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研究概要 社会基盤分野 (1) 超長大吊形式橋梁の構造システムに関する開発研究 野上 邦栄,岸 祐介 これまでの長大吊形式橋梁の開発や建設は,どちらかと言えば未知の領域に突入することもあって安全性 を優先させた,経済的にも余裕のある社会条件のもとで行われてきた.しかし,とりまく社会環境は明らか に変化しており,より合理的で,経済性の高い,さらに耐久性に富んだ,設計,施工が要求されている.し たがって,吊形式橋梁の長大化に対しては,これに対応できる新しい形態,および設計法の開発への取り組 みが急務と考える.このような背景の基,本研究では超長大,長大吊形式橋を対象にして,その安全性・経 済性を追求した構造システムの開発に向けた解析的研究を目的とする.本年度は,下記の研究テーマを重点 に検討した. a) 3 径間,4 径間および 5 径間超長大吊橋の弾塑性挙動と終局強度特性の解明 中央径間長 3000m の超長大吊橋,さらに多径間吊橋として 4 径間および 5 径間超長大吊橋を取り上げ,特 にサグ比の異なる多径間吊橋を新たに試設計し直した断面を基礎にして,補剛桁への 2 箱+グレーチング断 面形式の適用および主ケーブルへの高強度ケーブルの適用が構造全体系の弾塑性挙動および終局強度特性に 与える影響についてパラメトリック解析を行った. b) 長大吊橋複合主塔の橋軸方向面内の弾塑性挙動と耐荷力の解明 中央径間長 1500m を有する長大吊橋の鋼製,RC および複合主塔の詳細な試設計を行い,橋軸方向面内の 弾塑性挙動,および終局強度を明らかにした.また,終局強度の立場から複合主塔の実現性について検討し た. (2) 既設鋼構造部材の残存耐力評価法に関する臨床研究 野上 邦栄,岸 祐介 鋼構造物および構成部材の代表的な劣化・損傷には,疲労,腐食および変形がある.この劣化・損傷現象 の進行に伴って部材断面は欠損し,部材および構造物としての耐荷性能は低下する.したがって,特に腐食 による鋼構造物および構成部材の持つ残存耐力を適切に評価することは,耐久性の評価,維持管理および架 け替えを検討する上で極めて重要である.ここでは,腐食劣化・損傷に伴う構造部材の残存耐力の評価方法 を確立することを目的に,終局強度特性および耐荷力の低下に影響を及ぼすパラメータ因子を実験的・解析 的に明らかにするとともに,残存耐力評価法の提案に向けた基礎的検討を行う.本年度は,下記の研究テー マを重点に検討を行った.

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研究概要

社会基盤分野

(1) 超長大吊形式橋梁の構造システムに関する開発研究

野上 邦栄,岸 祐介

これまでの長大吊形式橋梁の開発や建設は,どちらかと言えば未知の領域に突入することもあって安全性

を優先させた,経済的にも余裕のある社会条件のもとで行われてきた.しかし,とりまく社会環境は明らか

に変化しており,より合理的で,経済性の高い,さらに耐久性に富んだ,設計,施工が要求されている.し

たがって,吊形式橋梁の長大化に対しては,これに対応できる新しい形態,および設計法の開発への取り組

みが急務と考える.このような背景の基,本研究では超長大,長大吊形式橋を対象にして,その安全性・経

済性を追求した構造システムの開発に向けた解析的研究を目的とする.本年度は,下記の研究テーマを重点

に検討した.

a) 3 径間,4 径間および 5 径間超長大吊橋の弾塑性挙動と終局強度特性の解明

中央径間長 3000m の超長大吊橋,さらに多径間吊橋として 4 径間および 5 径間超長大吊橋を取り上げ,特

にサグ比の異なる多径間吊橋を新たに試設計し直した断面を基礎にして,補剛桁への 2 箱+グレーチング断

面形式の適用および主ケーブルへの高強度ケーブルの適用が構造全体系の弾塑性挙動および終局強度特性に

与える影響についてパラメトリック解析を行った.

b) 長大吊橋複合主塔の橋軸方向面内の弾塑性挙動と耐荷力の解明

中央径間長 1500m を有する長大吊橋の鋼製,RC および複合主塔の詳細な試設計を行い,橋軸方向面内の

弾塑性挙動,および終局強度を明らかにした.また,終局強度の立場から複合主塔の実現性について検討し

た.

(2) 既設鋼構造部材の残存耐力評価法に関する臨床研究

野上 邦栄,岸 祐介

鋼構造物および構成部材の代表的な劣化・損傷には,疲労,腐食および変形がある.この劣化・損傷現象

の進行に伴って部材断面は欠損し,部材および構造物としての耐荷性能は低下する.したがって,特に腐食

による鋼構造物および構成部材の持つ残存耐力を適切に評価することは,耐久性の評価,維持管理および架

け替えを検討する上で極めて重要である.ここでは,腐食劣化・損傷に伴う構造部材の残存耐力の評価方法

を確立することを目的に,終局強度特性および耐荷力の低下に影響を及ぼすパラメータ因子を実験的・解析

的に明らかにするとともに,残存耐力評価法の提案に向けた基礎的検討を行う.本年度は,下記の研究テー

マを重点に検討を行った.

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a) 腐食損傷したトラス橋部材(弦材と斜材)の残存耐荷力評価

昭和 30 年代のトラス橋の箱断面圧縮斜材を対象にして,その腐食形状計測および耐荷力実験を実施した.

また実験結果を弾塑性有限変位解析により再現した.さらに,腐食による耐荷力の低下に影響を及ぼすパラ

メータ因子を明らかにするとともに,残存耐荷力評価式を提案した.

b) トラス橋格点部の腐食形状分布計測とその評価

腐食劣化損傷が激しいため撤去されたトラス橋格点部 5 体の腐食形態およびすきま腐食について,腐食形

状計測データにより詳細な分析を実施した.

c) 腐食した鉄道鋼桁橋の桁端部の終局強度特性

約 80 年供用して,社会的寿命のため撤去した鉄道上路プレートガーダー橋の桁端部の残存耐荷力特性につ

いて,詳細な腐食計測を行うとともに残存耐荷力試験,さらに弾塑性有限変位解析を実施し,終局強度特性

および崩壊挙動を明らかにした.

(3) 鋼橋の合理化に向けた高度解析手法の有効活用に関する研究

野上 邦栄,岸 祐介

鋼橋設計における構造解析には,はり理論を基本にした骨組構造解析が採用されているが,細部構造や複

雑な構造における応力算出にはより高度な FEM などが適用されている.このような細部構造を柔軟かつ合理

的に設計できる環境を整備することで,無駄なく競争力のある鋼橋の実現に繋げるため,薄肉構造である鋼

橋の特徴を生かして一定の品質が確保できる高度な解析手法の基準への導入を図ることが求められている.

このような背景において,本研究では,応力性状が複雑な構造として鋼製橋脚隅角部および鋼桁橋を取り上

げ,具体的に一般的格子理論による骨組解析による設計,厳密な FEM 設計,その中間的解析法である一定せ

ん断流パネル解析による設計を比較し,それらの特徴,相違点および精度比較を実施する.本年度は,下記

の研究テーマを重点に検討を行った.

a) 鋼製橋脚隅角部の応力性状と終局強度評価

応力性状が複雑な鋼製橋脚の隅角部を取り上げ,はり要素による骨組構造解析,FEM 解析,一定せん断流

パネル解析による応力集中部における 2 次応力評価を比較検討した.さらに,応力性状を精度よく評価でき

る FEM 解析モデルの提案および終局強度特性を明らかにした.

b) 連続合成鈑桁橋の実務設計への高度解析手法の適用性

連続合成4主桁橋の実橋を対象にして,構造解析方法として,一般的な骨組解析,厳密な FEM,その中間

的解析法である一定せん断流パネル解析により,実荷重の作用による応力および変位性状を比較検討した.

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(4) 箱断面圧縮部材の連成座屈強度に関する研究

野上 邦栄,岸 祐介

現在,鋼橋の設計手法は長年にわたる実績があり,簡便で使いやすいものである.しかし,その簡便さの

故に,実際の鋼橋の力学挙動は大幅に単純化された上で設計計算が行われる.有限要素解析などによって構

造物の力学挙動を比較的容易に,精度よく捉えることができる現在においては,単純化されて行われた設計

計算結果と構造物の実挙動との乖離が生じている.

そこで,鋼橋の実挙動を踏まえた上で,現在の設計手法に含まれている不合理な点を洗い出し,検討を加

えることにより,現在の設計手法の枠組みは維持しながら,設計を合理的に改善するための提案を行うこと

を目的とする.具体的には,鋼橋を構成する箱断面圧縮部材の局部座屈と全体座屈の連成座屈の評価法につ

いて検討する.まず,諸外国の設計基準の連成座屈設計法に関する調査し,連成座屈設計法の精度比較を行

った.さらに,実際の柱状箱断面を対象に連成座屈が起こりうる幅厚比・細長比パラメータによる連成座屈

解析を実施し,新たな連成座屈式を提案した.

(5) 新素材(FRP)の社会基盤構造物への適用に関する開発研究

中村 一史

a) GFRP 部材の材料・構造特性に関する研究

FRP は,鋼材などに比べ,優れた耐食性をもち,軽量であるため,その性能を活用して,種々の土木構造

物に適用されている.しかしながら,FRP の適用実績が少ないことから,構造用 FRP の材料・構造特性は評

価方法を含めて十分な知見が得られていない.また,FRP 部材の成形法は様々な種類があり,積層構成が同

じでも成形法の違いにより,物性値が異なる場合もある.本研究では,引抜成形法および金型を使用した圧

縮ハンドレイアップ成形法により製作された GFRP 溝形材の引張および圧縮特性に着目した.まず,クーポ

ン試験片による材料試験を行って,試験片の寸法や採取位置が材料特性に及ぼす影響を検討した.次に,部

材の引張および圧縮試験を行い,両試験結果から GFRP 溝形材の構造特性の評価方法について論じた.

b) トラス桁形式 GFRP 橋梁用検査路の開発

軽量で耐食性に優れたトラス桁形式 GFRP 製橋梁用検査路の開発を目的として,実大部分模型を用いたト

ラス格点部の接合強度の検討および実大模型の製作による構造性能(安全性,使用性)の検証を行った.ま

ず,格点部の接合強度については,設計軸力に対して十分な余裕があり,設計上,問題にはならないことが

わかった.設計荷重に相当する載荷実験からは,たわみ制限を満足すること,また,歩行加振により振動特

性を検討した結果からは,有害な振動は発生しないことがわかった.これらのことから,トラス形式とする

ことで,全体の剛性が高く,安全性,使用性を十分に満足することが確かめられた.

(6) FRP 接着による鋼構造物の補修・補強に関する研究

中村 一史

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a) CFRP 板接着による疲労き裂の補修

車両の大型化,交通量の増加にともなって,鋼橋の各部材に数多くの疲労損傷が生じ,補修を必要とする

鋼橋が多くなっている.土木構造物に対する維持管理技術の重要性が指摘されている中で,軽量であり,作

業性や耐候性に優れた繊維強化プラスチックを土木構造物の補修・補強材料として適用する機運が高まって

いる.本研究は,既設鋼橋の疲労き裂の補修に CFRP 板の適用可能性を明らかにし,その設計法,および,

施工法を確立するための基礎資料を得ることを目的としたものである.

b) CFRP 板接着による断面欠損した鋼部材の補修

既設鋼構造物の損傷事例として,腐食による断面欠損が多く報告されている.断面欠損した鋼部材は死荷

重によって,高い応力状態となる場合があるが,その影響を考慮した鋼部材の耐力の評価方法は未だ確立さ

れていない.本研究では,補修時に死荷重の影響を受けた場合を想定して,模擬的に断面欠損を有する鋼引

張部材を対象に,CFRP 板を接着して補修し,引張試験によって,補修効果を検討した.

c) CFRP 板が接着された鋼桁の曲げ耐力の評価

既設鋼橋においては,設計活荷重の変更に伴い,主桁や床版の耐荷性能を向上するための,効率的な補強

対策が求められている.一般には,鋼当て板を高力ボルトで接合する工法が採用されるが,穿孔,ボルトの

締め付け等は現場作業となり,施工性がよいとはいえない.一方,軽量で,作業性に優れた,炭素繊維強化

樹脂(以下,CFRP とよぶ)板を用いた接着工法が提案され,適用されはじめているものの,両者の効果や,

死荷重等の初期荷重が耐荷力に及ぼす影響については,十分に検討されていない.本研究では,鋼板および

CFRP 板の当て板接合による鋼桁の補強効果を明らかにすることを目的として,実施工を想定した死荷重に

よる影響を考慮して,実験的な検討を行った.

d) 炭素繊維シート接着による鋼製タンクの耐震補強

燃料や淡水など,多様な液体の貯蔵のために,円筒形の鋼製タンクが利用されている.これらは薄肉の大

型鋼構造物であり,東北地方太平洋沖地震や新潟県中越沖地震など,近年,発生した大規模地震において,

鋼製タンクの座屈損傷が報告されている.これらの動的な作用の特徴は,タンク内部に貯蔵された液体が地

震動によって慣性力を受け,動液圧として円筒容器の側壁に繰返し作用する点にある.地震活動期に入った

現在,これらの鋼製タンクの耐震対策が急務となっている.本研究では,簡便で合理的な鋼製タンクの耐震

補強の開発を目的として,炭素繊維シート接着による補強効果を実験的,解析的に検討した.

e) CFRP 板と鋼板の接着接合部の疲労強度とはく離進展の評価

本研究では,CFRP 板接着による補修・補強の設計法の確立に向け,CFRP 板と鋼部材の接着接合部の疲労

耐久性を明らかにすることを目的として,実験的,解析的な検討を行った.試験片は,積層 CFRP 板をエポ

キシ樹脂接着剤で接着接合したものであり,接着端部からのはく離に着目した疲労試験を実施した.次に,

FEM 解析により,はく離先端の応力拡大係数を求め,疲労試験結果に基づいて,はく離の進展寿命を検討し

た.接着接合部の疲労試験結果より,初期はく離が発生するまでの疲労強度が明らかとなり,実験値による

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疲労強度の回帰線を提案した.さらに,はく離の進展寿命は,十分な精度で予測できることが確かめられた.

