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研究レポート No.225 April 2 005 日本の製造業におけるCTO(最高技術責任者)の役割とその育成 主席研究員 安部 忠彦 富士通総研(FRI)経済研 究所

No.225 April 2005 - Fujitsu...日本の製造業におけるCTO(最高技術責任者)の役割とその育成 主席研究員 安部忠彦 【要旨】 日本の製造業を中心に90

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Page 1: No.225 April 2005 - Fujitsu...日本の製造業におけるCTO(最高技術責任者)の役割とその育成 主席研究員 安部忠彦 【要旨】 日本の製造業を中心に90

研究レポート

No.225 April 2005

日本の製造業におけるCTO(最高技術責任者)の役割とその育成

主席研究員 安部 忠彦

富士通総研(FRI)経済研究所

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日本の製造業におけるCTO(最高技術責任者)の役割とその育成

主席研究員 安部忠彦

【要旨】

日本の製造業を中心に 90 年代の後半以降CTO(最高技術責任者)への注目が高まって

いる。日本ではCTOの定義や役割があいまいで、時代によっても多様なイメージで捉え

られてきた。1990 年より前のCTOには技術分野の目利き的役割が期待され、研究開発分

野の牽引が主たる使命だったが、近年は分社化やカンパニー化が進み、社内に分散した技術

や技術者を統合し、企業収益を高めることが期待されている。こうした役割を持つCTO

は今回当社が調査した 119 企業の約半数程度に設置されている。 日本のCTOの現状については幾つかの課題がみられる。第一に、日本の大規模製造業は

多様で広範な事業を行っており、CTOの役割は大きい。従って専務以上の役職がふさわし

いがCTOの半数は常務以下である。第二に、社長との役割分担や社長からの信頼獲得が

得られるかである。第三にCTOを必要とする背景はあるが、CTOの必要性が認識され

なかったり、事業部の独立性が強かったり、ふさわしい人材が育成されておらずCTOを

設置できない企業も見られ、こうした企業がどのようにCTOを設置するかも重要である。 こうした課題の中で特に重要なのはCTOの育成に関するものである。従来は社内で自

然にCTOが育成されていたが、今後は社外教育機関も使って意識的にCTOを育成する

必要がある。しかしCTOを意図したキャリア・パスを有する企業は少ない。大学など社

外教育機関と協力して、CTO育成のシステムを作り、CTO機能を十分に発揮することで

研究開発を企業収益に結びつけることが重要である。

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【目次】

1.はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 2.日本の企業におけるCTOの実態 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4 2.1 企業における研究開発関連組織と組織長の権限 ・・・・・・・・・・・ 4 2.2 全社技術統括者の名称とその設置時期 ・・・・・・・・・・・・・・ 6 2.3 CTO設置の背景 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8 2.4 CTOのミッション ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 12 2.5 CTOの職位 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13 2.6 CTOを設置しない理由 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 14 2.7 CTOがうまく機能するポイント ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 15

3.CTOの育成 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17 3.1 CTOに求められる資質 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17 3.2 CTO育成の基本的な考え ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 18 3.3 CTOとしてのバックグラウンドと必要なキャリア・パス ・・・・・・ 20

4.おわりに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 23 参考文献 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 23

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1.はじめに 日本の製造業を中心に、90 年代の後半以降、CTO(最高技術責任者)への関心が高ま っている。例えば日経4紙(日本経済新聞、日経産業新聞、日経流通新聞、日経金融新聞) において、1994 年以降、年毎に「CTO&最高技術責任者」という用語の入った記事数を 見ると図表1のようになる。95年以降、さらに 99 年以降記事数は一段と増加している。

図表1 日経4紙の「CTO&最高技術責任者」の入った記事数推移

0

10

20

30

40

50

60

70

94年 95年 96年 97年 98年 99年 00年 01年 02年 03年 04年

件数

(出所):日経テレコム(日経 4 紙)よりFRI作成

このようなCTOに対する注目度の増大は、企業の経営において、CTOを必要とす

る背景が急に強まってきているためと考えられる。例えば当社が 2003 年に実施したアン

ケート調査においても、「企業の研究開発活動が企業収益に結びつきにくい理由」を尋ね

た設問への回答において、「CTO機能が働いていないこと」が理由の上位に挙げられて

いた(図表2)。

図表 2 企業の研究開発が企業利益に結びつきにくい理由

0102030405060

ロードマ

ップの

不備

R&D資

源分

散化

ビジネス

モデル

構築

不足

CTO機

能不

コア技

術重

視不

徹底

専門

人材

不足

研究

者イン

センテイ

ブ不

ユーザー

ニーズ

対応

不足

知的

財産

戦略

不足

人材

流動

性不

進捗

管理

の問

回答企業割合 %

(出所):富士通総研アンケート調査(2003 年)よりFRI作成

1

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すなわち、企業の研究開発活動を企業利益に結びつけるうえで、CTO機能をうまく働か

せることが非常に重要な要素と考えられるようになってきている。こうした背景から日本

におけるCTOに関する研究も増えてきている。 先行研究としては、例えばCTOの定義に関しては、丹羽・山田(1999)、原(1997)、

(社)日本能率協会(2004)等がある。丹羽・山田(1999)は、CTOとは「広範な技術

専門性と事業センスを持ち、企業における技術の関連する側面で経営戦略に深く関わり、

CEOを補佐する技術担当役員」としている。しかしCTOの具体的な権限に関しては記

していない。また原(1997)は「CTOを置く企業が増加しているが、これは事業部の組織

の壁を越えて、技術の観点から全社の力を結集しようとする意図に基づく。研究開発部門長

は、実質的にCTOであることが望ましい。少なくともCTOを全面的に補佐しなくてはな

らない」とし、CTOの具体的な定義は示していないが、事業部の組織の壁を越えた権限

を持つ機能的側面を重視した記載をしている。(社)日本能率協会(2004)の定義も「全社

的な観点から技術戦略を策定、実施する最高責任者」と、全社的視点を重視している。

一方CTOの設置状況に関しては、例えば Roberts(1999)、(社)日本能率協会(2004)、 西谷(2004)などのアンケート調査がある。Roberts(1999)によれば、CTOを置いて

