Special Features 1 老化は病気?ター所長、07年医療法人医誠会医...

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    超高齢社会とそれに伴う医療費の拡大は、日本のみならず先進国の多くが直面している課題であることは言わずもがなです。介護保険が給付されたため医療保険の範囲が限られ、十分な医療が受けられない、あるいは在宅介護で家族の負担が増えるなど、日本の高齢者を取り巻く環境は非常に厳しいものです。同時に、私は大学卒業後、神経内科や循環器科に勤務し、著名な先生方が手を尽くして治療を施しても、甲斐なく亡くなっていく患者さんを前に、自身の無力感に苛まれていました。そうした経験や現在の医療状況を見るにつけ、発症した病を治療するというだけでなく、発症させない予防の必要性を強く認識し、「未病」について研究するに

    至りました。私は 1997年「日本未病システム学会」の設立に携わり、現在この組織は、医師はもとより、薬剤師や看護師などをはじめ、運動や栄養などさまざまな分野の専門領域の関係者が参加する組織となっています。

    現代の考え方では「未病は健康」ちなみに、未病という用語は、中国の前漢時代に編纂された最古の医学書と言われる『黄帝内経』で初めて登場する言葉で、病気と健康の間、つまりすでに体内に病気はあるものの表に症状が出ておらず、治療をしなければ発症するという状態を指しています。その場合、西洋医学の立場では、兆候を検査でとらえて病気の芽を摘んでしまおうとするでしょう。すなわち、自覚の有無にかかわらず軽微な兆候があり、検査所見に異常が認められないものが東洋医学的未病、検査に異常があり自覚症状がないものが西洋医学的未病です。日本未病システム学会では、さらに現代の老人医療の要となるであろう、現代の「未病」を診断するための検査システムを構築しようと考えています。では現代的な未病とは一体何か。それにはまず、「健康」から定義したいと思います。

    WHOそして、厚生労働省が定義する「健康」とは「身体的・精神的・社会的に完全に良好な状態であり、

    「未病」という考え方が「健康寿命」を延ばす!?

    Special Features 1

    健康なままいつまでも長生きしたいと誰もが思う。しかし現実は平均寿命と、いわゆる健康寿命の差は大きく、男性で約8年、女性では約12年間を介護の必要な状態で過ごさなくてはならない。できるだけ健康寿命を長くして人生を全うするにはどうしたらいいか―そのキーワードになるのが「未病」という概念だ。未病という考え方は超高齢社会に対する一つの解決策になるかもしれない。

    日本未病システム学会名誉会員

    都島基夫

    巻頭インタビュー構成◉飯塚りえ composition by Rie Iizuka

    老化は病気?

    都島基夫(つしま・もとお)1941年愛知県生まれ。67年慶應義塾大学医学部卒業。ハイデルベルグ大学医学部内科心筋梗塞研究所留学を経て、81~ 2002年国立循環器病センター医長、02年慶應義塾大学医学部教授、伊勢慶應病院内科部長・副院長、04年国際医療福祉大学熱海病院内科教授、予防医学センター所長、07年医療法人医誠会医誠会病院健康増進センター所長などを歴任。日本未病システム学会名誉会員(前理事長)。現在の脂質異常症ガイドライン値を1975年疫学研究結果から実証。動脈硬化、血栓症等の研究とともに日本循環器学会、日本糖尿病学会、日本老年医学会等の専門医。

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    「糖尿病は病気ではないのか?」肥満やメタボリックシンドロームは、未病そのものです。脂質異常症、高血圧も未病2期だと考えています。どちらも、今は自立できているものの、ほかの手を打たないと循環器の病気になり、脳梗塞を起こし、最悪の場合亡くなってしまうこともあるからです。とはいえ、従来は、病気という概念で認識されている糖尿病を、健康の範疇である未病に入れるという考え方に対して、当然のことながら、日本未病システム学会の中でも当初、意見が分かれていました。「高血糖は未病だが、糖尿病は病気なのではないか?」という意見や「だとすると糖尿病と高血糖はどう違うのか?」などという展開になったのですが、議論を経て、現在、日本未病システム学会では糖尿病は、未病2期と考えています。今、学会で未病としているのは、糖尿病のほか、肥満症、脂質異常症、高血圧症、骨粗鬆症、サルコペニア(筋肉減少症)、それにピロリ菌などの感染症や早期のがんが含まれています。対して病気には、糖尿病合併症、心筋梗塞、脳卒中、腎不全、呼吸器疾患などが挙げられます(図2)。さらに考えを進めていけば、数値には異常があったとしても、小康状態でがんと共生している方、あるいは脳卒中を起こしていったんは介護状態になっても回

