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2012 年度 首都大学東京大学院 理工学研究科・物理学専攻 修士論文概要集 物理学専攻修士論文発表会 2013 1 28 ()29 () 8 号館大会議室

修士論文概要集 - Tokyo Metropolitan Universityatom.phys.se.tmu.ac.jp/abstracts_master12v2.pdf2012 年度修士論文発表会プログラム 2013 年1 月28 日(月)・ 29 日(火)

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  • 2012 年度

    首都大学東京大学院

    理工学研究科・物理学専攻

    修士論文概要集

    物理学専攻修士論文発表会

    2013 年 1 月 28 日(月)・29 日(火)

    8 号館大会議室

  • 2012 年度修士論文発表会プログラム

    2013 年 1 月 28 日(月)・ 29 日(火) 8 号館 大会議室

    各自持ち時間 発表 17 分 + 質疑応答 8 分

    1 月 28 日(月)

    時間 氏名 論文題目 指導教授 審査委員

    10:25-10:50 髙橋宏明 A-B-A スタッキング 3 層グラフェンの磁気抵抗 森弘之 堀田貴嗣 柳和宏 理研

    多々良源

    10:50-11:15 江川友規 1 次元リング上の冷却原子系の永久電流 森弘之 鈴木徹 堀田貴嗣

    11:15-11:40 志智晃 動的平均場理論によるハバードモデルの

    モット転移の研究 堀田貴嗣 鈴木徹 首藤啓

    11:40-12:05 田浦將久 協力的ヤーンテラー歪みとフント結合の協調による

    Co3+中間スピン状態の安定化機構 堀田貴嗣 森弘之 青木勇二

    12:05-13:05 昼休み

    13:05-13:30 市原昂 X線望遠鏡性能評価システムの高性能化と

    すざく型望遠鏡を用いた性能実証試験 大橋隆哉 石崎欣尚 角野秀一

    JAXA

    石田 学

    13:30-13:55 小川智弘 衛星搭載を目指す MEMS X線望遠鏡の開発研究 大橋隆哉 石崎欣尚 柳 和宏

    13:55-14:20 榎島陽介 TES 型 X 線マイクロカロリメータの放射線耐性と

    多素子化に関する研究 石崎欣尚 大橋隆哉 田沼肇

    14:20-14:45 鈴木良輔 CoMoCAT 法によって合成された単層カーボン

    ナノチューブの電子状態に関する分光研究 石井廣義 真庭豊 柳和宏

    14:45-15:10 後藤和基 スピンアイスにおける磁気モノポール 門脇広明 真庭豊 岡部豊

    15:10-15:35 田寺真 単層カーボンナノチューブを用いた

    一次元磁性体の研究 真庭豊 石井廣義 柳和宏

    15:35-16:00 田村尊宣 ゼオライト鋳型炭素に内包された水の凍結過程での

    示差走査熱量計による研究 真庭豊 門脇広明 柳和宏

    16:00-16:25 山田健介 核磁気共鳴法による

    ゼオライト鋳型炭素(ZTC)の研究 真庭豊 石井廣義 門脇広明

    16:25-16:50 五十嵐透 電気二重層を用いたキャリア注入による

    単層カーボンナノチューブの光吸収制御 柳和宏 真庭豊 青木勇二

    16:50-17:15 粂田翼 凍結乾燥法で作製した Zn-DNA の電子状態 溝口憲治 石井廣義 森弘之

    17:15-17:40 髙倉寛史 キュービックアンビル超高圧下装置による

    β'-(BEDT-TTF)2ICl2の電子状態の解明 溝口憲治 青木勇二 堀田貴嗣

  • 1 月 29 日(火)

    時間 氏名 論文題目 指導教授 審査委員

    10:00-10:25 程島康行 混合系におけるダイレクトトンネリング仮説について 首藤啓 鈴木徹 森弘之

    10:25-10:50 杉山友梨霞 強いカオス系における波束の再帰現象について 首藤啓 鈴木徹 岡部豊

    10:50-11:15 大橋るり子 完全 WKB 解析に基づく多準位非断熱遷移の研究 首藤啓 安田修 田沼肇

    11:15-11:40 太田葵 有限量子多体系における対相関の模型的考察 鈴木徹 堀田貴嗣 森弘之

    11:40-12:05 渡邊康祐 光学格子における原子気体のブロッホ振動 鈴木徹 安田修 首藤啓

    12:05-13:05 昼休み

    13:05-13:30 寺口智文 相対論的衝撃波ブレークアウトにおける

    光子スペクトル 政井邦昭 安田修 石崎欣尚

    13:30-13:55 二村亮 Fermi Bubble の周期的爆発モデル 政井邦昭 大橋隆哉 石崎欣尚

    13:55-14:20 山岸豊 ブラックホールからの回転エネルギーの引き抜きと

    質量降着円盤との整合性 政井邦昭 大橋隆哉 安田修

    14:20-14:45 谷川孝浩 超高エネルギーニュートリノ検出器のための電子

    ビーム照射による岩塩と氷における電波反射の研究 住吉孝行 角野秀一 田沼肇

    14:45-15:10 坂下嘉徳 Belle II 実験のエンドキャップ粒子識別装置用

    光検出器とその信号読み出しシステムの開発 住吉孝行 角野秀一 大橋隆哉

    15:10-15:35 松本浩平 ニュートリノ混合角θ13の精密測定化に向けた

    Double Chooz 実験におけるエネルギー再構成手法

    住吉孝行 角野秀一 安田修

    15:35-16:00 小原怜 素粒子の標準模型とその高エネルギーでの姿 安田修 鈴木徹 角野秀一

    16:00-16:25 伊澤亮介 極低温ヘリウム気体中における

    XH+ ( X = C, N, O ) の移動度 田沼肇 大橋隆哉 城丸春夫

    理研

    東俊行

    16:25-16:50 伊藤源 静電型イオン蓄積リングを用いた星間分子負イオン

    の蓄積およびレーザー合流実験 田沼肇 森弘之 城丸春夫

    理研

    東俊行

    16:50-17:15 前田達矢 As 系充填スクッテルダイト化合物 SmOs4As12,

    CeRu4As12の高圧下単結晶育成と物性評価 佐藤英行 青木勇二 溝口憲治

    17:15-17:40 國利洸貴 カゴ状構造を持つ Yb 系化合物 YbOs4Sb12及び

    YbAu3Al7の単結晶育成と物性測定 佐藤英行 青木勇二 堀田貴嗣

    17:40-18:05 伏屋健吾 磁場に鈍感な重い電子系化合物 SmxLa1-xOs4Sb12の

    価数揺動状態 青木勇二 佐藤英行 柳和宏

  • A-B-A スタッキング 3 層グラフェンの磁気抵抗スピン量子物性論研究室

    高橋 宏明

    2005年の Geim氏のグループによる実験をきっかけに、グラフェンの研究はより一層盛んになってきた。グラフェンの特異な性質はその 2005年から大量に報告されており、それに関わる論文数も実験からの 5年間ほどで 1000本を超えるほど出版されている。そして近年では、物理的側面からのみではなく、工業的な面からも既存の素材に変わる新たな素材として期待されてきている。例えば、グラフェンを使用した導電膜がつくれれば、その薄さからタッチパネルなどへの利用が期待できる。これが可能になれば、現在のタッチパネルの材料であるインジウムと比べて安定供給や低コスト化ができる。また、グラフェン中の電子の速度が速いことから、FET(Field Effect Tran-sistor) に用いることも可能である。FET とは、電界効果トランジスタと呼ばれるトランジスタで、スイッチング素子や増幅素子に使われる。現在では電子機器の集積回路を作る際に必要不可欠なものでシリコン素材等の半導体のものが主だが、グラフェンで製作できればサイズを大きく縮小できる。これによって透明で柔らかいディスプレイの開発が期待される。特に導電膜に関しては、実用化が近いといわれている。そのほか様々な応用案や研究結果が報告されているが、これらは単層グラフェンか 2層グラフェンを対象としている割合が非常に大きい。

    一方、3層以上のものはまだあまり応用例が提案されていない。その理由として、積層したグラフェンの構造の複雑さと計算の困難さが影響していると考えられる。積層するごとにバンド数が増えて構造も複雑になっているため、計算が非常に困難になっている。ただ、一部の積層グラフェンはその計算を容易にする方法が知られている。今回扱う A-B-Aスタッキング 3層グラフェンもそのうちのひとつで、1層と2層の重ねあわせでそのハミルトニアンを表現できる。他にもA-B-Cスタッキングという積層方法の場合、A-B-Aスタッキングの場合とは全く違った形で有効ハミルトニアンを作ることが出来る。また、3層を越える積層の場合も A-B-A スタッキングならば同様に 1,2 層の繰り返しで表現でき、A-B-Cスタッキングも常に有効ハミルトニアンを作れる、という理論も提唱されている。

