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ISSUE 04 Contents 1 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 19 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 11 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 18 ・・・・・・・・・・・・ 21 ・・・・・・・・・・・・・・ 23 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 30 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 25 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 31 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ® User Interview 第4回:テルモ株式会社 研究開発本部 遠心型血液ポンプ開発にCFDと設計探査を導入 STAR-CCM+ v11.02 新機能紹介 より良い設計をより早く見つけ出すための機能改善 陸上輸送 JAGUAR LAND ROVERによる 車両の冠水路走行試験のための革新的なアプローチ wave6 振動騒音と電磁気解析の次世代CAEソフトウェア User Interview 第5回:富士電機株式会社 熱応用システム研究部 電気・熱エネルギー技術の革新にCFDをフル活用 スポンサーシップ情報 NISMO、2015年 SUPER GT GT500クラスにて2年連続チャンピオンを獲得 設計探査 テクニカル講座 連載1:コラボレーション探査の真の価値 STAR-CD/es-ice 独自の素反応メカニズムによる自着火モデル用テーブルの作成がより手軽に カスタマーポータル The Steve Portal ナレッジベース紹介 海洋 アメリカ船級協会(ABS)の環境と安全性を考慮した船舶設計 追悼 Steve MacDonald インフォメーション JAPAN EDITION

04 JAPAN EDITION ISSUE - MDXmdx2.plm.automation.siemens.com/sites/default/files/... · 2018-05-06 · ことがありますが、解析をしてみるとその範囲が広がるという

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ISSUE 04

Contents1・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

5・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

7・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

19・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

13・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

11・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

18・・・・・・・・・・・・

21・・・・・・・・・・・・・・

23・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

30・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・25・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

31・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

®

User Interview第4回:テルモ株式会社 研究開発本部̶ 遠心型血液ポンプ開発にCFDと設計探査を導入STAR-CCM+ v11.02 新機能紹介̶ より良い設計をより早く見つけ出すための機能改善陸上輸送 ̶ JAGUAR LAND ROVERによる

車両の冠水路走行試験のための革新的なアプローチwave6 ̶ 振動騒音と電磁気解析の次世代CAEソフトウェアUser Interview第5回:富士電機株式会社 熱応用システム研究部̶ 電気・熱エネルギー技術の革新にCFDをフル活用スポンサーシップ情報̶ NISMO、2015年 SUPER GT GT500クラスにて2年連続チャンピオンを獲得設計探査 テクニカル講座 ̶ 連載1:コラボレーション探査の真の価値STAR-CD/es-ice̶ 独自の素反応メカニズムによる自着火モデル用テーブルの作成がより手軽にカスタマーポータル ̶ The Steve Portal ̶ ナレッジベース紹介海洋 ̶ アメリカ船級協会(ABS)の環境と安全性を考慮した船舶設計追悼 ̶ Steve MacDonaldインフォメーション

JAPAN EDITION

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 第一次世界大戦によりドイツからの体温計の輸入量が激

減し、国内で良質な体温計を生産したいという医師らの思い

から、テルモは大正12年(1921年)に体温計を製造する小さ

な町工場として、東京・渋谷区の幡ヶ谷で設立された。『ペス

ト菌の発見』や『破傷風の血清療法の発明』などで有名であ

り、『日本の近代医学の父』と呼ばれる北里柴三郎博士も設立

の発起人の一人となっており、社名は体温計のドイツ語であ

る『テルモメーター』と発音することに由来する。

 テルモは、『医療を通じて社会に貢献する』という企業理念を

基に『心臓血管カンパニー』、『ホスピタルカンパニー』、『血液

システムカンパニー』と3つの事業領域を通じ、世界の医療現場

に製品やサービスを展開

している。また、地域別売

上高(2015年3月期)が海

外で63%、国内が37%と非

常に海外比率の高い、まさ

にグローバル企業である。

 今回は、研究開発本部 探索チームの森 武寿様にお話を

伺った。森様は、心臓血管外科の分野での医療機器の基礎的な

研究や次世代製品の調査、実際の設計開発業務などを担当し

ている。特に、流体解析(以下、CFD)を中心に、様々なデバイ

スにおける探索の中で発見されたテーマの実現性や課題を早

期にクリアにするといったことに取り組まれている。この探索

チームはCAE専門部署ではなく、探査や設計に対してCFDや最

適化計算を適用されている。CFDは心臓血管外科機器の中で

も特に血液ポンプの開発に使用されている。設計探査ツール

導入の目的は、血液ポンプ開発の効率化である。

 テルモ社内では、約10数年前にCFDが導入され、森様が最初

に開発に適用されたとのこ

とである。社内でのCFDを

推進すべくその旗振り役を

担っており、導入した他部

署のサポート役も兼ねられ

ている。血液ポンプ以外に

も、人工肺や薬液を使用す

るデバイス、医薬品、ステン

ト、製造工程など、まだまだ

CFDを適用することのでき

る分野は多いという。

 『CFDをやってみて、こんなこともわかるのだという“気づ

き”もあります。実験だけだと(情報の)範囲が狭まってしまう

ことがありますが、解析をしてみるとその範囲が広がるという

ことを、最近では他部署の研究者とも共有しようとしています。

また、気をつけている点としては、何でもシミュレーションできる

のではないか、何でもイメージできるのではないか、とシミュ

レーションを軽く考える方もいます。実際にその課題がどうい

う意味を持つのか、物理的な意味合いはどうなのかなど、考え

ることが重要です。そういった発想や仮定がないと、出てきた

答えもただのイメージ図になってしまい、次につながりません。

間違った解を使用してしまう可能性があるのです。』と森様は話

された。『特に医療機器関係は、プロダクトとして非常に厳しい

ため、ただ出てきた結果でOKと言うわけにはいきませんので、

検証をすごくたくさんやらなければなりません。このため、全部

CFDでというわけにはいかず、ものづくりも必要です。そのもの

づくりのベースはCFDである程度抑えておくことが必要です。』

 次に、遠心型血液ポンプ設計におけるSTAR-CCM+と設計

探査用アドオンのOptimate+を用いた設計最適化に関して

お話を伺った。

 従来の血液ポンプの設計方法は、CFD解析を用いて、初期

モデルを数十個解析、横並びで性能を推定、その中から候補

モデルを数個試作、ポンプの性能評価、血液実験の実施、問題

点の洗い出し、形状変更・修正という工程を繰り返して、形状

を絞り込んでいった。このため、一つの製品の開発期間も年

単位となっていた。

 特に、実験では扱う流体が血液のため、血液自体にばらつ

きがあり、また実験結果自体のばらつきもあるため、ある程度

の長い期間がないと検証すること自体が難しい。また、血液

は人によっても粘性が異なるが、実際の実験で使用される血

液は牛などの動物の血液を使用しており、動物の種類や年齢

によっても粘性が異なる。このため、こういった面でも、非常

に苦労されていた。

医療現場では血液ポンプは次の二つの使用例がある。

・ 体外設置型:手術中の血液循環(図1)・ 体内埋め込み型:左心補助型人工心臓(図2)

血液ポンプ設計時には、以下の要件を満たす必要がある。

・ 低溶血性:血液損傷(溶血)が少ない・ 抗血栓性:血栓が形成されにくい・ ポンプ効率が良い:低消費電力、駆動系の小型化・ 小型でシンプルな構造:可搬性、体内埋め込みが

容易な大きさ、故障確率の低下

・ 広い動作範囲:流量2L/min~10L/min、揚程50mmHg~800mmHg

 最適化計算を用いた目的は、経験がないと設計をある程度

最適形状に作りこむことが難しいことと、また経験が浅い場

合、本来確認しなければならないパラメータを見落としてし

まうことがあった。また、最適化計算により設計工程をどれだ

け効率的にできるかを目標とした。

 今回は一般的な構造の体外設置型の遠心ポンプとし、ポン

プ効率を向上することを狙いとした。計算に用いたポンプの

概要は次の通りである。

・ インペラベーン数:12枚・ インペラ直径:60mm・ ボリュート構造を有するケーシング

最適化計算の概要は表1の通りである。

 流量は人の呼吸量の範囲を計算する必要があるため、java

マクロにより2L/minから8L/minへと段階的に変更した。ま

た、ポンプ効率やインペラに掛かる力はレポートを使用して

出力を行った。次に、本最適化計算のフローを示す(図3)。 形状はSTAR-CCM+に内蔵された3D-CADにより作成した(図4)。3D-CADは設計変数をパラメータ化でき、追加のライセンスは不要

なため、最適化計算をよりシームレスに実施することができる。

 また、Optimate+は複合領域設計探査ツールHEEDSの

STAR-CCM+アドオンであり、HEEDSの強力な探査アルゴリズ

ムであるSHERPAにより、圧倒的に少ない計算数でより良いデ

ザインを見つけ出す。

 解析は、作動流体を血液とし、乱流モデルにはRealizable

k-ε、ポンプの回転速度を2800rpmとした。メッシュはポリ

へドラルメッシュを使用し、壁面にはプリズムレイヤーメッ

シュを作成し、合計約340万メッシュとした(図5)。 合計の解析ケース数は102ケースであり、計算時間には約6

日を要した。このうち制約条件を満たしたケースは38ケース

であった。図6では横軸にインペラに掛かる力、縦軸に平均ポンプ効率を示し、最適化計算中に得られた全ての制約条件

を満たす解をプロットしている。

 図6の赤丸で記すデザインおよび図7は森様が選んだベストデザインである。理由は、ポンプの平均効率はベストでは

ないが、異なる流量時のばらつきが小さく、平均効率も比較

的高いためである。

 また、本計算結果より、制約条件を満たし、ポンプ効率の良

いデザインはケーシング側面の開口高さと開始径が小さい値

を取る傾向があり、インペラとケーシング間の距離が小さい

ほど、ポンプ効率が良くなることがわかった。

 ポンプ設計をする上での問題点は、ポンプとしての効率は稼

ぎたい、しかし効率を優先しすぎると、溶血の問題が発生す

る。また、血栓の発生を評価する際は、従来は実験をするしか

手段がなかったが、CFDによる手法が確立されつつあるとのこ

とである。これは、滞留領域でのせん断速度がある閾値以下

であれば、血栓が起こりにくいといった評価方法であり、実験

との相関も良好とのことである。このように、徐々にCFDによ

り様々な現象を解明できるようになってきた。CFD適用前に

設計された製品にも問題が発生した際に改めて解析を実施す

ることにより、原因解明ができ素早く設計を変更することが可

能になり、設計やトラブル対応が非常に効率的になった。

 また、最適化計算を実施する上では、形状や様々な変数をど

のように振り分けるかという面で悩ましかったとのことであ

る。以前は、医療機器の構造もシンプルであり、CFD無しで設

計が可能であったが、機能増加に伴う設計パラメータの増加に

より、こういったCFDや最適化計算が設計の効率化のために

欠かせないものとなってきているという。

森様は最後に最適化計算を実施する上での注意点を話された。

 『最適化計算を実施すると、いろいろな解が出てきます。ポ

ンプであれば効率などの値が出力されます。ただし、その時

に、実際の“流れがどうなっているのか?”というのを確認せ

ず、値のみ信じてしまうと、例えば1週間後にまったく意味のな

い結果を得てしまう可能性があります。このため、事前にいく

つかモデルを作成し、計算し、流れをちゃんと確認して、その

後最適化計算をかける。その方が効率的です。流れ場を確

認して、きちんと把握しておくことは、非常に重要です。』

 STAR-CCM+は3D-CADを搭載しており、ジオメトリ作成から、結

果処理まで一気通貫で実行でき、特に最適化計算を実施する上

で、他のソフトウェアを必要としないという面で非常に魅力であり、

STAR-CCM+のサーフェースラッピングを始めとするメッシングの

容易さがSTAR-CCM+を選んだ理由だそうだ。『以前、別のCFDソ

フトウェアを使用している時、ポンプのいろいろな構成部品をバ

ラバラにして、メッシュをそれぞれ切り、インターフェースを用いて

組み上げて、一つの解析モデルを作成する。そして解析し、また

モデルを変更し、メッシュを作成し、と何回も繰り返していました。

そのため、解析には非常に時間がかかり、またメッシュ作成が非

常に大変でした。それがSTAR-CCM+では、メッシュの構築が非

常に簡単で、時間も非常に短縮されました。本来は製品設計に

工数をかけたいので、解析モデル作成に工数を要することは、本

末転倒です。これが改善されました。』と森様は語られた。

 また、森様から次のようなリクエストをいただいた。現在、CFDを

される時の問題点として、メッシュ作成時の指針、ベストプラクティ

スがないということが悩みとのことである。血液ポンプ解析に関し

てはかなりの知見があり、メッシュサイズと実験結果との相関もと

れているとのことだが、テーマが変わった際にメッシュサイズやメッ

シュ解像度をどうするかという点が難しく、特に開発している製品

群が血液ポンプや輸液デバイスなどと1点物に近く、他のアプリ

ケーションで培ったノウハウを適用しにくいといった問題が発生す

る。特に初心者にとっては、メッシュを細かくすれば精度・解像度

は向上するかもしれないが、反面メッシュ作成時間や計算時間が長

くなり、このバランスを取るのが難しくなるためである。こういった

部分で、ベストプラクティスのよりいっそうの充実を望まれた。

 技術サポートにも非常に満足されているとのことであり、カ

スタマーポータル-The Steve Portalのマイケースやナレッジ

ベースの記事(FAQ)、メールマガジンであるサポート通信も

ご利用いただいており、カスタマーポータルやサポート通信

の担当をしている著者としても非常に喜ばしいインタビュー

となった。テクニカルワークショップもテルモ社内でのCFD

展開にご活用いただけており、実際に社内ユーザーの増加に

も貢献しているとのことであった。

 また、テルモの売り上げにおいて海外比率が非常に高いこ

とから、グローバル展開する製品開発に関して伺ったが、ロー

カルで成立する医療機器というのはなく、企画・設計当初から

グローバルを見据えて設計されているということが非常に興

味深かった。弊社のCFDや設計探査ツールにより、本年度の

テーマである『Discover Better Designs, Faster』を実現し、

テルモの企業理念である『医療を通じて社会に貢献する』を

通して、共に社会貢献の一端を担うべく、より充実したサポー

トをご提供できればと考えている。

【文責 : CD-adapcoマーケティング 舛重 国規 、 髙橋 由香】

遠心型血液ポンプ開発にCFDと設計探査を導入̶ 開発スパンが長く認証が厳しい  医療機器開発において、  CAE活用により信頼性を確保しながら  大幅な工数削減を実現

 今回は神奈川県足柄上郡中井町にあるテルモ株式会社(以下、テルモ)湘南センターを訪問した。テルモ

湘南センターは東京から約70Km、横浜から約40Kmの距離にあり、南に湘南の海、西に富士山、北に丹沢

山脈を望む、湘南の明るい陽の光が差し込む高台に位置する。研究開発センターは湘南センター内に設置され、

身体に負担の少ない診断・治療機器や心筋の再生医療、新興国向け機器開発などコア技術の応用から新領域

開発に至るまで様々な次世代技術の開発を行っている。

User Interview File:04

1

テルモ株式会社 研究開発本部

ものづくり ̶ 試作のベースのための流体解析

『医療を通じて社会に貢献する』を企業理念に

1 第4回

テルモ株式会社 研究開発本部主席研究員 森 武寿 様

国産体温計の標準器

1 ISSUE 04

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 第一次世界大戦によりドイツからの体温計の輸入量が激

減し、国内で良質な体温計を生産したいという医師らの思い

から、テルモは大正12年(1921年)に体温計を製造する小さ

な町工場として、東京・渋谷区の幡ヶ谷で設立された。『ペス

ト菌の発見』や『破傷風の血清療法の発明』などで有名であ

り、『日本の近代医学の父』と呼ばれる北里柴三郎博士も設立

の発起人の一人となっており、社名は体温計のドイツ語であ

る『テルモメーター』と発音することに由来する。

 テルモは、『医療を通じて社会に貢献する』という企業理念を

基に『心臓血管カンパニー』、『ホスピタルカンパニー』、『血液

システムカンパニー』と3つの事業領域を通じ、世界の医療現場

に製品やサービスを展開

している。また、地域別売

上高(2015年3月期)が海

外で63%、国内が37%と非

常に海外比率の高い、まさ

にグローバル企業である。

 今回は、研究開発本部 探索チームの森 武寿様にお話を

伺った。森様は、心臓血管外科の分野での医療機器の基礎的な

研究や次世代製品の調査、実際の設計開発業務などを担当し

ている。特に、流体解析(以下、CFD)を中心に、様々なデバイ

スにおける探索の中で発見されたテーマの実現性や課題を早

期にクリアにするといったことに取り組まれている。この探索

チームはCAE専門部署ではなく、探査や設計に対してCFDや最

適化計算を適用されている。CFDは心臓血管外科機器の中で

も特に血液ポンプの開発に使用されている。設計探査ツール

導入の目的は、血液ポンプ開発の効率化である。

 テルモ社内では、約10数年前にCFDが導入され、森様が最初

に開発に適用されたとのこ

とである。社内でのCFDを

推進すべくその旗振り役を

担っており、導入した他部

署のサポート役も兼ねられ

ている。血液ポンプ以外に

も、人工肺や薬液を使用す

るデバイス、医薬品、ステン

ト、製造工程など、まだまだ

CFDを適用することのでき

る分野は多いという。

 『CFDをやってみて、こんなこともわかるのだという“気づ

き”もあります。実験だけだと(情報の)範囲が狭まってしまう

ことがありますが、解析をしてみるとその範囲が広がるという

ことを、最近では他部署の研究者とも共有しようとしています。

また、気をつけている点としては、何でもシミュレーションできる

のではないか、何でもイメージできるのではないか、とシミュ

レーションを軽く考える方もいます。実際にその課題がどうい

う意味を持つのか、物理的な意味合いはどうなのかなど、考え

ることが重要です。そういった発想や仮定がないと、出てきた

答えもただのイメージ図になってしまい、次につながりません。

間違った解を使用してしまう可能性があるのです。』と森様は話

された。『特に医療機器関係は、プロダクトとして非常に厳しい

ため、ただ出てきた結果でOKと言うわけにはいきませんので、

検証をすごくたくさんやらなければなりません。このため、全部

CFDでというわけにはいかず、ものづくりも必要です。そのもの

づくりのベースはCFDである程度抑えておくことが必要です。』

 次に、遠心型血液ポンプ設計におけるSTAR-CCM+と設計

探査用アドオンのOptimate+を用いた設計最適化に関して

お話を伺った。

 従来の血液ポンプの設計方法は、CFD解析を用いて、初期

モデルを数十個解析、横並びで性能を推定、その中から候補

モデルを数個試作、ポンプの性能評価、血液実験の実施、問題

点の洗い出し、形状変更・修正という工程を繰り返して、形状

を絞り込んでいった。このため、一つの製品の開発期間も年

単位となっていた。

 特に、実験では扱う流体が血液のため、血液自体にばらつ

きがあり、また実験結果自体のばらつきもあるため、ある程度

の長い期間がないと検証すること自体が難しい。また、血液

は人によっても粘性が異なるが、実際の実験で使用される血

液は牛などの動物の血液を使用しており、動物の種類や年齢

によっても粘性が異なる。このため、こういった面でも、非常

に苦労されていた。

医療現場では血液ポンプは次の二つの使用例がある。

・ 体外設置型:手術中の血液循環(図1)・ 体内埋め込み型:左心補助型人工心臓(図2)

血液ポンプ設計時には、以下の要件を満たす必要がある。

・ 低溶血性:血液損傷(溶血)が少ない・ 抗血栓性:血栓が形成されにくい・ ポンプ効率が良い:低消費電力、駆動系の小型化・ 小型でシンプルな構造:可搬性、体内埋め込みが

容易な大きさ、故障確率の低下

・ 広い動作範囲:流量2L/min~10L/min、揚程50mmHg~800mmHg

 最適化計算を用いた目的は、経験がないと設計をある程度

最適形状に作りこむことが難しいことと、また経験が浅い場

合、本来確認しなければならないパラメータを見落としてし

まうことがあった。また、最適化計算により設計工程をどれだ

け効率的にできるかを目標とした。

 今回は一般的な構造の体外設置型の遠心ポンプとし、ポン

プ効率を向上することを狙いとした。計算に用いたポンプの

概要は次の通りである。

・ インペラベーン数:12枚・ インペラ直径:60mm・ ボリュート構造を有するケーシング

最適化計算の概要は表1の通りである。

 流量は人の呼吸量の範囲を計算する必要があるため、java

マクロにより2L/minから8L/minへと段階的に変更した。ま

た、ポンプ効率やインペラに掛かる力はレポートを使用して

出力を行った。次に、本最適化計算のフローを示す(図3)。 形状はSTAR-CCM+に内蔵された3D-CADにより作成した(図4)。3D-CADは設計変数をパラメータ化でき、追加のライセンスは不要

なため、最適化計算をよりシームレスに実施することができる。

 また、Optimate+は複合領域設計探査ツールHEEDSの

STAR-CCM+アドオンであり、HEEDSの強力な探査アルゴリズ

ムであるSHERPAにより、圧倒的に少ない計算数でより良いデ

ザインを見つけ出す。

 解析は、作動流体を血液とし、乱流モデルにはRealizable

k-ε、ポンプの回転速度を2800rpmとした。メッシュはポリ

へドラルメッシュを使用し、壁面にはプリズムレイヤーメッ

シュを作成し、合計約340万メッシュとした(図5)。 合計の解析ケース数は102ケースであり、計算時間には約6

日を要した。このうち制約条件を満たしたケースは38ケース

であった。図6では横軸にインペラに掛かる力、縦軸に平均ポンプ効率を示し、最適化計算中に得られた全ての制約条件

を満たす解をプロットしている。

 図6の赤丸で記すデザインおよび図7は森様が選んだベストデザインである。理由は、ポンプの平均効率はベストでは

ないが、異なる流量時のばらつきが小さく、平均効率も比較

的高いためである。

 また、本計算結果より、制約条件を満たし、ポンプ効率の良

いデザインはケーシング側面の開口高さと開始径が小さい値

を取る傾向があり、インペラとケーシング間の距離が小さい

ほど、ポンプ効率が良くなることがわかった。

 ポンプ設計をする上での問題点は、ポンプとしての効率は稼

ぎたい、しかし効率を優先しすぎると、溶血の問題が発生す

る。また、血栓の発生を評価する際は、従来は実験をするしか

手段がなかったが、CFDによる手法が確立されつつあるとのこ

とである。これは、滞留領域でのせん断速度がある閾値以下

であれば、血栓が起こりにくいといった評価方法であり、実験

との相関も良好とのことである。このように、徐々にCFDによ

り様々な現象を解明できるようになってきた。CFD適用前に

設計された製品にも問題が発生した際に改めて解析を実施す

ることにより、原因解明ができ素早く設計を変更することが可

能になり、設計やトラブル対応が非常に効率的になった。

 また、最適化計算を実施する上では、形状や様々な変数をど

のように振り分けるかという面で悩ましかったとのことであ

る。以前は、医療機器の構造もシンプルであり、CFD無しで設

計が可能であったが、機能増加に伴う設計パラメータの増加に

より、こういったCFDや最適化計算が設計の効率化のために

欠かせないものとなってきているという。

森様は最後に最適化計算を実施する上での注意点を話された。

 『最適化計算を実施すると、いろいろな解が出てきます。ポ

ンプであれば効率などの値が出力されます。ただし、その時

に、実際の“流れがどうなっているのか?”というのを確認せ

ず、値のみ信じてしまうと、例えば1週間後にまったく意味のな

い結果を得てしまう可能性があります。このため、事前にいく

つかモデルを作成し、計算し、流れをちゃんと確認して、その

後最適化計算をかける。その方が効率的です。流れ場を確

認して、きちんと把握しておくことは、非常に重要です。』

 STAR-CCM+は3D-CADを搭載しており、ジオメトリ作成から、結

果処理まで一気通貫で実行でき、特に最適化計算を実施する上

で、他のソフトウェアを必要としないという面で非常に魅力であり、

STAR-CCM+のサーフェースラッピングを始めとするメッシングの

容易さがSTAR-CCM+を選んだ理由だそうだ。『以前、別のCFDソ

フトウェアを使用している時、ポンプのいろいろな構成部品をバ

ラバラにして、メッシュをそれぞれ切り、インターフェースを用いて

組み上げて、一つの解析モデルを作成する。そして解析し、また

モデルを変更し、メッシュを作成し、と何回も繰り返していました。

そのため、解析には非常に時間がかかり、またメッシュ作成が非

常に大変でした。それがSTAR-CCM+では、メッシュの構築が非

常に簡単で、時間も非常に短縮されました。本来は製品設計に

工数をかけたいので、解析モデル作成に工数を要することは、本

末転倒です。これが改善されました。』と森様は語られた。

 また、森様から次のようなリクエストをいただいた。現在、CFDを

される時の問題点として、メッシュ作成時の指針、ベストプラクティ

スがないということが悩みとのことである。血液ポンプ解析に関し

てはかなりの知見があり、メッシュサイズと実験結果との相関もと

れているとのことだが、テーマが変わった際にメッシュサイズやメッ

シュ解像度をどうするかという点が難しく、特に開発している製品

群が血液ポンプや輸液デバイスなどと1点物に近く、他のアプリ

ケーションで培ったノウハウを適用しにくいといった問題が発生す

る。特に初心者にとっては、メッシュを細かくすれば精度・解像度

は向上するかもしれないが、反面メッシュ作成時間や計算時間が長

くなり、このバランスを取るのが難しくなるためである。こういった

部分で、ベストプラクティスのよりいっそうの充実を望まれた。

 技術サポートにも非常に満足されているとのことであり、カ

スタマーポータル-The Steve Portalのマイケースやナレッジ

ベースの記事(FAQ)、メールマガジンであるサポート通信も

ご利用いただいており、カスタマーポータルやサポート通信

の担当をしている著者としても非常に喜ばしいインタビュー

となった。テクニカルワークショップもテルモ社内でのCFD

展開にご活用いただけており、実際に社内ユーザーの増加に

も貢献しているとのことであった。

 また、テルモの売り上げにおいて海外比率が非常に高いこ

とから、グローバル展開する製品開発に関して伺ったが、ロー

カルで成立する医療機器というのはなく、企画・設計当初から

グローバルを見据えて設計されているということが非常に興

味深かった。弊社のCFDや設計探査ツールにより、本年度の

テーマである『Discover Better Designs, Faster』を実現し、

テルモの企業理念である『医療を通じて社会に貢献する』を

通して、共に社会貢献の一端を担うべく、より充実したサポー

トをご提供できればと考えている。

【文責 : CD-adapcoマーケティング 舛重 国規 、 髙橋 由香】

2

血液ポンプ開発におけるCFDと最適化の適用

※ポンプ効率平均値 η = (L × H)/(Rot × T)

L:ポンプ流量H:ポンプ揚程(圧力損失)

Rot:回転数(2800rpm)T:インペラに加わるトルク

図1 : 体外設置型-CAPIOX®(上)、Sarns®(下) 図2 : 体内埋め込み型-DuraHeart®

ISSUE 04

設計変数

目的関数

制約条件

ケーシングインペラ

ポンプ効率平均値インペラに掛かる力

2L/min8L/min

3ケース3ケース最大化最小化

効率20%以上効率35%以上

表1 : 解析概要

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 第一次世界大戦によりドイツからの体温計の輸入量が激

減し、国内で良質な体温計を生産したいという医師らの思い

から、テルモは大正12年(1921年)に体温計を製造する小さ

な町工場として、東京・渋谷区の幡ヶ谷で設立された。『ペス

ト菌の発見』や『破傷風の血清療法の発明』などで有名であ

り、『日本の近代医学の父』と呼ばれる北里柴三郎博士も設立

の発起人の一人となっており、社名は体温計のドイツ語であ

る『テルモメーター』と発音することに由来する。

 テルモは、『医療を通じて社会に貢献する』という企業理念を

基に『心臓血管カンパニー』、『ホスピタルカンパニー』、『血液

システムカンパニー』と3つの事業領域を通じ、世界の医療現場

に製品やサービスを展開

している。また、地域別売

上高(2015年3月期)が海

外で63%、国内が37%と非

常に海外比率の高い、まさ

にグローバル企業である。

 今回は、研究開発本部 探索チームの森 武寿様にお話を

伺った。森様は、心臓血管外科の分野での医療機器の基礎的な

研究や次世代製品の調査、実際の設計開発業務などを担当し

ている。特に、流体解析(以下、CFD)を中心に、様々なデバイ

スにおける探索の中で発見されたテーマの実現性や課題を早

期にクリアにするといったことに取り組まれている。この探索

チームはCAE専門部署ではなく、探査や設計に対してCFDや最

適化計算を適用されている。CFDは心臓血管外科機器の中で

も特に血液ポンプの開発に使用されている。設計探査ツール

導入の目的は、血液ポンプ開発の効率化である。

 テルモ社内では、約10数年前にCFDが導入され、森様が最初

に開発に適用されたとのこ

とである。社内でのCFDを

推進すべくその旗振り役を

担っており、導入した他部

署のサポート役も兼ねられ

ている。血液ポンプ以外に

も、人工肺や薬液を使用す

るデバイス、医薬品、ステン

ト、製造工程など、まだまだ

CFDを適用することのでき

る分野は多いという。

 『CFDをやってみて、こんなこともわかるのだという“気づ

き”もあります。実験だけだと(情報の)範囲が狭まってしまう

ことがありますが、解析をしてみるとその範囲が広がるという

ことを、最近では他部署の研究者とも共有しようとしています。

また、気をつけている点としては、何でもシミュレーションできる

のではないか、何でもイメージできるのではないか、とシミュ

レーションを軽く考える方もいます。実際にその課題がどうい

う意味を持つのか、物理的な意味合いはどうなのかなど、考え

ることが重要です。そういった発想や仮定がないと、出てきた

答えもただのイメージ図になってしまい、次につながりません。

間違った解を使用してしまう可能性があるのです。』と森様は話

された。『特に医療機器関係は、プロダクトとして非常に厳しい

ため、ただ出てきた結果でOKと言うわけにはいきませんので、

検証をすごくたくさんやらなければなりません。このため、全部

CFDでというわけにはいかず、ものづくりも必要です。そのもの

づくりのベースはCFDである程度抑えておくことが必要です。』

 次に、遠心型血液ポンプ設計におけるSTAR-CCM+と設計

探査用アドオンのOptimate+を用いた設計最適化に関して

お話を伺った。

 従来の血液ポンプの設計方法は、CFD解析を用いて、初期

モデルを数十個解析、横並びで性能を推定、その中から候補

モデルを数個試作、ポンプの性能評価、血液実験の実施、問題

点の洗い出し、形状変更・修正という工程を繰り返して、形状

を絞り込んでいった。このため、一つの製品の開発期間も年

単位となっていた。

 特に、実験では扱う流体が血液のため、血液自体にばらつ

きがあり、また実験結果自体のばらつきもあるため、ある程度

の長い期間がないと検証すること自体が難しい。また、血液

は人によっても粘性が異なるが、実際の実験で使用される血

液は牛などの動物の血液を使用しており、動物の種類や年齢

によっても粘性が異なる。このため、こういった面でも、非常

に苦労されていた。

医療現場では血液ポンプは次の二つの使用例がある。

・ 体外設置型:手術中の血液循環(図1)・ 体内埋め込み型:左心補助型人工心臓(図2)

血液ポンプ設計時には、以下の要件を満たす必要がある。

・ 低溶血性:血液損傷(溶血)が少ない・ 抗血栓性:血栓が形成されにくい・ ポンプ効率が良い:低消費電力、駆動系の小型化・ 小型でシンプルな構造:可搬性、体内埋め込みが

容易な大きさ、故障確率の低下

・ 広い動作範囲:流量2L/min~10L/min、揚程50mmHg~800mmHg

 最適化計算を用いた目的は、経験がないと設計をある程度

最適形状に作りこむことが難しいことと、また経験が浅い場

合、本来確認しなければならないパラメータを見落としてし

まうことがあった。また、最適化計算により設計工程をどれだ

け効率的にできるかを目標とした。

 今回は一般的な構造の体外設置型の遠心ポンプとし、ポン

プ効率を向上することを狙いとした。計算に用いたポンプの

概要は次の通りである。

・ インペラベーン数:12枚・ インペラ直径:60mm・ ボリュート構造を有するケーシング

最適化計算の概要は表1の通りである。

 流量は人の呼吸量の範囲を計算する必要があるため、java

マクロにより2L/minから8L/minへと段階的に変更した。ま

た、ポンプ効率やインペラに掛かる力はレポートを使用して

出力を行った。次に、本最適化計算のフローを示す(図3)。 形状はSTAR-CCM+に内蔵された3D-CADにより作成した(図4)。3D-CADは設計変数をパラメータ化でき、追加のライセンスは不要

なため、最適化計算をよりシームレスに実施することができる。

 また、Optimate+は複合領域設計探査ツールHEEDSの

STAR-CCM+アドオンであり、HEEDSの強力な探査アルゴリズ

ムであるSHERPAにより、圧倒的に少ない計算数でより良いデ

ザインを見つけ出す。

 解析は、作動流体を血液とし、乱流モデルにはRealizable

k-ε、ポンプの回転速度を2800rpmとした。メッシュはポリ

へドラルメッシュを使用し、壁面にはプリズムレイヤーメッ

シュを作成し、合計約340万メッシュとした(図5)。 合計の解析ケース数は102ケースであり、計算時間には約6

日を要した。このうち制約条件を満たしたケースは38ケース

であった。図6では横軸にインペラに掛かる力、縦軸に平均ポンプ効率を示し、最適化計算中に得られた全ての制約条件

を満たす解をプロットしている。

 図6の赤丸で記すデザインおよび図7は森様が選んだベストデザインである。理由は、ポンプの平均効率はベストでは

ないが、異なる流量時のばらつきが小さく、平均効率も比較

的高いためである。

 また、本計算結果より、制約条件を満たし、ポンプ効率の良

いデザインはケーシング側面の開口高さと開始径が小さい値

を取る傾向があり、インペラとケーシング間の距離が小さい

ほど、ポンプ効率が良くなることがわかった。

 ポンプ設計をする上での問題点は、ポンプとしての効率は稼

ぎたい、しかし効率を優先しすぎると、溶血の問題が発生す

る。また、血栓の発生を評価する際は、従来は実験をするしか

手段がなかったが、CFDによる手法が確立されつつあるとのこ

とである。これは、滞留領域でのせん断速度がある閾値以下

であれば、血栓が起こりにくいといった評価方法であり、実験

との相関も良好とのことである。このように、徐々にCFDによ

り様々な現象を解明できるようになってきた。CFD適用前に

設計された製品にも問題が発生した際に改めて解析を実施す

ることにより、原因解明ができ素早く設計を変更することが可

能になり、設計やトラブル対応が非常に効率的になった。

 また、最適化計算を実施する上では、形状や様々な変数をど

のように振り分けるかという面で悩ましかったとのことであ

る。以前は、医療機器の構造もシンプルであり、CFD無しで設

計が可能であったが、機能増加に伴う設計パラメータの増加に

より、こういったCFDや最適化計算が設計の効率化のために

欠かせないものとなってきているという。

森様は最後に最適化計算を実施する上での注意点を話された。

 『最適化計算を実施すると、いろいろな解が出てきます。ポ

ンプであれば効率などの値が出力されます。ただし、その時

に、実際の“流れがどうなっているのか?”というのを確認せ

ず、値のみ信じてしまうと、例えば1週間後にまったく意味のな

い結果を得てしまう可能性があります。このため、事前にいく

つかモデルを作成し、計算し、流れをちゃんと確認して、その

後最適化計算をかける。その方が効率的です。流れ場を確

認して、きちんと把握しておくことは、非常に重要です。』

 STAR-CCM+は3D-CADを搭載しており、ジオメトリ作成から、結

果処理まで一気通貫で実行でき、特に最適化計算を実施する上

で、他のソフトウェアを必要としないという面で非常に魅力であり、

STAR-CCM+のサーフェースラッピングを始めとするメッシングの

容易さがSTAR-CCM+を選んだ理由だそうだ。『以前、別のCFDソ

フトウェアを使用している時、ポンプのいろいろな構成部品をバ

ラバラにして、メッシュをそれぞれ切り、インターフェースを用いて

組み上げて、一つの解析モデルを作成する。そして解析し、また

モデルを変更し、メッシュを作成し、と何回も繰り返していました。

そのため、解析には非常に時間がかかり、またメッシュ作成が非

常に大変でした。それがSTAR-CCM+では、メッシュの構築が非

常に簡単で、時間も非常に短縮されました。本来は製品設計に

工数をかけたいので、解析モデル作成に工数を要することは、本

末転倒です。これが改善されました。』と森様は語られた。

 また、森様から次のようなリクエストをいただいた。現在、CFDを

される時の問題点として、メッシュ作成時の指針、ベストプラクティ

スがないということが悩みとのことである。血液ポンプ解析に関し

てはかなりの知見があり、メッシュサイズと実験結果との相関もと

れているとのことだが、テーマが変わった際にメッシュサイズやメッ

シュ解像度をどうするかという点が難しく、特に開発している製品

群が血液ポンプや輸液デバイスなどと1点物に近く、他のアプリ

ケーションで培ったノウハウを適用しにくいといった問題が発生す

る。特に初心者にとっては、メッシュを細かくすれば精度・解像度

は向上するかもしれないが、反面メッシュ作成時間や計算時間が長

くなり、このバランスを取るのが難しくなるためである。こういった

部分で、ベストプラクティスのよりいっそうの充実を望まれた。

 技術サポートにも非常に満足されているとのことであり、カ

スタマーポータル-The Steve Portalのマイケースやナレッジ

ベースの記事(FAQ)、メールマガジンであるサポート通信も

ご利用いただいており、カスタマーポータルやサポート通信

の担当をしている著者としても非常に喜ばしいインタビュー

となった。テクニカルワークショップもテルモ社内でのCFD

展開にご活用いただけており、実際に社内ユーザーの増加に

も貢献しているとのことであった。

 また、テルモの売り上げにおいて海外比率が非常に高いこ

とから、グローバル展開する製品開発に関して伺ったが、ロー

カルで成立する医療機器というのはなく、企画・設計当初から

グローバルを見据えて設計されているということが非常に興

味深かった。弊社のCFDや設計探査ツールにより、本年度の

テーマである『Discover Better Designs, Faster』を実現し、

テルモの企業理念である『医療を通じて社会に貢献する』を

通して、共に社会貢献の一端を担うべく、より充実したサポー

トをご提供できればと考えている。

【文責 : CD-adapcoマーケティング 舛重 国規 、 髙橋 由香】

3

User Interview File:04 第4回 :テルモ株式会社 研究開発本部1

図4 : 3D-CADによる形状作成

図3 : 最適化計算のワークフロー

図5 : メッシュ図

図6 : 解析結果-制約条件を満足した設計ベースの作成

形状作成

メッシュ作成

物理モデルの定義

境界条件の定義

結果処理の定義

最適化計算の設定

モードの選択

設計変数を定義

評価変数・出力内容決定

アセンブリ設定

ISSUE 04

インペラメッシュ拡大図

流体領域流体領域作成

平均ポンプ効率(%)

インペラにかかる力(N)

ケーシング部分形状作成

インペラ部分形状作成 回転・静止領域分け

良い設計

回転方向回転方向

良い設計

Page 5: 04 JAPAN EDITION ISSUE - MDXmdx2.plm.automation.siemens.com/sites/default/files/... · 2018-05-06 · ことがありますが、解析をしてみるとその範囲が広がるという

