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ISSN 1346-9029 研究レポート No.411 November 2013 我が国におけるベンチャー企業の M&A増加に向けた提言 -のれん代非償却化の重大なインパクト- 主任研究員 湯川 抗 公認会計士 木村 直人 (監査法人アヴァンティア 代表社員)

No.411 November 2013 - FujitsuISSN 1346-9029 研究レポート No.411 November 2013 我が国におけるベンチャー企業の M&A増加に向けた提言-のれん代非償却化の重大なインパクト-主任研究員

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ISSN 1346-9029

研究レポート

No.411 November 2013

我が国におけるベンチャー企業の

M&A増加に向けた提言

-のれん代非償却化の重大なインパクト-

主任研究員 湯川 抗

公認会計士 木村 直人

(監査法人アヴァンティア 代表社員)

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我が国におけるベンチャー企業の M&A 増加に向けた提言

―のれん代非償却化の重大なインパクト―

主任研究員 湯川 抗

[email protected]

公認会計士 木村 直人

(監査法人アヴァンティア 代表社員)

【要 旨】

1.我が国において、ベンチャー企業の成長を阻害している要因のひとつは、大企業による

ベンチャー企業の M&A が少ないことであろう。M&A を容易にすることは、ベンチャ

ー企業の成長を促すだけでなく、大企業が社外で生まれたイノベーションを迅速に取り

込むことを可能にするため、日本経済の成長に大きく寄与する可能性がある。本稿は、

M&A を促進する会計制度のあり方として、買収の際に発生する「のれん代」を非償却

とすることを提言するものである。

2.ベンチャー企業を買収する場合、のれん代は高額になる。これは、将来の成長性等を見

込んで買収を行うため、買収価額の大半がのれんとして計上されるためである。我が国

においては、のれん代を 5 年で規則償却する場合が多いが、毎年多数のベンチャー企

業を買収する大手 ICT 企業の多い米国では、のれん代は非償却とされている。

3.本稿では、Google、IBM、Oracle、HP の 4 社に関し、過去 10 年間の業績、主な M&A

案件、及び総資産に占めるのれん代の割合の推移等について分析したうえで、これらの

企業が、仮に M&A において発生したのれんを、我が国同様の規則償却した場合の業績

への影響に関してシミュレーションを行った。

4.分析結果からは、近年のれん残高と、総資産に占める割合が急増していることが判明し

た。いずれの企業も M&A を推進しているため、のれんの残高が急速に増加しており、

総資産の 30%を占める企業もある。また、規則償却を行った場合、償却負担は非常に

大きいことも明らかになった。収益性の高い企業ですら、10%から 20%程度の利益の

減少を招く上、企業によっては年度の純利益の半分が喪失する場合もあり、その影響は

極めて重大である。企業の国際競争力の観点からも、のれん代は非償却とすべきである。

キーワード: ベンチャー企業、M&A、のれん代、会計制度

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目 次

1. はじめに ................................................................................................ 1

2. ベンチャー企業の M&A ........................................................................ 3

2.1. IBM の買収案件 ....................................................................................................4

2.2. Google の買収案件 ................................................................................................5

3. M&A で生じるのれんの会計処理概論 ................................................... 8

4. 競争条件の違いとしてののれんの取扱い ............................................ 10

4.1. のれんを純化する PPA(Purchase Price Allocation) .....................................10

4.2. のれんの会計処理が与える影響 ..........................................................................13

5. ケーススタディ .................................................................................... 16

5.1. 調査・分析の方法 ................................................................................................16

5.2. 調査・分析の全体像 ............................................................................................17

5.3. Google .................................................................................................................18

5.4. IBM .....................................................................................................................21

5.5. Oracle ..................................................................................................................23

5.6. Hewlett Packard(HP) ...................................................................................25

5.7. 調査・分析結果の総括 ........................................................................................27

6. まとめ .................................................................................................. 28

参考文献 ........................................................................................................... 30

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1. はじめに

日本経済の再生に向けた「3本の矢」のうち、成長戦略を担う「日本再興戦略-JAPAN is

BACK-」が平成25年6月14日に閣議決定された。ここでは、日本経済成長への道筋の一つ

として「新陳代謝とベンチャーの加速」が挙げられている。確かに、ベンチャー企業が次々

と生まれて成長すれば、我が国の経済成長に大きな影響を与えることができるだろう。

短期間に急成長してグローバルに事業展開を行うような我が国のベンチャー企業は数少

なく、このこと自体が経済活動の停滞を招いてきたと捉えることもできる。特にICT産業に

おいては、現在世界を牽引しているのは1990年代後半以降に生まれた企業であり、我が国

の大企業からみれば、未だにベンチャー企業ともいえるだろう。ベンチャー企業の成長は、

雇用の観点からも我が国経済にとって重要な課題であると共に、産業競争力という観点から

みても対策を講じるべき問題である。

本稿は、ベンチャー企業の振興策を提言し、我が国成長戦略のあり方に寄与することを

目的とする。具体的には大企業によるベンチャー企業のM&A増加を促すための施策として、

M&Aの際に発生する「のれん」を非償却とすることを提言する。

一般にベンチャー企業は、新規株式公開(IPO)あるいはM&Aを通じて、投資家に対し

てキャピタルゲインをもたらす。これらはExitと呼ばれるが、Exitに関する計画がなければ

投資を受けること自体が困難になるため、経営陣は事業を成長させるためにExit Plan、つ

まり将来的にIPO、M&Aのどちらを目指すのかを明確にすることが求められる。しかし、

我が国においては実質的にはIPO以外のExitはほとんど存在せず、このことはベンチャー企

業のエコシステム全体の発展を阻害する最大の要因といえよう(湯川、2011)。

大企業によるベンチャー企業のM&Aを促すためには、買収に至る以前に、CVC

(Corporate Venture Capital)やベンチャー企業とのアライアンスの活性化等を通じ、大

企業がベンチャー企業との間に問題意識やスピード感の共有を図ることは重要であろう。ま

た、個々の大企業が、社内で行うべき事業と社外の資源を活用すべき事業とを明確に分類し

て将来の戦略を構築することも望まれる。そしてこうしたことを行うためには、経営陣の意

識改革まで求められるだろう。これらのことは、これまで複数の研究成果を基に論じられ続

けてきた(湯川、西尾、2012)。実際に、我が国大企業においても、オープン・イノベーシ

ョンをはじめとする、社外の資源の有効活用に関する概念は浸透しつつあるとも考えられる

が、大企業が自らこれまでの行動様式を大きく変化させることは、過去の成功体験そのもの

を否定して事業戦略を考えなければならないため、大きな困難を伴うと考えられる。

新たな成長戦略が求められる現在、制度の変更を通じて、政策当局の意図を明確にする

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ことは、企業の内部から変革することが困難な、大企業の行動様式を変化させ、社外資源の

活用を促すことになる可能性がある。こうした制度の観点から考えれば、後述するように、

「のれん」を会計制度上、非償却にすることはM&Aに対する企業の考え方を変化させる大

きなきっかけとなると考える。

M&Aが制度的に容易になれば、大企業の事業戦略にも大きな影響を与える可能性がある。

ベンチャー企業を買収するのは、一般的には既存の大企業である。M&Aにより社外で生ま

れたイノベーションを迅速に活用できる大企業が増加すれば、大企業の成長も促すことがで

きるだろう。

M&Aの際の会計処理に関しては、成長戦略の議論が進む中、これまで複数の提言がなさ

れており、これらはいずれも「のれん」の非償却処理を提言している。日本ニュービジネス

協議会連合会、日本ベンチャーキャピタル協会、日本ベンチャー学会は、2013年4月に三団

体緊急提言として、「21世紀型の新たな成長戦略に向けて 高付加価値型ベンチャー企業の

簇業(そうぎょう)」とする報告書を公開しているが、ここでも、M&Aの際の「のれん」を

非償却とする会計処理が提言されている1。また、自由民主党日本経済再生本部による中間

提言(平成25年5月10日)では、「のれん」を非償却資産とするか、若しくは「のれん」の

一括償却を認め、その際には「特別損失」として計上する選択肢を企業に与えることを提言

している2。このように、「のれん」の会計処理に関する問題意識はベンチャー振興に関わる

団体だけでなく政党も共有しているといえよう。

しかし、一方で、「のれん」を会計制度上、非償却にすることがもたらす影響に関しては、

具体的なデータを基に議論が進んでいるとはいえない。本稿では、大企業がM&Aによりベ

ンチャー企業を買収する際に生じるのれん代の償却が、いかにM&Aの阻害要因になりえる

のかを、具体的な企業のデータを基に検証する。

M&Aを行う際に買収価格と買収対象企業の純資産額との間に差額として生じる「のれん」

については、その会計上の取扱いが我が国と欧米との間で大きく異なっている。日本では規

則的に償却を行うのに対して、米国基準や欧州で適用されている国際財務報告基準(IFRS)

では、非償却扱いとされている。

以下では、これら会計処理の考え方についてその概要を整理するとともに、会計処理の

違いによる財務的影響と企業のM&A戦略に与える影響について、いくつかの事例を挙げて

検討を加える。

本稿はのれんを償却すべきか否かについての理論的な優劣を論じるものではない。あく

1 三団体緊急提言 http://www.nbc-japan.net/documents/teigen2.pdf 2 自民党日本経済再生本部 中間提言

https://www.jimin.jp/policy/policy_topics/pdf/pdf100_1.pdf

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までも、我が国と欧米とで「のれん」の取扱いが異なるという事実と事例を基にしたデータ

