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- 1 - SPring-8専用ビームライン レーザー電子光Ⅱビームライン(BL31LEP)中間報告書 機関名、代表者氏名、担当者氏名、所属、連絡先(住所、電話、FAXE-mail機関名: 国立大学法人大阪大学核物理研究センター 代表者: 中野 貴志 (核物理研究センター・センター長) 担当者: 與曽井 優 (核物理研究センター・教授) 連絡先: 大阪府茨木市美穂ヶ丘10-1 Tel : 06-6879-8942 Fax: 06-6879-8899 E-mail: [email protected] (0)はじめに レーザー電子光Ⅱビームライン(BL31LEP)は、核物理研究の全国共同利用研究センター である大阪大学核物理研究センター(RCNP)がSPring-8 に設置した2本目の専用ビームラ インであり、そのプロジェクトの目的は、物質の基本粒子であるバリオン及びメソンの構造 とそれらの間に働く力をその構成要素であるクォークのレベルで理解することである。特に、 先行するレーザー電子光ビームライン(BL33LEP、以下 LEPS)において萌芽した、ペン タクォーク粒子Θ を始めとする様々な研究成果を更に掘り下げることを意図し、ビーム強度、 エネルギー、共に世界最高のレーザー電子光ビームラインと大立体角の高分解能スペクトロ メータを中心とする実験装置を建設し、高統計の精密実験を行うことにより、萌芽期にある クォーク核物理研究を推進する。 第2ビームラインを建設するLEPS2プロジェクトは2006年度より検討が開始され、2010 年度の補正予算による文部科学省のサポートと理化学研究所及び高輝度光科学研究センター JASRI)の協力を得て2010年から建設に入り、 2013年にはビームラインと大立体角の電磁 カロリメータ(BGOegg)が完成してコミッショニング・ランを開始し、2014年度から物理 実験を行っている。並行して大型ソレノイド・スペクトロメータの建設を進めている。 本報告書は高輝度光科学研究センターの専用設備審査委員会において中間評価を受けるに 当たり、 BL31LEPにおける装置の現状と利用状況、今後の計画について取りまとめたもので ある。 (1)装置の構成と性能 1. ビームラインの概要 BL31LEPビームラインでは、高出力の複数レーザーの同時入射によるビーム強度の向上と、 蓄積リング棟外の広いスペースに専用の実験棟を建設し、大立体角・高分解能検出器を設置 して実験を行うことを2つの目玉としている。SPring-8に4本しかない30 m 長直線部の一 つを利用することにより、非常に角度発散の小さい(12 rad)蓄積電子ビームにレーザー光 が衝突するので、細く平行なレーザー電子光ビームが得られる。その結果、実験ホール外に ビームを導くことができ、大型の検出器を設置することが可能となった。 LEPS2実験棟には、 米国より移設した大型のソレノイド電磁石を用いた大立体角ソレノイド・スペクトロメータ と東北大学電子光理学研究センター(ELPH)で開発された大立体角高分解能電磁カロリメ ータBGOeggを設置して実験を行う。図1にBL31LEPビームラインの概観図を示す。

SPring-8専用ビームライン レーザー電子光Ⅱビームライン ......- 2 - 図1 BL31LEPビームラインの概観図。蓄積リング棟実験ホールから側壁を通して蓄積リン

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SPring-8専用ビームライン

レーザー電子光Ⅱビームライン(BL31LEP)中間報告書

機関名、代表者氏名、担当者氏名、所属、連絡先(住所、電話、FAX、E-mail)

機関名: 国立大学法人大阪大学核物理研究センター

代表者: 中野 貴志 (核物理研究センター・センター長)

担当者: 與曽井 優 (核物理研究センター・教授)

連絡先: 大阪府茨木市美穂ヶ丘10-1

Tel : 06-6879-8942

Fax: 06-6879-8899

E-mail: [email protected]

