベートしたのち,ABC複合体(DAKO,Glostrup,デンマーク)を加えた.そののち,室温下で0.3% H2O2 メタノールを加え30分間インキュベートし,ペルオキシダーゼ活性を停止させた.その切片をリン酸緩衝液(pH 7.4)で3回洗浄し,0.006% H2O2添加ジアミノベンチジン(Wako純薬,大阪)の0.1M Tris buffer(pH 7.6)で3 -5分間インキュベートした.最後に切片を流水で洗浄後ヘマトキシリン 核染色を行ない,脱水操作ののちにマウントした.5)IL-2R発現リンパ球の評価法 大腸癌部およびその近傍の非癌部大腸,ならびに所属リンパ節にみられる IL -2R/CD25/Tac発現Tリンパ球の出現を3段階に評価した.(ⅰ)組織切片のなかに発現陽性細胞を認めないとき,および陽性細胞が30%未満のときには(-),(ⅱ)30%以上が陽性細胞であるときを(++),(ⅲ)両者に該当しないときは(+)とした.切片標本を光学顕微鏡下に400倍の鏡検で1,000個のリンパ球をカウントし,3視野についての数値の平均によって評価した.また,評価にあたっては2人以上の観察者による成績をもとにした.6)統計学的処理 2群間の比較にWilcoxson法およびMann-Whiteney法,多群間についてはKruskal -Wallis法,コンビネーションアッセイにはχ2 -検定を用いた.有意水準をP<0.05とした.

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坂田 秀人 T29坂田 秀人 大腸癌における可溶性IL -2R値

結 果

 大腸癌症例の血中可溶性IL -2R値は正常コントロール群に比べ有意に高値であった(p=0.0301 : 図 1).腫瘍径別にIL -2R値の差異は認めなかったが,漿膜浸潤陽性の症例では陰性例に比し有意に高値であった(p=0.0127 : 図 2).また,リンパ節転移症例で有意に高値であった(p=0.0493 : 図 3).リンパ節陽性の43症例のうち肝転移を併せもった11症例を除いた32症例に

おいても,リンパ節転移陰性例に比べて有意に高値であった (p=0.0386).一方,腹膜播種の有無では有意の差を認めなかった.またリンパ管浸潤および静脈浸潤の有無,病理学的進行度などの臨床病理学的因子に関してはIL -2R値に差は認められなかった(表 1). 既存の腫瘍マーカーであるCEA,CA19 -9,CA72 -4,IAP,α-FTPとIL -2R値の関係を調べたが,CEAとIL -2Rの関連は弱く(図 4)他についても強い相関を示すものは認められなかった(表 2).従ってIL -2R値を新しい腫瘍マーカーと考えて検討できる可能性が示された.

図 1. 大腸癌群ならびに正常対照群における血中の可溶性IL -2R値の比較 (p=0.0301).

図 2. 漿膜浸潤の有無による血中の可溶性 IL -2R値の変動

(p=0.0127).

図 3. 所属リンパ節転移の有無による血中の可溶性IL -2R値の変動 (p=0.0493).

表 1. 臨床病理学的諸因子と血中の可溶性IL-2R値

血中の可溶性IL -2R値と臨床病理学的諸因子との関係.

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T30 坂田 秀人坂田 秀人 大腸癌における可溶性IL -2R値

