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農業 ICTAI 橋本 光司 廣安 知之 日和 悟 2018 4 21 IS Report No. 2018042111 Report Medical Information System Laboratory

学生とともに成長する研究室 - 2018 4 21 IS Report No. 2018042111 · 2018-08-02 · スマート農業の将来像は,5 つの方向性に整理して議論が進められている(Fig

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農業ICT・AI   

橋本 光司 廣安 知之 日和 悟   

2018年 4月 21日   

IS Report No. 2018042111   

ReportMedical Information  System Laboratory  

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Abstract

近年,農業に ICTが導入されることで,作業管理,育成管理などの記録が可視化され,作業の効率

化や作業者の負担が軽減されてきた.しかし,現在の農業界において,農業従事者の高齢化,後継者

不足による熟練農家の知恵・技能の継承が懸念されている.そこで,ICTの活用方法を検討し,近年

注目されているAIを農業に導入することで,収量予測や人材育成などのより高度な機能を実現させ

る取り組みが行われている.

キーワード: スマート農業,AI農業,フィールドモニタリング,リモートセンシング

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目 次

第 1章 はじめに . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 2

第 2章 農業の現状 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 3

第 3章 スマート農業 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 5

第 4章 農業における ICTの機能 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 6

第 5章 ICTを活用した技術 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 8

5.1 ウェアラブル端末 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 8

5.2 フィールドモニタリング技術 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 8

第 6章 AI農業 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 10

6.1 AI農業プラットフォーム . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 10

6.1.1 環境センシングシステム . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 11

6.1.2 内部状態把握システム . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 11

6.1.3 視覚情報分析ツール . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 11

6.1.4 判断入力ツール . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 12

第 7章 AI搭載ロボット . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 14

7.1 アグリドローン. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 14

7.2 ドローンによるリモートセンシング技術 . . . . . . . . . . . . . . . . 14

7.3 マルチスペクトラムカメラ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 15

第 8章 今後の課題と展望 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 16

第 9章 まとめ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 17

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第 1章 はじめに

20世紀の農業は品種改良,化学肥料,農薬,灌漑,機械化などにより大規模での農作業を実現させ

ることで,生産性の大幅な向上がみられた.しかし,作物の生産性が上がる一方,商品データ,顧客

データなどの管理に加え,栽培記録,栽培計画の管理,農業簿記による作物管理などの作業で農業従

事者の負担は大きくなっていた.そこで,農業に Internet and Communication Technology (ICT)が

導入され,データ管理や作業の効率化が図られてきた.データ管理による作業の自動化やマニュアル

化により,ユビキタス(いつでも,どこでも,誰でもできる)システムを実現し,コスト低減が可能

となった.

近年では,ICTを利用した超省力な大規模生産を可能にするだけでなく,AIの活用によって熟練

者の「匠の技=暗黙知」を「見える化=形式知」に変換し,熟練者が培ってきた技術の可視化・共有化

を目指す取り組みが行われている.熟練農家の持つ暗黙知の形式知化により,熟練者の技術が客観的

に判断されることで,次世代への技術継承及び,新規就農者の技術習得の短期化が期待されている.

本稿では,ICTの利用だけでなく,現在注目されている Artificial Intelligence (AI)を農業界に導入

することのメリット及びその仕組み,さらに,今後の課題と展望について述べる.

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第 2章 農業の現状

近年,農業界に ICTが取り入れられる一方で,農業従事者の減少,高齢化,技術継承などの問題が

挙がっている.また,農業は 3K(きつい,汚い,危険な)労働だと考えられているため,若者や仕

事を引退した高齢者が参入しにくいという現状がある.農林水産省による 2006年から 2016年の新規

就農者のデータを Fig. 2.1に示す.このデータによると,新規就農者は減少傾向にあり,年齢構成比

は停滞していることが分かる.

Fig. 2.1 年齢別新規就農者の推移(参考文献 [1]より自作)

世界的にみても高齢化が進む日本では,農業においても同様のことが言える.農林水産省が発表し

ている 2017年のデータによると,農業就業人口において 50~59歳が約 10%,60歳以上が約 79%を

占めている.つまり,現在の農業従事者は 50歳以上が約 90%占めている.さらに,1977年から 2017

年までの 40年間で農業就業人口は約 500万人減少し(Fig. 2.2),基幹的農業就人口は約 320万人減

少している(Fig. 2.3).これらのデータより,高齢化が進み,農業に関わる人口が減少しているこ

とは明らかである.

