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はじめに イオンクロマトグラフィーにおいてカラム分離に影響を与える要 因に、温度や溶離液に使用する溶離剤イオンの種類などが挙げら れます。 イオンクロマトグラフ法では、溶離条件は一般的にイソクラ ティック条件が用いられ、主に炭酸ナトリウム/重炭酸ナトリウム の混合溶液が使用されます。この溶離条件は、イオンクロマトグ ラフでよく測定される陰イオン成分、 F - Cl - NO 2 -NBr - NO 3 -NHPO 4 2-* SO 4 2- 7成分をバランスよく分離するように設定され ています。この7成分以外の有機酸類や、よりイオン半径の大きい イオン種を同時に分析する場合では、良い溶出条件とは言えま せん。炭酸ナトリウム/重炭酸ナトリウム混合溶離液では、フッ化 物イオン(F - )から亜硝酸態窒素(NO 2 -N )ぐらいまでの溶出位 置に多くの一塩基有機酸類が溶出します。イオンクロマトグラフ による分析では、ぎ酸、酢酸から吉草酸ぐらいまでの一塩基有機 酸類の他、コハク酸やリンゴ酸などの二塩基酸の測定も求められ ます。多様なイオン種成分の分析において、イソクラティック溶出 条件では分離が難しく、対応できない場合があります。そのため、 炭酸イオン/重炭酸イオン溶離液よりも溶出力の弱い溶離剤イ オンである水酸化物イオンを使用して、濃度勾配をつけたグラジ エント分析を行うことで多様なイオン種の分離が改善されます。 グラジエント分析は分析中に溶離液濃度を低濃度から高濃度へ 上昇させていくことで、分離の改善や保持されやすい成分を早く 溶出させる方法です。 今回は、溶離液の濃度変化によるイオン種の分離、グラジエント 条件の設定について、 Thermo Scientific™ Dionex™ IonPac™ AS11-HC カラムを用いた無機陰イオンや有機酸を分析した例を ご紹介します。 Application Note IC16008 イオンクロマトグラフィーにおけるグラジエント条件の設定 サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社 キーワード グラジエント分析、分離、濃度勾配 グラジエント条件の設定 今回、グラジエント条件の検討を行った分析条件を1に、無機 陰イオンおよび有機酸の混合標準品を2に示します。 カラム Thermo Scientific Dionex IonPac AS11 -HC4×250 mm Thermo Scientific Dionex IonPac AG11-HC4×50 mm 溶離液 超純水 EGC-KOH 500 流量 1.5 mL/min カラム温度 30サプレッサー Thermo Scientific Dionex AERS™ 500 4 mmリサイクルモード 検出器 電気伝導度 試料注入量 25 µL 1 :グラジエント条件の設定に用いた分析条件 グラジエント溶出条件の設定は、濃度勾配をつけて分析すればい いと言うものではありません。グラジエント初期濃度、濃度勾配、 最終グラジエント濃度など、目的イオン種成分に合わせて検討し なければなりません。初期濃度の設定と試料導入から何分間初期 濃度を保持するのか、濃度勾配をかけ始めてから最終的に何分間 で最終濃度まで溶離液濃度を変化させるのかを検討します。 濃度の異なるイソクラティック条件で分析を行ったクロマトグラ ムを1に示します。どちらの濃度もイソクラティック条件では、 溶離液の溶出力が弱いため、全てのイオン種が溶出することはあ りませんでした。しかし、溶離液濃度の低い1aのクロマトグラム では、保持の弱い成分である 1 から 12のピークを分離することがで きます。グラジエント条件を設定する場合、初期濃度は保持の弱い 成分が分離しやすい濃度から設定した方がよいと言えます。

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はじめにイオンクロマトグラフィーにおいてカラム分離に影響を与える要因に、温度や溶離液に使用する溶離剤イオンの種類などが挙げられます。イオンクロマトグラフ法では、溶離条件は一般的にイソクラティック条件が用いられ、主に炭酸ナトリウム/重炭酸ナトリウムの混合溶液が使用されます。この溶離条件は、イオンクロマトグラフでよく測定される陰イオン成分、F-、Cl-、NO2-N、Br-、NO3-N、HPO4

