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常 に慟 る限 りな 想像力 をもった人間が、 どこか ら広大な情報の 普積 を得 てきたのか。人はす ての 推論 と 知識 をどこか ら得 てきたのか。一言で 應 えよ う。それは経験 だ。」 ジョン・ ロ ック『人間知性論』 (1690) 顧客経験 の関心 顧客経験 の関心があらためて高まり つつ ある。米国にMSI(マ ケティング サイ ンス・ イ ンス テ ィチ ュー )と NPOの 研 究機 関があ り、2015年 まで ブラン ド研 究 で著名なケビン・ L・ ケラ 教授が主幹を務 めている。MsIの 重要なミッションのひとつ は、 マー ケティングにおいて現在何が実務家 や研究者 にとって重要 な課題か を指 し示す とである。 MSIが 発 表 した恒 例 の2014年 か ら2016 年にかけての 最優先研究課題 (research priorities)で 優先順位第 位 に挙 げ られ た のは、「顧客 と顧客経験 の理解」 と「 ビッグ タ環境 におけるマー ケティングアナリテ イクス 」のふたつ であった。第 ニグルー プに あげられてい たのは、 マー ケティング投資の 価値測定、 マー ケティング クセ レンスの発 展、ソーシャルやモバ イルテクノロジー 用、などである。 なぜ顧客経験が研究の 優先課題第 位だっ たのか。大 きな理由は、マルチメディア、マ ルチスクリ ーン 、マルチチャネルとい う新 し 情報環境、 またソーシャルメディアゃデジ タルテクノロジー が興隆 して きた現在 におい て、顧客 は どの ように行動 しているのだろ か、 とい う問題が重要になってきたことがあ る。 さらには、顧客経験 で感 じられる感情が どのように顧客の 購買意思決定 に影響 してい るのか、 トータルな顧客経験 を測定するため 質的 量的方法、などが問題になってい る。 この 分野の 先駆け的研究である、HOlbr &Hirshman(1982)で は消費者行動の 験的側面 の注 目が指摘 されてい た。 また、 1990年 代の 末から、顧客経験の重要性が、 Pine&GilmOre(1999 schmitt( などによって、実務家向けの 記述ではあるが、 まとまった形で指摘 されて きた。その 後、顧 客経験 自体 について、研究は少 しず 進展 を みせ て きた。例 えばPalmer(201 よる 批判的 レビュー Lindgreen(20 よる リサ チアンソロジ などがすでに出されて る。 さらに、顧客経験 は、 さまざまな角度か ら 論究 され、考察 されて きた。た とえば、商品 経験、消費経験、ショッピング サー ビス 験 な どだ (Brakus,et al.,200 際、顧客 経験 は幅広 概念であ り、 さまざまな消費者 行動がこの 中に含 まれている。 このように「顧客経験」があ らためて実践 の上で も、研究の上で も最先端の 課題 になっ ているのが現状である。 日本で も「顧客経験 価値の 最適化 ネジメン ト」 とい うような 方で、数多 くネ ッ トの うえで語 られては いる。 しか し実際に顧客経験 を ネジメ ン ト することが どの 程度実現できているだろうか。 ブ ラ ン ド経 験 とは .で 注 目したいのは、 こ うしたさまざま な顧客経験の 中で も、 ブラ ン ド経験 であ る。 消費者があるブランドを用 いた り、信用で き る情報源からブラン ドに関す る情報 を得 る、 な どのブラン ド経験 をした とき、その 結果と してそのブランドに対するポジティブな態度 を形成 した り、 ブラン ド選好が高 まることは 容易 に想像 で きるだろう。 進化心理学者のハ ンフリ (2004)|こ よれ ば、人間が信頼 の判断のために用 る情報

&Hirshman(1982)で Pine&GilmOre(1999)や schmitt(1999) · 験的側面への注目が指摘されていた。また、 1990年代の末から、顧客経験の重要性が、 Pine&GilmOre(1999)やschmitt(1999)

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「常に慟いている限りない想像力をもった人間が、

どこから広大な情報の普積を得てきたのか。人はす

べての推論と知識をどこから得てきたのか。一言で

應えよう。それは経験だ。」

ジョン・ロック『人間知性論』(1690)

顧客経験への関心顧客経験への関心があらためて高まりつつ

ある。米国にMSI(マーケティング・サイェ

ンス・インスティチュー ト)と ぃうNPOの研究機関があり、2015年 までブランド研究

で著名なケビン・L・ ケラー教授が主幹を務

めている。MsIの重要なミッションのひとつ

は、マーケティングにおいて現在何が実務家

や研究者にとって重要な課題かを指し示すこ

とである。

MSIが 発表 した恒例 の2014年 か ら2016

年 にかけての最優先研 究課題 (research

priorities)で 優先順位第一位に挙げられた

のは、「顧客と顧客経験の理解」と「ビッグ

データ環境におけるマーケティングアナリテ

イクス」のふたつであった。第ニグループに

あげられていたのは、マーケティング投資の

価値測定、マーケティングエクセレンスの発

展、ソーシャルやモバイルテクノロジーの活

用、などである。

なぜ顧客経験が研究の優先課題第一位だっ

たのか。大きな理由は、マルチメディア、マ

ルチスクリーン、マルチチャネルという新し

い情報環境、またソーシャルメディアゃデジ

タルテクノロジーが興隆してきた現在におい

て、顧客はどのように行動しているのだろう

か、という問題が重要になってきたことがあ

る。さらには、顧客経験で感じられる感情が

どのように顧客の購買意思決定に影響してい

るのか、 トータルな顧客経験を測定するため

の質的・量的方法、などが問題になっている。

この分野の先駆け的研究である、HOlbr00k

&Hirshman(1982)で は消費者行動の経

験的側面への注目が指摘されていた。また、

1990年 代の末から、顧客経験の重要性が、

Pine&GilmOre(1999)や schmitt(1999)