 第一次世界大戦によりドイツからの体温計の輸入量が激

減し、国内で良質な体温計を生産したいという医師らの思い

から、テルモは大正12年(1921年)に体温計を製造する小さ

な町工場として、東京・渋谷区の幡ヶ谷で設立された。『ペス

ト菌の発見』や『破傷風の血清療法の発明』などで有名であ

り、『日本の近代医学の父』と呼ばれる北里柴三郎博士も設立

の発起人の一人となっており、社名は体温計のドイツ語であ

る『テルモメーター』と発音することに由来する。

 テルモは、『医療を通じて社会に貢献する』という企業理念を

基に『心臓血管カンパニー』、『ホスピタルカンパニー』、『血液

システムカンパニー』と3つの事業領域を通じ、世界の医療現場

に製品やサービスを展開

している。また、地域別売

上高(2015年3月期)が海

外で63%、国内が37%と非

常に海外比率の高い、まさ

にグローバル企業である。

 今回は、研究開発本部 探索チームの森 武寿様にお話を

伺った。森様は、心臓血管外科の分野での医療機器の基礎的な

研究や次世代製品の調査、実際の設計開発業務などを担当し

ている。特に、流体解析(以下、CFD)を中心に、様々なデバイ

スにおける探索の中で発見されたテーマの実現性や課題を早

期にクリアにするといったことに取り組まれている。この探索

チームはCAE専門部署ではなく、探査や設計に対してCFDや最

適化計算を適用されている。CFDは心臓血管外科機器の中で

も特に血液ポンプの開発に使用されている。設計探査ツール

導入の目的は、血液ポンプ開発の効率化である。

 テルモ社内では、約10数年前にCFDが導入され、森様が最初

に開発に適用されたとのこ

とである。社内でのCFDを

推進すべくその旗振り役を

担っており、導入した他部

署のサポート役も兼ねられ

ている。血液ポンプ以外に

も、人工肺や薬液を使用す

るデバイス、医薬品、ステン

ト、製造工程など、まだまだ

CFDを適用することのでき

る分野は多いという。

 『CFDをやってみて、こんなこともわかるのだという“気づ

き”もあります。実験だけだと(情報の)範囲が狭まってしまう

ことがありますが、解析をしてみるとその範囲が広がるという

ことを、最近では他部署の研究者とも共有しようとしています。

また、気をつけている点としては、何でもシミュレーションできる

のではないか、何でもイメージできるのではないか、とシミュ

レーションを軽く考える方もいます。実際にその課題がどうい

う意味を持つのか、物理的な意味合いはどうなのかなど、考え

ることが重要です。そういった発想や仮定がないと、出てきた

答えもただのイメージ図になってしまい、次につながりません。

間違った解を使用してしまう可能性があるのです。』と森様は話

された。『特に医療機器関係は、プロダクトとして非常に厳しい

ため、ただ出てきた結果でOKと言うわけにはいきませんので、

検証をすごくたくさんやらなければなりません。このため、全部

CFDでというわけにはいかず、ものづくりも必要です。そのもの

づくりのベースはCFDである程度抑えておくことが必要です。』

 次に、遠心型血液ポンプ設計におけるSTAR-CCM+と設計

探査用アドオンのOptimate+を用いた設計最適化に関して

お話を伺った。

 従来の血液ポンプの設計方法は、CFD解析を用いて、初期

モデルを数十個解析、横並びで性能を推定、その中から候補

モデルを数個試作、ポンプの性能評価、血液実験の実施、問題

点の洗い出し、形状変更・修正という工程を繰り返して、形状

を絞り込んでいった。このため、一つの製品の開発期間も年

単位となっていた。

 特に、実験では扱う流体が血液のため、血液自体にばらつ

きがあり、また実験結果自体のばらつきもあるため、ある程度

の長い期間がないと検証すること自体が難しい。また、血液

は人によっても粘性が異なるが、実際の実験で使用される血

液は牛などの動物の血液を使用しており、動物の種類や年齢

によっても粘性が異なる。このため、こういった面でも、非常

に苦労されていた。

医療現場では血液ポンプは次の二つの使用例がある。

・ 体外設置型:手術中の血液循環(図1)・ 体内埋め込み型:左心補助型人工心臓(図2)

血液ポンプ設計時には、以下の要件を満たす必要がある。

・ 低溶血性:血液損傷(溶血)が少ない・ 抗血栓性:血栓が形成されにくい・ ポンプ効率が良い:低消費電力、駆動系の小型化・ 小型でシンプルな構造:可搬性、体内埋め込みが

容易な大きさ、故障確率の低下

・ 広い動作範囲:流量2L/min~10L/min、揚程50mmHg~800mmHg

 最適化計算を用いた目的は、経験がないと設計をある程度

最適形状に作りこむことが難しいことと、また経験が浅い場

合、本来確認しなければならないパラメータを見落としてし

まうことがあった。また、最適化計算により設計工程をどれだ

け効率的にできるかを目標とした。

 今回は一般的な構造の体外設置型の遠心ポンプとし、ポン

プ効率を向上することを狙いとした。計算に用いたポンプの

概要は次の通りである。

・ インペラベーン数:12枚・ インペラ直径:60mm・ ボリュート構造を有するケーシング

最適化計算の概要は表1の通りである。

 流量は人の呼吸量の範囲を計算する必要があるため、java

マクロにより2L/minから8L/minへと段階的に変更した。ま

た、ポンプ効率やインペラに掛かる力はレポートを使用して

出力を行った。次に、本最適化計算のフローを示す(図3)。 形状はSTAR-CCM+に内蔵された3D-CADにより作成した(図4)。3D-CADは設計変数をパラメータ化でき、追加のライセンスは不要

なため、最適化計算をよりシームレスに実施することができる。

 また、Optimate+は複合領域設計探査ツールHEEDSの

STAR-CCM+アドオンであり、HEEDSの強力な探査アルゴリズ

ムであるSHERPAにより、圧倒的に少ない計算数でより良いデ

ザインを見つけ出す。

 解析は、作動流体を血液とし、乱流モデルにはRealizable

k-ε、ポンプの回転速度を2800rpmとした。メッシュはポリ

へドラルメッシュを使用し、壁面にはプリズムレイヤーメッ

シュを作成し、合計約340万メッシュとした(図5)。 合計の解析ケース数は102ケースであり、計算時間には約6

日を要した。このうち制約条件を満たしたケースは38ケース

であった。図6では横軸にインペラに掛かる力、縦軸に平均ポンプ効率を示し、最適化計算中に得られた全ての制約条件

を満たす解をプロットしている。

 図6の赤丸で記すデザインおよび図7は森様が選んだベストデザインである。理由は、ポンプの平均効率はベストでは

ないが、異なる流量時のばらつきが小さく、平均効率も比較

的高いためである。

 また、本計算結果より、制約条件を満たし、ポンプ効率の良

いデザインはケーシング側面の開口高さと開始径が小さい値

を取る傾向があり、インペラとケーシング間の距離が小さい

ほど、ポンプ効率が良くなることがわかった。

 ポンプ設計をする上での問題点は、ポンプとしての効率は稼

ぎたい、しかし効率を優先しすぎると、溶血の問題が発生す

る。また、血栓の発生を評価する際は、従来は実験をするしか

手段がなかったが、CFDによる手法が確立されつつあるとのこ

とである。これは、滞留領域でのせん断速度がある閾値以下

であれば、血栓が起こりにくいといった評価方法であり、実験

との相関も良好とのことである。このように、徐々にCFDによ

り様々な現象を解明できるようになってきた。CFD適用前に

設計された製品にも問題が発生した際に改めて解析を実施す

ることにより、原因解明ができ素早く設計を変更することが可

能になり、設計やトラブル対応が非常に効率的になった。

 また、最適化計算を実施する上では、形状や様々な変数をど

のように振り分けるかという面で悩ましかったとのことであ

る。以前は、医療機器の構造もシンプルであり、CFD無しで設

計が可能であったが、機能増加に伴う設計パラメータの増加に

より、こういったCFDや最適化計算が設計の効率化のために

欠かせないものとなってきているという。

森様は最後に最適化計算を実施する上での注意点を話された。

 『最適化計算を実施すると、いろいろな解が出てきます。ポ

ンプであれば効率などの値が出力されます。ただし、その時

に、実際の“流れがどうなっているのか?”というのを確認せ

ず、値のみ信じてしまうと、例えば1週間後にまったく意味のな

い結果を得てしまう可能性があります。このため、事前にいく

つかモデルを作成し、計算し、流れをちゃんと確認して、その

後最適化計算をかける。その方が効率的です。流れ場を確

認して、きちんと把握しておくことは、非常に重要です。』

 STAR-CCM+は3D-CADを搭載しており、ジオメトリ作成から、結

果処理まで一気通貫で実行でき、特に最適化計算を実施する上

で、他のソフトウェアを必要としないという面で非常に魅力であり、

STAR-CCM+のサーフェースラッピングを始めとするメッシングの

容易さがSTAR-CCM+を選んだ理由だそうだ。『以前、別のCFDソ

フトウェアを使用している時、ポンプのいろいろな構成部品をバ

ラバラにして、メッシュをそれぞれ切り、インターフェースを用いて

組み上げて、一つの解析モデルを作成する。そして解析し、また

モデルを変更し、メッシュを作成し、と何回も繰り返していました。

そのため、解析には非常に時間がかかり、またメッシュ作成が非

常に大変でした。それがSTAR-CCM+では、メッシュの構築が非

常に簡単で、時間も非常に短縮されました。本来は製品設計に

工数をかけたいので、解析モデル作成に工数を要することは、本

末転倒です。これが改善されました。』と森様は語られた。

 また、森様から次のようなリクエストをいただいた。現在、CFDを

される時の問題点として、メッシュ作成時の指針、ベストプラクティ

スがないということが悩みとのことである。血液ポンプ解析に関し

てはかなりの知見があり、メッシュサイズと実験結果との相関もと

れているとのことだが、テーマが変わった際にメッシュサイズやメッ

シュ解像度をどうするかという点が難しく、特に開発している製品

群が血液ポンプや輸液デバイスなどと1点物に近く、他のアプリ

ケーションで培ったノウハウを適用しにくいといった問題が発生す

る。特に初心者にとっては、メッシュを細かくすれば精度・解像度

は向上するかもしれないが、反面メッシュ作成時間や計算時間が長

くなり、このバランスを取るのが難しくなるためである。こういった

部分で、ベストプラクティスのよりいっそうの充実を望まれた。

 技術サポートにも非常に満足されているとのことであり、カ

スタマーポータル-The Steve Portalのマイケースやナレッジ

ベースの記事(FAQ)、メールマガジンであるサポート通信も

ご利用いただいており、カスタマーポータルやサポート通信

の担当をしている著者としても非常に喜ばしいインタビュー

となった。テクニカルワークショップもテルモ社内でのCFD

展開にご活用いただけており、実際に社内ユーザーの増加に

も貢献しているとのことであった。

 また、テルモの売り上げにおいて海外比率が非常に高いこ

とから、グローバル展開する製品開発に関して伺ったが、ロー

カルで成立する医療機器というのはなく、企画・設計当初から

グローバルを見据えて設計されているということが非常に興

味深かった。弊社のCFDや設計探査ツールにより、本年度の

テーマである『Discover Better Designs, Faster』を実現し、

テルモの企業理念である『医療を通じて社会に貢献する』を

通して、共に社会貢献の一端を担うべく、より充実したサポー

トをご提供できればと考えている。

【文責 : CD-adapcoマーケティング 舛重 国規 、 髙橋 由香】

ポンプ設計の難しさ

STAR-CCM+を選んだ理由

最後に

4

図7 : 解析結果-ベストデザイン例

ISSUE 04

Page 6: 04 JAPAN EDITION ISSUE - MDXmdx2.plm.automation.siemens.com/sites/default/files/... · 2018-05-06 · ことがありますが、解析をしてみるとその範囲が広がるという

 3D-CADではCADモデラー内での点、軸、プレーン、座標系

設定といったモデル化の基準となる要素を作成できるように

なりました。

 また剛体運動のためのマスプロパティの計算ができるよう

になりました。(体積や慣性モーメント)

 メッシュ生成では、ローカルリメッシュの機能が追加されま

した。この機能は局所的にサーフェスメッシュをリファインし

たい場合に、その他の部分のサーフェスメッシュを維持しなが

ら、メッシュを再生成します。

 全体をリメッシュしなおすと時間がかかってしまうような局所

的な修正やパーツの位置変更等に有効です。

 現時点ではボリュームメッシュには対応していませんが、順次

トリムメッシュ、ポリへドラルメッシュに対応していく予定です。

 効率的な可視化のためにデータフォーカス機能が追加され

ています。これは領域全体のセル値や境界値をXYプロット

で変数の相間という形でプロットしておき、そのプロットの範

囲を選択することで、シーン上の表示にフォーカスするという

機能です。

 これまでは同様のことを行うには、しきい値派生パーツを

使用していましたが、この機能により効率的に見たい部分を

可視化することができます。

 以下の例では、撹拌の度合いを上昇流と下降流に分けて評価

しています。

 物理モデルの拡張では大きなものでは、DEM粒子の拡張、

オイラー混相流による固体粒子のエロージョン評価、FEM構

造解析における回転座標系の追加、燃焼モデルの拡張等が挙

げられます。

 DEM粒子ではこれまで複合粒子を使って実現していた円筒

状粒子モデルが追加されました。これは単一の粒子として扱

われるため、計算コストが低く、形状再現性が良くなります。

タブ状の固体やコインのモデル化が想定されます。

 注意点としては単一粒子のときのようにオプションモデル

が有効ではないことです。線形凝集やエネルギー輸送は制

限事項となっているため、まずは粒子同士の運動としての相

互作用を見るという用途になります。

 FEM構造解析では回転体に対する構造解析/FSIに対応する

ために、回転座標系の定義が可能になりました。

 燃焼モデルでは、詳細化学反応を解くソルバーとしてCVODE

ソルバーが追加され、さらに反応計算を高速化するためのクラス

タリング(濃度値、温度値が近いセルの反応をまとめて取扱い、

反応計算の負荷を下げる処理)が搭載されています。従来の

DARS-CFDソルバーやISATも利用可能ですが、今後STAR-CCM+

の燃焼/反応計算の主力機能としてさらに拡張される予定です。

Discover Better Designs. Faster.

3D-CAD/メッシング関連

ポスト処理

 STAR-CCM+ v11.02では、より良い設計をより早く見つけ出すための機能改善を行いました。

2 Technical Lecture 1 STAR-CCM+ v11.02新機能紹介

図1 : 3D-CADで定義した点、軸、プレーン

図2 : 3D-CAD上のマスプロパティ

図3 : 従来の再メッシュ(上):ローカルリメッシュ適用(下)

図4 : データフォーカスの設定

プレーン

軸 座標系

再メッシュ時に全体を再生成

再メッシュ時に局所的に

メッシュを生成

5 ISSUE 04

Page 7: 04 JAPAN EDITION ISSUE - MDXmdx2.plm.automation.siemens.com/sites/default/files/... · 2018-05-06 · ことがありますが、解析をしてみるとその範囲が広がるという

 3D-CADではCADモデラー内での点、軸、プレーン、座標系

設定といったモデル化の基準となる要素を作成できるように

なりました。

 また剛体運動のためのマスプロパティの計算ができるよう

になりました。(体積や慣性モーメント)

 メッシュ生成では、ローカルリメッシュの機能が追加されま

した。この機能は局所的にサーフェスメッシュをリファインし

たい場合に、その他の部分のサーフェスメッシュを維持しなが

ら、メッシュを再生成します。

 全体をリメッシュしなおすと時間がかかってしまうような局所

的な修正やパーツの位置変更等に有効です。

 現時点ではボリュームメッシュには対応していませんが、順次

トリムメッシュ、ポリへドラルメッシュに対応していく予定です。

 効率的な可視化のためにデータフォーカス機能が追加され

ています。これは領域全体のセル値や境界値をXYプロット

で変数の相間という形でプロットしておき、そのプロットの範

囲を選択することで、シーン上の表示にフォーカスするという

機能です。

 これまでは同様のことを行うには、しきい値派生パーツを

使用していましたが、この機能により効率的に見たい部分を

可視化することができます。

 以下の例では、撹拌の度合いを上昇流と下降流に分けて評価

しています。

 物理モデルの拡張では大きなものでは、DEM粒子の拡張、

オイラー混相流による固体粒子のエロージョン評価、FEM構

造解析における回転座標系の追加、燃焼モデルの拡張等が挙

げられます。

 DEM粒子ではこれまで複合粒子を使って実現していた円筒

状粒子モデルが追加されました。これは単一の粒子として扱

われるため、計算コストが低く、形状再現性が良くなります。

タブ状の固体やコインのモデル化が想定されます。

 注意点としては単一粒子のときのようにオプションモデル

が有効ではないことです。線形凝集やエネルギー輸送は制

限事項となっているため、まずは粒子同士の運動としての相

互作用を見るという用途になります。

 FEM構造解析では回転体に対する構造解析/FSIに対応する

ために、回転座標系の定義が可能になりました。

 燃焼モデルでは、詳細化学反応を解くソルバーとしてCVODE

ソルバーが追加され、さらに反応計算を高速化するためのクラス

タリング(濃度値、温度値が近いセルの反応をまとめて取扱い、

反応計算の負荷を下げる処理)が搭載されています。従来の

DARS-CFDソルバーやISATも利用可能ですが、今後STAR-CCM+

の燃焼/反応計算の主力機能としてさらに拡張される予定です。

物理モデル

【文責 : CD-adapco ポストセールス 佐藤 誠】

図6 : 下降流だけをフォーカスした混合度合

図5 : 上昇流だけをフォーカスした混合度合

図7 : DEMの円筒粒子

図8 : 回転座標系を定義した固体の応力解析

6ISSUE 04

Page 8: 04 JAPAN EDITION ISSUE - MDXmdx2.plm.automation.siemens.com/sites/default/files/... · 2018-05-06 · ことがありますが、解析をしてみるとその範囲が広がるという

 車両は、雪、高温、雨、洪水などの最も

厳しい環境でも可能な限り機能するよう

に設計されています。1年を通して日が

差し、暖かいそよ風が吹くような気候に

恵まれていない限り、冠水した道路を身

動きがとれなくなりませんようにと祈り

つつ、びくびくしながら運転した経験が

あるのではないでしょうか。冠水した道

路を通らないことが望ましいとはいえ、

必ずしも避けられるわけではありませ

ん。自動車がこのようなシナリオでも安

定性と機能性を維持できること(英語で

“Wade”と言います)が非常に重要です。これは、車体底面の部品、バンパーカ

バー、電子回路、吸気(ハイドロロックの

原因)、エンジンにも悪影響を及ぼしま

す。どの自動車も水中走行機能を備える

ように設計されていますが、さまざまな

水深を走行する能力は設計によって異な

ります。この記事では、Jaguar Land

Rover(JLR)社が車両の冠水路走行テス

トにおいて数値シミュレーションを革新

的に使用して水中走行の性能向上を実

現した内容について説 明します。

 数値シミュレーションが大きな役割を

果たす車体の空気力学的な設計とは異

なり、水中走行の性能を解析し確立する

ための設計手順は依然として車体の冠

水路走行試験だけです。この試験では、

さまざまな速度、さまざまな水深で自動

車を運転します。多くの場合、部品の車

体底面での設計および配置とシャーシ

の構造設計は、冠水路走行試験が開始

される前にすでに決定しており、数値シ

ミュレーションは使用されません。この

ことが、故障モードの検出の遅れ、費用

のかかる設計変更、テストのコストと時

間の増加につながり、作業工程に影響

を及ぼします。

 車両の水中走行試験用として定評の

あるコンピュータ支援エンジニアリング

(CAE)プロセスは、故障モードを早期段

階で特定し、車体底面の部品の構造的

完全性に関する洞察を提供し、複数の

設計の信頼性の高い解析が実行できる

ため、最終的に最適解に対する試験と

なります。車両の水中走行機能と部品の

構造的完全性の向上に加え、数値シミュ

レーションを使用することでコストと時

間が大幅に削減されます。

 車両の水中走行試験の数値シミュ

レーションは、製造環境の初期段階で

Overseas User Cases 13

使用されます。ここで使用される手順は

依然として冠水路走行試験だけです。こ

のため、車両の水中走行におけるベスト

プラクティスおよび CAEの使用に関す

る文献は限られています。Zheng氏や

その他の方による論文[1]が、JLRによ

るCAEプロセスの開発に関する主要参

考文献です。また、JLRはこのトピックに

関する文献を発行した最初のOEMです。

このプロセスに必要なのは、車体底面の

部品の故障モードを設計の早期段階で

特定し、車両の性能と完全性に及ぼす影

響を認識することでした。

 JLR の現在のテスト手順では、斜面を

運転して水路に入り、もう一方の斜面を

使用して水路から出ます。テストはさま

ざまな速度と水深で行われます。速度と

水深の多くの組み合わせにより、安定

性、水はねのパターン、車両前部の波の

形成において異なる挙動が示されます。

 数値シミュレーションにより、JLRは、こ

れらのさまざまな動作を理解し、車体底

面の設計を最適化することを目指します。

 過去の文献または手順がないため、JLR

での最初の課題は、車両の水中での動き

を正確にモデリングできる計算ツールを

特定することでした。STAR-CCM+® が

候補の1つであり、それ以外に粒子法

(SPH)のコードとNavier-Stokesベースの

商用コードが候補として挙がりました。

 車両と水の動きは互いに相互作用を

受けるため、CAEプロセスは車体底部の

部品への過渡圧力を正確にシミュレー

トする必要がありました。故障モードを

正確に特定するために、ツールは車両の

動きを完全な非定常解析でモデル化す

る必要がありました。各ツールの検討が

慎重に行われ、最終的に自動車業界で

の高い実績が証明済みであること、複雑

な運動を簡単にモデル化することがで

きるオーバーセットメッシュ機能、水中

走行時の空気と水の相互作用を表現す

るために必要な、十分に検証された

Volume of Fluid(VOF)機能を有してい

ることにより、STAR-CCM+が圧倒的勝

者となりました。

 運動のモデル化は、確実かつ可能な限

りテストシナリオに近いものでなければ

なりませんでした。STAR-CCM+を圧倒

的勝者としたのは、このオーバーセット

メッシュ機能でした。本技術では、車両

(オーバーセット領域)用とバックグラウ

ンドドメイン用の2つの異なるメッシュド

メインが使用されます。このキメラメッ

シュ技術は、オーバーセット領域と重な

り合うバックグラウンドグリッドの領域

を切り取り、補間を通じて相互通信でき

る 2つの領域間の境界セル(アクセプタ

セル)を残します。これにより、大きな運

動を確実で正確な方法で処理できます。

 オーバーセットメッシュ・アプローチ

を車両の水中走行シミュレーションに適

用する前に、進水する物体の動きを対象

とした検証を行うことが必要不可欠とな

りました。この目的のために、JLRは、試

験水槽でテストできるよう、車両の1つを

矩形ブロックとして模擬した実験を行い

ました。実験では、非定常の圧力データ

を収集するために6つの圧力センサー

がブロックに配置されました。このデー

タをCFD結果と比較することで数値計

算アプローチを検証できます。実験に用

いた矩形ブロックの大きさは1000mm×

400mm×500mm、水深50mm、100mm、

180mm、速度0.87m/秒と1.86m/秒の

条件で行いました。

 図1にSTAR-CCM+でのヘキサメッシュによるブロック周りのオーバーセットメッ

シュ分布を示します。

 海 洋 業 界で 十 分 に 検 証 済み の

STAR-CCM+のSST k-omega乱流モデル

をVolume of Fraction(VOF)モデルと共に

使用し、空気と水の相互作用を再現しまし

た。圧力モニターは、シミュレーションでも

6つの圧力センサーとまったく同じ位置に

設定しました。図2に試験水槽とシミュレーションの両方での浸水深さ180mm、

速度1.85m/秒の矩形ブロックを示します。

このように実験でのブロック周囲の水位

の傾向が計算でも良く捉えられていま

す。図3に水深180mm、速度1.85m/秒における6つのセンサー位置でのピーク

圧力データ(mmH2O単位)の実験とシ

ミュレーションの比較結果を示します。

すべてのシナリオでのシミュレーション

結果と実験結果の違いは10%以内で、許

容範囲とみなされます。さらに、CFD

(0.158m)と実験(0.16m)の水位の比較

も納得のいくものであり、このシミュレー

ション手法の正当性が証明されました。

 シミュレーション手法が検証された

後、JLRは車両の冠水路走行試験および

モデリングへと進みました。

 冠水路走行試験にはJaguar XJが使用

され、ベッドフォードシャー州のMillbrook

Vehicle Proving Groundの冠水路で実施

されました。16個の防水圧力変換器が底

面パネル(図4)とバンパーに取り付けられました。保護用のステンレス製のメッシュ

がセンサーダイアフラムを保護します。

 データ取得および信号処理システムが

車両後方に設置され、電気信号線をシー

ルドすることでテストデータへの影響が

最小限に抑えられました。さまざまな速

度と走行水深がテストされました。車両

は停止状態から開始します。データ取得

は車両が進水する前から始め、車両の

停止とともに終了しました。

 テスト環境を正確にモデル化するた

め、車両とウェイドトラフのCADは、

HypermeshとANSAで 構 築およびク

リーンアップされ、STAR-CCM+に取り

込まれました。車両を斜面の入り口に合

わせ、車輪は回転できるように浮かせた

状態にしました(図5)。車両の周囲の矩形ドメインは、動的オーバーセット領域

となるように作成し、ドメインの残りの

部分は静的なバックグラウンド領域とし

てモデリングしました。冷却パック(イン

タークーラー、コンデンサー、ラジエー

ター)は、STAR-CCM+の熱交換器モ

デルを用いて重なり合ったセル間の熱

交換を計算するためにポーラスモデル

を用いた個別ドメインとしてモデル化し

ました。

 ヘキサのトリムメッシュは、冷却パック、水

の領域、車両の動作経路の周囲に適切に

微調整されて自動で生成しました。最終的

なメッシュ数は約4,000万セルでした。

 流れ場を計算する解法として分離型

の陰解法非定常ソルバーを使用し、混相

流モデルとしてVOFモデルを使用しま

した。乱流モデルにはSST k-omegaモ

デルを使用し、ポーラス領域には試験

データで得られた慣性および粘性抵抗

係数を入力しました。また、境界条件と

して領域入口で速度入口、側面と上面

は圧力出口として規定しました。テスト

条件をモデル化するために回転(水路

に入る間)および並進運動が車両に対し

て規定され、接線方向の壁面速度条件

が局所座標系を用いて所定の回転数が

車輪に与えられています。結果を比較す

るために、シミュレーションでも16個の

圧力モニターを実験と同じ位置に設定

しました。

 図6に水深450mm、速度1.944m/秒でのCFDとテストのセンサー 2(アンダー

トレー)の非定常圧力データの比較結果

を示します。すべてのシナリオにおいて

CFDによる非定常圧力データはテスト

データと比較して許容できる誤差範囲

内でした(特にアンダートレーのような

硬質な部品では)。エアロフリップなどの

柔らかい部品では、数値結果は実験

データよりも大幅に高くなりました。こ

れは予期される結果です。これらはシ

ミュレーションで硬い筐体としてモデリ

ングしましたが、テストでは荷重により

たわみが発生し、圧力が低下するためで

す。車両前部の波の構造も、CFDと実験

で結果が良好に一致しました。

 STAR-CCM+を使用するメリットの1つ

は、SIMULIA社のFinite Element Analysis

(FEA)構造解析ソルバーであるAbaqusと

完全に連携された双方向の流体-構造

連成解析(FSI)が可能となることです。

 STAR-CCM+からの圧力データはさま

ざまな時間間隔でAbaqusにマッピン

グされ、さまざまな拘束箇所での荷重と

応力が高くなる箇所が特定されました。

早期段階で車体底面の設計を支援する

にあたり、この情報は不可欠です。JLR

は、流体と構造で片方向の連成解析を行

いましたが、将来的には双方向連成を実

施する予定です。Abaqusからの時間ス

テップ 0.675秒でのアンダートレーへの

ミーゼス応力分布を図8に示します。

 現在は、STAR-CCM+と機構解析(MBS)

ソルバーのSimpackを連成解析インター

フェースツールで結合することにより、完

全なマルチフィジックスの計算アプローチ

を簡素化モデルにより検証中です。これに

より、STAR-CCM+からの力とトルクを

Simpackに転送でき、車両が進水する際

に浮き上がる動作が計算されます。

 その後、Simpackは浮上中の対応す

る速度をSTAR-CCM+に返します。

 JLRは数値シミュレーションを使用し

た車両の冠水路走行試験のための革新

的なプロセスを開発しました。OEM間で

この種の作業が公開されたのはこれが初

めてです。STAR-CCM+のオーバーセット

メッシュ機能と高度な物理モデルによ

り、JLRは仮想テストをプロセスに統合す

ることに成功し、車体底部の部品の負荷

と潜在的な故障モードに関する適切な洞

察を早期段階で得ることができました。

将来的には、CFDだけでなくFSIとMBS

の連成解析が追加され、冠水路走行試験

用のより正確な仮想試験台が実現される

予定です。故障モードの早期検出、複数の

設計の調査が可能、実験コストの削減、

作業工程の遅延の減少、水中走行性能の

向上など、数多くのメリットがあります。

はじめに

適切なシミュレーションツールの選択

陸上輸送 ̶ 降っても晴れても

降っても晴れても̶ JAGUAR LAND ROVER車両の冠水路走行試験のための革新的なアプローチ

PRASHANT KHAPANE、UDAY GANESHWADEJaguar Land Rover

PRASHANTH SHANKARACD-adapco

7 ISSUE 04

Page 9: 04 JAPAN EDITION ISSUE - MDXmdx2.plm.automation.siemens.com/sites/default/files/... · 2018-05-06 · ことがありますが、解析をしてみるとその範囲が広がるという

 車両は、雪、高温、雨、洪水などの最も

厳しい環境でも可能な限り機能するよう

に設計されています。1年を通して日が

差し、暖かいそよ風が吹くような気候に

恵まれていない限り、冠水した道路を身

動きがとれなくなりませんようにと祈り

つつ、びくびくしながら運転した経験が

あるのではないでしょうか。冠水した道

路を通らないことが望ましいとはいえ、

必ずしも避けられるわけではありませ

ん。自動車がこのようなシナリオでも安

定性と機能性を維持できること(英語で

“Wade”と言います)が非常に重要です。これは、車体底面の部品、バンパーカ

バー、電子回路、吸気(ハイドロロックの

原因)、エンジンにも悪影響を及ぼしま

す。どの自動車も水中走行機能を備える

ように設計されていますが、さまざまな

水深を走行する能力は設計によって異な

ります。この記事では、Jaguar Land

Rover(JLR)社が車両の冠水路走行テス

トにおいて数値シミュレーションを革新

的に使用して水中走行の性能向上を実

現した内容について説 明します。

 数値シミュレーションが大きな役割を

果たす車体の空気力学的な設計とは異

なり、水中走行の性能を解析し確立する

ための設計手順は依然として車体の冠

水路走行試験だけです。この試験では、

さまざまな速度、さまざまな水深で自動

車を運転します。多くの場合、部品の車

体底面での設計および配置とシャーシ

の構造設計は、冠水路走行試験が開始

される前にすでに決定しており、数値シ

ミュレーションは使用されません。この

ことが、故障モードの検出の遅れ、費用

のかかる設計変更、テストのコストと時

間の増加につながり、作業工程に影響

を及ぼします。

 車両の水中走行試験用として定評の

あるコンピュータ支援エンジニアリング

(CAE)プロセスは、故障モードを早期段

階で特定し、車体底面の部品の構造的

完全性に関する洞察を提供し、複数の

設計の信頼性の高い解析が実行できる

ため、最終的に最適解に対する試験と

なります。車両の水中走行機能と部品の

構造的完全性の向上に加え、数値シミュ

レーションを使用することでコストと時

間が大幅に削減されます。

 車両の水中走行試験の数値シミュ

レーションは、製造環境の初期段階で

使用されます。ここで使用される手順は

依然として冠水路走行試験だけです。こ

のため、車両の水中走行におけるベスト

プラクティスおよび CAEの使用に関す

る文献は限られています。Zheng氏や

その他の方による論文[1]が、JLRによ

るCAEプロセスの開発に関する主要参

考文献です。また、JLRはこのトピックに

関する文献を発行した最初のOEMです。

このプロセスに必要なのは、車体底面の

部品の故障モードを設計の早期段階で

特定し、車両の性能と完全性に及ぼす影

響を認識することでした。

 JLR の現在のテスト手順では、斜面を

運転して水路に入り、もう一方の斜面を

使用して水路から出ます。テストはさま

ざまな速度と水深で行われます。速度と

水深の多くの組み合わせにより、安定

性、水はねのパターン、車両前部の波の

形成において異なる挙動が示されます。

 数値シミュレーションにより、JLRは、こ

れらのさまざまな動作を理解し、車体底

面の設計を最適化することを目指します。

 過去の文献または手順がないため、JLR

での最初の課題は、車両の水中での動き

を正確にモデリングできる計算ツールを

特定することでした。STAR-CCM+® が

候補の1つであり、それ以外に粒子法

(SPH)のコードとNavier-Stokesベースの

商用コードが候補として挙がりました。

 車両と水の動きは互いに相互作用を

受けるため、CAEプロセスは車体底部の

部品への過渡圧力を正確にシミュレー

トする必要がありました。故障モードを

正確に特定するために、ツールは車両の

動きを完全な非定常解析でモデル化す

る必要がありました。各ツールの検討が

慎重に行われ、最終的に自動車業界で

の高い実績が証明済みであること、複雑

な運動を簡単にモデル化することがで

きるオーバーセットメッシュ機能、水中

走行時の空気と水の相互作用を表現す

るために必要な、十分に検証された

Volume of Fluid(VOF)機能を有してい

ることにより、STAR-CCM+が圧倒的勝

者となりました。

 運動のモデル化は、確実かつ可能な限

りテストシナリオに近いものでなければ

なりませんでした。STAR-CCM+を圧倒

的勝者としたのは、このオーバーセット

メッシュ機能でした。本技術では、車両

(オーバーセット領域)用とバックグラウ

ンドドメイン用の2つの異なるメッシュド

メインが使用されます。このキメラメッ

シュ技術は、オーバーセット領域と重な

り合うバックグラウンドグリッドの領域

を切り取り、補間を通じて相互通信でき

る 2つの領域間の境界セル(アクセプタ

セル)を残します。これにより、大きな運

動を確実で正確な方法で処理できます。

 オーバーセットメッシュ・アプローチ

を車両の水中走行シミュレーションに適

用する前に、進水する物体の動きを対象

とした検証を行うことが必要不可欠とな

りました。この目的のために、JLRは、試

験水槽でテストできるよう、車両の1つを

矩形ブロックとして模擬した実験を行い

ました。実験では、非定常の圧力データ

を収集するために6つの圧力センサー

がブロックに配置されました。このデー

タをCFD結果と比較することで数値計

算アプローチを検証できます。実験に用

いた矩形ブロックの大きさは1000mm×

400mm×500mm、水深50mm、100mm、

180mm、速度0.87m/秒と1.86m/秒の

条件で行いました。

 図1にSTAR-CCM+でのヘキサメッシュによるブロック周りのオーバーセットメッ

シュ分布を示します。

 海 洋 業 界で 十 分 に 検 証 済み の

STAR-CCM+のSST k-omega乱流モデル

をVolume of Fraction(VOF)モデルと共に

使用し、空気と水の相互作用を再現しまし

た。圧力モニターは、シミュレーションでも

6つの圧力センサーとまったく同じ位置に

設定しました。図2に試験水槽とシミュレーションの両方での浸水深さ180mm、

速度1.85m/秒の矩形ブロックを示します。

このように実験でのブロック周囲の水位

の傾向が計算でも良く捉えられていま

す。図3に水深180mm、速度1.85m/秒における6つのセンサー位置でのピーク

圧力データ(mmH2O単位)の実験とシ

ミュレーションの比較結果を示します。

すべてのシナリオでのシミュレーション

結果と実験結果の違いは10%以内で、許

容範囲とみなされます。さらに、CFD

(0.158m)と実験(0.16m)の水位の比較

も納得のいくものであり、このシミュレー

ション手法の正当性が証明されました。

 シミュレーション手法が検証された

後、JLRは車両の冠水路走行試験および

モデリングへと進みました。

 冠水路走行試験にはJaguar XJが使用

され、ベッドフォードシャー州のMillbrook

Vehicle Proving Groundの冠水路で実施

されました。16個の防水圧力変換器が底

面パネル(図4)とバンパーに取り付けられました。保護用のステンレス製のメッシュ

がセンサーダイアフラムを保護します。

 データ取得および信号処理システムが

車両後方に設置され、電気信号線をシー

ルドすることでテストデータへの影響が

最小限に抑えられました。さまざまな速

度と走行水深がテストされました。車両

は停止状態から開始します。データ取得

は車両が進水する前から始め、車両の

停止とともに終了しました。

 テスト環境を正確にモデル化するた

め、車両とウェイドトラフのCADは、

HypermeshとANSAで 構 築およびク

リーンアップされ、STAR-CCM+に取り

図1 オーバーセットメッシュと解析領域の中心断面

込まれました。車両を斜面の入り口に合

わせ、車輪は回転できるように浮かせた

状態にしました(図5)。車両の周囲の矩形ドメインは、動的オーバーセット領域

となるように作成し、ドメインの残りの

部分は静的なバックグラウンド領域とし

てモデリングしました。冷却パック(イン

タークーラー、コンデンサー、ラジエー

ター)は、STAR-CCM+の熱交換器モ

デルを用いて重なり合ったセル間の熱

交換を計算するためにポーラスモデル

を用いた個別ドメインとしてモデル化し

ました。

 ヘキサのトリムメッシュは、冷却パック、水

の領域、車両の動作経路の周囲に適切に

微調整されて自動で生成しました。最終的

なメッシュ数は約4,000万セルでした。

 流れ場を計算する解法として分離型

の陰解法非定常ソルバーを使用し、混相

流モデルとしてVOFモデルを使用しま

した。乱流モデルにはSST k-omegaモ

デルを使用し、ポーラス領域には試験

データで得られた慣性および粘性抵抗

係数を入力しました。また、境界条件と

して領域入口で速度入口、側面と上面

は圧力出口として規定しました。テスト

条件をモデル化するために回転(水路

に入る間)および並進運動が車両に対し

て規定され、接線方向の壁面速度条件

が局所座標系を用いて所定の回転数が

車輪に与えられています。結果を比較す

るために、シミュレーションでも16個の

圧力モニターを実験と同じ位置に設定

しました。

 図6に水深450mm、速度1.944m/秒でのCFDとテストのセンサー 2(アンダー

トレー)の非定常圧力データの比較結果

を示します。すべてのシナリオにおいて

CFDによる非定常圧力データはテスト

データと比較して許容できる誤差範囲

内でした(特にアンダートレーのような

硬質な部品では)。エアロフリップなどの

柔らかい部品では、数値結果は実験

データよりも大幅に高くなりました。こ

れは予期される結果です。これらはシ

ミュレーションで硬い筐体としてモデリ

ングしましたが、テストでは荷重により

たわみが発生し、圧力が低下するためで

す。車両前部の波の構造も、CFDと実験

で結果が良好に一致しました。

 STAR-CCM+を使用するメリットの1つ

は、SIMULIA社のFinite Element Analysis

(FEA)構造解析ソルバーであるAbaqusと

完全に連携された双方向の流体-構造

連成解析(FSI)が可能となることです。

 STAR-CCM+からの圧力データはさま

ざまな時間間隔でAbaqusにマッピン

グされ、さまざまな拘束箇所での荷重と

応力が高くなる箇所が特定されました。

早期段階で車体底面の設計を支援する

にあたり、この情報は不可欠です。JLR

は、流体と構造で片方向の連成解析を行

いましたが、将来的には双方向連成を実

施する予定です。Abaqusからの時間ス

テップ 0.675秒でのアンダートレーへの

ミーゼス応力分布を図8に示します。

 現在は、STAR-CCM+と機構解析(MBS)

ソルバーのSimpackを連成解析インター

フェースツールで結合することにより、完

全なマルチフィジックスの計算アプローチ

を簡素化モデルにより検証中です。これに

より、STAR-CCM+からの力とトルクを

Simpackに転送でき、車両が進水する際

に浮き上がる動作が計算されます。

 その後、Simpackは浮上中の対応す

る速度をSTAR-CCM+に返します。

 JLRは数値シミュレーションを使用し

た車両の冠水路走行試験のための革新

的なプロセスを開発しました。OEM間で

この種の作業が公開されたのはこれが初

めてです。STAR-CCM+のオーバーセット

メッシュ機能と高度な物理モデルによ

り、JLRは仮想テストをプロセスに統合す

ることに成功し、車体底部の部品の負荷

と潜在的な故障モードに関する適切な洞

察を早期段階で得ることができました。

将来的には、CFDだけでなくFSIとMBS

の連成解析が追加され、冠水路走行試験

用のより正確な仮想試験台が実現される

予定です。故障モードの早期検出、複数の

設計の調査が可能、実験コストの削減、

作業工程の遅延の減少、水中走行性能の

向上など、数多くのメリットがあります。

図2 浸水深さ180mm、速度1.85m/秒でのシミュレーション結果(右)と実験(左)の比較

オーバーセットメッシュの検証

8ISSUE 04

Page 10: 04 JAPAN EDITION ISSUE - MDXmdx2.plm.automation.siemens.com/sites/default/files/... · 2018-05-06 · ことがありますが、解析をしてみるとその範囲が広がるという