(7) 歩道吊橋の振動特性と使用性の評価

中村 一史

歩道橋の設計では,歩行者の通行によって励起される橋梁の振動がしばしば問題となる.したがって,国

内外のガイドライン等では,歩行者が快適に利用するために,歩道橋の振動に対する性能(振動使用性)を

規定しており,多くの研究が行われている.しかしながら,振動に対する快適性の性能指標は,人の感覚に

依存する側面があり,定量的に評価するためには,多くの計測データが必要である.さらに,歩行により振

動が励起しやすい橋梁形式では,振動発生のメカニズムを含めて,十分な検討が必要である.例えば,無補

剛吊橋では,高次モードの振動の影響も指摘されているものの,十分なデータが蓄積されているとはいえな

い.本研究は,歩行によって振動が励起しやすい,歩道吊橋を対象に,歩行条件をパラメータとした種々の

振動計測を行って,振動特性の把握,振動使用性を評価するための設計データの蓄積を目的としたものであ

る.

(8) 橋梁の材料,構造,意匠の変遷と近代土木遺産としての評価

中村 一史

近年,明治前の文明開化期から昭和の終戦に至る期間に建造された土木構造物を,近代土木遺産として評

価する気運が高まっている.その中で橋梁は重要な位置を占めるものの一つであり,貴重な記録の散逸を事

前に防ぎ,修復や保存を促す上で早期の成果が望まれている.本研究は,旧東京市域を中心に,我が国の橋

梁技術の進歩や,時代別および河川別の橋梁配置の特色などの他,特に各橋梁形式別の材料,構造,意匠の

変遷に着目して,近代土木遺産としての評価に用いるとともに,現代における計画と設計,補修・補強,お

よび,景観デザインにも反映させることを目的としたものである.

(9) 津波災害時の群衆避難における誘導方法に関する検討

岸 祐介

2011 年 3 月に発生した東北地方太平洋沖地震では,岩手県や宮城県をはじめとする太平洋側の広い範囲に

津波が押し寄せ,甚大な被害が生じた.この地震により津波対策の重要性が改めて認識された.このような

海溝型巨大地震に関して,政府の専門調査会では東海・東南海・南海地震の発生が予想されている.神奈川

県においても海溝型巨大地震よる沿岸部への被害が予想されており,過去の地震データをもとに被害範囲か

ら浸水予想範囲を求め,津波浸水予測図として公表している.沿岸部における津波対策としては,防波堤や

避難ビルの建設のようなハード面の対策だけでなく,対象地域における避難計画の策定といったソフト面か

らの対策も求められている.そのため,ハザードマップの周知や防災教育の実施などが求められ,それらの

前提となる避難計画の大綱を策定する必要がある.避難計画の策定にあたっては事前の検討が必要となって

くるが,そのひとつとして避難シミュレーションが重要な位置を占めると考えられる.本研究では,津波災

害時を想定した避難計画作成のための基礎資料として,臨海地域を対象とした群衆避難行動について,ネッ

トワークモデルによるマルチエージェントシミュレーションを行った.その中で,ネットワーク全体におけ

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る群集避難状況を定量的に評価し,その評価を利用した誘導者の配置によって避難状況の改善を試みるもの

である.

(10) 長継続時間地震動の作用による鋼製橋脚の耐力低下メカニズムに関する研究

岸 祐介

近年,海溝型巨大地震において,地震動の継続時間が長くなる現象が確認されている.2011 年に発生した

東北地方太平洋沖地震においても,3 分を超える継続時間の長い地震動が確認されており,この継続時間の

長さが構造物に及ぼす影響について検討が進められている.一方,政府の専門調査会では東海・東南海・南

海地震の連動型巨大地震の発生を予測している.そこで,本研究では鋼製橋脚を対象に,最大荷重履歴後の

地震動による数十回オーダーの繰返し変位が及ぼす影響について,数値解析による検討を行った.対象とな

る鋼製橋脚に関しては,幅厚比パラメータを変化させた解析モデルを用い,各モデルに対して漸増載荷によ

って局部座屈の発生を確認した後,弾性範囲の繰返し変位を与えて局部座屈への影響について検討を行った.

(11) 交通の動的変化に対応した自動車からの排出ガス量推計手法の研究

小根山 裕之

自動車から発生する NOx,PM などの大気汚染物質や,温室効果ガスである CO2 は,交差点周辺部や渋滞

部などにおいて発生量が大きい.この影響を適切に評価するためには,車両の道路交通の動的な変化を的確

に捉えた上で,車両の速度変動が排出ガス量に与える影響を再現可能な排出モデルを適用する必要がある.

本研究は,交通シミュレーションを用いた排出量推計の新たな枠組を構築することを目的としている.今年

度は,大量の走行実績データより得られた走行軌跡データと燃料消費量データを用いて,様々な車種の乗用

車について実走行データに基づいた燃料消費量モデルを構築するとともに,検証を行い,モデルの特徴とパ

フォーマンスについて分析した.その結果,100m 程度の区間を対象として,勾配変化の影響なども考慮可能

なモデルが構築できた.

(12) ETC データを用いた事故発生時入口・出口選択の行動変化分析

小根山 裕之

本研究では,首都高速道路内でのネットワークや料金体系などの変化が与える事故発生時入口・出口選択

の行動変化を, ETC 利用履歴データを用いた 3 時点間の比較により分析した.本研究では特に高頻度利用者

の年度別の出入口選択行動の変化に着目して分析を行い,ネットワーク変化が入口選択行動に影響を及ぼし

ていること,利用料金に応じて出口選択が異なる様子などを明らかにした.本研究の結果は今後,都市高速

道路内の突発事象発生時による利用者の経路選択行動の変化に関する分析・評価を検討していく場面で有用

な知見となる.

(13) スマートフォンセンサーを用いた道路路面粗さの広域簡易推計手法の開発

小根山 裕之

路面状態の情報は,道路の計画・管理のために重要であるが,これまでの計測手法はマンパワーに頼った

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方法か,高価な機器を用いた手法であり,時間とリソースの課題がある.そこで本研究では,低コストかつ

容易な方法論として路面状態のうち道路粗さ(IRI)を推定するためにスマートフォンを使用する手法を開発

することを目的とする.まず,本研究では,ラオスでの実験結果に基づき,スマートフォンの加速度データ

の周波数領域および速度と IRI の線形関係を仮定した.その上で,大量のドライバーから得られたデータか

ら IRI を推計するモデルを提案した.提案モデルに対するシミュレーションに基づく数値計算及び観測デー

タを用いた評価実験により,モデルの妥当性が示された.

(14) 多国多地域経済における交通政策評価のための空間的応用一般均衡モデルの開発

石倉 智樹

多地域システムにおける計量的な便益評価の代表的手法である空間的応用一般均衡(SCGE)モデルは,標

準的な定式化においては,基準均衡データとして国際産業連関表または地域間産業連関表を用いるが,それ

がモデルにおける地域分割の制約となっていた.一方,産業活動がグローバル化した現在においては,一国

内の地域を細分化した枠組みでの交通政策評価ニーズが高まっている.こうした状況に対し,近年,異なる

空間スケールを整合的に扱った国際地域間産業連関表の整備が進んでいる.本研究は,国際地域間産業連関

表のフォーマットを前提として,国内・国際輸送のシステム改善の評価を整合的に分析可能な SCGE モデル

の標準形を構築するとともに,コンテナ港湾整備施策の効果を推定した.

(15) 新経済地理学に基づく空間応用一般均衡モデルの開発

石倉 智樹

近年,新経済地理学(NEG)理論を応用した空間応用一般均衡(SCGE)モデルが数多く開発されている.

この枠組みは集積の経済を考慮しているという興味深い特徴を持つ一方で,均衡状態の安定性を確認してい

ないなど,いくつかの過度な単純化・NEG 理論との不整合が見られる.そこで,本研究では NEG 理論と整

合的な SCGE モデルを開発した.この SCGE モデルは,従来研究の課題を解決する,以下の 2 つの特徴を持

つ:1)Venables(1996)の枠組みと同様の産業連関構造を考慮することで理論的な整合性を確保している,2)

政策実施により創発する安定均衡状態を得ることができる.さらに,日本を対象とした適用計算を実施する

ことで,提案した手法が実経済を対象とした場合でも計算可能であることを示した.

(16) 国内地域間輸送と港湾・空港関連産業を¥¥明示した開放経済多地域応用一般均衡モデル

石倉 智樹

本研究は,港湾や国際空港が立地する地域と,その後背地域の産業構造の異質性を明示的に考慮し,国際

交通政策と国内交通政策の両方を同時に評価可能な空間的応用一般均衡(SCGE)モデルを構築した.本モデ

ルでは,輸出入に関連する産業が,港湾や国際空港に近接するという立地特性を明示的に考慮されるととも

に,国内の地域間輸送における輸送コストも扱われている.また,実際の産業連関表から,本モデルのキャ

リブレーションが可能な基準均衡データを作成する方法例についても提示し,東京都産業連関表を用いた数

値シミュレーションにより,モデル出力の挙動について分析した.

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環境システム分野

(1) 都市環境工学に関するシステムズアナリシス

小泉 明,稲員 とよの,荒井 康裕,山崎 公子,國實 誉治,小峯 美奈子

衛生工学研究室では,水・環境という大きなテーマの中で,水道,下水道,廃棄物に関する都市の問題を

取り上げ,それぞれのテーマに対して,システムズアナリシスの考え方や応用数学の手法を用いたコンピュ

ータによる解析を中心とした研究を進めるとともに,必要に応じては室内実験やフィールド調査による検証

を行い,将来の都市環境のあるべき姿というものを念頭に入れた「実学」を行っている.具体的には,土木

工学でいう調査・分析・予測・計画に関する課題を対象とし,今年度においては別掲の論文を発表するとと

もに,講演等による研究成果の公表も行っている.当研究室の研究目的は,東京をはじめとする都市におけ

る複雑な環境問題の解決に少しでも役に立つことであり,そのための数学であり,コンピュータや実験装置

と考えている.環境に関する様々な問題は時代とともに変化している.しかも,それらの問題は単に工学的

見地からのみでは解決できず,社会的あるいは経済的側面も考慮する必要があると言えよう.このような状

況の下で,当研究室では環境に関する様々な問題の内,水道,下水道,廃棄物の問題に焦点を当て,エンジ

ニアリングの立場でその解決に「最善となる妥協解」を如何にして見い出すかという研究を進めている.