などによって、実務家向けの記述ではあるが、

まとまった形で指摘されてきた。その後、顧

客経験自体について、研究は少しずつ進展を

みせてきた。例えばPalmer(2010)に よる

批判的レビュー、Lindgreen(2009)に よる

リサーチアンソロジーなどがすでに出されて

いる。

さらに、顧客経験は、さまざまな角度から

論究され、考察されてきた。たとえば、商品

経験、消費経験、ショッピング・サービス経

験などだ (Brakus,et al.,2009)c実 際、顧客

経験は幅広い概念であり、さまざまな消費者

行動がこの中に含まれている。

このように「顧客経験」があらためて実践の上でも、研究の上でも最先端の課題になっ

ているのが現状である。日本でも「顧客経験

価値の最適化 。マネジメント」というような

言い方で、数多くネットのうえで語られては

いる。しかし実際に顧客経験をマネジメント

することがどの程度実現できているだろうか。

ブラン ド経験 とは

ヽ.で注目したいのは、こうしたさまざま

な顧客経験の中でも、ブランド経験である。

消費者があるブランドを用いたり、信用でき

る情報源からブランドに関する情報を得る、

などのブランド経験をしたとき、その結果と

してそのブランドに対するポジティブな態度

を形成したり、ブランド選好が高まることは

容易に想像できるだろう。

進化心理学者のハンフリー (2004)|こ よれ

ば、人間が信頼への判断のために用いる情報

源は 3つ ある。(1)「個人的な体験」、(2)「合

理的な推論」、(3)「外部の権威」である。消

費活動においてこの 3つの中でも、(lM国人的

な体験ほどその後の消費活動に大きなインパ

クトを及ぼす因子はないだろう。

広告のような商業的情報よりも、個人的体

験のほうが消費者行動に及ぼす影響が大き

いことは以前から知られていた。Shethた ち

(1988)が 導き出した消費者行動の基本原理

の一つは以下のようなものであった。

「情報と比較すると、製品 。ブランド体験

は将来選択の重要な決定因である。事前経験

がない場合にのみ、消費者は情報に依存しよ

うとする」 (チ6訳、p.138)

これは次のようなことを意味するだろう。

広告やプロモーションなどの商業的情報源

は、新製品のような消費者に経験・知識のな

い商品には有効であるが、一般的に商品の評

価や選択を決定するのは商業的情報よりも、

自分自身の商品体験である。つまり、消費者

のブランド経験は、現代という時代的理由だ

けでなく、普遍的に重要性なのである。

ではブランド経験とは何か。Brakus,et al"

(2009)は、ブランド経験尺度開発に関する

論文において、ブランド経験を次のように定

義している。「ブランド刺戟によって喚起さ

れた、主観的かつ内的な (感覚的・感情的・

認知的)消費者反応また消費者行動」(p.53)。

ブランド経験とは、つまリブランドを使った

り、ブランド情報に触れて、そこから喚起さ

れる、行動を含むさまざまな消費者反応と言

えるだろう。

ブラ ン ド経験 を高める

研究の流れとは離れて、ブランド経験を実

務的に考えてみよう。小売業のブランド、消

費財のブランド両方にとって、ブランド経験

を高めることは重要な実践課題になりうるか

らだ。

重要なことは、ブランド経験は記憶という

形で消費者に蓄積されることだ。消費者はそ

のブランドについて自分の記憶にアクセスし

て、次の意思決定を行う。記憶の特性のひと

つは、我々の経験をコンパクトに要約するこ

とである。つまり記憶がどのように過去の記

憶を要約するかが問題なのだ。ここでは二つ

のポイントについて書いてみよう。

ポイントのひとつは感情的な記憶である。

消費者はそのブランドの経験記憶を参照する

とき、「楽しかった」「嫌な目にあった」「何

も感じなかった」とか、経験の全体を何らか

の感情を込めて振り返る。ということは経験

がどのような感情に要約されるかを観察・分

析することが重要になるはずである。

もうひとつのポイントは、どの属性につい

て記憶が要約されるかである。例えば、リゾ

ー トに宿泊したとき、部屋の清潔さの程度が

記憶として要約され残る場合もあれば、食事

の質が要約される場合もある。どの属性を改

善すればブランド経験を高めることができる

かがわかれば、むやみにあらゆる属性を改良

するムダを排除することができることにな

る。

駆け足で考察してきたが、今後のマーケテ

ィング活動にとって顧客経験、特に、ブラン

ド経験がより重要になることが予測される。

私の研究室でも現在こうした観点からブラン

ド経験の研究を進めている。

引用文献は紙面の制約で割愛させていただきました。

引用文献 が必要 な方 は、 日中洋 harrison ny2005@

yahoo cojpま でご請求ください。