2-*、SO42- の7成分をバランスよく分離するように設定され

ています。この7成分以外の有機酸類や、よりイオン半径の大きいイオン種を同時に分析する場合では、良い溶出条件とは言えません。炭酸ナトリウム/重炭酸ナトリウム混合溶離液では、フッ化物イオン(F-)から亜硝酸態窒素(NO2-N)ぐらいまでの溶出位置に多くの一塩基有機酸類が溶出します。イオンクロマトグラフによる分析では、ぎ酸、酢酸から吉草酸ぐらいまでの一塩基有機酸類の他、コハク酸やリンゴ酸などの二塩基酸の測定も求められます。多様なイオン種成分の分析において、イソクラティック溶出条件では分離が難しく、対応できない場合があります。そのため、炭酸イオン/重炭酸イオン溶離液よりも溶出力の弱い溶離剤イオンである水酸化物イオンを使用して、濃度勾配をつけたグラジエント分析を行うことで多様なイオン種の分離が改善されます。グラジエント分析は分析中に溶離液濃度を低濃度から高濃度へ上昇させていくことで、分離の改善や保持されやすい成分を早く溶出させる方法です。今回は、溶離液の濃度変化によるイオン種の分離、グラジエント条件の設定について、Thermo Scientifi c™ Dionex™ IonPac™

AS11-HC カラムを用いた無機陰イオンや有機酸を分析した例をご紹介します。

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イオンクロマトグラフィーにおけるグラジエント条件の設定

サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社

キーワードグラジエント分析、分離、濃度勾配

グラジエント条件の設定今回、グラジエント条件の検討を行った分析条件を表1に、無機陰イオンおよび有機酸の混合標準品を表2に示します。

カラム

Thermo Scientifi c Dionex IonPac AS11-HC、4×250 mmThermo Scientific Dionex IonPac AG11-HC、4×50 mm

溶離液 超純水EGC-KOH 500

流量 1.5 mL/min

カラム温度 30℃

サプレッサー Thermo Scientifi c Dionex AERS™ 500 4 mm、リサイクルモード

検出器 電気伝導度

試料注入量 25 µL

表1:グラジエント条件の設定に用いた分析条件

グラジエント溶出条件の設定は、濃度勾配をつけて分析すればいいと言うものではありません。グラジエント初期濃度、濃度勾配、最終グラジエント濃度など、目的イオン種成分に合わせて検討しなければなりません。初期濃度の設定と試料導入から何分間初期濃度を保持するのか、濃度勾配をかけ始めてから最終的に何分間で最終濃度まで溶離液濃度を変化させるのかを検討します。濃度の異なるイソクラティック条件で分析を行ったクロマトグラムを図1に示します。どちらの濃度もイソクラティック条件では、溶離液の溶出力が弱いため、全てのイオン種が溶出することはありませんでした。しかし、溶離液濃度の低い図1aのクロマトグラムでは、保持の弱い成分である1から12のピークを分離することができます。グラジエント条件を設定する場合、初期濃度は保持の弱い成分が分離しやすい濃度から設定した方がよいと言えます。

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保持の弱い成分の分離について、その範囲を拡大したクロマトグラムを図2に示します。試料導入直後から溶離液の濃度変化をつけると、図2 aに示すように保持の弱い成分、フッ化物、酢酸やぎ酸

などの分離が損なわれます。このような場合は、図2 bのように初期濃度をしばらく保持することによって、分離を改善することができます。

図1:溶離液濃度の違いによる溶出(イソクラティック条件)