(2) 水道システムにおける残塩管理並びに水運用計画に関する研究

小泉 明,稲員 とよの,荒井 康裕,山崎 公子,國實 誉治

我々の生活に必要不可欠な水道システムに目を向けると,水道利用者に「安全でおいしい水」を供給する

ため,よりレベルの高い水質管理の追及が大きな課題とされている.こうした水質向上に関連するテーマの

1つとして,残留塩素の低減化が挙げられる.本研究では,東京都内の送水ネットワークを対象に,管路内

の残留塩素濃度に関する測定調査を実施している.浄水場出口,給水所入口・出口に自動水質計器を設置し,

残塩消費の挙動を把握するためのフィールド調査に取り組んでいる.一方,ニューラルネットワーク(ANN)

による残塩濃度推定に関する研究として,配水管網全体を1つのブラックボックスと見做し,配水池出口(入

力地点)と管網末端の水質管理点(出力地点)における残塩濃度の応答関係に着目したモデル化を試みた.

この ANN モデルを用いた残塩の低減化シミュレーションを行った結果,浄水場で注入する塩素量の削減可

能量が明らかとなった.

(3) エネルギー効率を考慮した最適水運用計画に関する研究

小泉 明,荒井 康裕,國實 誉治

本研究では,送配水ポンプの電力使用量を最小にすることを目的とした最適水運用計画について検討した.

まず,都市における送配水システムを省エネルギー化の観点から論じ,省エネルギー化を目的とした場合に

どんな水運用が必要かを明らかにした.そして,配水区域の需要を満たしながら,送配水システム全体の電

力使用量を最小化するような「ルート・流量決定問題」としてモデル化を試み,混合整数線形計画(MILP :

Mixed Integer Linear Programming)法によって定式化した.さらに,提案した MILP モデルの有効性を検証す

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るため,実在する送配水システムを対象にしたケーススタディを試みた.なお,本研究は東京都水道局との

共同研究によるものである.

(4) 上下水道システムの維持管理計画に関する研究

小泉 明,稲員 とよの

上下水道システムが継続的に,かつ十分にその機能を発揮して行くためには,都市活動における種々の変

動要因を考慮した維持管理計画が必要である.同時に,環境影響を考え,限りある資源を有効に活用し,経

済的で効率的な維持管理計画が望まれる.本研究では,上下水道システムを構成する個々の要素を対象に,

柔軟で効果的な維持管理計画の立案方法について研究している.まず,水処理プロセスの維持管理計画では,

時系列分析により運転管理要因の変動特性を把握した後,処理水質を安定的に管理するため,維持管理要因

の構造化を試みた.また配水管網管理のための効率的洗管計画では,赤水等による水道サービスの低下を回

避するため,管路内の流れに伴った鉄錆の挙動を解析し,洗管水量を削減可能な洗管計画について検討して

いる.なお,本研究の一部は産学公連携による共同研究である.

(5) 上下水道管路ネットワークの最適更新計画に関する研究

小泉 明,稲員 とよの

近年,水道管路及び下水道管渠においては,経年化の進行とともに障害の発生が懸念されており,これを

予防するための適切な補修・更新が求められている.管路更新事業は多大な費用と時間を要するため,その

投資効果を十分検討して更新計画を立案する必要がある.その際,経年化に伴う各管路の損傷リスクを計量

化する必要があるが,今のところ殆ど研究がなされていない.そこで,配水管網の長期的な更新順序決定問

題を対象として,新たな費用便益算定法を提案し,更新費用の制約のもと総便益を最大化する遺伝的アルゴ

リズム(GA)を構築した.得られたモデルを用い感度分析を行なうことにより,投資の効率性のみでなく,

更新後の水供給の安定性を確保できる更新事業量を検討可能となった.

(6) 都市廃棄物並びに大気汚染物質に関する統計解析

小泉 明,稲員 とよの,山﨑 公子,荒井 康裕

都市における廃棄物や大気汚染物質の増加は大きな問題となっており,如何にそれらの排出量をコントロ

ールするかが将来の都市生活にとって重要な課題である.本研究では,東京都を対象に,都市廃棄物並びに

大気汚染物質の現状と地域の特性との関係に着目し,統計データに基づく分析を行っている.この結果の一

部として今回,区部や市町村といった各地区の特性によるこれらの物質量の差異を明らかにするとともに,

重回帰分析,主成分分析,さらにはシステムダイナミックス手法により,各地区の排出発生構造をモデル化

することができた.これらの結果は将来における都市廃棄物の処理・処分計画や大気汚染物質の制御を検討

して行く上で有効な情報となるものである.

(7) 都市における家庭ごみ排出実態の調査分析

小泉 明,荒井 康裕

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多くの自治体では,各家庭から排出される一般廃棄物の内,新聞・雑誌,ダンボール,びん・缶等を「資源

物」として分別・回収している.どの位の資源物回収量があるのかを把握し,資源化に関する行動実態とそ

れに伴うごみ減量化効果を明らかにすることは,ごみ処理及びリサイクルに関する各種計画の策定や見直し

に有用である.本研究では,連続実態調査から得たデータを用い,家庭ごみ排出量と資源物回収量との関連

分析を行った.まず,アンケート結果を説明要因とする数量化理論第の適用により,総排出量の増減変化が

ごみ減量化意識の高さ,世帯属性の差異に起因することを示し,総排出量の多少を考慮した3グループにデ

ータを分類した.つぎに,資源物回収量のごみ排出量に対する比を資源物比と定義する一方,資源物回収の

実態をごみ組成項目別のデータから考察した.そして,資源物比の高低によって区分された2群間で紙類及

びプラスチック類の回収量の差を比較した上で,資源物回収量の向上によるごみ減量化の可能性を定量的に

示したなお,本研究は都環境科学研究所との共同研究である.

(8) 環境物流における最適輸送計画に関する研究

小泉 明,稲員 とよの,荒井 康裕

廃棄物の広域的な処理及び輸送計画を立案するため,最適化手法の適用を検討し,有害廃棄物及び家電リ

サイクルに関するケーススタディを行った.第一に有害廃棄物については,広域輸送計画に用いるための多

目的ファジィ線形計画モデルを提案した.このモデルは,複数の輸送手段による有害廃棄物の輸送経路を決

定するもので,計画目標に対する意志決定者の許容幅をファジィネスとして捉える点が特長である.また,

地域全体の経済性および安全性という複数の目的が同時に考慮されるモデルとなっている.第二に家電リサ

イクルについては,施設配置及び輸送問題の最適化計画についてモデル分析を行った.対象となる「組合せ

最適化問題」に関して,遺伝的アルゴリズム(GA)の適用を試みた.東京都の使用済み家電廃棄台数を推定

し,回収システムのネットワークモデルを検討した結果,GAの適用は施設配置及び輸送問題の最適化に有

用であることが示された.なお,本研究の一部は東京都環境科学研究所との共同研究である.

(9) 小河内貯水池の富栄養化に関する研究

小泉 明,山﨑 公子

東京都小河内貯水池では長年,貯水池流域の排水対策を行い,流入河川の晴天時の水質は改善傾向にある

が,依然アオコが発生している.そこで,降雨時を含めた貯水池流域からの富栄養化原因物質流入負荷量の

推定を目的とする水質濃度推定モデル式の作成を行った.まず,毎月測定されている測定値を用いて重回帰

分析を行い,総リンなどの濃度を濁度・水温で表すモデル式を貯水池流入河川ごとに決定した.さらに,モ

デル式を降雨時を含めた通日測定値によって検証し,モデル式が高い精度で実測値を推定することを示した.

最後に,各河川で連続測定されている濁度・水温の時間デ-タをモデル式に代入し,貯水池流入汚濁負荷量を

求め,流入河川の特徴,季節変化を明らかにした.なお,本研究は東京都水道局との共同研究である.

(10) 水源ダムの貯水保全に関する実験的研究

小泉 明,山﨑 公子,小峯 美奈子

人々がおいしい水を求め,水道水に対し安全性だけでなく味覚・臭気にまで要求がなされる今日,水道水

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源の保全が急務となっている.本研究では,東京都小笠原村父島の水道水源ダムを対象とし,貯水水質の季

節変化調査及び貯水保全対策の評価を行った.その結果,温度変化の少ない亜熱帯海洋性気候であっても,

少なくとも年1回は貯留水の循環による成層破壊が行われていることが分かった.又,現在の貯水保全装置

の年間常時運転に対し,冬期の装置停止と夏期の間欠運転の可能性を示すとともに,長期間の装置一部停止

については取水方法を変更することで対応できることも明らかにした.さらに,東京都からの委託により,

母島農業用ダムの水質保全の検討を行い,現地調査の結果,底泥の浚渫,取水位置の変更,水生植物による

水質改善の可能性を示した.

(11) High-resolution PIV を用いた孤立波の追い越し及び正面衝突に関する運動学的研究

梅山 元彦

孤立波とは波形や速度を変えることなく伝播し,複数の孤立波が衝突した後もそれぞれの波形や速度を保

つ非線形波を指す.本研究では,孤立波の運動に焦点を当てて実験を行い,その結果を理論結果と比較した.

孤立波の研究は,Scott Russell(1834)がエジンバラ郊外の運河で偶然この波と遭遇したところから始まる.彼

は孤立波の伝播現象に大変興味を持ち,実験水槽をつくって同じ波を再現した.その後,Boussinesq(1871)が

孤立波方程式を理論的に導き,Rayleigh(1871)が計算から孤立波の存在が可能であることを示すことによって,

Scott Russell による新たな水面波の発見と予測の正当性が証明された.また,Korteweg & De Vries(1895)は,

Boussinesq の方程式を拡張し,有名な KdV 方程式を導いた.20 世紀中頃になると,Munk(1949)の研究をきっ

かけに水面波・孤立波の理論的研究は発展を見せた.他方,1950 年代に Fermi-Pasta-Ulam が非線形振動を計

算機で調べ,その現象を Zabusky&Kruskal(1965)が KdV 方程式を差分で解くことによってソリトンの発見に

繋がっていった.これを契機として複数のソリトンが衝突した場合の計算が行われるようになり,衝突後は

それぞれが元のソリトンに戻るということがわかってきた.また,流体力学分野においても孤立波に関する

実験的研究は数多く行われてきた.首都大学でも,PIV を用いて初めて孤立波内部における空間的な水粒子

の運動を解明した.孤立波の伝播に伴う水粒子の速度と軌道を,水深・波高を変化させ,逆向きの流れがあ

る場合とない場合について測定している.このように単独の孤立波に関する実験的研究では成果が得られて

きているが,複数の孤立波が衝突する場合の極めて精度の高い実験結果はほとんど得られていない.そこで,

最新の可視化技術を用いて,2 つの孤立波が追い越し及び正面衝突する様子を計測し,干渉しあう孤立波の

運動特性を調べることを主な目的として研究を行った.

本研究では長さ 25m,高さ 0.8m,幅 0.7m の実験水槽内に 2 つの孤立波を造波し,孤立波が衝突する瞬間

を超高速度ビデオカメラ(Photron)で撮影した.任意の波高の孤立波を造波するために,任意波形入力装置で

波形を作りパドル式造波板を動かした.孤立波の追い越し衝突を撮影する場合は,造波板を動かし 1 波目を

造波した後,任意の間隔を置いて 2 波目を造波した.孤立波は波高が高いほど波速も速くなるため,2 波目

を 1 波目より大きくすることで追いつき追い越す様子を撮影することができた.孤立波の正面衝突を撮影す

る場合は,まず 1 波目を造波し,水槽の造波装置とは反対側に設置した反射板で波を反射させる.反射して

戻ってきた 1 波目と,任意の間隔を置いて造波した 2 波目を撮影面で当てることで孤立波が正面衝突する様

子を撮影することができた.2 つの孤立波が衝突する区間にはあらかじめ水槽内にトレーサー粒子を混入し

ておき,そこに水槽の上部から 8W の高出力レーザーをシート状に照射することで水粒子の運動を 2 次元断

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面上で可視化した.レーザーシートによって可視化した流体断面の範囲(縦 40cm×横 60cm)を,フレームレー

ト 250fps,シャッタースピード 1/700 秒で撮影した.

可視化実験で撮影した画像から,PIV(Particle Image Velocimetry)と呼ばれる画像解析を行うことで水粒子の

速度ベクトルと軌道を得た.PIV は可視化解析の代表的な手法で,画像の輝度値パターンを用いて格子状の

流速場を算出する方法である.また PMC(Particle Mask Correlation)法により粒子の判定と水面形の抽出を行っ

た.PMC 法は理想的なトレーサー粒子像をテンプレートとして用意し,画像の中からテンプレートと一定以

上の相関を持つ像を粒子と判定する方法である.この方法を用いることで以前は難しかった粒子とノイズの

判定が可能となり,より精度の高い解析結果を得ることができた.