    単に病気あるいは虚弱でないことではない」としており、日本未病システム学会でもこれに準じています。対して「病気」について、学会では「恒常性が崩れてしまって元に戻らなくなっているか、戻りづらくなっている状態で、自立できなくなっている状態」と定義し、加えて「兆候、自覚症状があって検査異常があるもの」という基準を設けています。このため医療や介護を必要としている状態ということです。とはいえ、医療関係者や患者の多くは病気を「心身に不調、あるいは不都合のある状態」として、医療による改善が望まれると考えているようです。これは日本においては保険診療の範囲とも重なります。「未病」という言葉は「いまだ病にあらず」ということですから、病気の一歩手前のようにも思えますが、端的に言えば、未病は自立可能な健康の範疇で、健康寿命の状態に属しています。そして病気に、つまり自立不能になりやすいリスクを抱えた状態と考えています(図1)。ただ、一口に未病と言ってもその状態は単一ではなく、いくつかの段階があります。まず未病1期は、臓器など器質的な変化が強くなく、保険診療を必要とせず、生活習慣を変えることによって改善される状態です。未病2期は、臓器などに器質的変化があるか、または医療保険での薬物投与などの治療が行われます。どちらもそれ以前の状態に戻れる、つまり可逆性のある状態です。例えば現代的な未病の定義を考える時、糖尿病は病気なのか、という議論があります。未病の定義からすれば、合併症がない限り、日本未病システム学会では未病として対応すべきと考えています。というのは、糖尿病はそれ自体が病気というよりも、その後に発症する循環器病を予防する前の段階であり、薬の投与、生活習慣の改善などで元の状態に戻る可能性があるからです。もちろん、痛みがある、眼底出血があるなど合併症が出た場合には検査異常もあり、自覚症状もありますので、「病気」となり治療をしなくてはなりません。

    現代的未病は、「自立できているかどうか」によって分かれる。従来の「健康」「病気」の概念を見直すことも必要だ。

    健康の領域

    病気の領域

    未病の領域 未病の領域

    自覚症状あり

    QOL(生活の質)が保持

    自覚症状なし

    東洋医学的アプローチ

    西洋医学的アプローチ

    検査異常なし

    検査値異常あり

    自覚症状検査異常あり

    ■図1 健康・未病・病気の領域

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    復し、仮に半身が不全麻痺になっているものの、リハビリを頑張って再発を防ぎ、今は自宅に帰って自立して暮らしている、関節リウマチや潰瘍性大腸炎等の寛解維持状態という方については、「自立している」という点から、私は「Well-being」という表現を用いて未病の範疇としてはどうか、と提言しています。高齢者においては、ロコモティブシンドロームが典型的なWell-beingの状態ではないかと思います。加齢によって体のあちこちに不具合がある、痛みもある。検査をすれば骨に異常も見つかる。でも、何とか自立して暮らしていけるという方々です。私はこれを「介護未病」と呼んでいます。曲がりなりにも自立して生活できるとしたら、それ以上悪化させないということも、日本未病システム学会の扱う範囲なのではないか、と考えているからです。しかし介護未病については本学会内でも、糖尿病以上に意見の分かれるところです。医師は未病として扱おうと言いますし、検査技師などは病気だと言っています。立場によっても未病の概念は異なるのです。先般、学会の評議員でアンケートをとった際は、見事に半々という結果になりました。そこで現在は、やはり病気として扱おうということになっていますが、病気や健康という定義は、時代に即して考えられるべきものです。将来、社会のコンセンサスが得られれば、この状態も未病となるのではと考えています。

    未病は高齢者医療には欠かせない概念先にもお話ししましたように、未病という概念は高齢者の医療を考える上で非常に重要だと考えており、日本未病システム学会では特に「高齢未病」という用語を使い、細かく定義しています(図3)。高齢者というのは、各臓器が本来持っている予備機能が、老化やその他さまざまな危険因子によって減退していきます。その点で高齢者は未病であることは間違いないのです。ですから私たちは、病気にはなっていない、その状態を「多(臓器)未病息災」と呼んでいます。若い時に腎不全になり、片方の腎臓が機能しなく

