2
1. はじめに 1-1. 研究の背景 わが国では、戦後以来今も全国各地で集合住宅の建設が 続いている。特に、東京都江東区の豊洲においては有楽町 線開通と産業構造の変化により、急速に高層住宅の開発が 進んでいる。住人の多くが労働者であるため、昼間の日照 は必要ないのではないかと考えられるが、他の地域同様に 日照が多く得られる住戸から売れてゆく現状がある。従っ て、人間はライフスタイルに関わらず、動物的な感覚とし て住戸に日照を求めるが故、集合住宅と日照の問題は切れ ない関係にあるのではないかと考えられる。しかし、集合 住宅では戸建て住宅に比べ、一住戸が得る採光 ( 1 や日 ( 2 も少ないほか、通風やプライバシーなど課題も多い。 さらに、収益性を追求する必要もあるため、ある程度の密 度が求められる。こうした背景から、現代の都心において、 快適な居住環境と高い収益性を、設計の際同時に検討する 手法を検討する必要があると考えられる。 1-2. 研究の経緯 本研究は、衣袋研究室が取り組んでいる 3 次元 object CAD 及び BIM ( 3 と、 近 年 新 た に 取 り 入 れ た Built- environment Information Modeling の概念の活用による設計 及び研究への取り組みを背景に持つ。今年度は衣袋研究室 における BIM の意味と役割を定義し、BIM の活用によっ て可能になる、周辺環境を取り入れた新たな建築設計の実 践を行うことが必要であると考える。そこで前述の集合住 宅の住戸と日照に関して、BIM を用いることで、設計を 行いながら様々な分野の問題点を同時に解決する手法を導 けるのではないかと考えた。 2. 論文について 2-1. 研究の目的 本研究では前述の関心の元、高層集合住宅における 住戸配列と日照に着目し、BIM 及び Built-environment Information Modeling の概念を用いてケーススタディを行 う。それにより、高層集合住宅の住戸配列に関して、環境 性と経済性を同時に満たしながら、日照の問題を解決する 手法のひとつを導き出すことを目的とする。 2-2. 研究の方法 初めに現在までの集合住宅の歴史について述べ、従来の 集合住宅について環境解析を行い、住棟形状及び住戸につ いて経済的・環境的視点から分析を行う。次にケーススタ ディーを通して、設計手法の提案を行う。 2-3. 研究の意義 集合住宅の研究は、戦後から現在まで多くの研究が行わ れてきた。中でも、日照に関しては多くの論議があり、近 年では、日照と住戸に関するプログラムの開発なども行わ れきた。しかし、それらは専門分野に特化しており、BIM によって複合的な視点を取り込み、専門分野以外の誰でも 簡単に環境解析が行えるようビジュアライズされた現代に おいて、それらをフィードバックしながら設計を行うこと から生まれる新たな手法について模索することに意義があ ると考えられる。 3.BIM BIM Building Information Modeling の略称である。BIM 建築の様々な情報が統合された建 築モデルとそれを用いた設計/施 工/維持管理手法を指す。衣袋研 究室では新しい概念として「Built- environment Information Modelingを提唱し、計画する建物を初め、 周辺建物、道路などの人工構造物、人工構造物によって影 響を受けた熱分布や風などを規定する法規を人工環境とし て捉えモデリングを行うことと定義している。本論文では 衣袋研究室の定める BIM ロードマップにおいて BIM3.0 ( 4 を基本として環境情報を読み解きパラメータ化し、それ を用いてモデリングを行い、環境シミュレーションと積算 を通して設計と連携するものと位置づける。 4. 集合住宅について 4-1. 集合住宅の歴史と環境 日本における集合住宅は戦後復興期に始まり、高度経 済成長期に公的集合住宅供給を拡大したことから始まる。 51C 型と呼ばれる公営住宅の標準設計 (1951) に代表され る住戸の標準化技術から、高度経済成長期 (1950 年代後半 ) になると、大量供給の時代へ移行した。1960 年代後半に 高密度化の要請が高まると、集合住宅の設計上細かな日照 時間が要求されるようになった。そのため、日照時間を算 出したり、密度を決定する専門分野のプログラム開発が行 われる一方、天空率や圧迫感、形態率等日照以外の側面か らの分析も盛んになった。その後、日影規制が全国的に施 行された。第一次石油ショック以降は量から質の時代へと 変わる。現代は都心回帰により高層マンションの需要が増 加し、多様なライフスタイルへの対応や周辺環境との調和、 環境性能へのニーズが高まっている。 4-2. 集合住宅の配置と日照 戦後の都市部への人口流入を受け容れるため、郊外では ニュータウン計画や団地計画が進められた。その際欧米の 団地の影響を受け、各住戸が均等に南面する、画一的で単 調な平行配置の住宅地が形成されてきた。このスタイルが 都市部に移行しても、南面配置の精神を重視した結果、L 字型配置の集合住宅が増加した。L字型は、南面する住戸 を最大限確保するため、敷地南側の最も日照条件のよい場 所で住戸数を稼ぐ配置であると言われている。デベロッ パーは販売上のリスク回避のため L 字型を選び、ユーザ サイドにも日照重視の精神が浸透し南面を重視した計画を 繰り返した結果、都心の住宅の姿となったと言われている。 都心では土地の少ないところで集まって住むことが求め られる上、周辺環境との連続性も必要であるため、敷地単 位やグループ単位でしか満足されない南面指向が、都心に おいて必要であるかという点や、周辺との関係性に関して 再考する流れもある。 高層集合住宅における住戸配列と日照に関する研究 建設工学専攻 建築設計情報研究 509012-1 磯川 綾乃 指導教員 衣袋 洋一 fig.1 : Built -env ironm etInform ation M odeling のイメージ図 わ  -Built-enviroment Information Modeling の実践 -

