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技術TREND
31Vol.54(2013)No.2 SOKEIZAI
ものづくり応援隊長 渡 邉 政 嘉
産総研のハイテクものづくり(第32回)鉄より軽く強い炭素繊維の省エネ型
革新製造プロセスが生まれようとしている̶革新炭素繊維技術̶
1.はじめに 産総研はものづくり技術の宝庫だ。そこでは素形材技術の更なる発展に寄与する様々な先進技術の研究開発が進められている。今号では、エネルギー技術研究部門の羽鳥浩章主幹研究員らによって取り組まれている「革新炭素繊維技術」を紹介させて頂きたい。 自動車、列車等の移動体車両の構造体は、金属材料で構成されており、また素形材産業は、それら成形加工技術を基礎とする産業群が中心となっている。一方で最新鋭の航空機等では、金属材料から炭素繊維を複合した材料が多く取り入れ実際に利用されている。炭素繊維は軽くて強いと言われる。鉄と比較すると比重で 1/4、繊維方向の引張強度で約10倍であると言われている。 歴史的に見ると、1950 年代に米国において耐熱性を活かしたロケット部品への適応が検討されたのをはじめとして、ゴルフシャフト、釣り竿、航空機、宇宙分野での利用等開発が進められて現在に至っている。ボーイング 787 の胴体及び翼の大部分の素材は、従来のジュラルミンから炭素繊維複合材料に置き換わっている。輸送機器や社会インフラに対する省エネ性や安全性等の要請が高まる中で、これら新素材への代替の流れは今後とも続くであろう。しかも炭素繊維は我が国の世界市場の約 7割を占める国際競争力の非常に高い高付加価値素材である。 炭素繊維自体は糸であるが、これらを成形加工することで構造部材へと変化させることができるが、そこでは金型技術が利用されている。最新の炭素繊維関連技術動向を押さえながら、それらの成形加工技術にも注目しながら高付加価値型産業へと転換して行くのも将来の素形材産業の発展の鍵になっているのではないであろうか。
2. 炭素繊維とは 炭素繊維とは一体どのような繊維であろうか。通常の我々の身の回りにある洋服等で使われる繊維の代表例は、ナイロン(合成繊維)である。6つの炭化水素を含む炭化水素分子が、アミド結合で縮合した鎖状の高分子である。炭素繊維はどうであろうか。いわゆる木炭と同じような炭素が 6つ連なった重合環が積層した炭素だけの構造体(単結晶になると黒鉛)の長い繊維である。 PAN系炭素繊維の製造方法 は以下の工程で連続的に製造される。 (1)PAN繊維合成(本になる高分子繊維の生成)→(2)耐炎化工程(一気に過熱すると溶けたり燃えたりしてしまうので、まずは燃えにくくする(空気中で200-300℃で加熱)→(3)炭化工程(不活性ガス雰囲気で 1000-2000℃で加熱)等である。
写真 1 市販の炭素繊維
(提供:(独)産業技術総合研究所)
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すなわち高分子繊維を蒸し焼きにしながら、炭素以外の余分な元素を取り除いて創るのである。これらの工程のノウハウは門外不出で、国内主要企業も生産は主に国内で行われている。
3. 産総研は炭素技術の “虎の穴” だ 炭素繊維が初めて材料として使われたのは皆様ご存じのトーマスエジソンだと言われている。白熱電球のフィラメントに京都の竹を炭化させた素材を利用したのは有名な話であるが、よく考えてみると竹の組成であるセルロースを炭化させて利用するといういまの炭素繊維と原理的には同じ製法を編み出し、機能性材料として活用していたことになる。 以前の記事でカーボンナノチューブの関連研究を紹介した。しかもその発見は産総研カーボンナノチューブセンターの飯島センター長によるものである。実は、炭素繊維のうち現在主流となっている PAN(ポリアクリルニトリル)系炭素繊維(注)は、通商産業省工業技術院大阪工業試験所(現産業技術総合研究所)の進
藤昭男により発明されたもの(「進藤方式」1959 年特許出願)なのである。現在国内主要企業で量産化されて世界で使用されている炭素繊維はこの PAN系である。産総研は、この歴史の中で連綿と炭素繊維の基盤技術を受け継いでいるのだ。
4. 省エネ型革新炭素繊維技術はこれだ 前述した炭素繊維の製造プロセスは、製造過程で徐々に蒸し焼きにするという工程を含んでいるため多くのエネルギーを消費する。できあがったものが鉄よりも軽く強い素材であっても、製造過程でエネルギーを多く消費するという点ではマイナスの要素を持っている。特に、耐炎化工程は、エネルギー消費が大きいだけでなく、急激な加熱で発熱反応が暴走するリスクがあり、処理速度を速くできない(1kg の PANの耐炎化で約 1,000kcal の熱が発生)等の課題がある。もちろんその軽量素材が移動機器に適応され、燃料消費が軽減されることで大きなエネルギー削減効果があるのは間違いない。一方で課題となっているエネルギー多消費型製造プロセスにおいて、さらなる省エネ型の革新製造プロセスが開発されれば向かうところ敵なしとなる。産総研では、製造プロセスのうち耐炎化処理を経ずに一気に炭化処理を行える素材及び製造プロセスの研究開発を行っている(図 2参照)。
図 1 一般的な炭素繊維の製造プロセス
(提供:(独)産業技術総合研究所)
(注) 1959年、ユニオン・カーバイドの子会社ナショナル・カーボンがレーヨンから黒鉛にする世界初の炭素繊維を発明したが、現在、このレーヨン系はほとんど使われていない。