孤立波が追い越し及び正面衝突する場合の,波形,水粒子の速度ベクトルおよび水粒子軌道の結果を示し

たところ,追い越し衝突するケースでは,重なり合った瞬間の水面形は孤立波の頂点が潰れたような形とな

り,線形波のような重ね合わせの原理は成立しなかった.また水粒子の速度ベクトルと軌道に関しては,1

波目と 2 波目の孤立波の速度ベクトルを単純に足し合わせたような結果が得られた.正面衝突するケースで

は,重なり合った瞬間の水面形は 2 つの孤立波を合成した形となった.これは線形波がぶつかり合う場合に

見られる重ね合わせの原理に近い結果であった.また,ほぼ同じ波高の 2 つの孤立波が完全に重なった瞬間,

互いの速度ベクトルを打ち消し合う様子が確認できた.この間,水粒子の軌道は往復運動を示した.以上よ

り,孤立波はストークス波などの非線形波とは異なった性質を持っていることが確認できた.また,非線形

波でありながらも正面衝突するケースでは線形波に見られる重ね合わせの原理に近い現象が確認できた.(実

際には非線形現象が確認できるが,追い越し衝突に比べると線形のように見えると言う意味である.)

(12) 複雑な本流と分岐河川を伴ったマルチエスチュアリーでの塩水遡上に関する研究

梅山 元彦

塩水侵入については,いろいろなタイプの単一河川で多くの研究がなされてきたが,本流と支流とで構成

されるエステュアリーシステムで適用可能な予測手法は不確かなパラメーター入力を伴う数値計算モデルで

は可能であるが,有効な解析モデルは未だ開発されていない.そこで,本研究の目的は,先ず複数の支流を

有するエステュアリーシステムにおける淡水流量分布を予測する新しい水理モデルを提案し,次に河川に沿

った潮流速度に関する解析解を導き,最後に多数の支流を有するエステュアリーシステムのための塩水進入

モデルを開発することである.これらを結合することによって,本流と分岐する複数の分流を有するマルチ

エスチュアリーにおける淡水流入量と潮位変化に伴う塩水侵入を計算することが可能となる.研究対象地域

は,ベトナム北部,ホン河とその分流が広大な沖積平野を形成するホン河デルタである.面積は約 16,600 km2

であり,ベトナムの総面積の 4.5%を占めている.ホン河エスチュアリーシステムはデルタの南東部に位置し,

4 本の支流(Tra Ly,Red River,Ninh Co および Day)を含んでいる.この地域はアジア・モンスーンの影響で

雨季と乾季の区別が明瞭であり,ベトナム沿岸での非常に大きな干満差によって水環境は大きく変化する.

特に,乾季は淡水流出が著しく減少するために,塩水の侵入は河口から数十 km にまで及び,周辺に塩害を

及ぼす.塩水は飲み水,農業用水,工業用水には悪影響を与えるが,沿岸地域でのえび等の養殖や生態系保

全の面からは重要であり,河道内における塩水分布の適切な評価が必要とされている.そこで,このような

地域における解析的な塩水侵入モデルの開発を行った.現地データは,首都大学東京とハノイ水利大学の間

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の共同研究事業として,ホン河本流とその分流内で観測した塩分,ベトナム気象・水文・環境研究所が河口

で測定した塩分および潮位を使用した.

本研究では以下に示すような成果を得ることが出来た.(i) 幾何学的に複雑な河川に対して適用可能な新し

い塩水侵入モデルを構築し,河川形状が潮位によって大きく変動する乾季のホン河デルタに適用した.(ii) エ

ネルギー保存則と連続式とからエスチュアリーシステム内において淡水分布が計算できる分岐・流出方程式

を導いた.(iii) 塩水侵入方程式と現地から得られた塩分濃度をもとに,流下方向に変化する拡散フラックス

の評価を可能にした.以上のように,マルチエスチュアリー内で,河川流量を予測でき塩水の河川への流入

過程を定量的に解析できるモデルの構築を行い,将来の塩水進入に伴う水質影響範囲の予測方法を提案した.

今回のモデルで得られた理論的な結果は,ホン河で観測した流量・塩分データとよく一致し,実用化に適

していることか判明した.これら一連の解析手法は,現地から観察データを得ることが困難なエスチュアリ

ーシステムにおいて,潮流とフラックスに起因する大規模な塩水侵入機構を評価できることが示せた.

(13) 低地および海岸域を自然災害から守るための浮体構造物の提案

梅山 元彦

世界の大多数の都市は海面近くの低地に築かれているため,河川や海からの水災害のリスクを持った地域

である.また,近年の短時間豪雨によっても排水システムは機能せず,道路に水が溢れ出すといった都市の

脆弱性が明らかになった.このことは,都市そのものの被害だけでなく,人災までも引き起こしている.本

研究の目的は,都市部の海抜の低い土地を水域化し,水面が上昇しても没することのない浮体を基礎とする

ことで洪水災害に対し安全でかつ快適な社会生活基盤を築く独創的な提案をすることである.研究では,地

球温暖化により将来の海面上昇や地球規模の気候変動による豪雨等で引き起こされる都市周辺域の河川の氾

濫,巨大化した台風による高潮,極地的豪雨による一時的な大洪水などに対して安全で安心して居住できる

新しい都市の理想を具体的に述べている.都市の基本構造は,人造の水域上に基礎で支えられた浮体を浮か

べる全く新しい方式であるメガフロート浮体の活用を考える.浮体は,水に浮くので,どんなに水位が上が

っても大丈夫であるし,地震に強い.反面,揺れることを危惧する人も少なくない.そこで,浮体の重量を

一部杭により支える方式(軟着底構造システム)が考えられる.想定以上に水位が上がる場合は,浮体とし

て浮上することで難を逃れられる.

今回,実際の都市に当てはめてそれを具現化したイメージを示すことで,今後の実現に向けた活動の一環

とすることにした.水面が上昇しても没することのない浮体を基礎とすることで洪水災害に対し安全でかつ

快適な社会生活基盤を築く独創的な提案であるが,これが従来にはない画期的な方策であること,実現の可

能性のあることを示すことができたと思っている.東京の荒川に面した地域,東日本大地震で被害を受けた

気仙沼の港湾地域,海面上昇によって島が沈む可能性のあるツバルを計画地として選定し,この場所の置か

れている地理的,環境的な状況の把握と特徴などを調査分析,浮体を基礎とした水上都市の計画並びに水域

造成計画を試みた.

(14) 地球温暖化と海面上昇を考慮した島嶼海岸保全計画

梅山 元彦

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2014 年に出された IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)の報告では,2100 年までに 1990 年に比

べて,地球の平均気温は 2.6-4.8 ℃上昇し,水面は 45-82cm 上昇すると推定さている.地球温暖化の影響はこ

のように直接的になものから,間接的なものにまであらわれる.事実,最近発生した台風やハリケーンの規

模は大きくなってきており,この影響をもろに受けるているのが島嶼諸国である.多くの島嶼諸国において

は,利用可能な内陸地は極めて制限されているために,経済・商業活動を行うためのビルや店舗,ホテル,

社会基盤施設は海岸線にまで迫ってきており,海岸区域の防災は最重要課題のひとつとなっている.今世紀

に予想される地球温暖化やそれに伴う海面上昇は高潮や波浪による洪水被害をさらに増大させるであろうか

ら,島嶼諸国は協力してそれに対する防災計画を考えておく必要がある.そのためには,サンゴ礁上でのサ

イクロンのメカニズムに関する科学的知識を身につけ,高潮や波浪を推算する方法を研究する必要がある.

この研究の目的は,将来起こるであろうサイクロンによる海象を適正に評価することからはじめる.20 世紀

に予想した数十年に一度しか起こらないとされた現象が,毎年のように起きている.巨大化する台風やハリ

ケーンに対応できる防御策を考えるための数学的モデルを提案する必要がある.予測する項目は以下に示す

ものである:(1)100年確率波,(2)エネルギー逸散・海底摩擦を考慮した波の変形と波のセットアップ,風

のセットアップ,サーフビートなどを考慮した平均水位の上昇,(3)波の遡上,(4)越波.

(15) 波と流れの相互干渉による圧力場の変化

梅山 元彦

波・流れが相互干渉する場合の圧力場がどのように変化するかを把握するために,循環式造波水槽で圧力

測定を行った.波と流れの共存場における鉛直及び水平方向の流速の測定を,波高, 周期及び水深を変えて

様々なケースで行った.そして実験から得られた圧力と 3 次オーダー・ストークス波よって得られる計算結

果とも比較した.

研究結果は,現在,実験データを解析中であり,出版に向けて考察を行っているので,今年度は詳しいこ

とを述べることはできない.

(16) 感潮河道における塩淡水混合と植物プランクトン分布の関係

横山 勝英,Gubash AZHIKODAN

塩淡水の混合型と高濁度水塊が植物プランクトンの状態におよぼす影響を筑後川感潮河道で調査した.ク

ロロフィル a 濃度は大潮で低く,小潮で高かった.フェオフィチン a 濃度は大潮で高く,小潮で低かった.

全色素量に対するクロロフィル a の割合は大潮で 20~60%であり,小潮では 90%に達した.クロロフィル a

のピーク濃度は塩水フロントの上流側に位置しており,塩分濃度が 1psu より低い汽水域に植物プランクトン

が生息していた.表層の SS 最大位置とフェオフィチン最大位置の間に良い相関が見られ,デトリタスが SS

と共に移動していることや,高濁度水塊の発達と植物プランクトンの減少は相互に作用していることが示さ

れた.

(17) 津波防災と海岸堤防に関する考察

横山 勝英

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2011 年 3 月 11 日の東日本大震災により津波が発生し,三陸沿岸の市町村は壊滅的な被害を受けた.その

後,沿岸域の復興を進めるにあたり,境界条件として海岸堤防(防潮堤)の建設が設定された.この計画は,

住民のニーズを反映している場合と,主にその高さ・位置を巡って被災住民から計画再考を要望された場合

があった.本研究では,概論として被害状況を整理した上で,津波防災の意義,L1・L2 津波の基準設定の妥

当性,三陸リアス式海岸の地形特性と住民意識,海岸の土地利用などについて考察した.

(18) 気仙沼湾における海底堆積物に対する津波の影響

横山 勝英

津波災害が内湾の底質におよぼした影響を考察するため,粒度分布,含水比,ノルマルヘキサン抽出物質,

鉱物油,硫化物,クロロフィル色素,放射性セシウムの鉛直分布を分析した.その結果,3 月 11 日以降の堆

積時期を層ごとに推定できた.表層には流域からの土砂供給や湾内での一次生産により新生堆積層が形成さ

れていることを確認した.油流出事故の影響を含む層は新生堆積層の下部にあり,また鉱物油濃度は水産用

水基準で使われる n-ヘキサン抽出物質濃度の約 10%であった.少なくとも気仙沼湾の海面養殖にとっては,

底質の油汚染が直接的に影響する可能性は低いと推測された.また,津波後の湾内の一次生産は活発である

ことが示された.

(19) 放射性セシウムの洪水時の粒径別輸送特性

横山 勝英

流域から河川を通じた土砂・セシウム輸送特性を粒径別に明らかにするために,大川流域を対象にして洪

水時の採水観測を実施した.サンプルを粒度分析し,さらに 3 種類のフィルターを用いて分画し,両者を併

用して各フィルター残留物に対する粒度分布を推定した.各フィルターの SS 濃度および懸濁態の 134Cs と

137Cs の濃度を分析し,中央粒径と Cs 濃度の関係を考察した.Cs 濃度は粒径の増大と共に減少するが,必

ずしも単一の関係性ではなかった.洪水の初期には両者に明確な負の相関が見られたが,洪水のピーク時に

は粒径によらず一定の Cs 濃度となったことから,洪水流出過程の影響を受けていると推測された.また上流

域では Cs 濃度が高い傾向が見られた.Cs 濃度と SS 濃度には良い相関が見られた.比流量と比 Cs 輸送量は

粒径別には関係性がばらついていたが,全粒径でみれば 1 つの L-Q 式で表されることが示された.

(20) 三陸沿岸における麻痺性貝毒原因渦鞭毛藻 Alexandrium tamarense の出現状況

横山 勝英

2011 年に発生した東日本大震災発生以降, 三陸沿岸を中心として麻痺性貝毒原因渦鞭毛藻 Alexandrium

tamarense の大量出現が確認されている.本研究では,北海道噴火湾,岩手県大船渡湾,宮城県気仙沼湾およ

び仙台湾における震災発生後の本種の出現状況について,既往の研究報告を整理した.さらに,津波による

海底堆積物の撹拌が本種シストの局所的な集積を引き起こし,本種大量出現につながったとの仮説を述べた.