    3層グラフェンの性質がわかり 1,2層の性質と比較すれば、積層による何らかの法則性がみえる。そして述べた通り 4層以上のグラフェンも 3層同様に何らかの重ねあわせで表現できるため、3層グラフェンの性質を明らかにすることはより積層されたグラフェンの性質を調べる助けになる。

    1

  • 本研究では、3層グラフェンの性質を調べることを目的としてA-B-Aスタッキング 3層グラフェンの磁気抵抗を計算する。また、その結果から散乱による局在効果の変化を考察する。現在,すでに 1,2層では同様の計算がなされており、以下の図 2のような結果が出ている。

    図 1: 1,2層の磁気抵抗効果の図。a)が 1層で、b)が 2層。

    1層グラフェンのほうは散乱の度合いによって反局在状態 (破線)と弱局在状態 (実線)の両状態をとり得るのに対し、2層グラフェンは大きさは異なるが両方とも弱局在の振る舞いを見せている。先行研究によると、これら 1層と2層の違いにはベリー位相が関わっているという。なので、本研究ではベリー位相が 3πの 3層グラフェンならばどの様な振る舞いを示すかを計算する。そして、ベリー位相がどう関わってきているかについて考察する。

    2

  • 1 次元リング上の冷却原子系の永久電流 量子凝縮系理論研究室

    11879305 江川 友規 近年のレーザー技術の発展により、冷却原子系に対し人工的に周期ポテンシ

    ャルや擬似的に磁場を作ることができるようになった。これらは光学格子、お

    よび合成磁場と呼ばれ、物性研究に広く用いられている。 非常に低温で磁場中に 1 次元リング状の回路を置くと電流が流れ続けることが知られている。これを永久電流という。永久電流がどのような系で発生する

    かを、光学格子上にトラップされたボーズ・フェルミ混合系を用いて研究した。 本研究では、以下のようなハミルトニアンで量子モンテカルロ法を用い計算を

    行った。

    ( ) ( )

    Potential Random)1(2

    )1(2

    1111

    ++−+−+

    +−+−=

    ∑∑∑

    ∑∑ ++++

    fii

    bibfi

    fififf

    ibibi

    bb

    iiiiif

    iiiiib

    nnUnnUnnU

    fffftbbbbtH ††††

    ボソンの超流動密度とフェルミオンのドルーデ・ウェイトを調べた。その際ラ

    ンダムポテンシャルの強度やボーズ・フェルミ相互作用を様々に変え、どのよ

    うに粒子の流れが起こるかを調べた。その結果の一部が図 1 と図 2 である。

    図1. ボゾンの超流動密度(n_b>n_f)

  • 図 1 と図 2 を比較すると、ボーズ・フェルミ相互作用が大きくなったときに、ボゾンの超流動密度は増大する(すなわち相互作用による非局在化が進む)の

    に対し、フェルミオンのドルーデ・ウェイトは比較的増大が小さい。ボーズ・

    フェルミ相互作用による非局在化は、ランダムポテンシャルの低いところに落

    ち込んだ他種粒子の存在により、相互作用が有効的にランダムポテンシャルを

    小さくすることにより生じる。この前提になるのは、相手の粒子がポテンシャ

    ルの低いところに落ち込んでいる、すなわち局在していることである。1 次元ではボゾンはフェルミオンに比べると局在しにくいことが知られているので、フ

    ェルミオンは上記の機構による非局在化が起こりにくい。一方ボゾンは、相手

    のフェルミオンが局在化しやすいことから上記の機構が成立し、ボゾン・フェ

    ルミオン相互作用によって非局在化がする。 論文では、局在がどの領域で起こるか、またボゾンとフェルミオンの比率の

    違いで影響が現れるかを調べ、この現象のメカニズムを考察する。

    [1]J.E.Hirsch, R.L.Sugar,D.J.Scalapino and R.Blankenbecler Phys.Rev.B26, 5033(1982) [2]H.Mori, Phys. Rev.B51, 12943 (1995) [3]川畑有郷 メゾスコピック系の物理学, 培風館(1997)

    図 2. フェルミオンのドルーデウェイト(n_b

  • 動的平均場理論によるハバードモデルのモット転移の研究

    強相関電子論研究室10879313 志智 晃

    1986年に Jhannes G. BednorzとKarl A. Mullerより La-Ba-Cu-Oペロブスカイト系で超伝導転移が発見されたをきっかけに、液体窒素温度である 77Kを越える超伝導体が見つかった。この超伝導体を記述するミニマムモデルはハバードモデルであると考えられている。ハバードモデルは固体中の電子状態を記述する有効模型の1つである。これは電子は原子 (格

    子)に強く束縛されているとして、空間自由度を連続変数から離散的な格子ベクトルで表す。以下にハバードモデルを定義する。

    H = H0 +H1=

    ∑ijσ

    tijc†iσcjσ − µ

    ∑iσ

    c†iσciσ + U∑i

    c†i↑ci↑c†i↓ci↓ (1)

    c†iσは iサイトでの σスピンを持つ電子の生成演算子である。 第1項は電子が原子間を tの強さで跳び移るのを表し、第 2項は電子間斥力相互作用を表す。本来、電子間斥力相互作用は2つの電子間の距離の逆数に比例し、長距離まで働く。しかし、固体中には格子が存在するので、遮蔽が起こると推測される。ハバードモデルでは簡単のために電子間斥力相互作用は同じ格子にスピンの異なる電子が 2個存在するときに、エネルギーがU上昇することにより表している。このハバードモデルを解く近似方法の1つとして動的平均場理論が考案された [1]。この手法

    は平均場近似から 1段階進み、平均場の中に取り込まれている自己場をくり抜き、自己場と平均場という区別を行う。これは平均場の中に自己場という不純物が埋め込まれている状況である。このため、動的平均場理論は周期系を不純物系へ焼き直している。これにより、系の空間自由度は無視されるが、時間の自由度、つまり時間の動的な性質は厳密に取り扱われる。この手法の利点として金属絶縁体転移を金属側と絶縁体側の両方を詳細に記述出来る点が挙げられる。金属絶縁体転移とはU が大きくなると電子は格子を跳び移るよりも格子に局在した方がエネルギー的に安定状態となり絶縁体へ転移することである。このようなU � tによる絶縁体をモット絶縁体と呼ぶ。過去の研究では不純物問題を解く手法に 2次摂動が採用されていた [2][3]。それらの研究では

    金属絶縁体転移が起きる U の値 Ucはバンド幅W = 4tの 1.5倍程度という結果が報告された。また、2次摂動では U ∼ 0と U ∼ ∞の両端を記述出来るので、その中間値でも精度に関して大きな問題はないと考えられていた。本研究では、U ∼ 1.5W の領域が 2次摂動で妥当であるかを検証するために、それよりも高次である 4次までの摂動計算を行う。また、本研究では有限温度 T で議論する。図 1が 4次の摂動計算で考慮する摂動項 (ダイアグラム)である。

    図 1: 4次摂動では 12個のダイアグラムがあるが、それぞれ3つずつ計4グループに分類される

    1

  • 図 2: 松原周波数に対する 4次摂動の各摂動項による自己エネルギー 図 3: 2次、4次摂動による自己エネルギー

    図 2、3は (U, T ) = (1.0W, 0.05W )で計算した。ここで図 3のΣ4thは (2)式で定義される。

    Σ4th = Σ2nd + Σ3rd + Σ4self + Σ4RPA + Σ

    4vtxI + Σ

    4vtxII (2)

    図 2が 4次摂動における各摂動項を松原周波数に対してプロットした図である。摂動項自体が小さいのではなく、各摂動項が相互に打ち消し合い、結果として 2次の補正として、4次の自己エネルギーが影響していることが図 3より分かる。しかし、4次摂動では U4の因子がある分、2次摂動の自己エネルギーよりもそれは増大している。自己エネルギーの増大は系の絶縁体傾向が強くなることを示唆するので、Ucは 2次摂動より弱くなることが推測される。また、温度T と相互作用 U についての相図を作成し、金属絶縁体転移の様子を議論する。

    [1]A.Georges, G.Kotliar, W.Krauth, and M.J.Rozenberg, Rev. Mod. Phys 68 (1996).