高層集合住宅における住戸配列と日照に関する研究 -Built …

  • Upload
    others

  • View
    5

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: 高層集合住宅における住戸配列と日照に関する研究 -Built …

1. はじめに

1-1. 研究の背景

わが国では、戦後以来今も全国各地で集合住宅の建設が

続いている。特に、東京都江東区の豊洲においては有楽町

線開通と産業構造の変化により、急速に高層住宅の開発が

進んでいる。住人の多くが労働者であるため、昼間の日照

は必要ないのではないかと考えられるが、他の地域同様に

日照が多く得られる住戸から売れてゆく現状がある。従っ

て、人間はライフスタイルに関わらず、動物的な感覚とし

て住戸に日照を求めるが故、集合住宅と日照の問題は切れ

ない関係にあるのではないかと考えられる。しかし、集合

住宅では戸建て住宅に比べ、一住戸が得る採光 ( ※ 1 や日

照 ( ※ 2 も少ないほか、通風やプライバシーなど課題も多い。

さらに、収益性を追求する必要もあるため、ある程度の密

度が求められる。こうした背景から、現代の都心において、

快適な居住環境と高い収益性を、設計の際同時に検討する

手法を検討する必要があると考えられる。

1-2. 研究の経緯

本研究は、衣袋研究室が取り組んでいる 3 次元 object

CAD 及 び BIM( ※ 3 と、 近 年 新 た に 取 り 入 れ た Built-

environment Information Modeling の概念の活用による設計

及び研究への取り組みを背景に持つ。今年度は衣袋研究室

における BIM の意味と役割を定義し、BIM の活用によっ

て可能になる、周辺環境を取り入れた新たな建築設計の実

践を行うことが必要であると考える。そこで前述の集合住

宅の住戸と日照に関して、BIM を用いることで、設計を

行いながら様々な分野の問題点を同時に解決する手法を導

けるのではないかと考えた。

2. 論文について

2-1. 研究の目的

本研究では前述の関心の元、高層集合住宅における

住戸配列と日照に着目し、BIM 及び Built-environment

Information Modeling の概念を用いてケーススタディを行

う。それにより、高層集合住宅の住戸配列に関して、環境

性と経済性を同時に満たしながら、日照の問題を解決する

手法のひとつを導き出すことを目的とする。

2-2. 研究の方法

初めに現在までの集合住宅の歴史について述べ、従来の

集合住宅について環境解析を行い、住棟形状及び住戸につ

いて経済的・環境的視点から分析を行う。次にケーススタ

ディーを通して、設計手法の提案を行う。

2-3. 研究の意義

集合住宅の研究は、戦後から現在まで多くの研究が行わ

れてきた。中でも、日照に関しては多くの論議があり、近

年では、日照と住戸に関するプログラムの開発なども行わ

れきた。しかし、それらは専門分野に特化しており、BIM

によって複合的な視点を取り込み、専門分野以外の誰でも

簡単に環境解析が行えるようビジュアライズされた現代に

おいて、それらをフィードバックしながら設計を行うこと

から生まれる新たな手法について模索することに意義があ

ると考えられる。

3.BIM

BIM と は Building Information

Modeling の略称である。BIM は

建築の様々な情報が統合された建

築モデルとそれを用いた設計/施

工/維持管理手法を指す。衣袋研

究室では新しい概念として「Built-

environment Information Modeling」

を提唱し、計画する建物を初め、

周辺建物、道路などの人工構造物、人工構造物によって影

響を受けた熱分布や風などを規定する法規を人工環境とし

て捉えモデリングを行うことと定義している。本論文では

衣袋研究室の定める BIM ロードマップにおいて BIM3.0( ※

4 を基本として環境情報を読み解きパラメータ化し、それ

を用いてモデリングを行い、環境シミュレーションと積算