(0)はじめに

レーザー電子光Ⅱビームライン(BL31LEP)は、核物理研究の全国共同利用研究センター

である大阪大学核物理研究センター(RCNP)がSPring-8 に設置した2本目の専用ビームラ

インであり、そのプロジェクトの目的は、物質の基本粒子であるバリオン及びメソンの構造

とそれらの間に働く力をその構成要素であるクォークのレベルで理解することである。特に、

先行するレーザー電子光ビームライン(BL33LEP、以下 LEPS)において萌芽した、ペン

タクォーク粒子Θ+を始めとする様々な研究成果を更に掘り下げることを意図し、ビーム強度、

エネルギー、共に世界最高のレーザー電子光ビームラインと大立体角の高分解能スペクトロ

メータを中心とする実験装置を建設し、高統計の精密実験を行うことにより、萌芽期にある

クォーク核物理研究を推進する。

第2ビームラインを建設するLEPS2プロジェクトは2006年度より検討が開始され、2010

年度の補正予算による文部科学省のサポートと理化学研究所及び高輝度光科学研究センター

(JASRI)の協力を得て2010年から建設に入り、2013年にはビームラインと大立体角の電磁

カロリメータ(BGOegg)が完成してコミッショニング・ランを開始し、2014年度から物理

実験を行っている。並行して大型ソレノイド・スペクトロメータの建設を進めている。

本報告書は高輝度光科学研究センターの専用設備審査委員会において中間評価を受けるに

当たり、BL31LEPにおける装置の現状と利用状況、今後の計画について取りまとめたもので

ある。

(1)装置の構成と性能

1. ビームラインの概要

BL31LEPビームラインでは、高出力の複数レーザーの同時入射によるビーム強度の向上と、

蓄積リング棟外の広いスペースに専用の実験棟を建設し、大立体角・高分解能検出器を設置

して実験を行うことを2つの目玉としている。SPring-8に4本しかない30 m 長直線部の一

つを利用することにより、非常に角度発散の小さい(12 rad)蓄積電子ビームにレーザー光

が衝突するので、細く平行なレーザー電子光ビームが得られる。その結果、実験ホール外に

ビームを導くことができ、大型の検出器を設置することが可能となった。LEPS2実験棟には、

米国より移設した大型のソレノイド電磁石を用いた大立体角ソレノイド・スペクトロメータ

と東北大学電子光理学研究センター(ELPH)で開発された大立体角高分解能電磁カロリメ

ータBGOeggを設置して実験を行う。図1にBL31LEPビームラインの概観図を示す。

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図1 BL31LEPビームラインの概観図。蓄積リング棟実験ホールから側壁を通して蓄積リン