    なったとしても透析などを行って腎機能を補い、その他の臓器に異常がなければ、その後、十数年と生きることができます。しかし65歳を過ぎると各臓器の持っている予備機能が低下してきます。その状態で、ある臓器が病的な状態になると、ほかの臓器も影響を受け、多臓器不全となってあっというまに介護が必要な状態になってしまいます。そうならずに、多未病息災の状態をどれだけ長く保持するかということが、老人医療において大切なのです。日本未病システム学会の目的の一つに、日本の医療保険制度を維持することがあります。世界に誇れる制度ですが、超高齢社会を迎えて破綻しつつあります。これを維持するために、未病対策は重要です。例えば、虚血性心疾患で血管に 75%の狭窄があるので、ステントを挿入するという治療を行ったとしましょう。すると毎年1回経過を観察しなくてはなりません。そうした時に数十万円単位の医療費がかかります。しかし、脂質異常などの段階で対処すれば、医療費はぐっと抑制することができます。腎不全のために人工透析が必要になれば個人の経済的な負担も小さくありません。脳梗塞で麻痺が起きれば、リハビリが必要ですし、自宅で介護をするために、働いている家族が仕事を続けられなくなるという事態も起きます。

    生活習慣病とされるものの多くは未病から始まり病気に至る。早期のがんも健康の範疇である未病となる。

    肥満症脂質異常症高血圧症糖尿病

    高尿酸血症骨粗鬆症

    感染(ピロリ菌等)体質(家族歴遺伝)習慣性喫煙症候群

    早期がん

    <未病>ストレス生活の不摂生

    (保険診療可能な未病)

    <健康>

    遺伝子多型含検査異常高齢者(65歳以上)

    糖尿病合併症心筋梗塞脳卒中悪性腫瘍骨折・痛風

    胃・十二指腸潰瘍腎不全呼吸器疾患肝・膵疾患

    生活習慣起因疾患

    <病気>

    生活習慣病

    その他の各種疾患

    メタボリック

     シンドローム

    ■図2 未病と生活習慣病

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    あるいは、新型(介護療養型)老人保健施設の制度では、多くの老人を非常に限られたスタッフで介護しなくてはならないといったケースがあります。そこには肺炎で筋肉の退縮が起こり、自分で食事ができない、あるいは認知症が進んで食事を摂ろうとしないなどという高齢者も多くおられます。そのような介護の現場では、胃ろうによって食事をさせるという事態も起きています。食べられなくなると、使われなくなった臓器の機能は加速度的に低下していくことは周知の事実であり、これが老人の多病状態です。そうならないようにするのが多未病ケアです。

    年代の特徴に応じて対策を!未病対策は国の急務です。その際、例えば単純に何をどれだけ食べる、食べないといった紋切り型の基準ではなく、壮年期、前期高齢期、後期高齢期と、年代の特徴に応じて対策を変えていくべきです。まず前期高齢期に入る65歳までは、脳卒中、虚血性心疾患、慢性腎臓病などによって高齢期に自立できないまま生き続けるという状態にさせないために、各種生活習慣病のガイドラインに則ってそうした病気を徹底的に予防することです。日本未病システム学会で作成しているガイドライン

    Special Features 1

    では、日本糖尿病学会の治療ガイドラインを元に、性別、年齢、肥満度、身体活動量、血糖値などを考慮して、個々に適正なエネルギー摂取量を指示し、食事のコントロールをするように提唱しています。通常、男性は1日1400~2000kcal、女性では1200~1800kcalの範囲です。これに、デスクワークなのか、力仕事が多いのか、といった日常の身体活動量を加味して、エネルギー摂取量を算出します。生活習慣病予防としては、概ね1日6000~ 8000歩は歩くこと、壮年期には筋肉トレーニングのような筋力強化の運動も必要です。ほかに、魚を食べること、アルコールは、1日に日本酒1合程度にする

    こと、食塩量は1日10g以下を目指します。また有酸素運動は生涯を通じて必要で、末梢循環、脳循環をよくし、末梢細胞の酸化を防ぎ、免疫機能の低下も防ぎます。もちろん高血圧合併時には日本高血圧学会のガイドラインが充当されます。ただし、後期高齢期にさしかかろうとした時(75歳ごろ)には、それまでとはアプローチを変える必要があります。生活機能が衰え、介護状態になるような要素を徹底的に排除して予防すること、生活習慣病では、血栓症を起こさないよう、血圧などの発症因子を管理することや、転倒しないように注意し、体力を温存するといったことにシフトしていく必要があります。老化のスピードというのは、非常に個人差があり、65歳でも老化が進んでいると見られる人もいれば、75歳でも元気にはつらつとしている人もいます。未病の度合いによって異なるのだと思います。糖尿病や脂質異常、肥満に対しては、食事療法から薬による治療にシフトして管理することも選択肢に入れるべきでしょう。BMIが25以上の高齢者に対しては同様に糖質、脂質、間食や塩分の制限が必要ですが、25未満の人には、むしろ体重の維持ややせ過ぎないように注意を促す必要があります。図4は、1992年の1年間に、急性心筋梗塞や狭心症

    老化は病気?