(21) 地物データGISを用いた都市流域の洪水流出モデルに関する研究

河村 明,天口 英雄

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非常に複雑な都市の洪水流出過程のモデルとして,人工的に形成された,個々の建物,駐車場,道路等の

実際の不浸透域を正確に抽出できる地物データ GIS を用いて対象都市流域をモデル化することにより,雨水

流出経路を物理的に再現する分布型流出モデルとして TSR(Tokyo Storm Runoff) モデルを開発している.本

研究で用いる地物データ GIS とは,洪水流出量を算定する際に最も影響を及ぼす不浸透域の空間情報として,

従来のグリッド型には依らない,建物など地物一つ一つの空間情報を用いることにより,浸透・不浸透性の

領域を忠実にモデル化したものである.このため,建物浸水リスク評価に必要となる都市流域の詳細な土地

利用情報,および家屋からの雨水排水経路の設定を反映させたモデル構築を行うには,地物データ GIS の活

用が最適であると考えられる.

本研究では,家屋の雨水排水経路を考慮した洪水流出解析モデルの構築を行うと共に,北海周辺5ヶ国の

研究機関により立ち上げられた気候変動への適応策検討プロジェクト(Climate Proof Areas)の中で進められ

た Sweden 南西部の Arvika 町の小流域に提案モデルを適用した.まず,現地調査により詳細な土地利用状況

および家屋からの雨水排水経路を把握することにより対象都市流域のモデル化を行い,次いで,浸水被害が

発生した 2006 年降雨を対象とした洪水流出解析により得られた洪水流出特性および流域の浸水特性などか

ら提案モデルの有用性について考察を行った.2006 年7月降雨を対象とした洪水流出解析では,提案モデル

と既往モデルを用いて家屋と雨水管路との接続の有無,地表面の雨水桝設定の有無が洪水流出特性および浸

水特性に与える影響について定量的に示すとともに,提案モデルの有効性について示した.また,現況およ

び将来の 10 年確率降雨による流出量の変化,溢水マンホール箇所数の増加量について評価・検討を行った.

今後は提案モデルを活用して,建物への貯水槽設置,既存の雨水管路の改良,調節池の設置などのより具体

的な洪水防御対策に対し,具体的なシナリオ分析を行うことが考えられる.このような分析は都市排水計画

の決定プロセスの際に計画者や住民などの相互理解のために極めて重要である.

(22) 地物データGISを用いた都市流域のヒートアイランド緩和策に関する研究

河村 明,天口 英雄

都市部において周辺部より高温域になるヒートアイランド現象は世界の大都市部での喫緊の課題であり,

東京都においても過去 100 年の間に約 3.0℃の気温上昇が観測されている.ヒートアイランド緩和策の推進は

急務であり,東京都の「東京における自然の保護と回復に関する条例」では 1,000 平方メートル以上の敷地

における新築時は屋上緑化計画の義務づけを実施するなど,ヒートアイランド緩和策を推進している.これ

らのヒートアイランド緩和策を推進していくためには,行政部局による都市流域におけるヒートアイランド

対策として屋上緑化等を行う場合の施策評価を実施する必要がある.そのためには,道路や建物の建設状況

など,具体的な都市化の進展状況をできる限り忠実にモデル化することが可能で,屋上緑化等による蒸発散

量の変化に伴う気温上昇抑制効果を個々に検証・予測できるシミュレーションモデルによる評価が重要であ

る.しかしながら,ヒートアイランド緩和策に対するシミュレーション評価はこれまで多く行われているが,

その多くはグリッド型の土地利用情報を用いた広域での緩和策評価や詳細な街区単位の緩和策評価,または

実証実験による局所的な評価等である.既往研究において,高度な地物データ GIS を用いて地表面を浸透域

と不浸透域に分類し,地表面地物要素毎の浸透特性と土壌水分量の違いによる蒸発散量を,熱収支を考慮し

て表現できる蒸発散モデルである TET (Tokyo Evapo Transpiration)モデルを提案している.TET モデルは表層

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土壌への浸透過程を表現する SMPT モデル(Soil Moisture Parameter Tank Model)による浸透域モデルと,不浸透

域においては窪地貯留を考慮した不浸透域モデルから構成されており,浸透域に対しては地表面地物要素毎

の土地利用の違いおよび土壌水分量の状態を考慮し,バルク式による熱収支式を用いて潜熱・顕熱を算定で

きるモデルである.さらに,算定された潜熱・顕熱を用いて地表面地物要素毎の蒸発散量時系列と同時に地

表面温度変化を表現できるモデルである.TET モデルを用いることにより,個別地物に対するヒートアイラ

ンド緩和策を実施した場合の個別地物および流域全体に対する気温上昇抑制効果を表現することが可能であ

る.

本研究では,この TET モデルを用いて,個別地物のみならず流域全体に対するヒートアイランド緩和策実

施前後の流域気温変化の相対評価を行うことである.詳細な街区単位の評価では都市キャノピーモデルによ

る建物街区特有の熱蓄積効果(熱慣性)が必須であるが,本研究で目的とする流域単位で評価を行う場合に

は,その立体構造を表現するためのデータ取得が課題であるため,本論文では街区表面温度解析にあえてバ

ルク式を用いている.以上の背景・目的のもと,本論文では高度に都市化の進展した神田川上流域において

個別の地表面地物要素の土地利用種別を用いることにより,建物の屋上緑化および道路の保水性舗装化のヒ

ートアイランド緩和策を実施したシナリオを想定し,1 年間の地表面地物要素毎の日蒸発散量および日平均

地表面温度の算定を行った.これより,地表面地物要素の土地利用種別の改変による地表面地物要素毎の地

表面温度変化および流域平均気温の変化を算定するとともに,屋上緑化および保水性舗装が都市流域の地表

面地物要素へのヒートアイランド緩和策に対して与える影響についてシミュレーション評価した.

神田川流域への適用にあたっては,神田川上流域内および近傍には気象庁アメダス観測所が存在しないた

め,本論文では(公財)東京環境科学研究所が首都大学東京と共同で東京都区内に 126 カ所という高密度で

設置していた,首都圏環境温度・降雨観測システムであるメトロス(METROS: Metropolitan Environmental

Temperature and Rainfall Observation System)の観測気温データを用いた.

(23) 地物データGISを用いた都市流域の地下水涵養モデルに関する研究

河村 明,天口 英雄

都市流域の水循環を理解するためには,複雑に分布する自然的・人工的な要素をできる限り忠実にモデリ

ングを行い,これに水文素過程の解析モデルを適用することが必要である.流域水マネジメントの現場では,

行政部局と地域住民からなる異種の背景を持つ人々が共通認識を共有する必要があり,これまで以上に分か

りやすい意志決定支援ツールとしての水循環モデリング手法が求められている.

本研究では,これに対応するモデリング技術として,水循環系の再生に寄与する流出抑制施設が家屋など

の個々の人工物に設置されることに着目し,都市流域を家屋,道路などの地物(地物データ GIS)に基づい

てモデル化する手法を活用する.具体的には,地物データ GIS を用いて東京都内の代表的な都市河川である

神田川上流域をモデル化し,水文素過程の解析モデルである地下水涵養モデルと地下水流動モデルを用いた

水循環モデルの基礎を構築して 2000 年から 2007 年の水循環解析を行った,モデルの有用性について検討を

行った.そして,既存の浸透施設による地下水上昇の効果を算定した.

(24) 震災時の雨水・下水道管路被害を想定した浸水リスクに関する研究

Page 18: 研究概要 - Tokyo Metropolitan University · 2015. 10. 30. · 研究概要. 社会基盤分野 (1) 超長大吊形式橋梁の構造システムに関する開発研究. 野上

河村 明,天口 英雄

現代の都市域の下水道施設は,水供給施設,エネルギー施設,交通施設,通信施設などのライフライン施

設として生活に欠かせない重要な都市基盤施設である.我が国ではこれらの施設が地震により被害を受ける

リスクが非常に高く,東日本大震災をはじめ多くの地震災において,地盤の液状化によるマンホールの隆起・

沈降が多数発生し,管路施設が大きな被害を受けている.地震による下水道施設の機能喪失時に発生しうる

新たな災害を想定した様々なリスクを事前に評価することは,非常に重要であると考えられる.特に東京都

区部のように急激に都市化が進んだ市街地での下水道施設は,雨水および汚水が同一の管路により排水され

る合流式下水道として整備されており,地震によりその機能が正常に発揮されない場合には,豪雨時の雨水

排水機能が著しく低下し,浸水リスクだけでなく伝染病などの感染リスクも高まるものと考えられる.

本研究では,地震と豪雨による複合災害を想定し,震災時の雨水・下水道管路被害を仮定した浸水リスク

についての評価を試みる.まず,東京都を代表する都市河川である神田川上流域を対象に高度な地物データ

GIS を構築し,流域のモデル化を行う.震災時には液状化のリスクがある場所に埋設されている雨水・下水

道管路が被害を受けるものと想定し,TSR モデルを用いて豪雨時の洪水流出シミュレーションを行い,下水

道の排水機能の低下が流出・浸水特性に及ぼす影響について評価・検討を行った.その結果,管きょ被害想

定範囲外周部の雨水・下水道管路では管きょ被害により雨水が地表面に溢水し,その影響が上流側に及ぶた

めに河道から離れた台地部において浸水リスクが上昇することが明らかとなった.

(25) 貯留関数モデルによる都市域の洪水流出解析に関する研究

河村 明,天口 英雄

都市域を流れる中小河川では流域における土地利用が高度化し,また,資産が集中していることから水害

時の被害は甚大なものとなっている.現在,都市中小河川を対象にした速やかな実時間での高精度な水位・

流量予測の実用化が望まれている.

貯留関数法は流出過程の非線形性を比較的簡単な構造式で表現でき,洪水時の河川水位予測に必要とされ

る計算の簡便さと迅速さを兼ね備えている.東京では合流式下水道の普及が進んでおり,降雨流出において

は常に降雨の一部は合流式下水道により流域外へ運ばれている.本研究では,都市中小河川における実時間

洪水予測に適した集中型概念モデルの精度向上に向けて,合流式下水道による流域外への排水など都市特有

の流出機構を考慮し,また全流出成分を概念的に組み込むことで有効雨量の算定や流出成分の分離作業が不

要となる新たな都市貯留関数モデルの提案を行っている.本提案モデルを,東京都の代表的都市中小河川で

ある神田川上流域を対象に,近年観測された豪雨 9 イベントに適用し,観測ハイドログラフに対する再現性

を検証した.その結果,従来の貯留関数モデルと比べパラメータ数は2つ多くなるものの,流出ハイドログ

ラフの予測精度が格段に向上し,ピーク流量や総流出量を的確に捉えられること,他降雨イベントに対する

パラメータの安定性や適応性が向上することを確認した.

(26) 自己組織化マップを用いた東北地方太平洋沖地震前後での東京における年間地下水位の変動特性評価

河村 明,天口 英雄

本研究は,東京都内に存する地下水位観測 42 局のうち,長期欠測中の 2 観測井を除く 102 観測井(被圧:

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89,不圧:13)における 2 箇年の月別平均値を用い,SOM 手法を適用して東日本大地震発生前後における東

京での地下水位の年間変動パターン特性の分類とその要因の考察を試みたものである.

SOM による解析の結果,東日本大地震前の地下水位の年変動パターンと比較して,地震発生年における年

変動パターンは以下の 4 つのクラスターに分類でき,地域的な分布傾向を有することが明らかとなった.地

震発生前である 2010 年の年変動パターンは,被圧・不圧地下水,低地・台地部,区部・多摩部の別に拘わら

ず,全てクラスター1 に分類された.これは,地震後の 2011 年の年変動パターンに対し,2010 年の年変動パ

ターンが無視できるほど小さいことを示している.一方,地震発生年である 2011 年の年変動パターンは,4

分類できることが SOM により示された.さらに,2011 年における地下水位の変動パターンの特徴として

は,全般に水位上昇傾向にあり,4 月と 12 月に多摩地域で顕著な水位上昇が生じていた.その要因を精査し

たところ,地震による停電・保守等に伴う水道水源井の停止であることを明らかにした.

