2
No. 51 2016.3 染色体 脳卒中を発症して いない個体(%) 脳卒中を発症するまでの期間(日) Pr1_18 Rp1_18 Rp1_18 Pr1_18 1 18 1 18 Rat93 Rat269 Rat73 SHRSPゲノム SHRゲノム Rat11 Rat93 Rat269 Rat73 Rat11 100 50 0 0 20 40 60 100 図1 脳卒中QTLを交換したダブルコンジェニックラットの染色体構造と脳卒中感受性の評価(Hypertension2013;65:55-61脳卒中易発症高血圧自然発症ラット(SHRSP)は重度の高血圧に加え、脳血管障害を高率に自 然発症する遺伝的高血圧モデルである。SHRSPは脳卒中が遺伝的な要因により発症することを強 く示唆する存在であるが、どのような遺伝的異常が脳卒中発症の原因であるかについては明らかで ない。これまでSHRSPの脳卒中感受性に関わる量的形質遺伝子座(QTL)の同定についての試み はなされており、1996 年に Ikeda らは SHRSP/Izm と Wistar-Kyoto ラット(WKY/Izm)の F2 世代 を用いてSHRSP/Izmの第4染色体に脳卒中感受性QTLが存在することを報告している 1) 。また、 RubattuらはSHRSP/BbbとSHR/BbbのF2世代を用いて第1、4、5染色体に脳卒中感受性QTLを 同定し 2) 、このうち第 1 染色体の QTL 領域を親系統の間で交換したコンジェニック系統を作製する ことで、同定したQTLが実際にSHRSPの脳卒中感受性に影響することを示している 3) 。これらの 報告に関連して、最近我々はSHRSP/IzmとSHR/Izmの交雑群から新たな脳卒中感受性QTLを同 定し、その脳卒中感受性への影響を明らかにしたので 4) 、その概要について紹介する。 まず我々は、SHRSP/Izm を脳卒中を起こさない対照コントロール系統である SHR/Izm と交配し、 295 匹の F2 世代を作成した。次に、この F2 世代のラットが高食塩負荷(1% 食塩水の自由摂取)に より脳卒中を発症するまでの期間を調べ、マイクロサテライトマーカーを用いた連鎖解析を行うこ とにより、第 1、18 染色体に脳卒中感受性 QTL が存在することを明らかにした。このうち、第1 染 色体のQTLについては血圧との相関も見られた 4) 。なお、我々が同定した第1染色体のQTLは先 のRubattuらの報告にある染色体上の位置とは異なっており 2,3) 、これは解析に使用したSHRSPと SHR の亜系の違い(Izm 系統と Bbb 系統)が影響している可能性がある。 QTL 解析の結果をもとに、我々はSHRSP/Izm と SHR/Izm の間で交配を重ね、2 つの脳卒中感受 性QTLを両方同時に交換したダブルコンジェニック系統(Pr1_18、Rp1_18)を作製した(図1)。 これらのダブルコンジェニック系統の高食塩負荷に対する脳卒中感受性を親系統(SHRSP/Izmと SHR/Izm)と比較したところ、①SHRSP/Izmを背景とするPr1_18はSHRSP/Izmと比較して脳卒 中感受性が大幅に低下、②SHR/Izmを背景とするRp1_18はSHR/Izmと比較して脳卒中感受性が 大幅に増加することが明らかになった(図1)。いずれか一方の染色体のQTLのみを交換したコン ジェニック系統(Pr1, Pr18, Rp1, Rp18)においても親系統と比較して脳卒中感受性の有意な低下も しくは増加が見られたが 4) 、両方の QTL を同時に交換することで相加的に脳卒中感受性が変化する ことがわかった。脳卒中感受性が変化した要因の一つとして血圧への影響が考えられたが、テレメ ダブルコンジェニックSHRSP/Izmを用いた 脳卒中感受性遺伝子の探索 島根大学医学部病理学講座病態病理学 大原浩貴、並河徹

2016.3 No. 51plaza.umin.ac.jp/~dmcra/newsletter/img/NewsLetter_No_051.pdfジェニック系統(Pr1, Pr18, Rp1, Rp18)においても親系統と比較して脳卒中感受性の有意な低下も

  • Upload
    others

  • View
    0

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

  • No. 512016.3

    染色体

    脳卒中を発症して

    いない個体(%)