 車両は、雪、高温、雨、洪水などの最も

厳しい環境でも可能な限り機能するよう

に設計されています。1年を通して日が

差し、暖かいそよ風が吹くような気候に

恵まれていない限り、冠水した道路を身

動きがとれなくなりませんようにと祈り

つつ、びくびくしながら運転した経験が

あるのではないでしょうか。冠水した道

路を通らないことが望ましいとはいえ、

必ずしも避けられるわけではありませ

ん。自動車がこのようなシナリオでも安

定性と機能性を維持できること(英語で

“Wade”と言います)が非常に重要です。これは、車体底面の部品、バンパーカ

バー、電子回路、吸気(ハイドロロックの

原因)、エンジンにも悪影響を及ぼしま

す。どの自動車も水中走行機能を備える

ように設計されていますが、さまざまな

水深を走行する能力は設計によって異な

ります。この記事では、Jaguar Land

Rover(JLR)社が車両の冠水路走行テス

トにおいて数値シミュレーションを革新

的に使用して水中走行の性能向上を実

現した内容について説 明します。

 数値シミュレーションが大きな役割を

果たす車体の空気力学的な設計とは異

なり、水中走行の性能を解析し確立する

ための設計手順は依然として車体の冠

水路走行試験だけです。この試験では、

さまざまな速度、さまざまな水深で自動

車を運転します。多くの場合、部品の車

体底面での設計および配置とシャーシ

の構造設計は、冠水路走行試験が開始

される前にすでに決定しており、数値シ

ミュレーションは使用されません。この

ことが、故障モードの検出の遅れ、費用

のかかる設計変更、テストのコストと時

間の増加につながり、作業工程に影響

を及ぼします。

 車両の水中走行試験用として定評の

あるコンピュータ支援エンジニアリング

(CAE)プロセスは、故障モードを早期段

階で特定し、車体底面の部品の構造的

完全性に関する洞察を提供し、複数の

設計の信頼性の高い解析が実行できる

ため、最終的に最適解に対する試験と

なります。車両の水中走行機能と部品の

構造的完全性の向上に加え、数値シミュ

レーションを使用することでコストと時

間が大幅に削減されます。

 車両の水中走行試験の数値シミュ

レーションは、製造環境の初期段階で

3

使用されます。ここで使用される手順は

依然として冠水路走行試験だけです。こ

のため、車両の水中走行におけるベスト

プラクティスおよび CAEの使用に関す

る文献は限られています。Zheng氏や

その他の方による論文[1]が、JLRによ

るCAEプロセスの開発に関する主要参

考文献です。また、JLRはこのトピックに

関する文献を発行した最初のOEMです。

このプロセスに必要なのは、車体底面の

部品の故障モードを設計の早期段階で

特定し、車両の性能と完全性に及ぼす影

響を認識することでした。

 JLR の現在のテスト手順では、斜面を

運転して水路に入り、もう一方の斜面を

使用して水路から出ます。テストはさま

ざまな速度と水深で行われます。速度と

水深の多くの組み合わせにより、安定

性、水はねのパターン、車両前部の波の

形成において異なる挙動が示されます。

 数値シミュレーションにより、JLRは、こ

れらのさまざまな動作を理解し、車体底

面の設計を最適化することを目指します。

 過去の文献または手順がないため、JLR

での最初の課題は、車両の水中での動き

を正確にモデリングできる計算ツールを

特定することでした。STAR-CCM+® が

候補の1つであり、それ以外に粒子法

(SPH)のコードとNavier-Stokesベースの

商用コードが候補として挙がりました。

 車両と水の動きは互いに相互作用を

受けるため、CAEプロセスは車体底部の

部品への過渡圧力を正確にシミュレー

トする必要がありました。故障モードを

正確に特定するために、ツールは車両の

動きを完全な非定常解析でモデル化す

る必要がありました。各ツールの検討が

慎重に行われ、最終的に自動車業界で

の高い実績が証明済みであること、複雑

な運動を簡単にモデル化することがで

きるオーバーセットメッシュ機能、水中

走行時の空気と水の相互作用を表現す

るために必要な、十分に検証された

Volume of Fluid(VOF)機能を有してい

ることにより、STAR-CCM+が圧倒的勝

者となりました。

 運動のモデル化は、確実かつ可能な限

りテストシナリオに近いものでなければ

なりませんでした。STAR-CCM+を圧倒

的勝者としたのは、このオーバーセット

メッシュ機能でした。本技術では、車両

(オーバーセット領域)用とバックグラウ

ンドドメイン用の2つの異なるメッシュド

メインが使用されます。このキメラメッ

シュ技術は、オーバーセット領域と重な

り合うバックグラウンドグリッドの領域

を切り取り、補間を通じて相互通信でき

る 2つの領域間の境界セル(アクセプタ

セル)を残します。これにより、大きな運

動を確実で正確な方法で処理できます。

 オーバーセットメッシュ・アプローチ

を車両の水中走行シミュレーションに適

用する前に、進水する物体の動きを対象

とした検証を行うことが必要不可欠とな

りました。この目的のために、JLRは、試

験水槽でテストできるよう、車両の1つを

矩形ブロックとして模擬した実験を行い

ました。実験では、非定常の圧力データ

を収集するために6つの圧力センサー

がブロックに配置されました。このデー

タをCFD結果と比較することで数値計

算アプローチを検証できます。実験に用

いた矩形ブロックの大きさは1000mm×

400mm×500mm、水深50mm、100mm、

180mm、速度0.87m/秒と1.86m/秒の

条件で行いました。

 図1にSTAR-CCM+でのヘキサメッシュによるブロック周りのオーバーセットメッ

シュ分布を示します。

 海 洋 業 界で 十 分 に 検 証 済み の

STAR-CCM+のSST k-omega乱流モデル

をVolume of Fraction(VOF)モデルと共に

使用し、空気と水の相互作用を再現しまし

た。圧力モニターは、シミュレーションでも

6つの圧力センサーとまったく同じ位置に

設定しました。図2に試験水槽とシミュレーションの両方での浸水深さ180mm、

速度1.85m/秒の矩形ブロックを示します。

このように実験でのブロック周囲の水位

の傾向が計算でも良く捉えられていま

す。図3に水深180mm、速度1.85m/秒における6つのセンサー位置でのピーク

圧力データ(mmH2O単位)の実験とシ

ミュレーションの比較結果を示します。

すべてのシナリオでのシミュレーション

結果と実験結果の違いは10%以内で、許

容範囲とみなされます。さらに、CFD

(0.158m)と実験(0.16m)の水位の比較

も納得のいくものであり、このシミュレー

ション手法の正当性が証明されました。

 シミュレーション手法が検証された

後、JLRは車両の冠水路走行試験および

モデリングへと進みました。

 冠水路走行試験にはJaguar XJが使用

され、ベッドフォードシャー州のMillbrook

Vehicle Proving Groundの冠水路で実施

されました。16個の防水圧力変換器が底

面パネル(図4)とバンパーに取り付けられました。保護用のステンレス製のメッシュ

がセンサーダイアフラムを保護します。

 データ取得および信号処理システムが

車両後方に設置され、電気信号線をシー

ルドすることでテストデータへの影響が

最小限に抑えられました。さまざまな速

度と走行水深がテストされました。車両

は停止状態から開始します。データ取得

は車両が進水する前から始め、車両の

停止とともに終了しました。

 テスト環境を正確にモデル化するた

め、車両とウェイドトラフのCADは、

HypermeshとANSAで 構 築およびク

リーンアップされ、STAR-CCM+に取り

図3 水深180mm、速度1.85m/秒におけるセンサー位置でのピーク圧力データ(mmH2O 単位)の比較

図6 水深450mm、速度1.944m/秒におけるセンサー2(アンダートレー)での非定常圧力データの比較

図5 STAR-CCM+での車両、車輪、初期水の運動の定義 図4 車両アンダートレーのセンサー位置(白いマーク)

Overseas User Cases 1

込まれました。車両を斜面の入り口に合

わせ、車輪は回転できるように浮かせた

状態にしました(図5)。車両の周囲の矩形ドメインは、動的オーバーセット領域

となるように作成し、ドメインの残りの

部分は静的なバックグラウンド領域とし

てモデリングしました。冷却パック(イン

タークーラー、コンデンサー、ラジエー

ター)は、STAR-CCM+の熱交換器モ

デルを用いて重なり合ったセル間の熱

交換を計算するためにポーラスモデル

を用いた個別ドメインとしてモデル化し

ました。

 ヘキサのトリムメッシュは、冷却パック、水

の領域、車両の動作経路の周囲に適切に

微調整されて自動で生成しました。最終的

なメッシュ数は約4,000万セルでした。

 流れ場を計算する解法として分離型

の陰解法非定常ソルバーを使用し、混相

流モデルとしてVOFモデルを使用しま

した。乱流モデルにはSST k-omegaモ

デルを使用し、ポーラス領域には試験

データで得られた慣性および粘性抵抗

係数を入力しました。また、境界条件と

して領域入口で速度入口、側面と上面

は圧力出口として規定しました。テスト

条件をモデル化するために回転(水路

に入る間)および並進運動が車両に対し

て規定され、接線方向の壁面速度条件

が局所座標系を用いて所定の回転数が

車輪に与えられています。結果を比較す

るために、シミュレーションでも16個の

圧力モニターを実験と同じ位置に設定

しました。

 図6に水深450mm、速度1.944m/秒でのCFDとテストのセンサー 2(アンダー

トレー)の非定常圧力データの比較結果

を示します。すべてのシナリオにおいて

CFDによる非定常圧力データはテスト

データと比較して許容できる誤差範囲

内でした(特にアンダートレーのような

硬質な部品では)。エアロフリップなどの

柔らかい部品では、数値結果は実験

データよりも大幅に高くなりました。こ

れは予期される結果です。これらはシ

ミュレーションで硬い筐体としてモデリ

ングしましたが、テストでは荷重により

たわみが発生し、圧力が低下するためで

す。車両前部の波の構造も、CFDと実験

で結果が良好に一致しました。

 STAR-CCM+を使用するメリットの1つ

は、SIMULIA社のFinite Element Analysis

(FEA)構造解析ソルバーであるAbaqusと

完全に連携された双方向の流体-構造

連成解析(FSI)が可能となることです。

 STAR-CCM+からの圧力データはさま

ざまな時間間隔でAbaqusにマッピン

グされ、さまざまな拘束箇所での荷重と

応力が高くなる箇所が特定されました。

早期段階で車体底面の設計を支援する

にあたり、この情報は不可欠です。JLR

は、流体と構造で片方向の連成解析を行

いましたが、将来的には双方向連成を実

施する予定です。Abaqusからの時間ス

テップ 0.675秒でのアンダートレーへの

ミーゼス応力分布を図8に示します。

 現在は、STAR-CCM+と機構解析(MBS)

ソルバーのSimpackを連成解析インター

フェースツールで結合することにより、完

全なマルチフィジックスの計算アプローチ

を簡素化モデルにより検証中です。これに

より、STAR-CCM+からの力とトルクを

Simpackに転送でき、車両が進水する際

に浮き上がる動作が計算されます。

 その後、Simpackは浮上中の対応す

る速度をSTAR-CCM+に返します。

 JLRは数値シミュレーションを使用し

た車両の冠水路走行試験のための革新

的なプロセスを開発しました。OEM間で

この種の作業が公開されたのはこれが初

めてです。STAR-CCM+のオーバーセット

メッシュ機能と高度な物理モデルによ

り、JLRは仮想テストをプロセスに統合す

ることに成功し、車体底部の部品の負荷

と潜在的な故障モードに関する適切な洞

察を早期段階で得ることができました。

将来的には、CFDだけでなくFSIとMBS

の連成解析が追加され、冠水路走行試験

用のより正確な仮想試験台が実現される

予定です。故障モードの早期検出、複数の

設計の調査が可能、実験コストの削減、

作業工程の遅延の減少、水中走行性能の

向上など、数多くのメリットがあります。

車両テスト

車両の水中走行のCFDモデリング

9 ISSUE 04

陸上輸送 ̶ 降っても晴れても

Page 11: 04 JAPAN EDITION ISSUE - MDXmdx2.plm.automation.siemens.com/sites/default/files/... · 2018-05-06 · ことがありますが、解析をしてみるとその範囲が広がるという

 車両は、雪、高温、雨、洪水などの最も

厳しい環境でも可能な限り機能するよう

に設計されています。1年を通して日が

差し、暖かいそよ風が吹くような気候に

恵まれていない限り、冠水した道路を身

動きがとれなくなりませんようにと祈り

つつ、びくびくしながら運転した経験が

あるのではないでしょうか。冠水した道

路を通らないことが望ましいとはいえ、

必ずしも避けられるわけではありませ

ん。自動車がこのようなシナリオでも安

定性と機能性を維持できること(英語で

“Wade”と言います)が非常に重要です。これは、車体底面の部品、バンパーカ

バー、電子回路、吸気(ハイドロロックの

原因)、エンジンにも悪影響を及ぼしま

す。どの自動車も水中走行機能を備える

ように設計されていますが、さまざまな

水深を走行する能力は設計によって異な

ります。この記事では、Jaguar Land

Rover(JLR)社が車両の冠水路走行テス

トにおいて数値シミュレーションを革新

的に使用して水中走行の性能向上を実

現した内容について説 明します。

 数値シミュレーションが大きな役割を

果たす車体の空気力学的な設計とは異

なり、水中走行の性能を解析し確立する

ための設計手順は依然として車体の冠

水路走行試験だけです。この試験では、

さまざまな速度、さまざまな水深で自動

車を運転します。多くの場合、部品の車

体底面での設計および配置とシャーシ

の構造設計は、冠水路走行試験が開始

される前にすでに決定しており、数値シ

ミュレーションは使用されません。この

ことが、故障モードの検出の遅れ、費用

のかかる設計変更、テストのコストと時

間の増加につながり、作業工程に影響

を及ぼします。

 車両の水中走行試験用として定評の

あるコンピュータ支援エンジニアリング

(CAE)プロセスは、故障モードを早期段

階で特定し、車体底面の部品の構造的

完全性に関する洞察を提供し、複数の

設計の信頼性の高い解析が実行できる

ため、最終的に最適解に対する試験と

なります。車両の水中走行機能と部品の

構造的完全性の向上に加え、数値シミュ

レーションを使用することでコストと時

間が大幅に削減されます。

 車両の水中走行試験の数値シミュ

レーションは、製造環境の初期段階で

使用されます。ここで使用される手順は

依然として冠水路走行試験だけです。こ

のため、車両の水中走行におけるベスト

プラクティスおよび CAEの使用に関す

る文献は限られています。Zheng氏や

その他の方による論文[1]が、JLRによ

るCAEプロセスの開発に関する主要参

考文献です。また、JLRはこのトピックに

関する文献を発行した最初のOEMです。

このプロセスに必要なのは、車体底面の

部品の故障モードを設計の早期段階で

特定し、車両の性能と完全性に及ぼす影

響を認識することでした。

 JLR の現在のテスト手順では、斜面を

運転して水路に入り、もう一方の斜面を

使用して水路から出ます。テストはさま

ざまな速度と水深で行われます。速度と

水深の多くの組み合わせにより、安定

性、水はねのパターン、車両前部の波の

形成において異なる挙動が示されます。

 数値シミュレーションにより、JLRは、こ

れらのさまざまな動作を理解し、車体底

面の設計を最適化することを目指します。

 過去の文献または手順がないため、JLR

での最初の課題は、車両の水中での動き

を正確にモデリングできる計算ツールを

特定することでした。STAR-CCM+® が

候補の1つであり、それ以外に粒子法

(SPH)のコードとNavier-Stokesベースの

商用コードが候補として挙がりました。

 車両と水の動きは互いに相互作用を

受けるため、CAEプロセスは車体底部の

部品への過渡圧力を正確にシミュレー

トする必要がありました。故障モードを

正確に特定するために、ツールは車両の

動きを完全な非定常解析でモデル化す

る必要がありました。各ツールの検討が

慎重に行われ、最終的に自動車業界で

の高い実績が証明済みであること、複雑

な運動を簡単にモデル化することがで

きるオーバーセットメッシュ機能、水中

走行時の空気と水の相互作用を表現す

るために必要な、十分に検証された

Volume of Fluid(VOF)機能を有してい

ることにより、STAR-CCM+が圧倒的勝

者となりました。

 運動のモデル化は、確実かつ可能な限

りテストシナリオに近いものでなければ

なりませんでした。STAR-CCM+を圧倒

的勝者としたのは、このオーバーセット

メッシュ機能でした。本技術では、車両

(オーバーセット領域)用とバックグラウ

ンドドメイン用の2つの異なるメッシュド

メインが使用されます。このキメラメッ

シュ技術は、オーバーセット領域と重な

り合うバックグラウンドグリッドの領域

を切り取り、補間を通じて相互通信でき

る 2つの領域間の境界セル(アクセプタ

セル)を残します。これにより、大きな運

動を確実で正確な方法で処理できます。

 オーバーセットメッシュ・アプローチ

を車両の水中走行シミュレーションに適

用する前に、進水する物体の動きを対象

とした検証を行うことが必要不可欠とな

りました。この目的のために、JLRは、試

験水槽でテストできるよう、車両の1つを

矩形ブロックとして模擬した実験を行い

ました。実験では、非定常の圧力データ

を収集するために6つの圧力センサー

がブロックに配置されました。このデー

タをCFD結果と比較することで数値計

算アプローチを検証できます。実験に用

いた矩形ブロックの大きさは1000mm×

400mm×500mm、水深50mm、100mm、

180mm、速度0.87m/秒と1.86m/秒の

条件で行いました。

 図1にSTAR-CCM+でのヘキサメッシュによるブロック周りのオーバーセットメッ

シュ分布を示します。

 海 洋 業 界で 十 分 に 検 証 済み の

STAR-CCM+のSST k-omega乱流モデル

をVolume of Fraction(VOF)モデルと共に

使用し、空気と水の相互作用を再現しまし

た。圧力モニターは、シミュレーションでも

6つの圧力センサーとまったく同じ位置に

設定しました。図2に試験水槽とシミュレーションの両方での浸水深さ180mm、

速度1.85m/秒の矩形ブロックを示します。

このように実験でのブロック周囲の水位

の傾向が計算でも良く捉えられていま

す。図3に水深180mm、速度1.85m/秒における6つのセンサー位置でのピーク

圧力データ(mmH2O単位)の実験とシ

ミュレーションの比較結果を示します。

すべてのシナリオでのシミュレーション

結果と実験結果の違いは10%以内で、許

容範囲とみなされます。さらに、CFD

(0.158m)と実験(0.16m)の水位の比較

も納得のいくものであり、このシミュレー

ション手法の正当性が証明されました。

 シミュレーション手法が検証された

後、JLRは車両の冠水路走行試験および

モデリングへと進みました。

 冠水路走行試験にはJaguar XJが使用

され、ベッドフォードシャー州のMillbrook

Vehicle Proving Groundの冠水路で実施

されました。16個の防水圧力変換器が底

面パネル(図4)とバンパーに取り付けられました。保護用のステンレス製のメッシュ

がセンサーダイアフラムを保護します。

 データ取得および信号処理システムが

車両後方に設置され、電気信号線をシー

ルドすることでテストデータへの影響が

最小限に抑えられました。さまざまな速

度と走行水深がテストされました。車両

は停止状態から開始します。データ取得

は車両が進水する前から始め、車両の

停止とともに終了しました。

 テスト環境を正確にモデル化するた

め、車両とウェイドトラフのCADは、

HypermeshとANSAで 構 築およびク

リーンアップされ、STAR-CCM+に取り

図8 T=0.675秒でのアンダートレーへのミーゼス応力分布

込まれました。車両を斜面の入り口に合

わせ、車輪は回転できるように浮かせた

状態にしました(図5)。車両の周囲の矩形ドメインは、動的オーバーセット領域

となるように作成し、ドメインの残りの

部分は静的なバックグラウンド領域とし

てモデリングしました。冷却パック(イン

タークーラー、コンデンサー、ラジエー

ター)は、STAR-CCM+の熱交換器モ

デルを用いて重なり合ったセル間の熱

交換を計算するためにポーラスモデル

を用いた個別ドメインとしてモデル化し

ました。

 ヘキサのトリムメッシュは、冷却パック、水

の領域、車両の動作経路の周囲に適切に

微調整されて自動で生成しました。最終的

なメッシュ数は約4,000万セルでした。

 流れ場を計算する解法として分離型

の陰解法非定常ソルバーを使用し、混相

流モデルとしてVOFモデルを使用しま

した。乱流モデルにはSST k-omegaモ

デルを使用し、ポーラス領域には試験

データで得られた慣性および粘性抵抗

係数を入力しました。また、境界条件と

して領域入口で速度入口、側面と上面

は圧力出口として規定しました。テスト

条件をモデル化するために回転(水路

に入る間)および並進運動が車両に対し

て規定され、接線方向の壁面速度条件

が局所座標系を用いて所定の回転数が

車輪に与えられています。結果を比較す

るために、シミュレーションでも16個の

圧力モニターを実験と同じ位置に設定

しました。

 図6に水深450mm、速度1.944m/秒でのCFDとテストのセンサー 2(アンダー

トレー)の非定常圧力データの比較結果

を示します。すべてのシナリオにおいて

CFDによる非定常圧力データはテスト

データと比較して許容できる誤差範囲

内でした(特にアンダートレーのような

硬質な部品では)。エアロフリップなどの

柔らかい部品では、数値結果は実験

データよりも大幅に高くなりました。こ

れは予期される結果です。これらはシ

ミュレーションで硬い筐体としてモデリ

ングしましたが、テストでは荷重により

たわみが発生し、圧力が低下するためで

す。車両前部の波の構造も、CFDと実験

で結果が良好に一致しました。

 STAR-CCM+を使用するメリットの1つ

は、SIMULIA社のFinite Element Analysis

(FEA)構造解析ソルバーであるAbaqusと

完全に連携された双方向の流体-構造

連成解析(FSI)が可能となることです。

 STAR-CCM+からの圧力データはさま

ざまな時間間隔でAbaqusにマッピン

グされ、さまざまな拘束箇所での荷重と

応力が高くなる箇所が特定されました。

早期段階で車体底面の設計を支援する

にあたり、この情報は不可欠です。JLR

は、流体と構造で片方向の連成解析を行

いましたが、将来的には双方向連成を実

施する予定です。Abaqusからの時間ス

テップ 0.675秒でのアンダートレーへの

ミーゼス応力分布を図8に示します。

 現在は、STAR-CCM+と機構解析(MBS)

ソルバーのSimpackを連成解析インター

フェースツールで結合することにより、完

全なマルチフィジックスの計算アプローチ

を簡素化モデルにより検証中です。これに

より、STAR-CCM+からの力とトルクを

Simpackに転送でき、車両が進水する際

に浮き上がる動作が計算されます。

 その後、Simpackは浮上中の対応す

る速度をSTAR-CCM+に返します。

 JLRは数値シミュレーションを使用し

た車両の冠水路走行試験のための革新

的なプロセスを開発しました。OEM間で

この種の作業が公開されたのはこれが初

めてです。STAR-CCM+のオーバーセット

メッシュ機能と高度な物理モデルによ

り、JLRは仮想テストをプロセスに統合す

ることに成功し、車体底部の部品の負荷

と潜在的な故障モードに関する適切な洞

察を早期段階で得ることができました。

将来的には、CFDだけでなくFSIとMBS

の連成解析が追加され、冠水路走行試験

用のより正確な仮想試験台が実現される

予定です。故障モードの早期検出、複数の

設計の調査が可能、実験コストの削減、

作業工程の遅延の減少、水中走行性能の

向上など、数多くのメリットがあります。

※本記事はCD-adapcoのグローバルニュースレター『Dynamics issue39』からの抜粋です。 【訳 : CD-adapco プリセールス 久保 謙治】

【参考文献】1. Xin Zheng氏およびXin Qiao氏、Fanhua Kong氏: 「Vehicle Wading Simulation with STAR-CCM+」、FISITA World Automotive Congressで発表、SAE China、北京 2012年

*冠水路走行CAEは、多くのJLR製品の設計を作り上げた特許取得済みのCAE技術です。

先見性のあるアプローチ

図7 STAR-CCM+による車両前部における衝突波

10ISSUE 04

Page 12: 04 JAPAN EDITION ISSUE - MDXmdx2.plm.automation.siemens.com/sites/default/files/... · 2018-05-06 · ことがありますが、解析をしてみるとその範囲が広がるという

 既存のCFDにおいても、空力音響(Aero-Acoustics)として

分類される、Lighthillの音響学的類推に基づくFW-Hなどの

有用な分離解法による音響解析は存在しております。また、

音の圧力変動までCFDで直接求める直接解法でも音響解析が

可能であるといった事例もあります。それらを用いれば流れ

からの音響伝播を予測することができますが、しかしながら、

いくつかの理由よりその適用範囲は限定的なものとなります。

 代表的な理由としては、まず1つ目として、CFDは時間領域

での計算であるため、周波数依存性を持つ吸音率などを考慮

することが困難であることが挙げられます。そのため、騒音

対策で多く用いられるフェルトやウレタンなどの吸音材の影

響を検討することができません。

 また、2つ目の理由として、空力音響は一般的に精度の高い

CFD結果を必要とするため、通常より細かいメッシュが要求さ

れます。そのため、対象とする系が複雑かつ大規模なものと

なってきた際に、計算コストが膨大なものとなってしまうとい

うことが挙げられます。よくある例として、音源としての流れ

付近はCFDで解析できるが、その音源を他の大きなシステム

に組み込んだ際の影響(installation effects)を考慮した音

響解析が難しくなるということがあります。

 3つ目として、空力音響では、自動車の車室内への風切り音など

の構造物を透過する音を解析できないことが挙げられています。

これは、空力音響では、構造物を剛壁としてモデル化するため、音

の透過を計算するのに必要な構造物の振動を求めることができ

ないからです。直接解法であれば可能かもしれませんが、上述

の大規模モデルの理由と同じ理由でその実施は限定的と考えら

れます。そのような流れに起因する音の透過の解析は空力振動

音響(Aero-Vibro-Acousitics)と呼ばれることがあります。

 wave6は、図1のように、前節で述べたCFDによる音響解析の

難しさを補間し、解析可能なアプリケーションを広げます。

振動騒音解析(Vibro-Acoustics)は周波数領域で行われるため、

吸音材の周波数依存性を考慮することができます。また、振動

騒音解析においては、CFDより少ないメッシュ数でモデル化が可

能であるため、大規模モデルまで対応が可能です。加えて、構造

物の振動も計算するため、音の透過を解析することができます。

 また、風切り音のような流れに起因する振動騒音は数kHzの

高周波域の騒音が問題とされることが多くあります。wave6

は可聴周波数域(20-20kHz)までの解析が可能となるよう

に、最新のFEM(有限要素法)、BEM(境界要素法)、SEA(統計

的エネルギー解析法)を実装しており、振動騒音解析ソフトの

みとしても、世界最先端の機能を持っております。

 wave6を用いた(流れに起因する)振動騒音解析事例をい

くつか紹介します。

 ・解析事例1 : 車室内への風切り音

 図2にダイムラー社の風切り音の解析事例を示します。この解析事例では、2つの異なるサイドミラー形状に対する風切

り音の耳位置での音圧レベルを5kHzまで計算し、実験とシ

ミュレーションを比較しています。シミュレーションが実験と

定量的に一致していること、および、仕様違いによる音圧

レベルの違いも定量的に良い予測ができていることが

分かります。また、この解析では、独自開発のSEAキャビ

ティモデルを用いており、既存のSEAでは求められない車

室内の音圧分布も求められております。

 ・ 解析事例2 : 効率的なファン騒音解析

 図3に大規模モデルのファン騒音の解析事例を示します。ファン騒音はFW-Hにより解析が可能ですが、流れにあまり

影響はないが、音響伝播には影響があるような大きな構造

物があった場合、その大きな構造物までCFD解析をしなけ

ればその影響を考慮することはできません。そのCFD解析

は大規模なものとなり効率的であるとは言えません。

 そのような大きな系のファン騒音を効率的に行います。

まず、図3の左図の音源付近の流れに影響がある領域だけをSTAR-CCM+で計算したファンの表面圧力変動より、

wave6で振動騒音解析のための音源を同定します。右上

図は、同定した音源を用いた自由空間における振動騒音

解析と、STAR-CCM+のFW-H解析が一致しており、wave6

の音源同定が正しくできていることを示しています。右下

図は音源を囲むケースをBEMでモデル化し、そのケースの

開口部からの音の伝播を計算した例を示しています。

 ・ 解析事例3 : ゴムホース内の波の解析

 図4にゴムホース内の波の解析事例を示します。ゴムホースの波の波長とホースの長さが一致すると共振を起

こし、脈動が発生します。ホースのゴムは剛性が低いた

め、内部の流体と連成し、内部の流体の波長がゴムによ

り変化する現象が起こります。

 wave6では、次世代のSEAモデルとして、断面モデルに

よるperiodicモデリングを実装しています。これにより、

ゴムホースのような連成した系の分散関係(波数と周波

数の関係)を求めることが可能であり、どの周波数で脈

動が発生するかを予測することができます。

 現在、電磁界解析との連携による振動騒音解析の開発

が進められています。一つは、モーターなどの電磁気力

により運動する系からの騒音解析であり、wave6を用いれば、

最新の振動騒音手法により高周波までの音が解析できるよう

になります。もう一つは、数GHz帯におけるEMC/EMIの解析

も開発が進められています。通常の電磁界解析で解析できな

い波長の短い高周波の電磁界解析を統計的エネルギー解析に

より解くことができるようになります。これにより、設計初期

段階においてEMC/EMI問題を回避することが期待できます。

 wave6の詳細に関しては、以下のホームページよりご確認で

きます。

CFDによる音響解析の難しさ

振動騒音解析ソフトwave6

流れに起因する振動騒音の解析事例

振動騒音と電磁気解析の次世代CAEソフトウェア“ wave6 ”

 CFDやFEMに代表されるCAEは1980年代より製品開発で用いられて、試作レスの開発や実験解析では分から

なかった現象の解明などに対し大きく貢献してきました。その結果として、空力や熱性能などの各性能を向上

する方法は明確になりました。しかしながら、現在においては、それらの性能を向上するだけでは製品として

物足りなくなってきており、付加価値として騒音低減が望まれてきています。それらの要望に応えられるように、

振動騒音と電磁気解析の次世代ソフトウェアwave6が開発されました。

図1 : wave6とCFDソフトの関係性

4 New Product 新製品紹介

11 ISSUE 04

CFD VA

Aero-Vibro-Acoustics

Aero-Acoustics(installation effects)

Vibro-Acoustics

Page 13: 04 JAPAN EDITION ISSUE - MDXmdx2.plm.automation.siemens.com/sites/default/files/... · 2018-05-06 · ことがありますが、解析をしてみるとその範囲が広がるという

 既存のCFDにおいても、空力音響(Aero-Acoustics)として

分類される、Lighthillの音響学的類推に基づくFW-Hなどの

有用な分離解法による音響解析は存在しております。また、

音の圧力変動までCFDで直接求める直接解法でも音響解析が

可能であるといった事例もあります。それらを用いれば流れ

からの音響伝播を予測することができますが、しかしながら、

いくつかの理由よりその適用範囲は限定的なものとなります。

 代表的な理由としては、まず1つ目として、CFDは時間領域

での計算であるため、周波数依存性を持つ吸音率などを考慮

することが困難であることが挙げられます。そのため、騒音

対策で多く用いられるフェルトやウレタンなどの吸音材の影

響を検討することができません。

 また、2つ目の理由として、空力音響は一般的に精度の高い

CFD結果を必要とするため、通常より細かいメッシュが要求さ

れます。そのため、対象とする系が複雑かつ大規模なものと

なってきた際に、計算コストが膨大なものとなってしまうとい

うことが挙げられます。よくある例として、音源としての流れ

付近はCFDで解析できるが、その音源を他の大きなシステム

に組み込んだ際の影響(installation effects)を考慮した音

響解析が難しくなるということがあります。

 3つ目として、空力音響では、自動車の車室内への風切り音など

の構造物を透過する音を解析できないことが挙げられています。

これは、空力音響では、構造物を剛壁としてモデル化するため、音

の透過を計算するのに必要な構造物の振動を求めることができ

ないからです。直接解法であれば可能かもしれませんが、上述

の大規模モデルの理由と同じ理由でその実施は限定的と考えら

れます。そのような流れに起因する音の透過の解析は空力振動

音響(Aero-Vibro-Acousitics)と呼ばれることがあります。

 wave6は、図1のように、前節で述べたCFDによる音響解析の

難しさを補間し、解析可能なアプリケーションを広げます。

振動騒音解析(Vibro-Acoustics)は周波数領域で行われるため、

吸音材の周波数依存性を考慮することができます。また、振動

騒音解析においては、CFDより少ないメッシュ数でモデル化が可

能であるため、大規模モデルまで対応が可能です。加えて、構造

物の振動も計算するため、音の透過を解析することができます。

 また、風切り音のような流れに起因する振動騒音は数kHzの

高周波域の騒音が問題とされることが多くあります。wave6

は可聴周波数域(20-20kHz)までの解析が可能となるよう

に、最新のFEM(有限要素法)、BEM(境界要素法)、SEA(統計

的エネルギー解析法)を実装しており、振動騒音解析ソフトの

みとしても、世界最先端の機能を持っております。

 wave6を用いた(流れに起因する)振動騒音解析事例をい

くつか紹介します。

 ・解析事例1 : 車室内への風切り音

 図2にダイムラー社の風切り音の解析事例を示します。この解析事例では、2つの異なるサイドミラー形状に対する風切

り音の耳位置での音圧レベルを5kHzまで計算し、実験とシ

ミュレーションを比較しています。シミュレーションが実験と

定量的に一致していること、および、仕様違いによる音圧

レベルの違いも定量的に良い予測ができていることが

分かります。また、この解析では、独自開発のSEAキャビ

ティモデルを用いており、既存のSEAでは求められない車

室内の音圧分布も求められております。

 ・ 解析事例2 : 効率的なファン騒音解析

 図3に大規模モデルのファン騒音の解析事例を示します。ファン騒音はFW-Hにより解析が可能ですが、流れにあまり

影響はないが、音響伝播には影響があるような大きな構造

物があった場合、その大きな構造物までCFD解析をしなけ

ればその影響を考慮することはできません。そのCFD解析

は大規模なものとなり効率的であるとは言えません。

 そのような大きな系のファン騒音を効率的に行います。

まず、図3の左図の音源付近の流れに影響がある領域だけをSTAR-CCM+で計算したファンの表面圧力変動より、

wave6で振動騒音解析のための音源を同定します。右上

図は、同定した音源を用いた自由空間における振動騒音

解析と、STAR-CCM+のFW-H解析が一致しており、wave6

の音源同定が正しくできていることを示しています。右下

図は音源を囲むケースをBEMでモデル化し、そのケースの

開口部からの音の伝播を計算した例を示しています。

 ・ 解析事例3 : ゴムホース内の波の解析

 図4にゴムホース内の波の解析事例を示します。ゴムホースの波の波長とホースの長さが一致すると共振を起

こし、脈動が発生します。ホースのゴムは剛性が低いた

め、内部の流体と連成し、内部の流体の波長がゴムによ

り変化する現象が起こります。

 wave6では、次世代のSEAモデルとして、断面モデルに

よるperiodicモデリングを実装しています。これにより、

ゴムホースのような連成した系の分散関係(波数と周波

数の関係)を求めることが可能であり、どの周波数で脈

動が発生するかを予測することができます。

 現在、電磁界解析との連携による振動騒音解析の開発

が進められています。一つは、モーターなどの電磁気力

により運動する系からの騒音解析であり、wave6を用いれば、

最新の振動騒音手法により高周波までの音が解析できるよう

になります。もう一つは、数GHz帯におけるEMC/EMIの解析

も開発が進められています。通常の電磁界解析で解析できな

い波長の短い高周波の電磁界解析を統計的エネルギー解析に

より解くことができるようになります。これにより、設計初期

段階においてEMC/EMI問題を回避することが期待できます。

 wave6の詳細に関しては、以下のホームページよりご確認で

きます。

今後の展望

【文責 : CD-adapco wave6チーム 高阪 文彦】

https://wavesix.com

図2 : ダイムラー社、風切り音解析事例

図3 : 効率的なファン騒音解析

図4 : 流体の入ったゴムホースの分散関係

12ISSUE 04

Page 14: 04 JAPAN EDITION ISSUE - MDXmdx2.plm.automation.siemens.com/sites/default/files/... · 2018-05-06 · ことがありますが、解析をしてみるとその範囲が広がるという

 富士電機は90年を超える歴史を持つ電機メーカーです。

古河電気工業とドイツのシーメンス社による資本・技術提携に

より設立され、古河の「ふ」とシーメンスの「し」から、富士電機と

命名されました。発電・社会インフラ、産業インフラ、パワエレ

機器、電子デバイス、食品流通と幅広い分野にて事業を展開

しています。

編集部 : 本日はお忙しい中、お時間を頂戴いたしまして、誠にありがとうございます。まずは、ご部署の役割や皆様のご担

当に関して教えていただけますでしょうか?

山本様 : 富士電機全体の共通基盤技術や先端技術の研究開発を行っている先端技術研究所に所属しています。CAEをコ

ア技術とする部門として強度解析や熱流体解析、電磁界解析

などに関わる新技術の開発に取り組むとともに、製品開発や

設計に対する社内での協業や支援を行っています。当社製

品は、発電プラント、変電機器、パワエレ機器、パワー半導体、

自動販売機など多岐にわたりますが、各部門と連携しながら、

解析評価を中心とした業務を行っています。

編集部 : 熱応用システム研究部には各部署から解析の依頼が来るのでしょうか?

山本様 : はい。社内の各部門から解析の依頼が来ます。また、単純に解析の依頼だけではなく、製品開発における各種

の課題に対して、どのような構造にすれば課題が解決できる

か、性能や信頼性が向上するか、といった改善案の提案を含

めて対応するケースも多々あります。

金子様 : 解析だけではなく、コンサルティングの意識を持ちながら対応しています。

編集部 : 皆様のご担当に関して、お聞かせください。山本様 : 私は現在、部門の取りまとめを行っています。社内から様々な依頼が来ますので、それに対する部門内外の橋渡

しの部分を行うとともに、CAEを中心とした部門全体の方向

性の検討や、研究開発テーマの計画、具体化なども行っていま

す。今でも部分的に解析業務も行っていますが、以前は発電

機器やパワエレ機器における冷却検討で、熱流体解析を中心

とした評価を実施していました。

榎並様 : 私は熱流体解析が専門です。アーク※1 のように電磁界が絡む解析があるため、電磁界解析も実施しています。アー

ク解析の他にも、ここ1~2年はAdjoint法を用いた形状最適化

の適用といった新しい技術の整備にも取り組んでいます。

金子様 : 私はパワエレ製品の冷却検討を中心に担当しています。主にインバータやモータを対象として、これらの製品の開

発支援などを中心に取り組んでいます。

※1:アークは、数千度から数万度の高温の気体が電離することで導電性となり、また、電流による発熱で温度が上昇して通電状態が維持される現象。受配電・開閉・制御機器コンポーネントにおいては、接点の開閉時に発生するアークの挙動を予測し、制御することが重要な技術的課題となる。

編集部 : ご部署でのCFD(CAE)の役割や解析テーマなどについてお聞かせください。

山本様 : CAEを中心に担当している部門ですが、分野としては構造と熱流体がメインとなります。強度解析や温度解析を

通じて、製品性能や健全性の評価を行っています。CAEの専

門家として、既存技術を用いて製品評価を行うことと、連成シ

ミュレーションなどの技術を整備して、従来できなかった分

野での解析・設計検討を実現することが主な役割です。最近

特にホットなテーマとしては、熱流体解析と電磁界解析の連

成によるアークの挙動や電流遮断の関係があります。

編集部 : 解析はどういった体制・人数で実施されているのでしょうか。

山本様 : グループとしては約10名の人員になります。研究所の他部門や、各事業所の設計部門にも各種シミュレーション

を行っている技術者や設計者がおり、連携を取りながら業務

を実施しています。各事業所の設計部門などと一緒に開発

を行う際は、シミュレーションに関する新技術の整備や、製品

開発初期段階での解析評価は我々が実施します。そして、シ

ミュレーションの技術開発が完了、評価手法が確立したもの

については、順次各事業所に移管するようにもしています。

編集部 : 解析をチームで行う際に気をつけている点などあれば教えていただけますか。

山本様 : 半導体から発電機まで対象製品や分野が広いため、各案件の担当者単独では知識の面、技術の面で十分カバーし

きれない部分が生ずることがあります。その一方、当グルー

プでは様々な製品、分野での経験を持ったメンバーが揃って

いることが強みとして挙げられます。定例のミーティングや

日常業務の中でいろいろディスカッションし、皆で知恵を出し

合うようにしています。

金子様 : さまざまな製品がある中、解析技術だけではなく、設計技術についても、コアの技術として横串で見た場合、この

技術を違う製品に使えるのではないか?といったことがありま

す。例えば、製品冷却における伝熱促進技術の一部を半導

体分野での成膜や洗浄に展開できるなど、熱移動と物質移動

のアナロジーとして様々な場面で応用ができます。少し話が

ずれてしまうかもしれませんが、そのようなことも、幅広い分

野に携わっていることの強みの一つだと思います。

編集部 : CFDの必要性や適用する際に難しい点を教えていただけますでしょうか?