    臓器によって不全に陥るまでの“余裕”は異なるが、いずれにしても予備機能をなるべく長く保って大往生することが理想。

    健康臓器の加齢変化臓

    器機能

    臓器機能予備力

    治療

    高齢未病=多未病息災

    検査値に異常があっても症状がない

    この時点で初めて症状が出現する=病気の認識

    安らかな死

    恒常性維持生きていくための臓器機能

    100%

    0%

    (糖尿病腎症悪性腫瘍等)

    臓器不全

    未病

    症状あり 病気

    死 加齢

    PPK*

    65歳

    予備能力を含めた全体の臓器機能

    抗加齢療法?

    ■図3 病気・未病の進行と加齢

    *PPK=ピンピンコロリ

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    と診断され、国立循環器病センターCCUに入院した患者のうち、糖尿病と診断された合併症の頻度と、同時期に大阪府吹田市市民検診でブドウ糖負荷試験を行い、無作為に糖尿病頻度を調べた吹田スタディの結果とを、年齢別に比較したものです。これを見ると、40歳代の急性心筋梗塞発症者のうち、糖尿病を患っている人は健常住民の10.7倍と、その関連が強いことを示唆しています。しかし、年を取るごとに、その相対頻度が減少して、70代では1.3倍となっています。70歳以降、糖尿病自体が急性心筋梗塞の発症要因になるよりは、それまでの動脈硬化の進行が重要になっていることを示しているのです。エネルギー制限食はメタボリックシンドローム関連の治療にはなるものの、同時にサルコペニアを進行させるという報告もあります(日本臨床栄養学会雑誌33(2)128、2011ほか)。不適切な食事制限は、別の病気を「作って」しまう可能性があるのです。また、全疾患及びがんにおいて、死亡までの予測期間と年齢の関係を食事のタンパク量別に見たところ、70歳までは低タンパク食のグループで死亡リスクが低いのですが、70歳を過ぎたころから、逆に高タンパク食のグループで死亡リスクが低くなるというデータもあります(図5)。私の調査では、介護老人施設の後期高齢者において、アルブミン摂取量が3.0 g/dl/日以下の場合、翌年の死亡率が約30%、2.5g/dl/日以下では、約50%が亡くなるという結果も出ています。後期高齢者の場合、メタボリックシンドロームへの対策よりも、サルコペニアや骨粗鬆症予防対策に転換して、タンパク質、コレステロールを必要以上に減らさない、つまり栄養失調にさせない配慮が必要になるのです。タンパク質やコレステロールは、細胞やホルモンの原料となるものですが、高齢になるとホルモンの分泌がぐっと減少するのも、細胞が弱くなってくる

    のも、周知のことです。その原料が少なければ、ますます状態が悪くなることは容易に想像できます。私はむしろ70歳を過ぎた時点で、脂質異常症の治療は必要ないと言っています。というのも、高齢者で肺炎になりやすい人というのは、コレステロール値が低い人です。これらの事実には、微小血管の代謝と分泌が関連しているのではないか、と考えています。メタボリックシンドロームになると、糖の代謝や脂肪の代謝に関わるアディポネクチンというホルモンが分泌されなくなってくることが知られています。アディポネクチンは脂肪細胞から分泌されますが、肥満になるとなぜ分泌されなくなるのか分かっていません。これについて、私はある仮説を立てています。メタボリックシンドロームにおける脂肪細胞は通常の 1.5倍ほどに膨張しています。すると、周辺の血管は押しやられて血流が悪くなり、脂肪細胞に栄養が行き渡らないという状態になっているようです。そのためその部分が腐敗したり炎症を起こしたりします。炎