グ内にレーザーが入射され、長直線部で8 GeV電子と逆コンプトン散乱を起こす。生成され

たレーザー電子光ビームは蓄積リング棟外のLEPS2実験棟まで輸送される。

2. レーザー入射系とフロントエンド機器

図2に加速器収納部内長直線部を模式的に示す。4本のレーザーを同時入射するためには

十分に広いレーザー導入口を持つ真空チェンバーが必要であり、長直線部下流ベンディング

磁石(B1)からその下流直線部までの真空チェンバーが新たに製作され、2012年夏に既存チ

ェンバーとの交換作業が行われた。B1直ぐ下流のクロッチチェンバーには光子エネルギー標

識化のための反跳電子取出し用の3 mm厚アルミ窓が設けられており、シンチレーションファ

イバーとプラスチックシンチレータから成るタギング検出器が設置されている。

レーザーの入射位置が電子ビームとの衝突点(レーザー光の焦点)から離れれば離れる程、

大面積のミラーや大口径の真空窓が必要となるため、BL31LEPでは蓄積リング側壁からレー

ザーを途中入射するように工夫している。レーザーの側壁入射に対応し、生成された高エネ

ルギーガンマ線を引き出すためのフロントエンド部真空チェンバーが2012年夏及び冬のマシ

ン停止期間にインストールされた。フロントエンド部は入射されたレーザーを長直線部方向

に直角反射させる第1ミラーを内装し、駆動機器としては、偏極測定等のために必要に応じ

て挿入できるアブソーバー付きのモニターミラーと真空バルブのみから成る単純な構成とな

っている。超高真空部より水冷アルミ窓を通過して取り出されたレーザー電子光ビームは厚

さ1 mmのタングステン製X線アブソーバーと直径7 mmの鉛コリメータを通り、そこで生成

された電子・陽電子対をスイープ磁石で取り除いた後、低真空のビーム輸送パイプに入って

約100 m下流の実験棟まで導かれる。図3にフロントエンド部とレーザー入射室付近の平面

図を示す。

レーザーはレーザー入射室内の2台の定盤上に355 nm紫外レーザーと266 nm深紫外レー

ザーがそれぞれ最大4台ずつ置かれ、プリズム型ミラーを通して4台同時入射が可能な構成

となっている。前者によるガンマ線の最大エネルギーは2.4 GeVで大強度であり、後者の場合

は強度は一桁落ちるが最大エネルギーが2.9 GeVとなる。どちらのビームを利用するかは実験

によって使い分ける。尚、レーザー入射室から出たレーザー光を90度反射させて加速器収納

部内に導く第2ミラーは放射線遮蔽された小型光学ハッチの中に設置されている。

反跳電子(タギング)

レーザー電子光(GeV g線)

8 GeV 電子ビーム

レーザー

ビームダンプ

電磁カロリメータ(BGOegg)

ソレノイドスペクトロメータ

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図2 BL31LEP用蓄積リング内長直線部の模式図。B1、B2はベンディング磁石。Q1~10、

QL1~12は4重極磁石。フロントエンド機器はCell 31のB1下流に設置されている。

図3 レーザー入射室及び収納部内フロントエンド部。同時入射された、紫外(UV)または

深紫外(DUV)レーザー光4本が小型コンクリート遮蔽室、収納部側壁を経てフロントエン

ド部に入射し、ミラーで反射して長直線部へ向かい電子ビームと衝突する。

3. LEPS2 実験棟と大型装置の移設

蓄積電子とレーザー光の衝突点より約135 m下流に18 m×12 mの敷地面積を持つLEPS2

実験棟が理化学研究所仁科加速器研究センターの全面的なサポートを受けて建設され、2011

年 3 月に竣工した。その後、2年間かけて大型検出器の運転に必要なインフラ施設として、

受変電設備や冷却設備を整備した。

LEPS2 実験で用いる大立体角ソレノイド・スペクトロメータ用の検出器は鉄ヨークの直径

が 5 m で総重量が約 400 トンの 1 T ソレノイド電磁石の中に設置される。磁石は米国ブルッ

クヘブン国立研究所(BNL)で K 中間子稀崩壊実験(E949)に使用されていた物であり、

長さ 2.22 m、直径 2.96 m の空洞領域を有している。BNL での E949 検出器解体作業の後、

磁石はディスク状に分割されて海上輸送され、2011 年 11 月に LEPS2 実験棟内への搬入・据

付が行われた(図4左)。磁石内部に入る検出器群(大口径飛跡検出器や粒子識別検出器)は

2017 年度稼動を目指して、開発・製作が進められている。

実験棟の上流側スペースには、大立体角高分解能電磁カロリメータ BGOegg が設置されて

いる。東北大学電子光理学研究センターで建設された、20 放射長の BGO 結晶を 1320 本、

卵型に組上げた世界最高エネルギー分解能を持つカロリメータであり、2012 年 12 月に移送・

設置された(図4右)。

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図4 (左)BNLから移設した直径5 mの大型ソレノイド電磁石。LEPS2実験棟中央の1.5 m

深さのピットの中に据え付けられている。(右)LEPS2実験棟上流の恒温ブース中に設置さ

れた、BGOegg電磁カロリメータ。

以下、簡単にBL31LEPの主な建設履歴を列挙する。

・LEPS2実験棟竣工(2011.11)

・冷却設備(2011.3)、受変電設備(2011.9)

・ソレノイド電磁石のBNLからの輸送、及び実験棟内への設置(2011.11)

・蓄積リング内セル31の真空チェンバーの入替え、レーザーモニターチェンバーの設置、

フロントエンド部真空チェンバーの設置(2012.8~9、2012.12)

・レーザー入射系の整備(2012.10~12)

・BGOegg検出器の東北大ELPHからの移送(2012.12)

・ビームラインインターロック系の完成(2012.12)

・最初のレーザー電子光ビームの生成に成功(2013.1.27)

・タギング検出器の設置、X線バックグラウンド対策(2013.3~2013.10)

・大型ソレノイド電磁石用電源(2013.3)、受変電設備増設(2013.5)、励磁試験(2013.7)