    脳卒中を発症するまでの期間(日)Pr1_18 Rp1_18

    Rp1_18

    Pr1_181 18 1 18

    Rat93

    Rat269

    Rat73

    SHRSPゲノム

    SHRゲノム

    Rat11

    Rat93

    Rat269

    Rat73

    Rat11

    100

    50

    00 20 40 60 100

    図1 脳卒中QTLを交換したダブルコンジェニックラットの染色体構造と脳卒中感受性の評価(Hypertension,2013;65:55-61)

     脳卒中易発症高血圧自然発症ラット(SHRSP)は重度の高血圧に加え、脳血管障害を高率に自然発症する遺伝的高血圧モデルである。SHRSPは脳卒中が遺伝的な要因により発症することを強く示唆する存在であるが、どのような遺伝的異常が脳卒中発症の原因であるかについては明らかでない。これまでSHRSPの脳卒中感受性に関わる量的形質遺伝子座(QTL)の同定についての試みはなされており、1996年にIkedaらはSHRSP/IzmとWistar-Kyotoラット(WKY/Izm)のF2世代を用いてSHRSP/Izmの第4染色体に脳卒中感受性QTLが存在することを報告している1)。また、RubattuらはSHRSP/BbbとSHR/BbbのF2世代を用いて第1、4、5染色体に脳卒中感受性QTLを同定し2)、このうち第1染色体のQTL領域を親系統の間で交換したコンジェニック系統を作製することで、同定したQTLが実際にSHRSPの脳卒中感受性に影響することを示している3)。これらの報告に関連して、最近我々はSHRSP/IzmとSHR/Izmの交雑群から新たな脳卒中感受性QTLを同定し、その脳卒中感受性への影響を明らかにしたので4)、その概要について紹介する。 まず我々は、SHRSP/Izmを脳卒中を起こさない対照コントロール系統であるSHR/Izmと交配し、295匹のF2世代を作成した。次に、このF2世代のラットが高食塩負荷(1%食塩水の自由摂取)により脳卒中を発症するまでの期間を調べ、マイクロサテライトマーカーを用いた連鎖解析を行うことにより、第1、18染色体に脳卒中感受性QTLが存在することを明らかにした。このうち、第1染色体のQTLについては血圧との相関も見られた4)。なお、我々が同定した第1染色体のQTLは先のRubattuらの報告にある染色体上の位置とは異なっており2,3)、これは解析に使用したSHRSPとSHRの亜系の違い(Izm系統とBbb系統)が影響している可能性がある。

     QTL解析の結果をもとに、我々はSHRSP/IzmとSHR/Izmの間で交配を重ね、2つの脳卒中感受性QTLを両方同時に交換したダブルコンジェニック系統(Pr1_18、Rp1_18)を作製した(図1)。これらのダブルコンジェニック系統の高食塩負荷に対する脳卒中感受性を親系統(SHRSP/IzmとSHR/Izm)と比較したところ、①SHRSP/Izmを背景とするPr1_18はSHRSP/Izmと比較して脳卒中感受性が大幅に低下、②SHR/Izmを背景とするRp1_18はSHR/Izmと比較して脳卒中感受性が大幅に増加することが明らかになった(図1)。いずれか一方の染色体のQTLのみを交換したコンジェニック系統(Pr1, Pr18, Rp1, Rp18)においても親系統と比較して脳卒中感受性の有意な低下もしくは増加が見られたが4)、両方のQTLを同時に交換することで相加的に脳卒中感受性が変化することがわかった。脳卒中感受性が変化した要因の一つとして血圧への影響が考えられたが、テレメ

    トリー法による血圧測定ではSHR/Izmベースのコンジェニック系統は収縮期血圧がSHR/Izmと同程度であるにも関わらず、脳卒中感受性が有意に高くなったことから(図2右側参照)、血圧以外の形質の変化も脳卒中感受性に大きく影響する可能性が示唆された。 SHRSP/Izmは高食塩負荷により脳卒中発症までの期間が劇的に短くなるが、これにはSHRSP/Izmが示す食塩感受性高血圧が深く関与していると考えられる。興味深いことに、SHR/Izmベースのダブルコンジェニック系統(Rp1_18)は食塩感受性の血圧上昇を示すことがわかった(図2矢印)。その他のコンジェニック系統では食塩感受性高血圧は見られなかったことから(図2)、SHRSP/Izmの食塩感受性は第1および18染色体の当該領域に存在する遺伝子の相互作用により制御され、少なくとも部分的には、脳卒中感受性と関連しているものと考えられた。

