2019年12月21日 作成2020年2月27日 更新

Haw Par Villa ハウ（ホー）・パー・ヴィラ～地獄篇～名古屋工業大学 先進セラミックス研究センター井田 隆

「タイガー・バーム・ガーデン」としても有名なシンガポール Haw Par Villa の中の「地獄」の区域は，園内の他の区域とやや異なる雰囲気がある。

ハウ・パー・ヴィラの作品群のうちで地獄セクションのメインの展示物は「地獄の十廷」塑像群だが，入口にある「地獄博物館」ではキリスト教・仏教・ヒンドゥー教・イスラム教での「地獄」の捉え方・表現のされ方が比較されている。

地獄第一廷では，予備審査が行われ，生前に悪いことをせず，良いことばかりした者は「別の場所」に送られる。生前に罪を犯した者は，第二廷以下に送られ，犯した罪のそれぞれに応じた罰を受けることになる。

「はーい。生前に悪いことをせず良いことばかりしてた人は，地獄には用がないので，この「銀の橋」を渡って向こうに行ってくださいねー」と，地獄のツアー・コンダクターに誘導されているところ。

その一方で，多くの者は「おまえらはこっちこーい」と鬼たちに地獄へ連れて行かれることになる。この画面右側の人物の視線の先には「銀の橋」が配置されている。

地獄第二廷には英語解説が付いていなかったが，中国語表記からは「欧斗伤人（殴闘傷人），抢夺（掠奪）他人財物」の罪に対しては「火山」の刑，「貪汚，盗窃，賭博」の罪に対しては「寒泳池」の刑，「娼妓在庙宇（寺院に娼婦），学堂等地行為不端（学堂での不正行為），玷污圣洁之地者（神聖な場所を汚す）」の罪に対しては「血汚池」の刑が科せられるらしい。

火山の刑。逆さに吊るされてローストされる。

寒泳池の刑。

血汚池の刑。

地獄第三廷では，「罪：感謝しないこと。年長者に対して不敬なこと。脱獄」に対して，「罰：心臓を切り取られる」刑，「罪：薬物中毒と売人・墓荒らし・人に罪や社会不安の原因となるよう強要すること」に対して，「罰：熱した銅管にくくりつけられ，グリルされる」刑が科せられる。

心臓を切り取られる刑。

熱した銅管にくくりつけられ，グリルされる刑。

地獄第四廷。

「罪：脱税・賃料支払い拒否・ビジネス詐欺」→「罰：石臼で潰される (pounded)」

「罪：兄弟への不服従・不孝」→「罰：石臼ですり潰される (grounded)」

石臼で潰される刑。餅つきのような感じでペッタンとツブされる。

石臼ですり潰される刑。回転機構を備えたタイプの石臼でゴリゴリと細粉化される。

地獄第五廷。「罪：財産や金目当てで他の人が死ぬようにしくむ・法外な高利で金を貸す」→「罰：剣の山に投げ落とされる」

剣の山に投げ落とされる刑。

地獄第六廷。

「罪：不正行為・呪い（のろい）・誘拐」→「罰：剣の木に投げつけられる」

「罪：本の誤用・ポルノ素材の所持・明文化された規則や規制を破る・食べ物を無駄にする」→「罰：体をノコギリで２つに切断される」

剣の木に投げつけられる刑。この画像ではわかりにくいが，第五廷での「剣の山」と似た表現が用いられている。

体をノコギリで２つに切断される刑。ノコギリで切断される刑はこの後にも現れるが，ここでは腹部付近に左右方向にノコギリ刃をあてられ，上下に分断される。

地獄第七廷。

「罪：噂を広める・家庭の不和の原因を作る」→「罰：舌を引き抜かれる」

「罪：強姦者・人を死に追いやること」→「罰：沸騰した油の中華鍋に投入される」

舌を引き抜かれる刑。日本では「ウソをついたら，死後，閻魔様に舌を抜かれる」と脅かされたりするが，ここでは舌を引き抜かれる罰を科せられる対象は「ウソをつく」ことではなく「噂を広める」「家庭の不和の原因を作るようなことを言う」ことである。

沸騰した油の中華鍋に投入される刑。

地獄第八廷。

「罪：従順でないこと・親や家族に迷惑をかけること・テストでのカンニング」→「罰：腸と内臓を引きずり出される」

「罪：自分の利益のために他人を害すること」→「罰：体をバラバラにされる」

腸と内臓を引きずり出される刑。画像右側で「お腹に穴開けますねー」左側で「腸と内臓を引き出しますねー。」というような処置が施されている。「テストでカンニングしただけで？」と思われるかもしれないが「テストでカンニングする行為」は，本人のためにも良くないし，周囲の人にも迷惑であろう。

体をバラバラにされる刑。体を切断するとしても，はじめに上下に分断するのでなく，左右に分断するのは技術的に難しそうだが，ここでは可能とみられているらしい。処理対象の左右両側に設置されるガイドらしい構造物は処理対象のセンター位置を確保するために設けられているのかもしれない。

地獄第九廷。

「罪：強盗・殺人・強姦・他の不法行為」→「罰：頭と腕を切り取られる」

「罪：老人と若者を無視する」→「罰：丸い石で潰される」

頭と腕を切り取られる刑。画像右側で切り取られた頭と腕が，左側にディスプレイされている。

丸い石で潰される刑。老人層や若年層の気持ちを無視するようなことをすると，丸い感じの石で，じわじわ圧迫を受けることになる。

地獄第十廷。

第十廷には「輪廻の輪」と「忘却の館」がある。 第九廷まで，それぞれの刑に服した後，囚人は第十廷に到着し，最終的な判決を受ける（ここまで散々な目にあっていても再生されるらしい）。さらに忘却の館に連れて行かれ，老女「孟婆 Men-Po」から過去の生を忘れる魔法の茶を飲まされる。「輪廻の輪」を通り，過去の生によって人間か，人間以外の動物に生まれ変わる。ある者

は安楽と平穏の生を受け，ある者は悲哀と苦しみの生を受ける。

最終判決。「男の来世は黒羊」「女の来世は白兎」既に変形（メタモルフォーゼ metamorphose）の始まっていることが，手前の人物の造形の背中の部分で表現されている。

孟婆（Men-Po）から「忘却の茶」を飲まされる。「輪廻」と言う考え方が成立しうるのは「前世の記憶は残らない」のが大前提であることは重要なポイントであろう。同じように，タイムマシンで過去の記憶を持ったまま未来に行くことは可能だが，タイムマシンで過去に遡ることが可能だとしても，現在の記憶は失われることになるはずである。

「輪廻」と言う考え方を受け入れれば，現在不運であったとしても「前世で悪いことをしたのだろうから仕方ないかな」と，不運な状況を受け入れられたり，「それでも現世で良い行いをしていたら，来世で幸福になれるかもしれないから，なるべく良いことをしよう」と前向きになれて，社会的な不適合性のようなものを解消できることもあるだろうから，心理の持ちかたとして悪いことではないように思われる。それはヒンドゥー・仏教思想に共通する考え方である一方で，キリスト教・イスラム教思想の場合，死生観については，もう少し直接的で単純，合理的な側面もあるかもしれない。