分析を通じ、「のれん」を非償却とする会計処理が、我が国におけるベンチャー企業のM&A

の増加につながる可能性が高いことを議論するものである。なお、本稿は「のれん」の会計

処理に関する問題を、より明確に論じるために、イノベーションのスピードが速く、M&A

が活発に行われているICT産業を中心に論じるものとする。

2. ベンチャー企業の M&A

図表 1は2008年から2012年までの間に米国においてVenture Capital(VC)が投資を行

ったベンチャー企業のExitの件数を、IPOとM&Aに分けて示したものである。2009年はリ

ーマンショックに端を発する不況のため、M&Aの件数は少ないものの、それ以外は、毎年

400件を超えるM&Aが成立しており、例年IPOを大幅に上回るExitをベンチャー企業に供給

している。また、金額でみてもM&Aは毎年IPOを大きく上回っている。

図表 1 米国における IPO と M&A の推移

出所:Thomson Reutersのプレスリリースを基に筆者作成

こうした米国のデータと完全に比較可能な我が国におけるベンチャー企業のExitに関す

るデータは存在しないが、毎年財団法人ベンチャーエンタープライズセンターが公表してい

る「ベンチャーキャピタル等投資動向調査報告」をみると、我が国では毎年Exitの手段とし

てはベンチャー企業がIPOに至って初めて投資家にリターンが生まれるケースが多く、実質

的にはベンチャー企業のExitの手段としてはIPOしか存在していないと考えてよいだろう

422360

544498 479

7

13

70

5149

0

100

200

300

400

500

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700

2008 2009 2010 2011 2012件数

M&A IPO

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(長谷川、2010)。

このような問題点は、既に公に認識されており、2008年に公開された経済産業省の「ベ

ンチャー企業の創出・成長に関する研究会最終報告書」においても、我が国においてはM&A

が少ないことを指摘し、IPO至上主義からの脱却が必要であるとしている。

また、M&Aの活性化は、イノベーションのスピードが速いICT産業においてはベンチャ

ー企業のExitを増加させるだけでなく、買収を行う企業の競争力を高める可能性も高いだろ

う。以下では、積極的にベンチャー企業の買収を行うIBMとGoogleにおける近年のベンチ

ャー企業の買収案件を分析することで、大企業にとってのM&Aの重要性を考察する。

2.1. IBM の買収案件

近年のICT業界は大手ICT企業が自社のクラウド環境の充実を目指すためのベンチャー

企業の買収が数多く行われている。特にIBMは自社の展開するビジネス分析用のプライベ

ートクラウド環境の完成度を高めるための買収を繰り返していると考えられる。

図表 2は、クラウドコンピューティングがICTビジネスのメインストリームになりつつあ

った2008年から2011年までのIBMのベンチャー企業買収案件を整理したものである。4年

あまりの間に、ベンチャー企業だけで40社近くもの企業買収を行っている。また、買収先

のベンチャー企業の事業内容から考えると、データセンタ関連、セキュリティ、システム統

合、自動化等、自社のクラウド環境の充実のための案件が目立っており、自社開発+αの部

分に関してベンチャー企業で開発された技術を積極的に獲得しようとしていることがわか

る。

図表 2 IBM によるベンチャー企業の買収案件

日付 買収したベンチャー企業 事業内容

2008年 1月 XIV エンタープライズストレージ

2008年 1月 AptSoft Corporation ビジネスインテリジェンス

2008年 1月 Solid Information

Technology

データベースソフトウェア

2008年 2月 Net Integration

Technologies Inc.

ビジネスサーバーソフトウェア

2008年 4月 Telelogic AB ELM分野のソフトウェア開発。ソフトウェア部門などに統合

2008年 4月 Diligent Technologies データ複製

2008年 4月 FilesX アプリケーションリカバリーソフトウェア

2008年 4月 InfoDyne Corporation ソフトウェア、データフィード・コネクター

2008年 5月 Encentuate, Inc. エンタープライズシングルサインオン

2008年 7月 Platform Solutions メインフレーム技術

2008年 7月 ILOG BPMマネジメント、IBMソフトウェア部門などに統合

2008年 11月 Transitive 仮想化ソフトウェア

2009年 1月 Outblaze's E-Mail Service

Assets

オンラインメッセージングおよびコラボレーションソフトウェア、

香港

2009年 5月 Exeros Assets データ発見ソフトウェア

2009年 7月 Ounce Labs ソースコード分析

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2009年 9月 RedPill Solutions ビジネス分析ソフトウェア(顧客情報の分析ソフト)開発

2009年 11月 Guardium DB監視ソリューション(データベースセキュリティ、リアルタイムの接続遮断やアラート通知等)提供

2009年 12月 Lombardi BPM ソフトウェア(ビジネス・プロセス自動化による企業の意思決定やコスト効率の向上のためのソフト)開発

2010年 1月 National Interest Security

Company, LLC

公共部門コンサルティング(政府への情報管理ソリューション)提供

2010年 2月 Initiate Systems データ統合ソフトウェア(異なるシステム間にまたがるヘルスケア情報の処理ソフト)開発

2010年 2月 Intelliden Inc. ネットワーク自動化ソフトウェア(ハブ、ルータ、スイッチの構成の自動化と最適化ソフト)開発

2010年 3月 Cast Iron Systems クラウドインテグレーション(クラウド基盤や SaaS アプリケーションの他社システムとの統合)技術開発

2010年 3月 Sterling Commerce ビジネスソフトウェア(B2Bデータ統合ソフト)開発

2010年 6月 Coremetrics ビジネス分析(インターネット経由の消費者調査)

2010年 7月 BigFix, Inc. IT 管理プラットフォーム(データセンタ向け総合的な IT イ

ンフラ管理ツール)提供

2010年 7月 Storwize データ圧縮技術(リアルタイムのデータ圧縮、解析アプリケーションで使用可能な状態にする技術)開発

2010年 8月 Datacap データキャプチャおよびコンテンツ管理ソフトウェア

2010年 8月 Unica Corporation 市場計画ソフトウェア

2010年 8月 OpenPages 統合されたリスク管理ソリューション

2010年 9月 BLADE Network

Technologies

ワークロードの仮想化および管理用ソフトウェア

2010年 10月 PSS Systems 法的リスク管理

2010年 10月 Clarity Systems 財務管理

2011年 3月 TRIRIGA Inc ファシリティ管理

2011年 8月 i2 インテリジェンス・アナリティクス

2011年 9月 Algorithmics Inc. リスク管理

2011年 12月 DemandTec クラウド・アナリティクス・ソリューション

2011年 12月 Emptoris 支出、サプライヤー、契約などの管理において、情報に基づいた調

達やサプライチェーン業務を実現する、アナリティクス・ソフトウ

ェアの開発

出所:IBMのプレスリリース等各種公開情報を基に筆者作成

無論、これらの買収が実際にIBMの成長にどの程度寄与するのかは時を待たなければな

らない。しかし、短期間にこれだけの案件をまとめることのできるIBMの方法論には日本

の大手ICT企業も大いに学ぶべきであろう。

先にみたように米国では、ベンチャー企業のExitは毎年M&AによるものがIPOを大きく

上回っており、起業家も大企業による買収を望む傾向がある。したがってIBMの方法はベ

ンチャー企業にとってはVC経由の資金供給だけでなく、IBMによる買収可能性を生み出し、

VCにはIBMからの資金の獲得と出口戦略の明確化というメリットをもたらす。そしてIBM

にとっては自社に必要な技術・サービスをもつベンチャー企業に関する情報収集と自らが望

む方向への技術開発やビジネス展開を促すことができる。

2.2. Google の買収案件

我が国大手ICT企業から見れば、IBMによるベンチャー企業の買収は非常に意欲的であり、

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積極的にベンチャー企業で生まれたイノベーションを活用しようとしているように見える