・BGOegg実験用回路設置、配線(~2013.12)、コミッショニングラン開始(2013.12)

・フロントエンド部の一部(ミラー、マスク)改造(2014.2)

ビーム強度に関しては、当初3台の355 nm レーザー入射によって、生成光子数7 MHz(標

識光子数はその約半分)を記録したが、その後レーザーの故障や劣化のために強度が下がっ

ており、BGOegg実験においては当初目標(標識光子数で10 MHz)の1/4程度で実験を遂行

している。

(3)施設運用及び利用体制

核物理研究センターが中核となるLEPS/LEPS2グループには6カ国、25の研究機関から約

80人の研究者が参加している。このうち約30%が外国からの参加者である。LEPS/LEPS2グ

ループの構成員は、年間約4000時間の実験の遂行とそのデータ解析で中心となると共に、レ

ーザー電子光施設の改善を共同で行なっている。光子ビームを用いた実験は反応断面積が小

さいため、同じ実験セットアップでの長時間データ収集が必要なこと、すべての実験はグル

ープの支援無しには遂行できないこと等から、実験はLEPS/LEPS2グループによる共同研究

を主とし、外部からの利用の申し込みに対しては、グループにおいて適宜判断し、認めた課

題に対しては全面的に協力して遂行するという形態を取っている。共同研究の進捗状況と共

同利用の実態についてはQ-PAC(レーザー電子光実験課題審査委員会)において定期的に報

告し、審議されて適宜助言を受けている。

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安全管理に関しては、BL31LEPの蓄積リング棟内はBL33LEPと同様、JASRIにおいて一