農業就業人口の減少や高齢化とは一方,世界的にみても単位面積当たりの収穫量は多く,熟練農家

の高度な知識や技術力は日本の大きな強みである.しかし,高齢化が進み,農業従事者が減少してい

る農業界では,現在の手法で収穫量を増やすことは厳しいと考えられている.また,収穫量の増加に

伴い,従来と同量の肥料で育てた農作物の栄養が低下しているという品質低下も問題となっている.

農業従事者が減少することで熟練者の高度な技術が失われるだけでなく,生産性及び品質の低下が

懸念されている.これらの現状を打破するには,高効率で超省力かつ高品質生産が可能な農業を実現

させるだけでなく,熟練農家の持つ高度な知識・技能を継承する技術を獲得することで,農業に参入

しやすい環境作りを行うことが求められている.

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第 2 章 農業の現状

Fig. 2.2 年齢別農業就業人口の推移(参考文献 [1]より自作)

Fig. 2.3 年齢別基幹的農業就業人口の推移(参考文献 [1]より自作)

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第 3章 スマート農業

政府主導の農業 IT関連の取り組みとして「スマート農業の実現」が挙げられる.スマート農業は,

ICT,ロボット技術を活用して,超省力,高品質生産を実現する新たな農業として位置づけられてい

る.また,その実現に向けたロードマップの策定や農業現場への技術導入をスムーズにするための方

策を検討している.

スマート農業の将来像は,5つの方向性に整理して議論が進められている (Fig. 3.1).この枠組み

において,主にセンシング技術と栽培ノウハウのデータ化に ICTやAIを活用した農業が含まれてい

る.本稿では,この 2つに焦点を当てて話を展開していく.

Fig. 3.1 スマート農業(参考文献 [2]より自作)

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第 4章 農業における ICTの機能

従来の農業において,ICTは作業管理,生育管理,肥料管理などといった「記録の可視化」を中心と

して機能していた.その後,品質改善,人材育成,収量予測などの直接利益に関わる付加価値として

農業に ICTが用いられるようになった.総務省が発表している 2016年度の ICT利活用の実施状況

によると,ICTはインターネット直販やトレーサビリティ,Planetary Data System (PDS)データ配

信に活用されている (Fig. 4.1).このデータからは,圃場管理の活用が高まってきていることが分か

る.圃場管理には,スマートフォンやタブレット端末,農場等に設置したセンサーの活用等により,

施肥などの作業記録,湿度・土壌水分などの育成環境,作物の生育状況などの各種データ収集が含ま

れる.したがって,蓄積した各種データを共有することでこれまで経験と勘に頼っていた熟練農家の

ノウハウを伝承する取り組みが高まってきていることが分かる.

Fig. 4.1 農林水産産業振興分野における ICT利活用の実施状況(参考文献 [3]より自作)

農業に対して ICTが活用される中で,現在提供されている農業 ICTシステムは次の 5つに分類さ

れる.

• 生産管理システム

安定的な経営のために年間の生産計画を立て,着実な実行のために作業進捗や生産状況を管理

するシステム

• 生産記録システム

生産履歴の保存,活用などを目的に,作業や資源使用量の記録をモバイル入力端末などで行う

システム

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第 4 章 農業における ICTの機能

• 農業機械連携システム

最適な土壌・生物環境を維持し,生産量・品質を向上・安定化させるため,農業機械を利用し

て環境・生育データを取得し,最適な作業・資材仕様を行うシステム

• 複合環境制御システム

最適な環境を維持し,生産量・品質を向上・安定化させるため,環境をモニタリングし,適切

な環境に機器を制御するシステム

• 環境モニタリングシステム

環境の変化を捉え,適切な対策や計画変更が行えるように,圃場やハウス内に設置し,環境の

状況をセンシング・モニタリングするシステム

また,現在の農業における ICTの用途とその概要を Table. 4.1に示す.