    [2]M.J.Rozenberg,G.Kotliar,and X.Y.Chang, Phys. B.49, 15 (1993).

    [3]A.Georges, and W.Krauth: Phys. B. 48, 10 (1993).

    2

  • 協力的ヤーンテラー歪みとフント結合の協調による

    Co3+中間スピン状態の安定化機構

    強相関電子論研究室

    11879319 田浦 將久

    通常、物質は電子の自由度である電荷・スピン・軌道のそれぞれの振る舞いが絡み合う

    ことによって、様々な物性が現れる。一方、本研究が対象としているコバルト酸化物では

    上記に加え、スピン状態という自由度が加わる。スピンは電子 1個の up、down を表すのに

    対し、スピン状態は複数の電子によって形作られる多体状態を表す。

    例えば、CoO6は d 電子を 6 個保有するコバルトイオン Co3+を中心に、6 個の酸素イオン

    がその周囲を囲っている正八面体構造であるが、このときコバルトイオン Co3+が保有する

    6 個の電子間のクーロン相互作用と、周囲の酸素イオンから受ける結晶電場の拮抗により、

    高スピン状態(HS,S=2)と低スピン状態(LS,S=0)の 2 つのスピン状態が安定化すること

    が知られている(図 1)。また、それらの中間状態である中間スピン状態(IS,S=1)の安定

    化も実験的・理論的にそれぞれ指摘されており、その存在が長年論争の的となっていた。

    また、中間スピン状態は eg 軌道の軌道自由度があるため、軌道秩序の存在が中間スピン状

    態の安定化の重要な証拠となることが指摘されており、2011年にKEKの実験グループは共

    鳴 X 線散乱法を用いてその eg軌道秩序を観測することに成功し、世界で初めて中間スピン

    状態の存在を実験的に確認した。[1]

    図 1 のように、中間スピン状態は eg軌道自由度が活性であるため、格子歪みの一種であ

    るヤーンテラーモードと結合することでエネルギーが下がり、基底状態になる可能性が考

    えられる。正八面体構造のような対称性の高い状態から、より低い対称性のもつ構造へ自

    ら変形することで安定化することは、ヤーンテラーの定理として知られている。現実の結

    晶においては、各サイトは独立ではなく協力的に歪むことから、協力的ヤーンテラー歪み

    を考慮することが重要となる。

    本研究では、CoO6中の Co3+中間スピン状態の安定化について 1site と 2site の系を扱い、

    以下のモデルハミルトニアンの数値対角化を行い、基底状態について議論した。本研究で

    図 1 スピン状態

  • 用いたモデルハミルトニアンは、

    ∑ ∑ ∑∑∑ ∑ +++=γσ σ γγ

    σγγσγγγγγγ σσ

    σγσγσγσγσγσγσγσγγσγσγε,, ,, ',

    '';;;

    4321 21

    1423221114232211

    ~

    2

    1

    i i ai

    aii

    a

    iiiiiiddtddddIddH

    ††††

    ( ) ( ) NQQkQQgJ zxzz ˆ2/2322JT32,,

    H

    2gtge

    2gtgeµττ

    γγγγ −++++⋅− ∑ ∑∑

    i i

    iiiiii

    i

    iiSS

    である。ここで iはサイト、γ は軌道、σ はスピン、g は結合定数、kJTはヤーンテラーモー

    ドのばね定数を表す。I はクーロン積分であり、金森パラメータ U’と J で与えた。JHは eg-t2g

    間のフント結合の大きさを表す。taγγ’は隣接サイト間のホッピング振幅、Q2i,Q3i は各モード

    の歪みの大きさを表す。τxi,τziは擬スピン演算子である。

    図 2 は 1site でヤーンテラー歪みを考慮しない場合の各スピン状態のエネルギー固有値で

    ある。結晶場 Dq が小さい領域では高スピン状態(HS)が、大きい領域では低スピン状態

    (LS)が基底状態となっており、中間スピン状態(IS)は安定化しないことがわかる。次

    に、この 1site の系に対してヤーンテラー歪みを考慮した場合のエネルギー固有値を計算し、

    Dq と JHについて、スピン状態の相図を作成した(図 3)。HS、IS の下付き添字は down ス

    ピンの占める軌道の違いを表す。これまで想定されてきた中間スピン状態である IS1

    (eg1t2g

    5)は、狭い領域ではあるが、ヤーンテラー歪みと結合することで安定化することが

    わかった。この他に、同一の eg軌道に 2 個の電子が二重占有し、全体で S=1 を形成してい

    る IS2(eg2t2g

    4)という別の中間スピン状態が安定化することがわかった。IS2 や HS2の状態

    は、結晶場による多少のエネルギー損失があるが、ヤーンテラーエネルギーによる利得の

    方が大きくなるために eg軌道に down スピンが詰まっていると解釈できる。

    さらに、本研究ではサイト数を 2site に増やし、協力的ヤーンテラー歪みを考慮した場合

    のスピン状態について議論する。

    参考文献

    [1] H.Nakano et al : J. Phys. Soc. Jpn. 80 (2011) 023711.

    [2] G.Maris et al : Phys.Rev.B 67(2003) 224423.

    [3] T.Hotta : Rep. Prog. Phys. 69(2006) 2061-2155.

    図 2 正八面体構造 CoO6中の Co3+の 1siteにおける

    エネルギー準位とスピン状態

    図 3 1siteの相図

  • X線望遠鏡性能評価システムの高性能化とすざく型望遠鏡を用いた性能実証試験

    宇宙物理実験研究室11879303 市原 昂

    X線望遠鏡は宇宙からの微弱なX線を結像する事で、観測天体の位置や空間構造を把握する事を可能にし、また検出器の小型化を可能にすることで S/N比の飛躍的な向上を実現した。X線はほとんどの物質に対し屈折率が 1よりもわずかに小さいため、X線望遠鏡には、回転放物面鏡

    と回転双曲面鏡を組み合わせたWolter I型斜入射光学が採用されている。しかし、X線を反射鏡に斜入射角 1度程度以下で入射させる必要があるため、反射鏡を見込む面積が小さくなり、集光できるX線は非常に少ない。そこで、集光力をできるだけ大きくする為に、厚さの薄い反射鏡を同心円状に、多重に積層した「多重薄板型」X線望遠鏡が考案された。日本のX線天文衛星ではこのタイプの望遠鏡を採用しており、今までにあすか衛星及びすざく衛星に搭載され目覚ましい成果を上げている。2014年度に打ち上げが予定されているASTRO-H衛星にも、軟X線望遠鏡(SXT)が 2台、硬X線望遠鏡(HXT)が 2台、合計 4台の多重薄板型X線望遠鏡が搭載される。X線望遠鏡は衛星に搭載される前に、その性能の評価、および応答関数の構築のために地上較正試験に供される。この試験には軌道上での較正と異なり、単色、かつ強度の強いX線による評価を行うことができるという利点がある。しかし、地上では天体からの光と同様の平行光を作り出すことが困難である。そこで、宇宙科学研究所X線ビームラインでは、X線発生装置から 30 mの距離にある四極スリットでX線ビームを絞り、最大でも∼ 13秒角(スリットサイズが 2 mm × 2 mmの場合)という高い平行度を持つペンシルビームを成形している。このペンシルビームで、望遠鏡と検出器を同時に移動させつつ、望遠鏡の入射面全面をくまなく走査するラスタースキャンと呼ばれる方法により、擬似的に宇宙空間におけると同様の、平行光が望遠鏡入射面全面に当たった状態での性能評価を行うことができる。宇宙科学研究所X線ビームラインでは、今までにあすか衛星及びすざく衛星に搭載されたX線望遠鏡

    の地上較正試験を行ってきた。しかし、すざく衛星のX線望遠鏡が口径 400 mm、焦点距離 4.5 mであるのに対し、ASTRO-H衛星に搭載される SXTは口径 450 mm、焦点距離 5.6 mと大型化しており、既存のビームラインでの測定は不可能であった。そこで、2013年に予定されるフライトモデルの地上較正試験に向けて、2012年にビームラインに大規模な改修を施した。四極スリットステージ、望遠鏡ステージ、検出器ステージを搭載した全長 11.3 m、直径 1.8 mの円筒型の測定チャンバーを新たに導入し、最大で口径 450 mm、焦点距離 0.7 ∼ 9.0 mの望遠鏡の測定が可能になった。しかし、測定チャンバーの巨大化に伴いX線発生器から四極スリットまでの距離は 30 mから 27 mに短くなり、それに伴いペンシルビームの平行度も∼3秒角程度悪くなっている。撮像に用いるX線CCDカメラの更新も行い、従来のカメラに比べて撮像が高速になったことにより、CCDカメラを用いた分光測定も現実的となった。また、温度、真空度の記録システムの導入に加え、水晶振動子センサーの導入によりコンタミネーションの監視も可能となり、環境管理の面でフライトモデルを受け入れる体制が整っている。私は、ビームラインの改修に伴い、新しい測定システムの構築を行った。ラスタースキャンによる測定