     我々が同定した2つの脳卒中感受性QTLには数百個の遺伝子が存在し、有力な候補遺伝子の発見には至っていない。SHRSP/IzmとSHR/Izmの全ゲノム配列の比較により、33個の遺伝子でアミノ酸置換を伴う1塩基多型が同定されたが、既知の機能から推測して有力と考えられる遺伝子は見つからなかった4)。これまでの経過から、有力遺伝子を絞り込むためには遺伝子発現量に関する情報が必要と考え、現在、我々が開発したダブルコンジェニック系統を用いた遺伝子発現マイクロアレイ解析を進めている。コンジェニック系統を解析に加えることで、遺伝学的には第1、18染色体QTLに存在する遺伝子(転写因子などをコードする場合はその標的遺伝子も含まれる)に焦点を絞った比較検討が可能となり、SHRSP/IzmとSHR/Izmのみの比較と比べて効率的に有力遺伝子を抽出できると考えている。なお、この解析には国立国際医療研究センター研究所の加藤規弘博士、磯野正人博士に多大なご協力を頂いており、この場をお借りして深く感謝申し上げたい。 また、上記のコンジェニック系統を親系統に戻し交配することで、さらに狭い染色体断片を保持するサブコンジェニック系統を作出し、これらの脳卒中感受性を比較評価することで、候補領域のさらなる絞り込みを並行して進めている。今後、遺伝子発現情報と個体レベルでの生理学的解析の結果を統合的に解釈することで、SHRSPの脳卒中感受性を決定する原因遺伝子を同定し、その分子機構を明らかにできると期待している。

    ダブルコンジェニックSHRSP/Izmを用いた脳卒中感受性遺伝子の探索

    島根大学医学部病理学講座病態病理学 大原浩貴、並河徹

  • 食塩負荷 食塩負荷

    収縮期血圧, mmHg

    日数

    SHRSP

    Pr1Pr1_18Pr18SHR

    日数

    SHRSPを背景とするコンジェニックラット SHRを背景とするコンジェニックラット

    20 30100-10

    250

    200

    150

    図2 テレメトリー法による経時的な血圧測定(Hypertension,2013;65:55-61)

    SHRSP

    Rp1

    Rp18

    Rp1_18

    SHR

    20 30100-10

    事務局 生産管理部

    http://www.dmcra.com/

     脳卒中易発症高血圧自然発症ラット(SHRSP)は重度の高血圧に加え、脳血管障害を高率に自然発症する遺伝的高血圧モデルである。SHRSPは脳卒中が遺伝的な要因により発症することを強く示唆する存在であるが、どのような遺伝的異常が脳卒中発症の原因であるかについては明らかでない。これまでSHRSPの脳卒中感受性に関わる量的形質遺伝子座(QTL)の同定についての試みはなされており、1996年にIkedaらはSHRSP/IzmとWistar-Kyotoラット(WKY/Izm)のF2世代を用いてSHRSP/Izmの第4染色体に脳卒中感受性QTLが存在することを報告している1)。また、RubattuらはSHRSP/BbbとSHR/BbbのF2世代を用いて第1、4、5染色体に脳卒中感受性QTLを同定し2)、このうち第1染色体のQTL領域を親系統の間で交換したコンジェニック系統を作製することで、同定したQTLが実際にSHRSPの脳卒中感受性に影響することを示している3)。これらの報告に関連して、最近我々はSHRSP/IzmとSHR/Izmの交雑群から新たな脳卒中感受性QTLを同定し、その脳卒中感受性への影響を明らかにしたので4)、その概要について紹介する。 まず我々は、SHRSP/Izmを脳卒中を起こさない対照コントロール系統であるSHR/Izmと交配し、295匹のF2世代を作成した。次に、このF2世代のラットが高食塩負荷(1%食塩水の自由摂取)により脳卒中を発症するまでの期間を調べ、マイクロサテライトマーカーを用いた連鎖解析を行うことにより、第1、18染色体に脳卒中感受性QTLが存在することを明らかにした。このうち、第1染色体のQTLについては血圧との相関も見られた4)。なお、我々が同定した第1染色体のQTLは先のRubattuらの報告にある染色体上の位置とは異なっており2,3)、これは解析に使用したSHRSPとSHRの亜系の違い(Izm系統とBbb系統)が影響している可能性がある。