元的に実施するという方針に則って行っているが、当初計画とは異なりLEPS2実験棟は大阪

大学において管理することとなり、定期的に大阪大学安全衛生部による視察を受けている。

ビームライン全体の安全管理責任者(與曽井;高圧ガス、RI線源の管理も兼ねる)を置いて

教育を行う(新規ユーザーにはその都度、他はBLインターロック自主検査時)とともに、レ

ーザー管理責任者(村松)を指定し、レーザー関係の管理に当らせている。特に、クラス4

のレーザーを使用することになるため、レーザー管理区域を指定し、掲示を行っている。レ

ーザー室に入ってレーザー調整を行うメンバーに対しては、ビームラインの教育とは別に専

用の教育を行い、作業に当っては保護具を装着する等、障害の防止に努めている。更に、2015

年9月にレーザー作業者が、マシン停止中に行っていたレーザー調整の確認のために、マシン

運転中かどうかの確認を怠ってフロントエンド操作盤のキーをローカルにして調整運転中の

ビームをアボートさせるという事態を起こしたため、当初計画では考慮されていなかったフ

ロントエンド操作盤に関する使用マニュアルを整備し、別途教育訓練を行った。

(4)研究課題、内容、成果

1. BGOegg実験

1-1. ’中間子原子核の探索

BGOegg実験は、大立体角電磁カロリメーターを中心とした検出器系を用いて、光生成さ

れたハドロンやハドロン束縛系の研究を推進する多目的プロジェクトである。中でも、’中

間子原子核探索による質量起源の研究を主目標として掲げている。’中間子の質量(958

MeV/c2)は、UA(1)量子異常の影響を受け、フレーバー八重項を成す擬スカラー中間子の質

量に比べて非常に重い。Nambu-Jona-Lasinio(NJL)模型や線形シグマ模型では、高密度

状態においてカイラル対称性の破れが部分的に回復するにつれてUA(1)量子異常も解消し、原

子核密度で80-150 MeVの質量減少が起こると予想している。自己エネルギーの一部を解放

した結果として原子核中に束縛される’中間子原子核を、実験ではA(g,p)反応で生成すること

を試み、超前方陽子に対する損失質量分布を組んで探索する。しかしながら、大量の多重

中間子生成バックグラウンドが存在するためS/N比が1%程度と非常に小さいことが見積もら

れている。BGOegg実験では、束縛された’中間子の核子吸収によって生成される中間子の

信号も同時に捉える世界初の試みによりS/N比を大幅に改善する計画であり、中間子原子核の

証拠を捉えることを狙っている。

BGOegg検出器は24°~144°の広い極角領域を覆い、世界で最高のエネルギー分解能(1

GeVガンマ線に対して1.3%)を誇る電磁カロリメータである。図5にBGOegg実験の検出器

セットアップを示す。ガンマ線ビームに含まれる電子・陽電子等の荷電粒子は上流のVeto検

出器(3 mm厚のプラスチックシンチレータ)によって同定され、解析時に除去される。2 cm

厚の炭素、もしくはポリエチレンの標的がBGOegg検出器内に設置され、前方に放出される

荷電粒子に対しては、ドリフトチェンバー(DC)と標的から約12.5 mの距離に置かれた2 m

×3.2 mの高抵抗板チェンバー(RPC)・アレイによって、方向と飛行時間(TOF)が測定

される。特に、このRPCはLEPS2でのTOF測定のために独自に開発された検出器で、試作機

の時間分解能としては約50 psを、1 m 長の実機の分解能として約70 psを達成している(論

文リストの[1]~[3])。また、BGOeggと標的の間には、インナー・プラスチックシンチレー

タ(IPS)と円筒型ドリフトチェンバー(CDC)が組み込まれ、側方に放出される荷電粒子

も測定できるようになっている。2014A、2015A期に原子核標的でデータを取得し、解析が

進行中である。

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図5 LEPS2/BGOegg実験の検出器セットアップ

1-2. 液体水素標的の開発と核子励起共鳴状態の研究

BGOegg実験では、また、大立体角電磁カロリメータの利点を生かして、中間子‐核子、

中間子‐中間子などの共鳴状態を探索し、クォーク模型を基にしたハドロン描像の理解に資

することも目標の一つとしている。02g、2g/ 30、0g、’2g/ 00などの中間子

をBGOegg検出器において測定することができ、例えばそれらと核子に結合する核子励起共

鳴状態を光生成反応のs-チャンネルで探索する。また、高励起状態になるほど、構成クォー

ク模型による理解が不十分であり、それらの共鳴状態との結合が強いと期待される複数中間

子生成(00、0など)のデータ解析を進める。LEPS2ビームラインの武器である高いビー

ム偏極を使い、終状態粒子の偏極非対称度を観測することが可能であり、微分生成断面積の

測定と合わせてヘリシティ振幅もしくは共鳴状態のスピン情報を得ることができる。特に、

偏極観測量によって、幅の広い共鳴同士の干渉効果まで精密に抑えることを狙う。更に、水

素標的の場合は運動学的に完全な測定(反応に関与したすべての粒子を測定)が可能なため、

各検出器の正確な較正に対して非常に有用である。そこで、BGOegg検出器内に挿入する液

体水素標的を開発した。

図6 BGOegg内に挿入する液体水素標的システムの側面図(左)とビーム上流から見た図

(右)。左上は標的セル部分の拡大図。

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開発した液体水素標的システムの製作図を図6示す。液体標的の厚さは4 cmで、標的セル