山本様 : 特に発電や変電向けのプラント機器は、試作試験の実施がそもそも難しかったりします。詳細な測定が困難な場

合も多いので、CFD無しでは新製品の開発が難しいという背

景があります。また、パワエレ製品の場合は、多くの場合、非

常に短い期間での開発が要求されます。試作評価と解析検

証の併用にて製品開発が行われていますが、特に冷却につい

ては、筐体設計がある程度進んだ段階にならないと、詳細な

計測評価はできません。事前に解析を実施して、構造案を絞

り込むことで、開発期間の短縮を実現しています。

金子様 : 難しいと思う点は、様々な製品があるため、評価検討の手法を共通化する、ルーチン化するのが容易ではない点です。

製品構造がある程度決まっている場合や、多くのケーススタ

ディーにて評価を行う場合は、マクロプログラムなどを利用して

自動化を図り、大幅に作業効率を向上させることができますが、

我々の部門では、製品の幅が広すぎることもあり、そこが難しい

所だと思っています。

山本様 : 解析対象の製品が量産品ではなく、一品モノであることも多く、解析モデル作成から都度対応することになりま

す。そういった意味では、STAR-CCM+はメッシャーが非常に

強力なので、社内の関連部門から3次元のCADデータをもらっ

てから、メッシュ作成、性能評価まで、短期間で対応できるの

で非常に恩恵にあずかっています。

榎並様 : メッシングについては、今のSTAR-CCM+の機能では、非常に大きな規模のモデルになるとメッシュ作成の一回

の試行で2~3時間かかってしまうことがあります。この場合、

少し形状を変えて、もう一回メッシュを切ると、また3時間か

かります。この時間のロスが大きなモデルになってくると無

視できなくなります。また、ソルバーの精度については、アー

ク解析では電流の計算をSTAR-CCM+のポテンシャルソルバー

で実施していますが、混合精度版では、金属の導電率に本来

の値を設定すると発散しやすいため、倍精度で計算しなけれ

ばなりません。また、プラズマの導電率が急激に変化する部

分で電流の連続性が保たれないなどの問題があります。今、

有限要素法(FEM)※2 のソルバーを作られているということで

すので、そちらで解決することを期待しています。電磁場解

析がFEMで実装されたら、ぜひ使ってみたいと思います。

※2:現在、STAR-CCM+において開発中の機能

編集部 : 大規模並列に対する要望などはございますか?山本様 : 現状はそれほど不満がありません。発電機やモータなど、構造が複雑な製品の冷却検討や、多数の部品が実装

されているパワエレ製品のプリント基板の温度評価などは、

詳細に実施したら、もちろん規模が大きくなります。しかし、

ハードウェアの制約も当然有りますので、部分モデルでのCFD

や熱回路網計算と組み合わせながら、着目点を絞り込むと

いったアプローチも取っています。

金子様 : RANSの計算では、現在のリソースにて十分と感じています。ただし、複雑な構造の場合、詳細モデルでやってしま

いますと、かなりメッシュが増えてしまいます。このため、エン

ジニアが考えて、簡略化していくことが必要になります。先ほ

どのターンアラウンドタイムというところにも直結するのです

が、楽をしようとすれば、CAD形状全部をそのままCFDモデル

に盛り込むこともできますが、メッシングやポスト処理の時間

も増加します。形状にそこまでの厳密さが求められるのか、

許容される期間がどの程度か、実測データの精度はどの程度

か、といったことも踏まえながら、個々の事案に対して最適な

方法を選択することになります。現時点では、複数条件での

比較評価を行うことが多いため、形状をある程度簡略化した

上で解析評価を実施した方が、速いと判断しています。あと5

年、10年して、もっとマシンも速くなり、ふんだんなリソースが

使えるようになり、さらに、計測技術も合わせて進化してくれ

ば状況は変わると思いますが。

榎並様 : 精度とはあまり関係ないのですが、STAR-CDにはジェネリックスカラーという自分で定義したスカラー変数の

方程式を解く機能がありました。STAR-CCM+にはその機能

が無く、新しい物理方程式を自分で定義して連成させること

ができないため、その部分の拡張性があればよいと感じてい

ます。例えば、アーク解析でも非平衡モデルで計算するには、

電子温度を考慮した新しい方程式を追加しなければならない

のですが、それがパッシブスカラー機能ではできません。

編集部 : 貴重なご意見、ありがとうございます。開発にフィードバックをかけさせていただきます。

編集部 : 製品開発における成功事例や苦労話などお聞かせいただけますでしょうか。

榎並様 : アーク解析は開発当初は単純な棒状の電極間にあるアークからスタートし、現在までに配線用遮断器、気中遮断

器、サーキットプロテクタなどの製品に適用してアーク電圧を

予測できるようになってきています。

 開発過程では計算を安定させるのにとても苦労しました。

STAR-CCM+にはベクトルポテンシャル法で磁場を計算する機

能がありますが、時間刻みがμsオーダーで短い場合や、流体

と固体との間に不連続メッシュがある場合には安定性が低

かったため、ビオ・サバールの式※3 に基づく磁場計算機能を独

自に開発しました。この方法は安定性が非常に高い一方、N2

のオーダーで計算時間が増加する問題があるため、GPUを用

いた並列計算を利用して高速化しています。

 また鉄のような磁性体については、表面電流法という境界

要素法の一種で磁化電流を解いて磁場を計算しています。

線形解析であるためB-H特性※4 や渦電流※5 を考慮できない

点と、LU分解※6 による直接法を用いているため表面要素の分

割数をむやみに増やせない点が制約となりますが、安定して

解を得ることができます。

 磁性体の形状が複雑な場合や数が多い場合には実験結果

との乖離が大きくなる傾向があるなど表面電流法の限界も見

えてきていますので、STAR-CCM+のFEMによる磁場計算機能

の実現に期待しています。

※3:ビオ・サバールの式は、電流によってその周りに生じる磁場を計算するための電磁気学における法則。

※4:B-H特性は、磁性体の磁化過程を示す曲線であり、外部磁場Hに対する磁束密度Bの変化をプロットしたもの。

※5:渦電流は電磁誘導により導体内部に生じる渦状の電流。※6:LU分解は数学における行列の分解方法で、連立一次方程式を解くために

用いられる。

編集部 : グローバル展開される製品の開発時に注意している点を教えてください。

山本様 : あくまで一例になりますが、国内向けの製品に比較して、高い耐環境性能が要求されることがよくあります。鉄道向

けやプラント向けの電機品は屋外の環境にさらされることが

あります。吸気部に砂などの塵埃や氷雪が侵入しないように

するための構造が課題となることもあり、ラグランジェ二相流

での検討なども実施しています。

榎並様 : 燃料電池ではヨーロッパ向けの製品でCEマーキング※7

などの基準への対応が必要になります。例えば防爆性の基

準を満たすため、漏洩事故時の可燃性ガス濃度が爆発限界以

下になるか、砂や粉塵対策としてフィルターを付けた場合に

内部機器の温度が仕様上問題ないか、といったことをCFDで

確認します。

※7:CEマーキングとは、EUで販売される指定の製品に付けられる基準適合マーク。

編集部 : 御社内でのグループ間の情報共有などはどのようにされているのでしょうか。

山本様 : 全社横断的な位置づけで、設計技術部会という組織があり、3D-CAD設計やEMC※8 対策などの設計に関わる共通基盤

技術の強化を行っています。その中に「CAE連絡会」という組織

も設けられており、現在は私がリーダーを務めています。各事業

所のCAEのキーマンが参加する連絡会を年に4回ほど開催して

おり、その場でトピックス的な内容や技術課題に関する情報共有

や、社内におけるCAE関連の講習会の企画などを行っています。

※8:EMC(electromagnetic compatibility)は電気・電子機器が機器自身や他の機器に影響を与えるような電磁妨害波を生じないこと。

編集部 : CAE/CFDにおける人材教育などで力を入れている点などございますか?

山本様 : CAEの基本は当然ですが、製品開発で活用する場合は、解析結果と実測データを見たうえで、解析上の誤差要因

や、製品としての改善ポイントを分析、判断することが必要にな

ります。その意味で、特に若手のメンバーに対しては、CAEだ

けでなく、実測検証の方も取り組ませるよう、目を向けさせるよ

うにしています。ソフトウェアの操作に関しては、CD-adapco

を含めたベンダーのセミナーなども活用させて頂いています。

 我々の業務ですと、どうしても飛び込みでの解析が多く、そ

れらに迅速に対応するため、依頼元やその製品に携わってい

る者から設計意図や従来製品での実績などについて話を聞く

とともに、実測データがあれば、その結果も見ながら解析評

価の方針を検討します。CAEだけではなく、製品性能を総合

的に評価するスキルが重要になってきますので、このスキルに

ついては、仕事を通じて、徐々に習得していきます。

編集部 : STAR-CCM+やOptimate+などの感想を教えてください。

榎並様 : STAR-CCM+は、仕事のメインツールとして、ほぼ毎日

使用していて、非常に役に立っています。機能としても、かな

り充実していると思います。Javaマクロでの自動化も得意な

ので、この部分はSTAR-CDよりかなり柔軟性が高いと感じて

います。まだあまり試せていないのですが、STAR-CCM+アド

オンのOptimate+も使える環境にありますので、パラメータ

最適化に活用していきたいと思っています。

金子様 : メッシングが時間的なボトルネックになることが多いため、もう少し速くなるとうれしいです。適切な解析モデルを

構築するため、条件やメッシュ分割を含めた様々な試行も実施

しなければならないので、メッシングの1~2時間も無視できな

いのが実情です。部分的な変更などに対して、pro-STARのよう

な柔軟性を持たせるように改良していただけると助かります。

編集部 : STAR-CCM+などの製品や技術サポートに望まれることはありますか?

山本様 : いつも迅速に対応して頂いており、非常に助かっています。現在もかなり充実していると思いますが、マニュアル

やサポート資料での「ベストプラクティス」の部分を継続的に

拡充して頂ければと思います。社内の各部門から比較的短期

間での評価を依頼されることが多く、様々な分野でベースとな

る解析手順や条件設定手法が整理されていると助かります。

編集部 : 今後、御社で実施していきたい解析テーマを教えてください。また、今後、導入して欲しい機能やサービスなどは

ございますか?

山本様 : 現在もOptimate+やAdjoint法を部分的に利用していますが、最適化に関しては、さらにうまく活用していきたいと

考えています。また、現在は社内のクラスタマシンにて運用し

ていますが、クラウド環境での大規模解析や、最適なライセン

ス構成に関しても、今後相談させていただければと思います。

榎並様 : STAR-CCM+にもう少し自由度が高ければ良いなと思います。また、有限要素法ソルバーに非常に期待しています。

 CAEに対する深い知見と、20年を超えるSTAR-CD、STAR-CCM+

などのCFDに対する深い知識を基に、エンジニアの知見を解

析に盛り込み、非常に難易度の高いシミュレーションを実施さ

れていた。またターンアラウンドタイムの短縮のためにエンジ

ニアのスキルを基にした解析モデルの簡略化や連成解析など

の独自アプローチを開発されており非常に感銘を受けました。

本インタビューでいただいたご要望はじめ、更なる機能開発を

基に、製品開発を一層支援させていただきます。

【文責 : CD-adapcoマーケティング 舛重 国規 、 髙橋 由香】

半導体の微小領域から大規模発電プラントまで、高い技術力により電気・熱の効率的利用に貢献̶ 電気・熱エネルギー技術の革新にCFDをフル活用

User Interview File:05

1

富士電機株式会社熱応用システム研究部5 第5回

富士電機株式会社 技術開発本部 先端技術研究所応用技術研究センター 熱応用システム研究部

グループマネージャー

山本 勉 様(左) 榎並 義晶 様(中) 金子 公寿 様(右)

富士電機社内の解析コンサルティング部隊

13 ISSUE 04

 本日は東京都日野市の富士電機株式会社(以下、富士電機)の熱応用システム研究部を訪問しました。同社の

熱応用システム研究部では、富士電機で開発されている様々な製品の性能検討や設計技術の構築に対し、経験

豊かなエンジニアの皆様が日々 CAEを活用されています。今回は、山本様、榎並様、金子様に流体解析(以下、

CFD)の活用方法を中心にお話をお伺いしました。

電力変換装置内部の気流解析

タービン発電機の冷却解析

モータの冷却風解析

オープンショーケースの気流解析

Page 15: 04 JAPAN EDITION ISSUE - MDXmdx2.plm.automation.siemens.com/sites/default/files/... · 2018-05-06 · ことがありますが、解析をしてみるとその範囲が広がるという

 富士電機は90年を超える歴史を持つ電機メーカーです。

古河電気工業とドイツのシーメンス社による資本・技術提携に

より設立され、古河の「ふ」とシーメンスの「し」から、富士電機と

命名されました。発電・社会インフラ、産業インフラ、パワエレ

機器、電子デバイス、食品流通と幅広い分野にて事業を展開

しています。

編集部 : 本日はお忙しい中、お時間を頂戴いたしまして、誠にありがとうございます。まずは、ご部署の役割や皆様のご担

当に関して教えていただけますでしょうか?

山本様 : 富士電機全体の共通基盤技術や先端技術の研究開発を行っている先端技術研究所に所属しています。CAEをコ

ア技術とする部門として強度解析や熱流体解析、電磁界解析

などに関わる新技術の開発に取り組むとともに、製品開発や

設計に対する社内での協業や支援を行っています。当社製

品は、発電プラント、変電機器、パワエレ機器、パワー半導体、

自動販売機など多岐にわたりますが、各部門と連携しながら、

解析評価を中心とした業務を行っています。

編集部 : 熱応用システム研究部には各部署から解析の依頼が来るのでしょうか?

山本様 : はい。社内の各部門から解析の依頼が来ます。また、単純に解析の依頼だけではなく、製品開発における各種

の課題に対して、どのような構造にすれば課題が解決できる

か、性能や信頼性が向上するか、といった改善案の提案を含

めて対応するケースも多々あります。

金子様 : 解析だけではなく、コンサルティングの意識を持ちながら対応しています。

編集部 : 皆様のご担当に関して、お聞かせください。山本様 : 私は現在、部門の取りまとめを行っています。社内から様々な依頼が来ますので、それに対する部門内外の橋渡

しの部分を行うとともに、CAEを中心とした部門全体の方向

性の検討や、研究開発テーマの計画、具体化なども行っていま

す。今でも部分的に解析業務も行っていますが、以前は発電

機器やパワエレ機器における冷却検討で、熱流体解析を中心

とした評価を実施していました。

榎並様 : 私は熱流体解析が専門です。アーク※1 のように電磁界が絡む解析があるため、電磁界解析も実施しています。アー

ク解析の他にも、ここ1~2年はAdjoint法を用いた形状最適化

の適用といった新しい技術の整備にも取り組んでいます。

金子様 : 私はパワエレ製品の冷却検討を中心に担当しています。主にインバータやモータを対象として、これらの製品の開

発支援などを中心に取り組んでいます。

※1:アークは、数千度から数万度の高温の気体が電離することで導電性となり、また、電流による発熱で温度が上昇して通電状態が維持される現象。受配電・開閉・制御機器コンポーネントにおいては、接点の開閉時に発生するアークの挙動を予測し、制御することが重要な技術的課題となる。

編集部 : ご部署でのCFD(CAE)の役割や解析テーマなどについてお聞かせください。

山本様 : CAEを中心に担当している部門ですが、分野としては構造と熱流体がメインとなります。強度解析や温度解析を

通じて、製品性能や健全性の評価を行っています。CAEの専

門家として、既存技術を用いて製品評価を行うことと、連成シ

ミュレーションなどの技術を整備して、従来できなかった分

野での解析・設計検討を実現することが主な役割です。最近

特にホットなテーマとしては、熱流体解析と電磁界解析の連

成によるアークの挙動や電流遮断の関係があります。

編集部 : 解析はどういった体制・人数で実施されているのでしょうか。

山本様 : グループとしては約10名の人員になります。研究所の他部門や、各事業所の設計部門にも各種シミュレーション

を行っている技術者や設計者がおり、連携を取りながら業務

を実施しています。各事業所の設計部門などと一緒に開発

を行う際は、シミュレーションに関する新技術の整備や、製品

開発初期段階での解析評価は我々が実施します。そして、シ

ミュレーションの技術開発が完了、評価手法が確立したもの

については、順次各事業所に移管するようにもしています。

編集部 : 解析をチームで行う際に気をつけている点などあれば教えていただけますか。

山本様 : 半導体から発電機まで対象製品や分野が広いため、各案件の担当者単独では知識の面、技術の面で十分カバーし

きれない部分が生ずることがあります。その一方、当グルー

プでは様々な製品、分野での経験を持ったメンバーが揃って

いることが強みとして挙げられます。定例のミーティングや

日常業務の中でいろいろディスカッションし、皆で知恵を出し

合うようにしています。

金子様 : さまざまな製品がある中、解析技術だけではなく、設計技術についても、コアの技術として横串で見た場合、この

技術を違う製品に使えるのではないか?といったことがありま

す。例えば、製品冷却における伝熱促進技術の一部を半導

体分野での成膜や洗浄に展開できるなど、熱移動と物質移動

のアナロジーとして様々な場面で応用ができます。少し話が

ずれてしまうかもしれませんが、そのようなことも、幅広い分

野に携わっていることの強みの一つだと思います。

編集部 : CFDの必要性や適用する際に難しい点を教えていただけますでしょうか?

山本様 : 特に発電や変電向けのプラント機器は、試作試験の実施がそもそも難しかったりします。詳細な測定が困難な場

合も多いので、CFD無しでは新製品の開発が難しいという背

景があります。また、パワエレ製品の場合は、多くの場合、非

常に短い期間での開発が要求されます。試作評価と解析検

証の併用にて製品開発が行われていますが、特に冷却につい

ては、筐体設計がある程度進んだ段階にならないと、詳細な

計測評価はできません。事前に解析を実施して、構造案を絞

り込むことで、開発期間の短縮を実現しています。

金子様 : 難しいと思う点は、様々な製品があるため、評価検討の手法を共通化する、ルーチン化するのが容易ではない点です。

製品構造がある程度決まっている場合や、多くのケーススタ

ディーにて評価を行う場合は、マクロプログラムなどを利用して

自動化を図り、大幅に作業効率を向上させることができますが、

我々の部門では、製品の幅が広すぎることもあり、そこが難しい

所だと思っています。

山本様 : 解析対象の製品が量産品ではなく、一品モノであることも多く、解析モデル作成から都度対応することになりま

す。そういった意味では、STAR-CCM+はメッシャーが非常に

強力なので、社内の関連部門から3次元のCADデータをもらっ

てから、メッシュ作成、性能評価まで、短期間で対応できるの

で非常に恩恵にあずかっています。

榎並様 : メッシングについては、今のSTAR-CCM+の機能では、非常に大きな規模のモデルになるとメッシュ作成の一回

の試行で2~3時間かかってしまうことがあります。この場合、

少し形状を変えて、もう一回メッシュを切ると、また3時間か

かります。この時間のロスが大きなモデルになってくると無

視できなくなります。また、ソルバーの精度については、アー

ク解析では電流の計算をSTAR-CCM+のポテンシャルソルバー

で実施していますが、混合精度版では、金属の導電率に本来

の値を設定すると発散しやすいため、倍精度で計算しなけれ

ばなりません。また、プラズマの導電率が急激に変化する部

分で電流の連続性が保たれないなどの問題があります。今、

有限要素法(FEM)※2 のソルバーを作られているということで

すので、そちらで解決することを期待しています。電磁場解

析がFEMで実装されたら、ぜひ使ってみたいと思います。

※2:現在、STAR-CCM+において開発中の機能

編集部 : 大規模並列に対する要望などはございますか?山本様 : 現状はそれほど不満がありません。発電機やモータなど、構造が複雑な製品の冷却検討や、多数の部品が実装

されているパワエレ製品のプリント基板の温度評価などは、

詳細に実施したら、もちろん規模が大きくなります。しかし、

ハードウェアの制約も当然有りますので、部分モデルでのCFD

や熱回路網計算と組み合わせながら、着目点を絞り込むと

いったアプローチも取っています。

金子様 : RANSの計算では、現在のリソースにて十分と感じています。ただし、複雑な構造の場合、詳細モデルでやってしま

いますと、かなりメッシュが増えてしまいます。このため、エン

ジニアが考えて、簡略化していくことが必要になります。先ほ

どのターンアラウンドタイムというところにも直結するのです

が、楽をしようとすれば、CAD形状全部をそのままCFDモデル

に盛り込むこともできますが、メッシングやポスト処理の時間

も増加します。形状にそこまでの厳密さが求められるのか、

許容される期間がどの程度か、実測データの精度はどの程度

か、といったことも踏まえながら、個々の事案に対して最適な

方法を選択することになります。現時点では、複数条件での

比較評価を行うことが多いため、形状をある程度簡略化した

上で解析評価を実施した方が、速いと判断しています。あと5

年、10年して、もっとマシンも速くなり、ふんだんなリソースが

使えるようになり、さらに、計測技術も合わせて進化してくれ

ば状況は変わると思いますが。

榎並様 : 精度とはあまり関係ないのですが、STAR-CDにはジェネリックスカラーという自分で定義したスカラー変数の

方程式を解く機能がありました。STAR-CCM+にはその機能

が無く、新しい物理方程式を自分で定義して連成させること

ができないため、その部分の拡張性があればよいと感じてい

ます。例えば、アーク解析でも非平衡モデルで計算するには、

電子温度を考慮した新しい方程式を追加しなければならない

のですが、それがパッシブスカラー機能ではできません。

編集部 : 貴重なご意見、ありがとうございます。開発にフィードバックをかけさせていただきます。

編集部 : 製品開発における成功事例や苦労話などお聞かせいただけますでしょうか。

榎並様 : アーク解析は開発当初は単純な棒状の電極間にあるアークからスタートし、現在までに配線用遮断器、気中遮断

器、サーキットプロテクタなどの製品に適用してアーク電圧を

予測できるようになってきています。

 開発過程では計算を安定させるのにとても苦労しました。

STAR-CCM+にはベクトルポテンシャル法で磁場を計算する機

能がありますが、時間刻みがμsオーダーで短い場合や、流体

と固体との間に不連続メッシュがある場合には安定性が低

かったため、ビオ・サバールの式※3 に基づく磁場計算機能を独

自に開発しました。この方法は安定性が非常に高い一方、N2

のオーダーで計算時間が増加する問題があるため、GPUを用

いた並列計算を利用して高速化しています。

 また鉄のような磁性体については、表面電流法という境界

要素法の一種で磁化電流を解いて磁場を計算しています。

線形解析であるためB-H特性※4 や渦電流※5 を考慮できない

点と、LU分解※6 による直接法を用いているため表面要素の分

割数をむやみに増やせない点が制約となりますが、安定して

解を得ることができます。

 磁性体の形状が複雑な場合や数が多い場合には実験結果

との乖離が大きくなる傾向があるなど表面電流法の限界も見

えてきていますので、STAR-CCM+のFEMによる磁場計算機能

の実現に期待しています。

※3:ビオ・サバールの式は、電流によってその周りに生じる磁場を計算するための電磁気学における法則。

※4:B-H特性は、磁性体の磁化過程を示す曲線であり、外部磁場Hに対する磁束密度Bの変化をプロットしたもの。

※5:渦電流は電磁誘導により導体内部に生じる渦状の電流。※6:LU分解は数学における行列の分解方法で、連立一次方程式を解くために

用いられる。

編集部 : グローバル展開される製品の開発時に注意している点を教えてください。

山本様 : あくまで一例になりますが、国内向けの製品に比較して、高い耐環境性能が要求されることがよくあります。鉄道向

けやプラント向けの電機品は屋外の環境にさらされることが

あります。吸気部に砂などの塵埃や氷雪が侵入しないように

するための構造が課題となることもあり、ラグランジェ二相流

での検討なども実施しています。

榎並様 : 燃料電池ではヨーロッパ向けの製品でCEマーキング※7

などの基準への対応が必要になります。例えば防爆性の基

準を満たすため、漏洩事故時の可燃性ガス濃度が爆発限界以

下になるか、砂や粉塵対策としてフィルターを付けた場合に

内部機器の温度が仕様上問題ないか、といったことをCFDで

確認します。

※7:CEマーキングとは、EUで販売される指定の製品に付けられる基準適合マーク。

編集部 : 御社内でのグループ間の情報共有などはどのようにされているのでしょうか。

山本様 : 全社横断的な位置づけで、設計技術部会という組織があり、3D-CAD設計やEMC※8 対策などの設計に関わる共通基盤

技術の強化を行っています。その中に「CAE連絡会」という組織

も設けられており、現在は私がリーダーを務めています。各事業

所のCAEのキーマンが参加する連絡会を年に4回ほど開催して

おり、その場でトピックス的な内容や技術課題に関する情報共有

や、社内におけるCAE関連の講習会の企画などを行っています。

※8:EMC(electromagnetic compatibility)は電気・電子機器が機器自身や他の機器に影響を与えるような電磁妨害波を生じないこと。

編集部 : CAE/CFDにおける人材教育などで力を入れている点などございますか?

山本様 : CAEの基本は当然ですが、製品開発で活用する場合は、解析結果と実測データを見たうえで、解析上の誤差要因

や、製品としての改善ポイントを分析、判断することが必要にな

ります。その意味で、特に若手のメンバーに対しては、CAEだ

けでなく、実測検証の方も取り組ませるよう、目を向けさせるよ

うにしています。ソフトウェアの操作に関しては、CD-adapco

を含めたベンダーのセミナーなども活用させて頂いています。

 我々の業務ですと、どうしても飛び込みでの解析が多く、そ

れらに迅速に対応するため、依頼元やその製品に携わってい

る者から設計意図や従来製品での実績などについて話を聞く

とともに、実測データがあれば、その結果も見ながら解析評

価の方針を検討します。CAEだけではなく、製品性能を総合

的に評価するスキルが重要になってきますので、このスキルに

ついては、仕事を通じて、徐々に習得していきます。

編集部 : STAR-CCM+やOptimate+などの感想を教えてください。

榎並様 : STAR-CCM+は、仕事のメインツールとして、ほぼ毎日

使用していて、非常に役に立っています。機能としても、かな

り充実していると思います。Javaマクロでの自動化も得意な

ので、この部分はSTAR-CDよりかなり柔軟性が高いと感じて

います。まだあまり試せていないのですが、STAR-CCM+アド

オンのOptimate+も使える環境にありますので、パラメータ

最適化に活用していきたいと思っています。

金子様 : メッシングが時間的なボトルネックになることが多いため、もう少し速くなるとうれしいです。適切な解析モデルを

構築するため、条件やメッシュ分割を含めた様々な試行も実施

しなければならないので、メッシングの1~2時間も無視できな

いのが実情です。部分的な変更などに対して、pro-STARのよう

な柔軟性を持たせるように改良していただけると助かります。

編集部 : STAR-CCM+などの製品や技術サポートに望まれることはありますか?

山本様 : いつも迅速に対応して頂いており、非常に助かっています。現在もかなり充実していると思いますが、マニュアル

やサポート資料での「ベストプラクティス」の部分を継続的に

拡充して頂ければと思います。社内の各部門から比較的短期

間での評価を依頼されることが多く、様々な分野でベースとな

る解析手順や条件設定手法が整理されていると助かります。

編集部 : 今後、御社で実施していきたい解析テーマを教えてください。また、今後、導入して欲しい機能やサービスなどは

ございますか?

山本様 : 現在もOptimate+やAdjoint法を部分的に利用していますが、最適化に関しては、さらにうまく活用していきたいと

考えています。また、現在は社内のクラスタマシンにて運用し

ていますが、クラウド環境での大規模解析や、最適なライセン

ス構成に関しても、今後相談させていただければと思います。

榎並様 : STAR-CCM+にもう少し自由度が高ければ良いなと思います。また、有限要素法ソルバーに非常に期待しています。

 CAEに対する深い知見と、20年を超えるSTAR-CD、STAR-CCM+

などのCFDに対する深い知識を基に、エンジニアの知見を解

析に盛り込み、非常に難易度の高いシミュレーションを実施さ

れていた。またターンアラウンドタイムの短縮のためにエンジ

ニアのスキルを基にした解析モデルの簡略化や連成解析など

の独自アプローチを開発されており非常に感銘を受けました。

本インタビューでいただいたご要望はじめ、更なる機能開発を

基に、製品開発を一層支援させていただきます。

【文責 : CD-adapcoマーケティング 舛重 国規 、 髙橋 由香】

14

様々な製品で培った設計・開発技術を横断的に活用

CFD ̶ 製品開発になくてはならないツール

ISSUE 04

Page 16: 04 JAPAN EDITION ISSUE - MDXmdx2.plm.automation.siemens.com/sites/default/files/... · 2018-05-06 · ことがありますが、解析をしてみるとその範囲が広がるという

 富士電機は90年を超える歴史を持つ電機メーカーです。

古河電気工業とドイツのシーメンス社による資本・技術提携に

より設立され、古河の「ふ」とシーメンスの「し」から、富士電機と

命名されました。発電・社会インフラ、産業インフラ、パワエレ

機器、電子デバイス、食品流通と幅広い分野にて事業を展開

しています。

編集部 : 本日はお忙しい中、お時間を頂戴いたしまして、誠にありがとうございます。まずは、ご部署の役割や皆様のご担

当に関して教えていただけますでしょうか?

山本様 : 富士電機全体の共通基盤技術や先端技術の研究開発を行っている先端技術研究所に所属しています。CAEをコ

ア技術とする部門として強度解析や熱流体解析、電磁界解析

などに関わる新技術の開発に取り組むとともに、製品開発や

設計に対する社内での協業や支援を行っています。当社製

品は、発電プラント、変電機器、パワエレ機器、パワー半導体、

自動販売機など多岐にわたりますが、各部門と連携しながら、

解析評価を中心とした業務を行っています。

編集部 : 熱応用システム研究部には各部署から解析の依頼が来るのでしょうか?

山本様 : はい。社内の各部門から解析の依頼が来ます。また、単純に解析の依頼だけではなく、製品開発における各種

の課題に対して、どのような構造にすれば課題が解決できる

か、性能や信頼性が向上するか、といった改善案の提案を含

めて対応するケースも多々あります。

金子様 : 解析だけではなく、コンサルティングの意識を持ちながら対応しています。

編集部 : 皆様のご担当に関して、お聞かせください。山本様 : 私は現在、部門の取りまとめを行っています。社内から様々な依頼が来ますので、それに対する部門内外の橋渡

しの部分を行うとともに、CAEを中心とした部門全体の方向

性の検討や、研究開発テーマの計画、具体化なども行っていま

す。今でも部分的に解析業務も行っていますが、以前は発電

機器やパワエレ機器における冷却検討で、熱流体解析を中心

とした評価を実施していました。

榎並様 : 私は熱流体解析が専門です。アーク※1 のように電磁界が絡む解析があるため、電磁界解析も実施しています。アー

ク解析の他にも、ここ1~2年はAdjoint法を用いた形状最適化

の適用といった新しい技術の整備にも取り組んでいます。

金子様 : 私はパワエレ製品の冷却検討を中心に担当しています。主にインバータやモータを対象として、これらの製品の開

発支援などを中心に取り組んでいます。

※1:アークは、数千度から数万度の高温の気体が電離することで導電性となり、また、電流による発熱で温度が上昇して通電状態が維持される現象。受配電・開閉・制御機器コンポーネントにおいては、接点の開閉時に発生するアークの挙動を予測し、制御することが重要な技術的課題となる。

編集部 : ご部署でのCFD(CAE)の役割や解析テーマなどについてお聞かせください。

山本様 : CAEを中心に担当している部門ですが、分野としては構造と熱流体がメインとなります。強度解析や温度解析を

通じて、製品性能や健全性の評価を行っています。CAEの専

門家として、既存技術を用いて製品評価を行うことと、連成シ

ミュレーションなどの技術を整備して、従来できなかった分

野での解析・設計検討を実現することが主な役割です。最近

特にホットなテーマとしては、熱流体解析と電磁界解析の連

成によるアークの挙動や電流遮断の関係があります。

編集部 : 解析はどういった体制・人数で実施されているのでしょうか。

山本様 : グループとしては約10名の人員になります。研究所の他部門や、各事業所の設計部門にも各種シミュレーション

を行っている技術者や設計者がおり、連携を取りながら業務

を実施しています。各事業所の設計部門などと一緒に開発

を行う際は、シミュレーションに関する新技術の整備や、製品

開発初期段階での解析評価は我々が実施します。そして、シ

ミュレーションの技術開発が完了、評価手法が確立したもの

については、順次各事業所に移管するようにもしています。

編集部 : 解析をチームで行う際に気をつけている点などあれば教えていただけますか。

山本様 : 半導体から発電機まで対象製品や分野が広いため、各案件の担当者単独では知識の面、技術の面で十分カバーし

きれない部分が生ずることがあります。その一方、当グルー

プでは様々な製品、分野での経験を持ったメンバーが揃って

いることが強みとして挙げられます。定例のミーティングや

日常業務の中でいろいろディスカッションし、皆で知恵を出し

合うようにしています。

金子様 : さまざまな製品がある中、解析技術だけではなく、設計技術についても、コアの技術として横串で見た場合、この

技術を違う製品に使えるのではないか?といったことがありま

す。例えば、製品冷却における伝熱促進技術の一部を半導

体分野での成膜や洗浄に展開できるなど、熱移動と物質移動

のアナロジーとして様々な場面で応用ができます。少し話が

ずれてしまうかもしれませんが、そのようなことも、幅広い分

野に携わっていることの強みの一つだと思います。

編集部 : CFDの必要性や適用する際に難しい点を教えていただけますでしょうか?

山本様 : 特に発電や変電向けのプラント機器は、試作試験の実施がそもそも難しかったりします。詳細な測定が困難な場

合も多いので、CFD無しでは新製品の開発が難しいという背

景があります。また、パワエレ製品の場合は、多くの場合、非

常に短い期間での開発が要求されます。試作評価と解析検

証の併用にて製品開発が行われていますが、特に冷却につい

ては、筐体設計がある程度進んだ段階にならないと、詳細な

計測評価はできません。事前に解析を実施して、構造案を絞

り込むことで、開発期間の短縮を実現しています。

金子様 : 難しいと思う点は、様々な製品があるため、評価検討の手法を共通化する、ルーチン化するのが容易ではない点です。

製品構造がある程度決まっている場合や、多くのケーススタ

ディーにて評価を行う場合は、マクロプログラムなどを利用して

自動化を図り、大幅に作業効率を向上させることができますが、

我々の部門では、製品の幅が広すぎることもあり、そこが難しい

所だと思っています。

山本様 : 解析対象の製品が量産品ではなく、一品モノであることも多く、解析モデル作成から都度対応することになりま

す。そういった意味では、STAR-CCM+はメッシャーが非常に

強力なので、社内の関連部門から3次元のCADデータをもらっ

てから、メッシュ作成、性能評価まで、短期間で対応できるの

で非常に恩恵にあずかっています。

榎並様 : メッシングについては、今のSTAR-CCM+の機能では、非常に大きな規模のモデルになるとメッシュ作成の一回

の試行で2~3時間かかってしまうことがあります。この場合、

少し形状を変えて、もう一回メッシュを切ると、また3時間か

かります。この時間のロスが大きなモデルになってくると無

視できなくなります。また、ソルバーの精度については、アー

ク解析では電流の計算をSTAR-CCM+のポテンシャルソルバー

で実施していますが、混合精度版では、金属の導電率に本来

の値を設定すると発散しやすいため、倍精度で計算しなけれ

ばなりません。また、プラズマの導電率が急激に変化する部

分で電流の連続性が保たれないなどの問題があります。今、

有限要素法(FEM)※2 のソルバーを作られているということで

すので、そちらで解決することを期待しています。電磁場解

析がFEMで実装されたら、ぜひ使ってみたいと思います。

※2:現在、STAR-CCM+において開発中の機能

編集部 : 大規模並列に対する要望などはございますか?山本様 : 現状はそれほど不満がありません。発電機やモータなど、構造が複雑な製品の冷却検討や、多数の部品が実装

されているパワエレ製品のプリント基板の温度評価などは、

詳細に実施したら、もちろん規模が大きくなります。しかし、

ハードウェアの制約も当然有りますので、部分モデルでのCFD

や熱回路網計算と組み合わせながら、着目点を絞り込むと

いったアプローチも取っています。

金子様 : RANSの計算では、現在のリソースにて十分と感じています。ただし、複雑な構造の場合、詳細モデルでやってしま

いますと、かなりメッシュが増えてしまいます。このため、エン

ジニアが考えて、簡略化していくことが必要になります。先ほ

どのターンアラウンドタイムというところにも直結するのです

が、楽をしようとすれば、CAD形状全部をそのままCFDモデル

に盛り込むこともできますが、メッシングやポスト処理の時間

も増加します。形状にそこまでの厳密さが求められるのか、

許容される期間がどの程度か、実測データの精度はどの程度

か、といったことも踏まえながら、個々の事案に対して最適な

方法を選択することになります。現時点では、複数条件での

比較評価を行うことが多いため、形状をある程度簡略化した

上で解析評価を実施した方が、速いと判断しています。あと5

年、10年して、もっとマシンも速くなり、ふんだんなリソースが

使えるようになり、さらに、計測技術も合わせて進化してくれ

ば状況は変わると思いますが。

榎並様 : 精度とはあまり関係ないのですが、STAR-CDにはジェネリックスカラーという自分で定義したスカラー変数の

方程式を解く機能がありました。STAR-CCM+にはその機能

が無く、新しい物理方程式を自分で定義して連成させること

ができないため、その部分の拡張性があればよいと感じてい

ます。例えば、アーク解析でも非平衡モデルで計算するには、

電子温度を考慮した新しい方程式を追加しなければならない

のですが、それがパッシブスカラー機能ではできません。

編集部 : 貴重なご意見、ありがとうございます。開発にフィードバックをかけさせていただきます。

編集部 : 製品開発における成功事例や苦労話などお聞かせいただけますでしょうか。

榎並様 : アーク解析は開発当初は単純な棒状の電極間にあるアークからスタートし、現在までに配線用遮断器、気中遮断

器、サーキットプロテクタなどの製品に適用してアーク電圧を

予測できるようになってきています。

 開発過程では計算を安定させるのにとても苦労しました。

STAR-CCM+にはベクトルポテンシャル法で磁場を計算する機

能がありますが、時間刻みがμsオーダーで短い場合や、流体

と固体との間に不連続メッシュがある場合には安定性が低

かったため、ビオ・サバールの式※3 に基づく磁場計算機能を独

自に開発しました。この方法は安定性が非常に高い一方、N2

のオーダーで計算時間が増加する問題があるため、GPUを用

いた並列計算を利用して高速化しています。

 また鉄のような磁性体については、表面電流法という境界

要素法の一種で磁化電流を解いて磁場を計算しています。

線形解析であるためB-H特性※4 や渦電流※5 を考慮できない

点と、LU分解※6 による直接法を用いているため表面要素の分

割数をむやみに増やせない点が制約となりますが、安定して

解を得ることができます。

 磁性体の形状が複雑な場合や数が多い場合には実験結果

との乖離が大きくなる傾向があるなど表面電流法の限界も見

えてきていますので、STAR-CCM+のFEMによる磁場計算機能

の実現に期待しています。

※3:ビオ・サバールの式は、電流によってその周りに生じる磁場を計算するための電磁気学における法則。

※4:B-H特性は、磁性体の磁化過程を示す曲線であり、外部磁場Hに対する磁束密度Bの変化をプロットしたもの。

※5:渦電流は電磁誘導により導体内部に生じる渦状の電流。※6:LU分解は数学における行列の分解方法で、連立一次方程式を解くために

用いられる。

編集部 : グローバル展開される製品の開発時に注意している点を教えてください。

山本様 : あくまで一例になりますが、国内向けの製品に比較して、高い耐環境性能が要求されることがよくあります。鉄道向

けやプラント向けの電機品は屋外の環境にさらされることが

あります。吸気部に砂などの塵埃や氷雪が侵入しないように

するための構造が課題となることもあり、ラグランジェ二相流

での検討なども実施しています。

榎並様 : 燃料電池ではヨーロッパ向けの製品でCEマーキング※7

などの基準への対応が必要になります。例えば防爆性の基

準を満たすため、漏洩事故時の可燃性ガス濃度が爆発限界以

下になるか、砂や粉塵対策としてフィルターを付けた場合に

内部機器の温度が仕様上問題ないか、といったことをCFDで

確認します。

※7:CEマーキングとは、EUで販売される指定の製品に付けられる基準適合マーク。

編集部 : 御社内でのグループ間の情報共有などはどのようにされているのでしょうか。

山本様 : 全社横断的な位置づけで、設計技術部会という組織があり、3D-CAD設計やEMC※8 対策などの設計に関わる共通基盤

技術の強化を行っています。その中に「CAE連絡会」という組織

も設けられており、現在は私がリーダーを務めています。各事業

所のCAEのキーマンが参加する連絡会を年に4回ほど開催して

おり、その場でトピックス的な内容や技術課題に関する情報共有

や、社内におけるCAE関連の講習会の企画などを行っています。

※8:EMC(electromagnetic compatibility)は電気・電子機器が機器自身や他の機器に影響を与えるような電磁妨害波を生じないこと。

編集部 : CAE/CFDにおける人材教育などで力を入れている点などございますか?