 IL -2R値を500 U/ml以上を陽性,未満を陰性とするとき,リンパ節転移に関して,IL -2Rの感度(sensitivity)と特異度(specificity)は43.2と77.4%であり,これに対しCEAでは40.2%と66.0%,IAPでは66.7と52.6%であった.以上よりIL -2RもCEAやIAPと同程度の感度,特異度であった.さらにCEAとIL -2Rのコンビネーションアッセイを行なったところ,CEA値陽性・IL -2R値陽性群の感度は63.3%,特異度は95.8%であり,リンパ節転移陽性群の拾い上げに有用性が認められた.IAPの有用性は伺われなかった. 大腸癌部および近傍の非癌部大腸,所属リンパ節におけるIL -2R陽性リンパ球の出現個数と染色強度にバラツキがみられた.大腸癌部および所属リンパ節におけるIL-2R発現T細胞の出現程度を先の基準に従って区分して示した(図 5,6).大部分(88%)の症例では癌組織に密接した間質内にIL -2R陽性リンパ球が集塊をなして分布していた. 一方,非癌部の正常大腸組織においてIL -2R陽性細胞が陽性と判定されることはなかった.転移をみない所属リンパ節においては,極めて少数のIL -2R陽性細胞を散在性に認めることはあったが集塊を認めることはなかった.しかし転移リンパ節では大腸癌部の様相と酷似したIL -2R陽性細胞が認められ,これらの分布や局在はさらに増強したものであった.

考 察

 IL -2は免疫応答の制御に重要な役割を果たすサイトカインのひとつである.腫瘍免疫では癌細胞等からの刺激によってTリンパ球が活性化されてIL -2の分泌を始める,と同時にIL -2受容体α鎖がTリンパ球細胞膜上に出現する.そして,分泌されたIL -2がTリンパ球の細胞膜上のIL -2受容体(IL -2R) と結合することによってTリンパ球の増殖・分化が始まる.IL -2R はα(CD25),β(CD122),γ鎖(CD132)の3つのサブユニットから構成され,IL -2結合能はその蛋白質鎖複合体の組み合わせにより,低親和性,中親和性,高親和性となる.IL -2と結合したIL -2Rは約1.7秒~50分の半減期で解離しα鎖の一部が遊出する.このα鎖の一部が末梢血中に放出されたものを「血清中の可溶性IL -2R(serum soluble IL -2R)」と呼んでいる(図 7). したがって,血中の可溶性IL -2R の多寡が細胞性免疫反応におけるTリンパ球活性化の状況を反映していると考えられる. これまで可溶性IL -2R値 が自己免疫疾患,感染症,他の炎症性疾患の多くにおいて上昇することが観察された.次いで,白血病,肺癌,胃癌,食道癌などの悪性腫瘍においても可溶性 IL -2R値の変動が検討されたが,尚,未解決のことも山積みの現況である. 今回,研究対象とした大腸癌における血中の可溶性IL -2R 値については,肝転移などの遠隔転移を持つ症

血中の可溶性IL -2R値と各種腫瘍マーカーの相関係数.

図 5. 大腸粘膜および所属リンパ節における IL -2R陽性リンパ球の出現頻度 A.大腸粘膜 癌部 vs 非癌部 :p=0.0007 B.所属リンパ節 転移陽性 vs 陰性:p<0.0001.

図 4. 血中の可溶性IL -2R値と血清CEA値との相関.

表 2. 相関係数

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坂田 秀人 T31坂田 秀人 大腸癌における可溶性IL -2R値

例や悪液質患者の可溶性IL -2R値が際立って高いという報告があり25 -26),大腸癌の進展と可溶性IL -2R値との関係がうかがわれる. 今回の検討により,肝転移の有無や癌悪液質を引き起こす原因となる腹膜播種とIL -2R値上昇との関連はそれ程大きいものではなく,またリンパ節転移症例において血中可溶性IL -2R値が著明に上昇することが判明した. リンパ節転移状況の予測において超音波,CT,MRI