    を行うためには、望遠鏡ステージと検出器ステージの動作を高い精度で同期させる必要があり、更に検出器の露光等の操作も同時に行わなければならない。そのためにステージコントローラ、検出器コントローラの同期制御が可能なソフトウェアの開発を行った。また、二結晶分光器や可動式X線発生器ステージの制御もソフトウェアに組み込むことにより、ビームラインに装備されているあらゆる移動ステージを単一のワークステーションから同期制御することを可能にした。完成したシステムにおけるステージ同期性の評価のため、CMOSカメラを用いたステージ同期性確認試験を行った。その結果、検出器ステー

  • ジと望遠鏡ステージを同期制御した時に、ステージ可動範囲内で両ステージ間のずれは±20 µm( ∼1.5秒角 )以内、再帰性は ±3 µm( ∼ 0.3秒角 )以内であり、十分な精度を持っていることがわかった。更に、システムの実証のために、すざく型X線望遠鏡の性能評価試験を行った。この望遠鏡はすざく衛星のものと同じく口径 400 mm、焦点距離 4.5 mのX線望遠鏡鏡であるが、すざく衛星に搭載された望遠鏡に比べ結像性能が向上しており、HPDで 1.08分角である(2009年林修論)。今回の私の測定結果では HPDが 1.07分角となり、両者の結果は誤差の範囲内で一致している。本研究により、宇宙科学研究所ビームラインにおいて従来よりも大口径、多様な焦点距離の望遠鏡の

    測定が可能である測定システムの性能が実証され、ASTRO-H衛星に搭載するX線望遠鏡のフライトモデルに向けた測定体制が整ったと言える。本論文では、ビームラインの改修と制御システムの詳細について述べ、システム実証試験の結果について議論する。

    図 1: 新しい測定チャンバー。

    図 2: すざく型望遠鏡(左)と、そのX線イメージ(右)。

  • 衛星搭載を目指す MEMS X 線望遠鏡の開発研究

    宇宙物理実験研究室     11879308 小川 智弘

                              X線天文学において、微弱な天体からのX線を集光し結像する光学系は不可欠である。X線 (0.1—10 keV) に対する対する物質の屈折率は 1 よりもわずかに小さい。そのため宇宙X線光学系では全反射を利用した斜入射光学系が広く用いられる。天体からのX線は地球大気に吸収されてしまい地上に届かないため人工衛星などの飛翔体を使って観測する必要がある。そのため軽量で、有効面積が大きく、角度分解能の良い光学系が求められる。 私は将来のX線天文衛星や惑星探査衛星に向けて MEMS (Micro Electro Mechanical Systems) 技術を用いた独自の超軽量X線望遠鏡の開発を進めている。シリコンドライエッチングやX線LIGA技術によって幅 20 µm、深さ 300 µm 程度の高アスペクト曲面穴構造体を製作し、アニールや磁気流体研磨を用いて側壁を平滑化することでX線反射鏡として利用する。平行X線を集光するように高温塑性変形もしくは弾性変形を用いて球面変形を行い、最後に多段に重ねてX線天文で広く用いられている Wolter I 型望遠鏡として完成する。本望遠鏡は薄いシリコン基板を用いるため従来の望遠鏡より 1 桁以上軽く、一体成形であるため従来のように反射鏡を 1 枚ずつ配置する必要がないため製作コストが抑えられる。 我々のグループではこれまでに 7.5 mm 角の鏡チップによるX線反射、1 回反射型 4 inch シリコン光学系によるX線結像、原子層堆積法による重金属膜付けを行った光学系による反射率向上を、いずれも世界で初めて実証してきた。最新の 1 回反射型の光学系の角度分解能は半値幅で 14 分角であり、搭載を目指す木星探査衛星の要求値である < 5 分角 を満たしておらず改善が必要である。 本論文では、この開発を進め 2 回反射型望遠鏡の製作とX線結像の実証に着手した。ドライエッチング、アニールを行い製作した 2 枚の基板をそれぞれ曲率半径 1000 mm と 333 mm で球面変形した。さらに回転方向に分角、並進方向に µm スケールで位置合わせできるように開発した組み立てシステムを用いて、可視光による 2 枚の基板の位置合わせを行った。その後、JAXA宇宙科学研究所 30 m ビームライン(図1 左)にて初めてラスタースキャンを行いX線の全面照射イメージを取得した (図1 右)。中心の集光像の広がりは半値幅で ~8 分角となった。しかし、1 段目の反射が 2 段目で反射されず焦点面で結像してしまう

  • いわゆる迷光が多く見られた。これは有効面積の損失に繋がる。原因としては主に曲率半径 1000 mm の基板の球面変形精度と、2枚の反射面の形状精度が考えられる。 そこで、有効面積と球面変形精度の向上に向けて、開口効率を18% から31 %に上げ穴のパターンの境界にある梁を0.75 mm から 0.15 mm に細くした新たな光学系をデザインし製作した。そしてこの新光学系を用いて設計曲率半径 1000 mm で球面変形を行ったところ、梁が原因となる変形の不連続性は改善されたが、曲率半径は 1180 mm となり設計値より有意に大きかった。今後は意図的に曲率半径を小さくした球面変形用の治具を用いた条件出しを進める。 形状精度改善に向けてはドライエッチングで用いるマスク材に着目した。これまではドライエッチング時に反射面の両端にバリが生成されてしまい、これが入射および反射X線を遮蔽し反射率の低下を招いていた。そこでマスク材をこれまでの金属マスクからレジストマスクに変更した。金属マスクはドライエッチング時にシリコンによりスパッタされマイクロマスクを作る。このマイクロマスクによるドライエッチングの長時間化 (150 min) がバリの発生と形状悪化に繋がることが分かった。マスク材をレジストマスクに変更したことでマイクロマスク形成を防ぎドライエッチング行程の時間短縮 (130 min) とバリの抑制に成功した。200 µm スケールの形状精度は ~100 nm rms から ~60 nm rms へと約 1.5 倍改善した。

     

    図1 : JAXA宇宙科学研究所 30 m ビームラインにおける 2 回反射望遠鏡セットアップ (左) および X線結像 (右)。

  • TES型 X線マイクロカロリメータの 放射線耐性と多素子化に関する研究

    宇宙物理実験研究室

    11879306 榎島 陽介 我々はダークバリオン探査を目的とした次世代X線天文衛星 DIOS (Diffuse Intergalactic Oxygen Surveyor) 搭載へ向けた、X線撮像分光器 TES (Transition Edge Sensor) 型マイクロカロリメータの開発を行っている。TES カロリメータは入射したX線光子のエネルギーによる素子の微小な温度上昇を、 超伝導遷移端における急激な抵抗変化を利用して測る検出器である。これまでの CCD などの半導体検出器に比べ 1 桁以上優れた分光能力を持ち、100 mK 程度の極低温下で動作させることで数 eV という高いエネルギー分解能を達成することが可能である。TES の遷移温度(転移温度:Tc)は、冷凍機の能力内で良いエネルギー分解能を得るために 100∼120 mK の範囲が望ましく、我々のグループでは TES 温度計に超伝導金属 (Ti) と常伝導金属 (Au) の二層薄膜を使用することで、近接効果を利用して遷移温度をコントロールしている。これまでにチーム内で自作した 200 μm 角の単素子で 5.9 keV (Mn-Kα) のX線に対して分解能 2.8 eV を達成している。また、16×16 アレイで 4.4 eV を達成している。しかし、DIOS が要求する性能値は有効面積 1 cm 角で 400 ピクセル、1 ピクセル毎の分解能は 2 eV である。これを両立するには配線の省スペース化、クロストークの低減が必要である。このために我々は、シリコン絶縁膜を挟み込む事で配線を折り返し構造にする基板デザインを開発し、これを TES へ加工する技術を確立してきた。 本研究では、大きく分けて2つのことを行った。1つ目は、従来配線(単層配線)を用いた、TES の放射線耐性に関する試験である。次に2つ目は、TES の多素子化によって発生する問題を解決するために新たに採用した、折り返し配線(積層配線)型素子の開発に関する研究である。 1つ目の放射線耐性についてだが、人工衛星へ搭載するような宇宙応用を考える際、 数年単位の使用を想定しているため、宇宙線の影響を評価する必要がある。超伝導薄膜を利用した素子である TES の性能に直結すると考えられる放射線損傷として、放射線の種類によらない累積エネルギー(吸収線量)で影響を表す電離損傷があげられる。電離損傷はトータルドーズ効果の 図1:TMU193 と同形状の TMU146 の写真と、 陽子ビームの照射範囲。