図 2 産総研で研究開発が行われている革新的炭素繊維製造プロセス
(提供:(独)産業技術総合研究所)
従来法 ポリアクリロニトリル(PAN)
N N N N N
PAN繊維 耐炎化繊維 炭素繊維生産性低下
エネルギー消費大
ラダー構造架橋構造
賦形(紡糸)
湿式紡糸
炭化(熱処理)耐炎化
前駆体ポリマー ポリマー繊維 炭素繊維
・出発物質の探索・設計 ・紡糸特性の評価 ・化学的構造変化 ・得られる炭素の構造 ・繊維物性への影響
賦形(紡糸) 炭化(熱処理)
湿式紡糸革新法
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図 3 耐炎化工程とその課題
(提供:(独)産業技術総合研究所)
通常の高分子繊維は加熱すると溶けてしまう。これら樹脂は一般的に熱可塑性樹脂と呼ばれる。一方で樹脂の中には加熱すると硬化する樹脂がある。これらは熱硬化性樹脂と呼ばれる。ナイロンは熱可塑性樹脂であり、加熱するとすぐに溶けてしまう。現在の炭素繊維のもととなっている繊維はポリアクリロニトリルであり、この繊維も熱可塑性樹脂であるため耐炎化処理を施して樹脂そのものを熱硬化性樹脂に転化させるプロセスなのである。 それでは一体熱可塑性と熱硬化性を決めるメカニズムはどのようなものなのであろうか。 溶けるという現象は、その樹脂を構成する原子や分子の運動が熱エネルギーに伴って大きくなることで発現する。従って、熱硬化性の特性を発現させるためには、熱エネルギーの付加によって、原子、分子運動を妨げる構造にすることで実現される。具体的には、鎖
状につながった炭化水素の繊維を重合環構造にする方法がとられている(図 3参照)。例えば黒鉛の原子構造は炭素 6つの重合環が平面的につらなり、それらが積層した構造となっている。カーボンは最も耐熱性のある素材の代表例であることからも想像ができるであろう。 そこで羽鳥らは、炭素繊維のもととなる高分子自体の改良を含めた研究を進めている。すなわち耐炎化処理を施すことの必要がない最初から熱硬化性の特性を持った分子構造の素材を開発しようとしている(図 4参照)。また、炭素繊維としての強度をしっかりと持たせるためには、繊維内の組織や配列の制御等、新しい素材として基礎的な研究開発が必要となる。いくら軽くても強くても、品質に関する信頼性が確保されなければ産業用構造部材として利用されないのだ。
図 4 産総研で研究開発が行われている革新的炭素繊維製造プロセス
(提供:(独)産業技術総合研究所)
課題
耐炎化工程 PAN繊維を空気中で熱処理して耐熱性を高める工程(ニトリル基の重合および脂肪族炭素の酸化)
N N N N N 14kcal/mol 58kcal/mol
・急激な加熱で発熱反応が暴走→処理速度を速くできない1kgのPANの安定化で約1,000kcalの熱が発生
・エネルギー消費が大きい(200‑300℃における熱処理)
【現行製造技術「進藤方式」(1959年特許出願)】
製糸工程
ポリアクリロニトリル(PAN)製糸 耐炎化 炭化
焼成工程
耐炎化工程省略
原料:アクリロニトリル(AN)溶剤PAN
炭素繊維
①新規前駆体の探索・設計・合成
②炭化構造形成メカニズムの解明
③炭素繊維の構造・物性評価等
炭化方法変更
標 準 化
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5.素形材技術への適応可能性 今回紹介した革新的炭素繊維技術は、炭素繊維そのものの原料となる素材及び新プロセスの研究開発である。素形材技術の出番は、むしろそこで新しく創成された新炭素繊維をどのように成形加工するかにおいて真価が問われる。特に炭素繊維複合素材は、切断や接合といった領域では課題を残している。一方で繊維の複合材料であるので繊維の巻き方や折り方を工夫することで、部分的に弱い部分を作り破壊エネルギーとして外部からの応力を吸収する構造を付与することもできる。また構造体にセンシング機能を組み込むことも不可能ではない。 新素材がまだ市場に出ていない開発段階で、その新素材の成形加工技術にどれだけ早く取り組むことができるかがものづくり技術の成否を決する。特にサーボプレスと複合材料向けの金型開発とともに、レーザー切断及び端面処理、信頼性のおける接合技術の開発は今後さらにその重要性を増すであろう。
6.おわりに 今般の紹介した技術は、革新炭素繊維技術だ。素形材産業の主なユーザーは自動車産業であることは間違いないが、今後自動車用構造部材でもこの炭素繊維複合素材がどんどんと取り入れられるであろう。素形材技術の技術基盤は金属系素材をベースにするものであるが、新素材台頭に伴う技術的対応を怠ると、あっという間にマーケットを失う。金型、圧延、熱処理といったコア技術をベースにして、新素材への適応を是非とも挑戦していただきたい。炭素繊維複合材料については、産総研の先進製造プロセス研究部門において、マトリックス樹脂開発や炭素繊維フィラーの樹脂への分散技術の研究も行われている。今回紹介させていただいた技術等にご興味があれば、筆者までご連絡いただきたい。適切な研究者を紹介する。
(注) 本記事の内容は、産総研の資料提供等をもとにとりまとめたものですが、あくまでも個人の見解であり、著者の所属する組織の見解ではありません。
写真 2 開発中の炭素繊維の電子顕微鏡写真
(提供:(独)産業技術総合研究所)
炭素繊維の顕微鏡写真
側面
断面
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