山本様 : CAEの基本は当然ですが、製品開発で活用する場合は、解析結果と実測データを見たうえで、解析上の誤差要因

や、製品としての改善ポイントを分析、判断することが必要にな

ります。その意味で、特に若手のメンバーに対しては、CAEだ

けでなく、実測検証の方も取り組ませるよう、目を向けさせるよ

うにしています。ソフトウェアの操作に関しては、CD-adapco

を含めたベンダーのセミナーなども活用させて頂いています。

 我々の業務ですと、どうしても飛び込みでの解析が多く、そ

れらに迅速に対応するため、依頼元やその製品に携わってい

る者から設計意図や従来製品での実績などについて話を聞く

とともに、実測データがあれば、その結果も見ながら解析評

価の方針を検討します。CAEだけではなく、製品性能を総合

的に評価するスキルが重要になってきますので、このスキルに

ついては、仕事を通じて、徐々に習得していきます。

編集部 : STAR-CCM+やOptimate+などの感想を教えてください。

榎並様 : STAR-CCM+は、仕事のメインツールとして、ほぼ毎日

使用していて、非常に役に立っています。機能としても、かな

り充実していると思います。Javaマクロでの自動化も得意な

ので、この部分はSTAR-CDよりかなり柔軟性が高いと感じて

います。まだあまり試せていないのですが、STAR-CCM+アド

オンのOptimate+も使える環境にありますので、パラメータ

最適化に活用していきたいと思っています。

金子様 : メッシングが時間的なボトルネックになることが多いため、もう少し速くなるとうれしいです。適切な解析モデルを

構築するため、条件やメッシュ分割を含めた様々な試行も実施

しなければならないので、メッシングの1~2時間も無視できな

いのが実情です。部分的な変更などに対して、pro-STARのよう

な柔軟性を持たせるように改良していただけると助かります。

編集部 : STAR-CCM+などの製品や技術サポートに望まれることはありますか?

山本様 : いつも迅速に対応して頂いており、非常に助かっています。現在もかなり充実していると思いますが、マニュアル

やサポート資料での「ベストプラクティス」の部分を継続的に

拡充して頂ければと思います。社内の各部門から比較的短期

間での評価を依頼されることが多く、様々な分野でベースとな

る解析手順や条件設定手法が整理されていると助かります。

編集部 : 今後、御社で実施していきたい解析テーマを教えてください。また、今後、導入して欲しい機能やサービスなどは

ございますか?

山本様 : 現在もOptimate+やAdjoint法を部分的に利用していますが、最適化に関しては、さらにうまく活用していきたいと

考えています。また、現在は社内のクラスタマシンにて運用し

ていますが、クラウド環境での大規模解析や、最適なライセン

ス構成に関しても、今後相談させていただければと思います。

榎並様 : STAR-CCM+にもう少し自由度が高ければ良いなと思います。また、有限要素法ソルバーに非常に期待しています。

 CAEに対する深い知見と、20年を超えるSTAR-CD、STAR-CCM+

などのCFDに対する深い知識を基に、エンジニアの知見を解

析に盛り込み、非常に難易度の高いシミュレーションを実施さ

れていた。またターンアラウンドタイムの短縮のためにエンジ

ニアのスキルを基にした解析モデルの簡略化や連成解析など

の独自アプローチを開発されており非常に感銘を受けました。

本インタビューでいただいたご要望はじめ、更なる機能開発を

基に、製品開発を一層支援させていただきます。

【文責 : CD-adapcoマーケティング 舛重 国規 、 髙橋 由香】

ターンアラウンドタイムの短縮̶ エンジニアの知見を基にモデルを簡略化

アーク解析における独自手法の開発

15

User Interview File:05 第5回 :富士電機株式会社 熱応用システム研究部5

図1 : アーク解析のフロー

電流

単一ファイル

単一ファイル

領域分割ユーザーコード

ユーザーコード

STAR-CCM+

外部実行ファイル

電流

表面電流

Javaマクロ プログラム データファイル

磁場計算

表面電流磁場計算

表面電流計算外部処理起動

電流出力

磁場テーブル更新

熱流体計算起動 熱流体・電流計算

ISSUE 04

Page 17: 04 JAPAN EDITION ISSUE - MDXmdx2.plm.automation.siemens.com/sites/default/files/... · 2018-05-06 · ことがありますが、解析をしてみるとその範囲が広がるという

 富士電機は90年を超える歴史を持つ電機メーカーです。

古河電気工業とドイツのシーメンス社による資本・技術提携に

より設立され、古河の「ふ」とシーメンスの「し」から、富士電機と

命名されました。発電・社会インフラ、産業インフラ、パワエレ

機器、電子デバイス、食品流通と幅広い分野にて事業を展開

しています。

編集部 : 本日はお忙しい中、お時間を頂戴いたしまして、誠にありがとうございます。まずは、ご部署の役割や皆様のご担

当に関して教えていただけますでしょうか?

山本様 : 富士電機全体の共通基盤技術や先端技術の研究開発を行っている先端技術研究所に所属しています。CAEをコ

ア技術とする部門として強度解析や熱流体解析、電磁界解析

などに関わる新技術の開発に取り組むとともに、製品開発や

設計に対する社内での協業や支援を行っています。当社製

品は、発電プラント、変電機器、パワエレ機器、パワー半導体、

自動販売機など多岐にわたりますが、各部門と連携しながら、

解析評価を中心とした業務を行っています。

編集部 : 熱応用システム研究部には各部署から解析の依頼が来るのでしょうか?

山本様 : はい。社内の各部門から解析の依頼が来ます。また、単純に解析の依頼だけではなく、製品開発における各種

の課題に対して、どのような構造にすれば課題が解決できる

か、性能や信頼性が向上するか、といった改善案の提案を含

めて対応するケースも多々あります。

金子様 : 解析だけではなく、コンサルティングの意識を持ちながら対応しています。

編集部 : 皆様のご担当に関して、お聞かせください。山本様 : 私は現在、部門の取りまとめを行っています。社内から様々な依頼が来ますので、それに対する部門内外の橋渡

しの部分を行うとともに、CAEを中心とした部門全体の方向

性の検討や、研究開発テーマの計画、具体化なども行っていま

す。今でも部分的に解析業務も行っていますが、以前は発電

機器やパワエレ機器における冷却検討で、熱流体解析を中心

とした評価を実施していました。

榎並様 : 私は熱流体解析が専門です。アーク※1 のように電磁界が絡む解析があるため、電磁界解析も実施しています。アー

ク解析の他にも、ここ1~2年はAdjoint法を用いた形状最適化

の適用といった新しい技術の整備にも取り組んでいます。

金子様 : 私はパワエレ製品の冷却検討を中心に担当しています。主にインバータやモータを対象として、これらの製品の開

発支援などを中心に取り組んでいます。

※1:アークは、数千度から数万度の高温の気体が電離することで導電性となり、また、電流による発熱で温度が上昇して通電状態が維持される現象。受配電・開閉・制御機器コンポーネントにおいては、接点の開閉時に発生するアークの挙動を予測し、制御することが重要な技術的課題となる。

編集部 : ご部署でのCFD(CAE)の役割や解析テーマなどについてお聞かせください。

山本様 : CAEを中心に担当している部門ですが、分野としては構造と熱流体がメインとなります。強度解析や温度解析を

通じて、製品性能や健全性の評価を行っています。CAEの専

門家として、既存技術を用いて製品評価を行うことと、連成シ

ミュレーションなどの技術を整備して、従来できなかった分

野での解析・設計検討を実現することが主な役割です。最近

特にホットなテーマとしては、熱流体解析と電磁界解析の連

成によるアークの挙動や電流遮断の関係があります。

編集部 : 解析はどういった体制・人数で実施されているのでしょうか。

山本様 : グループとしては約10名の人員になります。研究所の他部門や、各事業所の設計部門にも各種シミュレーション

を行っている技術者や設計者がおり、連携を取りながら業務

を実施しています。各事業所の設計部門などと一緒に開発

を行う際は、シミュレーションに関する新技術の整備や、製品

開発初期段階での解析評価は我々が実施します。そして、シ

ミュレーションの技術開発が完了、評価手法が確立したもの

については、順次各事業所に移管するようにもしています。

編集部 : 解析をチームで行う際に気をつけている点などあれば教えていただけますか。

山本様 : 半導体から発電機まで対象製品や分野が広いため、各案件の担当者単独では知識の面、技術の面で十分カバーし

きれない部分が生ずることがあります。その一方、当グルー

プでは様々な製品、分野での経験を持ったメンバーが揃って

いることが強みとして挙げられます。定例のミーティングや

日常業務の中でいろいろディスカッションし、皆で知恵を出し

合うようにしています。

金子様 : さまざまな製品がある中、解析技術だけではなく、設計技術についても、コアの技術として横串で見た場合、この

技術を違う製品に使えるのではないか?といったことがありま

す。例えば、製品冷却における伝熱促進技術の一部を半導

体分野での成膜や洗浄に展開できるなど、熱移動と物質移動

のアナロジーとして様々な場面で応用ができます。少し話が

ずれてしまうかもしれませんが、そのようなことも、幅広い分

野に携わっていることの強みの一つだと思います。

編集部 : CFDの必要性や適用する際に難しい点を教えていただけますでしょうか?

山本様 : 特に発電や変電向けのプラント機器は、試作試験の実施がそもそも難しかったりします。詳細な測定が困難な場

合も多いので、CFD無しでは新製品の開発が難しいという背

景があります。また、パワエレ製品の場合は、多くの場合、非

常に短い期間での開発が要求されます。試作評価と解析検

証の併用にて製品開発が行われていますが、特に冷却につい

ては、筐体設計がある程度進んだ段階にならないと、詳細な

計測評価はできません。事前に解析を実施して、構造案を絞

り込むことで、開発期間の短縮を実現しています。

金子様 : 難しいと思う点は、様々な製品があるため、評価検討の手法を共通化する、ルーチン化するのが容易ではない点です。

製品構造がある程度決まっている場合や、多くのケーススタ

ディーにて評価を行う場合は、マクロプログラムなどを利用して

自動化を図り、大幅に作業効率を向上させることができますが、

我々の部門では、製品の幅が広すぎることもあり、そこが難しい

所だと思っています。

山本様 : 解析対象の製品が量産品ではなく、一品モノであることも多く、解析モデル作成から都度対応することになりま

す。そういった意味では、STAR-CCM+はメッシャーが非常に

強力なので、社内の関連部門から3次元のCADデータをもらっ

てから、メッシュ作成、性能評価まで、短期間で対応できるの

で非常に恩恵にあずかっています。

榎並様 : メッシングについては、今のSTAR-CCM+の機能では、非常に大きな規模のモデルになるとメッシュ作成の一回

の試行で2~3時間かかってしまうことがあります。この場合、

少し形状を変えて、もう一回メッシュを切ると、また3時間か

かります。この時間のロスが大きなモデルになってくると無

視できなくなります。また、ソルバーの精度については、アー

ク解析では電流の計算をSTAR-CCM+のポテンシャルソルバー

で実施していますが、混合精度版では、金属の導電率に本来

の値を設定すると発散しやすいため、倍精度で計算しなけれ

ばなりません。また、プラズマの導電率が急激に変化する部

分で電流の連続性が保たれないなどの問題があります。今、

有限要素法(FEM)※2 のソルバーを作られているということで

すので、そちらで解決することを期待しています。電磁場解

析がFEMで実装されたら、ぜひ使ってみたいと思います。

※2:現在、STAR-CCM+において開発中の機能

編集部 : 大規模並列に対する要望などはございますか?山本様 : 現状はそれほど不満がありません。発電機やモータなど、構造が複雑な製品の冷却検討や、多数の部品が実装

されているパワエレ製品のプリント基板の温度評価などは、

詳細に実施したら、もちろん規模が大きくなります。しかし、

ハードウェアの制約も当然有りますので、部分モデルでのCFD

や熱回路網計算と組み合わせながら、着目点を絞り込むと

いったアプローチも取っています。

金子様 : RANSの計算では、現在のリソースにて十分と感じています。ただし、複雑な構造の場合、詳細モデルでやってしま

いますと、かなりメッシュが増えてしまいます。このため、エン

ジニアが考えて、簡略化していくことが必要になります。先ほ

どのターンアラウンドタイムというところにも直結するのです

が、楽をしようとすれば、CAD形状全部をそのままCFDモデル

に盛り込むこともできますが、メッシングやポスト処理の時間

も増加します。形状にそこまでの厳密さが求められるのか、

許容される期間がどの程度か、実測データの精度はどの程度

か、といったことも踏まえながら、個々の事案に対して最適な

方法を選択することになります。現時点では、複数条件での

比較評価を行うことが多いため、形状をある程度簡略化した

上で解析評価を実施した方が、速いと判断しています。あと5

年、10年して、もっとマシンも速くなり、ふんだんなリソースが

使えるようになり、さらに、計測技術も合わせて進化してくれ

ば状況は変わると思いますが。

榎並様 : 精度とはあまり関係ないのですが、STAR-CDにはジェネリックスカラーという自分で定義したスカラー変数の

方程式を解く機能がありました。STAR-CCM+にはその機能

が無く、新しい物理方程式を自分で定義して連成させること

ができないため、その部分の拡張性があればよいと感じてい

ます。例えば、アーク解析でも非平衡モデルで計算するには、

電子温度を考慮した新しい方程式を追加しなければならない

のですが、それがパッシブスカラー機能ではできません。

編集部 : 貴重なご意見、ありがとうございます。開発にフィードバックをかけさせていただきます。

編集部 : 製品開発における成功事例や苦労話などお聞かせいただけますでしょうか。

榎並様 : アーク解析は開発当初は単純な棒状の電極間にあるアークからスタートし、現在までに配線用遮断器、気中遮断

器、サーキットプロテクタなどの製品に適用してアーク電圧を

予測できるようになってきています。

 開発過程では計算を安定させるのにとても苦労しました。

STAR-CCM+にはベクトルポテンシャル法で磁場を計算する機

能がありますが、時間刻みがμsオーダーで短い場合や、流体

と固体との間に不連続メッシュがある場合には安定性が低

かったため、ビオ・サバールの式※3 に基づく磁場計算機能を独

自に開発しました。この方法は安定性が非常に高い一方、N2

のオーダーで計算時間が増加する問題があるため、GPUを用

いた並列計算を利用して高速化しています。

 また鉄のような磁性体については、表面電流法という境界

要素法の一種で磁化電流を解いて磁場を計算しています。

線形解析であるためB-H特性※4 や渦電流※5 を考慮できない

点と、LU分解※6 による直接法を用いているため表面要素の分

割数をむやみに増やせない点が制約となりますが、安定して

解を得ることができます。

 磁性体の形状が複雑な場合や数が多い場合には実験結果

との乖離が大きくなる傾向があるなど表面電流法の限界も見

えてきていますので、STAR-CCM+のFEMによる磁場計算機能

の実現に期待しています。

※3:ビオ・サバールの式は、電流によってその周りに生じる磁場を計算するための電磁気学における法則。

※4:B-H特性は、磁性体の磁化過程を示す曲線であり、外部磁場Hに対する磁束密度Bの変化をプロットしたもの。

※5:渦電流は電磁誘導により導体内部に生じる渦状の電流。※6:LU分解は数学における行列の分解方法で、連立一次方程式を解くために

用いられる。

編集部 : グローバル展開される製品の開発時に注意している点を教えてください。

山本様 : あくまで一例になりますが、国内向けの製品に比較して、高い耐環境性能が要求されることがよくあります。鉄道向

けやプラント向けの電機品は屋外の環境にさらされることが

あります。吸気部に砂などの塵埃や氷雪が侵入しないように

するための構造が課題となることもあり、ラグランジェ二相流

での検討なども実施しています。

榎並様 : 燃料電池ではヨーロッパ向けの製品でCEマーキング※7

などの基準への対応が必要になります。例えば防爆性の基

準を満たすため、漏洩事故時の可燃性ガス濃度が爆発限界以

下になるか、砂や粉塵対策としてフィルターを付けた場合に

内部機器の温度が仕様上問題ないか、といったことをCFDで

確認します。

※7:CEマーキングとは、EUで販売される指定の製品に付けられる基準適合マーク。

編集部 : 御社内でのグループ間の情報共有などはどのようにされているのでしょうか。

山本様 : 全社横断的な位置づけで、設計技術部会という組織があり、3D-CAD設計やEMC※8 対策などの設計に関わる共通基盤

技術の強化を行っています。その中に「CAE連絡会」という組織

も設けられており、現在は私がリーダーを務めています。各事業

所のCAEのキーマンが参加する連絡会を年に4回ほど開催して

おり、その場でトピックス的な内容や技術課題に関する情報共有

や、社内におけるCAE関連の講習会の企画などを行っています。

※8:EMC(electromagnetic compatibility)は電気・電子機器が機器自身や他の機器に影響を与えるような電磁妨害波を生じないこと。

編集部 : CAE/CFDにおける人材教育などで力を入れている点などございますか?

山本様 : CAEの基本は当然ですが、製品開発で活用する場合は、解析結果と実測データを見たうえで、解析上の誤差要因

や、製品としての改善ポイントを分析、判断することが必要にな

ります。その意味で、特に若手のメンバーに対しては、CAEだ

けでなく、実測検証の方も取り組ませるよう、目を向けさせるよ

うにしています。ソフトウェアの操作に関しては、CD-adapco

を含めたベンダーのセミナーなども活用させて頂いています。

 我々の業務ですと、どうしても飛び込みでの解析が多く、そ

れらに迅速に対応するため、依頼元やその製品に携わってい

る者から設計意図や従来製品での実績などについて話を聞く

とともに、実測データがあれば、その結果も見ながら解析評

価の方針を検討します。CAEだけではなく、製品性能を総合

的に評価するスキルが重要になってきますので、このスキルに

ついては、仕事を通じて、徐々に習得していきます。

編集部 : STAR-CCM+やOptimate+などの感想を教えてください。

榎並様 : STAR-CCM+は、仕事のメインツールとして、ほぼ毎日

使用していて、非常に役に立っています。機能としても、かな

り充実していると思います。Javaマクロでの自動化も得意な

ので、この部分はSTAR-CDよりかなり柔軟性が高いと感じて

います。まだあまり試せていないのですが、STAR-CCM+アド

オンのOptimate+も使える環境にありますので、パラメータ

最適化に活用していきたいと思っています。

金子様 : メッシングが時間的なボトルネックになることが多いため、もう少し速くなるとうれしいです。適切な解析モデルを

構築するため、条件やメッシュ分割を含めた様々な試行も実施

しなければならないので、メッシングの1~2時間も無視できな

いのが実情です。部分的な変更などに対して、pro-STARのよう

な柔軟性を持たせるように改良していただけると助かります。

編集部 : STAR-CCM+などの製品や技術サポートに望まれることはありますか?

山本様 : いつも迅速に対応して頂いており、非常に助かっています。現在もかなり充実していると思いますが、マニュアル

やサポート資料での「ベストプラクティス」の部分を継続的に

拡充して頂ければと思います。社内の各部門から比較的短期

間での評価を依頼されることが多く、様々な分野でベースとな

る解析手順や条件設定手法が整理されていると助かります。

編集部 : 今後、御社で実施していきたい解析テーマを教えてください。また、今後、導入して欲しい機能やサービスなどは

ございますか?

山本様 : 現在もOptimate+やAdjoint法を部分的に利用していますが、最適化に関しては、さらにうまく活用していきたいと

考えています。また、現在は社内のクラスタマシンにて運用し

ていますが、クラウド環境での大規模解析や、最適なライセン

ス構成に関しても、今後相談させていただければと思います。

榎並様 : STAR-CCM+にもう少し自由度が高ければ良いなと思います。また、有限要素法ソルバーに非常に期待しています。

 CAEに対する深い知見と、20年を超えるSTAR-CD、STAR-CCM+

などのCFDに対する深い知識を基に、エンジニアの知見を解

析に盛り込み、非常に難易度の高いシミュレーションを実施さ

れていた。またターンアラウンドタイムの短縮のためにエンジ

ニアのスキルを基にした解析モデルの簡略化や連成解析など

の独自アプローチを開発されており非常に感銘を受けました。

本インタビューでいただいたご要望はじめ、更なる機能開発を

基に、製品開発を一層支援させていただきます。

【文責 : CD-adapcoマーケティング 舛重 国規 、 髙橋 由香】

16

図2 : アーク解析

図4 : 燃料電池解析(温度分布)図3 : サーキットプロテクタのアーク電圧

ISSUE 04

電圧(解析)電圧(実験)電流(解析)電流(実験)

時間

アーク電圧、電流

配線用遮断器

気中遮断器

サーキットプロテクタ

Page 18: 04 JAPAN EDITION ISSUE - MDXmdx2.plm.automation.siemens.com/sites/default/files/... · 2018-05-06 · ことがありますが、解析をしてみるとその範囲が広がるという

 富士電機は90年を超える歴史を持つ電機メーカーです。

古河電気工業とドイツのシーメンス社による資本・技術提携に

より設立され、古河の「ふ」とシーメンスの「し」から、富士電機と

命名されました。発電・社会インフラ、産業インフラ、パワエレ

機器、電子デバイス、食品流通と幅広い分野にて事業を展開

しています。

編集部 : 本日はお忙しい中、お時間を頂戴いたしまして、誠にありがとうございます。まずは、ご部署の役割や皆様のご担

当に関して教えていただけますでしょうか?

山本様 : 富士電機全体の共通基盤技術や先端技術の研究開発を行っている先端技術研究所に所属しています。CAEをコ

ア技術とする部門として強度解析や熱流体解析、電磁界解析

などに関わる新技術の開発に取り組むとともに、製品開発や

設計に対する社内での協業や支援を行っています。当社製

品は、発電プラント、変電機器、パワエレ機器、パワー半導体、

自動販売機など多岐にわたりますが、各部門と連携しながら、

解析評価を中心とした業務を行っています。

編集部 : 熱応用システム研究部には各部署から解析の依頼が来るのでしょうか?

山本様 : はい。社内の各部門から解析の依頼が来ます。また、単純に解析の依頼だけではなく、製品開発における各種

の課題に対して、どのような構造にすれば課題が解決できる

か、性能や信頼性が向上するか、といった改善案の提案を含

めて対応するケースも多々あります。

金子様 : 解析だけではなく、コンサルティングの意識を持ちながら対応しています。

編集部 : 皆様のご担当に関して、お聞かせください。山本様 : 私は現在、部門の取りまとめを行っています。社内から様々な依頼が来ますので、それに対する部門内外の橋渡

しの部分を行うとともに、CAEを中心とした部門全体の方向

性の検討や、研究開発テーマの計画、具体化なども行っていま

す。今でも部分的に解析業務も行っていますが、以前は発電

機器やパワエレ機器における冷却検討で、熱流体解析を中心

とした評価を実施していました。

榎並様 : 私は熱流体解析が専門です。アーク※1 のように電磁界が絡む解析があるため、電磁界解析も実施しています。アー

ク解析の他にも、ここ1~2年はAdjoint法を用いた形状最適化

の適用といった新しい技術の整備にも取り組んでいます。

金子様 : 私はパワエレ製品の冷却検討を中心に担当しています。主にインバータやモータを対象として、これらの製品の開

発支援などを中心に取り組んでいます。

※1:アークは、数千度から数万度の高温の気体が電離することで導電性となり、また、電流による発熱で温度が上昇して通電状態が維持される現象。受配電・開閉・制御機器コンポーネントにおいては、接点の開閉時に発生するアークの挙動を予測し、制御することが重要な技術的課題となる。

編集部 : ご部署でのCFD(CAE)の役割や解析テーマなどについてお聞かせください。

山本様 : CAEを中心に担当している部門ですが、分野としては構造と熱流体がメインとなります。強度解析や温度解析を

通じて、製品性能や健全性の評価を行っています。CAEの専

門家として、既存技術を用いて製品評価を行うことと、連成シ

ミュレーションなどの技術を整備して、従来できなかった分

野での解析・設計検討を実現することが主な役割です。最近

特にホットなテーマとしては、熱流体解析と電磁界解析の連

成によるアークの挙動や電流遮断の関係があります。

編集部 : 解析はどういった体制・人数で実施されているのでしょうか。

山本様 : グループとしては約10名の人員になります。研究所の他部門や、各事業所の設計部門にも各種シミュレーション

を行っている技術者や設計者がおり、連携を取りながら業務

を実施しています。各事業所の設計部門などと一緒に開発

を行う際は、シミュレーションに関する新技術の整備や、製品

開発初期段階での解析評価は我々が実施します。そして、シ

ミュレーションの技術開発が完了、評価手法が確立したもの

については、順次各事業所に移管するようにもしています。

編集部 : 解析をチームで行う際に気をつけている点などあれば教えていただけますか。

山本様 : 半導体から発電機まで対象製品や分野が広いため、各案件の担当者単独では知識の面、技術の面で十分カバーし

きれない部分が生ずることがあります。その一方、当グルー

プでは様々な製品、分野での経験を持ったメンバーが揃って

いることが強みとして挙げられます。定例のミーティングや

日常業務の中でいろいろディスカッションし、皆で知恵を出し

合うようにしています。

金子様 : さまざまな製品がある中、解析技術だけではなく、設計技術についても、コアの技術として横串で見た場合、この

技術を違う製品に使えるのではないか?といったことがありま

す。例えば、製品冷却における伝熱促進技術の一部を半導

体分野での成膜や洗浄に展開できるなど、熱移動と物質移動

のアナロジーとして様々な場面で応用ができます。少し話が

ずれてしまうかもしれませんが、そのようなことも、幅広い分

野に携わっていることの強みの一つだと思います。

編集部 : CFDの必要性や適用する際に難しい点を教えていただけますでしょうか?

山本様 : 特に発電や変電向けのプラント機器は、試作試験の実施がそもそも難しかったりします。詳細な測定が困難な場

合も多いので、CFD無しでは新製品の開発が難しいという背

景があります。また、パワエレ製品の場合は、多くの場合、非

常に短い期間での開発が要求されます。試作評価と解析検

証の併用にて製品開発が行われていますが、特に冷却につい

ては、筐体設計がある程度進んだ段階にならないと、詳細な

計測評価はできません。事前に解析を実施して、構造案を絞

り込むことで、開発期間の短縮を実現しています。

金子様 : 難しいと思う点は、様々な製品があるため、評価検討の手法を共通化する、ルーチン化するのが容易ではない点です。

製品構造がある程度決まっている場合や、多くのケーススタ

ディーにて評価を行う場合は、マクロプログラムなどを利用して

自動化を図り、大幅に作業効率を向上させることができますが、

我々の部門では、製品の幅が広すぎることもあり、そこが難しい

所だと思っています。

山本様 : 解析対象の製品が量産品ではなく、一品モノであることも多く、解析モデル作成から都度対応することになりま

す。そういった意味では、STAR-CCM+はメッシャーが非常に

強力なので、社内の関連部門から3次元のCADデータをもらっ

てから、メッシュ作成、性能評価まで、短期間で対応できるの

で非常に恩恵にあずかっています。

榎並様 : メッシングについては、今のSTAR-CCM+の機能では、非常に大きな規模のモデルになるとメッシュ作成の一回

の試行で2~3時間かかってしまうことがあります。この場合、

少し形状を変えて、もう一回メッシュを切ると、また3時間か

かります。この時間のロスが大きなモデルになってくると無

視できなくなります。また、ソルバーの精度については、アー

ク解析では電流の計算をSTAR-CCM+のポテンシャルソルバー

で実施していますが、混合精度版では、金属の導電率に本来

の値を設定すると発散しやすいため、倍精度で計算しなけれ

ばなりません。また、プラズマの導電率が急激に変化する部

分で電流の連続性が保たれないなどの問題があります。今、

有限要素法(FEM)※2 のソルバーを作られているということで

すので、そちらで解決することを期待しています。電磁場解

析がFEMで実装されたら、ぜひ使ってみたいと思います。

※2:現在、STAR-CCM+において開発中の機能

編集部 : 大規模並列に対する要望などはございますか?山本様 : 現状はそれほど不満がありません。発電機やモータなど、構造が複雑な製品の冷却検討や、多数の部品が実装

されているパワエレ製品のプリント基板の温度評価などは、

詳細に実施したら、もちろん規模が大きくなります。しかし、

ハードウェアの制約も当然有りますので、部分モデルでのCFD

や熱回路網計算と組み合わせながら、着目点を絞り込むと

いったアプローチも取っています。

金子様 : RANSの計算では、現在のリソースにて十分と感じています。ただし、複雑な構造の場合、詳細モデルでやってしま

いますと、かなりメッシュが増えてしまいます。このため、エン

ジニアが考えて、簡略化していくことが必要になります。先ほ

どのターンアラウンドタイムというところにも直結するのです

が、楽をしようとすれば、CAD形状全部をそのままCFDモデル

に盛り込むこともできますが、メッシングやポスト処理の時間

も増加します。形状にそこまでの厳密さが求められるのか、

許容される期間がどの程度か、実測データの精度はどの程度

か、といったことも踏まえながら、個々の事案に対して最適な

方法を選択することになります。現時点では、複数条件での

比較評価を行うことが多いため、形状をある程度簡略化した

上で解析評価を実施した方が、速いと判断しています。あと5

年、10年して、もっとマシンも速くなり、ふんだんなリソースが

使えるようになり、さらに、計測技術も合わせて進化してくれ

ば状況は変わると思いますが。

榎並様 : 精度とはあまり関係ないのですが、STAR-CDにはジェネリックスカラーという自分で定義したスカラー変数の

方程式を解く機能がありました。STAR-CCM+にはその機能

が無く、新しい物理方程式を自分で定義して連成させること

ができないため、その部分の拡張性があればよいと感じてい

ます。例えば、アーク解析でも非平衡モデルで計算するには、

電子温度を考慮した新しい方程式を追加しなければならない

のですが、それがパッシブスカラー機能ではできません。

編集部 : 貴重なご意見、ありがとうございます。開発にフィードバックをかけさせていただきます。

編集部 : 製品開発における成功事例や苦労話などお聞かせいただけますでしょうか。

榎並様 : アーク解析は開発当初は単純な棒状の電極間にあるアークからスタートし、現在までに配線用遮断器、気中遮断

器、サーキットプロテクタなどの製品に適用してアーク電圧を

予測できるようになってきています。

 開発過程では計算を安定させるのにとても苦労しました。

STAR-CCM+にはベクトルポテンシャル法で磁場を計算する機

能がありますが、時間刻みがμsオーダーで短い場合や、流体

と固体との間に不連続メッシュがある場合には安定性が低

かったため、ビオ・サバールの式※3 に基づく磁場計算機能を独

自に開発しました。この方法は安定性が非常に高い一方、N2

のオーダーで計算時間が増加する問題があるため、GPUを用

いた並列計算を利用して高速化しています。

 また鉄のような磁性体については、表面電流法という境界

要素法の一種で磁化電流を解いて磁場を計算しています。

線形解析であるためB-H特性※4 や渦電流※5 を考慮できない

点と、LU分解※6 による直接法を用いているため表面要素の分

割数をむやみに増やせない点が制約となりますが、安定して

解を得ることができます。

 磁性体の形状が複雑な場合や数が多い場合には実験結果

との乖離が大きくなる傾向があるなど表面電流法の限界も見

えてきていますので、STAR-CCM+のFEMによる磁場計算機能

の実現に期待しています。

※3:ビオ・サバールの式は、電流によってその周りに生じる磁場を計算するための電磁気学における法則。

※4:B-H特性は、磁性体の磁化過程を示す曲線であり、外部磁場Hに対する磁束密度Bの変化をプロットしたもの。

※5:渦電流は電磁誘導により導体内部に生じる渦状の電流。※6:LU分解は数学における行列の分解方法で、連立一次方程式を解くために

用いられる。

編集部 : グローバル展開される製品の開発時に注意している点を教えてください。

山本様 : あくまで一例になりますが、国内向けの製品に比較して、高い耐環境性能が要求されることがよくあります。鉄道向

けやプラント向けの電機品は屋外の環境にさらされることが

あります。吸気部に砂などの塵埃や氷雪が侵入しないように

するための構造が課題となることもあり、ラグランジェ二相流

での検討なども実施しています。

榎並様 : 燃料電池ではヨーロッパ向けの製品でCEマーキング※7

などの基準への対応が必要になります。例えば防爆性の基

準を満たすため、漏洩事故時の可燃性ガス濃度が爆発限界以

下になるか、砂や粉塵対策としてフィルターを付けた場合に

内部機器の温度が仕様上問題ないか、といったことをCFDで

確認します。

※7:CEマーキングとは、EUで販売される指定の製品に付けられる基準適合マーク。

編集部 : 御社内でのグループ間の情報共有などはどのようにされているのでしょうか。

山本様 : 全社横断的な位置づけで、設計技術部会という組織があり、3D-CAD設計やEMC※8 対策などの設計に関わる共通基盤

技術の強化を行っています。その中に「CAE連絡会」という組織

も設けられており、現在は私がリーダーを務めています。各事業

所のCAEのキーマンが参加する連絡会を年に4回ほど開催して

おり、その場でトピックス的な内容や技術課題に関する情報共有

や、社内におけるCAE関連の講習会の企画などを行っています。

※8:EMC(electromagnetic compatibility)は電気・電子機器が機器自身や他の機器に影響を与えるような電磁妨害波を生じないこと。

編集部 : CAE/CFDにおける人材教育などで力を入れている点などございますか?

山本様 : CAEの基本は当然ですが、製品開発で活用する場合は、解析結果と実測データを見たうえで、解析上の誤差要因

や、製品としての改善ポイントを分析、判断することが必要にな

ります。その意味で、特に若手のメンバーに対しては、CAEだ

けでなく、実測検証の方も取り組ませるよう、目を向けさせるよ

うにしています。ソフトウェアの操作に関しては、CD-adapco

を含めたベンダーのセミナーなども活用させて頂いています。

 我々の業務ですと、どうしても飛び込みでの解析が多く、そ

れらに迅速に対応するため、依頼元やその製品に携わってい

る者から設計意図や従来製品での実績などについて話を聞く

とともに、実測データがあれば、その結果も見ながら解析評

価の方針を検討します。CAEだけではなく、製品性能を総合

的に評価するスキルが重要になってきますので、このスキルに

ついては、仕事を通じて、徐々に習得していきます。

編集部 : STAR-CCM+やOptimate+などの感想を教えてください。

榎並様 : STAR-CCM+は、仕事のメインツールとして、ほぼ毎日

使用していて、非常に役に立っています。機能としても、かな

り充実していると思います。Javaマクロでの自動化も得意な

ので、この部分はSTAR-CDよりかなり柔軟性が高いと感じて

います。まだあまり試せていないのですが、STAR-CCM+アド

オンのOptimate+も使える環境にありますので、パラメータ

最適化に活用していきたいと思っています。

金子様 : メッシングが時間的なボトルネックになることが多いため、もう少し速くなるとうれしいです。適切な解析モデルを

構築するため、条件やメッシュ分割を含めた様々な試行も実施

しなければならないので、メッシングの1~2時間も無視できな

いのが実情です。部分的な変更などに対して、pro-STARのよう

な柔軟性を持たせるように改良していただけると助かります。

編集部 : STAR-CCM+などの製品や技術サポートに望まれることはありますか?

山本様 : いつも迅速に対応して頂いており、非常に助かっています。現在もかなり充実していると思いますが、マニュアル

やサポート資料での「ベストプラクティス」の部分を継続的に

拡充して頂ければと思います。社内の各部門から比較的短期

間での評価を依頼されることが多く、様々な分野でベースとな

る解析手順や条件設定手法が整理されていると助かります。

編集部 : 今後、御社で実施していきたい解析テーマを教えてください。また、今後、導入して欲しい機能やサービスなどは

ございますか?

山本様 : 現在もOptimate+やAdjoint法を部分的に利用していますが、最適化に関しては、さらにうまく活用していきたいと

考えています。また、現在は社内のクラスタマシンにて運用し

ていますが、クラウド環境での大規模解析や、最適なライセン

ス構成に関しても、今後相談させていただければと思います。

榎並様 : STAR-CCM+にもう少し自由度が高ければ良いなと思います。また、有限要素法ソルバーに非常に期待しています。

 CAEに対する深い知見と、20年を超えるSTAR-CD、STAR-CCM+

などのCFDに対する深い知識を基に、エンジニアの知見を解

析に盛り込み、非常に難易度の高いシミュレーションを実施さ

れていた。またターンアラウンドタイムの短縮のためにエンジ

ニアのスキルを基にした解析モデルの簡略化や連成解析など

の独自アプローチを開発されており非常に感銘を受けました。

本インタビューでいただいたご要望はじめ、更なる機能開発を

基に、製品開発を一層支援させていただきます。

【文責 : CD-adapcoマーケティング 舛重 国規 、 髙橋 由香】

最後に

17

User Interview File:05 第5回 :富士電機株式会社 熱応用システム研究部5

緊急ジョブに柔軟に対応 ̶ そのスキル育成が鍵

ISSUE 04

Page 19: 04 JAPAN EDITION ISSUE - MDXmdx2.plm.automation.siemens.com/sites/default/files/... · 2018-05-06 · ことがありますが、解析をしてみるとその範囲が広がるという

18ISSUE 04

Sponsorship information6 CD-adapco スポンサーシップ情報

 ファンの人もそうでない人も、スポーツカーを見ると純粋に

恰好良さを感じるものです。その感情は、モノづくりの限界に

挑戦するメカそのものへの憧れのみならず、心身ともに可能性

の限界に挑戦するドライバーや関係者へのリスペクトの気持ち

から来るものかもしれません。

 NISMO様ではSTAR-CCM+を活用して車体の空力開発を

行っています。NISMO開発部のチーフエアロダイナミシストの

山本 義隆様に開発について以前お話を伺う機会がありました

が、空力開発時において、風洞実験の中で原因と結果のメカニ

ズムの分析にCFDを活用されており、CFDだから自動で何でも計

算してくれるのではなく、開発者が着目したアイデアやポイント

の裏付けを取るためCFDが重要なツールとなっています。開発者

のスキルや経験はもちろんですが、CFDや実験、そして開発者の

ひらめきが一体となってはじめて最強のクルマが生まれるのだと

気づかされました。(山本様のインタビュー記事については、

Dynamics第2号をご参照ください。)

 ご存知の通りスポーツカーは各メーカーが技術力の限りを

尽くして開発に挑んでいますが、その技術は一般車両にも注入

されています。モータースポーツの恩恵を知らず知らずのうち

に私たちは受けているのです。

 この度、SUPER GT GT500クラスにおいて、2年連続のシ

リーズ・チャンピオン獲得という成果を達成されたことを

CD-adapco一同、大変誇りに思います。今後、さらなる勝利

に向けてCD-adapcoでは一層のサポートをさせて頂きたく

存じます。

【文責 : CD-adapcoマーケティング 髙橋 由香】

2015年 SUPER GT GT500クラスにおいて、「MOTUL AUTECH GT-R」が2年連続のシリーズチャンピオンを獲得

CD-adapcoは、ニッサン・モータースポーツ・インターナショナル

株式会社(NISMO)様へ、車体の空力開発やエンジン性能向上

に必要となる技術提供を行っています。この度、日本最高峰の

モータースポーツカテゴリーである『SUPER GT』シリーズの

GT500クラスにおいて、「MOTUL AUTECH GT-R」が2年連続の

シリーズチャンピオンを獲得しました。

ドライバーの松田次生(中央左)、ロニー・クインタレッリ(中央右)

Page 20: 04 JAPAN EDITION ISSUE - MDXmdx2.plm.automation.siemens.com/sites/default/files/... · 2018-05-06 · ことがありますが、解析をしてみるとその範囲が広がるという

7 Technical Lecture 2 設計探査 テクニカル講座  連載1

 最適化計算は古くは構造部品の軽量化やコストダウンなど、

コンポーネントレベルからものづくりの世界での適用が始まり

ました。その後、最適化技術の進化に加え、コンピューター技術

およびシミュレーション技術の進化もあり、複数のコンポーネ

ントが相互に作用する“システム”の機能バランスを適正化する最適化計算も行われています。また、部品単体のコストダウン

効果だけでなく、量産も含めたライフサイクル全体でのコスト

ダウン効果を試算し、より経営的な視点で最適化計算の投資

価値を見出されている例も近年増えています。

 一方で、「コンピューターが自動で計算するため、エンジニア

の知見・経験を活かせない、エンジニアが考えなくなる」、と

いう不安から最適化計算の導入に二の足を踏んでおられる方

もまだまだ多いのではないでしょうか。確かに最適化計算は

探査アルゴリズムに従いコンピューターが行うものですが、最

適化計算を始めるとエンジニアは考えることを本当に止めて

しまうのでしょうか?