だろう。しかし、ICT産業においては、企業買収によって、外部のイノベーションを迅速に

自社の製品やサービスに組み込むという方法が一般的に行われている。こうした、外部で生

まれたイノベーションを最も積極的に取り込もうとしている企業の代表例として挙げられ

るのがGoogleであろう。同じ期間でみればGoogleもIBMとほぼ同数のベンチャー企業を買

収しているが、買収したベンチャー企業を迅速に自社のビジネス領域に取り込むと共に、ベ

ンチャー企業の技術を活用して新たなビジネス領域の開発に成功している。

図表 3は、1998年の創業から2011年までの間にGoogleが行ったベンチャー企業の買収案

件を整理したものである。Googleの主力ビジネスが広告であるため、買収したベンチャー

企業はコンシューマー向けビジネスに関連するものが多く、事業内容はIBMの買収したベ

ンチャー企業よりもわかりやすいといえるだろう。

図表 3からは、Blogger(2003年)をはじめ、Picasa(2004年)、Android(2005年)、

YouTube(2006年)といった、現在Googleが展開するサービスの中でも主要なものが、元々

はベンチャー企業によって開発されたものであったことがわかる。創業から10年も経過し

ていない時点において、今でこそ、その価値を理解できるAndroidのような企業を買収して

いる点は、Googleの先見性を示している。

また、Keyhole(2004年)はGoogle Map、Google Earth、Urchin(2005年)はGoogle

Analytics 、Upstartle(2006年)はGoogle Drive、JotSpot(2006年)はGoogle Sites、

GrandCentral(2007年)はGoogle Voice、Instantiations(2010年)はGoogle Web Toolkit

といった新たなサービスへと統合されている。これらは、Blogger、Android、YouTubeの

ように、開発したベンチャー企業の製品名を冠したものではないため、ベンチャー企業のも

のであったかわかりづらいが、いずれも現在Googleの提供するサービスをユーザーに受け

入れやすくするために貢献していると思われる。

更に、Panoramio(2007年)、Postini(2007年)、Zetawire(2010年)、SayNow(2011

年)、Fflick(2011年)といったベンチャー企業も、Google EarthやYouTube等、既存のサ

ービスを拡充するために買収されたものとみることができる。

もちろん、これらはGoogleが現在展開するサービスとの関連から、明示的に買収の目的

がわかるものであるが、これら以外にも、買収されたベンチャー企業の製品、サービス、あ

るいは開発チームの技術力がGoogleのサービスに何らかの形で貢献している可能性は高い

だろう。

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図表 3 Google によるベンチャー企業の買収案件

日付 買収したベンチャー企業 事業内容

2003年7月 Pyra Labs Blogger(ブログサービス。共同創業者のEvan Williamsは

twitterの共同創業者)を獲得

2004年7月 Picasa 画像管理ソフトの開発。Picasa ウェブ アルバムへ

2004年10月 Keyhole 人工衛星や航空撮影の画像をデータベース化したソフトの

販売。Google Map、Google Earthへ

2005年3月 Urchin Web解析ソリューションプロバイダー。Google Analyticsへ

2005年3月 dodgeball.com SNS、位置情報利用によるメッセージのやりとりを行う技術開発

2005年8月 Android 携帯電話向けソフトウェアの開発

2006年3月 Upstartle Writely 開発チーム(Ajax ワープロ)を獲得。Google Document(現

在の Google Drive)へ

2006年10月 YouTube 動画共有サービス

2006年11月 JotSpot 企業向けウィキシステム。Google Sitesへ

2007年5月 Panoramio 画像共有サイト。ユーザーはGoogle Earth上に自分たちの写真を配

置することが可能に。

2007年6月 GrandCentral 電話受信管理サービス。Google Voiceへ

2007年7月 Postini セキュリティサービス。セキュリティ機能を Google Apps に組み込

むことで、大企業の顧客層拡大を図る

2007年 10月 Jaiku Web サイトや携帯から、自分の現在の居場所やメッセージを友人や

Web サイトに配信する「アクティビティ配信」および「居場所情報

共有」サービス

2008年 7月 Omnisio ネット動画の再編集サービスを買収

2009年 8月 On2 Technologies 動画圧縮技術

2009年 9月 reCAPTCHA 印刷文字を光学技術で読み取る OCR の強化技術

2009年 11月 AdMob 世界最大のモバイル広告ネットワーク

2009年 11月 Gizmo5 無料 IP 電話ソフト

2009年 11月 Teracent ディスプレイ広告

2009年 12月 AppJet 共同編集エディタ EtherPad の開発

2010年 2月 Aardvark ソーシャル検索

2010年 2月 reMail メールアプリ開発

2010年 3月 Picnik オンライン写真編集サービス

2010年 3月 DocVerse MSOffice コラボレーションプラグインの開発

2010年 4月 Episodic オンラインビデオ配信プラットフォーム

2010年 4月 Plink ビジュアル検索

2010年 4月 Labpixies ガジェット開発

2010年 4月 BumpTop 3D デスクトップ開発

2010年 5月 Global IP Solutions IP ネットワークのためのリアルタイムの音声/ビデオ処理の開発

2010年 5月 Simplify Media iPhone 向けストリーミングアプリ開発

2010年 6月 Invite Media 広告リアルタイム入札サービス

2010年 7月 ITA Software 航空会社、旅行代理店、オンライン予約システム向けフライト情報

の主要提供企業

2010年 7月 Metaweb Technologies 大規模共有型知識データベース Freebase を開発

2010年 8月 Instantiations Java/Eclipse/AJAX の開発、Google Web Toolkit へ統合

2010年 8月 Slide.com ソーシャルゲーム等

2010年 8月 Jambool Social Gold というオンライン決済手段の提供

2010年 8月 Like.com 商品画像検索エンジン開発

2010年 8月 Angstro SNS 関連技術開発

2010年 8月 SocialDeck モバイルゲーム開発

2010年 10月 BlindType モバイル機器向け入力技術

2010年 10月 Zetawire NFC 関連ソリューション、Android へ統合

2010年 12月 Widevine VOD 関連技術

2011年 1月 eBook Technologies 電子書籍プラットフォーム開発

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2011年 1月 SayNow 音声認識、Google voice へ統合

2011年 1月 Fflick 映画評価 SNS、感情分析エンジン、YouTube へ統合

2011年 4月 PushLife モバイルコンテンツプロバイダー、iTunes や Windows Media

Player 用のライブラリを Android や Blackberry の携帯電話に移植

可能にするサービス

2011年 4月 TalkBin 顧客が地域企業に対してすぐにフィードバックするためのプラット

フォームの提供

2011年 5月 Sparkbuy 比較ショッピングサイト

2011年 6月 PostRank ブログのエントリーやニュース記事などに、ソーシャルメディア上

での評価や反応を用いて独自に計算したスコアをつけ、その解析サ

ービスなどを提供

2011年 7月 PittPatt 顔認識ソフトウェアの開発

2011年 8月 Dealmap 地元クーポン情報のアグリゲートサービス

2011年 8月 Meebo ソーシャルツールバー等のサービス開発

出所:Googleのプレスリリース等各種公開情報を基に筆者作成

一般に、イノベーションを生み出すために、企業はR&D活動を行う。「R」は“Research”

(研究)、「D」は“Development”(開発)をそれぞれ意味している。しかし、オープン・イ

ノベーションのコンセプトが一般的になるにつれ、自社での研究を蓄積して製品開発を行う

R&Dよりも、他社によって生みだされた技術を買収(Acquisition)することでイノベーシ

ョンを創出しようとするA&Dを行う企業が生まれている。図表 3からは、Googleが積極的

にベンチャー企業の買収によるA&Dを行っていることが示唆される。こうしたことから、

Googleに事業を売却することを目的に起業するベンチャー企業も生まれている。

ICT産業においては、大企業ではなく、ベンチャー企業が最新のサービスや製品を展開し

ている場合も多いだろう。我が国大手ICT企業にとって、こうした手法は一般的とはいえな

いが、短期に多額の資金をつぎ込み、技術を持つベンチャー企業を買収するA&Dも、視野

に入れるべきである。

3. M&A で生じるのれんの会計処理概論

前章では、世界を牽引するICTベンチャー企業を数多く生み出している米国においてベン

チャー企業のExitは主にM&Aであることを示した。また、ベンチャー企業を積極的に買収

することは、大企業にとってもイノベーションを迅速に取り込み、自社の競争力強化につな

がる可能性があることを考察してきた。このことが我が国大企業にも当てはまるのであれば、

我が国においてもM&Aがもっと活発に行われていても不思議はないだろう。しかし、正確

な統計がないためにデータで比較することはできないものの、実際には我が国において、米

国のように大企業によるベンチャー企業のM&Aは希少である。この理由にはNIH(Not

Invented Here)症候群のような企業文化に近いものから、企業価値の上昇を望む株主から

の圧力のような資本市場のあり方に至るまで、様々なものが考えられる。しかし、先に見た

複数の団体が提言している通り、制度の観点から見た場合、のれんの規則償却は我が国にお

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けるM&Aの活性化を阻害する要因として挙げることができる。

のれんを規則的に償却すべきか、非償却とすべきかは、従前よりM&A会計における論争

の的であり、いまだ議論は決着を見ていない。我が国においては、M&Aによって生じたの

れんは、無形固定資産として資産計上し、20 年以内のその効果の及ぶ期間にわたって、定

額法その他の合理的な方法により規則的に償却することが求められている。一方で、米国基

準やIFRSにおいては、のれんは償却してはならず、毎年減損テスト(のれんの価値が毀損

していないかを確かめるために、回収可能額と帳簿価額とを比較すること)を実施しなけれ

ばならないとされている。我が国においても、規則償却を行いつつ、減損の兆候がある場合

には減損処理の対象となり得るが、欧米においては、減損の兆候の有無に関わらず、毎年の

減損テストが必須であるから、償却を行わない分、減損会計についてはより厳格であるとい

える。

のれんを規則的に償却すべきという考え方の論拠としては、一般的には時の経過による

超過収益力の喪失に求められることが多い。すなわち、のれんは超過収益力を表すものであ

るため、通常は時の経過とともに競争の進展等によって、その価値が減価していくものであ

り、その減価に応じて規則償却するのが合理的であるという考え方である。また、規則償却

を行うことによって、自己創設のれんの計上を防止することができるというのも論拠のひと

つである。自己創設のれんとは、自らの超過収益力を基礎として計上するのれんを指すが、

のれんはM&Aを行った場合にのみ認識されるべきものであり、自己創設のれんを計上する

のは、不用意かつ不健全な会計処理であるという考え方が一般的である。この考え方に照ら

してみても、償却を行わないということは、M&A後においてのれんの価値を維持するため

に費やした費用を資産計上するという、まさに自己創設のれんの計上を行っていることと同

じになるため、規則償却を行うべきとされるのである。

一方で、のれんを非償却とすべきという論者は、次のように意見を展開する。のれんの

価値が減価するとは言っても、必ずしもすべてののれんの価値が減価するとは限らないし、

仮に減価する場合であっても毎期規則的に減価するかどうかはわからない。のれんの耐用年

数や減価パターンは、一般的には予測不可能であり、これらの予測を強制した場合には経営

者による恣意性が介在する可能性が高いし、またそのような恣意性のある償却を行ったとし

ても財務諸表利用者に対して有用な情報を提供することはできない。むしろ、のれんを恣意

的に規則償却することはせずに、のれんの性質として将来の収益力によってその資産価値が

変動するという特性も踏まえて、将来における収益性が低下した場合に、その低下分を減損

処理として反映させる方が、有用な情報の提供につながるという考え方である。

以上が、我が国における規則償却と、米国基準やIFRSにおける非償却のそれぞれの論拠

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であるが、本稿はこれらの会計理論的な優劣を論じるものではない。むしろ、会計ルールも

税制などと同様に、企業にとっての競争条件のひとつになるという点に注目をして、以下で

は、我が国と欧米における会計ルールの違いが、M&Aにおける企業の競争力にどのような

影響を与えているのかを明らかにしていきたい。

4. 競争条件の違いとしてののれんの取扱い

以下では、のれんについてより厳密に論じるために、まずはM&Aにおいて生じる買収価

額と買収対象企業の純資産額との差額についての要因分析を踏まえたPPA(Purchase Price

Allocation)の考え方について説明し、本稿がフォーカスしているベンチャー企業の買収に

おける特徴とのれんの重要性を確認する。その上で、のれんの会計処理の違いが買収を行う

企業に対してどのような財務的影響を与えているのか、またそういった影響が企業のM&A

戦略にどのような影響を及ぼすのかについての仮説を示していく。

4.1. のれんを純化する PPA(Purchase Price Allocation)