Table. 4.1 農業 ICTの用途とその概要農業 ICTの用途 概要

収量予測・収量を左右する要素(施肥量,日照量,水分量,防除,気温等)

 をベースに収量を予想

・予想結果に基づく意思決定支援

出荷・販売管理・出荷・販売に関する受発注や販売量,在庫等の管理やインターネット

 販売などの管理

・小売と連携した受発注や会計管理

コスト管理・農作業実績や購買,廃棄などに基づく支出や原価などの集計・可視化

 によるコスト管理

人材育成・作物や環境の状態観察に基づく適切な「判断」や「気づき」の深化を

 促す学習支援

リスク管理・異常警告 ・環境監視や状況監視に基づくリスク/異常の検知・通知

品質改善・作業や施肥,防除などのばらつきを抑制する管理

・作物の品質の非破壊計測

作業管理

生育管理

農薬・肥料管理

勤怠管理

(記録の可視化)

・作業内容,作物の状態,環境情報などの入力による実績の管理

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第 5章 ICTを活用した技術

5.1 ウェアラブル端末

ここでは,ICTを活用することで熟練者のノウハウを継承することが可能となるアイウェア型の

ウェアラブル端末について述べる (Fig. 5.1(a)).このウェアラブル端末は,メガネのレンズに小型カ

メラとディスプレイが仕込んであり,インターネットと接続されていることで,マイクとスピーカー

による音声の送受信が可能となっている.例えば,ウェアラブル端末を装着した経験の浅い農家の視

野画像をインターネットに接続されたパソコンの画面上で共有することにより,パソコンを見ている

熟練農家から,農業のノウハウや洞察,モノの見方をウェアラブル端末を通して伝承することができ

る.また,ウェアラブル端末を通して伝達された音声は,データとして収集され,ディープラーニン

グによって解析されることで,栽培マニュアルなどを自動的に作成することが期待されている (Fig.

5.1(b)).

(a) Telepathy Jumper(参

考文献 [4]より引用)

(b) Telepathy Jumper活用例(参考文献 [4]より自作)

Fig. 5.1 アイウェア型ウェアラブル端末

5.2 フィールドモニタリング技術

圃場をモニタリングするにあたり,近年ではセンサデータを無線で伝送するワイヤレスセンサネッ

トワーク (WSN)技術が使用されている.このWSNにより,圃場データを手元でリアルタイムに観測

するための研究が進められている.研究の中でも圃場に設置したデータロガーやWebカメラを一時的

にインターネットへ接続する Field Monitoring System (FMS)が挙げられる [5].

FMSは現地のデータロガーに通信機能を付加し,インターネット経由でデータをクラウドサーバ

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5.2フィールドモニタリング技術 第 5 章 ICTを活用した技術

に転送することで,ユーザーがそのサーバから自分の PCや携帯端末にデータを取り出すことを可能

にした一連のシステムである.主にこのシステムはフィールドルータ (FR),ネットワークアダプタ

(NA),データサーバ (DS)という 3つの重要な技術で構成されている.FRは電源がONになると圃場

に設置されたデータロガーのデータをインターネット経由でクラウドサーバに転送する機器である.

また,NAはシリアル接続可能なすべてのデータロガーに対応し,シリアル通信ポートを持つデータ

ロガーに通信機能を付加する機器である.このNAは,FRの周囲に複数台設置することで面的なデー

タの取得が可能になり,FRが無い場合でも携帯端末からデータを取得することが可能である.FR

で転送された環境データはインターネット網を通してクラウドデータサーバに保存されるため,ユー

ザーはWeb上から自分のポータルサイトにアクセスするだけでデータの取得が可能となる.クラウド

サーバに保存されたデータは,土壌データと生育状況の相関,環境データと作物状態の相関などのよ

うに,様々な解析に活用される.

環境データ

PC・モバイル端末

気象データ

土壌データ

データロガー

カメラインターネットモバイル

通信 データサーバ

ネットワークアダプタ

フィールドルータ

放射線データ 画像データ

Bluetooth

インターネット

Fig. 5.2 フィールドモニタリングシステム(参考文献 [5]より自作)

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第 6章 AI農業

AI農業とは,AIを活用することによって熟練農家の技術を定量的に評価することを目的とした農業

のことである.農林水産省によると,AI農業は「人工知能を用いたデータマイニングなどの最新の

情報科学などに基づく技術を活用して,短期間での生産技能の継承を支援する新しい農業」と定義し

ている.