図2:保持の弱い成分の分離について

1 キナ酸 10.02 F- 3.0

3 乳酸 20.0

4 酢酸 20.05 プロピオン酸 20.06 ぎ酸 10.0

7 酪酸 15.08 ピルビン酸 25.09 吉草酸 25.0

10 クロロ酢酸 15.0

11 BrO3- 10.0

ピーク mg/L

12 Cl- 5 .013 NO2

- 25.0

14 トリフルオロ酢酸 10.0

15 Br- 10.016 NO3

- 10.017 ClO3

- 20.0

18 リンゴ酸 25.019 CO3

2- -20 マロン酸 30.0

21 マレイン酸 30.0

22 SO42- 20.0

ピーク mg/L

23 シュウ酸 30.024 タングステン酸 30.0

25 モリブデン酸 40.0

26 フタル酸 30.027 PO4

3- 40.028 S2 O3

2- 30.0

29 クロム酸 30.030 クエン酸 20.031 イソクエン酸 40.0

32 cis-アコニット酸 -

33 trans-アコニット酸 40.0

ピーク mg/L

表2:無機陰イオンおよび有機酸の混合標準品2

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溶離液濃度を上昇させていく濃度勾配の上げ方もポイントになります。図3に濃度勾配の違いによる分離状態の違いを示します。図3 aのように緩やかな濃度勾配で分析を行うと多くのイオン種が分離しますが、分析時間が非常に長くなります。一方、短い時間で溶離液濃度を高くすると分析時間は短くなりますが、ピークが重なったり、分離状態が悪くなります(図3 b)。グラジエント条件の検討には、いくつかの濃度勾配で分析を行い、分離の状態を確認します。

図3:濃度勾配の違いによる溶出と分離

図4:グラジエント条件で測定したぶどうジュース

分析目的イオン種が全てベースライン分離することは難しく、分析種の重要度を考慮しながら検討を進めます。その中で、分離状態が良好な濃度勾配を見つけて、グラジエント条件を設定します。しかし、図3 bのようにクロマトグラム上で未分離の箇所が複数ある場合は、それぞれの分離に適した濃度勾配を組み合わせることで、より良い分離条件を設定することができます。

このような手順を踏んで作成したグラジエント条件でぶどうジュースを測定したクロマトグラムを図4に示します。前処理に、Dionex OnGuard™ II RP で色素の除去、ろ過を行い、10倍に希釈して測定しました。保持の弱い成分の分離、分析中間位置で分

離状態が悪く溶出していたイオン種、最終溶離液濃度などを考慮し、分離させたことでサンプルからいろいろなイオン種を検出することができました。

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IC123_A1607CE

    TEL 0120-753-670 FAX 0120-753 -671

〒221-0022 横浜市神奈川区守屋町3 -9

E-mail : [email protected]

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図5:Virtual Column Separation Simulator

Virtual Column Separation Simulatorについてこのようなグラジエント条件を検討するにあたり、分析を実 際に行い、比 較することは 多くの 時 間を 必 要とします。Chromeleon™ ワークステーションには、「Thermo Scientifi c

Virtual Column™ Separation Simulator(バーチャルカラム)」(図5)が搭載されています。バーチャルカラムは、測定対象のカテゴリ、測定成分やカラムを選択し、温度や流速などの分析条件、グラジエント勾配を設定すると(イソクラティック条件では溶離液の系や濃度または混合比を設定)、そのグラジエント条件下の仮想クロマトグラムを出すことができます。仮想クロマトグラムの分離状態を確認しながら、最適な分離が得られるグラジエント勾配を調整し、実際の測定で得られたクロマトグラムの分離状態を確認して、グラジエント条件の設定を行います。また、違う種類のカラムとの比較も簡単に行うことができ、既存の分離条件の改善も含めてグラジエント条件の設定に役立てることができます。

まとめグラジエント溶出条件の設定は、保持の弱い成分、分離が難しい成分、保持が強い成分について考えます。保持の弱い成分は、初期濃度と試料導入後の初期濃度を保持する時間によって、保持の弱いイオン種成分の分離が決まります。中間位置に溶出する分離が困難なイオン種成分は、最終濃度までの濃度勾配に変化をつけて設定します。保持の強い成分である、二価や三価のイオン、イオン半径の大きい、疎水性が強いイオン種は、溶離液濃度の変化に対し溶出変化が速く起こります。この事を利用して、最終濃度を決めます。グラジエント条件の検討は、初期条件、中間的濃度変化、最終濃度と到達時間を最適化することです。その上で分析時間をできるだけ短くすることができれば、好ましいグラジエント条件と言えます。なお、バーチャルカラムを使うことで、グラジエント条件の設定は、より容易に行うことができます。