PPAとは、そのまま訳すと取得原価(Purchase Price)の配分(Allocation)である。

M&Aを行った場合には、取得原価を識別可能な資産及び負債に配分し、配分しきれなかっ

た残余がのれんとなる(図表 4)。その意味ではPPAはこういった取得原価の配分全般を指

す言葉であるが、実務においてはもう少し狭い意味で使われることが多い。買収対象企業が

有する資産がすべて買収対象企業の貸借対照表に計上されているとは限らない。特に、無形

資産については計上されていないことも非常に多い。例えば、製薬業界におけるM&Aでは

買収対象企業の貸借対照表には計上されていない新薬に関する仕掛状態のR&Dが投資のメ

インターゲットとなることが多い。

M&Aにおいては、買収対象企業の貸借対照表で認識されていなかった無形資産について

も、識別可能なものであれば認識をして、取得原価の配分を行う必要がある。この識別可能

な無形資産(例えば、特許等の技術関連無形資産、商標等のマーケティング関連無形資産、

顧客リスト等の顧客関連無形資産など)への取得原価の配分が、狭義のPPAである。そして、

PPAによって識別可能な無形資産への配分を行った後においても生じる差額が、のれんとし

て計上されることになる。

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図表 4 PPA のイメージ

出所:筆者作成

狭義のPPAが意味するところは、すなわちのれんの純化である。のれんという資産の根

拠は、超過収益力であると一般に言われるが、買収価額を多めに支払うということの背景に

は、買収に伴うシナジー効果を見込んでいたり、現代の会計では資産として認識されない人

的資源への投資という意味合いがあったり、ライバル企業との競争の中でのプレミアムの高

騰など様々な要因が存在している。ある種、曖昧模糊とした様々な要因の集合体がのれんと

いう資産に表現されているのである。

ここで、仮に買収対象企業の貸借対照表に計上されていない無形資産を一切認識しない

とすると、そういった無形資産はM&Aの会計処理において、のれんに包含される形で資産

計上されることとなる。これは、のれんの中に、本来は別個の無形資産として計上し償却を

行うべきものを混在させ、いわば不純物が混ざっている状態を作り出すことにつながる。我

が国のように、規則償却を行うのであれば、最終的には何らかの形で償却がなされるため、

影響は小さいかもしれないが、欧米のようにのれんを非償却としている場合にはそうはいか

ない。本来は別個に償却すべき無形資産が、のれんとして計上されることによって、非償却

扱いとなってしまうのである。したがって、のれんを非償却にするという取扱いは、自然と

識別可能な無形資産をのれんとは切り分けて認識することを要請し、結果としてのれんを純

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化していくことになる。実は我が国でも、同様のルールが企業結合会計の中に存在している

が、のれん自体を規則償却するというルールであるため、実務においては欧米ほどには浸透

していない面がある。

以上がPPAの基本的な考え方であるが、実はPPAはM&Aの意味を明らかにするという特

性も持っている。どういった成長ステージの企業を買収するかによって、識別可能な無形資

産とのれんのどちらにより多くの取得原価が配分されるのかが異なってくるのである。

例えば、成熟企業で一定の収益力や事業基盤を確立している企業を買収する場合には、

一般的に識別可能な無形資産への配分割合が多くなる。つまり、すでに確立している技術に

関する特許権やブランドに関連する商標権、また長年蓄積してきた顧客基盤など、現存する

事業基盤に関連する様々な無形資産が認識されやすく、結果としてのれんへの配分割合は小

さくなりやすい。

一方、ベンチャー企業の買収においては、すでに堅固な事業基盤が確立されているケー

スは稀であり、むしろ将来の成長性や事業シナジー等を見込んで投資を行うことの方が多い

ため、識別可能な無形資産への配分割合は自然に小さくなり、買収価額の大半がのれんとし

て計上されることが多い。

例えば、Googleが2006年に行ったYouTubeの買収と、2012年に行ったMotorola Mobility

の買収について考えてみたい。YouTubeは、世界的な動画共有サイトの運営を行っており、

買収によってGoogleの完全子会社となった。GoogleがYouTubeを買収した時点では、

YouTubeは創業からわずか18カ月しか経っていないまさにベンチャー企業であり、まだほ

とんど売上をあげていない状態であったが、そういった企業に対してGoogleは、動画共有

サービスという極めて将来有望な資源を手に入れるために、16.5億USDもの買収金額を提

示して、ライバル企業に先駆けて同社を買収したのである。

一方、2012年に買収したMotorola Mobilityは金額面でいえば、買収額が125億USDに上

る超大型買収案件である。Motorola Mobilityは、携帯電話等のコンシューマー向けモバイ

ル機器を製造する企業としてある程度のシェアを持つ企業であるが、Googleはスマートフ

ォン用OSのAndroidを中心としたモバイル関連ビジネスを加速させるとともに、Motorola

Mobilityが有する多数の特許を入手する目的で大型買収を行ったと考えられている。

このように、買収の目的も、そして買収対象企業のステージも全く異なるM&Aにおいて、

先に説明したPPAを行った結果、のれんとのれん以外の無形資産への配分割合にどのような

特徴が表れているかを、GoogleのAnnual Reportから入手した情報を基礎に、表としてまと

めたのが図表 5である。

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図表 5 YouTube 買収と Motorola 買収の無形資産配分額

配分対象 YouTube 買収 Motorola Mobility 買収

配分額(億 USD) 割合 配分額(億 USD) 割合

のれん 11.3 87% 25 29%

技術関連の無形資産(特許等) 0.2 2% 55 63%

商標及び顧客関連の無形資産 1.5 12% 7 8%

無形資産への配分合計 13.1 100% 87 100%

出所:GoogleのAnnual Reportを基に筆者作成

このようにみると、先に説明したPPAの意味合いが一目瞭然であろう。創業間もない状

態で、まだ実績をあげていないYouTubeの買収においては、無形資産の中でものれんへの配

分割合が87%と圧倒的に高いものとなっているのに対して、明らかに特許等の技術関連無形

資産の獲得を主要目的としているMotorola Mobilityの買収においては、特許等の無形資産

の計上額が圧倒的に多額である一方、のれんへの配分割合は30%程度に過ぎない。

このように、PPAを適切に行うことは、M&Aの目的や買収対象企業の成長ステージなど

の特徴が会計処理にも反映される上、経営者に対し、何に対していくら投資を行ったのかに

ついての説明責任をより強く求める意味合いもある。また、本稿がフォーカスするベンチャ

ー企業の買収においては、事例におけるYouTubeの買収案件のように、のれんへの配分割合

が高くなりやすいと想定されるため、PPAの考え方を踏まえても、のれんの会計処理がM&A

戦略に与える影響は極めて大きいと考えられる。

4.2. のれんの会計処理が与える影響

PPAによって識別可能な無形資産への配分を行ってもなお、のれんの計上額が多額にな

ると想定されるベンチャー企業の買収において、のれんを償却するか償却しないかは、買収

企業にとって大きな違いとなる。

まずは規則償却するケースについて考えてみたい。のれんを規則償却する場合、その償

却期間について会計基準では「20 年以内のその効果の及ぶ期間」と定めているため、買収

企業は自社にとって合理的な償却期間を見積もらなければならない。この効果の発現期間の

見積りには画一的な判断基準があるわけではない。

例えば、買収対象事業の競争優位が比較的長期間にわたり確保されることが見込まれる

のであれば、超過収益力という効果の発現が長期間にわたると考えられるため、のれんの償

却期間も比較的長期間と見積もられるかもしれない。また、仮に超過収益力の発現が長期に

わたり期待される場合であっても、M&Aの検討過程において、経営者の目線で一定の投資

回収期間を設定している場合などは、その投資回収期間を償却期間として設定することも考

えられる。

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このように、償却期間の設定は会計基準における上限期間である20年を超えなければ、

M&Aの実態に応じて、個々のM&A案件ごとに設定することが可能である。しかし、現実に

は我が国における実務運用の実態として、保守的な会計処理という発想も手伝って5年程度

の比較的短い期間での償却がなされているケースが非常に多い。また、そのような実務慣行

の存在が、一部には5年償却が標準ルールであるという誤解を生み出している面もある。

ベンチャー企業を対象としたM&Aにおいては、短期的な業績面では赤字が継続していた

としても、ビジネスモデルの新規性や将来の成長性を評価して、企業価値評価を行い、買収

の意思決定を行うケースが非常に多い。そういったM&Aにおいては、前述のとおり、将来

性の評価を高く見積もれば見積もるほど、のれんとして資産計上される金額が多額になりや

すい。この場合に、資産計上された多額ののれんを比較的短い期間で償却したとすると、買

収企業の利益は大幅に圧迫されることになる。これは、短期的な業績という形での実績はま

だ出ておらず、赤字が継続している状況において、重たい償却負担がのし掛かるためである。

また、昨今における監査の厳格化といった社会的風潮は、ビジネスの将来性を評価すると言

うよりは、比較的早い段階で赤字という負の実績を減損会計と結びつけて考えがちである。

短期的な目線での業績安定を求めてくる株主の圧力が強い場合には、M&Aの結果に対す

る説明責任を、短期的成果を前提として経営者の意に沿わない形で負わされてしまうことも

あるだろう。このように考えると、のれんを規則償却するという会計ルール、そして比較的

短い償却期間で償却するという慣行が、企業に対してのれん代が多額になるベンチャー企業

の買収を思い留まらせる要因になる可能性は高い。

仮にそうであったとしても、すべての企業が同一の競争条件のもとで戦うのであれば、

それはフェアな状態といえるかもしれない。しかし、現実には我が国の企業のうち米国基準

やIFRSを採用している一部の企業を除いた大半の企業が、欧米企業とは異なる条件下での

戦いを余儀なくされている。

では、欧米企業におけるルールである非償却という取扱いは、企業に対してどのような

影響を与えるのであろうか。当然であるが、のれんを償却しないわけであるから、毎期の業

績を重たい償却負担が圧迫するということは一切ない。その分、減損テストが強制されてい

るため、毎年、のれんの回収可能価額を見積もって、減損の必要がないかどうかを慎重に検

討しなければならず、減損会計の面でいえば企業の実務負担は大きいといえる。ただし、減

損テストにおいては、のれんの回収可能価額を買収対象企業の将来性を踏まえて見積もるこ

とになるため、足下の実績で評価を行いにくいベンチャー企業についても一定の評価を行い

やすい。

つまり、もともと将来の成長性を前提に計上した資産であるのれんを、毎年の決算にお

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いても将来の成長性の見込みがどのように変化したかを踏まえて評価するわけであり、資産