 米国ハーバード大学が発行するハーバード・ビジネス・レ

ビューという雑誌のウェブサイトでとても興味深い記事が昨年

投 稿されました。タイトルは、Here’ s Why People Trust

Human Judgment Over Algorithms (人はなぜアルゴリズ

ムではなく自らの判断を信じるのか)。記事によると、「アルゴ

リズムが優秀だといくら分かっていても、アルゴリズムも稀に

ミスリードすることがある、と聞くと人はアルゴリズムを使わ

なくなる」ということが最新の研究で分かったそうです。

 しかし、記事は続きます。「アルゴリズムが出した結果を鵜呑みにせず自分の判断で少し変えてもよい(tweak)、となると人は一気に(significantly more)アルゴリズムを信じ使い始める」ということも判明したそうです。

 “ものづくり”と“最適化計算”という観点でこの発見を考えてみると、「探査アルゴリズムが見つけたデザインをヒントに、

エンジニアが自身の知見・経験を加味して新しいデザインの

アイデアを出すことで、設計作業の効率が向上するだけでな

く、最終的に得られるデザインに対する理解度や納得度が高

くなる」ということではないでしょうか。

 HEEDS、Optimate+には独自開発されたハイブリッドかつ

自己学習型の探査アルゴリズムSHERPA(シェルパ)が搭載さ

れています。SHERPAは複数の探査アルゴリズムを適材適所

で操り(ハイブリッド)、探査の状況に応じて個々のアルゴリズ

ムの設定を自動更新しながら(自己学習)、良いデザインを探

し出すものです。ユーザーが設定するパラメータは「計算回

数」のみで、探査に必要な計算回数も従来のアルゴリズムの

約10分の1になっています。また、扱える設計変数の数にも

上限がありませんので、非線形性の強い問題なども非常に得

意としています。

 SHERPAが他の最適化アルゴリズムと一線を画しているのは、設計開発の現場で働くエンジニアの方々に使っていただくことを大前提にしている点です。ユーザーインタフェースがシンプルで操作が直感的なのはもちろんのこと、エンジニアが

持っている知見、経験、アイデアを最適化計算に取り込むこと

ができるデザインインジェクション機能を有しています。

SHERPAが見つけたデザインからエンジニアがヒントを得、自

身の知見・経験を加味した新しいデザインのアイデアを最適

化計算の途中にボタンクリックで挿入できるものです(図2)。 これはまさに前出の記事での“tweak”するに相当するものではないでしょうか。コラボレーション探査は、コンピューター

とエンジニアの良いところを組み合わせた新しい設計探査の

スタイルです。

 

 自動車用マウント部品に対してコラボレーション探査を行っ

たお客様事例を紹介します。この問題では、性能曲線の合わ

せこみ、つまりターゲット曲線からのずれ(誤差)を最小化する

ことが目的です。図3に示すように、探査の途中結果をエンジニアがレビューし、そこから得た新しいデザインのアイデアを

インジェクションした結果、誤差が大きく低減しています。

 コラボレーション探査の効果はこれだけではありません。

SHERPAは自己学習能力がありますので、エンジニアのアイデ

アをヒントに更に良いデザインを見つけ出します。インジェク

ションの直後に数回に渡って更に誤差を低減するデザインが

見つかっている様子が図3でも確認できます。 SHERPAだけでも十分少ない計算回数で探査ができます

が、デザインインジェクション機能を併用することにより更に

計算回数を少なくすることができます

 コラボレーション探査の価値は「良いデザインをより早く見

つけること」だけではありません。見逃してはいけない点は、「エ

ンジニアが探査結果をヒントに良いデザインのアイデアを自ら

考えること(仮説立案)」、「考えたアイデアをデザインインジェ

クション機能でリアルタイムに計算すること

(仮説検証)」です。コラボレーション探査は、「エンジニアが考える作業」=「仮説立案」+「仮説検証」を強力に支援するものなのです。 コラボレーション探査はエンジニアの育成

にも大きな効果があると考えています。エンジ

ニアの仮説が当たるに越したことはないです

が、仮説が外れたときこそが成長のチャンスで

す。HEEEDSに搭載される様々なチャートを使

い、仮説が外れた理由をエンジニア自らが検証

することで、デザインに対するより深い理解が

得られます。また、この仮説立案⇔仮説検証

のサイクルを若いエンジニアの方とベテランの

エンジニアの方がペアを組んで行っていただく

ことで、暗黙知を含む技術の伝承を効果的に

行う一つの形になるのではないでしょうか。

最適化計算を始めるとエンジニアは考えなくなる?

HEEDS/Optimate+を使ったコラボレーション探査

人はなぜアルゴリズムを信じられないのか?

図1 : アルゴリズムなんて信じられない?

勾配法

NSGA-Ⅱ MOGA

逐次二次計画法

遺伝的アルゴリズム

応答曲面法

粒子群法

焼きなまし法

19 ISSUE 04

コラボレーション探査の真の価値 ̶ 最適化計算を使うとエンジニアは考えなくなる、は本当か?

 CD-adapcoは設計探査ツールHEEDS、Optimate+の販売・サポートを2014年から開始しました。ユーザー様の

数も当初の予想を超え大きく伸びており、製品だけでなく設計探査技術の活用方法などについてもお問合せを多く

いただくようになりましたので、本Dynamicsでも「設計探査 テクニカル講座」の連載を開始する運びとなりました。

記念すべき連載第一回では、「コラボレーション探査」という新しいアプローチの真の価値について議論します。

数多ある最適化ツールのなかでもHEEDSのみが可能とする「コラボレーション探査」の世界をお楽しみください。

Page 21: 04 JAPAN EDITION ISSUE - MDXmdx2.plm.automation.siemens.com/sites/default/files/... · 2018-05-06 · ことがありますが、解析をしてみるとその範囲が広がるという

 最適化計算は古くは構造部品の軽量化やコストダウンなど、

コンポーネントレベルからものづくりの世界での適用が始まり

ました。その後、最適化技術の進化に加え、コンピューター技術

およびシミュレーション技術の進化もあり、複数のコンポーネ

ントが相互に作用する“システム”の機能バランスを適正化する最適化計算も行われています。また、部品単体のコストダウン

効果だけでなく、量産も含めたライフサイクル全体でのコスト

ダウン効果を試算し、より経営的な視点で最適化計算の投資

価値を見出されている例も近年増えています。

 一方で、「コンピューターが自動で計算するため、エンジニア

の知見・経験を活かせない、エンジニアが考えなくなる」、と

いう不安から最適化計算の導入に二の足を踏んでおられる方

もまだまだ多いのではないでしょうか。確かに最適化計算は

探査アルゴリズムに従いコンピューターが行うものですが、最

適化計算を始めるとエンジニアは考えることを本当に止めて

しまうのでしょうか?

 米国ハーバード大学が発行するハーバード・ビジネス・レ

ビューという雑誌のウェブサイトでとても興味深い記事が昨年

投 稿されました。タイトルは、Here’ s Why People Trust

Human Judgment Over Algorithms (人はなぜアルゴリズ

ムではなく自らの判断を信じるのか)。記事によると、「アルゴ

リズムが優秀だといくら分かっていても、アルゴリズムも稀に

ミスリードすることがある、と聞くと人はアルゴリズムを使わ

なくなる」ということが最新の研究で分かったそうです。

 しかし、記事は続きます。「アルゴリズムが出した結果を鵜呑みにせず自分の判断で少し変えてもよい(tweak)、となると人は一気に(significantly more)アルゴリズムを信じ使い始める」ということも判明したそうです。

 “ものづくり”と“最適化計算”という観点でこの発見を考えてみると、「探査アルゴリズムが見つけたデザインをヒントに、

エンジニアが自身の知見・経験を加味して新しいデザインの

アイデアを出すことで、設計作業の効率が向上するだけでな

く、最終的に得られるデザインに対する理解度や納得度が高

くなる」ということではないでしょうか。

 HEEDS、Optimate+には独自開発されたハイブリッドかつ

自己学習型の探査アルゴリズムSHERPA(シェルパ)が搭載さ

れています。SHERPAは複数の探査アルゴリズムを適材適所

で操り(ハイブリッド)、探査の状況に応じて個々のアルゴリズ

ムの設定を自動更新しながら(自己学習)、良いデザインを探

し出すものです。ユーザーが設定するパラメータは「計算回

数」のみで、探査に必要な計算回数も従来のアルゴリズムの

約10分の1になっています。また、扱える設計変数の数にも

上限がありませんので、非線形性の強い問題なども非常に得

意としています。

 SHERPAが他の最適化アルゴリズムと一線を画しているのは、設計開発の現場で働くエンジニアの方々に使っていただくことを大前提にしている点です。ユーザーインタフェースがシンプルで操作が直感的なのはもちろんのこと、エンジニアが

持っている知見、経験、アイデアを最適化計算に取り込むこと

ができるデザインインジェクション機能を有しています。

SHERPAが見つけたデザインからエンジニアがヒントを得、自

身の知見・経験を加味した新しいデザインのアイデアを最適

化計算の途中にボタンクリックで挿入できるものです(図2)。 これはまさに前出の記事での“tweak”するに相当するものではないでしょうか。コラボレーション探査は、コンピューター

とエンジニアの良いところを組み合わせた新しい設計探査の

スタイルです。

 

 自動車用マウント部品に対してコラボレーション探査を行っ

たお客様事例を紹介します。この問題では、性能曲線の合わ

せこみ、つまりターゲット曲線からのずれ(誤差)を最小化する

ことが目的です。図3に示すように、探査の途中結果をエンジニアがレビューし、そこから得た新しいデザインのアイデアを

インジェクションした結果、誤差が大きく低減しています。

 コラボレーション探査の効果はこれだけではありません。

SHERPAは自己学習能力がありますので、エンジニアのアイデ

アをヒントに更に良いデザインを見つけ出します。インジェク

ションの直後に数回に渡って更に誤差を低減するデザインが

見つかっている様子が図3でも確認できます。 SHERPAだけでも十分少ない計算回数で探査ができます

が、デザインインジェクション機能を併用することにより更に

計算回数を少なくすることができます

 コラボレーション探査の価値は「良いデザインをより早く見

つけること」だけではありません。見逃してはいけない点は、「エ

ンジニアが探査結果をヒントに良いデザインのアイデアを自ら

考えること(仮説立案)」、「考えたアイデアをデザインインジェ

クション機能でリアルタイムに計算すること

(仮説検証)」です。コラボレーション探査は、「エンジニアが考える作業」=「仮説立案」+「仮説検証」を強力に支援するものなのです。 コラボレーション探査はエンジニアの育成

にも大きな効果があると考えています。エンジ

ニアの仮説が当たるに越したことはないです

が、仮説が外れたときこそが成長のチャンスで

す。HEEEDSに搭載される様々なチャートを使

い、仮説が外れた理由をエンジニア自らが検証

することで、デザインに対するより深い理解が

得られます。また、この仮説立案⇔仮説検証

のサイクルを若いエンジニアの方とベテランの

エンジニアの方がペアを組んで行っていただく

ことで、暗黙知を含む技術の伝承を効果的に

行う一つの形になるのではないでしょうか。

コラボレーション探査のお客様例

コラボレーション探査の真の価値

【文責 : CD-adapco MDXチーム 松村 泰起*】*工学博士、米国PMI認定 Project Management Professional図3 : コラボレーション探査の効果

図2 : デザインインジェクションのボタン

20ISSUE 04

デザイン番号

誤差の大幅な低減タ

ーゲ

ット

から

の誤

差To

tal R

MS

Erro

r

00

0.5

1

1.5

2x 107

50 100 150 200 250

エンジニアによって挿入されたデザイン!

その後もHEEDSがデザインを改善!

Page 22: 04 JAPAN EDITION ISSUE - MDXmdx2.plm.automation.siemens.com/sites/default/files/... · 2018-05-06 · ことがありますが、解析をしてみるとその範囲が広がるという

8 Technical Lecture 3 STAR-CD/es-ice Tips

 ECFM-CLEHでは自着火モデルにTKI-PDF(Tabulated Kinetics

for Ignition with Probability Density Function)が採用されて

います。

 自着火は酸化の初期段階での大規模な活性中間体ラジカ

ルの生成によって特徴づけられますが、CFDでの計算コスト

は、離散点毎の詳細な素反応メカニズムの計算と多数の化学

種の輸送方程式を解く必要があるため、高いと考えられます。

TKI-PDFは、CFDコードで簡単な方法で自着火を計算するた

めに提案されたモデルで、以下の特徴があります。

・ CFD計算の前に予め準備されたテーブル・ 素反応メカニズムと詳細反応ソルバーにより準備・ 乱流との相互作用を考慮・ 冷炎が発生するまでの時刻τd1がテーブル化

・ 熱炎による熱発生の時間微分 dc/dtがテーブル化

 ここで、 τd1とdc/dtは次式に示す独立変数によって決定さ

れる従属変数としてテーブル化されています。

 ここで、Tu 、 p、φ、Xres 、c、sTは、それぞれ、未燃温度、圧

力、当量比、EGR率、自着火進行度、温度変動により定義され

る偏析係数(Segregation factor、0-1の値域を持つ)です。自

着火進行度cは、エンタルピーベースで定義されています。

 ここで、hb298は既燃エンタルピー、hu298は未燃エンタル

ピーです。

 sTは温度の空間分布の不均一性を表す値で、乱流との相互

作用が考慮されています。温度の空間分布の存在により生成

(増加)し、乱流混合により散逸(減少)する値であり、sTが大き

い条件で、τd1は小さくなり、自着火が発生するまでの時間が

短くなります。図1に自着火による温度履歴の一例を示します。

 DARS v2.10以 降で は、ECFM TKI Library Generator(図2参照)により、STAR-CDの自着火モデルであるTKI-PDFのテーブル

を作成することが可能です。独自に準備した素反応メカニズム

をDARSに読み込んだ後に、DARSの作業台にECFM TKI Library

Generatorを配置し(図3参照)、計算条件を設定します。

 TKI-PDFテーブルの独立変数として、未燃温度、圧力、当量

比、EGR率を指定します。“Define stream”により燃料の成分を指定することが可能です。図4の例では、PRF95を想定しIC8H18=0.95、NC7H16=0.05を指定しています。それぞれの

独立変数の離散点は、“Set values”で設定することが可能であり、その刻みには推奨値があります(表1参照)。  図4の例では、未燃温度、圧力、当量比、EGR率に対し表1の推奨値を設定しており、その離散点はそれぞれ、49、9、24、7

です。DARSでは、この組み合わせの74088ケースの計算を実施

することになります。

 LLNLのガソリンサロゲートの素反応メカニズム 2)に対し、

CentOS release 6.3、Intel(R) Xeon(R) CPU E5-2643 0 @ 3.30Gz

の計算機で同時ジョブ実行数を12で計算した場合、上述の条

件数に対しテーブル作成までの時間は、およそ5.5日でした。

計算が正常終了すると、テーブルファイルであるAI_LIB.binが

ECFM-TKILibraryGenerator/ノード名の下に作成されます。

 テーブル作成時に幾つかの条件で計算が収束しなかった場

合、ECFM-TKILibraryGenerator/ノード名の下にUncoverged.log

が作成されます。このファイルの中には収束しなかった条件

のディレクトリ名が羅列されます。この時、時間刻みを小さく

して収束しなかったケースのみスクリプトで再計算することが

可能です。具体的には以下の様に実行してください。

 1. ECFM-TKILibraryGenerator/ノードに移動 2. cp Unconverged.log ./InputFiles/Cases.txt 3. ./run.sh n最後のコマンド実行時に指定するnは計算に使用するコア

数(同時計算実行数)です。詳しくは、DARSのマニュアル

Manual_Book7_LibraryGeneration.pdfをご覧ください。

 es-iceのStar Controlsでは、TKI-PDFの設定がCombustion

パネルで簡単に設定することが可能です。具体的には以下の

様に設定してください(図5参照)。 1. Knock/Auto-ignitionで TKI PDFを選択 2. Table formatにExternalとUserを選択

 計算時には、starのオプションとして、-set UDATA=””を指定し、””の内部には、対象とするAI_LIB.binが存在するディレクトリの絶対パス、または、作業ディレクトリからの相対パス

を指定してください。

例) AI_LIB.binが作業ディレクトリにある場合star ‒set UDATA=”./”

TKI-PDFテーブル

DARSによる独自のTKI-PDFテーブルの作成

図1 : 自着火による温度履歴

図2 : DARSのGUI(AvailableModules)

21 ISSUE 04

 筒内燃焼計算ツールSTAR-CDの燃焼モデルであるECFM-CLEHでは、自着火モデルにTKI-PDF 1)を採用してい

ます。 TKI-PDFでは、テーブル化された着火遅れ時間、進行度を使用して自着火を計算します。テーブルは、素反

応メカニズムを用いて幾つかの条件に対し予め0Dの詳細反応ソルバー によって準備します。STAR-CDのインス

トールディレクトリには、既にガソリンやディーゼルに対し複数のTKI- PDFテーブルが準備されています。同時に

そのフォーマットは公開されており、 独自の素反応メカニズムによるテーブルを作成することも可能です。

 本稿では、STAR-CD との連携が可能な詳細化学反応ツールDARS(v2.10以降)を使用し、公開フォーマットに

従ったテーブルの自動作成方法について簡単に説明します。

τd1 τd1 φpTu Xres sT= 、 、 、 、

φdcdt

dcdt

= pTu Xres c sT、 、 、 、 、

c ≡h298

hb298

hu298

hu298

--

独自の素反応メカニズムによる自着火モデル用テーブルの作成がより手軽に! ̶ STAR-CD/es-ice ECFM-CLEH用TKI-PDFテーブルの作成

τd1

dc/dt

c 1=

c 0=

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 ECFM-CLEHでは自着火モデルにTKI-PDF(Tabulated Kinetics

for Ignition with Probability Density Function)が採用されて

います。

 自着火は酸化の初期段階での大規模な活性中間体ラジカ

ルの生成によって特徴づけられますが、CFDでの計算コスト

は、離散点毎の詳細な素反応メカニズムの計算と多数の化学

種の輸送方程式を解く必要があるため、高いと考えられます。

TKI-PDFは、CFDコードで簡単な方法で自着火を計算するた

めに提案されたモデルで、以下の特徴があります。

・ CFD計算の前に予め準備されたテーブル・ 素反応メカニズムと詳細反応ソルバーにより準備・ 乱流との相互作用を考慮・ 冷炎が発生するまでの時刻τd1がテーブル化

・ 熱炎による熱発生の時間微分 dc/dtがテーブル化

 ここで、 τd1とdc/dtは次式に示す独立変数によって決定さ

れる従属変数としてテーブル化されています。

 ここで、Tu 、 p、φ、Xres 、c、sTは、それぞれ、未燃温度、圧

力、当量比、EGR率、自着火進行度、温度変動により定義され

る偏析係数(Segregation factor、0-1の値域を持つ)です。自

着火進行度cは、エンタルピーベースで定義されています。

 ここで、hb298は既燃エンタルピー、hu298は未燃エンタル

ピーです。

 sTは温度の空間分布の不均一性を表す値で、乱流との相互

作用が考慮されています。温度の空間分布の存在により生成

(増加)し、乱流混合により散逸(減少)する値であり、sTが大き

い条件で、τd1は小さくなり、自着火が発生するまでの時間が

短くなります。図1に自着火による温度履歴の一例を示します。

 DARS v2.10以 降で は、ECFM TKI Library Generator(図2参照)により、STAR-CDの自着火モデルであるTKI-PDFのテーブル

を作成することが可能です。独自に準備した素反応メカニズム

をDARSに読み込んだ後に、DARSの作業台にECFM TKI Library

Generatorを配置し(図3参照)、計算条件を設定します。

 TKI-PDFテーブルの独立変数として、未燃温度、圧力、当量

比、EGR率を指定します。“Define stream”により燃料の成分を指定することが可能です。図4の例では、PRF95を想定しIC8H18=0.95、NC7H16=0.05を指定しています。それぞれの

独立変数の離散点は、“Set values”で設定することが可能であり、その刻みには推奨値があります(表1参照)。  図4の例では、未燃温度、圧力、当量比、EGR率に対し表1の推奨値を設定しており、その離散点はそれぞれ、49、9、24、7

です。DARSでは、この組み合わせの74088ケースの計算を実施

することになります。

 LLNLのガソリンサロゲートの素反応メカニズム 2)に対し、

CentOS release 6.3、Intel(R) Xeon(R) CPU E5-2643 0 @ 3.30Gz

の計算機で同時ジョブ実行数を12で計算した場合、上述の条

件数に対しテーブル作成までの時間は、およそ5.5日でした。

計算が正常終了すると、テーブルファイルであるAI_LIB.binが

ECFM-TKILibraryGenerator/ノード名の下に作成されます。

 テーブル作成時に幾つかの条件で計算が収束しなかった場

合、ECFM-TKILibraryGenerator/ノード名の下にUncoverged.log

が作成されます。このファイルの中には収束しなかった条件

のディレクトリ名が羅列されます。この時、時間刻みを小さく

して収束しなかったケースのみスクリプトで再計算することが

可能です。具体的には以下の様に実行してください。

 1. ECFM-TKILibraryGenerator/ノードに移動 2. cp Unconverged.log ./InputFiles/Cases.txt 3. ./run.sh n最後のコマンド実行時に指定するnは計算に使用するコア

数(同時計算実行数)です。詳しくは、DARSのマニュアル

Manual_Book7_LibraryGeneration.pdfをご覧ください。

 es-iceのStar Controlsでは、TKI-PDFの設定がCombustion

パネルで簡単に設定することが可能です。具体的には以下の

様に設定してください(図5参照)。 1. Knock/Auto-ignitionで TKI PDFを選択 2. Table formatにExternalとUserを選択

 計算時には、starのオプションとして、-set UDATA=””を指定し、””の内部には、対象とするAI_LIB.binが存在するディレクトリの絶対パス、または、作業ディレクトリからの相対パス

を指定してください。

例) AI_LIB.binが作業ディレクトリにある場合star ‒set UDATA=”./”

DARSで計算が収束しなかった場合

Star Controlsの設定(es-ice)

【参考文献】1) G. Subramanian、 A. Pires Da Cruz、 O. Colin、 L.Vervisch、 Modeling Engine turbulent Auto-Ignition Using Tabulated Detailed Chemistry、 SAE 2007-01-0150

2) https://combustion.llnl.gov/mechanisms/surrogates/gasoline-surrogate のDetailed mechanism

【文責 : CD-adapco ICEチーム 菅 裕二】

図5 : Star ControlsのCombustionパネル

図3 : DARSの作業台

表1 : 各独立変数の推奨刻み

図4 : ECFM-TKILibraryGeneratorのGas Composition

22ISSUE 04

Page 24: 04 JAPAN EDITION ISSUE - MDXmdx2.plm.automation.siemens.com/sites/default/files/... · 2018-05-06 · ことがありますが、解析をしてみるとその範囲が広がるという

 ピストンクランク挙動の設定は、運動の組

み合わせで表現可能です。以下に手順の概

要を紹介します。

  図1のようなピストンクランクモデルとします。

  各パーツを支配する剛体移動は図2の通りです。

・ピストン:並進移動のみ・コンロッド:並進移動+回転移動・クランク:回転移動のみ

  ピストンの並進移動速度はクランク回転

速度ωやコンロッド長さL、クランク半径Rよ

り図3のように示すことができます。この式をフィールド関数で作成し、運動で定

義します。

  コンロッドの回転速度についても、同様

にω、L、Rの関係式となります(図4)。

同じようにフィールド関数で作成し、運動で

定義します。

実行結果画像一例です(図5)。*本記事にはサンプルのsimファイルと動画gifが添付されています。

 街区や複雑地形規模の風況解析を行う場

合、流入部の境界条件に速度の鉛直プロファイ

ル(べき乗則)を与えることがあります。ここで

は、ユーザーサブルーチンを使った方法をご案

内します。この記事を読む前に、記事番号:

21186 『フィールド関数の利用例(速度分布の作

成方法)』についても、ご参考にしてください。

 サンプルファイルにおいて、以下の設定を

行っております。

9 ̶ The Steve Portal ̶ ナレッジベース紹介カスタマーポータル

 pro-STAR Model Guideから[Define Boundaries]

- [Define Boundary Regions]。

 つづいて、[Region Setup]タブへたどり、

サンプル内で流入条件が指定されている

“west”をクリックし、[User Option]の部分で、[User]を選択します。設定に問題がなけ

れば、[Apply]ボタンを押します。作業ディ

レクトリにufileディレクトリを作成します。

[Utilities] - [User Subroutines]を選択します。

“User Subroutines”パネルにおいて、“BCDEFI”を選択し、[Write File]をクリックします。

 この時点で、先ほど用意したufileにbcdefi.f

が生成されます。テキストエディタで、bcdefi.f

を開き、加筆修正します。

 図5の上段は、速度プロファイルを制御する式のパラメータとなります。

alp:べき指数

Uref:参照速度

Zref:参照高さ

 図5の下段赤枠は、region 番号が1(サンプルではwestが対応)の場合、U = Uref * ( (

Z / Zref )** alpという速度プロファイルの式

が与えられます。

 計算を実行すると“west”面で、以下のような速度の鉛直プロファイルが得られます。

*本記事にはサンプルのmdlファイルとサブルーチンが添付されています。

 HEEDSポータル(ダイレクトインターフェー

ス)使用時にタグ付けした箇所を、プレビュー

画面により確認することができます。本FAQ

では、その確認方法をご紹介いたします。

 HEEDSポータルを使用すると、Parameters、

Taggingを一気に実施することができます。

この際に、以下のModeを使用することにより

タグ付けした内容を確認することができます。

 Taggingタブにて上記赤枠をクリックし、

ポータルのプレビュー画面としてください。

図2ではExcelポータルを使用した場合のタグ付け箇所をプレビューしています。

 また、図3ではAbaqusポータルを使用した場合のタグ付け箇所をプレビューしてい

ます。

 各ツールの設定内容に合わせて、ポータル

のプレビュー画面が異なりますので、ツール

に合わせてご確認ください。

 紙面の都合で、3つしかご紹介できません

でしたが、ナレッジベースには、このような

FAQがたくさんございます。これらFAQをう

まく活用いただき、日頃の解析業務の効率

化にお役立てください。紙面の都合がつけ

ば、またご紹介させていただきます。

1

2

3

4

※カスタマーポータルへログインし、記事番号を検索すると下記記事がご覧になれます。

図1:ピストンクランクモデル概要

図2:剛体運動概要

図3:ピストンの並進移動速度

図1:境界条件

図5:実行結果

図4:ピストンの並進移動速度

23 ISSUE 04

CD-adapcoのサポートを24時間いつでも、どこでも!! ̶ FAQ紹介

 お客様限定のカスタマーポータル ̶ The Steve Portal ̶ (http://steve.cd-adapco.com)のナレッジベースに

はSTAR-CCM+を中心に2,300件以上の日本語FAQがあります。また、このFAQはCD-adapcoの全世界のサポート

エンジニアが作成しているため、英文FAQを含めると3,000件以上と非常に多くの知見が蓄えられたデータベース

となります。今回は、この中からいくつかのFAQをご紹介します。

タイトル:

ピストンクランク挙動の設定方法

《STAR-CCM+》 記事番号:27227

タイトル:

ユーザーサブルーチンで流入部の鉛直速度プロファイルを与える方法

《STAR-CD/es-ice》 記事番号:27521

Page 25: 04 JAPAN EDITION ISSUE - MDXmdx2.plm.automation.siemens.com/sites/default/files/... · 2018-05-06 · ことがありますが、解析をしてみるとその範囲が広がるという

 ピストンクランク挙動の設定は、運動の組

み合わせで表現可能です。以下に手順の概

要を紹介します。

  図1のようなピストンクランクモデルとします。

  各パーツを支配する剛体移動は図2の通りです。

・ピストン:並進移動のみ・コンロッド:並進移動+回転移動・クランク:回転移動のみ

  ピストンの並進移動速度はクランク回転

速度ωやコンロッド長さL、クランク半径Rよ

り図3のように示すことができます。この式をフィールド関数で作成し、運動で定

義します。

  コンロッドの回転速度についても、同様

にω、L、Rの関係式となります(図4)。

同じようにフィールド関数で作成し、運動で

定義します。

実行結果画像一例です(図5)。*本記事にはサンプルのsimファイルと動画gifが添付されています。

 街区や複雑地形規模の風況解析を行う場

合、流入部の境界条件に速度の鉛直プロファイ

ル(べき乗則)を与えることがあります。ここで

は、ユーザーサブルーチンを使った方法をご案

内します。この記事を読む前に、記事番号:

21186 『フィールド関数の利用例(速度分布の作

成方法)』についても、ご参考にしてください。

 サンプルファイルにおいて、以下の設定を

行っております。

まとめ

 pro-STAR Model Guideから[Define Boundaries]

- [Define Boundary Regions]。

 つづいて、[Region Setup]タブへたどり、

サンプル内で流入条件が指定されている

“west”をクリックし、[User Option]の部分で、[User]を選択します。設定に問題がなけ

れば、[Apply]ボタンを押します。作業ディ

レクトリにufileディレクトリを作成します。

[Utilities] - [User Subroutines]を選択します。

“User Subroutines”パネルにおいて、“BCDEFI”を選択し、[Write File]をクリックします。

 この時点で、先ほど用意したufileにbcdefi.f

が生成されます。テキストエディタで、bcdefi.f

を開き、加筆修正します。

 図5の上段は、速度プロファイルを制御する式のパラメータとなります。

alp:べき指数

Uref:参照速度

Zref:参照高さ

 図5の下段赤枠は、region 番号が1(サンプルではwestが対応)の場合、U = Uref * ( (

Z / Zref )** alpという速度プロファイルの式

が与えられます。

 計算を実行すると“west”面で、以下のような速度の鉛直プロファイルが得られます。

*本記事にはサンプルのmdlファイルとサブルーチンが添付されています。

 HEEDSポータル(ダイレクトインターフェー

ス)使用時にタグ付けした箇所を、プレビュー

画面により確認することができます。本FAQ

では、その確認方法をご紹介いたします。

 HEEDSポータルを使用すると、Parameters、

Taggingを一気に実施することができます。

この際に、以下のModeを使用することにより

タグ付けした内容を確認することができます。

 Taggingタブにて上記赤枠をクリックし、

ポータルのプレビュー画面としてください。

図2ではExcelポータルを使用した場合のタグ付け箇所をプレビューしています。

 また、図3ではAbaqusポータルを使用した場合のタグ付け箇所をプレビューしてい

ます。

 各ツールの設定内容に合わせて、ポータル

のプレビュー画面が異なりますので、ツール

に合わせてご確認ください。

 紙面の都合で、3つしかご紹介できません

でしたが、ナレッジベースには、このような

FAQがたくさんございます。これらFAQをう

まく活用いただき、日頃の解析業務の効率

化にお役立てください。紙面の都合がつけ

ば、またご紹介させていただきます。

【文責 : CD-adapco カスタマーポータル担当舛重 国規】

※カスタマーポータルのアカウントをご希望の方は、弊社サポート担当宛にお問い合わせください。

図4:User Subroutinesウインドウで、サブルーチン雛形の書き出し

図6:流入部速度の鉛直プロファイル

図1:Taggingタブ

図2:Excelポータル

図3:Abaqusポータル

図3:User Subroutinesウインドウの立ち上げ

図2:ufileの作成

図5:User Subroutineの中身

24ISSUE 04

タイトル:

【HEEDS】ポータル使用時のタグ付けを確認するには

《HEEDS》 記事番号:27738

Page 26: 04 JAPAN EDITION ISSUE - MDXmdx2.plm.automation.siemens.com/sites/default/files/... · 2018-05-06 · ことがありますが、解析をしてみるとその範囲が広がるという

 Richard Korpus氏は次のように話しま

す。「ABSは安全性第一の会社です。しか

し、安全性は多くのさまざまな場所で発生

します。価値の高い資産の安全性、その資

産で働く人々の安全性、資産が作動する環

境の安全性、またはその資産の所有者と

運転者の財務的保証の安全性を指すこと

もあります。」

 Korpus博士は、海事および海洋区分の

主要サービスプロバイダであるアメリカ船

級協会(ABS)数値流体力学(CFD)の主任

研究員です。この役割において、Korpus

氏はCFD技術の開発と応用に集中するこ

とで最高技術責任者(CTO)と下部組織を

支えています。彼は、船舶および海洋区分

での最も困難な問題のいくつかを将来的

に解決する方法を変える可能性がCFDに

あると考えています。「この組織には業界

リーダーとしての評判があります。我々は、

この区分事業にとって目新しい最先端の

サービスを提供してその評判をさらに高

めるために、CFDを使用しています。」と、

Korpus氏は話します。この記事では、船

舶の燃料効率の向上、環境への影響の低

減、最高レベルの安全性の維持を実現す

るための手段を設計者、所有者、運転者に

提供することにより、CFDがABSの船舶

技術事業をどのように変えているかを紹

介します。

 船舶輸送は世界経済に不可欠なもので

あり、世界中の国際貿易の約90%を支え

ています。国際海事機関(IMO)、各国の沿

岸警備隊、各地域の港湾局を含むさまざ

まな組織が、貨物、人、環境の安全性を確

保するために規制を定めています。これら

の規制は定期的に変更され、船級協会は

その変更に迅速に対応する必要がありま

す。運用コストを最小限に抑えたいという

船舶所有者の継続的な要望と相まって、船

舶業界のあらゆる部門で環境と安全性に

関する規制に対応するための効率的な設

Overseas User Cases 210

計戦略を見つけることが不可欠となってい

ます。最終的な効果は競争力の強化です。

生き残るためには革新的なソリューション

が不可欠となります。

 新しい課題の例には次のようなものが

あります。船体に対する抵抗と推進力の

最適化、水の汚染を低減するためのバイ

オ潤滑油の配備、省エネ機器(ESD)の開

発、エンジン排気の「消毒」方法。

 このような技術革新にはそれぞれ、特有

のビジネスおよび技術上の課題が伴いま

す。ABSは、顧客が困難に遭遇する前に解

決策を調査してプロアクティブに対応する

ことを選択しました。CFDはそのプロセス

にとって不可欠なものです。

 時宜を得た一例としては、エネルギー効

率設計指標(EEDI)として知られる、環境

規制に対する高い要求が挙げられます。こ

の指標は温室効果ガス排出の削減を推進

するための手段ですが、燃料消費を最小限

に抑えたいという所有者の要望と相まっ

て、設計者による低出力の推進エンジンの

導入を後押ししています。悪天候での船舶

の安全性のためには総設置電力が重要な

変数であるため、低排出の要件と安全な

電力マージンの要件が競合することがあり

ます。

 ABSは、CFDを使用して電力の最小安全

レベルを数値化することにより、このよう

な相反する問題の回避を支援するために

プロアクティブな役割を担っています。

 (事後的ではなく)予防的に対応するに

は、応答時間を最小限に抑えるために、確

立されたCFDベストプラクティスを基に構

築されたエンジニアリングアプローチが必

要です。通常、ベストプラクティスでは単一

のCFD応用分野に焦点を当てますが、ABS

では、当該分野の顧客の現実的なビジネ

ス目標が動機となります。

 プラクティスは、より環境に優しく、安全

で、燃料効率が良く、コスト効果に優れた

船舶およびプラットフォームの開発を導く

ためのものです。標準的なCFD関連の

サービスには次のようなものがあります。

・ 運用コストを最小限に抑えるための船体およびプロペラ設計のガイダンスを提供

する

・ 設置電力の削減時に安全な電力余裕を維持する

・ 適切な操縦と動的な安定余裕を維持する・ ベアリング損傷を回避するためのプロペラシャフトおよび船尾管設計を支援する

・ 省エネデバイス(ESD)の選択と改善を支援する

・ 液体貨物スロッシングによる構造負荷の見積もりを提供する

・ 悪天時の風と波による構造負荷の見積もりを提供する

・ 航路での動き、構造負荷、または船首底衝撃を最小限に抑えるための貨物配分に

関するガイダンスを提供する

・ 最も燃料効率の良い貨物配分と運転中のトリムに関するアドバイスを運転者に提供

する

・ 液化天然ガス(LNG)貨物のボイルオフを最小限に抑えるための手順を策定する

・ スロースチーミング(減速航行)のトレンドに対応するための再設計に関するガイダ

ンスを提供する

 ベストプラクティスにより、ABSの顧客

と潜在顧客は、特定の設計をコミットする

前に先を見越すことができます。

 設計のパフォーマンス、環境と安全性に

関する規制(EEDIなど)への準拠をプロ

ジェクトの早期段階で評価できます。ま

た、ベストプラクティスがABSのCFD製品

とサービスの品質を均一化するという利

点もあります。CFD(STAR-CCM+®を含む)