いる企業の割合は、日本企業が 95%、EU企業が 32%、米国企業が 8%と、日本企業のC

TO設置率が非常に高くなっている。一方日本能率協会のアンケート(前記)によれば、

自社でCTOを任命しているのは 11.5%、正式には任命していないが実質的なCTOが存

在しているが 45.3%となっている。西谷(2004)のアンケート結果では、「研究部門トップ

の上位に技術戦略の役員がいる」との回答が5割近く存在する。 このようにCTO設置企業の割合は調査対象によるばらつきが多く、CTOの定義に関

し必ずしも各企業間で共通認識があるわけではなく、企業によって多様な意味合いで用い

られているのが実態となっている。このように、関心が高いにもかかわらずその概念が広

く多用なため、CTOという用語が一人歩きしている。 このため本研究は、日本製造業におけるCTOの実態、すなわちCTOの役割・ミッシ

ョン、自社におけるCTOの存在状況、存在する場合の職位、CTOが必要となった背景、

CTOがうまく機能するためのポイント、CTOに求められる素質、CTO育成の基本的

な考え、CTOに必要なバックグラウンド、CTO育成のためのキャリア・パスなどを明

らかすることで、CTO機能を活用し、日本企業の研究開発活動をより企業収益に結びつ

きやすくすることを目標として行ったものである。 研究の方法としては、先行文献調査、CTOを含む有識者ヒアリング調査、およびそれ

らによって得られた知見をベースにしたアンケート調査を実施した。アンケート調査にお

いては、2 タイプの調査を行った。一つは一部上場企業で研究開発を活発に行っている企業

264 社に対しアンケート票を送付し、できればCTO該当者、そうでなければ研究開発企画

部など企業の全社的な研究企画を行っている人に回答をお願いし 86 社から回答を得た。回

答 86 社中、回答者が役員のケースが 17 人(19%)となっているが、これはCTO担当者で

2

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ある可能性がある。しかし非CTOからの意見が圧倒的に多くなっているため、非CTO

側の意見とみなした。二つ目は(社)日本能力協会に協力していただき、(社)日本能率協会

が開催している「CTOフォーラム」に参加しているCTO38 名に対し上記とほぼ同じア

ンケート票を送付し、33 名からの回答を得た。両アンケートとも調査期間は 2005年1月

である。2つのアンケートを合わせた回答企業のイメージを、業種別、および連結売上高

規模別にみると以下のようになっている。 図表3 アンケート回答企業イメージ(業種別)

建設業 3社食品工業 7社

繊維工業 1社医薬品工業 5社

化学工業 21社

窯業・土石工業 5社

鉄鋼・非鉄・金属工業 7社

機械工業 11社コンピュータ・通信機器・電機計測機械工業 14社

電子デバイス・電子部品

工業 11社

その他電機工業 9社

34

自動車・同部品工業 9社

精密機械工業 7社

電力、ガスなどその他 9社

合計119社

(出所):今回アンケート調査よりFRI作成

図表4 アンケート回答企業イメージ(連結売上高別)

連結売上高 2.5兆円 以上16社

1兆円以上 2.5兆円未満 26社

5千億円以上 1兆円未満 18社

1千億円以上 5千億円未満 37社

1千億円未満 22社

合計119社

3

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2.日本の企業におけるCTOの実態

2.1 企業における研究開発関連組織と組織長の権限

今回当社が実施した2つのアンケート間では、回答パターンに大きな差は見られなかっ

た。両者の考えは多くの点で一致しているようであった。このため断りがない場合には両

者を合計した値で結果を示す。 はじめに、CTOの権限や役割を明確にする。このために、企業における研究開発関連

組織とその組織長がどのような権限を有しているのかについて分析する。 企業の研究開発の目的は、経営戦略さらには事業戦略に沿って、新知識や改良を含む新

技術を開発し、それに基づく新製品・サービス、新事業を生み出し、最終的に企業の収益に

貢献することである。いくら新知識や新技術、新製品を生み出しても、他社と差別化され

ていなかったり市場化のタイミングに間に合わなかったりして、研究開発等に見合った利

益に達しないのであれば、少なくとも経済面からは研究開発は成功したことにはならない。 従って、研究開発は研究開発部門それ自身で完結するものではなく、経営戦略や事業戦