計上の根拠と期末評価の拠り所が極めて整合的であるといえる。もちろん、将来性は不確実

性を含むものであり、時として行き過ぎたバラ色の計画を前提に不適切な資産計上が行われ

るリスクも内包していることも忘れてはいけない。しかし、そういったリスクを差し引いて

考えても、過去の業績というよりは、将来の成長性に着目したベンチャー企業の買収におい

ては、のれんの非償却という取扱いが、将来における成長を見据えた投資という戦略と整合

しており、リスクをとったベンチャー企業の買収を後押しする可能性があることに、より注

目をすべきだろう。

このように考えていくと、のれんを償却するか償却しないかという会計処理の違いは、

もはや会計処理だけの問題ではなく、企業によるベンチャー企業の買収行動に影響を与える

可能性があるという意味で、国家レベルの産業政策の一環として捉えるべきテーマであろう。

もちろん、どちらかの会計処理が明らかに企業実態を正しく財務諸表に反映させることがで

きないものであれば、そういった議論の余地はなく、正しい実態を反映させる会計処理をル

ールとして採用すべきであるが、のれんの会計処理のように、理論的に様々な考え方があり、

どちらの会計処理にも一定の論拠が認められ、制度として成立しうるものであるならば、そ

の選択においては、理論的背景だけでなく、産業政策の観点から議論を行うべきである。

少なくとも現在は、のれんの会計処理について、我が国における規則償却と欧米におけ

る非償却という大きな差異があり、これが企業にとっての競争条件の違いとして働いている

という事実が存在している。これは、国際競争において我が国の企業が不利な条件にさらさ

れている可能性を示唆する。我が国が成長を果たしていくためには、企業活動の活発化は極

めて重要な課題であり、とりわけ有望なベンチャー企業の成長が重要であることは論を待た

ない。ベンチャー企業のExit手段のうちIPO以外の途として、大企業によるベンチャー企業

のM&Aが促進されれば、より多様な形でのベンチャー企業の育成と、成熟した大企業の成

長、そしてそれらは我が国の経済成長につながる可能性がある。

このような観点から、本稿では我が国におけるのれんの規則償却という取扱いが、大企

業によるベンチャー企業の買収を阻害している可能性があり、その一方で欧米企業によって

大胆なベンチャー企業の買収が実現している要因のひとつには、のれんの非償却という会計

ルールがあるのではないかという仮説に基づいて分析を行う。以下では、米国企業の事例を

踏まえて、仮に欧米の有力ICT企業がのれんの規則償却というルールのもとでM&Aを行っ

たとすれば、買収行動にどの程度の影響があった可能性があるのかをデータを基に考察する。

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5. ケーススタディ

米国ではIFRSに先だって、2001年からのれんを非償却扱いとしている。それまでは40

年以内の期間にわたって規則償却するルールとしていたものを、M&Aの会計処理として長

年認められてきた持分プーリング法(対象会社の資産及び負債を帳簿価額で引き継ぐことで

のれんが発生しない会計処理方法)を廃止して、パーチェス法(対象会社の資産及び負債を

時価で引き継ぎ、買収価額との差額をのれんとする会計処理方法)に一本化するに当たって、

同時にのれんの会計処理の取扱いも見直したものである。

そこで、本稿では、既に10年以上にわたってのれんを非償却としている米国において、4

社のICT企業のAnnual Reportやプレスリリース等の外部公表資料から得られる情報を基

に、のれんの会計処理の違いがもたらすインパクトについて分析し、のれんを償却するかし

ないかといった会計処理の違いが、企業のM&A戦略に与える影響について考察する。

5.1. 調査・分析の方法

本稿は、米国において積極的にM&Aを行っている、Google、IBM、Oracle、Hewlett

Packard(HP)の4社を分析対象とする。なお、これらのICT企業の直近2年間(2011年

~2012年)における業績の概要を

図表 6に示した。HPは2012年にのれんの減損により赤字となっているが、それを除けば、

いずれも堅調に利益を計上している。また、いずれの企業も貸借対照表において、多額のの

れんが計上されていることは注目に値する。

図表 6 Google、IBM、Oracle、Hewlett Packard(HP)の業績概要(単位:億 USD)

項目 Google IBM Oracle HP

2011 2012 2011 2012 2011 2012 2011 2012

売上高 379 502 1,069 1,045 356 371 1,272 1,204

営業利益 117 128 210 219 120 137 97 ▲ 111

当期純利益 97 107 159 166 85 100 71 ▲ 127

総資産 726 938 1,164 1,192 735 783 1,295 1,088

現金及び現金同等物 446 481 119 104 162 150 80 113

のれん 73 105 262 292 216 251 446 311

出所:各社のAnnual Reportを基に筆者作成

以下では、分析対象企業の2003年~2012年におけるAnnual Report、プレスリリース等

の開示情報を基に次のような手順で分析を行った。

①過去の業績、のれん残高の推移の把握、主なM&Aとのれんの発生状況

まずは各企業の過去10年間(2003年~2012年)の業績について俯瞰するとともに、この

10年間におけるGoodwill(のれん)残高の推移と、総資産に占める割合の推移について把

握する。そのうえで、各企業のAnnual Reportにおいて記載されている注記情報を基に、各

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期におけるのれんの増減要因と、各期においてのれんの主要な発生原因となった主なM&A

について整理を行う。

②のれん償却シミュレーション

積極的なM&A戦略によって成長を遂げている分析対象企業が、仮にM&Aにおいて発生

したのれんを非償却ではなく、規則償却する会計ルールの基で行ったとしたならば、各社の

業績にどのような影響を与えていたのであろうか。そして、そのような影響がM&Aの意思

決定を左右した可能性に関して検討する。

こういったことを考えるために、各社において発生したのれんについて、仮に規則償却

を行った場合のシミュレーションを行う。シミュレーションに当たっての前提条件は以下の

とおりである。

・ のれんの償却はM&Aを実行した翌年から行う。

・ Earn-Out条項によりのれんの増減があった場合には、その翌年から償却を行う。

・ 償却期間は、本来は個々のM&A案件ごとに見積もるべきところであるが、今回は我が

国においてベンチャー企業を買収した場合に用いられることの多い一律5年という償却

期間で償却を行うものとした。

・ それぞれAnnual Reportによって入手可能な情報量に差があるため、次の時点を基準時

点とし、基準時点における期首残高から5年償却を行う形で償却額の計算を行う。

Google…2003年、IBM…1998年、Oracle…2004年、HP…2003年

・ 株式取得による買収を想定する。したがって、会計上におけるのれんの償却の有無に関

わらず、税金計算上は株式の取得原価に含まれるのれんは損金不算入扱いとなり、のれ

ん償却による税金等の変動は生じない。

・ のれん償却前当期純利益とのれん償却費を控除した後の当期純利益の差額と、のれん償

却前当期純利益の比率を、利益減少率として示している。

5.2. 調査・分析の全体像

以下では、分析対象企業4社の2003年から2012年までの業績推移及びのれん残高の推移

を一覧にしたものを順に示す。いずれの企業においても、この10年間でのれんを大きく積

み上げてきていることがわかる。いずれの企業もM&Aをてこに、大きな成長を実現してき

ており、その過程において生じるのれんを2001年以後は償却していないため、この10年間

でのれん残高が倍増どころか3倍、4倍と膨らんでいる。なお、Googleは10年間でのれん残

高が121倍になっているが、これは2003年時点におけるのれん残高は上場前ということもあ

り極めて小さいためである。

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のれんの総資産に占める割合にも注目したい。企業によって差はあるものの、Googleを

除く3社については、直近の2012年においては、いずれも総資産の25%以上をのれんが占

めている。Googleについても、非常にキャッシュリッチであり、総資産に占める現金及び

現金同等物の割合が半分以上となっているため、のれんが総資産に占める割合は11%程度

となっているが、仮に現金及び現金同等物を除いた総資産に占める割合を算定してみると、

23%とやはり高い比率を示すことになる。

のれんが総資産に占める割合の変化については、企業によって異なる。HPのように2003

年の時点で総資産の20%をのれんが占めている企業もある一方で、Oracleのように2003年

時点では同割合がゼロに違い状態だったのが、10年後の2012年には総資産の32%を占める

に至っている企業もある。それぞれのM&A戦略の動向がのれん残高の推移によく表れてい

るといえるだろう。

以下では、各社別に10年間の推移に関する分析と、のれんを規則償却した場合のシミュ

レーション及びその考察を示す。

5.3. Google

Googleの2003年から2012年までの業績推移及びのれん残高の推移を一覧にしたものが

図表 7である。また、発生したのれんについて、仮に償却期間5年間での規則償却を行っ

たと仮定した場合のシミュレーションを示したのが図表 8である。

同社が米国NASDAQ市場に上場したのは2004年のことであり、その時期においてはのれ

んの残高も1億~2億USD程度にとどまっているが、これが急増するのが2006年である。

2006年には先にも述べたとおり、創業間もないベンチャー企業であったYouTubeを16.5億

USDという破格の条件で買収するという同社にとって初めての大型M&Aを経験した年で

あり、この年にのれん残高は一気に7.5倍の15億USDに膨らむことになる。

その後も2008年におけるオンライン広告配信のDouble Clickの買収(買収価額31億

USD)、2012年におけるMotorola Mobilityの買収(買収価額125億USD)など、自社のサ

ービス拡大に必要な経営資源の獲得を、様々な企業の買収を通じて行ってきており、2003

年末には1億USDにも満たなかったのれん残高が、直近年度の2012年度末には、100億USD

を超えるまでになった。

この間、同社の売上高は2003年15億USDから2012年には500億USD超に、当期純利益は

2003年1億USDから2012年には100億USD超となっている。同社の場合、単純にM&Aによ

ってボリュームを増やしていくというよりは、先に述べたように、もともと有している検索

サービスに対して、M&Aによって自社に取り込んだ様々な追加的なサービスを付加してユ

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ーザーの利便性を格段に高めることで、広告収入を大きく伸ばして成長してきた経緯がある