農家は,作物と農地の情報に基づき,どのような農作業を実施するのかを「判断」し,農地と作物

に手を加える.この「判断」というプロセスは,農作物に接する経験の差によって大きく異なる.そ

こで,最新のセンシング技術や ICT・AIを活用することにより,熟練農家の技能・知恵などの熟練

性の可視化・共有化を目指す取り組みが行われている.熟練者の暗黙知を形式知へ変換することで,

短期間での技術習得を可能にするだけでなく,農業への参入の推進も可能となる.さらに,熟練者は

自身の暗黙知を自覚することで,これまで以上の強みを発揮することが可能となる.以上より,農業

従事者のすそ野を広げつつ,熟練者の能力をさらに高めることで将来にわたって高付加価値を創出し

続けることが可能となる.これがAI農業の出発点である.つまり,AI農業とは,人工知能を包めた

情報科学の知見を農業分野に適用させる農業情報学 (Agri-Infomatics)のことである [6].

6.1 AI農業プラットフォーム

熟練者の「暗黙知」を「形式知」へ変換するにあたり,2つのシステムによって数値データが連続

的に記録される基盤技術が必要となる.1つ目は土壌の状態,温度,湿度などの圃場環境測定を行う

環境センシングシステム,もう 1つは作物の形状,大きさ,糖度,水分量などの内部状態を確認する

非破壊センシングデバイスを用いた内部状態把握システムである.この環境下で,熟練者がアイカメ

ラを装着してアイトラッキング (視覚計測)を行った後,視覚情報解析ソフトウェアを用いることで,

熟練者がどこをどのように見て何を認知しているのかが分かる.また,あらかじめ決められた項目に

対して,熟練者の主観的な作業中の「気づき」をサーバに接続されたスマートフォンから入力するこ

とで,問題発見能力を客観的に判断する.この気づきデータはそれぞれの項目に対して数値的に入力

されるため,環境センシングシステム,内部状態把握システムの数値化されたデータと併用させ,AI

を活用することで,環境の変化や作物の状態に対して,熟練者がどのような視線や気づきに基づく判

断を行っているのかを定量的に計測することを実現している.

このように,AI農業プラットフォームは環境センシングシステム,内部状態把握システム,視覚情

報分析ツール,判断入力ツールの 4つの機器で構成されている.これら 4つの機器を用いることで,

ヒトが外界から得た情報に基づいて「判断」し,「行動」を起こすという一連の流れを客観的に把握す

ることがAI農業プラットフォームの基盤となっている.次に,このAI農業プラットフォームを構成

している 4つの機器の具体例について述べる.

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6.1AI農業プラットフォーム 第 6 章 AI農業

6.1.1 環境センシングシステム

環境センシングシステムは,圃場における「土壌」と「土壌以外」の 2種類の環境データをリアル

タイムで連続計測する装置である.計測する環境データを Table. 6.1に示す.

Table. 6.1 圃場環境データデータの種類 データの要素

土壌 地中温度,水分量,成分 (EC値/pH),イオン濃度

土壌以外 温度,湿度,日照量,風流,農薬散布

環境センシングシステムとして,ラピスセミコンダクタの土壌センサユニット「MJ1011」(Fig.

6.1(a))が挙げられる.この装置は,土壌環境指標 4項目(電気伝導度 (EC),pH,地中温度,含水率)

が同時に計測可能である.

pH測定には ISFET方式を採用しており,土壌や水中などの測定対象に埋設することで,先端に

配置したセンサ部で地中や水中の EC,pH,地中温度,含水率といった環境情報の計測が可能となっ

ている.また,通信システムを併用することでリアルタイムでの測定も可能となっている.計測した

データは,アナログフロントエンド LSIと 16bitローパワーマイコンML620Q504Hでの処理により,

消費電流は計測時 20mA,待機時 27µAと超低消費電力化を実現している.この低消費電力化によっ

て,太陽電池での動作が可能であるため,圃場などでの電源供給の課題が解決され,土壌モニタリン

グの実現性も高めている.

「MJ1011」は IP67の環境耐性防水規格に対応し,土壌,水耕,養液栽培などの各種栽培方式にも

使用可能であり,各種施設栽培,露地,植物工場などの様々な環境での使用が可能である.また,土

壌センサをエンドポイントと呼ばれる無線通信機に接続して複数個所に設置し,計測データをコンセ

ントレータ(中継器)経由で,ゲートウェイまで送信できるため,これらのデータをCloudサーバ経

由で見える化することにより,環境モニタリングと圃場管理を行うことができる.エンドポイントと

コンセントレータには,920MHz帯域の無線通信を採用することで,見通しが良ければ 500m程度の

無線通信が可能となり,複数の圃場をカバーできる.取得した環境データは手元のスマートフォンや

タブレット,パソコンなどで確認することができる.