略に沿って企業の諸活動と密接な連携の下に、全社的に行われなくてはならない。特に開

発では販売やマーケテイングと関連した市場の洞察、設計、調達、生産、販売・マーケテ

イングなどを統合一体化した活動と考えることが不可欠である。こうした視点がないと、

研究開発で研究者や技術者が新知識や新技術を生み出すことだけで満足し、より大事な利

益貢献まで注意を払わなくなり、活動がそこで途切れる恐れがある。その結果近年危惧さ

れているように、研究開発活動が企業の最終的目標である利益に結びつきにくくなる。 このように企業の研究開発を全社一体のものと捉えるなら、企業内の各部門に分散して

いる研究開発関連活動を一体的に行わせるために、社内のすべての研究開発活動に対して

一体的な指示命令ができ責任を明確にできるように、適切な組織長に権限が付与される必

要がある。 今回のアンケート調査では、各企業における研究開発、技術開発の組織と権限のあり方

を尋ねた。設問においては、自社の技術関連業務における組織や担当役員の役割・権限分担

がどのような形態かを、その他を含む下記の①~⑤の5つの例示の中から選んでもらった。

① 本社研究開発部門のトップの上位に、全社の全技術部門(本社研究開発部門、本社生産

技術部門、事業部・カンパニー・工場の全技術部門)を統括し、研究開発費の付与ならび

に研究開発関連人材の人事権のある役員が存在する(この役員を、本社研究開発部門の

トップ、または本社生産技術部門のトップが兼務する場合もある)。 (例) 全社技術部門統括 本社研究開発部門 本社生産技術部門

事業部・カンパニー・工場の全技術部門 ② 全社の全技術部門統括役員はおらず、本社の研究開発部門のトップ、本社生産技術部門

トップと各事業部・カンパニー・工場のトップとが相談しながら、ケース・バイ・ケ

4

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ースで研究開発費の付与ならびに研究開発関連人材の人事を決める。 ③ 全社の全技術部門統括役員はおらず、本社の研究開発部門のトップが、本社の研究開発

部門のみ統括し研究開発費の付与ならびに研究開発人材の人事権を持つが、それ以外

(本社生産技術部門、事業部・カンパニー・工場)の研究開発業務に対して権限が無い。 本社生産技術部門、事業部・カンパニー・工場のトップが、管轄の研究開発部門の研

究開発費付与ならびに研究開発人材の人事権を持つ。 ④ 全社の全技術部門統括役員はおらず、本社の研究開発部門もなく、各事業部・カンパニ

ー・工場のトップが、各事業部・カンパニー・工場の研究開発費の付与ならびに研究開発

関連人材の人事権を持つ。 ⑤その他 この結果を図表5に示した。この結果に関しては比較的 2 つのアンケート結果パターン が違っていたので、両者の回答を示す。

図表5 研究開発組織と権限の関係

(出所):今回アンケート調査よ

Oフォーラムに参加のCTOの回答数。

回答は①と③とに2分されたが、全社としての技術的な統括者(①)が約3割見られる

0 10 20 30 40 50

①全社技術統括が権限持ち、本社、各事業部のR&Dを統制

②本社研究開発、本社生産技術、各事業部が話し合いでR&Dを決定

③本社研究開発、本社生産技術は組織内のみ権限。各事業部R&Dは独自権限

④事業部単独で存在し、事業部R&Dは独自権限

⑤その他

りFRI作成 (注):上段:参考値としての日本能率協会のCT

下段:全体回答数。

ことが判明した。企業の組織と組織長の権限のあり方は非常に複雑で、上記の①から④で の区分では表現しきれない多数の「その他」回答が見られたのが特徴であった。「その他」

の中にも、①に近い回答が存在しており、これも合わせれば 50 社程度、すなわち 42%が ① タイプになっている。なお、本社の研究開発部門のトップが全社技術統括者を兼ねるケ

ースは、①の内数として 16 社見られた。

5

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2.2 全社技術統括者の名称とその設置時期

そのような立場の人がどのような呼称で

図表6 全社技術統括者の名称

前設問において①と回答された企業において、

呼ばれているか、またそのような役職がいつ頃設置されたかについては図表6、7のよう

な回答結果となった。

05

101520253035

①C

TO

(最

高技

術責

任者

②技

術担

当役

員、

技術

本部

③開

発本

部長

④C

TO

の名

称だ

が、

役割

権限

は異

なる

⑤そ

の他

(社)回答企業数

(出所):今回アンケート調査よりFRI作成 組織」とする会社の回答も含む。

図表6より、必ずしも「CTO」という名称が一般的ではないことがわかる。(社)日本能

また、全社的技術統括者が設置された時期に関しては図表 7 に示したように、1990 年以

(注):「①に近い組織と権限だが、やや異なる

協会のアンケート調査でも、CTOとは呼ばないが「実質的なCTO」とされる人が多数

存在することが示されているが、この回答からもそれが示されている。またCTOという

名称も、必ずしも共通に認識された権限を持つ人に限定されたものではない実態も、上記

設問で④と答えた企業が多数存在することからも伺える。従って、定義を明確に与えず単

に「CTOについて」の調査というものは解釈が広くなり、ほとんど意味をなさないこと

がわかる。

にすでに設置されているケースと、1990 年代の後半以降設置されたケースとに概略 2 分

される。この結果と、既に記した日経 4 紙における「CTO&最高技術責任者」という言葉

が使われだした時期とを対比させると、1990 年代後半からの全社的技術統括者とそれ以前

の全社的技術統括者の意味が違うのではないかと解釈できる。

6

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図表7 全社技術統括者の設置時期

02468

1012141618

1990年以

1991年~

1992年

1993年~

1994年

1995年~

1996年

1997年~

1998年

1999年~

2000年

2001年~

2002年

2003年~

(社)回答企業数 RI安部作成

資料:今回アンケート調査よりF

(出所):今回アンケート調査よりFRI作成

すなわち、1995 年以降、特に 1999 年ごろに企業においてどのようなことが生じたかを

図表 8 各社の社内カンパニーカの動き

考えると、丁度この頃、企業は自社が持つ多様な事業を整理し、同時に選択と集中という

言葉で事業に独立性を与えた。すなわちカンパニー制や分社化も見られ、各事業の独立性

が高まった時期である。1999 年頃は、例えば日経エレクトロニクスが特集したように(原

田他、2000.)企業におけるカンパニー制の動きが顕著な時期と一致する。

時期 企業名 内容

1999 年 4 月 三洋電機 での事業本部を 4 カンパニーに再編 これま

1999 年 4 月 日立製作所 5 事業部 2 事業部を 10 グループに再編

各グループにグループ長&CEO 置き

実質独立会社化

1999 年 4 月 東芝 内、1 社外カンパニー化 15 事業本部を 8 社

各カンパニーに権限を委譲し、独立会社

として事業運営

1999 年 4 月 ソニー 群を 3 カンパニーに再編 従来のカンパニー

2000 年 4 月 沖電気工業 3 つのビジネスグループ化

6 つのフルカンパニー化

2000 年 4 月 NEC 3 つのカンパニーへ社内分社化

(出所):日経エレクトロニクス(2000.1.3)などより作成

7

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2.3 CTO設置の背景 2.3.1 事業間の横串機能の強化