  • 一種で、超伝導/常伝導二層薄膜の界面を変化させ、近接効果の振る舞いが変わることにより超伝導転移特性 (R-T 曲線) を変える可能性がある。つまり転移温度、 臨界電流、温度計感度の変化が予想される。さらに、これらの値が変化することによるエネルギー分解能の劣化も予想される。 放射線耐性の試験には、グループ内で最高性能を得た素子と同形状の素子である TMU193 を使用し、150 MeV の陽子を約 10 krad 分照射した(図1)。これは、約 10 年運用して被爆するとされる累積線量である。そして私は、照射前後の性能評価結果を比較し、R-T 曲線(転移温度=前:164±5.0 mK → 後:158±5.0 mK)とエネルギー分解能(前:5.1±0.3 eV → 後:5.6±0.4 eV)に目立った変化はなく、放射線損傷による影響が小さいことを確認した。 次に2つ目の多素子化に関する研究について述べる。私は、確立されたプロセス技術に従って製作された積層配線型の 4×4 アレイ素子である TMU284(図 2 左)について性能評価を行い、超伝導転移特性 (R-T 曲線、臨界電流) が良質な事を確認した。さらにX線照射実験を行い、5.9 keV のX線に対して、本基板デザインで初めて信号の取得に成功した。 TMU284 の良質な超伝導転移特性の結果を受け、同様の製作プロセスで 20×20 の大規模アレイである TMU293(図2右)の製作がなされた。私はこの素子の性能評価を行った。しかし結果として良質な転移特性を得られず、X線信号の取得もできなかった。これを受けて、素子の表面と断面の観察を行い、原因を調査した。これにより、上部配線が傷ついていたり剥がれている箇所や、一部は下部配線にまで傷が達している箇所を見つけた。こうした箇所では配線の断線やショートが起きていることが分かった。また、二層薄膜の膜厚の均一性や密着性に問題はないものの、Au が一部で薄くなっていることが分かった。 どの製作段階が原因となっているのかを知るため、別に 20×20 アレイを製作していく上で、各段階ごとに超伝導転移特性の調査と電子顕微鏡による表面観察を行った。その結果、二層薄膜の成膜段階では問題なかったが、パターニング後に常伝導抵抗が数Ωと高くなる事が分かった。温度 T=107 mK(@T/Tc=0.47)での臨界電流も 10 μA 以下であった。今後は、積層配線型の大規模アレイを製作する上で発生する問題の解決をしていく予定である。 図 2:左図は積層配線 4×4 素子 TMU284。右図は積層配線 20×20 素子 TMU293。どちらも 上から見た写真。下部配線は上部配線の真裏にあるため、重なって見えない。半数の ピクセルには、ピクセル中心部に正方形の形をした吸収体が付いている。

  • CoMoCATCoMoCATCoMoCATCoMoCAT 法によって合成された法によって合成された法によって合成された法によって合成された単層カーボンナノチューブの単層カーボンナノチューブの単層カーボンナノチューブの単層カーボンナノチューブの

    電子状態に関する電子状態に関する電子状態に関する電子状態に関する分光分光分光分光研究研究研究研究

    光物性研究室

    11879316 鈴木 良輔

    単層カーボンナノチューブ(SWCNTs)は炭素原子だけで構成されたナノメ

    ートルサイズの直径を持つ筒状の物質であり、一次元電子状態に由来する特異

    な物理的性質を持つことが知られている。これまでの光電子分光実験によって、

    フェルミ準位付近の状態が束縛エネルギーのべき乗に比例する「朝永-ラッティ

    ンジャー液体状態(TLL 状態)」や、状態密度の発散である「一次元 van Hove 特

    異点(VHS)」が観測されている。しかし、単一のカイラリティのみしか持たな

    い SWCNTs を作製することは難しく、今までの実験では混合物や金属、半導体

    のみで構成された試料で行われ、単一カイラリティからなる SWCNTs の直接的

    な電子状態の観測は殆どされていない。本研究は、CoMoCAT 法で合成された

    0.8nm 程度の直径を持つ SWCNTs(CoMoCAT 試料)について、高純度の金属

    型や、単一カイラリティからなる SWCNTs の電子状態の直接的観測を目的とし

    た。CoMoCAT 試料は限定的なカイラリティを持つ SWCNTs であり、半導体型

    である(6,5)や(7,5)、(7,6)、(7,3)、金属型である(6,6)、(7,4)が大半を占める試料

    である。今回の実験では、アガロースゲル分離法と密度勾配超遠心分離法(DGU

    法)を組み合わせることにより(6,5)が支配的な試料((6,5)-enrich)と金属型の

    試料(Metal-enrich)を作製した。

    図 1 にゲル分離の概略図を載せ

    た。これは、カイラリティによって

    ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)な

    どの界面活性剤との結び付きが異

    なることによりゲルとの相互作用

    強度が異なることを利用した方法

    である。基本的に金属型の方が弱い

    為、金属型はゲルにトラップされず

    に落ち、半導体型はゲルに残ること

    になる。この際、SDS の濃度を調

    整する事で (6,5)-enrich を得るこ

    とができる。また、4 度ゲルに通し

    た試料を更に DGU にかけること

    で、Metal-enrich を得た。

  • 図 2 は CoMoCAT 試料とそれ

    を分離して精製した(6,5)-enrich、

    Metal-enrich の光吸収スペクトル

    である。これを見ると(6,5)-enrich、

    Metal-enrich それぞれに対応する

    カイラリティ以外のピークがほぼ消

    えていることが確認できる。純度は

    (6,5)-enrich の (6,5) が 55 % 、

    Metal-enrich の Metal が 60%程度

    である。

    図 3 は Metal-enrich の光吸収ス

    ペクトルで 2.7eV 付近に見える M1

    ピークと、CoMoCAT 試料に含まれる

    金属型 SWCNTs である(6,6),(7,4)

    チューブのタイトバインディング

    (TB)近似による状態密度(DOS)

    の 2 倍を比較したグラフである。(6,6),

    (7,4)チューブの M1 ピークがそれぞ

    れ光吸収スペクトルにたいして~

    0.2eV,~0.3eV シフトしていること

    がわかる。

    以上のように、分離精製について

    は十分な結果が得られた。今後はこれ

    らの試料について非占有電子状態を

    逆光電子分光法により、占有電子状態

    は光電子分光法にて測定する予定で

    ある。

    0.81.21.622.42.83.2

    (6,5)

    (7,5)

    (7,6)

    M1

    (7,3)(6,6)(7,4)

    S2 S1

    Photon Energy (eV)

    Abs

    orba

    nce

    CoMoCAT

    (6,5)-enrich

    Metal-enrich

    図図図図 2222 CoMoCATCoMoCATCoMoCATCoMoCAT の光吸収スペクトルの光吸収スペクトルの光吸収スペクトルの光吸収スペクトル

    00.511.522.533.5

    00.20.40.60.811.21.41.6

    Metal-enrich

    (6,6)(7,4)

    Inte

    nsit

    y

    TB - Binding Energy(eV)

    Photon Energy(eV)

    M1

    図図図図 3333 MetalMetalMetalMetal----enrichenrichenrichenrich の光吸収スペクトルの光吸収スペクトルの光吸収スペクトルの光吸収スペクトル