これらのデータを蓄積することで,定量的に栽培や管理へのフィードバックが可能となり,肥料や

水分,地温の管理,土壌改良,経年データの比較や将来予測など,生産性の向上に貢献することが期

待されている.

6.1.2 内部状態把握システム

内部状態把握システムは,作物の内部状態を非破壊的に連続計測するセンシングデバイスであり,

育成データを完全に数値化する装置である.非破壊連続計測により,熟練者が評価を下したその瞬間,

その部位の状態を数値化することで,定性的な表現になりがちな熟練農家の判断を定量化する.

計測データを,Table. 6.2に示す.

6.1.3 視覚情報分析ツール

視覚情報分析ツールは,人の視線を追うアイカメラを用いた「視線計測」と,アイカメラで入力さ

れた視線情報や視野画像情報を分析する「視覚情報解析ソフトウェア」によって構成される.

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6.1AI農業プラットフォーム 第 6 章 AI農業

(a) MJ1011 (b) MJ1011の構造

Fig. 6.1 土壌センサユニット「MJ1011」(参考文献 [7]より引用)

Table. 6.2 作物状態計測データデータの種類 データの要素

果実 形状,大きさ,硬度,糖度,成分含有量,酸度,水分量

果実以外 病害虫感染の有無,葉の色・水分量,茎の太さ・水分量

アイカメラは,作業をする農家の眼球映像を画像処理することで視線方向を特定し,視野映像と重

ね合わせて表示・記録する装置である (Fig. 7.2(a)).瞳孔径計測を正確に行い,計測中のグラスのズ

レを自動的に補正する加速度センサーとジャイロセンサーを搭載し,頭部の動きによるインパクトを

アイトラッキングデータから除外することができるため,ダイナミックな動的環境のなかでもアイト

ラッキングが可能である.また,自動化によるキャリブレーションにより,ヒューマンエラーを回避

することも可能である.

一方,視覚情報解析ソフトウェアでは,作業をする農家の視野の動きをグラフ化して解析する (Fig.

7.2(b)).視野を固定した場合はグラフの 0近傍に位置し,視野を大きく動かした場合は高い数値を示

すため,0近傍の値を示す範囲を解析することで,どの点をどのくらいの時間観察しているのかを定

量的に判断する.

視覚情報分析ツールは,eラーニングツールを用いた技量や技術の学習コンテンツ化手法にも活用

される.

6.1.4 判断入力ツール

判断入力ツールは,農作業や見回りをしているときに農家本人が主観的に気になった点を入力する

ツールである.入力に用いるのはサーバに接続されたスマートフォンであり,作業中でも気軽に入力

できるようにシンプルに設計されている.この判断入力で重要なのは,作業記録ではなく,作業者の

主観的な「気づき」を入力することである.気づきデータは,事前にインタビューなどである程度の

項目に絞っておき,作業中でも簡単に変更できるようになっている.これらの各項目に対して作業者

が主観的に数値を入力し,気になった項目に対してフィードバックを得ることで新たな気づきを得る

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6.1AI農業プラットフォーム 第 6 章 AI農業

(a) TobiiPro2(参考文献 [8]より引用) (b) Tobii Pro Studio(参考文献 [8]より引用)

Fig. 6.2 アイカメラ(左)と視覚情報解析ソフトウェア(右)

ことが期待されている.

トマト農場の入力項目の例を Table. 6.3に示す.

Table. 6.3 トマト農場の入力項目入力項目 要素

葉(生長点付近/それ以外) 色,垂れ具合,大きさ,密度,厚み,葉水,葉先枯れ,病害虫

茎(生長点付近/中ほど/根元付近) 太さ,固さ,節間長さ,病害虫

花 色,着花数,形

果実(これから成長するもの/収穫前のもの) 色,着果数,形,大きさ

熟練農家の「気づき」に基づく作業は,経験をベースとした知識の蓄積(≒学習)の過程にほかな

らない.そこで,この気づきデータを活用し,経験の浅い就農者に熟練者の問題発見,課題解決能力

を早期に身に付けるための学習支援システムが開発されている (Fig. 6.3).