が、まさにそういったM&A戦略が財務面にもよく表れているということが言えるだろう。

次に、我が国と同様の規則償却を行った場合ののれん償却シミュレーションについて検

討してみると、同社にとっての最初の大型買収となったYouTubeの買収を行った2006年の

翌年から、のれんの償却負担が大きくなっていることがわかる。2008年以降については、

毎年の当期純利益を10%以上も押し下げることになる。Googleの収益率は業界においても

極めて高い水準にあることから、この程度の利益減少率で収まっているが、毎年10億USD、

つまり1ドル=100円で考えれば、年間1,000億円の償却負担を背負わなければならないこと

を意味しており、かなりの償却負担であることがわかるだろう。

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図表 7 Google の 2003 年~2012 年までの業績推移、のれん残高推移(単位:百万 USD)

出所:GoogleのAnnual Reportを基に筆者作成

図表 8 Google ののれん償却シミュレーション(単位:百万 USD)

項目 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 累計

のれん償却前

当期純利益 105 399 1,465 3,077 4,203 4,227 6,520 8,505 9,737 10,737 48,975

のれん償却費 0 ▲ 17 ▲ 25 ▲ 39 ▲ 309 ▲ 460 ▲ 950 ▲ 956 ▲ 1,212 ▲ 1,160 ▲ 5,128

のれん償却後

当期純利益 105 382 1,440 3,038 3,894 3,767 5,570 7,549 8,525 9,577 43,847

利益減少率 0% -4% -2% -1% -7% -11% -15% -11% -12% -11% -10%

出所:GoogleのAnnual Reportを基に筆者作成

項目 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012

売上高 1,465 3,189 6,138 10,604 16,593 21,796 23,651 29,321 37,905 50,175

営業利益 342 640 2,017 3,549 5,084 6,632 8,312 10,381 11,742 12,760

当期純利益 105 399 1,465 3,077 4,203 4,227 6,520 8,505 9,737 10,737

総資産 871 3,313 10,271 18,473 25,335 31,768 40,497 57,851 72,574 93,798

現金及び現金同等物 334 2,132 8,034 11,243 14,218 15,846 24,485 34,975 44,626 48,088

のれん 87 123 195 1,545 2,299 4,839 4,903 6,256 7,346 10,537

のれんの総資産に

占める割合 10% 4% 2% 8% 9% 15% 12% 11% 10% 11%

※のれん残高の推移

期首残高 0 87 123 195 1,545 2,299 4,839 4,903 6,256 7,346

買収による増加額 87 36 72 1,350 647 2,364 61 1,341 1,118 3,230

その他調整(Earn-Out 他) 0 0 0 0 107 176 2 12 ▲ 28 ▲ 39

期末残高 87 123 195 1,545 2,299 4,839 4,902 6,256 7,346 10,537

のれん増加の主な要因 不明

4 件の

買収案件

9 件の

買収案件

YouTube 11

億USD 、他 8 件

Postini 4.5 億

USD 、他 17件

Double Click 23 億

USD

10 件

の買収案件

AdMob 6 億

USD 、Slide 1.5 億

USD 、Widevine 1 億

USD 、他 45件

ITA

Software 3 億USD 、

他 78件

Motorola 25億

USD 、他 52件

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5.4. IBM

IBMの2003年から2012年までの業績推移及びのれん残高の推移を一覧にしたものが図

表 9である。また、発生したのれんについて、仮に償却期間5年間での規則償却を行った

と仮定した場合のシミュレーションを示したのが図表 10である。

IBMといえども、長い歴史の中で決して順風満帆であったわけではない。ハードウェア

中心の事業展開が行き詰まり、大幅赤字なども経験しながら、2005年にはThinkPadの製造

販売を行っていたPC事業を中国のLenovo Groupに売却する等のリストラクチャリングを

行う一方で、ソフトウェア事業やサービス事業に軸足を移しており、必要な経営資源はM&A

によって獲得してきている。M&AはIBMの成長戦略の根幹と捉えることもできるだろう。

この10年間の推移を見てみると、少ない年でものれんが年間10億USD程度は増加してい

ることがわかる。図表 9には示していないが、年間のM&A実施件数も年によってバラツキ

はあるものの、毎年10数件のM&Aを実行しており、先にみたように大型案件だけでなくベ

ンチャー企業に対しても積極的にM&Aを行っているといえよう。

この10年間の業績については、売上高こそ2003年の891億USDから2012年の1,045億

USDと17%程度の伸び率となっているが、当期純利益に目を移してみると2003年の76億

USDから2012年の166億USDと大幅な伸びを見せている。M&Aを活用しながら事業構造の

転換を行っていく中で、売上ボリュームというよりは、利益構造、利益の質を改善してきた

様子が数字としても表れているといえる。

このような形で生じたのれんについて、仮に我が国の企業と同様の償却期間5年間での

規則償却を行ったと仮定した場合、毎年かなりの償却負担を迫られることになることがよく

わかるだろう。ほぼ毎年15%~20%程度も当期純利益を押し下げる形となっており、ここ数

年については、毎年25億USD~30億USDもののれん償却費を毎年計上しなくてはいけなか

った。10年間累計でみれば約200億USDもの利益が消し飛ぶ計算となり、会計制度の違い

が経営に多大な影響を与える可能性があると考えられる。もちろん、これだけの償却費を負

担したと仮定しても、年間100億USDを超える利益を計上しているのだから、見事といえる

かもしれないが、仮に規則償却が強制されていたとすれば、同社の積極的なM&A戦略が可

能であったかどうかは疑問の余地がある。

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図表 9 IBM の 2003 年~2012 年までの業績推移、のれん残高推移(単位:百万 USD)

出所:IBMのAnnual Reportを基に筆者作成

図表 10 IBM ののれん償却シミュレーション(単位:百万 USD)

項目 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 累計

のれん償却前

当期純利益 7,583 8,430 7,934 9,492 10,418 12,334 13,425 14,833 15,855 16,604 116,908

のれん償却費 ▲1,094 ▲1,391 ▲1,504 ▲1,713 ▲2,207 ▲1,860 ▲2,470 ▲2,404 ▲3,060 ▲2,701 ▲20,404

のれん償却後

当期純利益 6,489 7,039 6,430 7,779 8,211 10,474 10,955 12,429 12,795 13,903 96,504

利益減少率 -14% -17% -19% -18% -21% -15% -18% -16% -19% -16% -17%

出所:IBMのAnnual Reportを基に筆者作成

項目 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012

売上高 89,131 96,293 91,134 91,424 98,786 103,630 95,758 99,870 106,916 104,507

営業利益 10,874 12,028 12,226 13,317 14,489 16,715 18,138 19,723 21,003 21,902

当期純利益 7,583 8,430 7,934 9,492 10,418 12,334 13,425 14,833 15,855 16,604

総資産 104,457 109,183 105,748 103,234 120,431 109,524 109,022 113,452 116,433 119,213

現金及び現金同等物

7,290 10,053 12,568 8,022 14,991 12,741 12,183 10,661 11,922 10,412

のれん 6,921 8,437 9,441 12,854 14,285 18,226 20,190 25,136 26,213 29,247

のれんの総資産に占める割

7% 8% 9% 12% 12% 17% 19% 22% 23% 25%

※のれん残高の推移

期首残高 4,115 6,921 8,437 9,441 12,854 14,285 18,226 20,190 25,136 26,213

買収による増

加額 1,700 1,393 1,431 3,412 999 5,573 1,004 4,754 1,291 2,894

その他調整(Earn-Out他)

734 ▲ 116 ▲ 8 ▲ 323 76 ▲ 85 ▲ 57 ▲ 53 2 ▲ 30

会社分割等による分離

▲ 6 ▲ 2 ▲ 36 0 0 ▲ 16 ▲ 13 0 ▲ 13 ▲ 22

為替換算等その他調整

378 241 ▲ 383 324 356 ▲1,531 1,030 245 ▲ 203 192

のれん償却 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0

期末残高 6,921 8,437 9,441 12,854 14,285 18,226 20,190 25,136 26,213 29,247

のれん増加の主な要因

Rational

14 億USD

Candle

3 億USD、Maersk

4 億USD

Ascenti

al 6 億USD

Micromuse 8億USD、

Filenet 9 億USD、

ISS 10億USD、

MRO Software 5 億

USD

Softwar

e SEGMENT に

おける増加

Cognos

42 億USD、Telelogi

c 7 億USD

SPSS 7.5億 USD

Netezza 14 億USD、

Sterling Commerce 10

億 USD

Software SEGMENT におけ

る増加

Kenexa

10 億USD

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5.5. Oracle

Oracleの2003年から2012年までの業績推移及びのれん残高の推移を一覧にしたものが

図表 11である。また、発生したのれんについて、仮に償却期間5年間での規則償却を行っ

たと仮定した場合のシミュレーションを示したのが図表 12である。

Oracleは1977年に設立された法人向けソフトウェア企業で、設立から10年足らずの1986

年にはNASDAQ市場に上場を果たしており、この30数年の間、データベース関連ソフトウ

ェアビジネスを牽引し続けている。

2000年代以降は、2005年におけるPeople Softの大型買収をはじめ、積極的なM&A戦略

によって、企業規模を拡大させている。アプリケーション、業種別ソリューション、ミドル

ウェア、サーバー・ストレージ・ネットワークといった各分野にわたって、多様な形での

M&Aを推進しており、もともと自社の強みであったデータベース分野を補う形で、自社が

保有していない強みをM&Aによって手に入れるという手法で、事業の幅を拡大していると

みることができる。

こういった積極的なM&Aの推進によって、2004年まではほとんど残高のなかったのれん

が2005年以降は急増し、総資産の30%を超える水準となっている。2003年末におけるのれ

ん残高が0.2億USD弱しかなかったのに対して、2012年末には251億もの残高を抱えること

になっており、この10年弱の間での積極的なM&Aを数字の面でも如実に表しているといえ

る。

したがって、のれんを仮に我が国の企業と同様に規則償却したとした場合の影響も極め

て大きなものとなる。シミュレーション結果を示した図表 12をみると、2006年以降は毎年

の当期純利益が40%以上減少する結果となっており、もっとも影響の大きい2009年におい

ては56億USDの当期純利益のうち36億USD、つまり64%相当分がのれん償却費によって消

し飛んでしまう計算となってしまう。10年累計でみても、金額で185億USD、比率でみる

と36%もの利益押し下げ効果があり、もしもOracleが5年間でのれんを規則償却したとした

ら、ソフトウェアビジネス業界地図は現在とは異なるものになっていた可能性がある。

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図表 11 Oracle の 2003 年~2012 年までの業績推移、のれん残高推移(単位:百万 USD)