は、物質量を減らすために125 mm厚のUPILEXフィルムでできており、4K GM冷凍機に直

結している液溜めから細い配管で標的セルに液化された水素を流し込む構造になっている。

標的近くで標的以外から発生するガンマ線を極力抑えるために、標的セルを冷やす銅製の筒

は50 の空洞部を有し、また、下流側の真空容器窓は標的から35 cm下流に設置されている。

そのためにノーズ部分は約1 mと非常に長い構造になっている。また、ノーズの材質も

BGOegg検出器が見込む範囲は金属ではなく、炭素強化繊維プラスチック(CFRP)として、

物質量を減らしている。液溜めは、水素ガスの300 Lバッファー・タンクと配管で繋がれてお

り、タンクから標的セルまでが閉じた系を為している。実際の運転に際しては、約1.7気圧の

水素ガスをタンクに詰め、セル部分が100%液化された状態では、全体の圧力が約1気圧にな

るようにしている。冷凍機をヒーターで温度コントロールしながら運転して、この状態を保

ち、BGOegg内部に挿入して実験に供する。標的セルの製作やガスコントロール系のR&Dを

繰り返した後、液体水素標的システムをインストールし、2014B期後半から実験に使用する

ことができた。2015B期も本セットアップデータ収集を行い、今後、データの解析を進め、

陽子による種々の中間子の光生成断面積やビーム非対称度を導出し、核子共鳴の研究等を進

めて行く。液体水素標的実験で得られたgg の不変質量分布の予備的な結果を図7に示す。

図7 BGOeggで検出されたgg の不変質量分布。0、(左図)、’(右図)の各中間子のピ

ークがきれいに見えており、質量分解能としてはそれぞれ、8.7 MeV、22 MeV、28 MeVが

得られている。

2. ソレノイド・スペクトロメータの検出器開発

LEPS2ではBGOegg 実験に引き続いて、第一目標であるペンタクォークの研究を中心

とした実験を大立体角ソレノイド・スペクトロメータを用いて行う予定である。LEPS2にお

いてはLEPSで測定が困難であった g d K p 反応で生成したのKs 0中間子・陽子崩壊

を検出する事を狙っている。Ks 0は に崩壊することから、このモードではソレノイド・

スペクトロメータで 3つの荷電粒子 ( p)を測定することにより、Fermi運動の補正無

しにの不変質量を求めることができる。また、この終状態には 中間子のKK 崩壊が混

入しないため、LEPS実験よりも低バックグランド環境で探査できる。図8にソレノイド・ス

ペクトロメータの模式図を示す。ソレノイド磁石内に標的を設置し、光核反応で生成された

荷電ハドロンを散乱角度約5度から120度の範囲で検出する。前方に生成された粒子はシリコ

ン検出器(SSD)と複数台のドリフトチェンバー(DC)で測定し、側方に生成された粒子は

タイムプロジェクションチェンバー(TPC)で測定する。運動量分解能は1 GeV/cのK中間子

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に対して前方5度で 2% となる。生成粒子の運動量の低い側方領域は TPC のガスをネオン