ー制によって、企業が持つ技術そのものや技術系人材が分断化

製造業の強みは社内に多様な形で存在する技術の融合

行っている。ちなみにこのようにCTOを定義した場合、各社のCTO設

企業の分社化やカンパニ

される傾向が出現した。しかし日本

あり、分社化などの導入でその融合能力がうまく働かなくなる危険が生じた。そのため、

分社間、カンパニー間、事業部間に横串機能を働かせることができる権限をもった人材の

必要性が高くなってきた。これが、近年必要とされているCTOと考えられる。一方それ

以前のCTOは研究部門のトップとほぼ同義であり、事業部間における横串的機能を発揮

する能力よりも、将来の技術の目利きとしての役割がより期待されていたのではないかと

考えられる。 以下では、全社的な技術統括機能を有する役職者をCTOと呼ぶこととして、以下のア

ンケート質問を

置状況は以下のようになり、50 社(約 40%)がCTOを設置していることがわかる。 図表9 各社のCTO設置状況

05

1015202530

①C

TO

(最

高技

術責

任者

②技

術担

当役

員、

技術

本部

③開

発本

部長

④C

TO

の名

称だ

が、

役割

権限

は異

なる

⑤そ

の他

(社)回答企業数

(出所):今回アンケート調査よりFRI作成

説は、今回のアンケートにおける次

設問で検討することができる。すなわち、近年、CTOが必要になったとしたら、その

35

近年CTOが必要になった理由についての上記の仮

景はどのようなものかという設問である。その回答状況を図表 10 に示した。

8

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図表 10 近年、CTOが必要になった背景

0

10

20

30

40

50

60

70

①事

業部

独自

性強

化で

技術

融合

困難

化、

全社

横断

機能

必要

②技

術の

事業

部内

蛸壺

化で

、技

術拡

張困

難化

③技

術の

融合

化、

プラ

ット

フォ

ーム

化の

必要

性増

④技

術者

が不

足す

る中

で社

内分

散化

し全

体把

握・結

集困

難化

⑤技

術者

が分

散化

しス

ピー

ドア

ップ

が困

難化

⑥経

営の

グロ

ーバ

ルス

タン

ダー

ド化

で欧

米対

応役

職名

必要

⑦そ

の他

(社)回答企業数

そう思う

そうは思わない

(出所):今回アンケート調査よりFRI作成

ため、研究開発部門と事業部門との

体・同期的運営など全社を一体として運営することがより重要になってきたのに、(カン

融合化やプラットフォーム化しにくさを防ぐことが、大きな背景になっているこ

ずしも時間軸で一方向にのみ進むものではない。分散化の時期と集中

常にそう思う

最も大きな背景とされたものは、「企業の収益向上の

パニー制採用などで)各事業の独立性を増す傾向となり、各事業の技術的融合など企業全

体としての総合力発揮が困難となり、全社横断的機能が必要になってきた」というもので

ある。次いで「企業の収益向上のため、単独技術だけでは競争力が得られにくく、各事業

に広く分散する技術の融合化、プラットフォーム化が重要になってきた」が挙げられてい

る。技術の融合化やプラットフォーム化の要請が強いのに、事業部の独自性が高まり融合

化などが難しくなっているという背景認識が強い。このような技術面での問題よりは、背

景要因としては強くないが、技術者の分散化という人材問題も背景として感じられる。「経

営のグローバルスタンダード化が進み、欧米企業の役職者に対応する責任者を設けないと、

事業に支障をきたすようになってきた」というのは、背景としてはほとんど感じられてい

ない。 これらの結果から、事業部の独自性の強まりによる技術や技術者の分散化によって生じ

る技術の

とが確認された。 しかしここで注意すべきは、企業における技術開発統括権限の本社への集中化と事業部

への分散化とは、必

9

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19.0%、「複数の研究所を集約」という集中型が 18.8%と、企業