を長年にわたって使用しているとはいえ、

ベストプラクティスにより、ABSの別オフィ

スのエンジニアが担当しても、CFDの経験

レベルが異なっても、または異なる顧客要

件を抱えていても、全員が予測可能な期間

で期待されるレベルの正確性を実現でき

ます。メッシュ改善、時間ステップ、または

乱流モデリングの検討の繰り返しに過剰

な工数を費やすことなく、一貫した品質の

結果が保証されます。

 次のセクションでは、その一例として、プ

ロペラの最適化に関するベストプラクティス

を紹介します。

 船舶の運転効率を上げるには、船体抵

抗、推進効率、エンジン性能を同時に対処す

る必要があります。それぞれが互いに影響

を及ぼし、複数の最適化したい目的が相

反する場合、プロセスはさらに困難なもの

となります。例えばメインエンジンのサイ

ズを小さくすると、燃料消費と温室効果ガ

ス排出が削減されることから全体的な効

率が向上しますが、予備電力に関する安全

指向の要件と相反します。

 船舶に適切な予備電力がないと、悪天

候で風や波の負荷が増えたときに操縦の

問題が発生する可能性があります。このよ

うな場合、最適化では、経済性と安全性の

間の微妙なバランス、つまり少なくとも各

目標の最小許容値を保証するための制約

条件が必要になります。

 プロペラ設計は運転効率に影響を及ぼ

す最も重要な要因の1つですが、長年に渡

り、おおむね同じ方法で行われてきました。

プロペラは船体に対して空間的にも時間的

にも変化する粘性伴流の中で動作します。

このため、問題は非常に難しくなります。従

来の方法では、モデルテストはプロペラが

存在しない状態で実行されます。伴流が測

定され、その後、実船スケールへと外挿さ

れます。結果は、定常流入とその状況に合

わせて設計されたプロペラを提供するよう

に、各半径で周方向に平均化されます。

 しかし、最新のCFDと最適化では、外挿

の誤差または定常流入の想定を許容する

必要がなくなりました。伴流が一定でなく、

3次元的に変化する場合でも、プロペラを

船舶の背後の原位置において実船スケール

で設計または最適化できます。実船スケー

ルの非定常CFDを用いて開発された設計

は、プロペラ/船体の相互作用を正確に把

握するため、効率性が高まります。また、非

定常力(振動)、外軸の荷重、キャビテーショ

ンが少なくなるように設計できます。

 図1は標準的な自己推進式船舶のシミュレーションを示しています。図2はさまざまなモデル仮定によるプロペラへの

流入(船体に対する伴流)の結果を示して

います。図2は、推進式でないまたはモデル縮尺のテストデータを使用して実際のプ

ロペラへの流入を予測した場合に想定さ

れる不正確さの重大度を表しています。

 モデル縮尺の伴流に注目すると、実船ス

ケールのものと少しも似ていないことが分

かります。同様に、公称伴流(プロペラな

し)は有効伴流(プロペラあり)と少しも似

ていません。モデルテストは左上の図のよ

うなデータを提供しますが、プロペラの設

計対象となる動作条件は右下の図のよう

なものです。

 CFDによる設計のメリットを示すため

に、ABSのエンジニアはSTAR-CCM+のス

ライディングメッシュ技術と重合格子技術

を活用して、実スケールで実際の非定常伴

流条件で回転するプロペラを計算しまし

た。設計空間の探査にはCD-adapco社の

設計探査ツールHEEDSが使用され、半径

方向のピッチ分布、コード長、レーキ、ス

キューを含むさまざまなパラメータ化がテ

ストされました。HEEDSのSHERPAアルゴリ

ズムを用いて規定の推進力での最小軸動

力を持つ設計を探査しました。図3に一連の自動化されたプロセスを示します。

 実際の設計では、キャビテーション現象

のため、状況はさらに複雑となります。圧

力が熱力学的な沸点を下回ると、水は気化

して蒸気になります。圧力が十分に低けれ

ば(高い揚力係数でのプロペラの翼で見ら

れる場合など)、これはどのような温度で

も発生する可能性があります。圧力が再び

上昇すると、プロセスは反転し、時に蒸気

は激しく凝縮します。

 凝縮がさらに激しくなると、固体金属で

ある翼面が実際に腐食する可能性があり

ます。また、すべての「適切な」設計が等し

く作成されるわけではありません。2つの

翼の全体の揚力と抗力が等しくても、局所

圧力分布によっては異なるレベルのキャ

ビテーションを示す場合があります。図4はキャビテーションの例とキャビテーショ

ン損傷を示しています。ABSによるHEEDS

を用いた設計最適化は、すべての設計で

最小の翼表面圧力を調べ、制約を課して

その条件を満たさない設計を除外するこ

とで、この問題を回避します。このように

ベースライン・デザインで許容された最

小の翼圧力を下回ることがないようにす

ることで、過度なキャビテーションが回避

されます。

 この方法は、単一の速度と積載貨物で航

海する2軸スクリューのLNGタンカーに対

してデモンストレーションします。船体は変

更せずそのままで、プロペラは半径方向の

ピッチ分布とコード長に対してパラメータ化

されます。初めにベース・デザインの計算が

終了すると、HEEDSのSHERPAアルゴリズム

は、集団ベースおよび勾配ベースの最適化

方法を組み合わせて設計空間全体を局所

的かつ大局的に探査します。各設計は複数

のシャフト速度でテストされ、目的関数(シャ

フト馬力)が規定の推進力を実現する速度

に対して選択されます。最小のブレード表

面圧力が、1回転分の計算を経て推進力の

平衡点で得られ、キャビテーションの制約

条件を満たす結果がHEEDSに返されます。

 可能な改善レベルは、設計変数の取り方と

許可される計算回数によって左右されます。

 この例では、半径方向のピッチ分布と

コード長が5つのパラメータだけで定義さ

れ、SHERPAは試行回数を150回までとして

います。ベースライン・デザインのプロペラ

は、上級設計者が既存の解析技術によりす

でに最適化されたモデルを基準としまし

た。結果は図5に示すHEEDSのベストデザインの探査履歴の出力に要約さます。比較

的厳しいこの条件でも、ABSエンジニアは

電力が約2.0%低減されたことを確認しま

した。これは、大規模な船舶では年間約

500,000ドルのコスト削減に相当します。し

かし、Korpus博士は次のように指摘してい

ます。「大幅なコスト削減よりもはるかに根

本的なポイントがあります。船舶設計者は、

100年以上に渡り進化的な手法、すなわち

小さな改善が1設計世代あたり1つ成され

ることにより船舶を造ってきました。この数

年間で、CFDの画期的な技術により、真の

最適化が全ての次世代設計にもたらされ、

革新的な船舶設計が可能となりました。」

 単目的アプローチは、大幅な燃料削減を

実現するための有効な指針を提供します

が、前述の過酷な天候での操縦のための

予備エンジン性能は考慮されていません。

 船舶エンジンは、その寿命の大半に渡

り、連続最大出力(MCR)よりも低い電力

で動作します。

 しかし、プロペラとエンジンが同時に最

適化される場合、設計条件を満たすために

必要な最低限の電力を備えた電力装置が

選択されます。標準的な運転では100%の

MCRが必要になり、悪天候のための分は

何も残りません。従来型の設計の知恵で

は、このような不測事態に対応するために

15%の「シーマージン」を適用します。最適

化の完了後、そのマージンを単に追加した

くなるかもしれません。

 しかし、実際には、必要なマージンは他

の設計変数によって変わるため、多目的の

アプローチが必要となります。燃料の削減

と安全な操縦という目標に別々に優先順

位を付ける一連のデザイン(いわゆるパ

レートフロント)が設計者に提供されるこ

とが理想的です。

 残念ながら、自己推進式の船舶の操縦

シミュレーションには依然として非常に時

間がかかります。風と海の状態、速度、操

縦がすべて単一の場合でさえ、計算を何日

も流す必要があります。荒れ模様の天候

での操縦を多目的最適化に組み込むこと

は、(現時点では)実用的ではありません。

その代わりに、不利な状況で必要になる

最小の電力余裕を正確に把握することが

不可欠です。その最小値が他の最適化さ

れた変数によってどのような影響を受ける

かについても同様です。この情報を提供す

るために、ABSのCFDグループは、さまざ

まな海洋状況と電力設定での操縦シミュ

レーションを実施します。標準的な舵の動

きが適用され、STAR-CCM+のDFBI機能

が船舶の軌道を予測するために使用され

ます。船舶が規定の舵の動きで旋回し加

速できる場合、与えられた電力レベルは安

全とみなされます。最終目標は、多目的探

査アプローチの実行可能性が高まるまで

はじめに

海洋 ̶ 相反する目的に向けた船舶設計

適用できる、許容可能なシーマージンの

データベースを構築することです。

 このデータベースを開発するには、膨大

な数のシミュレーションが必要となります。

さまざまな種類の船舶と船体規模を一連

の天候状況でテストする必要があります。

 各ケースで、一連の電力設定を適用し、

船舶が規定の天候状況で操縦不能になる

時点を特定する必要があります。このアプ

ローチは、5.5メートルの横波と37ノットの

横風で旋回しようとする大型タンカー

(VLCC)を使用してデモンストレーションさ

れます。図6は、合計約700万のトリムメッシュによる、大規模バックグラウンド固定ド

メインでのオーバーセットグリッドを示し

ています。シミュレーションは、低速の船舶

と真っすぐの舵から始まり、十分に発達し

たKelvin伴流と粘性伴流を構築します。

船舶は、6自由度で自由に動くことができ

るため、抵抗の追加と推進効率の損失の

影響が含まれます。伴流が発達(およびプロ

ペラの力が安定化)すると、舵の動きは20

度を超え、電力は増加して最大となります。

 シミュレーションは、満載状態とバラス

ト喫水状態の両方においてさまざまな電

力レベルで実施されます。規定の最大電力

が許容可能な場合、船舶は自身の推進力

と舵力の影響の下で加速します。電力レベ

ルがある一定のレベルを下回ると、船舶は

風と波によって課せられる力とモーメント

を克服できなくなり、横方向からの打撃を

受けます。図7は、電力が旋回を完了するのに十分である例を示しています。一方、図8は、より少ない最大電力での船舶の軌道を

示しています。図8では、船舶は艇身の4分の3の距離を風下方向に押し流されてか

ら、風上方向に同距離を戻り始めます。

 曲線の上部に重なっている小さな高速

の振動は、個々の波に対する船舶の動きに

よるものです。興味深いのは、旋回速度(時

間に対するヨー角)がシミュレーションの

ほぼ半分のところまで安定するにも関わら

ず、船舶が風下方向への滑りを何とか止め

られるのはシミュレーションの終わり近く

である点です。この2つ目の例で使用され

る最大電力は、最小の安全量に近いもので

ある可能性があります。

 CFDはほぼすべての点で実用的なツール

となりました。真に技術的な観点だけでな

く、ビジネスの観点からも同じことが言え

ます。顧客の問題をプロアクティブに解決

するためのアプローチを可能にし、これま

で進化的であった船舶業界を画期的に変

革する手段を提供します。いくつかの問題

では依然として時間がかかる場合がありま

すが(海路での操縦など)、設計最適化がつ

いに現実のものとなっており、今後CFDが

船舶および海洋事業部門で果たす役割は

ますます大きくなるものと期待されます。

背景̶ CFD はプロアクティブな

ビジネスモデルをサポートする

相反する目的に向けた船舶設計̶ 環境と安全性に関する規制によって複雑化する

船舶区分事業RICHARD KORPUSアメリカ船級協会(ABS)

SAHAR FAZLICD-adapco

25 ISSUE 04

Richard Korpus博士はアメリカ船級協会(ABS)の主任研究員で、世界的規模でCFDサービスの統合と品質管理を担当しています。2013年にABSに加わって以来、CFDを ABSにとって不可欠な技術サービスへと成熟させ、新しいクライアントサービスを開発して競合他社に対するABSの優位性を保ってきました。CFDは現在、船舶および海洋分野において広範囲にわたって応用され、運転効率、環境性能の向上、安全性の強化といった顧客要求に応えています。ABSに加わる前、Korpus博士は自身が2000年に設立したApplied Fluid

Technologies(AFT)社の主任研究員で、複雑な空気力学および流体力学設計の問題に対する効率的なソリューションを提供していました。CFDの開発と応用に25年以上携わっており、海軍、海事、石油とガス、原子力、自動車、化学、航空宇宙、レーシングといった事業部門で顧客にサービスを提供してきました。Korpus博士はCFDと造船工学の博士号をミシガン大学で取得し、航空宇宙エンジニアリングの学位も複数保有しています。

Page 27: 04 JAPAN EDITION ISSUE - MDXmdx2.plm.automation.siemens.com/sites/default/files/... · 2018-05-06 · ことがありますが、解析をしてみるとその範囲が広がるという

 Richard Korpus氏は次のように話しま

す。「ABSは安全性第一の会社です。しか

し、安全性は多くのさまざまな場所で発生

します。価値の高い資産の安全性、その資

産で働く人々の安全性、資産が作動する環

境の安全性、またはその資産の所有者と

運転者の財務的保証の安全性を指すこと

もあります。」

 Korpus博士は、海事および海洋区分の

主要サービスプロバイダであるアメリカ船

級協会(ABS)数値流体力学(CFD)の主任

研究員です。この役割において、Korpus

氏はCFD技術の開発と応用に集中するこ

とで最高技術責任者(CTO)と下部組織を

支えています。彼は、船舶および海洋区分

での最も困難な問題のいくつかを将来的

に解決する方法を変える可能性がCFDに

あると考えています。「この組織には業界

リーダーとしての評判があります。我々は、

この区分事業にとって目新しい最先端の

サービスを提供してその評判をさらに高

めるために、CFDを使用しています。」と、

Korpus氏は話します。この記事では、船

舶の燃料効率の向上、環境への影響の低

減、最高レベルの安全性の維持を実現す

るための手段を設計者、所有者、運転者に

提供することにより、CFDがABSの船舶

技術事業をどのように変えているかを紹

介します。

 船舶輸送は世界経済に不可欠なもので

あり、世界中の国際貿易の約90%を支え

ています。国際海事機関(IMO)、各国の沿

岸警備隊、各地域の港湾局を含むさまざ

まな組織が、貨物、人、環境の安全性を確

保するために規制を定めています。これら

の規制は定期的に変更され、船級協会は

その変更に迅速に対応する必要がありま

す。運用コストを最小限に抑えたいという

船舶所有者の継続的な要望と相まって、船

舶業界のあらゆる部門で環境と安全性に

関する規制に対応するための効率的な設

計戦略を見つけることが不可欠となってい

ます。最終的な効果は競争力の強化です。

生き残るためには革新的なソリューション

が不可欠となります。

 新しい課題の例には次のようなものが

あります。船体に対する抵抗と推進力の

最適化、水の汚染を低減するためのバイ

オ潤滑油の配備、省エネ機器(ESD)の開

発、エンジン排気の「消毒」方法。

 このような技術革新にはそれぞれ、特有

のビジネスおよび技術上の課題が伴いま

す。ABSは、顧客が困難に遭遇する前に解

決策を調査してプロアクティブに対応する

ことを選択しました。CFDはそのプロセス

にとって不可欠なものです。

 時宜を得た一例としては、エネルギー効

率設計指標(EEDI)として知られる、環境

規制に対する高い要求が挙げられます。こ

の指標は温室効果ガス排出の削減を推進

するための手段ですが、燃料消費を最小限

に抑えたいという所有者の要望と相まっ

て、設計者による低出力の推進エンジンの

導入を後押ししています。悪天候での船舶

の安全性のためには総設置電力が重要な

変数であるため、低排出の要件と安全な

電力マージンの要件が競合することがあり

ます。

 ABSは、CFDを使用して電力の最小安全

レベルを数値化することにより、このよう

な相反する問題の回避を支援するために

プロアクティブな役割を担っています。

 (事後的ではなく)予防的に対応するに

は、応答時間を最小限に抑えるために、確

立されたCFDベストプラクティスを基に構

築されたエンジニアリングアプローチが必

要です。通常、ベストプラクティスでは単一

のCFD応用分野に焦点を当てますが、ABS

では、当該分野の顧客の現実的なビジネ

ス目標が動機となります。

 プラクティスは、より環境に優しく、安全

で、燃料効率が良く、コスト効果に優れた

船舶およびプラットフォームの開発を導く

ためのものです。標準的なCFD関連の

サービスには次のようなものがあります。

・ 運用コストを最小限に抑えるための船体およびプロペラ設計のガイダンスを提供

する

・ 設置電力の削減時に安全な電力余裕を維持する

・ 適切な操縦と動的な安定余裕を維持する・ ベアリング損傷を回避するためのプロペラシャフトおよび船尾管設計を支援する

・ 省エネデバイス(ESD)の選択と改善を支援する

・ 液体貨物スロッシングによる構造負荷の見積もりを提供する

・ 悪天時の風と波による構造負荷の見積もりを提供する

・ 航路での動き、構造負荷、または船首底衝撃を最小限に抑えるための貨物配分に

関するガイダンスを提供する

・ 最も燃料効率の良い貨物配分と運転中のトリムに関するアドバイスを運転者に提供

する

・ 液化天然ガス(LNG)貨物のボイルオフを最小限に抑えるための手順を策定する

・ スロースチーミング(減速航行)のトレンドに対応するための再設計に関するガイダ

ンスを提供する

 ベストプラクティスにより、ABSの顧客

と潜在顧客は、特定の設計をコミットする

前に先を見越すことができます。

 設計のパフォーマンス、環境と安全性に

関する規制(EEDIなど)への準拠をプロ

ジェクトの早期段階で評価できます。ま

た、ベストプラクティスがABSのCFD製品

とサービスの品質を均一化するという利

点もあります。CFD(STAR-CCM+®を含む)

を長年にわたって使用しているとはいえ、

ベストプラクティスにより、ABSの別オフィ

スのエンジニアが担当しても、CFDの経験

レベルが異なっても、または異なる顧客要

件を抱えていても、全員が予測可能な期間

で期待されるレベルの正確性を実現でき

ます。メッシュ改善、時間ステップ、または

乱流モデリングの検討の繰り返しに過剰

な工数を費やすことなく、一貫した品質の

結果が保証されます。

 次のセクションでは、その一例として、プ

ロペラの最適化に関するベストプラクティス

を紹介します。

 船舶の運転効率を上げるには、船体抵

抗、推進効率、エンジン性能を同時に対処す

る必要があります。それぞれが互いに影響

を及ぼし、複数の最適化したい目的が相

反する場合、プロセスはさらに困難なもの

となります。例えばメインエンジンのサイ

ズを小さくすると、燃料消費と温室効果ガ

ス排出が削減されることから全体的な効

率が向上しますが、予備電力に関する安全

指向の要件と相反します。

 船舶に適切な予備電力がないと、悪天

候で風や波の負荷が増えたときに操縦の

問題が発生する可能性があります。このよ

うな場合、最適化では、経済性と安全性の

間の微妙なバランス、つまり少なくとも各

目標の最小許容値を保証するための制約

条件が必要になります。

 プロペラ設計は運転効率に影響を及ぼ

す最も重要な要因の1つですが、長年に渡

り、おおむね同じ方法で行われてきました。

プロペラは船体に対して空間的にも時間的

にも変化する粘性伴流の中で動作します。

このため、問題は非常に難しくなります。従

来の方法では、モデルテストはプロペラが

存在しない状態で実行されます。伴流が測

定され、その後、実船スケールへと外挿さ

れます。結果は、定常流入とその状況に合

わせて設計されたプロペラを提供するよう

に、各半径で周方向に平均化されます。

 しかし、最新のCFDと最適化では、外挿

の誤差または定常流入の想定を許容する

必要がなくなりました。伴流が一定でなく、

3次元的に変化する場合でも、プロペラを

船舶の背後の原位置において実船スケール

で設計または最適化できます。実船スケー

ルの非定常CFDを用いて開発された設計

は、プロペラ/船体の相互作用を正確に把

握するため、効率性が高まります。また、非

定常力(振動)、外軸の荷重、キャビテーショ

ンが少なくなるように設計できます。

 図1は標準的な自己推進式船舶のシミュレーションを示しています。図2はさまざまなモデル仮定によるプロペラへの

流入(船体に対する伴流)の結果を示して

います。図2は、推進式でないまたはモデル縮尺のテストデータを使用して実際のプ

ロペラへの流入を予測した場合に想定さ

れる不正確さの重大度を表しています。

 モデル縮尺の伴流に注目すると、実船ス

ケールのものと少しも似ていないことが分

かります。同様に、公称伴流(プロペラな

し)は有効伴流(プロペラあり)と少しも似

ていません。モデルテストは左上の図のよ

うなデータを提供しますが、プロペラの設

計対象となる動作条件は右下の図のよう

なものです。

 CFDによる設計のメリットを示すため

に、ABSのエンジニアはSTAR-CCM+のス

ライディングメッシュ技術と重合格子技術

を活用して、実スケールで実際の非定常伴

流条件で回転するプロペラを計算しまし

た。設計空間の探査にはCD-adapco社の

設計探査ツールHEEDSが使用され、半径

方向のピッチ分布、コード長、レーキ、ス

キューを含むさまざまなパラメータ化がテ

ストされました。HEEDSのSHERPAアルゴリ

ズムを用いて規定の推進力での最小軸動

力を持つ設計を探査しました。図3に一連の自動化されたプロセスを示します。

 実際の設計では、キャビテーション現象

のため、状況はさらに複雑となります。圧

力が熱力学的な沸点を下回ると、水は気化

して蒸気になります。圧力が十分に低けれ

ば(高い揚力係数でのプロペラの翼で見ら

れる場合など)、これはどのような温度で

も発生する可能性があります。圧力が再び

上昇すると、プロセスは反転し、時に蒸気

は激しく凝縮します。

 凝縮がさらに激しくなると、固体金属で

ある翼面が実際に腐食する可能性があり

ます。また、すべての「適切な」設計が等し

く作成されるわけではありません。2つの

翼の全体の揚力と抗力が等しくても、局所

圧力分布によっては異なるレベルのキャ

ビテーションを示す場合があります。図4はキャビテーションの例とキャビテーショ

ン損傷を示しています。ABSによるHEEDS

を用いた設計最適化は、すべての設計で

最小の翼表面圧力を調べ、制約を課して

その条件を満たさない設計を除外するこ

とで、この問題を回避します。このように

ベースライン・デザインで許容された最

小の翼圧力を下回ることがないようにす

ることで、過度なキャビテーションが回避

されます。

 この方法は、単一の速度と積載貨物で航

海する2軸スクリューのLNGタンカーに対

してデモンストレーションします。船体は変

更せずそのままで、プロペラは半径方向の

ピッチ分布とコード長に対してパラメータ化

されます。初めにベース・デザインの計算が

終了すると、HEEDSのSHERPAアルゴリズム

は、集団ベースおよび勾配ベースの最適化

方法を組み合わせて設計空間全体を局所

的かつ大局的に探査します。各設計は複数

のシャフト速度でテストされ、目的関数(シャ

フト馬力)が規定の推進力を実現する速度

に対して選択されます。最小のブレード表

面圧力が、1回転分の計算を経て推進力の

平衡点で得られ、キャビテーションの制約

条件を満たす結果がHEEDSに返されます。

 可能な改善レベルは、設計変数の取り方と

許可される計算回数によって左右されます。

 この例では、半径方向のピッチ分布と

コード長が5つのパラメータだけで定義さ

れ、SHERPAは試行回数を150回までとして

います。ベースライン・デザインのプロペラ

は、上級設計者が既存の解析技術によりす

でに最適化されたモデルを基準としまし

た。結果は図5に示すHEEDSのベストデザインの探査履歴の出力に要約さます。比較

的厳しいこの条件でも、ABSエンジニアは

電力が約2.0%低減されたことを確認しま

した。これは、大規模な船舶では年間約

500,000ドルのコスト削減に相当します。し

かし、Korpus博士は次のように指摘してい

ます。「大幅なコスト削減よりもはるかに根

本的なポイントがあります。船舶設計者は、

100年以上に渡り進化的な手法、すなわち

小さな改善が1設計世代あたり1つ成され

ることにより船舶を造ってきました。この数

年間で、CFDの画期的な技術により、真の

最適化が全ての次世代設計にもたらされ、

革新的な船舶設計が可能となりました。」

 単目的アプローチは、大幅な燃料削減を

実現するための有効な指針を提供します

が、前述の過酷な天候での操縦のための

予備エンジン性能は考慮されていません。

 船舶エンジンは、その寿命の大半に渡

り、連続最大出力(MCR)よりも低い電力

で動作します。

 しかし、プロペラとエンジンが同時に最

適化される場合、設計条件を満たすために

必要な最低限の電力を備えた電力装置が

選択されます。標準的な運転では100%の

MCRが必要になり、悪天候のための分は

何も残りません。従来型の設計の知恵で

は、このような不測事態に対応するために

15%の「シーマージン」を適用します。最適

化の完了後、そのマージンを単に追加した

くなるかもしれません。

 しかし、実際には、必要なマージンは他

の設計変数によって変わるため、多目的の

アプローチが必要となります。燃料の削減

と安全な操縦という目標に別々に優先順

位を付ける一連のデザイン(いわゆるパ

レートフロント)が設計者に提供されるこ

とが理想的です。

 残念ながら、自己推進式の船舶の操縦

シミュレーションには依然として非常に時

間がかかります。風と海の状態、速度、操

縦がすべて単一の場合でさえ、計算を何日

も流す必要があります。荒れ模様の天候

での操縦を多目的最適化に組み込むこと

は、(現時点では)実用的ではありません。

その代わりに、不利な状況で必要になる

最小の電力余裕を正確に把握することが

不可欠です。その最小値が他の最適化さ

れた変数によってどのような影響を受ける

かについても同様です。この情報を提供す

るために、ABSのCFDグループは、さまざ

まな海洋状況と電力設定での操縦シミュ

レーションを実施します。標準的な舵の動

きが適用され、STAR-CCM+のDFBI機能

が船舶の軌道を予測するために使用され

ます。船舶が規定の舵の動きで旋回し加

速できる場合、与えられた電力レベルは安

全とみなされます。最終目標は、多目的探

査アプローチの実行可能性が高まるまで

設計最適化

適用できる、許容可能なシーマージンの

データベースを構築することです。

 このデータベースを開発するには、膨大

な数のシミュレーションが必要となります。

さまざまな種類の船舶と船体規模を一連

の天候状況でテストする必要があります。

 各ケースで、一連の電力設定を適用し、

船舶が規定の天候状況で操縦不能になる

時点を特定する必要があります。このアプ

ローチは、5.5メートルの横波と37ノットの

横風で旋回しようとする大型タンカー

(VLCC)を使用してデモンストレーションさ

れます。図6は、合計約700万のトリムメッシュによる、大規模バックグラウンド固定ド

メインでのオーバーセットグリッドを示し

ています。シミュレーションは、低速の船舶

と真っすぐの舵から始まり、十分に発達し

たKelvin伴流と粘性伴流を構築します。

船舶は、6自由度で自由に動くことができ

るため、抵抗の追加と推進効率の損失の

影響が含まれます。伴流が発達(およびプロ

ペラの力が安定化)すると、舵の動きは20

度を超え、電力は増加して最大となります。

 シミュレーションは、満載状態とバラス

ト喫水状態の両方においてさまざまな電

力レベルで実施されます。規定の最大電力

が許容可能な場合、船舶は自身の推進力

と舵力の影響の下で加速します。電力レベ

ルがある一定のレベルを下回ると、船舶は

風と波によって課せられる力とモーメント

を克服できなくなり、横方向からの打撃を

受けます。図7は、電力が旋回を完了するのに十分である例を示しています。一方、図8は、より少ない最大電力での船舶の軌道を

示しています。図8では、船舶は艇身の4分の3の距離を風下方向に押し流されてか

ら、風上方向に同距離を戻り始めます。

 曲線の上部に重なっている小さな高速

の振動は、個々の波に対する船舶の動きに

よるものです。興味深いのは、旋回速度(時

間に対するヨー角)がシミュレーションの

ほぼ半分のところまで安定するにも関わら

ず、船舶が風下方向への滑りを何とか止め

られるのはシミュレーションの終わり近く

である点です。この2つ目の例で使用され

る最大電力は、最小の安全量に近いもので

ある可能性があります。

 CFDはほぼすべての点で実用的なツール

となりました。真に技術的な観点だけでな

く、ビジネスの観点からも同じことが言え

ます。顧客の問題をプロアクティブに解決

するためのアプローチを可能にし、これま

で進化的であった船舶業界を画期的に変

革する手段を提供します。いくつかの問題

では依然として時間がかかる場合がありま

すが(海路での操縦など)、設計最適化がつ

いに現実のものとなっており、今後CFDが

船舶および海洋事業部門で果たす役割は

ますます大きくなるものと期待されます。

図1 STAR-CCM+による船舶自己推進シミュレーションの詳細ジオメトリ

図2 CFDによる伴流分布の予測:尺度による影響(左)とプロペラ有無による影響(右)

26ISSUE 04

Page 28: 04 JAPAN EDITION ISSUE - MDXmdx2.plm.automation.siemens.com/sites/default/files/... · 2018-05-06 · ことがありますが、解析をしてみるとその範囲が広がるという

 Richard Korpus氏は次のように話しま

す。「ABSは安全性第一の会社です。しか

し、安全性は多くのさまざまな場所で発生

します。価値の高い資産の安全性、その資

産で働く人々の安全性、資産が作動する環

境の安全性、またはその資産の所有者と

運転者の財務的保証の安全性を指すこと

もあります。」

 Korpus博士は、海事および海洋区分の

主要サービスプロバイダであるアメリカ船

級協会(ABS)数値流体力学(CFD)の主任

研究員です。この役割において、Korpus

氏はCFD技術の開発と応用に集中するこ

とで最高技術責任者(CTO)と下部組織を

支えています。彼は、船舶および海洋区分

での最も困難な問題のいくつかを将来的

に解決する方法を変える可能性がCFDに

あると考えています。「この組織には業界

リーダーとしての評判があります。我々は、

この区分事業にとって目新しい最先端の

サービスを提供してその評判をさらに高

めるために、CFDを使用しています。」と、

Korpus氏は話します。この記事では、船

舶の燃料効率の向上、環境への影響の低

減、最高レベルの安全性の維持を実現す

るための手段を設計者、所有者、運転者に

提供することにより、CFDがABSの船舶

技術事業をどのように変えているかを紹

介します。

 船舶輸送は世界経済に不可欠なもので

あり、世界中の国際貿易の約90%を支え

ています。国際海事機関(IMO)、各国の沿

岸警備隊、各地域の港湾局を含むさまざ

まな組織が、貨物、人、環境の安全性を確

保するために規制を定めています。これら

の規制は定期的に変更され、船級協会は

その変更に迅速に対応する必要がありま

す。運用コストを最小限に抑えたいという

船舶所有者の継続的な要望と相まって、船

舶業界のあらゆる部門で環境と安全性に

関する規制に対応するための効率的な設

計戦略を見つけることが不可欠となってい

ます。最終的な効果は競争力の強化です。

生き残るためには革新的なソリューション

が不可欠となります。

 新しい課題の例には次のようなものが

あります。船体に対する抵抗と推進力の

最適化、水の汚染を低減するためのバイ

オ潤滑油の配備、省エネ機器(ESD)の開

発、エンジン排気の「消毒」方法。

 このような技術革新にはそれぞれ、特有

のビジネスおよび技術上の課題が伴いま

す。ABSは、顧客が困難に遭遇する前に解

決策を調査してプロアクティブに対応する

ことを選択しました。CFDはそのプロセス

にとって不可欠なものです。

 時宜を得た一例としては、エネルギー効

率設計指標(EEDI)として知られる、環境

規制に対する高い要求が挙げられます。こ

の指標は温室効果ガス排出の削減を推進

するための手段ですが、燃料消費を最小限

に抑えたいという所有者の要望と相まっ

て、設計者による低出力の推進エンジンの

導入を後押ししています。悪天候での船舶

の安全性のためには総設置電力が重要な

変数であるため、低排出の要件と安全な

電力マージンの要件が競合することがあり

ます。

 ABSは、CFDを使用して電力の最小安全

レベルを数値化することにより、このよう

な相反する問題の回避を支援するために

プロアクティブな役割を担っています。

 (事後的ではなく)予防的に対応するに

は、応答時間を最小限に抑えるために、確

立されたCFDベストプラクティスを基に構

築されたエンジニアリングアプローチが必

要です。通常、ベストプラクティスでは単一

のCFD応用分野に焦点を当てますが、ABS

では、当該分野の顧客の現実的なビジネ

ス目標が動機となります。

 プラクティスは、より環境に優しく、安全

で、燃料効率が良く、コスト効果に優れた

船舶およびプラットフォームの開発を導く

ためのものです。標準的なCFD関連の

サービスには次のようなものがあります。

・ 運用コストを最小限に抑えるための船体およびプロペラ設計のガイダンスを提供

する

・ 設置電力の削減時に安全な電力余裕を維持する

・ 適切な操縦と動的な安定余裕を維持する・ ベアリング損傷を回避するためのプロペラシャフトおよび船尾管設計を支援する

・ 省エネデバイス(ESD)の選択と改善を支援する

・ 液体貨物スロッシングによる構造負荷の見積もりを提供する

・ 悪天時の風と波による構造負荷の見積もりを提供する

・ 航路での動き、構造負荷、または船首底衝撃を最小限に抑えるための貨物配分に

関するガイダンスを提供する

・ 最も燃料効率の良い貨物配分と運転中のトリムに関するアドバイスを運転者に提供

する

・ 液化天然ガス(LNG)貨物のボイルオフを最小限に抑えるための手順を策定する

・ スロースチーミング(減速航行)のトレンドに対応するための再設計に関するガイダ

ンスを提供する

 ベストプラクティスにより、ABSの顧客

と潜在顧客は、特定の設計をコミットする

前に先を見越すことができます。

 設計のパフォーマンス、環境と安全性に

関する規制(EEDIなど)への準拠をプロ

ジェクトの早期段階で評価できます。ま

た、ベストプラクティスがABSのCFD製品

とサービスの品質を均一化するという利

点もあります。CFD(STAR-CCM+®を含む)

を長年にわたって使用しているとはいえ、

ベストプラクティスにより、ABSの別オフィ

スのエンジニアが担当しても、CFDの経験

レベルが異なっても、または異なる顧客要

件を抱えていても、全員が予測可能な期間

で期待されるレベルの正確性を実現でき

ます。メッシュ改善、時間ステップ、または

乱流モデリングの検討の繰り返しに過剰

な工数を費やすことなく、一貫した品質の

結果が保証されます。

 次のセクションでは、その一例として、プ

ロペラの最適化に関するベストプラクティス

を紹介します。

 船舶の運転効率を上げるには、船体抵

抗、推進効率、エンジン性能を同時に対処す

る必要があります。それぞれが互いに影響

を及ぼし、複数の最適化したい目的が相

反する場合、プロセスはさらに困難なもの

となります。例えばメインエンジンのサイ

ズを小さくすると、燃料消費と温室効果ガ

ス排出が削減されることから全体的な効

率が向上しますが、予備電力に関する安全

指向の要件と相反します。

 船舶に適切な予備電力がないと、悪天

候で風や波の負荷が増えたときに操縦の

問題が発生する可能性があります。このよ

うな場合、最適化では、経済性と安全性の

間の微妙なバランス、つまり少なくとも各

目標の最小許容値を保証するための制約

条件が必要になります。

 プロペラ設計は運転効率に影響を及ぼ

す最も重要な要因の1つですが、長年に渡

り、おおむね同じ方法で行われてきました。

プロペラは船体に対して空間的にも時間的

にも変化する粘性伴流の中で動作します。

このため、問題は非常に難しくなります。従

来の方法では、モデルテストはプロペラが

存在しない状態で実行されます。伴流が測

定され、その後、実船スケールへと外挿さ

れます。結果は、定常流入とその状況に合

わせて設計されたプロペラを提供するよう

に、各半径で周方向に平均化されます。

 しかし、最新のCFDと最適化では、外挿

の誤差または定常流入の想定を許容する

必要がなくなりました。伴流が一定でなく、

3次元的に変化する場合でも、プロペラを

船舶の背後の原位置において実船スケール

で設計または最適化できます。実船スケー

ルの非定常CFDを用いて開発された設計

は、プロペラ/船体の相互作用を正確に把

握するため、効率性が高まります。また、非

定常力(振動)、外軸の荷重、キャビテーショ

ンが少なくなるように設計できます。

 図1は標準的な自己推進式船舶のシミュレーションを示しています。図2はさまざまなモデル仮定によるプロペラへの

流入(船体に対する伴流)の結果を示して

います。図2は、推進式でないまたはモデル縮尺のテストデータを使用して実際のプ

ロペラへの流入を予測した場合に想定さ

れる不正確さの重大度を表しています。

 モデル縮尺の伴流に注目すると、実船ス

ケールのものと少しも似ていないことが分

かります。同様に、公称伴流(プロペラな

し)は有効伴流(プロペラあり)と少しも似

ていません。モデルテストは左上の図のよ

うなデータを提供しますが、プロペラの設

計対象となる動作条件は右下の図のよう

なものです。

 CFDによる設計のメリットを示すため

に、ABSのエンジニアはSTAR-CCM+のス

ライディングメッシュ技術と重合格子技術

を活用して、実スケールで実際の非定常伴

流条件で回転するプロペラを計算しまし

た。設計空間の探査にはCD-adapco社の

設計探査ツールHEEDSが使用され、半径

方向のピッチ分布、コード長、レーキ、ス

キューを含むさまざまなパラメータ化がテ

ストされました。HEEDSのSHERPAアルゴリ

ズムを用いて規定の推進力での最小軸動

力を持つ設計を探査しました。図3に一連の自動化されたプロセスを示します。

 実際の設計では、キャビテーション現象

のため、状況はさらに複雑となります。圧

力が熱力学的な沸点を下回ると、水は気化

して蒸気になります。圧力が十分に低けれ

ば(高い揚力係数でのプロペラの翼で見ら

れる場合など)、これはどのような温度で

も発生する可能性があります。圧力が再び

上昇すると、プロセスは反転し、時に蒸気

は激しく凝縮します。

 凝縮がさらに激しくなると、固体金属で

ある翼面が実際に腐食する可能性があり

ます。また、すべての「適切な」設計が等し

く作成されるわけではありません。2つの

翼の全体の揚力と抗力が等しくても、局所

圧力分布によっては異なるレベルのキャ

ビテーションを示す場合があります。図4はキャビテーションの例とキャビテーショ

ン損傷を示しています。ABSによるHEEDS

を用いた設計最適化は、すべての設計で

最小の翼表面圧力を調べ、制約を課して

その条件を満たさない設計を除外するこ

とで、この問題を回避します。このように

ベースライン・デザインで許容された最

小の翼圧力を下回ることがないようにす

ることで、過度なキャビテーションが回避

されます。

 この方法は、単一の速度と積載貨物で航

海する2軸スクリューのLNGタンカーに対

してデモンストレーションします。船体は変

更せずそのままで、プロペラは半径方向の

ピッチ分布とコード長に対してパラメータ化

されます。初めにベース・デザインの計算が

終了すると、HEEDSのSHERPAアルゴリズム

は、集団ベースおよび勾配ベースの最適化

方法を組み合わせて設計空間全体を局所

的かつ大局的に探査します。各設計は複数

のシャフト速度でテストされ、目的関数(シャ

フト馬力)が規定の推進力を実現する速度

に対して選択されます。最小のブレード表

面圧力が、1回転分の計算を経て推進力の

平衡点で得られ、キャビテーションの制約

条件を満たす結果がHEEDSに返されます。

 可能な改善レベルは、設計変数の取り方と

許可される計算回数によって左右されます。

 この例では、半径方向のピッチ分布と

コード長が5つのパラメータだけで定義さ

れ、SHERPAは試行回数を150回までとして

います。ベースライン・デザインのプロペラ

は、上級設計者が既存の解析技術によりす

でに最適化されたモデルを基準としまし

た。結果は図5に示すHEEDSのベストデザインの探査履歴の出力に要約さます。比較

的厳しいこの条件でも、ABSエンジニアは

電力が約2.0%低減されたことを確認しま

した。これは、大規模な船舶では年間約

500,000ドルのコスト削減に相当します。し

かし、Korpus博士は次のように指摘してい

ます。「大幅なコスト削減よりもはるかに根

本的なポイントがあります。船舶設計者は、

100年以上に渡り進化的な手法、すなわち

小さな改善が1設計世代あたり1つ成され

ることにより船舶を造ってきました。この数

年間で、CFDの画期的な技術により、真の

最適化が全ての次世代設計にもたらされ、

革新的な船舶設計が可能となりました。」

 単目的アプローチは、大幅な燃料削減を

実現するための有効な指針を提供します

が、前述の過酷な天候での操縦のための

予備エンジン性能は考慮されていません。

 船舶エンジンは、その寿命の大半に渡

り、連続最大出力(MCR)よりも低い電力

で動作します。

 しかし、プロペラとエンジンが同時に最

適化される場合、設計条件を満たすために

必要な最低限の電力を備えた電力装置が

選択されます。標準的な運転では100%の

MCRが必要になり、悪天候のための分は

何も残りません。従来型の設計の知恵で

は、このような不測事態に対応するために

15%の「シーマージン」を適用します。最適

化の完了後、そのマージンを単に追加した

くなるかもしれません。

 しかし、実際には、必要なマージンは他

の設計変数によって変わるため、多目的の

アプローチが必要となります。燃料の削減

と安全な操縦という目標に別々に優先順

位を付ける一連のデザイン(いわゆるパ

レートフロント)が設計者に提供されるこ

とが理想的です。

 残念ながら、自己推進式の船舶の操縦

シミュレーションには依然として非常に時

間がかかります。風と海の状態、速度、操

縦がすべて単一の場合でさえ、計算を何日

も流す必要があります。荒れ模様の天候

での操縦を多目的最適化に組み込むこと

は、(現時点では)実用的ではありません。

その代わりに、不利な状況で必要になる

最小の電力余裕を正確に把握することが

不可欠です。その最小値が他の最適化さ

れた変数によってどのような影響を受ける

かについても同様です。この情報を提供す

るために、ABSのCFDグループは、さまざ

まな海洋状況と電力設定での操縦シミュ

レーションを実施します。標準的な舵の動

きが適用され、STAR-CCM+のDFBI機能

が船舶の軌道を予測するために使用され

ます。船舶が規定の舵の動きで旋回し加

速できる場合、与えられた電力レベルは安

全とみなされます。最終目標は、多目的探

査アプローチの実行可能性が高まるまで

10 Overseas User Cases 2 海洋 ̶ 相反する目的に向けた船舶設計

適用できる、許容可能なシーマージンの

データベースを構築することです。

 このデータベースを開発するには、膨大

な数のシミュレーションが必要となります。

さまざまな種類の船舶と船体規模を一連

の天候状況でテストする必要があります。

 各ケースで、一連の電力設定を適用し、

船舶が規定の天候状況で操縦不能になる

時点を特定する必要があります。このアプ

ローチは、5.5メートルの横波と37ノットの

横風で旋回しようとする大型タンカー

(VLCC)を使用してデモンストレーションさ

れます。図6は、合計約700万のトリムメッシュによる、大規模バックグラウンド固定ド

メインでのオーバーセットグリッドを示し

ています。シミュレーションは、低速の船舶

と真っすぐの舵から始まり、十分に発達し

たKelvin伴流と粘性伴流を構築します。

船舶は、6自由度で自由に動くことができ

るため、抵抗の追加と推進効率の損失の

影響が含まれます。伴流が発達(およびプロ

ペラの力が安定化)すると、舵の動きは20

度を超え、電力は増加して最大となります。

 シミュレーションは、満載状態とバラス

ト喫水状態の両方においてさまざまな電

力レベルで実施されます。規定の最大電力

が許容可能な場合、船舶は自身の推進力

と舵力の影響の下で加速します。電力レベ

ルがある一定のレベルを下回ると、船舶は

風と波によって課せられる力とモーメント

を克服できなくなり、横方向からの打撃を

受けます。図7は、電力が旋回を完了するのに十分である例を示しています。一方、図8は、より少ない最大電力での船舶の軌道を

示しています。図8では、船舶は艇身の4分の3の距離を風下方向に押し流されてか

ら、風上方向に同距離を戻り始めます。

 曲線の上部に重なっている小さな高速

の振動は、個々の波に対する船舶の動きに

よるものです。興味深いのは、旋回速度(時

間に対するヨー角)がシミュレーションの

ほぼ半分のところまで安定するにも関わら

ず、船舶が風下方向への滑りを何とか止め

られるのはシミュレーションの終わり近く

である点です。この2つ目の例で使用され

る最大電力は、最小の安全量に近いもので

ある可能性があります。

 CFDはほぼすべての点で実用的なツール

となりました。真に技術的な観点だけでな

く、ビジネスの観点からも同じことが言え

ます。顧客の問題をプロアクティブに解決

するためのアプローチを可能にし、これま

で進化的であった船舶業界を画期的に変

革する手段を提供します。いくつかの問題

では依然として時間がかかる場合がありま

すが(海路での操縦など)、設計最適化がつ

いに現実のものとなっており、今後CFDが

船舶および海洋事業部門で果たす役割は

ますます大きくなるものと期待されます。

船舶設計者は100年以上に渡り、進化的な手法、すなわち小さな改善が1設計世代あたり1つ成されることにより船舶を造ってきました。この数年間で、CFDの画期的な技術により、真の最適化が全ての次世代設計にもたらされ、革新的な船舶設計が可能となりました。

