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すばやく空高く飛行 流体シミュレーションソフトウェアを使用して, 空陸両用飛行機の試作品を効率的に設計 Gregor Cadman (米国 ウォーバーン, Terrafugia,エンジニア) 航空機業界の黎明期から,オートバイレーサー,自作飛行機マニア, 最大手自動車メーカーなどの様々な発明家や起業家が,従来の概念 を打ち破る未来の輸送技術「空飛ぶ自動車」の開発に取り組んでき ました.こうした取り組みの結果生まれた自動車の中には,どうに かテストに成功し,スミソニアン博物館に展示されているものもあ ります.しかし,Autoplane,Aerobile,Airphibian などのスポーツ マシンは当時の人々に強い印象を残したものの,SF 小説の著者や映 画制作会社が創作した架空の自動車のイメージからは,かなりかけ 離れたものでした.コンセプトは高い信頼性を実現することですが, 長距離走行に必要な安定性を軽量で空力性能の良い飛行機に持たせ るにはエンジニアリング上の問題を解決する必要があったため,正 確には「ロードレディー(road-ready)」飛行機と呼ばれるこうした 自動車が市場に出ることはありませんでした. しかし,ボストンに本拠地を置く新興企業である Terrafugia 社が 先ごろ,2011 年の製造開始を見込んで,公道走行が可能な市販の飛 行機の試作品を発表しました.ラテン語で「地上からの脱出」を意 味する Terrafugia を社名に付けた同社がこの革新的な空陸両用飛行 機「Transition ® 」の試作品を開発した際には,ANSYS 社のシミュレー ションソフトウェアを使用しました.なお,同社は,2009 年初めに テストフライトに成功し世界から大きな注目を集めた Transition の 試作品を 2010 年に EAA(Experimental Aircraft Association)開催 のオシュコシュ航空ショー「EAA エアベンチャー」で公表し,この 独創的な自動車の商用化に向けて重要なステップを踏み出しました. 最 大 飛 行 距 離 490 マ イ ル( 約 789km), 巡 航 速 度 105mph( 約 169km/h),最高走行速度65mph(約105km/h),さらに飛行機から 自動車に 30 秒以下で変化する Transition は,洗練された設計を採用 Terrafugia 社の試作品が巡航速度 105mph (約 169km/h)で通過するパスラインを示した背面図 飛行中の Transition Terrafugia 社が 2010 年に発表した試作品)の CG 画像 32 ANSYS Advantage Volume V, Issue 1, 2011 航空宇宙

Transition Terrafugia CG すばやく空高く飛行 · 2018-01-26 · た,Terrafugia社では,ANSYS社のソフトウェアを使用することで, 製品の市場投入期間を大幅に短縮できると確信しています.

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Page 1: Transition Terrafugia CG すばやく空高く飛行 · 2018-01-26 · た,Terrafugia社では,ANSYS社のソフトウェアを使用することで, 製品の市場投入期間を大幅に短縮できると確信しています.

すばやく空高く飛行流体シミュレーションソフトウェアを使用して, 空陸両用飛行機の試作品を効率的に設計Gregor Cadman(米国 ウォーバーン,Terrafugia,エンジニア)

航空機業界の黎明期から,オートバイレーサー,自作飛行機マニア,最大手自動車メーカーなどの様々な発明家や起業家が,従来の概念を打ち破る未来の輸送技術「空飛ぶ自動車」の開発に取り組んできました.こうした取り組みの結果生まれた自動車の中には,どうにかテストに成功し,スミソニアン博物館に展示されているものもあります.しかし,Autoplane,Aerobile,Airphibian などのスポーツマシンは当時の人々に強い印象を残したものの,SF 小説の著者や映画制作会社が創作した架空の自動車のイメージからは,かなりかけ離れたものでした.コンセプトは高い信頼性を実現することですが,長距離走行に必要な安定性を軽量で空力性能の良い飛行機に持たせるにはエンジニアリング上の問題を解決する必要があったため,正確には「ロードレディー(road-ready)」飛行機と呼ばれるこうした自動車が市場に出ることはありませんでした.

しかし,ボストンに本拠地を置く新興企業である Terrafugia 社が先ごろ,2011 年の製造開始を見込んで,公道走行が可能な市販の飛行機の試作品を発表しました.ラテン語で「地上からの脱出」を意味する Terrafugia を社名に付けた同社がこの革新的な空陸両用飛行機「Transition®」の試作品を開発した際には,ANSYS 社のシミュレーションソフトウェアを使用しました.なお,同社は,2009 年初めにテストフライトに成功し世界から大きな注目を集めた Transition の試作品を 2010 年に EAA(Experimental Aircraft Association)開催のオシュコシュ航空ショー「EAA エアベンチャー」で公表し,この独創的な自動車の商用化に向けて重要なステップを踏み出しました.