    国立循環器病センターで1年間に入院して、急性心筋梗塞(AMI)、陳旧性心筋梗塞(OMI)、狭心症(AP)と診断され、そのうち糖尿病を合併した患者の年齢別頻度を調べ、吹田市で同じ時期に、住民をランダムに抽出してブドウ糖負荷試験で糖尿病であったか、すでに糖尿病薬を服用していた頻度と比較した。40代では糖尿病が急性心筋梗塞発症に影響していると見られるが、70歳代では糖尿病そのものよりも長く糖尿病を患ったことによる動脈硬化の影響が考えられる。

    AMI

    年齢 40~49 OMIAP健常住民

    AMI

    年齢 50~59 OMIAP健常住民

    AMI

    年齢 60~69 OMIAP健常住民

    AMI

    年齢 70~79 OMIAP健常住民

    10.7相対危険度

    5.99.31.0

    6.26.24.81.0

    2.52.72.61.0

    1.32.61.81.0

    0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100%

    ■図4 冠動脈疾患における年齢別の糖尿病合併症率の比較と相対危険率

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    症が起きればマクロファージが活性化した結果集合して、炎症物質が分泌され、インスリンの抵抗物質を合成するのです。喫煙によってアディポネクチンの分泌量が減少するという疫学調査がありますが、これも血管が細くなって循環が悪くなり、アディポネクチンの分泌が減少したのではないかと想定しています。これは、毛細血管に短絡ができているからだと考えています。コレステロールは、毛細血管で中性脂肪が分解される時に成熟するものですが、血管抵抗などで血流が悪くなり、毛細血管に短絡があれば、中性脂肪が毛細血管に流れなくなります。HDLも、原料がないために製造されないということになります。

    後期高齢者は好きなものを食べてよいこうして毛細血管に短絡ができることで、血液は物質の受け渡しをすることなく、単純にぐるぐると回って、毛細血管の先に存在している分解酵素に中性脂肪が届かないのだろうと考えられます。とすれば、脂肪のみならず酸素も毛細血管には行き渡らないのではないかと推察することができます。そこで、微小循環が滞ることで中性脂肪が高い人は、静脈中の酸素分圧も高いのではないかと見当し、実際に測定してみると、その通りの結果が出ました。私は、こうしたいくつかの事実から、微小循環が滞ると代謝も悪くなるという微小循環代謝セオリーというものを考えています。これに当てはめれば、歩くという行為は、末端の筋肉をもんでいることなのです。それは、運動がなぜ循環と代謝を助けるか、ということの説明にもなります。後期高齢者は、実際、糖尿病に影響を与えるほど、食事を摂ることができないと思われます。私自身が高

    齢者になってみて実感しました。後期高齢者は、食事にストレスをかけるべきではないと思います。好きなものを食べてよいのではないでしょうか。むしろ必要ならサプリメントなども活用して、確実に栄養を摂ることを優先すべきです。その代わり、運動はどの年代においても必須です。後期高齢者もロコモティブシンドロームに配慮しつつ、できる範囲で実施し続けなくてはなりません。後期高齢者は、筋肉を動かさずにいると、みるみるうちに機能が衰え、寝たきりになってしまいます。リハビリも怠れば、多くの人は時をおかずに再発します。そうならないよう不断の努力が必要です。人間の体についていろいろなメカニズムが解明されてきた現代において、病気と健康の境界線は揺らいでいます。年齢や個人の体質によってそれぞれ対応が異なり、AとBというリスクに対して、ある時点まではAのリスクが大きかったとしても、状況が変化してBというリスクのほうが影響が大きいとなってくる。その時にどのような対応を取るのかを個々人で考えていかなくてはなりません。 人はいずれ死にます。しかしその時、多未病息災で大往生を迎える理想的な死を目指したいと思います。

    (図版提供:都島基夫)

    Special Features 1老化は病気?

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    50 60 70年齢(歳)

    80

    死亡までの予測期間(年)

    全疾患死亡

    70歳までは低タンパク食グループが全疾患やがんによる死亡リスクが低いが70歳を過ぎると高タンパク食グループが死亡リスクが低くなる

    60

    50

    40

    30

    2050 60 70

    年齢(歳)80

    死亡までの予測期間(年)

    がん死亡

    低タンパク食中度タンパク食高タンパク食

    ■図5 食事のタンパク量による死亡リスクの違い

    全疾患においてもがんだけでも、70歳ころを境に、タンパク量と死亡の関係が逆転する。

    ※低タンパク食:1日10g未満、中度タンパク食:10~ 19g、高タンパク食:20g以上

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