などの諸検査能に全幅の信頼を置き得ない現況にある.そのためリンパ節転移症例の拾い上げに役立つ高感度,かつ簡便な手法が渇望されている. 既に周知の腫瘍マーカーであるCEA,CA19 -9,IAP,α-FTP,CA72 -4などと可溶性IL -2R値との関係を調べると,これらの間に相関は認められなかった.このことからIL -2Rの変動は,これら5者とは異なる機序で作動するものであり新たな腫瘍マーカーとしての資格を担うことが判明した(表 2).CEA 値は腫瘍量に関係するもので,進行大腸癌や転移症例および術後の再発・再燃の診断に有用である.非特異的腫瘍マーカーの1つであるIAPとIL -2R値の間にも相関が認められない.そこで,CEAあるいはIAPに可溶性IL -2R値を加えた検定により,大腸癌の進展程度を多方面からより正確に評価できるかを判定した.可溶性 IL -2R値をリンパ節転移予測の指標とすると,特異度は77.4%と高く,43.2%の感度はCEAとのコンビネーションアッセイにより63.3%に上昇しリンパ節転移が予測できることが判明した.この結果から,IL -2R値もCEAやIAPと同様に腫瘍マーカーとして活用でき,CEAとのコンビネーションアッセイは価値の高いものと考えられた. さて,IL -2R値に腫瘍マーカーとしての資格が備わると述べた.IL -2R値は宿主細胞性免疫能の活性化と連動し,IAP値は免疫抑制の指標である.そのためIL -2R値とIAP値の両者を腫瘍マーカーとみなすこと

図 6. 大腸組織ならびに所属リンパ節における IL -2R陽性Tリンパ球の免疫染色 A: 大腸癌組織の間質には活性型Tリンパ球の集簇を 認めた(+).B: 正常大腸粘膜では活性型Tリンパ球は陰性であった(-).C: 癌転移陽性の所属リンパ節には集塊をなした活性型Tリンパ球を認めた(++).D: 転移陰性のリンパ節には活性型Tリンパ球は陰性であった(-).

図 7. 可溶性IL -2R(serum soluble interleukin -2 receptor)が血中に放出される機序.

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T32 坂田 秀人坂田 秀人 大腸癌における可溶性IL -2R値

に矛盾があるようにみえる.しかし,IL -2によって生じる局所での免疫反応の過剰を IAPが抑制することによって全身への波及が調節されると考えると矛盾は生じない. 大腸癌において,腹膜播種の診断に関しても信頼性の高い指標はまだない. 胃癌においては,CA72 -4が腹膜播種診断の指標になるという報告がある 27)が,今回の結果では,CA72 -4が大腸癌に適用できるとはいえず,また可溶性IL -2R 値も腹膜播種の診断に有用であるという結論をくだすことはできなかった. 扁桃腺,リンパ節,同種移植腎,胃癌,食道癌などで,IL -2R 陽性リンパ球を証明したという報告が散見される 28 -31).しかし,大腸癌組織および所属リンパ節におけるIL -2R陽性リンパ球の局在に関する研究は少なく,今回の検討によって大腸癌組織および転移リンパ節でIL -2R 陽性リンパ球が高頻度に認められることが明らかとなった. これらの所見から,腫瘍細胞等からの抗原刺激を受けて活性化したTリンパ球がIL -2を産生し,オートクラインあるいはパラクラインの過程を経てT細胞の増殖・分化をくり返すことで,大量の可溶性IL -2Rを血中に放出する機序を想定することができた.しかし,血中の可溶性IL -2R値の高低と癌組織および転移リンパ節内にあるIL -2R陽性リンパ球の密度との間には厳密な比例関係がみられるという事象は証明できなかった.この点に関して,IL -2R陽性リンパ球の検出技法にかかわる問題やTリンパ球作動機序における個体差なども考えられ今後の検討が待たれる. リンパ節転移の有無は大腸癌の予後の判定に関する最も重要な因子のひとつであり,適切な治療法の選択のためにもこの状況の把握は重要であると考える. 以上の検討により,血中の可溶性IL -2R値を測定することによって,大腸癌症例におけるリンパ節転移の有無を高い蓋然性をもって予測できる可能性を示した.

謝 辞

 稿を終えるにあたり,御校閲を賜りました埼玉医科大学第二外科平山廉三教授に深謝いたします.直接の御教導を頂きました埼玉医科大学第二外科村上三郎助教授,三吉さおり実験助手に感謝いたします. この論文の要旨は第48回日本消化器外科学会総会に発表した.また現在,この論文の要旨をInternational Journal of Clinical Oncologyに投稿中である.

文 献

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