Fig. 6.3 学習支援システム(参考文献 [9]より自作)

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第 7章 AI搭載ロボット

7.1 アグリドローン

「ドローン」は,Unmanned Aerial Vehicle (UAV)とも呼ばれ,無人で遠隔操作や自動制御によっ

て飛行する小型の航空機であり,特に複数の水平回転翼を持つタイプのものを指す [10].近年では,

このドローンが農業界に導入されるようになった.

例えば,高品質生産の向上において,自動農薬散布と夜間に害虫駆除を行うアグリドローンが活躍

している (Fig. 7.1).このドローンは,世界で初めてディープラーニングと融合した農業ロボットで

ある.近赤外カメラとサーモカメラとしての役割を果たすマルチスペクトラム撮影機,さらには農薬

の貯蔵タンクと散布ノズルを搭載し,一機で何役もの作業をこなすことが可能となっている.また,

上空から圃場を監視し,葉に害虫がいるかどうかを判断することで,局所的な農薬散布が可能となっ

ている.害虫の居場所の特定には,RGB解析と AIを活用している.葉は害虫に食べられることで

変色するため,ドローンが三原色の配色パターンを解析することで,ピンポイントでの農薬散布を可

能にしている.さらに,このドローンは夜の農業革命を起こそうとしている.作物の害虫には夜行性

の種類が多いため,ドローンに誘蛾灯を吊り下げることで,夜行性の害虫をおびき寄せて感電死させ

る.このドーロンはあらかじめ設定されたルートに沿って自動で飛行するするため,オペレータの負

担を大幅に軽減することが可能となっている.

従来は,害虫を駆除する際には,圃場全面に農薬を散布していたため,農薬のコストや時間が無駄

であったが,このアグリドローンの登場により,農薬のコストを低減させるだけでなく,品質の向上

や作業者の負担軽減への期待が高まっている [11].

Fig. 7.1 OPTiM Agri Drone(参考文献 [12]より引用)

7.2 ドローンによるリモートセンシング技術

栽培技術の継承や科学的管理のためには,圃場や作物の生育実態を的確にとらえる計測情報が強く

求められるため,ドローンによる生育診断や農地特性などの低層リモートセンシングが有望な活用方

法の一つとして期待されている.これまで広域圃場の高解像度リモートセンシングは,主に人工衛星

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7.3マルチスペクトラムカメラ 第 7 章 AI搭載ロボット

や航空機により行われてきたが,天候に大きく左右されること,観測頻度が低いこと,それに関連し

て作物の生育適期に合わせた観測時期の指定が難しいことなどにより,活用場面によっては強い制約

があった.しかし,ドローンは小型軽量で機動性が高く扱いやすい上に,精密な圃場管理を支援する

新技術として位置付けられる [13].

近年,ドローンにハイパースペクトルカメラ等を搭載して葉緑素比率, 水分ストレスなどの生育

調査および病害虫や雑草発生状況調査を行い,クラウドで管理することで,低コスト化,高品質化,

収穫量増加を図るという先端的農業が実施されている [14].

7.3 マルチスペクトラムカメラ

圃場全体の生育状況の評価を広範囲で高速に行うために,ドローンの機体には可視光と近赤外光の 2

波長の画像を取得するマルチスペクトルカメラと,GPSと方位計で構成されるモーションセンサが搭

載される.マルチスペクトルカメラは,汎用のモノクロのUSBカメラ (画素数はVGA)に 550nm(可

視)/850nm(近赤外)のバンドパスフィルタを装着している.カメラと GPSの制御はタブレット PC

で行い,蓄積された画像データは,フラッシュメモリで外部のホスト PCへと転送される.

ホストPCでは,可視光画像と近赤外光画像から正規化植生指数 (Normalized Difference Vegetation

Index:NDVI)を算出する.NDVIはリモートセンシングで一般的に用いられる指数であり,式 (7.1)

で表わされる.ここで,IRは近赤外光の反射率,Rは可視光の反射率を表す.NDVIが高いほど稲

の葉色が高く,稲体の窒素含有率が高いことを示している.圃場で撮影された複数の画像は,ホスト

PCにてNDVIに変換され,GPSからの緯度・経度および方位情報にもとづいて貼り合わせが行われ

る.このように,圃場全体の生育状況が可視化されることで,圃場管理や追肥対応などさまざまな用

途にも応用される [15].