    と、と、と、と、TBTBTBTB 近似での近似での近似での近似での DOSDOSDOSDOS をををを 2222 倍したもの倍したもの倍したもの倍したもの

  • スピンアイスにおける磁気モノポール

    粒子ビーム物性研究室

    11879311 後藤 和基

    結晶構造の幾何学的要因のためにスピン対での安定配置が系全体では同時に実現できな

    いフラストレート磁性体が注目されている。最も単純な例としては、スピン間が反強磁性

    的な場合の三角格子のイジングスピンの場合である(図1(b))。1つの三角形に注目すると、

    全ての相互作用を同時に満たすようなスピン配置は存在しないことがわかる。このように

    幾何学的な要因によってフラストレーションが起こる場合を特に幾何学的フラストレーシ

    ョンと呼ぶ。

    本研究対象のスピンアイスDy2Ti2O7も幾何学的フラストレーションの理想的な系である。

    Dy2Ti2O7 の磁性イオン Dy3+は図1(a)のように正四面体が頂点を共有したネットワーク構

    造(パイロクロア格子)を成しており、スピン間の有効相互作用は強磁性的である。更に、

    の局所的な磁気異方性を持つほぼ完全なイジングスピンモデルとなっている。このと

    き、最低エネルギーの状態は、それぞれの正四面体で 2つのスピンが内側を、2つのスピン

    が外側を向く 2-in 2-outを満たした状態であり、これは「スピンアイス」と呼ばれる。スピ

    ンアイスが実現するパイロクロア格子は[111]方向から見ると三角格子とカゴメ格子が交互

    に重なった構造をしている(図2(a))。そのため、低温で[111]方向の外部磁場を印加すると、

    磁場に平行な三角格子上のスピンを磁場方向に固定し、2-in 2-outを満たした状態を作るこ

    とができる。この状態はカゴメアイスと呼ばれ、2次元版のスピンアイスである。

    スピンアイスは低温まで磁気秩序しないためこれまでもよく研究されてきたが、近年そ

    こでの励起状態がモノポールに類似の磁気励起であると理論的に指摘され、さらに精力的

    に研究されている。特に、カゴメアイス状態では2次元カゴメ格子上でのみ磁気モノポー

    ルが動くことが出来ると期待できるため(図2(b))、2次元のモノポールの運動を研究する

    格好の舞台となると考えられる。

    最近、カゴメアイス状態の磁気モノポールの運動について理論が与えられた。それによ

    ると、正と負の磁気モノポールはそれぞれ拡散運動をしており、また磁気モノポール間の

    距離を|r|とすると、モノポール間には 2次元クローンポテンシャル log|r|が存在する、い

    わゆるクーロンガスモデルで取り扱うことが出来るという理論である。そこで、理論に従

    った方法でモンテカルロ(MC)シミュレーションを用いて交流磁化率を計算し、Dy2Ti2O7

    単結晶の交流磁化率測定を行った。

    その結果、驚くべきことに計算結果と実験結果がとても良く一致した(図3)。これは、

    カゴメアイス状態における磁気モノポールの運動を解明したことに他ならない。本論文で

    は、実験とMCシミュレーションの詳細とその結果について報告する。

  • 図1: (a) Dy2Ti2O7の Dy3+イオンの配置。正四面体が頂点を共有したパイロクロア格子

    を成しているまた、スピンはの局所的容易軸を持つ。(b) 三角格子のフラスト

    レーション。

    図2: (a) カゴメアイス状態。三角格子上のスピンは[111]磁場方向に固定される。

    (b)カゴメアイス状態からスピンが1つ反転し、磁気モノポールペアが生じた様子。

    図3: μ0H=0.5 T, T = 0.95, 1.00, 1.05, 1.10, 1.20 Kで測定したχ’の周波数依存性を規格

    化した結果と、MCシミュレーションより求めた AC磁化率実部の周波数依存性。

    黒丸(●)と白丸(○)は、inまたは outの

    スピンを表し、1つの正四面体では、2-in

    2-out(●2つ○2つ)の組み合わせが実現し

    ている。

    [111]

    Dy

    AF

    AF AF

    (a) パイロクロア格子

    (b) 三角格子

  • 単層カーボンナノチューブを用いた一次元磁性体の研究

    ナノ物性Ⅰ研究室

    11879323 田寺 真 【研究概要・目的】 カーボンナノチューブ(CNTs)はグラフェンシートを筒状に丸めた中空円筒空間を有する炭素物質である。グラフェンシート一層からなるものを単層カーボンナノチューブ

    (SWCNTs)と呼び、応用面からも高い引っ張り強度や熱伝導性等の特異な諸物性のために注目されている。一方、SWCNTs の持つ円筒空間も非常に重要である。この SWCNTs の提供するナノ制限空間は一次元性が極めて高く、また、分子や原子を内包出来る。ナノ制限

    空間内のこのような原子・分子はバルクの状態とは異なる分子配列を作り、新奇物性の発

    現が期待されている。 SWCNTs では、その直径によって内包分子の配列を制御することができ、内包分子や原

    子の種類を変えることも容易である。例えば細い SWCNTs に酸素分子を内包した系ではスピン S=1 の一次元鎖が作製できる。SWCNTs の直径を変えることで、相互作用や構造(配列)をほぼ連続的に変化できる。したがって、SWCNTs は一次元磁性体の系統的な研究に格好の物質である。 SWCNTs は直径(又はカイラリティ)に応じて物性が異なることが分かっている。内包系の物性も内包分子の配列が異なってしまう為同様である。しかし、現在まで、製造過程に

    おける SWCNTs の作り分けは出来ていない。そこで、本研究においては、直径分布の狭い高純度 SWCNTs の作製を目的とした。次に、得られた SWCNTs に酸素分子(S=1)及び一酸化窒素分子(S=1/2)を内包させ、一次元磁性体を作製し、SQUID 磁束計でその磁気特性を明らかにすることが目的である。 詳細な試料の精製・分離法の研究を行い、特にゲルカラムクロマトグラフィ(ゲルカラ

    ム)法及び密度勾配超遠心法(DGU)を用いて、 (6,5) カイラリティの SWCNT が濃縮された高純度の SWCNTs 試料を得ることに成功した。その粉末 X 線回折(XRD)パターンには、これまでの純度の低いサンプルでは見えなかった回折ピークの振動構造が見いだされた。

    この構造を計算から得られた XRD パターンと比較することで、XRD 実験により SWCNTsのカイラル指数の同定が可能であることを明らかにした。さらに今まで正確な値が明らか

    でなかった SWCNTs の炭素-炭素結合距離を求めることに成功した。一方、磁性の研究では、酸素については低温でハルデン状態が実現していることが示唆されたが、一酸化窒素

    の測定では再現性のある結果が得られなかった。測定方法の改善が必要であることがわか

    った。 【試料作製】 遠心分離法による不純物除去、ゲルカラム法によるカイラリチィ分離、DGU による不純

  • 物除去およびカイラリチィ分離を行った。ゲルカラム法においては、SWCNT 溶液の濃度や、溶液に対するゲルの量、超音波分散時間などのパラメータを系統的に変化させること

    で最も純良な試料を作製する条件を見出した。その後 DGU を行い、(6,5)SWCNT リッチの純良部分を抽出し、実験サンプルを得た。また、触媒など不純物除去を目的とした重水に

    よる遠心分離処理を試みた。

    【実験結果と解析】 XRD 実験:精製分離した(6,5)リッチの高純度 SWCNTs について、KEK-PF において放射光を用いた XRD 実験を行った。また SWCNTs の構造モデルを仮定して XRD パターンの計算を行い、実験と比較した(Fig.1)。まず、グラフェンの 110、200 ピークに対応する散乱ベクトル近傍のピークに振動構造が現れることが分かった。この振動構造はカイラリティ

    に敏感であり、XRD 実験により SWCNTs のカイラリティの同定が可能であることがわかった。さらに、ピーク位置より炭素結合距離が 1.405±0.011Åと求まった。今後 X 線の波長の校正行うことによりさらに精度が上がるものと思われる。

    4.5 5 5.5 6 6.5

    Intensity (a.u.)