を通して設計と連携するものと位置づける。

4. 集合住宅について

4-1. 集合住宅の歴史と環境

日本における集合住宅は戦後復興期に始まり、高度経

済成長期に公的集合住宅供給を拡大したことから始まる。

51C 型と呼ばれる公営住宅の標準設計 (1951) に代表され

る住戸の標準化技術から、高度経済成長期 (1950 年代後半 )

になると、大量供給の時代へ移行した。1960 年代後半に

高密度化の要請が高まると、集合住宅の設計上細かな日照

時間が要求されるようになった。そのため、日照時間を算

出したり、密度を決定する専門分野のプログラム開発が行

われる一方、天空率や圧迫感、形態率等日照以外の側面か

らの分析も盛んになった。その後、日影規制が全国的に施

行された。第一次石油ショック以降は量から質の時代へと

変わる。現代は都心回帰により高層マンションの需要が増

加し、多様なライフスタイルへの対応や周辺環境との調和、

環境性能へのニーズが高まっている。

4-2. 集合住宅の配置と日照

戦後の都市部への人口流入を受け容れるため、郊外では

ニュータウン計画や団地計画が進められた。その際欧米の

団地の影響を受け、各住戸が均等に南面する、画一的で単

調な平行配置の住宅地が形成されてきた。このスタイルが

都市部に移行しても、南面配置の精神を重視した結果、L

字型配置の集合住宅が増加した。L字型は、南面する住戸

を最大限確保するため、敷地南側の最も日照条件のよい場

所で住戸数を稼ぐ配置であると言われている。デベロッ

パーは販売上のリスク回避のため L 字型を選び、ユーザ

サイドにも日照重視の精神が浸透し南面を重視した計画を

繰り返した結果、都心の住宅の姿となったと言われている。

都心では土地の少ないところで集まって住むことが求め

られる上、周辺環境との連続性も必要であるため、敷地単

位やグループ単位でしか満足されない南面指向が、都心に

おいて必要であるかという点や、周辺との関係性に関して

再考する流れもある。

高層集合住宅における住戸配列と日照に関する研究

建設工学専攻

建築設計情報研究

509012-1  磯川 綾乃

指導教員 衣袋 洋一

fig.1 : Built-environmet Information     M odeling のイメージ図

い そ か わ  あ や の

-Built-enviroment Information Modeling の実践 -

Page 2: 高層集合住宅における住戸配列と日照に関する研究 -Built …

Bentley A rch itecture grassh opper-Ecotect L IN KRhinoceros

敷地モデル作成

レンダリング

積算 環境解析

住戸モデルの作成と解析

住戸モデルの作成・プログラム

部屋

WIC

LDK

風呂

UWC

4-3. 集合住宅の分析

(1) 住戸タイプの選択とケーススタディモデル

現代の集合住宅を、使用部と共用部に分け、住戸配列及

び住棟配置に関して分類を行う。分析で扱う住戸モデルは、

都市において需要の高まっている 1LDK とする。

(2) 現在の集合住宅の分類と環境性能

住戸モデルについて、

分類したタイプごとに日

照及び採光解析を行っ

た。中廊下型が最も採光

が得づらく、2面以上の

採光の出来る住戸は採光

が得られやすい。全戸南

向き及び L 字型の住棟は

確かに十分な日照を得られるが、住戸配列や窓により、他

タイプも採光を得られることが分かる。

5. ケーススタディー

初めに、最適な環境と言えるパラメータの最適解と評価

基準の設定を行う。次に、1LDK モデルに関し、上記で定

めた基準値を満たすように住戸の配列を行う。最後に周辺

環境と合わせて環境解析及び積算を行う。

5-1. 最適解の設定

(1) 測定日時の条件

悪条件にて測定を行うため、曇りの天候で一般的な基準

として用いられる冬至 4 時間以上の採光を基準とする。

2) 照度及び昼光率

照度:共同住宅の照度基準における読書・化粧・電話など

の生活行為に適した 750lx を居室にて満たすことを基準と

する。

昼光率:5% を満たすこととする。

昼光率を求める式:

5-2. 敷地の設定

所在地:東京都江東区豊洲 4 丁目 10 番地

用途地域:商業地域

この地域は、豊洲が工業地帯の頃からある団地に加え、

近年商業施設や高層集合住宅の開発が進む地域である。新

しいコミュニティを求める共働きの若い夫婦が多く、高齢

者が少ない。そのため日中在宅者が少ない特徴を持つ( ※5

5-2. 本論で使用するソフト

(1)Ecotect (Autodesk 社 ):環境への影響を検討できるサス

テイナブルデザイン分析ツール

(2)Rhinoceros(Appli Craft 社 ):自由な形態を作れる 3 次元

サーフェスモデリングソフト

(3)Grasshopper(Robert McNeel&Associates):3 次元アルゴリ

ズムデザインを可能にする Rhinoceros のためのプラグイン

(4)Grasshopper-EcotectLink Geco(.uto):

Rhinoceros(Grasshopper) で作成したモデルを Ecotect にエク

スポートし、解析しインポートするコンポーネンツ

(5) Bentley ArchitectureV8i(Bentley 社 ):建築設計および

設計図書作成のための BIM ソフト。3 次元オブジェクト

CAD。

5-3. ケーススタディの実践

モデリングした対象敷地の建築可能域の内に、住戸モ

デルの作成・配列を行う。作成に当たっては Rhinoceros

Grasshopper - Ecotect Link を用いて、住戸の採光昼光率およ

び照度レベルを計算・解析をし、前述の環境評価基準を満

たすようにプログラムを組み、住戸を配列していく。出来

たモデルに対し、Ecotect を用いて環境解析を行い、周辺

への影響についても検討する。また、BentleyArchitecuture

を用いて、賃料の算出を行う。

6. まとめ

本研究では、高層集合住宅において BIM を利用したケー

ススタディを通し、環境性と経済性を同時に満たしなが

ら設計をする方法の一つを示すことが出来た。その結果、

BIM の手法及び Built-environment Information Modeling の概

念は今後集合住宅の設計において今後有力な手段となる可

能性があることを示すことが出来た。方角や形態に拘るこ

となく、都市の中で周辺環境と調和した多様な集合住宅へ

の可能性を広げ、不動産業などの実務における新たな広が

りを持つと考えられる。

 fig.2: ケーススタディ用 1LDK住戸モデルと   ECOTECT による採光解析結果

ただし

D :昼光率 (%)

Es:全天空照度 (lx)

E : 室 内 の 測 定 点 の 照 度 (lx)

fig4.ソフト使用の流れ

fig.3:対象敷地 豊洲四丁目周辺配置図

fig.5:Grasshopper-ecotect L ink によるモデル作成と解析

【主要参考文献】a) 日本建築学会/集合住宅計画研究史/丸善株式会社/ 1989b) 鈴木雅之 他/建築設計テキスト集合住宅/彰国社/ 2008c) 後藤武/事例で読む現代集合住宅のデザイン/彰国社/ 2004d) 生活デザイン設計室・サンク/住みやすさが続くマンションの間取り/日本実業出版社 /2008.10e) 山田由紀子/建築環境工学 / 培風館 /2007f) 山梨和彦/業界が一変する BIM 建設革命/日本実業出版社/ 2009

【注釈】※1)採光:自然光によって得られる明るさ※2)日照:太陽放射による光効果※3)BIM:Building Information Modeling の略称。3 章参照。※4)BIM3.0:属性情報だけでなく、環境シミュレーションや構造シミュレーション、積算、プログラミングなどを複数用いたモデリング。本論参照。※5)2005 年度国勢調査データより抜粋

豊洲駅

豊洲センタービル

区立豊洲小学校

区立深川第五中学校

スターコート豊洲

東京フロントコート

都営豊洲四丁目アパート

都営豊洲四丁目アパート

豊洲シエルタワー

プレイヴブルー  豊洲

ビバホーム豊洲

センタービルアネックス

対象敷地

D = × 100(%)E

Es