また、90 年代以降に生じた経営上のひとつの流れとして、自動車や電機などに属する大

事務(文科)畑に変わったとの印象をも

しているのかどうかをチェッ

の時期とは繰り返えされると考えられる。例えば文部科学省の「民間企業の研究活動に

関する調査報告(平成 15 年度)」をみると、平成 16 年 4 月時点を起点に、ここ 2~3 年の

間、研究開発体制の大幅な変更を行ったかどうかについて、資本金 10 億円以上の民間企業

にアンケート調査した結果、「大幅な組織改革を行った」企業が、製造業を対象にすると

39.4%存在する。また「今後大幅な組織改革を行う予定である」が 6.6%、「具体的な計画

はないが、組織改革の必要性は感じている」は 42.0%に達している。資本金で 500 億円以

上の企業では、「大幅な改革を行った」は 65.6%にも達する。組織改革が多数の企業で行

われている事がわかる。 さらにその組織改革の内容を見ると、「研究所を事業部の管理下に移管」という分散型が

非製造業も含めた全回答の

よっては逆の方向が志向されている。また「その他」が 49.7%と、多様な形態の改革を

行っている事もわかる。またこうした組織改革の理由としては、「組織の効率化を図るため」

が製造業で 56.7%と、現状効率が低下していることを示している。企業の組織は分散化と

集約化の動きを繰り返えしながら、効率性を高める努力を継続していることがわかる。従

って今後も、横串機能を求める一方向の動きだけが継続するわけではないと考えられる。 2.3.2 文科系出身社長の増加に伴う補佐機能

手の製造業において、経営者の出身分野が技術畑から

れていることがある。例えば伊丹(2001)によれば、トヨタ自動車、日産自動車、本田

技研工業、ソニー、東芝、日立製作所、NEC、松下電器産業および富士通を例にすると、

80年代には 9社のうち 8社が技術系社長だったが現在では事務系が 7社となったとされる。 このように経営者が技術畑から事務(文科)畑になったことで、技術にそれほど詳しくない

文科系社長をサポートする全社的な技術統括者が必要になったという考えもありえる。 こうした仮説が妥当か否かをチェックするために、前記 1 タイプのアンケート回答企業

に対し追加アンケート調査を 2005 年 3 月に実施した。回答企業が 23 社と少数であり確

なことは言えないので、以下参考データとして記載する。 まず各社の現社長から3代前の社長までの就任時期(年)および出身分野(①技術系、

②文科系,③その他から一つ選択)を尋ね、文科系社長が増加

クした。ここで技術系とは理学系、工学系、理工学系、医薬保健系、農学系、情報処理系

とした。この結果から、社長の出身分野の年代別推移を図示すると図表 11 のようになる。

10

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図表 11 年代毎の社長の出身分野

0

2

4

6

8

10

12

14

16

85年

90年

95年

2000

2004

回答企業数 社

文科系

技術系

(出所):今回アンケート調査よりFRI作成

の社長の出身分野にはそれほどの違い

れず、やや技術系が多いという状況だった。しかし 1998 年から急に文科系社長が増

社長に代わって技術戦略を取り仕切

社長の出身分野変化からみたCTO増加の背景

限定された回答ながら、1997 年までは製造業各社

が見ら

してくる実態が認められる。この時期、文科系社長を必要とするどのような経営環境の変

化があったのかに関しては今後の分析課題である。 ついで、「80 年代ごろは日本の製造業においては技術系の社長が多かった。しかし 90 年

代以降、文科系の社長が増加した。このため、文科系

るCTOが必要になった」という仮説についてどう思われるかを、自社の例にとらわれず、

一般的な意見として尋ねた。選択肢は、そのような背景認識は妥当と感じられる、そのよ

うな背景認識は妥当とは感じられない、どちらともいえないの 3 つである。結果を図表1

2に示した。

図表 12

0

2

4

6

8

10

その

背景

認識

は妥

その

背景

認識

は妥

当で

ない

どち

らと

もい

えず

回答企業数 社

(出所):今回アンケート調査よりFRI作成

11

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回答結果は完全に分散し、こうした仮説が正しいという考えが主流とはなっていない。 さらに、技術を競争力の糧にする製造業の社長は、出身分野との関係でどのような人