    Q [1/Å]

    0

    1x10-4

    2x10-4

    3x10-4

    0

    0.1

    0.2

    0.3

    0 50 100 150 200 250 300 350

    bulk NO[μ

    eff /μ

    B ]

    Temperature [K]

    M [emu]

    @1.5T

    simulation parameters diameter : 7.42Å bundle : 3 SWCNTs SWCNT-SWCNT distance : 3.5Å SWCNT length : 121Å

    Fig. 1 110 ピーク近傍の XRD パターン(点線は、結合長が1%違う二つの場合の計算結果)

    磁化測定:重水処理で作製した酸素内包 SWCNTsにおいて、XRD 実験及びシミュレーションを行い、低温において酸素分子が SWCNTs 内で S=1 の反強磁性一次元鎖を形成していることが確認された。

    さらに、磁気特性を調べ、特徴的な Haldane 状態と呼ばれる量子磁性相を発現しているという花見

    らの結果(2009 年度修士論文)を再現した。

    Fig. 2 NO 内包 SWCNTs 及び bulk NO の磁気特性。バルクの結果は、

    C. Kachi et al., Polyhedron.26 (2007) pp1876-1880 より。

    次に(6,5)リッチの高純度 SWCNTs への一酸化窒素(NO)の吸着実験を行った。磁化測定実験の結果を Fig.2 に示す。内包された NO 分子はバルクとは異なる磁気特性を示したが、測定の再現性に問題があり、NO の磁化の温度依存について信頼性のある結果を得ることは出来なかった。原因としては、磁化測定用試料管の下部半分が真空であり、上部には NOガス存在し、その影響と思われる。測定系の改善が今後の課題として残された。

  • ゼオライト鋳型炭素に内包された水の凍結過程での

    示差走査熱量計による研究

    ナノ物性Ⅰ研究室

    11879325 田村 尊宣

    【概要】

    この修士論文研究の目的は、DSC(示差走査熱量計)による構造緩和の実験により ZTC

    (ゼオライト鋳型炭素)に内包された水のガラス転移温度の検証をすることである。

    ZTC (ゼオライト鋳型カーボン)は多孔性の周期的分子構造を持つようにデザインされた

    物質で 4000m2/g という表面積から触媒等への利用が考えられている。直径 1.0~1.5nm の

    細孔内に周囲の分子を良く吸着するという性質があり、制限空間内での水分子の状態など

    の研究が為されている。制限空間という特殊な状態で、水分子は結晶構造やアモルファス

    に通常とは異なる状態が現れると考えられる。カーボンナノチューブ、ZTC に内包された

    水について相転移の研究が行われており、カーボンナノチューブでは、結晶構造が環状の

    アイスチューブになることが分析されている。ZTC では、水分子がクラスター構造を形成

    して安定状態になるという報告もある。従来、水のガラス転移温度は、134K付近にあると

    されていたが、ナノ物性I研究室の研究報告では、DSC による比熱分析、NMR( 核磁気

    共鳴 )による緩和時間の分析などから 143K付近に ZTC内包水のガラス転移温度があると

    推定している。このガラス転移温度を確認する方法として、構造緩和ピークを計測する

    方法がある。有機物質等のガラス転移ではガラス状態で適切な緩和条件を設定することで、

    ガラス転移温度付近に構造緩和ピークと呼ばれる吸熱現象が見られる。ZTC 内包水でも、

    この構造緩和のピークがあれば、その温度領域にガラス転移温度があることの証明となる

    ことから、この修士論文研究では、ZTC 内包水を低温でホールドすることで緩和を行い、

    その緩和状態の条件を系統的に変えながら、構造緩和ピークの検出を試みた。(図1)

    さらに、ZTC にはゼオライト同様の分子吸着の機能があり、水素や二酸化炭素をはじめ

    とした気体の吸着に関する研究報告も多い。実験を進める過程で ZTCの気体吸着の影響を

    考察する必要がでてきたことから、通常は BET 法など圧力に関する吸着量を計測するが、

    DSC装置による熱量分析から、その傾向を読み取ることを試行した。(図2)

    また、モンテカルロシミュレーションなどを用いて ZTCの分子構造を考慮した吸着過程

    の分析があるが、これらの研究データを利用して、ファンデルワールス力に基づく吸着の

    安定状態のシミュレーションを行い(図3)、分子の位置関係、配向性を考慮しながら実験

    データの考察をした。

  • 図1.ホールド時間による構造緩和ピークの検出 図2.内包水の比熱への脱気の影響

    図3.ZTC基本構成へのN2の吸着イメージ

    【結論】

    内包水のガラス転移は DSCによる構造緩和の実験からは確認できなかったが、

    ZTC+内包水の昇温過程 160K付近のガラス転移的な曲線変化の発生理由を分析した

    結果、これは内包水のガラス転移によるものでは無く、ZTC+内包水の状態でも気体の

    吸着が起きていて、溶存空気や混入した気泡などが降温過程で吸着したからであると

    予想される。また、ZTC 内包水は十分低温でアモルファス状態であるが、そのような

    状態では混入した気体分子により、水素結合の相互作用が低下して比熱を減少させて

    いる可能性があり、推定されるガラス転移温度付近で影響している可能性がある。

  • 核磁気共鳴法によるゼオライト鋳型炭素(ZTC)の研究

    ナノ物性Ⅰ研究室

    11879335 山田 健介

    【研究背景】

    ゼオライト鋳型炭素(Zeolite Templated Carbon : ZTC)は、2008年に東北大学の京谷

    隆教授らによって発表された水素と炭素から成る新規物質(C36H9)で、その名の通りゼオ

    ライトを鋳型のように扱って合成された物質である[1]。C36H9 を一つのユニットとして幾

    つも結合し、全体ではジャングルジムのような周期的な構造(Fig. 1 左)を成すと考えら

    れている。広大な比表面積(4000 m2/g)を持っており、グラフェンの理論表面積(2630 m2/g)

    よりも大きい。これは現時点で表面積の最も大きな炭素材料である。また、ゼオライト構

    造を反映した均一な細孔が存在し、そのサイズは 1.3 nm前後である。

    このような特徴から、ZTC は活性炭に替わる電気二重層キャパシタの電極材料、燃料電

    池の水素吸蔵材料、ナノ細孔制限のホスト材料としての利用が期待されている。しかし、

    非常に細かい粉末状試料で飛沫しやすいため実験が比較的困難であり、基礎物性は不明な

    点が多く残されている。ごく最近、第一原理計算が行われ、0.84 eVのギャップの開いた半

    導体的なバンド構造(Fig. 1 右)をもつことが報告されたが[2]、実験的に解明はされてい

    ない。

    Fig. 1 左:ゼオライト鋳型炭素(ZTC)の構造モデルと C36H9ユニット[1]

    右:是常氏らによって計算された ZTCのバンド図[2]

    【研究目的】

    本研究は ZTCの電子状態を実験的に明らかにすることを目的とした。実験は非破壊、非

    接触で微視的なプローブである核磁気共鳴法(NMR)を中心に、磁化測定、比熱測定を行

    った。

    【実験結果】

    13C NMR スペクトル測定から、ZTCは sp2炭素によって構成された典型的なパウダー

    パターンを示すことがわかり、化学シフトの等方値は129 ppmで先行研究とも相違ない[3]。

    C36H9

  • そしてそのスペクトルは構造の似ているフラーレンや Hard Carbon(フラーレンを高温高

    圧で合成した物質)と類似しており、ZTCの構造単位である C36H9のグラフェン構造(Fig.

    1)を反映していると考えられる(Fig. 2 左)。

    核スピン-格子緩和時間 T1の温度依存性測定から 120以上において金属に期待される

    T1T = 一定の振る舞いが観測されたが、120 K以下の低温では 60 K付近にピークを持つ振

    る舞いが観測された(Fig. 2 右)。120 K以下の振る舞いは ZTCのエッジに結合した酸素

    原子や水素原子による影響が考えられる[1]。T1から見積もられるフェルミエネルギーでの

    電子状態密度( )の比較から ZTCの は金属であるフラーレン化合物

    (K3C60)やグラフェン層間化合物(KC8)の 程度であることがわかった。

    比熱測定からも電子比熱係数 による電子状態密度( )の見積もりを行い、そ

    の値はフラーレン化合物やグラフェン層間化合物と同程度であった。これは NMRの結果か

    ら見積もられる に比べておよそ 5倍大きく、NMRの結果と定量的には一致しなかっ

    た。

    本研究の結果、ZTC はバンド計算の結果では半導体的なバンド構造であるが[2]、エッジ

    に結合した酸素原子等の結合原子によるフェルミレベルの低下から金属化が起こった可能

    性が考えられる。

    -1000100200300

    ZTC at 4.2 KC

    60 at 77 K

    Hard Carbon at 4.2 K

    shift (ppm)

    0 50 100 150 200 250 3000

    0.0002

    0.0004

    0.0006

    0.0008

    0.001

    0.0012

    (T1T

    )-1 (

    se

    c T

    )-1

    T (K)

    Fig. 2 左: ZTC、C60、Hard Carbon の 13C NMR スペクトル

    右: の温度依存性。点線は T1T = 一定を示す。

    [1] H. Nishihara, T. Kyotani et al., Carbon 47 , 1220 (2009).

    [2] T. Koretsune et al., Phys. Rev. B 86, 125207 (2012).

    [3] Z.X. Ma, T.Kyotani et al., Chem. Mater. 13, 4413 (2001).