     QTL解析の結果をもとに、我々はSHRSP/IzmとSHR/Izmの間で交配を重ね、2つの脳卒中感受性QTLを両方同時に交換したダブルコンジェニック系統(Pr1_18、Rp1_18)を作製した(図1)。これらのダブルコンジェニック系統の高食塩負荷に対する脳卒中感受性を親系統(SHRSP/IzmとSHR/Izm)と比較したところ、①SHRSP/Izmを背景とするPr1_18はSHRSP/Izmと比較して脳卒中感受性が大幅に低下、②SHR/Izmを背景とするRp1_18はSHR/Izmと比較して脳卒中感受性が大幅に増加することが明らかになった(図1)。いずれか一方の染色体のQTLのみを交換したコンジェニック系統(Pr1, Pr18, Rp1, Rp18)においても親系統と比較して脳卒中感受性の有意な低下もしくは増加が見られたが4)、両方のQTLを同時に交換することで相加的に脳卒中感受性が変化することがわかった。脳卒中感受性が変化した要因の一つとして血圧への影響が考えられたが、テレメ

    トリー法による血圧測定ではSHR/Izmベースのコンジェニック系統は収縮期血圧がSHR/Izmと同程度であるにも関わらず、脳卒中感受性が有意に高くなったことから(図2右側参照)、血圧以外の形質の変化も脳卒中感受性に大きく影響する可能性が示唆された。 SHRSP/Izmは高食塩負荷により脳卒中発症までの期間が劇的に短くなるが、これにはSHRSP/Izmが示す食塩感受性高血圧が深く関与していると考えられる。興味深いことに、SHR/Izmベースのダブルコンジェニック系統(Rp1_18)は食塩感受性の血圧上昇を示すことがわかった(図2矢印)。その他のコンジェニック系統では食塩感受性高血圧は見られなかったことから(図2)、SHRSP/Izmの食塩感受性は第1および18染色体の当該領域に存在する遺伝子の相互作用により制御され、少なくとも部分的には、脳卒中感受性と関連しているものと考えられた。

     我々が同定した2つの脳卒中感受性QTLには数百個の遺伝子が存在し、有力な候補遺伝子の発見には至っていない。SHRSP/IzmとSHR/Izmの全ゲノム配列の比較により、33個の遺伝子でアミノ酸置換を伴う1塩基多型が同定されたが、既知の機能から推測して有力と考えられる遺伝子は見つからなかった4)。これまでの経過から、有力遺伝子を絞り込むためには遺伝子発現量に関する情報が必要と考え、現在、我々が開発したダブルコンジェニック系統を用いた遺伝子発現マイクロアレイ解析を進めている。コンジェニック系統を解析に加えることで、遺伝学的には第1、18染色体QTLに存在する遺伝子(転写因子などをコードする場合はその標的遺伝子も含まれる)に焦点を絞った比較検討が可能となり、SHRSP/IzmとSHR/Izmのみの比較と比べて効率的に有力遺伝子を抽出できると考えている。なお、この解析には国立国際医療研究センター研究所の加藤規弘博士、磯野正人博士に多大なご協力を頂いており、この場をお借りして深く感謝申し上げたい。 また、上記のコンジェニック系統を親系統に戻し交配することで、さらに狭い染色体断片を保持するサブコンジェニック系統を作出し、これらの脳卒中感受性を比較評価することで、候補領域のさらなる絞り込みを並行して進めている。今後、遺伝子発現情報と個体レベルでの生理学的解析の結果を統合的に解釈することで、SHRSPの脳卒中感受性を決定する原因遺伝子を同定し、その分子機構を明らかにできると期待している。

    参 考 文 献1) Ikeda K, et al. Biochem Biophys Res Commun. 1996, 229: 658-662.2) Rubattu S et al. Nat Genet. 1996, 13: 429-434.

    3) Rubattu S et al. Physiol Genomics 2006, 27: 108-113.4) Gandorgol TA et al. Hypertension 2013, 62: 55-61.