を主成分とすることで多重散乱を抑え、全角度領域で4%以下の分解能で測定できる。粒子識

別は1 GeV/c 以下の低運動量のK中間子、中間子についてはRPCを用いた高時間分解能の

飛行時間検出器で行う。高運動量の粒子についてはエアロゲルチェレンコフ(AC)検出器と

水晶を輻射体とするタイムオブプロパゲーション(TOP)カウンターをRPCと併用して用い

る予定である。AC 検出器では光検出器を荷電粒子の飛跡再構成領域の外に配置し、運動量

測定に影響が出ないように工夫している。これらの荷電粒子検出器に加えて、バレル部分に

はBNL-E949実験で使われていた鉛・プラスチックシンチレータのサンドイッチ検出器から

なるバレルガンマ検出器をそのまま用いて、ハドロンの崩壊で生じる g 線も測定する。また、

レーザー電子光ビームの高輝度化に対応するため、データ収集系(DAQ)の高速化を目指し

た開発も行っている。TPCとDC3台は既に完成し、BNLからの移送時にライトガイドが剥

がれていたバレルガンマの補修が終了している。RPC、AC、SSDについてはBL31LEP、ま

たは、BL33LEPビームラインにおいて試作器のテスト実験を行い、ほぼ最終仕様が固まった

ところである。

図8 ソレノイド・スペクトロメータの模式図(左)、及び、断面図(右)。

尚、成果発表に関しては添付の補足資料を参照されたい。現時点ではまだ物理成果を公表

できる段階にはないので、主に建設や検出器開発に関するものであるが、大阪大学、京都大

学を始め、海外を含む多くの大学において15人の学生がLEPS2に関係した研究で修士の学位

を取得している。

(5) 今後の計画

後期のLEPS2実験は、以下のような計画で進めて行く予定である。

1) 2016年度は標的を液体重水素標的にして、BGOegg実験を継続し、中性子からの光生

成による核子励起共鳴状態の研究を行う。

2) 2017年度はソレノイド・スペクトロメータ用の各検出器の磁石内へのインストールを

順次行い、主要検出器(TPC、DC、RPC)が稼働可能となった時点でコミッショニング・

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ランを開始する。

3) 2018年度以降、ソレノイド・スペクトロメータを用いて実験を行い、ペンタクォーク

+やハイペロン共鳴状態(1405)等の研究を推進していく。

実験と並行して、既に取得したデータの解析を進め、2016年度後半には最初の物理成果の

公表を目指す。その後、順次結果を公表していく。

(6) その他

□ 国際的位置付け

ハドロン物理研究に用いるレーザー電子光ビームラインは大電流の蓄積電子ビームを要す

る放射光施設において本格的に建設され、米国ブルックヘブン国立研究所(BNL)のLEGS(0.2

<Eg<0.42 GeV)、欧州シンクロトロン放射光施設(ESRF)のGRAAL(0.55<Eg<1.53 GeV)、

及び、SPring-8のLEPS(1.5<Eg<3 GeV)で実用化されたが、既に、LEGSとGRAALは稼働を

停止している。従って、BL31LEP/BL33LEPは広いエネルギー範囲に渡って高い偏極度を有す

るGeV光ビームを供給することができる、世界的に非常にユニークな施設となっている。

□ 統計データ

・ 延べ利用者数(1日当たりの利用者数×日数)

2010年度 2011年度 2012年度 2013年度 2014年度

年間使用者数(人) 805 724 727 1353 1463

年間稼働時間(時) 3720 3360 3950 3336 4080

(LEPSとLEPS2の合計)

LEPS2のコミッショニング・ランが開始された2013年度以降、LEPS/LEPS2の合計利用者数は

大幅に増加している。

・ 外部資金獲得状況

1.異常な構造をもつバリオンの存在形態の解明

研究課題番号:21105003

研究代表者:野海 博之

研究期間 2009年度〜2013年度

研究種目 新学術領域研究(研究領域提案型)

配分額 総額:313950千円

o 2009 年度:75140 千円 (直接経費:57800 千円、間接経費:17340 千円)

o 2010 年度:81120 千円 (直接経費:62400 千円、間接経費:18720 千円)

o 2011 年度:69810 千円 (直接経費:53700 千円、間接経費:16110 千円)

o 2012 年度:72020 千円 (直接経費:55400 千円、間接経費:16620 千円)

o 2013 年度:15860 千円 (直接経費:12200 千円、間接経費: 3660 千円)

2.高エネルギーレーザー電子光ビームを用いたハドロン内クォーク相関の研究

研究課題番号:22244026

研究代表者:中野 貴志

研究期間 2010年度〜2012年度

研究種目 基盤研究(A)

配分額 総額:41730千円

o 2010 年度:15990 千円 (直接経費:12300 千円、間接経費:3690 千円)

o 2011 年度:14560 千円 (直接経費:11200 千円、間接経費:3360 千円)

o 2012 年度:11180 千円 (直接経費: 8600 千円、間接経費:2580 千円)

Page 10: SPring-8専用ビームライン レーザー電子光Ⅱビームライン ......- 2 - 図1 BL31LEPビームラインの概観図。蓄積リング棟実験ホールから側壁を通して蓄積リン

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3.高輝度γ線と大立体角検出器を用いたペンタクォークバリオンの研究

研究課題番号:22105515

研究代表者:新山 雅之

研究期間 2010年度〜2011年度

研究種目 新学術領域研究(研究領域提案型)

配分額 総額:11960千円

o 2010 年度: 5980 千円 (直接経費: 4600 千円, 関節経費:1380 千円)

o 2011 年度: 5980 千円 (直接経費: 4600 千円, 関節経費:1380 千円)

4.ハドロン共鳴光生成のための荷電粒子検出器のレーザー較正システムの開発

研究課題番号:24740164

研究代表者:新山 雅之

研究期間 2012年度〜2013年度

研究種目 若手研究(B)

配分額 総額:4420千円

o 2012 年度: 3900 千円 (直接経費: 3000 千円, 関節経費: 900 千円)

o 2013 年度: 520千円 (直接経費: 400 千円, 関節経費: 120 千円)

5.原子核中に生成されたベクター中間子の吸収過程の解明

研究課題番号:26400291

研究代表者:堀田 智明

研究期間 2014年度(〜2017年度)

研究種目 基盤研究(C)

配分額 総額:

o 2014 年度: 3250 千円 (直接経費: 2500 千円, 関節経費: 750 千円)

o 2015 年度: 1040 千円 (直接経費: 800 千円, 関節経費: 240 千円)