(27) 東京における長期地下水位変動解析

河村 明,天口 英雄

現在,東京都内の地下水位は,法令に基づく揚水規制等の効果により上昇または横ばい傾向にあり,地盤

沈下が沈静化していることから地下構造物の浮力・漏水対策や水資源として,地下水の利活用が注目を集め

ている.特に,多摩地域を中心とする都内全域では,上水道や工場等の水源として日量約 50 万立法メートル

弱の地下水が揚水されるなど,重要な水資源となっている.さらに近年では,地震時等の災害対策としての

防災井戸や病院の非常用水源としての活用など,地下水利用に対する社会的要望は強くなっている.その許可

を受けた多くの防災井戸では,ストレーナの目詰まり防止等を理由に,日常的に地下水利用がなされている.

このため,防災名目による地下水利用を広く認めた場合,恒常的かつ多量の地下水揚水に伴う地下水位の低

下とそれに起因する地盤沈下の再燃等も懸念されている.地盤沈下を生じさせずに地下水活用を図るには,

長期的な地下水位の変動を正確に捉えることが非常に重要となってくる.加えて,その特徴的な地下水位変

動と要因の相関関係を把握することは,水循環体系に与える影響や長期的な水位変動傾向を予測するうえか

らも有効であり,将来にわたり貴重な知見になると考える.そこで研究では,センターの地下水位観測シス

テムによる 2003 (平成 13)年から 2012 (平成 24)年の 10 箇年における各月の地下水位データを用い,42 観測局

(地点)100 井における地下水位の年間変動パターンの長期的な変動を抽出し,その変動傾向について評価

した.具体的には,観測システムにおいて得られた欠測等の少ない観測井の月平均地下水位 10 箇年データに

ついて,複雑なデータの相互関連性を二次元平面に視覚化することでデータ特性の発見等に優れた自己組織

化マップ(Self-Organizing Map,以下「SOM」と記す)を用い,客観的にパターン分類のうえクラスター化

し,地下水位の年間変動パターンの長期的な変動特性や空間分布特性を明らかにした.

SOM 解析の結果,2003~2009 年の地下水位の変動パターン特性と比較して,2010

~2012 年 3 箇年の変動パターン特性が大きく変化しており,かつ空間分布に明瞭な傾向のあることを明ら

かにした.さらに,都内における地下水位の年間変動パターンの長期的な変化の特徴は,人為的影響が少な

い場合の地下水位の変動パターンをグループ 1,水道水源による多量の揚水等の人為的影響を受けた場合が

グループ 3,人為的影響のある地域で揚水量が大きく変動した場合にグループ 2 として分類できた.これに

より,地下水分野における 12 次元 1,000 データという多次元のデータ解析において,特徴的な変動パターン

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を二次元化して抽出可能なことが確認できた.これは今後の地下水管理において,地盤沈下を生じさせない

範囲で地下水活用を図る際に必要となる揚水量・水位関係の定量的な評価,地下水位の変動パターン予測な

どに資する有益な知見になると考える.

(28) 中小河川干潮域におけるスカム実態把握に関する研究

河村 明,天口 英雄

多くの都市で水辺を重視したまちづくりが進められている.例えば,東京都では景観づくりを総合的かつ

計画的に進めるため,東京都景観条例に基づく河川の景観基本軸が制定されている.また,隅田川や神田川

などの都市河川では川に沿う遊歩道や船着場の整備が進められており,さらに隅田川やその支川を対象に舟

運を活用した新たな河川整備の提案が行われている.東京の河川の水質は下水道の普及に伴い大幅に改善さ

れたものの,合流式下水道が接続されている東京区部の感潮河川では夏季を中心にスカムがしばしば見られ

る.都内河川のスカム発生のメカニズムや,スカム発生に影響する強降雨時の水質変動に関する報告は行わ

れているが,スカムの解消には合流式下水道の改善を要するため短期間での対応は極めて困難である.この

ため,河川水面を常時監視しスカムが多い時に水面の清掃を行うなど適切な河川管理を行うことが望まれる.

近年,自治体が中小河川の監視を目的とした定点カメラを設置しており,その映像は Web 上で閲覧可能な

ものもある.これらの定点カメラは,中小河川の増水の把握を目的としているため映像の更新間隔が短く,

河川水面の実態把握にも利用できるものと考える.すでに数多くの定点カメラが設置されており,新たな機

器を設置することなくスカム監視ができる利点がある一方で,河川に隣接する構造物等が複雑に河川水面に

映り込んでおり,適切にスカムを判別させるには高度な画像分析が必要だと考えられる.画像分析において

は,顔画像認識や,医療用画像の解析などにおいて,人工知能の一種であるニューラルネットワークを用い

ることで良好な結果を得られたことが報告されている.

本研究では,自治体が設置した定点カメラ映像を用い,ニューラルネットワークを活用したスカムの自動

判別手法を示す.具体的には,定点カメラ映像からスカムの特徴を抽出し,スカム判定用のニューラルネッ

トワークを構築する.構築したニューラルネットワークを用いて定点カメラ映像のスカム判定を行うことに

より,本手法の有用性を示した.

スカムの判別は,映像を 20×20 ピクセルの格子で分割し格子単位で行い,ニューラルネットワークの入

力には格子の各ピクセルの赤・緑・青成分について合計値を小さい順に並び替えた情報を用いる.また,河

川に隣接する構造物等が河川水面に映り込み,時間とともに状況が変化するため,この対応としてスカムの

ない映像から格子毎の映り込みの特徴を抽出し,ニューラルネットワークの入力に追加する.この映り込み

特性の追加によりスカムがある場合の正答率が約 10%向上し,格子単位のスカムの正答率が 85%~90%にな

った.学習後のニューラルネットワークをスカム浮遊量が異なる複数の映像に適用した結果,目視による判

定と同様の傾向が得られたことから,ある程度の定量的な判定も可能であると考えられる.

(29) ベトナム紅川デルタにおける近年の地下水位トレンドに関する研究

河村 明,天口 英雄

ベトナムの紅川デルタにおいては 1995 年より地下水モニタリングネットワークが構築されている.このネッ

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トワークより得られた57の完新世不圧地下水位観測井および63の更新世被圧地下水位観測井の 1995 年

から 2009 年までの地下水位データに, ノンパラメトリック手法であるマンケンダルトレンド検定およびセン

勾配推定法を適用することにより地下水位のトレンド解析を行った.それぞれの観測井において元の観測デ

ータから 17 の時系列(年時系列,季節時系列,月時系列など)を作成し,それに対してトレンド解析を行っ

た.その結果,完新世不圧地下水位観測井の年平均地下水位時系列に対し,約35%で低下傾向が,そして

約21%で上昇トレンドが検出された.一方,更新世被圧地下水位ではほとんど全ての観測井で低下傾向が

検出された.トレンドの空間分布結果として,低下傾向の特に強い(年 0.3m 以上の低下)地域が,地下水

取水量の多い主に首都ハノイ周辺で生起していることが分かった.年平均地下水位時系列以外の幾つかの時

系列においてやや特異なトレンド傾向も検出されたもののほとんどは年平均時系列と同様のトレンド傾向と

なった.本研究の結果は,持続可能でない地下水開発を反映しており,また特に都市域における地下水モニ

タリングおよび地下水データベースの重要性を提示している.

(30) ベトナム・紅河デルタにおける被圧地下水の水文地球化学的特性に関する研究

河村 明,天口 英雄

ベトナムの首都ハノイを含む紅河デルタは,ベトナムで最も人口が密集している地域の一つであり,紅河

デルタに住む約 2,000 万人が主要な水源として地下水を使用している.しかし,近年,紅河デルタにおける

急速な人口増加および経済発展に起因した地下水の利用量増加により,地下水位の低下や地下水の水質劣化

が発生し,紅河デルタにおける地下水の持続的な管理が求められている.地下水を持続的に管理するために,

ベトナムでは紅河デルタにおける水資源に関して多くの研究がなされているが,紅河デルタ全体における被

圧地下水の水文地球化学的特性に関する研究を行った例はほとんど見受けられない.

以上の背景の下,本研究では,紅河デルタにおける 31 の観測井より得られた 1993 年と 2011 年の乾季・

雨季の被圧地下水を対象に,地下水質のイオン特性を表現するパイパーダイヤグラムおよびギブスダイヤグ

ラムを適用し,紅河デルタにおける被圧地下水の水文地球化学的特性について検討を行った.

不圧・被圧地下水は降水支配領域・岩石支配領域・蒸発支配領域の3つの支配領域に分類され,岩石支配

領域の地下水が紅河デルタの上流域に多く見られるのに対し,下流域では蒸発支配領域の地下水が主流であ

る事が判明した.また,同じ観測井の不圧・被圧地下水の間では支配領域の差異がほとんど見られなかった

ものの,支配領域内において陽および陰イオンのギブス比が大きく異なる事が分かった.さらに,不圧・被

圧地下水ともに支配領域の季節変動がほとんど見られなかったものの,乾季から雨季にかけ蒸発支配領域か

ら岩石支配領域に変化を示した観測井が下流域のいくつかで見られた.これは,雨季には降雨や表流水の浸

透の影響で岩石支配領域に変化したと考えられる.さらに,灌漑などの人為的活動や都市化の進行に起因す

る地下水汚染の影響が懸念される地域のいくつかの観測井からは支配領域の経年変化が見られた.

(31) 都市域における微小道路要素の自動構築手法に関する研究

河村 明,天口 英雄

都市流域における道路は,流域面積の約 2 割を占めるため豪雨時の直接流出量へ大きく寄与し,側溝や雨

水枡を介して雨水・下水道管路に接続されているため,洪水時には雨水が河道に到達するまでの洪水到達時

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間を早める機能を有している.都市流域においては,洪水流出・浸水解析を精度良く行うことを目的に,道

路分布が水文・水理現象に与える影響を考慮したモデル構築が行われている.浸水解析モデルとしては,建

物や道路の影響を考慮できる非構造格子モデルや街路ネットワークモデルが提案されているが,いずれも解

析格子の形成は手作業によるところが多いため,モデルデータの構築にかなりの時間と労力が必要となって

いる.実務で多用されているグリッド型モデルにおいて,グリッド内部やグリッド境界線に建物や道路に関

する情報をパラメータ値として間接的に与えるという対処策が提案されている.解析用のグリッドデータと

ポリゴン型の道路および建物を準備すればデータの構築は容易ではあるが,都市域を構成する個別建物や道

路などがグリッドで分断されるため,地物から構成される都市流域の構造を忠実に表現することは困難であ

る.一方,我々は流出解析を行う際に道路が洪水流出特性に与える影響を考慮するため,下水道管路システ

ム,道路および河道に加え,街区内に存在する建物,駐車場,緑地などから構成される都市構造を詳細に表

現する高度な地物データ GIS を用いた洪水流出モデルとして TSR(Tokyo Storm Runoff)モデルを提案してい

る.近年の GIS(地理情報システム)の技術的進歩や GIS データ整備に伴い,建物や道路などの地物を的確

に表現出来る多角形(ポリゴン)のベクター型を用いた地物データの整備(基盤地図情報の『宅地利用動向

調査』)など,デジタル情報の入手が容易になってきてはいるものの,都市流域を地物により作り込むには多

大な手間が必要とされる.田内ほか(2013)は,都市流域を地物によりモデル化する過程を,1/2500 地形図

標準データファイルから自動で生成する手法について検討している.得られるデータは,都市流域の土地利

用情報としては十分活用することが可能であるが,地表面の雨水流出を解析するモデルへ適用する場合,道

路部分をさらに手作業などにより修正・分割することが不可欠となっている.

本研究では,多くの都市域で入手が容易である数値地図 2500『基盤地図情報』の道路縁・道路構成線から

作成した道路要素から,微小道路要素を自動構築する手法について検討する.本手法では,まず交差部と単

路部を分離し,次いで,単路部と交差部をそれぞれ異なる手法により分割することで,微小道路要素を構築

する.次に,本自動構築手法を東京都内の代表的な中小河川である神田川上流域に適用し,自動生成した微

小道路要素の形状等について検討する.本手法を神田川上流域に適用し,目視での検証を行った.その結果,

本研究で提案した微小道路要素の自動構築手法を適用することで,都市域の洪水流出解析に適した微小道路

要素を作成できることが示された.

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安全防災分野

(1) 構造物の補修補強のための間隙充填モルタルの充填性能に関する研究

宇治 公隆,上野 敦,大野 健太郎

鋼板巻立て工法などに用いられるセメント系充填材(以下,間隙充填モルタル)は,主として狭い間隙を

密に充填することが求められるが,全ての施工現場で間隙を完全に充填できているかは不明である.充填性

を高めるためには,狭い間隙を充填する流動性が求められる一方,骨材の分離による閉塞を起こさない材料

分離抵抗性が必要となる.間隙充填モルタルの充填性は,フロー試験で得られるフロー値で評価可能である

とされており,フロー250mm 程度が充填性の境界であることが示されている.本研究では,フローを 250mm

(±5%)に統一した試料を作製し,各種試験を実施し,フロー以外の要因が充填性に及ぼす影響を検討した.