が望ましいかを尋ねた。選択肢は、技術系出身者、技術系出身で経営者教育を受けその

能力もある人、 技術系出身者には経営面での限界が感じられので文科系出身者、出身分

野にこだわらず人物次第、その他の5つである。結果を図表 13 に示した。

図表 13 製造業の社長として望ましい出身分野

4

12

16

20

技術

技術

系、経

営者

育受

け、

能力

文科

こだ

らず

その

回答企業数 社

既に に

8

0

出身

分野

(出所):今

当然ながら人物次第という回答は多かったが、「技術系出身で、経営者教育を受けその能

力もある人」への期待も見られた。今年に入り、ソニーで経営トップの交代がなされたが、

その折のマスコミの論調では、製造業のトップは技術系出身者がふさわしいという論調が

多く見られた。日本の製造業企業の強化を図る上で、製造業のトップにはどのような能力

が要求されそれは出身分野とどう関連するのか、CTOの役割はトップの出身分野とどう

関連するのかなど、今後の検討課題があることがわかる。 2.4 CTOのミッション

前記において、CTOとは「事業部や本社研究開発本部、本社技術部の上 位置し、

義したが、ここで改めてCTOが持つ

きミッションについて尋ねた。選択肢としては、①技術者の人事権(配置、採用、昇格、

回アンケート調査よりFRI作成

研究開発に関する人事権や予算権を有する人」と定

解任、移動など)、②技術開発テーマの選定、研究開発費の付与権、③技術関連物件の一次

的受発注決定権、④技術、知的資産など技術関連資産の M&A の売買決定権、⑤顧客ならび

に社会に対する受注物件の技術的責任である。その結果を図表 14 で示した。

12

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図表 14 CTOのミッション

100

①技

術者

の人

事権

②技

術開

発テ

ーマ

の選

定、

予算

③技

術関

連物

件の

一次

的受

発注

決定

④技

術関

連資

産の

M&A

売買

定権

⑤顧

客、

社会

に対

する

受注

物件

の技

術的

責任

(出所):今回アンケート調査よりFRI作成 最も重要視されたのは、技術開発テーマの選定および研究開発費の付与権である。人事

権はこれらよりもやや少なくなっている。企業の規模にもよると思われるが、CTOが人

材に関して情報が完璧ではない場合があることや、人事権は事業部門長に付与したほうが

事業部との関係がうまく行くことが多いと考えられていることからこうした結果になった

と考えられる。今後は技術関連資産のM&A等が増加すると見られ、そうした権限もCT

Oの重要な役割と考えられている。 今回のアンケート調査では、CTOを有する企業は約半数(50 社)程度であったが、こ

の設問ではその約2倍の企業がCTOは全社的なテーマの決定権や予算権を持つべしと考

り、CTOを設置していない企業でも必要性は認識しているケースが多いと考えらえてお

(社)回答企業数

0

20

40

60

80

ぜひ含むべき

含んだほうが望ましい

含むべきではない

れる。 2.5 CTOの職位

CTOが有すべきと考えられる上記のミッションの範囲から見て、日本企業のCTOが

持つべきと考えられている権限は非常に大きなものになる。従ってこのような大きな権限

を発揮するためには、当然ながらCTOは高い職位についている必要がある。実際CTO

はどのよう職位についているのだろうか。アンケート結果を図表 15 に示した。

13

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図表 15 CTOの役職

0

4

24

28

①会

長ま

たは

副会

②社

長ま

たは

専務

務ま

たは

取締

⑤そ

の他

(社)回答企業数

20

8

12

16

副社

(出所):今回アンケート調査よりFRI作成 回答結果は副社長又は専務の場合と、常務または取締役の場合とに2極化した。上記権

限の大きさから、本来は副社長又は専務以上の職位が望ましいと思われる。常務または取

締役では、上記の大きな権限を発揮することは困難と考えられる。 2.6 CTOを設置しない理由 CTOを設置しておられず、将来も設置する予定がない企業に対し、その理由を尋ねた。

その結果は図表 16 のとおりである。

図表 16 CTOを設置しておらず、将来設置計画もない理由

02

68

1214

景性少

認識

③必

背景

認識

ある

不足

④必

背景

認識

ある

独立

く受入

の他

(出所):今回アンケート調査よりFRI作成

(社)回答企業数

4

10

少 ②る

必要背

、必要

要背

が必要

要材 要強そ

14

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「必要な背景が少なく必要性も少ない」という企業の場合は問題は見られない。しかし

「必要とする背景はありその重要性は認識しているが、各事業部(または各カンパニー、

工場)の独立志向が強く、受け入れられにくい」や、「必要とする背景はあるが、社内でそ

の重要性があまり認識されていない」、「必要とする背景はありその重要性は認識している

が、ふさわしい人材がいない」などの問題があるため、残念ながら設置できていないとい

う回答も見られる。設置していない、または設置の理由がないからCTOに関して問題が

ないというわけではない。

2.7 CTOがうまく機能するポイント

ように重要であるが、役割や権限が大きく、うまく機能させることが難しいのがC

TO機 能させるためのポイントはどのよう

ものかについて、アンケート結果を見る。

この

能と考えられる。このようなCTOをうまく機

図表 17 CTOがうまく機能するポイント〔全体回答〕

40

80非常に重要

0

60

④C

TO

に全

社横

断業

務も

掌握

させ

⑤C

TO

にふ

さわ

し材

選別

し、

な経

験を

つま

せる

(社)回答企業数

重要

あまり重要でない

(出所):今回アンケート調査よりFRI作成

CTOは独立性を求める事業部等と権限が衝突する場合もあり、全体回答では第一に「C TO機能の必要性、重要性の社内認知を徹底する」が指摘された。全社的にCTOの必要 性が認識されないと、決してうまく機能しないと認識されている。ただ、(社)日本能率協会

20

①C

TO

の必

要性

、重

要性

の社

内認

徹底

②C

TO

と社

長と

の業

務分

担を

明確

規定

③C

TO

は社

長を

サポ

ート

、社

長は

CTO

尊重

の姿

勢明

長へ

の登

竜門

にす

い人

十分

15

Page 20: No.225 April 2005 - Fujitsu...日本の製造業におけるCTO(最高技術責任者)の役割とその育成 主席研究員 安部忠彦 【要旨】 日本の製造業を中心に90

のCTOフォーラムに参加しているCTOのみの回答では、図表 18 に示したように、「C TOは社長をしっかりサポートし、社長はCTOを尊重する姿勢を明示する」が第一とな っている。実際CTOにとっては、社長がCTOを尊重する姿勢を示してくれることへの 期待が高いことがわかる。 図表 18 CTOがうまく機能するポイント〔能率協会CTOフォーラム参加者回答〕

0

5

10

15

20

25

①C

TO

の必

要性

、重

要性

の社

内認

知徹

②C

TO

と社

長と

の業

務分

担を

明確

サポ

ート

、社

長は

CTO

尊重

の姿

勢明

全社

横断

業務

も掌

握さ

せ社

長へ

の登

竜門

にす

さわ

しい

人材

選別

つま

せる

(社)回答企業数

非常に重要

重要

あまり重要でない

規定

③C

TO

は社

長を

ふし

、十

分な

経験

④C

TO

⑤C

TO

(出所):今回アンケート調査よりFRI作成 次いで重要視されているのは、やはりCTOというのは役割が重要で機能が大きいため、

CTOにふさわしい実力のある人材を選別し、十分時間をかけて経験を積ませ育成する」

の製造業にとって喫緊の重要課題と考えられる。 以下の章では,CTOの育成について考える。CTOと社長との関係で言うと、CTO

を社長への登竜門にするということについてはほとんど支持を得ていない。製造業であっ

てもCTOと社長とは別の能力が要求されると意識されていることの反映とみられるが、

製造業においては、技術の土地勘があるCTOに経営能力をつけてもらい、有力な社長候

補として育成することを積極化することが重要と考える。

であった。こうしたCTO人材の教育育成は、技術経営が大きなテーマになっている日本

16

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3.CTOの育成 3.1 CTOに求められる資質 CTOの役割が大きく、CTO設置においてふさわしい人材の獲得がネックになったり、