6.光生成反応による反 K中間子原子核探索のための粒子識別検出器開発

研究課題番号:15H00839

研究代表者:時安 敦史

研究期間 2015年度(〜2017年度)

研究種目 新学術領域研究(研究領域提案型)

配分額

o 2015 年度: 2990 千円 (直接経費: 2300 千円, 関節経費:690 千円)

7.光子ビームによるクォーク核物理の研究

研究課題番号:19002003

研究代表者:清水 肇

研究期間 2007年度〜2011年度

研究種目 特別推進研究

配分額 総額:434590千円(直接経費:334300千円)

o 2007 年度: 68640 千円 (直接経費:52800千円、間接経費:15840千円)

o 2008 年度:112970 千円 (直接経費:86900 千円、間接経費:26070千円)

o 2009 年度:117910 千円 (直接経費:90700 千円、間接経費:27210千円)

o 2010 年度:109850 千円 (直接経費:84500 千円、間接経費:25350千円)

o 2011 年度: 25220 千円 (直接経費:19400千円、間接経費: 5820 千円)

8.カイラル対称性と UA(1)問題

研究課題番号:24244022

研究代表者:清水 肇

Page 11: SPring-8専用ビームライン レーザー電子光Ⅱビームライン ......- 2 - 図1 BL31LEPビームラインの概観図。蓄積リング棟実験ホールから側壁を通して蓄積リン

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研究期間 2012年度〜2014年度

研究種目 基盤研究(A)

配分額 総額:46670千円(直接経費:35900千円)

o 2012 年度:21450 千円 (直接経費:16500 千円、間接経費:4950 千円)

o 2013 年度:21190 千円 (直接経費:16300 千円、間接経費:4890 千円)

o 2014 年度: 4030 千円 (直接経費: 3100 千円、間接経費: 930 千円)

9.エータープライムメソン生成を通して探る核物質中カイラル対称性の部分的回復直接測定

研究課題番号:24105711

研究代表者:大西 宏明

研究期間 2012年度〜2013年度

研究種目 新学術領域研究(研究領域提案型)

配分額 総額:12480千円(直接経費:9600千円)

o 2012 年度:6110千円 (直接経費:4700 千円、間接経費:1410千円)

o 2013 年度:6370千円 (直接経費:4900 千円、間接経費:1470千円)

10.中間子束縛系生成反応と崩壊の同時測定によるハドロン質量起源の解明

研究課題番号:23244048

研究代表者:小沢 恭一郎

研究期間 2011年度〜2013年度

研究種目 基盤研究(A)

配分額 総額:45760千円(直接経費:35200千円)

o 2012 年度:38870 千円 (直接経費:29900 千円、間接経費:8970 千円)

o 2013 年度: 4030 千円 (直接経費: 3100 千円、間接経費: 9300 千円)

o 2014 年度: 2860 千円 (直接経費: 2200 千円、間接経費: 660 千円)

□ 事故、安全衛生面他、施設者からの指摘事項に対する対応状況

・ビームアボート事故に対する対応は、(2)で述べたようにフロントエンド操作盤に関す

る使用マニュアルを整備し、別途教育訓練を行った。

・LEPS2実験棟の大阪大学安全衛生管理者定期巡視による指摘事項(物品棚転倒防止措置な

し、及び配線ケーブル歩行障害)に関しては、転倒防止用固定金具止め、及びケーブルカ

バーとしてアルミ製ステップを設置する等して対処した。

・専用ビームライン設置実行計画書において、当初よりBNL/E949検出器を解体して輸送さ

れる1,000本を超える光電子増倍管などをスペクトロメータ建設までの期間保管するため

の試料準備室を要望していたが、新たに部屋を割り当てられなかったこともあり大量の木

箱を実験ホール共通スペースに仮置きすることとなり、ご迷惑をおかけしている。木箱内

の機器の個体試験はほぼ終えたので、木箱の約3/4は処理済みであり、残りも今年度内に実

験ホールより片づける予定である。同時に指摘された、ケーブルや古い印刷データの処理

についても年度内に作業を行う。但し、BL33LEP用の34IN測定準備室が木箱より取り出

した機器等により手狭になっており、新たに準備室を用意していただけると有難い。