(2) コンクリートの締固め特性に及ぼす鉄筋配置の影響に関する研究

宇治 公隆,上野 敦,大野 健太郎

近年,コンクリート材料の多様化に伴い,同一スランプであっても様々な配合や材料構成が想定され,ワ

ーカビリティーが異なるコンクリートが多く存在する.また,硬化コンクリートの品質を確保するためには

締固めを適切に行うことが重要であり,締固めを適切に実施しなければ施工欠陥を引き起こし,その後の構

造物の耐久性に悪影響を及ぼす.さらに,近年のコンクリート構造物では,耐震性確保の観点から過密配筋

となっており,締固めが難しい場合もある.現状の内部振動機を用いた締固めでは,振動時間や振動機の挿

入間隔が,作業員の経験や判断に委ねられており,締固め作業における定量的評価が望まれている.本研究

では,鉄筋配置がコンクリートの締固め特性に及ぼす影響について検討した.

(3) プレキャストコンクリート製品の耐久性に及ぼす表層部細孔構造と水分供給に関する研究

宇治 公隆,上野 敦,大野 健太郎

プレキャストコンクリート製品は,一般に工場において蒸気養生が施され,所要の強度を発現し,現場で

の養生が必要とならないため,工期短縮等による利用促進が期待されている.一方で,大型のコンクリート

製品は取り替えが困難であるが,これまで耐久性に関してはほとんど検討されていない.なお,コンクリー

ト製品は現場設置後の降雨による水和反応の継続を見込んでいるのが実情である.また,一般的なコンクリ

ート構造物は,若材齢において脱型が行われ,環境温度や水分供給量などの条件により,表層部と内部の細

孔構造は異なるが,細孔構造に対する水分供給量の影響を検討した研究は少ない.本研究では,蒸気養生コ

ンクリートの二次養生条件ならびに水セメント比がコンクリートの細孔構造や中性化に及ぼす影響について

検討した.さらに,蒸気養生コンクリートの耐久性評価のため,海洋環境に曝露された供試体の 1,2,5 年

における塩化物イオン拡散係数について検討した.

(4) CFRP 格子筋と吹付けモルタルを用いたコンクリート部材の補強における界面せん断耐荷挙動の把握に

関する研究

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宇治 公隆,大野 健太郎,上野 敦

既設コンクリート構造物の補修・補強工法の一つに,連続炭素繊維(CFRP,Carbon Fiber Reinforced Plastics)

格子筋と吹付けモルタルを適用した断面修復工法がある.この工法は,コンクリート部材の曲げ補強に広く

用いられているが,コンクリートの梁や壁面などの部材側面を対象としたせん断補強においても有効である

と考えられる.本研究では,本工法によるせん断補強効果の定量化を目的とし,梁部材のせん断ひび割れ部

を模擬して前年度実施した要素試験の結果を対象に,補修界面のせん断付着応力分担域について,界面の破

壊エネルギーを仮定した FEM 解析により検討した.

(5) 高度浄水処理施設の躯体コンクリートにおける劣化原因の推定に関する研究

宇治 公隆,上野 敦,大野 健太郎

高度浄水施設の一つである生物活性炭吸着池の躯体コンクリートは,他の浄水施設と比較して早期に劣化

するとされる報告がある.本研究では,生物活性炭吸着池を対象として,躯体コンクリートの外観調査およ

び水質調査を実施した.その結果,躯体コンクリートの劣化要因の一つに微生物由来の炭酸が躯体コンクリ

ートの劣化を促進させていることが推察された.したがって,各種配合のモルタル供試体を流水環境下の炭

酸水に浸漬し,質量変化率,表面高さの推移,中性化深さについて検討した.さらに,生物活性炭吸着池で

は,4 日 1 度,活性炭の逆洗浄が実施されており,逆洗浄時に活性炭がコンクリート壁面を摩耗劣化させて

いることが推察された.このことから,各種配合のモルタル供試体に,水中摩耗試験を実施し,摩耗劣化に

関する検討を行った.

(6) コンクリートにおける環境負荷抑制に関する研究

上野 敦,宇治 公隆,大野 健太郎

a) エコセメントを用いた舗装用超硬練りコンクリートの耐凍害性の向上に関する研究

都市ゴミ焼却灰を主原料とするエコセメントを積極的に活用するためには,アルカリ量や塩化物イオン量

を考慮した場合,ペースト相の体積を減じることと補強鋼材を含まないことが大変有効である.すなわち,

エコセメントの適用先として,舗装用の超硬練りコンクリートが有効と考えられる.これまでに,エコセメ

ント超硬練りコンクリート(ECRCC)は,締固め性および機械的性質で,舗装用コンクリートとして充分な

性能を有していることが示されている.しかし,耐凍害性については,凍結防止剤散布下を想定した NaCl3%

溶液環境下でのスケーリングが増大する傾向にある.本研究では,ECRCC の耐凍害性の向上を目的とし,エ

コセメントと高炉スラグ微粉末で構成される混合紛体の充填構造に関する基礎的検討およびモルタルを対象

とした硬化後の機械的性質に対する混和材置換の影響に関する基礎検討を行った.

b) 歩道ブロックの表面形状による再帰反射率への影響に関する研究

近年,都市部でアスファルトコンクリートやセメントコンクリート等の蓄熱体が増えたことにより,熱帯

夜や熱中症等が頻発し,人体に悪影響を及ぼしている.このため,舗装表面に遮熱性塗料を塗布し,近赤外

線領域の波長の光を反射させる遮熱性塗料の検討が行われてきた.しかし,舗装表面で入射光を反射しても,

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反射光により構造物の壁面等を暖めると,反射の効果が少なくなる.熱源となる近赤外線を入射してきた方

向へ反射する再帰反射の割合を増やすことで周辺の熱環境を改善できると考えられる.本研究では,車道舗

装と比較して強度,形状の自由度が高く,人体に直接的な影響を与えると考えられる歩道舗装を対象とし,

夏季温度低減を目的とした基礎的な検討を行った.

c) 砕砂を用いたモルタルの流動性に及ぼす砕石粉の影響

砕石および砕砂の製造工程から生じる微粒分は,コンクリート用砕石粉として JIS に品質規定されている

が,積極的な利用が行われていない現状にある.本研究では,砕砂を用いたコンクリートの流動性に対する

砕石粉の影響を,砕砂の粒子形状に着目して定量的に評価することを目的とし,モルタルを対象として基礎

的に検討した.

(7) 極初期の組織形成および養生温度が温度履歴養生後のモルタルの強度および組織構造に及ぼす影響に関

する研究

上野 敦,宇治 公隆,大野 健太郎

コンクリートに対する給熱養生は,結合材の反応促進のために行われるが,極初期材齢の水和セメントペ

ースト組織に対して応力を生じさせる要因にもなる.しかし,給熱養生前の組織が,熱作用で生じる応力に

耐えるものであるかを検討した研究はほとんどない.本研究は,熱作用を受ける前の組織形成の程度が,硬

化後の機械的性質および細孔構造に及ぼす影響について,基礎的に検討した.熱作用を受ける前の組織形成

の程度は,プロクター貫入抵抗値で評価し,プレキャストコンクリート製品の蒸気養生を模擬した温度履歴

を与え,硬化後のモルタルに及ぼす前養生での組織形成の影響を圧縮強度,静弾性係数および細孔構造の観

点から検討した.

(8) コンクリートの破壊エネルギー試験における寸法依存性に関する研究

大野 健太郎,上野 敦,宇治 公隆

コンクリートの破壊エネルギー試験は,切欠きはりの 3 点曲げ試験から得られる荷重‐開口変位曲線下の

面積と供試体の自重がなす仕事量の合計値をリガメント面積で除すことで得られる.しかし,破壊エネルギ

ー試験では,寸法依存性が存在し,切欠き高さが高くなるほど得られる破壊エネルギーは小さくなる.ここ

で,破壊エネルギーの算出におけるリガメント面積は,供試体幅と切欠き上部の供試体高さの積であり,2

次元の場合,切欠き先端から載荷点を結ぶ 1 本の線で与えられ,破断面の凹凸性状は考慮されない.しかし,

同一のリガメント面積であったても,個々の供試体で破断形状は異なり,実際のひび割れ進展面積とリガメ

ント面積は異なる.本研究では,断面欠損率(切欠き高さ/供試体高さ)と骨材の最大寸法を変化させて,

コンクリートの破壊エネルギー試験を実施し,破断面の凹凸性状と破壊エネルギーの関係について検討した.

(9) バックルプレート床版の長期モニタリングに関する研究

大野 健太郎,宇治 公隆,上野 敦

東京都が管理する橋梁には,国の重要文化財である清洲橋や永代橋があり,これらの橋梁は供用後 80 年を

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超えて健在である.また,これらの床版にはバックルプレート床版(BP 床版)が採用されている.BP 床版

の耐荷性能や疲労耐久性に関しては,十分に解明されていない現状にあり,そのモニタリング手法も確立さ

れていない.本研究では,清洲橋実物大モデルの供試体を作製し,輪荷重走行の損傷を受ける BP 床版を対

象にアコースティック・エミッション法(AE 法)および弾性波法を適用し,非破壊検査による BP 床版の損

傷程度の把握および今後の維持管理を戦略的に実施するための基礎検討を行った.

(10) 砂の粒子破砕

吉嶺 充俊

幅広い拘束圧・せん断ひずみレベル条件での様々な砂の粒子破砕を定量的かつ簡易に評価する手法を提案

し,これを定常状態モデルに組み込むことにより,砂の粒子破砕がせん断変形やせん断強度に与える影響の

予測を試みた.

(11) 地震で崩壊した盛り土の土質試験

吉嶺 充俊

地震で崩壊したダム盛り土から採取した不攪乱砂質試料の密度を詳細に調査し,同じ砂の非排水せん断試

験結果と比較検討することにより,ダム盛り土の液状化抵抗が著しく不足していたことを示した.

(12) 標高の高い山岳崩壊斜面における地盤内間隙水圧と温度・雨量の測定

吉嶺 充俊

山岳地域の急傾斜地での4年間にわたる現地調査に基づく雨量や積雪と土中水分量の相関等を整理すると

ともに,河川での土砂運搬による砂礫の粒子強度の変化,およびフィルターダムの土砂の分級機能に関する

研究を実施した.

(13) 逗子地域の不整形地盤の地震観測と地震応答特性に関する研究(継続)

小田 義也

逗子地域の不整形地盤を対象に水平アレーおよび鉛直アレー地震観測(地表 5 地点,地下1地点:-26m)を

実施している.今年度は建物データのデータベース化を行うとともに,建物の地震被害推定を行い,地震危

険度マップを作成した.

(14) ニューラルネットワークを用いた屈折法データのトモグラフィ解析

小田 義也

屈折法データのトモグラフィ解析において,ニューラルネットワークによる最適化手法を導入した.今年

度は解析精度の向上を目指し解析手順に改良を加え,数値実験によりその効果を確認した.

(15) 常時微動データを用いた木造住宅の耐震性能評価

小田 義也

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常時微動を用いて簡易に木造住宅の耐震性能を評価するための基礎的研究を実施した.本研究では,常時

微動観測から得られる住宅の固有周期と減衰から耐震性能の指標である Iw 値を推定する回帰式を提案した.

(16) 高密度地震観測のための小型地震計の開発(継続)

小田 義也

地震波は地下の地質や地形により複雑に変化しながら伝播するため,地震による被害は局所的に生じる場

合がある.このような地震被害を軽減するためには,地震波の伝わり方を実測することが重要であり,その

ためには従来に比べ桁違いに多くの地震計を設置する必要がある.そこでわれわれは小型で安価な地震計の

開発を行っている.今年度は波形記録保存機能を追加するとともに実観測を開始した.

(17) 地震前後におけるスペクトル比の経時変化に関する研究

小田 義也

内陸地震発生前後に観測された地震動を比較してそれらの特性変化の有無を調べた.その結果,断層走向

方向成分の地震動特性が本震前後で変化している可能性が示唆された.特性のばらつきにも変化がみられた.

今後これらの結果の有意性を確認すると伴に,地震動特性の変化の原因について検討を進める.