図3 HEEDS によるプロペラ設計最適化のためのプロセスの自動化

長年の課題̶ 実船スケールの

シミュレーションによるプロペラ設計

27 ISSUE 04

Page 29: 04 JAPAN EDITION ISSUE - MDXmdx2.plm.automation.siemens.com/sites/default/files/... · 2018-05-06 · ことがありますが、解析をしてみるとその範囲が広がるという

 Richard Korpus氏は次のように話しま

す。「ABSは安全性第一の会社です。しか

し、安全性は多くのさまざまな場所で発生

します。価値の高い資産の安全性、その資

産で働く人々の安全性、資産が作動する環

境の安全性、またはその資産の所有者と

運転者の財務的保証の安全性を指すこと

もあります。」

 Korpus博士は、海事および海洋区分の

主要サービスプロバイダであるアメリカ船

級協会(ABS)数値流体力学(CFD)の主任

研究員です。この役割において、Korpus

氏はCFD技術の開発と応用に集中するこ

とで最高技術責任者(CTO)と下部組織を

支えています。彼は、船舶および海洋区分

での最も困難な問題のいくつかを将来的

に解決する方法を変える可能性がCFDに

あると考えています。「この組織には業界

リーダーとしての評判があります。我々は、

この区分事業にとって目新しい最先端の

サービスを提供してその評判をさらに高

めるために、CFDを使用しています。」と、

Korpus氏は話します。この記事では、船

舶の燃料効率の向上、環境への影響の低

減、最高レベルの安全性の維持を実現す

るための手段を設計者、所有者、運転者に

提供することにより、CFDがABSの船舶

技術事業をどのように変えているかを紹

介します。

 船舶輸送は世界経済に不可欠なもので

あり、世界中の国際貿易の約90%を支え

ています。国際海事機関(IMO)、各国の沿

岸警備隊、各地域の港湾局を含むさまざ

まな組織が、貨物、人、環境の安全性を確

保するために規制を定めています。これら

の規制は定期的に変更され、船級協会は

その変更に迅速に対応する必要がありま

す。運用コストを最小限に抑えたいという

船舶所有者の継続的な要望と相まって、船

舶業界のあらゆる部門で環境と安全性に

関する規制に対応するための効率的な設

計戦略を見つけることが不可欠となってい

ます。最終的な効果は競争力の強化です。

生き残るためには革新的なソリューション

が不可欠となります。

 新しい課題の例には次のようなものが

あります。船体に対する抵抗と推進力の

最適化、水の汚染を低減するためのバイ

オ潤滑油の配備、省エネ機器(ESD)の開

発、エンジン排気の「消毒」方法。

 このような技術革新にはそれぞれ、特有

のビジネスおよび技術上の課題が伴いま

す。ABSは、顧客が困難に遭遇する前に解

決策を調査してプロアクティブに対応する

ことを選択しました。CFDはそのプロセス

にとって不可欠なものです。

 時宜を得た一例としては、エネルギー効

率設計指標(EEDI)として知られる、環境

規制に対する高い要求が挙げられます。こ

の指標は温室効果ガス排出の削減を推進

するための手段ですが、燃料消費を最小限

に抑えたいという所有者の要望と相まっ

て、設計者による低出力の推進エンジンの

導入を後押ししています。悪天候での船舶

の安全性のためには総設置電力が重要な

変数であるため、低排出の要件と安全な

電力マージンの要件が競合することがあり

ます。

 ABSは、CFDを使用して電力の最小安全

レベルを数値化することにより、このよう

な相反する問題の回避を支援するために

プロアクティブな役割を担っています。

 (事後的ではなく)予防的に対応するに

は、応答時間を最小限に抑えるために、確

立されたCFDベストプラクティスを基に構

築されたエンジニアリングアプローチが必

要です。通常、ベストプラクティスでは単一

のCFD応用分野に焦点を当てますが、ABS

では、当該分野の顧客の現実的なビジネ

ス目標が動機となります。

 プラクティスは、より環境に優しく、安全

で、燃料効率が良く、コスト効果に優れた

船舶およびプラットフォームの開発を導く

ためのものです。標準的なCFD関連の

サービスには次のようなものがあります。

・ 運用コストを最小限に抑えるための船体およびプロペラ設計のガイダンスを提供

する

・ 設置電力の削減時に安全な電力余裕を維持する

・ 適切な操縦と動的な安定余裕を維持する・ ベアリング損傷を回避するためのプロペラシャフトおよび船尾管設計を支援する

・ 省エネデバイス(ESD)の選択と改善を支援する

・ 液体貨物スロッシングによる構造負荷の見積もりを提供する

・ 悪天時の風と波による構造負荷の見積もりを提供する

・ 航路での動き、構造負荷、または船首底衝撃を最小限に抑えるための貨物配分に

関するガイダンスを提供する

・ 最も燃料効率の良い貨物配分と運転中のトリムに関するアドバイスを運転者に提供

する

・ 液化天然ガス(LNG)貨物のボイルオフを最小限に抑えるための手順を策定する

・ スロースチーミング(減速航行)のトレンドに対応するための再設計に関するガイダ

ンスを提供する

 ベストプラクティスにより、ABSの顧客

と潜在顧客は、特定の設計をコミットする

前に先を見越すことができます。

 設計のパフォーマンス、環境と安全性に

関する規制(EEDIなど)への準拠をプロ

ジェクトの早期段階で評価できます。ま

た、ベストプラクティスがABSのCFD製品

とサービスの品質を均一化するという利

点もあります。CFD(STAR-CCM+®を含む)

を長年にわたって使用しているとはいえ、

ベストプラクティスにより、ABSの別オフィ

スのエンジニアが担当しても、CFDの経験

レベルが異なっても、または異なる顧客要

件を抱えていても、全員が予測可能な期間

で期待されるレベルの正確性を実現でき

ます。メッシュ改善、時間ステップ、または

乱流モデリングの検討の繰り返しに過剰

な工数を費やすことなく、一貫した品質の

結果が保証されます。

 次のセクションでは、その一例として、プ

ロペラの最適化に関するベストプラクティス

を紹介します。

 船舶の運転効率を上げるには、船体抵

抗、推進効率、エンジン性能を同時に対処す

る必要があります。それぞれが互いに影響

を及ぼし、複数の最適化したい目的が相

反する場合、プロセスはさらに困難なもの

となります。例えばメインエンジンのサイ

ズを小さくすると、燃料消費と温室効果ガ

ス排出が削減されることから全体的な効

率が向上しますが、予備電力に関する安全

指向の要件と相反します。

 船舶に適切な予備電力がないと、悪天

候で風や波の負荷が増えたときに操縦の

問題が発生する可能性があります。このよ

うな場合、最適化では、経済性と安全性の

間の微妙なバランス、つまり少なくとも各

目標の最小許容値を保証するための制約

条件が必要になります。

 プロペラ設計は運転効率に影響を及ぼ

す最も重要な要因の1つですが、長年に渡

り、おおむね同じ方法で行われてきました。

プロペラは船体に対して空間的にも時間的

にも変化する粘性伴流の中で動作します。

このため、問題は非常に難しくなります。従

来の方法では、モデルテストはプロペラが

存在しない状態で実行されます。伴流が測

定され、その後、実船スケールへと外挿さ

れます。結果は、定常流入とその状況に合

わせて設計されたプロペラを提供するよう

に、各半径で周方向に平均化されます。

 しかし、最新のCFDと最適化では、外挿

の誤差または定常流入の想定を許容する

必要がなくなりました。伴流が一定でなく、

3次元的に変化する場合でも、プロペラを

船舶の背後の原位置において実船スケール

で設計または最適化できます。実船スケー

ルの非定常CFDを用いて開発された設計

は、プロペラ/船体の相互作用を正確に把

握するため、効率性が高まります。また、非

定常力(振動)、外軸の荷重、キャビテーショ

ンが少なくなるように設計できます。

 図1は標準的な自己推進式船舶のシミュレーションを示しています。図2はさまざまなモデル仮定によるプロペラへの

流入(船体に対する伴流)の結果を示して

います。図2は、推進式でないまたはモデル縮尺のテストデータを使用して実際のプ

ロペラへの流入を予測した場合に想定さ

れる不正確さの重大度を表しています。

 モデル縮尺の伴流に注目すると、実船ス

ケールのものと少しも似ていないことが分

かります。同様に、公称伴流(プロペラな

し)は有効伴流(プロペラあり)と少しも似

ていません。モデルテストは左上の図のよ

うなデータを提供しますが、プロペラの設

計対象となる動作条件は右下の図のよう

なものです。

 CFDによる設計のメリットを示すため

に、ABSのエンジニアはSTAR-CCM+のス

ライディングメッシュ技術と重合格子技術

を活用して、実スケールで実際の非定常伴

流条件で回転するプロペラを計算しまし

た。設計空間の探査にはCD-adapco社の

設計探査ツールHEEDSが使用され、半径

方向のピッチ分布、コード長、レーキ、ス

キューを含むさまざまなパラメータ化がテ

ストされました。HEEDSのSHERPAアルゴリ

ズムを用いて規定の推進力での最小軸動

力を持つ設計を探査しました。図3に一連の自動化されたプロセスを示します。

 実際の設計では、キャビテーション現象

のため、状況はさらに複雑となります。圧

力が熱力学的な沸点を下回ると、水は気化

して蒸気になります。圧力が十分に低けれ

ば(高い揚力係数でのプロペラの翼で見ら

れる場合など)、これはどのような温度で

も発生する可能性があります。圧力が再び

上昇すると、プロセスは反転し、時に蒸気

は激しく凝縮します。

 凝縮がさらに激しくなると、固体金属で

ある翼面が実際に腐食する可能性があり

ます。また、すべての「適切な」設計が等し

く作成されるわけではありません。2つの

翼の全体の揚力と抗力が等しくても、局所

圧力分布によっては異なるレベルのキャ

ビテーションを示す場合があります。図4はキャビテーションの例とキャビテーショ

ン損傷を示しています。ABSによるHEEDS

を用いた設計最適化は、すべての設計で

最小の翼表面圧力を調べ、制約を課して

その条件を満たさない設計を除外するこ

とで、この問題を回避します。このように

ベースライン・デザインで許容された最

小の翼圧力を下回ることがないようにす

ることで、過度なキャビテーションが回避

されます。

 この方法は、単一の速度と積載貨物で航

海する2軸スクリューのLNGタンカーに対

してデモンストレーションします。船体は変

更せずそのままで、プロペラは半径方向の

ピッチ分布とコード長に対してパラメータ化

されます。初めにベース・デザインの計算が

終了すると、HEEDSのSHERPAアルゴリズム

は、集団ベースおよび勾配ベースの最適化

方法を組み合わせて設計空間全体を局所

的かつ大局的に探査します。各設計は複数

のシャフト速度でテストされ、目的関数(シャ

フト馬力)が規定の推進力を実現する速度

に対して選択されます。最小のブレード表

面圧力が、1回転分の計算を経て推進力の

平衡点で得られ、キャビテーションの制約

条件を満たす結果がHEEDSに返されます。

 可能な改善レベルは、設計変数の取り方と

許可される計算回数によって左右されます。

 この例では、半径方向のピッチ分布と

コード長が5つのパラメータだけで定義さ

れ、SHERPAは試行回数を150回までとして

います。ベースライン・デザインのプロペラ

は、上級設計者が既存の解析技術によりす

でに最適化されたモデルを基準としまし

た。結果は図5に示すHEEDSのベストデザインの探査履歴の出力に要約さます。比較

的厳しいこの条件でも、ABSエンジニアは

電力が約2.0%低減されたことを確認しま

した。これは、大規模な船舶では年間約

500,000ドルのコスト削減に相当します。し

かし、Korpus博士は次のように指摘してい

ます。「大幅なコスト削減よりもはるかに根

本的なポイントがあります。船舶設計者は、

100年以上に渡り進化的な手法、すなわち

小さな改善が1設計世代あたり1つ成され

ることにより船舶を造ってきました。この数

年間で、CFDの画期的な技術により、真の

最適化が全ての次世代設計にもたらされ、

革新的な船舶設計が可能となりました。」

 単目的アプローチは、大幅な燃料削減を

実現するための有効な指針を提供します

が、前述の過酷な天候での操縦のための

予備エンジン性能は考慮されていません。

 船舶エンジンは、その寿命の大半に渡

り、連続最大出力(MCR)よりも低い電力

で動作します。

 しかし、プロペラとエンジンが同時に最

適化される場合、設計条件を満たすために

必要な最低限の電力を備えた電力装置が

選択されます。標準的な運転では100%の

MCRが必要になり、悪天候のための分は

何も残りません。従来型の設計の知恵で

は、このような不測事態に対応するために

15%の「シーマージン」を適用します。最適

化の完了後、そのマージンを単に追加した

くなるかもしれません。

 しかし、実際には、必要なマージンは他

の設計変数によって変わるため、多目的の

アプローチが必要となります。燃料の削減

と安全な操縦という目標に別々に優先順

位を付ける一連のデザイン(いわゆるパ

レートフロント)が設計者に提供されるこ

とが理想的です。

 残念ながら、自己推進式の船舶の操縦

シミュレーションには依然として非常に時

間がかかります。風と海の状態、速度、操

縦がすべて単一の場合でさえ、計算を何日

も流す必要があります。荒れ模様の天候

での操縦を多目的最適化に組み込むこと

は、(現時点では)実用的ではありません。

その代わりに、不利な状況で必要になる

最小の電力余裕を正確に把握することが

不可欠です。その最小値が他の最適化さ

れた変数によってどのような影響を受ける

かについても同様です。この情報を提供す

るために、ABSのCFDグループは、さまざ

まな海洋状況と電力設定での操縦シミュ

レーションを実施します。標準的な舵の動

きが適用され、STAR-CCM+のDFBI機能

が船舶の軌道を予測するために使用され

ます。船舶が規定の舵の動きで旋回し加

速できる場合、与えられた電力レベルは安

全とみなされます。最終目標は、多目的探

査アプローチの実行可能性が高まるまで

適用できる、許容可能なシーマージンの

データベースを構築することです。

 このデータベースを開発するには、膨大

な数のシミュレーションが必要となります。

さまざまな種類の船舶と船体規模を一連

の天候状況でテストする必要があります。

 各ケースで、一連の電力設定を適用し、

船舶が規定の天候状況で操縦不能になる

時点を特定する必要があります。このアプ

ローチは、5.5メートルの横波と37ノットの

横風で旋回しようとする大型タンカー

(VLCC)を使用してデモンストレーションさ

れます。図6は、合計約700万のトリムメッシュによる、大規模バックグラウンド固定ド

メインでのオーバーセットグリッドを示し

ています。シミュレーションは、低速の船舶

と真っすぐの舵から始まり、十分に発達し

たKelvin伴流と粘性伴流を構築します。

船舶は、6自由度で自由に動くことができ

るため、抵抗の追加と推進効率の損失の

影響が含まれます。伴流が発達(およびプロ

ペラの力が安定化)すると、舵の動きは20

度を超え、電力は増加して最大となります。

 シミュレーションは、満載状態とバラス

ト喫水状態の両方においてさまざまな電

力レベルで実施されます。規定の最大電力

が許容可能な場合、船舶は自身の推進力

と舵力の影響の下で加速します。電力レベ

ルがある一定のレベルを下回ると、船舶は

風と波によって課せられる力とモーメント

を克服できなくなり、横方向からの打撃を

受けます。図7は、電力が旋回を完了するのに十分である例を示しています。一方、図8は、より少ない最大電力での船舶の軌道を

示しています。図8では、船舶は艇身の4分の3の距離を風下方向に押し流されてか

ら、風上方向に同距離を戻り始めます。

 曲線の上部に重なっている小さな高速

の振動は、個々の波に対する船舶の動きに

よるものです。興味深いのは、旋回速度(時

間に対するヨー角)がシミュレーションの

ほぼ半分のところまで安定するにも関わら

ず、船舶が風下方向への滑りを何とか止め

られるのはシミュレーションの終わり近く

である点です。この2つ目の例で使用され

る最大電力は、最小の安全量に近いもので

ある可能性があります。

 CFDはほぼすべての点で実用的なツール

となりました。真に技術的な観点だけでな

く、ビジネスの観点からも同じことが言え

ます。顧客の問題をプロアクティブに解決

するためのアプローチを可能にし、これま

で進化的であった船舶業界を画期的に変

革する手段を提供します。いくつかの問題

では依然として時間がかかる場合がありま

すが(海路での操縦など)、設計最適化がつ

いに現実のものとなっており、今後CFDが

船舶および海洋事業部門で果たす役割は

ますます大きくなるものと期待されます。

図5 HEEDSによる推進性能のベストデザインの探査履歴(試行回数:150回)

図4 先端渦と翼背面のキャビテーション(左)とキャビテーション損傷(右)

デモンストレーション̶ 単目的アプローチ

多目的最適化の場合

28ISSUE 04

Page 30: 04 JAPAN EDITION ISSUE - MDXmdx2.plm.automation.siemens.com/sites/default/files/... · 2018-05-06 · ことがありますが、解析をしてみるとその範囲が広がるという

 Richard Korpus氏は次のように話しま

す。「ABSは安全性第一の会社です。しか

し、安全性は多くのさまざまな場所で発生

します。価値の高い資産の安全性、その資

産で働く人々の安全性、資産が作動する環

境の安全性、またはその資産の所有者と

運転者の財務的保証の安全性を指すこと

もあります。」

 Korpus博士は、海事および海洋区分の

主要サービスプロバイダであるアメリカ船

級協会(ABS)数値流体力学(CFD)の主任

研究員です。この役割において、Korpus

氏はCFD技術の開発と応用に集中するこ

とで最高技術責任者(CTO)と下部組織を

支えています。彼は、船舶および海洋区分

での最も困難な問題のいくつかを将来的

に解決する方法を変える可能性がCFDに

あると考えています。「この組織には業界

リーダーとしての評判があります。我々は、

この区分事業にとって目新しい最先端の

サービスを提供してその評判をさらに高

めるために、CFDを使用しています。」と、

Korpus氏は話します。この記事では、船

舶の燃料効率の向上、環境への影響の低

減、最高レベルの安全性の維持を実現す

るための手段を設計者、所有者、運転者に

提供することにより、CFDがABSの船舶

技術事業をどのように変えているかを紹

介します。

 船舶輸送は世界経済に不可欠なもので

あり、世界中の国際貿易の約90%を支え

ています。国際海事機関(IMO)、各国の沿

岸警備隊、各地域の港湾局を含むさまざ

まな組織が、貨物、人、環境の安全性を確

保するために規制を定めています。これら

の規制は定期的に変更され、船級協会は

その変更に迅速に対応する必要がありま

す。運用コストを最小限に抑えたいという

船舶所有者の継続的な要望と相まって、船

舶業界のあらゆる部門で環境と安全性に

関する規制に対応するための効率的な設

計戦略を見つけることが不可欠となってい

ます。最終的な効果は競争力の強化です。

生き残るためには革新的なソリューション

が不可欠となります。

 新しい課題の例には次のようなものが

あります。船体に対する抵抗と推進力の

最適化、水の汚染を低減するためのバイ

オ潤滑油の配備、省エネ機器(ESD)の開

発、エンジン排気の「消毒」方法。

 このような技術革新にはそれぞれ、特有

のビジネスおよび技術上の課題が伴いま

す。ABSは、顧客が困難に遭遇する前に解

決策を調査してプロアクティブに対応する

ことを選択しました。CFDはそのプロセス

にとって不可欠なものです。

 時宜を得た一例としては、エネルギー効

率設計指標(EEDI)として知られる、環境

規制に対する高い要求が挙げられます。こ

の指標は温室効果ガス排出の削減を推進

するための手段ですが、燃料消費を最小限

に抑えたいという所有者の要望と相まっ

て、設計者による低出力の推進エンジンの

導入を後押ししています。悪天候での船舶

の安全性のためには総設置電力が重要な

変数であるため、低排出の要件と安全な

電力マージンの要件が競合することがあり

ます。

 ABSは、CFDを使用して電力の最小安全

レベルを数値化することにより、このよう

な相反する問題の回避を支援するために

プロアクティブな役割を担っています。

 (事後的ではなく)予防的に対応するに

は、応答時間を最小限に抑えるために、確

立されたCFDベストプラクティスを基に構

築されたエンジニアリングアプローチが必

要です。通常、ベストプラクティスでは単一

のCFD応用分野に焦点を当てますが、ABS

では、当該分野の顧客の現実的なビジネ

ス目標が動機となります。

 プラクティスは、より環境に優しく、安全

で、燃料効率が良く、コスト効果に優れた

船舶およびプラットフォームの開発を導く

ためのものです。標準的なCFD関連の

サービスには次のようなものがあります。

・ 運用コストを最小限に抑えるための船体およびプロペラ設計のガイダンスを提供

する

・ 設置電力の削減時に安全な電力余裕を維持する

・ 適切な操縦と動的な安定余裕を維持する・ ベアリング損傷を回避するためのプロペラシャフトおよび船尾管設計を支援する

・ 省エネデバイス(ESD)の選択と改善を支援する

・ 液体貨物スロッシングによる構造負荷の見積もりを提供する

・ 悪天時の風と波による構造負荷の見積もりを提供する

・ 航路での動き、構造負荷、または船首底衝撃を最小限に抑えるための貨物配分に

関するガイダンスを提供する

・ 最も燃料効率の良い貨物配分と運転中のトリムに関するアドバイスを運転者に提供

する

・ 液化天然ガス(LNG)貨物のボイルオフを最小限に抑えるための手順を策定する

・ スロースチーミング(減速航行)のトレンドに対応するための再設計に関するガイダ

ンスを提供する

 ベストプラクティスにより、ABSの顧客

と潜在顧客は、特定の設計をコミットする

前に先を見越すことができます。

 設計のパフォーマンス、環境と安全性に

関する規制(EEDIなど)への準拠をプロ

ジェクトの早期段階で評価できます。ま

た、ベストプラクティスがABSのCFD製品

とサービスの品質を均一化するという利

点もあります。CFD(STAR-CCM+®を含む)

を長年にわたって使用しているとはいえ、

ベストプラクティスにより、ABSの別オフィ

スのエンジニアが担当しても、CFDの経験

レベルが異なっても、または異なる顧客要

件を抱えていても、全員が予測可能な期間

で期待されるレベルの正確性を実現でき

ます。メッシュ改善、時間ステップ、または

乱流モデリングの検討の繰り返しに過剰

な工数を費やすことなく、一貫した品質の

結果が保証されます。

 次のセクションでは、その一例として、プ

ロペラの最適化に関するベストプラクティス

を紹介します。

 船舶の運転効率を上げるには、船体抵

抗、推進効率、エンジン性能を同時に対処す

る必要があります。それぞれが互いに影響

を及ぼし、複数の最適化したい目的が相

反する場合、プロセスはさらに困難なもの

となります。例えばメインエンジンのサイ

ズを小さくすると、燃料消費と温室効果ガ

ス排出が削減されることから全体的な効

率が向上しますが、予備電力に関する安全

指向の要件と相反します。

 船舶に適切な予備電力がないと、悪天

候で風や波の負荷が増えたときに操縦の

問題が発生する可能性があります。このよ

うな場合、最適化では、経済性と安全性の

間の微妙なバランス、つまり少なくとも各

目標の最小許容値を保証するための制約

条件が必要になります。

 プロペラ設計は運転効率に影響を及ぼ

す最も重要な要因の1つですが、長年に渡

り、おおむね同じ方法で行われてきました。

プロペラは船体に対して空間的にも時間的

にも変化する粘性伴流の中で動作します。

このため、問題は非常に難しくなります。従

来の方法では、モデルテストはプロペラが

存在しない状態で実行されます。伴流が測

定され、その後、実船スケールへと外挿さ

れます。結果は、定常流入とその状況に合

わせて設計されたプロペラを提供するよう

に、各半径で周方向に平均化されます。

 しかし、最新のCFDと最適化では、外挿

の誤差または定常流入の想定を許容する

必要がなくなりました。伴流が一定でなく、

3次元的に変化する場合でも、プロペラを

船舶の背後の原位置において実船スケール

で設計または最適化できます。実船スケー

ルの非定常CFDを用いて開発された設計

は、プロペラ/船体の相互作用を正確に把

握するため、効率性が高まります。また、非

定常力(振動)、外軸の荷重、キャビテーショ

ンが少なくなるように設計できます。

 図1は標準的な自己推進式船舶のシミュレーションを示しています。図2はさまざまなモデル仮定によるプロペラへの

流入(船体に対する伴流)の結果を示して

います。図2は、推進式でないまたはモデル縮尺のテストデータを使用して実際のプ

ロペラへの流入を予測した場合に想定さ

れる不正確さの重大度を表しています。

 モデル縮尺の伴流に注目すると、実船ス

ケールのものと少しも似ていないことが分

かります。同様に、公称伴流(プロペラな

し)は有効伴流(プロペラあり)と少しも似

ていません。モデルテストは左上の図のよ

うなデータを提供しますが、プロペラの設

計対象となる動作条件は右下の図のよう

なものです。

 CFDによる設計のメリットを示すため

に、ABSのエンジニアはSTAR-CCM+のス

ライディングメッシュ技術と重合格子技術

を活用して、実スケールで実際の非定常伴

流条件で回転するプロペラを計算しまし

た。設計空間の探査にはCD-adapco社の

設計探査ツールHEEDSが使用され、半径

方向のピッチ分布、コード長、レーキ、ス

キューを含むさまざまなパラメータ化がテ

ストされました。HEEDSのSHERPAアルゴリ

ズムを用いて規定の推進力での最小軸動

力を持つ設計を探査しました。図3に一連の自動化されたプロセスを示します。

 実際の設計では、キャビテーション現象

のため、状況はさらに複雑となります。圧

力が熱力学的な沸点を下回ると、水は気化

して蒸気になります。圧力が十分に低けれ

ば(高い揚力係数でのプロペラの翼で見ら

れる場合など)、これはどのような温度で

も発生する可能性があります。圧力が再び

上昇すると、プロセスは反転し、時に蒸気

は激しく凝縮します。

 凝縮がさらに激しくなると、固体金属で

ある翼面が実際に腐食する可能性があり

ます。また、すべての「適切な」設計が等し

く作成されるわけではありません。2つの

翼の全体の揚力と抗力が等しくても、局所

圧力分布によっては異なるレベルのキャ

ビテーションを示す場合があります。図4はキャビテーションの例とキャビテーショ

ン損傷を示しています。ABSによるHEEDS

を用いた設計最適化は、すべての設計で

最小の翼表面圧力を調べ、制約を課して

その条件を満たさない設計を除外するこ

とで、この問題を回避します。このように

ベースライン・デザインで許容された最

小の翼圧力を下回ることがないようにす

ることで、過度なキャビテーションが回避

されます。

 この方法は、単一の速度と積載貨物で航

海する2軸スクリューのLNGタンカーに対

してデモンストレーションします。船体は変

更せずそのままで、プロペラは半径方向の

ピッチ分布とコード長に対してパラメータ化

されます。初めにベース・デザインの計算が

終了すると、HEEDSのSHERPAアルゴリズム

は、集団ベースおよび勾配ベースの最適化

方法を組み合わせて設計空間全体を局所

的かつ大局的に探査します。各設計は複数

のシャフト速度でテストされ、目的関数(シャ

フト馬力)が規定の推進力を実現する速度

に対して選択されます。最小のブレード表

面圧力が、1回転分の計算を経て推進力の

平衡点で得られ、キャビテーションの制約

条件を満たす結果がHEEDSに返されます。

 可能な改善レベルは、設計変数の取り方と

許可される計算回数によって左右されます。

 この例では、半径方向のピッチ分布と

コード長が5つのパラメータだけで定義さ

れ、SHERPAは試行回数を150回までとして

います。ベースライン・デザインのプロペラ

は、上級設計者が既存の解析技術によりす

でに最適化されたモデルを基準としまし

た。結果は図5に示すHEEDSのベストデザインの探査履歴の出力に要約さます。比較

的厳しいこの条件でも、ABSエンジニアは

電力が約2.0%低減されたことを確認しま

した。これは、大規模な船舶では年間約

500,000ドルのコスト削減に相当します。し

かし、Korpus博士は次のように指摘してい

ます。「大幅なコスト削減よりもはるかに根

本的なポイントがあります。船舶設計者は、

100年以上に渡り進化的な手法、すなわち

小さな改善が1設計世代あたり1つ成され

ることにより船舶を造ってきました。この数

年間で、CFDの画期的な技術により、真の

最適化が全ての次世代設計にもたらされ、

革新的な船舶設計が可能となりました。」

 単目的アプローチは、大幅な燃料削減を

実現するための有効な指針を提供します

が、前述の過酷な天候での操縦のための

予備エンジン性能は考慮されていません。

 船舶エンジンは、その寿命の大半に渡

り、連続最大出力(MCR)よりも低い電力

で動作します。

 しかし、プロペラとエンジンが同時に最

適化される場合、設計条件を満たすために

必要な最低限の電力を備えた電力装置が

選択されます。標準的な運転では100%の

MCRが必要になり、悪天候のための分は

何も残りません。従来型の設計の知恵で

は、このような不測事態に対応するために

15%の「シーマージン」を適用します。最適

化の完了後、そのマージンを単に追加した

くなるかもしれません。

 しかし、実際には、必要なマージンは他

の設計変数によって変わるため、多目的の

アプローチが必要となります。燃料の削減

と安全な操縦という目標に別々に優先順

位を付ける一連のデザイン(いわゆるパ

レートフロント)が設計者に提供されるこ

とが理想的です。

 残念ながら、自己推進式の船舶の操縦

シミュレーションには依然として非常に時

間がかかります。風と海の状態、速度、操

縦がすべて単一の場合でさえ、計算を何日

も流す必要があります。荒れ模様の天候

での操縦を多目的最適化に組み込むこと

は、(現時点では)実用的ではありません。

その代わりに、不利な状況で必要になる

最小の電力余裕を正確に把握することが

不可欠です。その最小値が他の最適化さ

れた変数によってどのような影響を受ける

かについても同様です。この情報を提供す

るために、ABSのCFDグループは、さまざ

まな海洋状況と電力設定での操縦シミュ

レーションを実施します。標準的な舵の動

きが適用され、STAR-CCM+のDFBI機能

が船舶の軌道を予測するために使用され

ます。船舶が規定の舵の動きで旋回し加

速できる場合、与えられた電力レベルは安

全とみなされます。最終目標は、多目的探

査アプローチの実行可能性が高まるまで

図8 標準的な操縦軌道(左)とヨー角(右)

図7 安定旋回中のシャフト深さ断面における速度分布

図6 VLCC の操縦シミュレーション:オーバーセット詳細(左)と固定グリッド(右)

10 Overseas User Cases 2 海洋 ̶ 相反する目的に向けた船舶設計

適用できる、許容可能なシーマージンの

データベースを構築することです。

 このデータベースを開発するには、膨大

な数のシミュレーションが必要となります。

さまざまな種類の船舶と船体規模を一連

の天候状況でテストする必要があります。

 各ケースで、一連の電力設定を適用し、

船舶が規定の天候状況で操縦不能になる

時点を特定する必要があります。このアプ

ローチは、5.5メートルの横波と37ノットの

横風で旋回しようとする大型タンカー

(VLCC)を使用してデモンストレーションさ

れます。図6は、合計約700万のトリムメッシュによる、大規模バックグラウンド固定ド

メインでのオーバーセットグリッドを示し

ています。シミュレーションは、低速の船舶

と真っすぐの舵から始まり、十分に発達し

たKelvin伴流と粘性伴流を構築します。

船舶は、6自由度で自由に動くことができ

るため、抵抗の追加と推進効率の損失の

影響が含まれます。伴流が発達(およびプロ

ペラの力が安定化)すると、舵の動きは20

度を超え、電力は増加して最大となります。

 シミュレーションは、満載状態とバラス

ト喫水状態の両方においてさまざまな電

力レベルで実施されます。規定の最大電力

が許容可能な場合、船舶は自身の推進力

と舵力の影響の下で加速します。電力レベ

ルがある一定のレベルを下回ると、船舶は

風と波によって課せられる力とモーメント

を克服できなくなり、横方向からの打撃を

受けます。図7は、電力が旋回を完了するのに十分である例を示しています。一方、図8は、より少ない最大電力での船舶の軌道を

示しています。図8では、船舶は艇身の4分の3の距離を風下方向に押し流されてか

ら、風上方向に同距離を戻り始めます。

 曲線の上部に重なっている小さな高速

の振動は、個々の波に対する船舶の動きに

よるものです。興味深いのは、旋回速度(時

間に対するヨー角)がシミュレーションの

ほぼ半分のところまで安定するにも関わら

ず、船舶が風下方向への滑りを何とか止め

られるのはシミュレーションの終わり近く

である点です。この2つ目の例で使用され

る最大電力は、最小の安全量に近いもので

ある可能性があります。

 CFDはほぼすべての点で実用的なツール

となりました。真に技術的な観点だけでな

く、ビジネスの観点からも同じことが言え

ます。顧客の問題をプロアクティブに解決

するためのアプローチを可能にし、これま

で進化的であった船舶業界を画期的に変

革する手段を提供します。いくつかの問題

では依然として時間がかかる場合がありま

すが(海路での操縦など)、設計最適化がつ

いに現実のものとなっており、今後CFDが

船舶および海洋事業部門で果たす役割は

ますます大きくなるものと期待されます。

※本記事はCD-adapcoのグローバルニュースレター『Dynamics issue39』からの抜粋です。 【訳 : CD-adapco プリセールス 久保 謙治】

多目的に対する実用的な代替策

まとめ

29 ISSUE 04

Page 31: 04 JAPAN EDITION ISSUE - MDXmdx2.plm.automation.siemens.com/sites/default/files/... · 2018-05-06 · ことがありますが、解析をしてみるとその範囲が広がるという

 深い悲しみとともに、2015年9月2日(水)、CD-adapcoの社長兼CEOであり、共同創立者であるPeter“Steve”MacDonaldが亡くなったことをご報告いたします。

 1980年に、Steveは原子力産業で使用される「コンピュータシミュレーション」技術を実施しており、そのコンピュータシミュレーションをより一般的なエンジニアリング問題に適用するために、3人のエンジニアのグループを率いました。そのグループは「Analysis Design and Application Co.,:adapco社」となり、後にCD-adapcoとなりました。

 3人のエンジニアがニューヨークの屋根裏部屋で働く - という質素な始まりから、CD-adacpoはSteveの精神的指導力の下、35年の間に発展し、今日では世界中に40のオフィスと900人を超える従業員を擁しています。

 彼のリーダーシップを通して、Steveは「妥協しない」エンジニアリングシミュレーションを現実世界の製品とプロセスに適用するという彼のビジョンを情熱的に追求しました。Steveの第一の目的は、お客様の目標を達成し、CD-adapcoのソフトウェア製品の性能をわずかな可能性を越えて引き上げることでした。Steveは従業員をCD-adapcoの最も貴重な財産とみなし、常に最高かつ有能なエンジニアやソフトウェア開発者を採用することに懸命に取り組みました。 Steveは先駆的なエンジニア、先見性のあるカリスマ的なリーダーとして記憶されるでしょう。彼の遺産の広がりのすべてを予測することはほとんど不可能です。CD-adapcoのソフトウェアツールは、私達の生活のあらゆる場面で触れる製品やプロセスを改善するために使用されてきました。今日、路上を走るほとんどすべての自動車の設計は、STAR-CCM+あるいはSTAR-CDの影響を受けています。

追悼 Steve MacDonald

CD-adapcoの歴史とCD-adapcoでのSteve MacDonaldの役割に関してのより詳細な情報は、Dynamics 38号の「CD-adapco Origins (www.cd-adapco.com/dynamics38あるいはwww.cd-adapco.com/origins)」をご覧ください。 (2015年10月執筆)

CD-adapcoのソフトウェアがなかったならば、今はなかったであろう人々がいます。STAR-CCM+は航空機から原子炉に至るすべての安全性の向上に使用されるだけでなく、例えば、保育器の改良設計を支援することにより、健康管理の適用範囲を拡大することにも使用されてきました。

 愛情深い夫、父であり祖父である、Steveを心より追悼します。

 CD-adapcoは彼の死を悼みますが、Steveの遺産は彼のビジョンを進展させ、顧客第一という彼のビジネスモデルを継続する才能と意欲ある社員からなる健全な組織の中で生き続けます。

 Sharron L. MacDonaldはCD-adapco・ワールドワイドの暫定社長兼CEOとしてSteve MacDonaldを継承します。

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CD-adapco Technical Event ̶ 技術イベント ̶

CD-adapco Technical Support ̶ 技術サポート ̶

Dynamics Japan Edition ISSUE04

2016年4月発行

発 行 元 : 株式会社CD-adapco

デザイン : Santana Art Works

CD-adapcoは、様々な流れ・熱・応力解析などのエンジニアリングシミュレーションを提供するグローバルリーディングプロバイダーです。

株式会社 CD-adapco横 浜 オフィス 〒222-0033 横浜市港北区新横浜2-3-12 新横浜スクエアビル16F Tel:045-475-3285大 阪 オフィス 〒532-0003 大阪市淀川区宮原1-6-1 新大阪ブリックビル9F Tel:06-4807-7840名古屋 オフィス 〒460-0002 名古屋市中区丸の内3-17-13 いちご丸の内ビル8F Tel:052-228-6901

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※本誌に掲載されたすべての内容は、株式会社CD-adapcoの許可なく転載・複写することはできません。

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Information

STAR-CCM+®のアプリケーション特化型、機能特化型ハンズオン講習会であり、STAR-CCM+の機能をより深くご習得いただけます。CD-adapco テクニカルワークショップ(無償)

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カスタマーポータル ̶ The Steve Portal ̶ CD-adapcoのユーザーフォーラム

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CFD基礎、3D-CADモデラー、メッシュ作成、乱流モデリング、伝熱、DEM、オーバーセットメッシュ/運動、ポスト処理、最適化など*日程、開催会場は各コースによって異なります。詳細はWEBページやご案内メールにてご確認ください。

コース例

お客様の解析業務の早期立ち上げ支援のための、ソフトウェアの初期トレーニングや機能に特化した中級トレーニング、お客様のアプリケーションに特化したカスタマイズトレーニングと幅広くご提供しております。

STAR-CCM+ 初心者向け、STAR-CCM+ 中上級者向け、Javaを用いた自動化処理など*日程、開催会場などに関しては弊社WEBページにてご確認ください。

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CD-adapcoでは、ソフトウェア開発元である強みを基に通常の受託解析はもちろん、コード開発や新しい解析技術の開発、カスタマイズなども実施しております。CD-adapcoのエンジニアリングサービスをご利用いただくことで、解析業務の早期立ち上げを可能とします。

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STAR-CCM+ リリースウェビナー(ライブ):新機能・機能強化部分に特化しご説明インダストリアルウェビナー(ライブ):STAR-CCM+を使用した業界の最新動向をご紹介

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STAR Japanese Conference 2016 CD-adapcoでは日本のユーザー様へ向けたユーザー会「STAR Japanese Conference 2016」を下記日程・場所で開催を予定しています。皆様のご参加を心よりお待ちしております。

2016年6月9日   10日木 金・ 会 場 : 横浜ロイヤルパークホテル・ 参加費 : 無料(事前登録制)

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CD-adapcoお客様専用サイト http://steve.cd-adapco.com

詳細/申込 https://www.star-japanese-conference.com/

日 程

* IdeaStorm、MacroHutともSTAR-CCM+およびカスタマーポータルからログイン可能です。

弊社では、STAR-CCM+やSTAR-CD,HEEDSといった弊社製品を活用された製品開発や研究に関するユーザーインタビューを募集しております。ぜひ、本誌を活用され、お客様の技術力のアピールの場として、ご活用ください。インタビューを希望される方は弊社マーケティングへご連絡ください。

Dynamics Japan Editionユーザーインタビュー募集 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

前回の会場風景

【 STAR Japanese Conference 2016開催概要 】

お問い合わせ先:CD-adapco マーケティング [email protected]

ウェビナー実施日より、約1週間後弊社WEBからの視聴が可能となります。