項目 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012

売上高 9,475 10,156 11,799 14,380 17,996 22,430 23,252 26,820 35,622 37,121

営業利益 3,440 3,864 4,022 4,736 5,974 7,844 8,321 9,062 12,033 13,706

当期純利益 2,307 2,681 2,886 3,381 4,274 5,521 5,593 6,135 8,547 9,981

総資産 10,96

7 12,763 20,687 29,029 34,572 47,268 47,416 61,578 73,535 78,327

現金及び現金同

等物 4,737 4,138 3,894 6,659 6,218 8,262 8,995 9,914 16,163 14,955

のれん 17 41 7,003 9,809 13,479 17,991 18,842 20,425 21,553 25,119

のれんの総資産

に占める割合 0% 0% 34% 34% 39% 38% 40% 33% 29% 32%

※のれん残高の推移

期首残高 不明 17 41 7,003 9,809 13,479 17,991 18,842 20,425 21,553

買収による増加額 不明 24 6,962 2,998 3,794 4,657 712 1,600 1,062 3,681

その他調整

(Earn-Out 他) 不明 0 0 ▲ 192 ▲ 124 ▲ 145 139 ▲ 17 66 ▲ 115

期末残高 17 41 7,003 9,809 13,479 17,991 18,842 20,425 21,553 25,119

のれん増加の主

な要因

詳細

不明

個々に

重要な

M&Aは

なし

People

Soft 65

億 USD

Siebel

25 億

USD

Hyperio

n 17 億

USD、

i-flex

16 億

USD

BEA

System

s, Inc

45 億

USD

個々に重

要な

M&A は

なし

Sun

Micro

syste

ms 13

USD

Art

Technolo

gy Group

5 億

USD、

Phase

Forward

3 億 USD

Taleo Co.

12 億

USD、

RightNow

Technolo

gies, Inc.

11 億

USD

出所:OracleのAnnual Reportを基に筆者作成

図表 12 Oracle ののれん償却シミュレーション(単位:百万 USD)

項目 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 累計

のれん償却前

当期純利益 2,307 2,681 2,886 3,381 4,274 5,521 5,593 6,135 8,547 9,981 51,306

のれん償却費 0 ▲ 3 ▲ 8 ▲1,401 ▲1,962 ▲2,696 ▲3,595 ▲3,760 ▲2,684 ▲2,349 ▲18,458

のれん償却後

当期純利益 2,307 2,678 2,878 1,980 2,312 2,825 1,998 2,375 5,863 7,632 32,848

利益減少率 0% 0% 0% -41% -46% -49% -64% -61% -31% -24% -36%

出所:OracleのAnnual Reportを基に筆者作成

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5.6. Hewlett Packard(HP)

HPの2003年から2012年までの業績推移及びのれん残高の推移を一覧にしたものが図表

13である。また、発生したのれんについて、仮に償却期間5年間での規則償却を行ったと

仮定した場合のシミュレーションを示したのが図表 14である。計測器メーカーとして発足

したHPであったが、その後のコンピューター社会の発展とともに、ICT企業としての確固

たる地位を築いてきた。パソコン、プリンタ、企業向けソフトウェア等数多くのICTビジネ

スを展開することで、近年は1,200億USDを超える売上高規模を誇り、ハードウェアの製造

販売を営む企業としては世界最大級のICT企業である。

M&Aについても積極的に行っており、分析対象期間である2003年の1年前である2002年

においては、同じくパソコン大手であったCompaqを240億USD超の価格で買収し、144億

USDもののれんを計上している。米国においてのれんが非償却となった直後の2002年にお

ける大型買収案件である。その後いったん大型のM&Aはみられなくなるが、2007年頃から

は、また大きなM&A案件が目立つ。その結果、近年では総資産の約30%をのれんが占める

までの状況となっている。

HPに関しては、M&Aの失敗による減損損失の計上についても見逃せない。ここ最近で

あるが、2011年と2012年には大きな減損損失を計上したことを明らかにしている。特に

2012年においては、2008年に買収したElectronic Data System 関連の減損損失に加えて、

前年2011年に買収したAutonomyにおける過去の不正会計に端を発する減損損失なども重

なり、結果として137億USDもの減損損失を計上しており、これが原因で120億USDを超え

る大きな赤字に転落することとなった。Autonomyは特殊なケースであるが、のれんの償却

を行っていないために、減損するとなった場合には一時に多額の影響を及ぼすことになって

しまうことがよくわかるだろう。

のれんを償却したと仮定した場合のシミュレーションにも注目してほしい。当期純利益

の約半分が消し飛ぶような影響が生じる年度も珍しくないうえ、年によっては赤字に転落し

ている年もあり注目に値する。なお、本シミュレーションにおいては、減損損失はいったん

取り消したうえで、Electronic Data System とAutonomy に関連する2012年末における規

則償却後ののれん残高を改めて減損処理するという想定で計算を行っている。10年累計で

みると、約66%の利益減少率となっており、のれんを償却するか否かの違いが、HPの経営

には極めて重要な影響を与えているといえるだろう。

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図表 13 HP の 2003 年~2012 年までの業績推移、のれん残高推移(単位:百万 USD)

出所:HPのAnnual Reportを基に筆者作成

図表 14 HP ののれん償却シミュレーション(単位:百万 USD)

項目 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 累計

のれん償却前

当期純利益 2,539 3,497 2,398 6,198 7,264 8,329 7,660 8,761 7,074 ▲12,650 41,070

のれん償却費 ▲3,018 ▲2,979 ▲3,166 ▲3,288 ▲3,371 ▲1,337 ▲3,488 ▲3,456 ▲4,408 ▲5,702 ▲ 34,213