(18) 拡散波動場理論に基づく逆解析

小田 義也

近年提案された拡散波動場を仮定した地震動 H/V の理論計算手法を用いて 1次元インバージョン手法の開

発を行った.数値実験,そして,KiK-net で観測された実地震データに対して開発手法を適用した結果,従来

手法に比べ高精度な結果を得ることができた.

(19) 地震動の差分データを用いた詳細震度分布の即時推定手法の開発

小田 義也

地震時に地震計のない地点の震度を把握するために,ニューラルネットワークを用いた推定手法を開発し

たが,学習データに含まれないデータ,すなわち未経験の大地震への適用性に問題があった.そこで本研究

では,震度そのものではなく,震度推定に用いる基準点との差分データを学習に用いる方法を採用した.東

北地方太平洋沖地震に適用した結果,従来法に比べて良好な精度で震度推定を行うことができた.

(20) 小笠原父島における地盤特性に関する基礎研究

小田 義也

東京都小笠原町父島の地盤増幅特性を評価するため常時微動観測を実施した.今年度は二見港周辺 11地点

及び奥村周辺 4 地点の合計 15 地点で計測を行った.二見港周辺の H/V スペクトル比は 1Hz〜5Hz にピークを

持ち,奥村周辺の H/Vスペクトル比は 2Hz〜3Hzに存在することが明らかになった.

(21) 長野県神城断層地震被災地における地盤調査

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小田 義也

2014 年 11 月に発生した神城断層地震の被災地である長野県白馬村において建物被害調査および常時微動

観測を実施した.被害が大きかった堀之内地区では 1Hz 付近に微動 H/V の明瞭なピークが存在し,北へ約 5km

離れた白馬村役場の H/V と明らかに特性が異なることがわかった.

(22) 据え置き型振動センサを用いた人の行動同定

小田 義也

岩手県では少子高齢化や自然災害の激化が進行しつつあり,住民の見守りや災害時の避難・救助活動に関

する効率的な取り組みが喫緊の課題となっている.本研究開発では,住居に設置した高精度 MEMSセンサの加

速度情報を用いて,人の行動パターンや住居の振動特性を表す信号を実測し,その振動データから居住者の

行動や住居の危険度・被災度を把握し,異常を検知・警報可能とする住居見守りセンサーネットワーク技術

の確立を目指している.

(23) 新設時の山岳トンネル覆工の長寿命化に向けた養生管理システムの開発と実用化

西村 和夫,土門 剛

1999 年に発生した鉄道トンネルの覆工コンクリート剥落事故を契機に,覆工コンクリートの品質確保に社

会的関心が高まった.覆工コンクリートに求められる品質は,長期耐久性である.この耐久性を確保し,ト

ンネルを長寿命化するために,維持管理が行われる.

新設時の覆工コンクリート施工は,一般のコンクリート構造物と異なり,セントルを用いた吹き上げ方式

により打ち込まれるため,アーチ天端部や断面変化部などの施工では十分な締固めができずに背面空洞やコ

ールドジョイントが発生し易い.また,トンネル内は,必ずしも高湿度環境ではないことが分かってきてい

る.そのため,乾燥収縮によるひび割れが発生し易くなる.本研究では,材料,打設,養生等に関して,新

技術を開発しそのいくつかを室内実験,試験施工として試み,その効果について検討を継続している.

(24) 既設開削トンネルにおける免震対策工法の数値解析

西村 和夫,土門 剛

既設や新設の開削トンネルに対する免震対策工法の一つに免震壁がある.この免震壁について,免震材を

トンネルの側面に沿って深く,幅の狭いスリット状に,しかも連続的に配置する必要があることから,施工

性に課題があることがわかっている.本研究では施工性を優先した免震対策工法の選択肢を増やす目的とし

て免震杭に着目している.免震杭による免震工法は施工事例が一件あるが計測もされておらず,十分な検証

がなされていない.そこで,免震壁や免震杭といった配置形状の違いが免震効果にどのような差異をもたら

すのか,また免震杭でも免震壁と同等の免震効果を発揮できる配置条件とは何かを見出すことを目的として

数値解析を行っている.現在,地盤条件の急変部を通過する矩形トンネル側方に免震材を設置し,数値解析

による免震効果の検討を行っている.

(25) 地震時挙動における静的解析法の妥当性の検討

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西村 和夫,土門 剛

トンネルの耐震性能評価には簡便に使用できる静的解析がよく用いられるが,その静的解析結果と動的解

析の動的挙動との差異について十分には知られていない.そこで,本研究では静的解析と動的解析で得られ

る地下構造物の断面力の結果の比較をおこなうことで,静的解析法の妥当性の検討を行った.その結果,両

解析手法による解析結果の差異はほとんど生じないことが明らかとなり,本研究の限りでは実務においては

静的解析を行うことが効率的であるという結論に至った.また,本研究では構造物の節点力に着目して静的

解析で用いる作用動土圧の視点から各解析手法の評価をおこなっている.

(26) 不整形構造を有する地盤でのトンネルの地震時挙動

西村 和夫,土門 剛

過去のトンネル覆工の地震被害例をみると,成層地盤における地震時応答では起こりえない変形モードに

起因すると考えられる覆工被害が報告されている.本研究では,それらの被害例を踏まえ,実際の地質の急

変や,断層を想定した不整形地盤をモデル化した数値解析を行ない,従来の成層地盤モデルに位置するトン

ネルとの地震時の挙動を比較した.その結果,不整形地盤に位置するトンネルでは,成層地盤に位置するト

ンネルよりも大きな最大軸力が発生した.また,最大断面力の発生方向は,成層地盤では,アーチ肩部など

の 45 度方向に発生しているのに対して,不整形地盤の発生方向は,45 度方向から天端方向に回転した.さ

らに,天端部に発生する最大断面力は,成層地盤に位置するトンネルの数十倍の値が不整形地盤に位置する

トンネルで生じた.

(27) トンネルデータベースの構築と国内トンネルの現況

西村 和夫,土門 剛

トンネル建設の投資動向,用途別の発注状況,トンネル建設工法,補助工法の選択の経年による傾向はト

ンネル技術の経時変化や社会の技術に対するニーズの変化を示している.この技術に対する社会のニーズの

変化はこれからのあるべき技術の方向性もしくは開発すべき方向を指し示している.その意味でデータベー

スによる傾向分析はきわめて重要であるが,本研究は始まったばかりであり,データベース構築途上にある.

(28) 曲面切羽における鏡補強工の効果に関する底面摩擦実験および数値解析

土門 剛,西村 和夫

NATM によるトンネル施工において,最も重要となるのは切羽の安定性を確保することである.しかし,

地山が脆弱になるほど切羽安定を図るための補助工法や掘削工法に時間とコストをかけなければならない.

それを克服するひとつの方法として,切羽安定を確保しつつさらには補助工法を低減できる可能性を有する

曲面切羽による掘削工法に着目した.

本研究では,脆弱な地山として未固結粒状体地山を想定し,底面摩擦模型実験により曲面切羽の安定性を

検証してきている.今年度は,模型実験による計測結果と個別要素法(DEM)による数値解析の結果とを比

較することにより,まずは DEM の底面摩擦模型実験への適用性の検討を行った.その上で,より安定性の

優れた切羽形状を見出すために, DEM により種々の切羽形状の解析を実施した.

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一連の結果から,未固結粒状体地山においては,鏡吹付けコンクリートを施して鏡面の連促成を保つこと

ができれば,曲率を有する切羽形状が最も安定することを明らかにした.今回実施したケースではとりわけ

円弧形状が優れていることを見出した.

(29) 供用時における複合構造インバート施工によるトンネル変状対策

西村 和夫,土門 剛

供用後にトンネルの路盤が盤膨れを起こし,トンネルの安定性,走行性に問題が生ずることがある.抜本

的な対策は路盤下を掘削してインバートを施工することであるが,トンネル区間だけでなく,その前後区間

も通行規制しなければならない.そのような背景から,供用中トンネルの通行止めができない条件下でのイ

ンバート施工が可能なコンクリート中詰め鋼管による複合構造インバートを考案した.

本研究では,複合構造インバートの実現可能性を評価するため,複合構造インバートの最適な施工過程を

提案することを目的とした.最適施工過程を見出すため,三次元FEMを用いて 3ケースの数値解析を行った.

ケース 1 とケース 2 で掘削順序による影響を検討し,ケース 3 で覆工下部に足付けコンクリートを先行施工

し補強を行う優位性に関して検討した.その結果,複合構造インバート施工のための地盤掘削の前に覆工下

部の補強を行った方が覆工にかかる主応力が軽減されるということがわかった.一方,足付けコンクリート

とインバート部の応力を見ると覆工下部の補強を行ったことで応力が増大すること等を明らかにした.

(30) 3ヒンジカルバートの地震時挙動

西村 和夫,土門 剛

盛土区間でのカルバートの多くは,現場で鉄筋から組み上げて施工するボックスカルバートで作られる.

しかし,工期の短縮や工費の節約のために,工場で作成したアーチ部材を現場で組み立てる 3 ヒンジアーチ

カルバートが導入されている.アーチカルバートは左右交互に組み立てられ,徐々に埋設されていくため,

柔軟性に富んでいるが,2011 年の東北地方太平洋沖地震では地震被害を受けた.しかし,3 ヒンジアーチカ

ルバートの地震時挙動は明らかになっていないため,その被害原因を特定することが難しい.これは,今後

の補強や再構築を行う上で重要な課題となっている.

本研究では,3 ヒンジアーチカルバートの地震時挙動特性を明らかにすることを目的としている.3 ヒンジ

アーチカルバート本体,基礎部,地盤および盛土を三次元 FEM でモデル化し,動的解析を行うことにより,

地震時のカルバートの挙動の検証を行った.その結果,カルバートの基礎的な挙動特性を明らかにできたと

ともに,地震被害が顕在化したアーチ肩部,クラウン部被害要因に関する知見も得られた.

(31) 数値解析における支保工モデルの妥当性

土門 剛,西村 和夫

都市部の NATM では,掘削による周辺への影響を事前に精度よく把握することが重要であり,影響予測手

法には,FEM がよく用いられる.しかし,NATM における支保工のモデル化によっては実現象よりも効果が

過大となる等の問題が指摘されている.

そこで本研究では,これまでに数値解析に適用されている種々の支保工モデルについて,実現象を適切に

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表現しうるのかという視点から,数値解析結果と模型実験との比較検証を試みることとした.その第1段階

として,本報告では,支保工挙動を小規模の模型実験でも再現しうる支保工モデルの材料選定および材料物

性試験を実施した.さらに選定したモデル材料を用いて模型実験を試み,数値解析との比較を行った.今回,

吹付けコンクリートモデルの材料として木質粘土に着目し,それがコンクリートに似た破壊挙動を示すこと

を物性試験等で明らかにした.また,ボルトモデルは直径 0.3mm のピアノ線が有利であることも確認した.

これらの支保工モデルで模型実験を実施した結果,木質粘土は載荷圧に比例して変形を伴い,ある一定の

値に達すると破壊した.これより,トンネルの内空変位にともなう吹付けの破壊挙動をうまく再現できた.

一方,FDM による解析を2,3ケースの数値解析モデルで試みたところ,いずれも模型実験よりも早い段階

から変形が始まり塑性してしまうという結果となった.

(32) 上部開削の影響を受けるトンネルの簡易設計モデル

土門 剛,西村 和夫

近年,都市の再構築等により,開削トンネル構築や建築物基礎の構築のための地下構造物直上部開削や地

下構造物近傍に別の構造物の構築など,既設地下構造物が除荷を受けるケースが増えている.除荷を受ける

地下構造物の影響評価のため,トンネル覆工のフレーム解析モデルによる数値解析が用いられることもある

が,既設トンネルが除荷を受ける場合には除荷荷重や地盤物性の算定方法(荷重・地盤モデル)が確立され

ていない.

本研究の目的は,トンネル構築後の除荷作用を受ける供用後に受ける特殊荷重だけでなく,主荷重などの

一般荷重をもフレーム解析に適用することのできる一貫した設計モデルの開発である.今年度は,地上部開

削時の除荷過程を考慮した荷重・地盤モデルによるトンネル覆工のフレーム解析を実施し,実挙動を比較的

再現しやすい FEM 解析との比較検討を試みることによりその有効性を検討した.その結果,比較的硬質な地

盤での荷重・地盤モデルを明らかにすることができた一方,地盤が軟弱になるほど FEM 解析とフレーム解析

との差違が生じることを明らかにした.