CTO機能をうまく働かせる上でも、CTOにふさわしい実力のある人材を選別し十分時

間かけて経験を積ませ育成することが重要と認識されているなど、CTOではその育成が

重要である。ここでは、CTOの育成について検討するが、手初めにCTOに求められる資

質についてアンケート結果から分析する。

図表 19 CTOに求められる資質

(出所):今回アンケート調査よりFRI作成

最も重視された資質としては、「幅の広い技術及び製品の目利き力、見識」であり、この

傾向は(社)日本能率協会のCTOフォーラム参加のCTO自身による回答でも変わらなか

った。しかしこのような能力・資質は、CTOの設置時期で見たように、従来型の技術統

括者にも当然要求された資質である。こうした能力はCTOとして備わっていて当然とも

いえるものである。

これに加えて近年のCTOに要求されるのは、「事業の豊かな経験・実績を基盤とする技 術部門及びその他の部門からの信頼」であり、「各部門に技術的側面から横串を通させる説 明・説得・粘り強い実行力」であると考えられる。逆に、「自らは社長を立て、裏方に徹す る自己抑制力」という設問に関しては、CTOには自己抑制はあってはならず、積極的にト ップに意見具申すべきという複数の自由意見が得られた。

0

20

40

60

80

100

、見

②事

業の

経験

・実

績で

他部

③各

部門

に技

術面

から

う立

場に

固執

しな

い中

立性

⑤自

らは

社長

を立

て、

裏方

に徹

する

自己

抑制

(社)回答企業数

ぜひ必要

あることが望ましい

なくても

いい

①幅

広い

技術

や製

品の

目利

門か

らの

信頼

串通

せる

説明

説得

実行

④一

部門

の代

表と

17

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3.2 CTO育成の基本的な考え

このような重要な役割を持つCTOの育成には、どのような考えで取り組むべきか。

設問項目として、①自社内で自然に育成されるもの、②自社内で意図的に育成すべきもの、

③社外教育機関を活用して意図的に育成すべきもの、④主として自社内で、一部社外機関

を活用して意図的に育成すべきもの、⑤計画的育成は困難で社外から登用すべきもの、の

中から選んでもらった結果を図表 20 に示した

図表 20 CTO育成の基本的な考え

0

10

20

30

40

50

①自社内

で自然

に育成

②自社内

で意図的

に育

③社外教育機関

を利用

た意図的育成

④主

して自社内

、一部

社外機関

で意図的育成

⑤計画的育成困難

、社外

から当用

(社)回答企業数

成 し

(出所):今回アンケート調査よりFRI作成

最も支持された方針は「主として自社内で、一部社外機関を活用して、意図的に育成す べきもの」という回答結果となったが、「自社内で、自然に育成されるもの」という回答も 30 社弱見られた。 しかし、現状では社内で自然に育成できる環境ではなくなりつつあると考えられる。前

記のCTOに求められる資質の中には、事業部での経験・実績や他部門への説得力などが

強調されている。こうした資質は、従来の「幅の広い技術及び製品の目利き力、見識」と

はある面で対極の資質を要求しているとも言える。すなわち「幅の広い技術及び製品の目

利き力、見識」力は、技術者としての専門性の高さに依存し、技術者なら素直に獲得でき

18

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るタイプの力だが、他部門への説得力などは、技術の専門性が高い人材が、自分の中の技

ちと葛藤して意識的に獲得しないと、なかなか獲得

の中からこうした面での能力のある人材

慎重に選び社外教育機関も活用しつつ、意図的に育成する必要があるはずである。 成が自社では追いつかないと、

ふさわしい人材を海外に求めることや、海外でなくても社外に求めることにより、CTO

の市場が生まれる可能性はあるのだろうか。確かに三菱化学でCTOを海外から招聘した

ことが話題になったが、今回のアンケートでは、「(CTOの)計画的育成は困難で、社外 から登用すべきもの」という設問への賛成意見はほとんどなかった。日本でCTO市場が 生まれる素地は現在ではほとんど見られない。

また今回のアンケートでは、CTOを意図的に育成するという回答が多数を占めたが、

意図的にする必要がある理由としては、意図的に育成しないと、得られる知識、職場経験 に偏りがあり、経営者としてのバランスに欠けることが懸念されるためというものであっ た(図表 21)。しかし背景には、企業が成長しなくなり、ふさわしい時期に経営判断を行 える経験の場が少なくなり、そうした能力が自然に付くまで待っていたら経営層になるの に時間がかかり、高齢になってしまうことがある。

図表 21 CTOは意図的に育成すべき理由

術者として能力を高めたいという気持

できにくい、いわば政治的な能力と考えられる。市場ニーズの本質的理解には、その元に

なる人間社会の深い理解が必要であるし、他人の説得には、わかりやすい言葉で明確に説

得する力などが求められ、これらは技術者には自然体のままでは身につきにくい能力であ

る。むしろ技術者の中には、こうした能力に背を向ける性向があるとも考えられる。した

がって、技術的な能力とは別の評価軸で、技術者

今後日本においてCTOの役割が認識され、しかしその育

(出所):今回アンケート調査よりFRI作成

0

10

20

40

50

60

70

①高

齢化

して

しま

③経

営判

断を

下す

機会

が少

ない

(社)回答企業数

非常にそう思う

そう思う

そうは思

わない

30

②必

要な

部門

知識

が偏

19

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3.3 CTOとしてのバックグラウンドと必要なキャリア・パス