NDV I =IR−R

IR+R(7.1)

(a) 植生分析(参考文献 [16]より引用) (b) 水稲群落窒素含有量評価事例

(参考文献 [17]より引用)

Fig. 7.2 ドローンマルチスペクトラムカメラによる圃場評価画像

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第 8章 今後の課題と展望

農業において期待が高まる ICT・AI技術であるが,迅速な普及のためには,それが「儲かる農業」

に貢献する必要がある.また,農業ロボットの開発においては標準化が欠かせない.現状は,企業・

機関が単独で研究開発を進めている事例が多く,効率的な標準化がされにくい.例えば,農作業の名

称,農作物の名称,環境情報などのデータが標準化されておらず,農業情報データの相互運用性・可

搬性が確保されていないため,農業ビックデータ解析の利活用が困難であることが課題として挙げら

れる.さらに現在では,収集データや解析データの所有権が曖昧であり,ルールが定められていない

ことも課題として挙げられる.

今後,農業界のデータやインターフェースが標準化され,ルールが定められた農業プラットフォー

ムが構築されることで,誰でも簡便にデータの閲覧が可能となり,ICTやAIを活用した解析データ

が十分に効果を発揮することが期待される.

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第 9章 まとめ

本稿では,国内の農業界における現状から,農業に使用されている ICTやAIの活用事例とその仕組

みについて述べた.

近年,2次産業,3次産業で培われたノウハウを 1次産業に還元する動きが高まっており,様々な

業界において ICTや AIの利活用が推進されている.農業界も典型的なその一例であるが,AIが導

入され,農業界に革命が起ころうとしているのは明らかである.

21世紀の農業はAIやビッグデータ,IoT,そしてロボットを活用したハイテク産業へと進化し,生

活がより豊かなものになることが期待される.

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月 25日.

[3] 株式会社情報通信総合研究所, “地域における ict利活用の現状に関する調査報告,” 2017年 3月.

[4] Gpad, “Telepathy jumper,” http://gpad.tv/develop/telepathy-jumper-program/, 閲覧

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[5] 溝口勝, 伊藤哲, “農業・農村を変えるフィールドモニタリング技術,” 2015.

[6] 神成淳司, ITと熟練農家の技で稼ぐAI農業, 第 1版第 1刷, 日経 BP社, 2017年 2月 13日.

[7] ラピスセミコンダクタ株式会社, “土壌センサユニット「mj1011」,” http://www.lapis-semi.

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[8] トビー・テクノロジー, “Tobii pro グラス 2,” https://www.tobiipro.com/ja/

product-listing/, 閲覧日:2018年 4月 7日.

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[10] 宮原佳彦, “農業用ロボット技術の研究開発動向,” 電子情報通信学会 通信ソサイエティマガジン,

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[11] 窪田新之助, 日本発「ロボットAI農業」のすごい未来 2020年に激変する国土・GDP・生活, 第

1刷, 講談社, 2017年 2月 20日.

[12] Optim, “農業× it it 農業三者連携協定,” https://www.optim.co.jp/it-industry/

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[13] 横山正樹, 井上吉雄, 後藤元, 小手和徳, “ドローン搭載マルチバンド・ハイパースペクトルカメラ

の反射率特性の解析と圃場観測,” 計測と制御, vol. 55, no. 9, pp. 810–813, 2016.

[14] 野波健蔵, “ドローン技術の現状と課題およびビジネス最前線,” 情報管理, vol. 59, no. 11, pp.

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参考文献 参考文献

[15] 片桐哲也, 安藤和登, 松本由美, 森静香, 藤井弘志, “ドローンによる圃場生育評価と無人ヘリによ

る可変追肥システムを利用した水稲の収量・品質改善について,” 計測と制御, vol. 55, no. 9, pp.

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[16] Optim, “圃場情報管理サービスagri field manager,” https://www.optim.co.jp/agriculture/

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[17] 井上吉雄, 横山正樹, “ドローンリモートセンシングによる作物· 農地診断情報計測とそのスマート農業への応用,” 日本リモートセンシング学会誌, vol. 37, no. 3, pp. 224–235, 2017.

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