最大飛行距離 490 マイル(約 789km),巡航速度 105mph(約169km/h),最高走行速度 65mph(約 105km/h),さらに飛行機から自動車に 30 秒以下で変化する Transition は,洗練された設計を採用

Terrafugia 社の試作品が巡航速度 105mph(約 169km/h)で通過するパスラインを示した背面図

飛行中の Transition(Terrafugia 社が 2010 年に発表した試作品)の CG 画像

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航空宇宙

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ANSYS FLUENT のモデリング機能を使用して,車両全体の気流特性試験を実施し,設計にわずかな変更を加えた場合に性能全体にどのような影響が及ぶかを調査するとともに,空中での翼の揚力を最大限に高めつつ,路上走行時の横風の影響を最小限に抑えるなど,様々な問題に取り組みました.なお,その際には仮想環境で作業することができたため,複雑な物理モデルの作成,修正・再作成,数時間かかる実環境試験を行う必要がありませんでした.また,ANSYS FLUENT を使用してシミュレーションを行ったことで,初期のコンセプト実証車両の物理的性能を踏まえて Transition の設計に加えたいくつかの変更点を迅速にテストし,検証することもできました.

風洞試験では,Transition のフロントサスペンションとカナード(飛行時には翼として,道路走行時にはフロントバンパーとして機能)間の有害な相互作用を確認しました.この相互作用のほか,可能な解決策を探る際には,他の物理試験を実施せずに,ANSYS 社のソフトウェアを利用しました.Terrafugia 社のエンジニアリングチームがこのようにして作業を進めていったところ,初期設計段階では不可欠と思われたカナードの構造が様々な観点から見て望ましくないことが分かりました.また,多目的型乗用車として分類されるTransition の場合,全幅バンパーが必要な乗用車と異なり,カナードを取り付けなければならないということもありません.このため,カナードを設計から取り除くことによって,軽量化,飛行特性の向上,外観の改善が図れるかどうかをエンジニアリングシミュレーションソフトウェアで確認しました.

Transition の空力設計に際しては,失速速度,すなわち飛行停止時の速度を 52mph(約 84km/h)以下に抑え,軽量スポーツタイプの航空機を実現する必要がありました.通常,空中速度が遅ければ,安全に飛行できる状態になるため,Transition が失速することなく低速で飛行するように設計し,安全性と安定性を確保することが重要になりますが,失速の予測は,高度な CFD ツールを使用しても困難なことがあります.そこで Terrafugia 社は,ANSYS 社のエキス

折り畳み式の翼を装備した Transition は,ハイウェイで走行できるだけでなく,一般住宅のガレージに駐車することもできる.

しており,26 フィート(約 8m)以上に広がる折り畳み式の翼,路上走行用の後輪駆動システム,飛行用の後部推進式プロペラを装備しています.Terrafugia 社では,Transition を乗用自動車に代わるものとしてではなく,一般的なハイウェイ速度で走行して地方の空港に簡単にアクセスできるように設計しましたが,そのためには,Transition に様々な力が加わる飛行時と走行時の空気力学特性を同時に考慮する必要がありました.風洞で行う物理試験は,初期の概念設計の検証には役立つものの,時間と費用の両方がかかります.そこで,Terrafugia 社のエンジニアリングチームは,ANSYS FLUENT を利用して,新しい試作品の設計を仮想シミュレーション環境で変更し,検証することにしました.これにより,時間と費用を節約できただけでなく,様々な複雑な設計上の問題点を評価することもできました.

一般的な自動車や飛行機と異なり,様々な特殊な部品で構成されている Transition に関しては,車輪やプロペラ,折り畳み式の翼などの形状が,走行時,飛行時を問わず動的な流れに影響を及ぼすため,車体周りの空気流を解析する場合には,これらの部品も考慮に入れる必要があります.Terrafugia 社のエンジニアリングチームは,

Transition のコンセプト実証設計で車両表面に圧力コンターを描画したもの.多目的型乗用車として分類される Transition の場合,バンパーは法律上必要ない.このため,Terrafugia 社のエンジニアリングチームは,シミュレーションを行って,バンパーを排除できるかどうかを検討した.さらに,ANSYS FLUENT で作成したモデルを使用して,カナードが不要であることを確認し,試作品の設計からカナードを取り除いた.

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パートからの密接な支援を受けて,仮想ブレードモデラー(VBM:Virtual Blade Modeler) と ANSYS FLUENT を 連 携 さ せ,Transition のプロペラをモデリングできる新しい機能を構築するなど,失速を正確に予測する上で必要な精密なエンジニアリングツールを開発しました.同社のエンジニアリングチームは,この特殊なVBM ツールを実装した後,Transition の重量および重心の条件に合わせて,翼と他の部品の形状を作り直しました.

試作品の設計に際しては,車体上に流れる空気流のパスラインを確認した.また,VBM と ANSYS FLUENT を連携させて開発したツールを利用し,ほぼ失速状態にある Transition のプロペラをモデリングしたことで,飛行時の安全性を詳細にチェックすることができた.

この新しい設計ツールでは,Transition の空中性能と路上性能の向上が図れたほか,Transition の本格的な製造を開始しても問題ないことを確認することもできたため,同社のエンジニアリングチームは,設計の信頼性を高めて試作段階に進む上で ANSYS 社のシミュレーションソフトウェアが不可欠であるとの認識を深めました.また,Terrafugia 社では,ANSYS 社のソフトウェアを使用することで,製品の市場投入期間を大幅に短縮できると確信しています.■

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