減損損失取消し 813 13,705 14,518

減損損失計上

▲7,360 ▲7,360

のれん償却後

当期純利益 ▲479 518 ▲768 2,910 3,893 6,992 4,172 5,305 3,479 ▲12,007 14,015

利益減少率 -119% -85% -132% -53% -46% -16% -46% -39% -51% -5% -66%

出所:HPのAnnual Reportを基に筆者作成

項目 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012

売上高 73,061 79,905 86,696 91,658 104,286 118,364 114,552 126,033 127,245 120,357

営業利益 2,896 4,227 3,473 6,560 8,719 10,473 10,136 11,479 9,677 ▲ 11,057

当期純利益 2,539 3,497 2,398 6,198 7,264 8,329 7,660 8,761 7,074 ▲ 12,650

総資産 74,716 76,138 77,317 81,981 88,699 113,331 114,799 124,503 129,517 108,768

現金及び現金同等物 14,188 12,663 13,911 16,400 11,293 10,153 13,279 10,929 8,043 11,301

のれん 14,894 15,828 16,441 16,853 21,773 32,335 33,109 38,483 44,551 31,069

のれんの総資産に占

める割合 20% 21% 21% 21% 25% 29% 29% 31% 34% 29%

※のれん残高の推移

期首残高 15,089 14,894 15,828 16,441 16,853 21,773 32,335 33,109 38,483 44,551

買収による増加額 84 919 544 535 5,495 10,752 315 5,230 6,868 16

その他調整(Earn-Out

他) ▲ 279 15 69 ▲ 123 ▲ 575 ▲ 190 459 144 13 207

減損損失 0 0 0 0 0 0 0 0 ▲ 813 ▲ 13,705

期末残高 14,894 15,828 16,441 16,853 21,773 32,335 33,109 38,483 44,551 31,069

のれん増加の主な要

期首残

高のう

ち 144

億 USD

2002

年の

Compa

q 買収

による

増加分

Synsta

r 2 億

USD、

Triaton

3 億

USD、

DGS 3

億 USD

SAC

LLC,

App IQ

など 5

Peregrin

e 3.5 億

USD、他

7 件

Mercur

y 35 億

USD,Op

sware

13 億

USD、

他 8 件

Electron

ic Data

System

104 億

USD、

他 8 件

Lefthand

Networks

3Com,

Palm,

3PAR,

Arcsigh

t

Autono

my 66

億 USD

-

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5.7. 調査・分析結果の総括

以上において、4社の事例及びシミュレーションを基に、のれんを償却しないという会計

ルールが、米国企業のM&A戦略に影響を与えているのではないか、また、のれんの非償却

というルールがなければ、ここまでの積極的なM&Aを行うことが不可能だった可能性もあ

るのではないか、といった仮説に対して、一定の検証を行ってきた。

もちろん、対象とした4社の事例を分析しただけで、仮説の検証に十分といえない上、

M&Aの意思決定に影響を与えるファクターは複合的かつ多岐にわたるものであるため、財

務面の影響を測ることのみで、仮説を完全に検証することは困難である。

ただし、本稿で行った分析結果からは、少なくとも以下のような事実は存在し、その事

実を踏まえた産業政策の観点から、のれんの会計処理をどのように取り扱うべきかについて、

提言を行うことは極めて妥当だと考える。このような観点から、ここまでの調査・分析を踏

まえて、以下の点を指摘しておきたい。

◆持分プーリング法廃止後もなお活発なM&A

米国においてのれんが非償却となった2001年は、同時にM&Aの会計処理方法として、持

分プーリング法が廃止されパーチェス法に一本化された年でもある。簿価引継による会計処

理を認める持分プーリング法は、多くの大型M&Aを後押ししてきた会計ルールであるが、

そのルール廃止後もなお米国におけるM&Aが活発に行われている要因のひとつには、今回

取り上げたのれんの非償却があると考えられる。

今回の4社のうちGoogleについては株式公開を果たしたのが2004年であるため参考には

ならないかもしれないが、残りの3社については、持分プーリング法廃止後も積極的なM&A

戦略を推し進めていることがわかる。もちろん、ICT産業におけるイノベーションのスピー

ドや競争の激化といった環境変化による部分も多いと思われるが、そういった中でもリスク

をとったM&Aを積極果敢に推進できたのは、のれんの償却負担がないという会計ルールに

よるところが大きいのではないかと推測できる。

◆急増するのれん残高と総資産に占める高い割合

いずれの企業も2000年代において、のれん非償却ルールのもとで積極的なM&Aを推進し

ているため、のれんの残高が急速に増加しており、企業によっては総資産の30%をのれんが

占める企業もある。

また、HPの2011年~2012年決算を除けば、Annual Reportからは、のれんについて重要

な減損損失を計上した形跡がみられない。少額の減損損失については、その他調整額の項目

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に含まれている可能性はあるが、減損損失を行った場合に要求される注記事項についての記

載はHPを除いてみられなかったため、いずれの企業においても毎年ののれんに対する減損

テストの結果、将来性を基礎とした回収可能性について一定の評価をしているということだ

ろう。このように、償却も減損処理も行わないという状態が長期間にわたり継続することで、

直近年度ののれん残高は、各社とも莫大な金額に上っているとみることができる。

◆規則償却を行ったと仮定した場合の極めて重たい償却負担

各社について行ったのれん償却シミュレーションをみれば明らかであるが、いずれの企

業ものれんの残高が多額であるため、規則償却した場合の償却負担も莫大なものとなる。

GoogleやIBMなど収益性の高い企業ですら、10%から20%程度の利益の減少をまねいてい

る。OracleやHPについては、純利益の半分が消し飛んでしまうような年もあり、その影響

は極めて重要なものであると考えざるを得ない。

何%程度の利益圧迫要因が、経営者に対してM&Aを躊躇させることになるのかはわから

ないが、純利益の半分がなくなってしまうとなれば、M&Aの検討を行うに当たって経営者

が消極的になる可能性は高いだろう。

6. まとめ

本稿では、M&Aを活性化する方法として、会計制度におけるのれん代の償却方法に焦点

をあてて分析した。具体的には、Google、IBM、Oracle、HPという、これまで数多くのベ

ンチャー企業を買収し、グローバルにビジネス展開を行う大企業のM&Aに関し、米国の会

計基準で分析すると共に、我が国でM&Aの際の慣行として行われることの多い、のれんを

5年間の規則償却した場合のシミュレーションを行った。

一般に、ベンチャー企業を買収する場合には、成熟した企業を買収する場合と比較して、

多額ののれん代が発生する。本稿で分析したベンチャー企業の買収に積極的な4社の大企業

のうち、Googleを除く3社については、直近の2012年においては、いずれも総資産の25%

以上をのれんが占めている。これは、のれん代の会計処理が、企業経営に大きな影響を与え

るものであることの証左であろう。

こうしたことから、仮にこれらの企業が我が国の会計制度の下、のれん代の規則償却を

行った場合は、その償却費は莫大な負担となる。年度によっては、これにより純利益が半減

するような場合もあることは、先に述べた通りである。事例として紹介したGoogleやIBM

といった高収益企業においてすら、10%~20%の減益要因となり得るのである。果たして

日本において、こうした高収益ICT企業がどのくらい存在するであろうかということを考え

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てみても、当然、こうした現実はM&Aの意思決定に大きな影響を与えると考えるのが妥当

だろう。

つまり、のれんの規則償却というルールは、何らかの形で企業に対してM&Aの判断を鈍

らせる可能性を有している。ということは、逆の観点でいえば、のれんの非償却というルー

ルは、償却負担という考慮要因から経営者を解放することによって、企業のM&Aを促進す

る可能性を持っていると言い換えることもできる。

先に述べたように、のれんの規則償却、非償却のいずれにも一定の理論的背景が存在し

て、会計理論としては成立し得るのであれば、国家戦略としては、経済発展のために企業の

競争力を高めるという観点から、企業にとっての競争条件のあり方として、制度上の取扱い

を検討する余地がある。

ここまで示してきた米国企業に関する調査・分析結果は、欧米企業がのれん非償却とい

うルールのもとで、積極的なM&A戦略を推進し成長を遂げているという可能性を強く示唆

するものである。したがって、我が国においても、会計理論に関する国際的議論が併存する

のであれば、むしろ産業政策の観点から、我が国企業にとって、より有利な競争環境を整備

するという目的をもって、のれんの非償却の導入について積極的に検討してみる余地がある。

我が国におけるベンチャー企業のM&Aの増加は、ベンチャー企業の振興に寄与すると共

に、大企業の成長も促す可能性が高い。IPOに頼ったExitから脱却することは、ベンチャー

企業への資金流入を増加させる可能性を高めるだけでなく、大企業が社外のイノベーション

を活用して再成長する道を拓くものであろう。こうした観点からみれば、我が国における現

行の会計制度は、早急に改正されることが望まれる。

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参考文献

長谷川博和 2010. 『ベンチャーマネジメント[事業創造]入門』 日本経済新聞出版社

企業会計基準委員会 2009. 『企業会計の見直しに関する論点の整理』

経済産業省 2008. 『ベンチャー企業の創出・成長に関する研究会最終報告書』

http://www.meti.go.jp/report/data/g80509aj.html

湯川抗 2011. 「大手 ICT 企業がベンチャー企業を活用するべき理由 ―エコシステムか

らみた我が国大手 ICT 企業とベンチャー企業の関係構造―」 FRI 『研究レポート』No.365

http://jp.fujitsu.com/group/fri/report/research/2011/report-365.html

湯川抗、西尾好司 2012. 「コーポレートベンチャリングに関する研究の系譜と課題」 『研

究 技術 計画』 Vol.26 No.3/4 2011 p127-142

Google -Annual Report 2003-2012

Hewlett Packard -Annual Report 2002-2012

IBM -Annual Report 1998-2012

Oracle -Annual Report 2003-2012

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研究レポート一覧

No.411 我が国におけるベンチャー企業のM&A増加に向けた提言-のれん代非償却化の重大なインパクト-

湯川 抗木村 直人

(2013年11月)

No.410 中国における産業クラスターの発展に関する考察 趙 瑋琳(2013年10月)

No.409 木質バイオマスエネルギー利用の現状と課題 -FITを中心とした日独比較分析-

梶山 恵司(2013年10月)

No.408 3.11後のデマンド・レスポンスの研究 ~日本は電力の需給ひっ迫をいかにして克服したか?~

高橋 洋 (2013年7月)

No.407 ビジョンの変遷に見るICTの将来像 Innovation and

Technology Insight Team(2013年6月)

No.406 インドの消費者・小売業の特徴と日本企業の可能性 長島 直樹 (2013年4月)

No.405 日本における再生可能エネルギーの可能性と課題 -エネルギー技術モデル(JMRT)を用いた定量的評価-

濱崎 博 (2013年4月)

No.404 System Analysis of Japanese Renewable Energy Hiroshi Hamasaki

Amit Kanudia(2013年4月)

No.403 自治体の空き家対策と海外における対応事例 米山 秀隆 (2013年4月)

No.402 医療サービス利用頻度と医療費の負担感について 高年齢者の所得と医療需要、負担感に関するシミュレーション

河野 敏鑑 (2013年4月)

No.401 グリーン経済と水問題対応への企業戦略 生田 孝史 (2013年3月)

No.400 電子行政における外字問題の解決に向けて -人間とコンピュータの関係から外字問題を考える-

榎並 利博 (2013年2月)

No.399 中国の国有企業改革と競争力 金 堅敏 (2013年1月)

No.398 チャイナリスクの再認識 -日本企業の対中投資戦略への提言-

柯 隆(2012年12月)

No.397 インド進出企業の事例研究から得られる示唆 長島 直樹(2012年10月)

No.396 再生可能エネルギー拡大の課題 -FITを中心とした日独比較分析-

梶山 恵司 (2012年9月)

No.395 Living Lab(リビングラボ) -ユーザー・市民との共創に向けて-

西尾 好司 (2012年9月)

No.394 ドイツから学ぶ、3.11後の日本の電力政策 ~脱原発、再生可能エネルギー、電力自由化~

高橋 洋 (2012年6月)

No.393 韓国企業の競争力と残された課題 金 堅敏 (2012年5月)

No.392 空き家率の将来展望と空き家対策 米山 秀隆 (2012年5月)

No.391 円高と競争力、空洞化の関係の再考 米山 秀隆 (2012年5月)

No.390 ソーシャルメディアに表明される声の偏り 長島 直樹 (2012年5月)

No.389 超高齢未来に向けたジェロントロジー(老年学) ~「働く」に焦点をあてて~

河野 敏鑑倉重佳代子

(2012年4月)

No.388 日本企業のグローバルITガバナンス 倉重佳代子 (2012年4月)

No.387 高まる中国のイノベーション能力と残された課題 金 堅敏 (2012年3月)

http://jp.fujitsu.com/group/fri/report/research/

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