ではCTOのバックグラウンドとしては、技術的なバックグラウンドは必須なのか、望

ましい程度なのか、技術系・非技術系にこだわらないほうがいいのか。この設問に関する

回答結果は図表 22に示したようになる。

図表 22 CTOのバックグラウンド

0

20

50

70

(社)回答企業数

80

60

3040

10

①グ ②グ技ラ 技ラ 技に

的ン 的ンし 系だい

バド バド 、わ

ク須 クま 科な

(資料):今回アンケート調査よりFRI作成

回答では、必 らみると「技術が理解で

きなかったりわからないと技術戦略の判断が難しい」という主張であり、比較的技術その

ものの理解を重視した判断となっている。技術の事業性や技術経営まで視点に入れた上で

なおかつ技術を良く知っていることが重要とする意見は、必須を選んだ回答の中の概ね 1/4

程度であった。重要視されるべきは、技術がわかるという意味は幅広く経営的視点で技術

がわかるという意味であるべきだろう。技術者であっても、専門外の技術の理解は非常に難

しいものである。

CTOの育成に関しては、必要な専門知識をバランスよく獲得するために意図的な育成

が重要とされた。では具体的に社内のどのような部署の経験が必要とされるであろうか。

設問では①研究開発部門、②事業部門、③本社スタッフ、④海外留学経験、⑤海外勤務経 験、⑥社外子会社経験を候補に上げて選んでもらった。その結果を図表 23 に示した。

須という回答が多く、その理由として自由意見か

20

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図表 23 CTO育成に必要なキャリア・パス

0

20

40

60

80

120

①研

究開

発部

②事

業部

③本

社ス

タッフ

④海

外留

学経

⑤海

外勤

務経

⑥海

外子

会社

経験

しい

なくてもいい

100

(社)回答企業数

ぜひ必要

あることが望ま

(資料):今回アンケート調査よりFRI作成

開発部門、事業部門がキャリアとして経験すべき2つの主要部署という結果であっ パスが存在するかどうかに対する回答

は、図表 24 のような結果が得られた。

研究

た。また、自社にCTO育成を意図したキャリア・

図表 24 CTO育成を意図したキャリア・パスの存在

4050

70

2030

60

な体系

でな

した体

定中

T

育成の

はな

ダー育

存在

(社)回答企業数

010

明 明、 現 C図、成 そ

的存

的図存 策 Oでー系

の他

(資料):今回アンケート調査よりFRI作成

21

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「必ずしもCTO育成を意図したものではないが、プロジェクトリーダー、研究所長育 成など、将来のCT 」という回答が最 も多かった。今後は試行錯誤しながらもCTO育成のキャリア・パス開発が課題になっ てくる。 現在各社で、社内MOT教育が開始されだし、また大学院などでも社会人を対象にした MOT教育が始まっている。これらはどちらかというと研究開発プロジェクトや事業な どのリーダークラスの育成を目指しているように思われる。CTOはこれらより、もう一 段上のクラスの経営者育成であり、また別のシステムが必要になる。

O育成に繋がるような、MOT 人材育成体系はある

22

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タ において、日本企業の復活が見られる。このような製品では、例えばデジタル カ

る、企 業が持つ多様な技術をそれぞれの技術を持つ事業部などの壁を乗り越えて集めてすばやく

融合し、また自社が持つ中核的技術を、多様な事業部の製品の共通ベースとして活用し、

技術の効率的活用による儲かる技術を目指すことが求められていることにある。近年、企

業が選択と集中を目指す中で、独立性を強めた事業部ごとに分断されつつあった技術と技

術者をすばやく一体的に融合させる、事業部を越えた権限を持つ全社的技術統括者として

のCTOが求められているわけである。 このようにCTOには、従来の技術分野のトップが技術の目利き能力を主に要求されて いたのに加えて、独立性が強い事業部を説得し纏め上げる社内政治力が求められている。 これは、むしろ専門的技術者が嫌うタイプの能力であろう。従って意図的に育成する必要 がある。また、CTOは極めて専門的な仕事であり、CTO市場というべきものが存在し てもいいと思われる。その点で、三菱化学が海外から専門のCTOをスカウトしたことは 象徴的な出来事であった。しかし日本企業では今回のアンケート結果にも見られたように、 こうした市場育成には否定的であり、基本的には自社内で育成する意向である。現在企業 ではMOT教育が始まっているが、現状MOT教育は事業リーダークラスの育成を主たる 対象としており、社内にはCTO育成の教育コースはほとんどない。CTOの育成は、現 在の社内MOT教育が狙う層の上のクラスを目指す必要があり、社内にその機会は少なく、 海外の上級MBAコースなど社外の機関も活用しながら育成する必要がある。将来は日本 の大学院などに期待される機能である。 いずれにしても日本企業はCTOの重要性を認識し、あらゆる機会を捉えてその育成を 図り、その働きをベースに社内の技術開発の柔軟な統合を確保し、技術のプラットフォー ム化に努め、技術の効率的・効果的な事業化を推進し、競争力を確保することが肝要であ る。

.おわりに 90 年代以降、IT 製品分野などを中心に日本企業の競争力が低下し、海外企業などと比べ 業利益率などで見た収益性が低いことが日本企業の欠点となっていた。しかし近年デジ ル家電など

メラにおいてみられるように、レンズ技術、CCD などの半導体技術、精密加工技術、組 込みソフトウエア技術など、日本企業が持つキーデバイスを中心に多様な技術が融合さ た製品であることが認識されている。 現在CTOが必要とされる背景は、日本企業の競争力の源泉の一つであ

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【参考文献】

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西 『MOT谷洋介(2004)「カギはコンセプト創造にあり幅広い視点の確保が求められる」

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丹羽清、山田肇(1999)『技術経営戦略』生産性出版

Roberts,E.B.(1999) Global Benchmarking of Strategic Management of

Technology.MIT,Cambridge.

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