  • 電気二重層を用いたキャリア注入による単層カーボンナノチューブの光吸収制御

    ナノ物性 II研究室

    11879301 五十嵐 透

    単層カーボンナノチューブ (single walled

    carbon nanotube, SWCNT)はグラフェンシートを

    丸めた円筒状の炭素材料であり、その巻き方によ

    って電子状態が変化し金属型と半導体型とに大別

    出来る。また SWCNT の鋭い光吸収スペクトルは

    量子化条件に由来するエネルギーバンド構造と

    SWCNT のナノスケールにおける 1 次元性を反映

    した状態密度の発散するエネルギーの存在(ファン

    ホーブ特異点)に起因すると考えられている。

    SWCNT の分離精製技術の進展により、高純度

    に金属型・半導体型を分離することや単一カイラ

    リティ試料を得ることが可能になり金属型

    SWCNT は透明導電膜へ、半導体型 SWCNTは電

    界効果トランジスタへの利用が期待されている。

    しかしながら SWCNT が不規則な束状態を形成している状態では、溶液中における単分散状

    態でのスペクトルと大きく異なるスペクトルを示す(Fig. 1)。光吸収におけるバンドピークのシ

    フト、ブロードニング、紫外領域における大きな吸収の立ち上がりが生じ、その背景を明らかに

    することは基礎・応用の両方の分野において重要となっている。

    過去の研究においては、

    この吸収帯の背景はプラズ

    モン由来の散乱と考えられ

    ていたが、近年ではグラフ

    ァイトの単位胞で定義され

    る M 点でのπ-π*遷移由来

    であり、また自由キャリア

    と結びついたバンド間遷移

    由来の吸収帯としての見方

    が主流になりつつある。し

    かしながら、ナノカーボン

    材料の光吸収は光散乱と吸収とが組み合わさった状態であるために紫外領域の吸収帯を全てバ

    ンド間遷移由来のピークであると記述することは問題があると考えられる。

    SWCNT の色が一次元性に由来するファンホーベ特異点間の電子遷移に依存する為に、フェ

    ルミエネルギーの位置をキャリアドープによって制御することが可能と予想され、これまで我々

    は SWCNTの色の電圧制御(エレクトロクロミック)を世界で初めて達成している。

    高純度精製した SWCNT 薄膜に電位を印加することによって溶液と薄膜の界面に電気二重層

    Fig. 1 (6,5)SWCNTの溶液(上)、および

    薄膜の光吸収スペクトル(下)

    1 2 3 4 5 60.0

    0.5

    1.0

    1.5@20℃ 0.0V

    -2.0V 0.0V

    (vs Ag/Ag+)

    S33S

    22S11

    Abso

    rban

    ce

    Photon energy [eV]

    1 2 3 4 5 6

    0.0

    0.2

    0.4

    0.6

    0.8

    1.0@-26℃

    S33

    S22

    S11

    0.0V -2.0V 0.0V

    (vs Ag/Ag+)

    Abso

    rban

    ce

    Photon energy [eV]

    Fig. 2 20℃と-26℃における(6,5)SWCNTの光電気化学測定の結果

  • を形成させ、電子やホールをドーピング

    することが可能である。これにより

    SWCNTのバンド間遷移由来の光吸収を

    変化させることが出来る。この手法を用

    いて紫外領域の吸収の制御を議論するこ

    とでバンド間遷移由来であるかその他由

    来のピークであるかが明らかになると考

    え研究を行った。

    しかしながら測定において、SWCNT

    薄膜の紫外領域にまで影響を与える程の

    電位を印加した場合、室温では電解液の

    電気化学反応等による変化が起こり物性

    評価にまで至らなかった。その問題を解

    決するために本研究では低温下での安定

    した電気化学測定が可能な系を構築した

    (Fig. 2)。

    本研究では可逆変化内における

    SWCNT薄膜の光吸収バンドでの吸光度

    の印加電圧依存について(6,5)、金属型、

    半導体型SWCNT薄膜の3つの試料に行

    いその結果をまとめた(Fig. 3)。

    その結果、低温におけるキャリアドーピン

    グにより、紫外領域の吸収を変化させること

    が可能であることを明らかにした。キャリア

    は第 2ファンホーベ特異点程度までしか注入

    出来ていないが、電子‐電子、および電子‐

    格子相互作用により、注入されたキャリアに

    よりπ‐π*遷移に由来するバンドを大きく

    変化させることが可能であることが分かった。

    一方、キャリア注入によるスペクトルのブロ

    ードニングは観測されていない為、自由キャ

    リアと結合した Fano 型吸収帯の寄与は小さ

    いと考えられる。キャリアドーピングにより、

    注入キャリアに起因する新しい吸収帯が半導

    体型や金属型 SWCNTで観測された。

    -3 -2 -1 0 1 2

    0.4

    0.5

    0.6

    0.7

    0.8

    0.9

    1.0

    1.1@-26℃(6,5)

    S11

    S22

    U-band

    Potential [V vs Ag/Ag+]

    Norm

    aliz

    ed a

    bso

    rban

    ce

    0.96

    0.97

    0.98

    0.99

    1.00

    1.01

    -3 -2 -1 0 1 2

    0.5

    0.6

    0.7

    0.8

    0.9

    1.0@-26℃metal

    M11

    M22

    U-band

    Potential [V vs Ag/Ag+]

    Norm

    aliz

    ed a

    bso

    rban

    ce

    0.965

    0.970

    0.975

    0.980

    0.985

    0.990

    0.995

    1.000

    1.005

    -3 -2 -1 0 1 20.2

    0.4

    0.6

    0.8

    1.0

    S11

    S22

    U-band

    Potential [V vs Ag/Ag+]

    Norm

    aliz

    ed a

    bso

    rban

    ce

    0.92

    0.94

    0.96

    0.98

    1.00

    1.02@-26℃semi

    Fig.3 (6,5)、金属型、半導体型 SWCNT薄膜の

    吸光度の印加電圧依存

  • 凍結乾燥法で作製した Zn-DNAの電子状態

    ESR物性研究室 11879310 粂田 翼

    DNA(DeoxyriboNucleic Acid)は、生物の遺伝情報をつかさどる有機高分子である。DNAの研究は、分子生物学や遺伝子工学の分野におけるヒトゲノムの解明や遺伝子操作、クローン技術など急速に発展してきている。近年、DNA が持つユニークな性質から、DNA の研究は生物学の分野に限らず、ナノエレクトロニクスの素材としても関心が持たれ、研究が盛んに行われており、その電子状

    態に関して多くの報告がされている。本グループでも、DNAの基礎物性の解明を目的として、ESRや SQUID磁束計などを用いて、DNAにMn2+や Fe2+などの磁性イオンを導入した Metal-DNA の物性を探るさまざまな研究を行ってきた。 天然の DNAは半導体であると結論づけてきた。そこで、DNAに電荷担体を導入することを目的としてDNAに磁性イオンを導入したMetal-DNAについて、その物性を調べてきた。これまでの本グループの研究を通してわかっているこ

    とは、Fe2+以外の2価金属イオンを導入したMetal-DNAにおいて電子状態に変化はなく、電荷移動はおきていないということである。それに対して Omerzu博士等によって、凍結乾燥法で作製した Zn-DNAから得られた常磁性スピン磁化率やマイクロ波伝導度の測定結果が温度に依らなかったことなどから、

    Zn-DNA は非局在の強相関電子系であると報告された。ここで報告された結果は、Zn-DNAは DNAと導入された Zn2+ の磁性をそのままに反磁性的振る舞いを示すというこれまでの本グループの結論とは異なるものであった。この違い

    を生んだ原因として、試料作製方法に注目した。これまで本グループではエタ

    ノール沈殿法によって Zn-DNA を作製し、生じた沈殿を空気中で乾燥させる方法をとってきた。これに対し、Omerzu 博士等は DNA とZnCl2と Tris-HCl 緩衝剤を混合して Zn-DNA を作製してその溶液を液体窒素中で凍結し、真空引きして乾燥させる方法をとっている。Omerzu 博士等は Tris-HCl 緩衝剤の存在が実験結果を説明する上で重要であるとしていたが、我々は乾燥方法の違いが

    より重要であると考えた。通常の空気中での乾燥では、試料中の水分は液体の

    状態で表面からの蒸発により除去される。そのため、表層に濃縮層ができ、深

    部には水分子が残りやすい。一方、凍結乾燥では、試料中の水分が融解するこ

    となく氷のまま昇華除去されるという特徴がある。これにより、試料が多孔質

    に乾燥するので、内部からも乾燥し、低水分まで乾燥できる。この乾燥方法に

    よって試料に残る水分量の違いが、結果の違いに影響を及ぼしているのではな

  • いかと考えた。また、ほとんどが再結晶した Tris-HCl 緩衝剤で Zn-DNA は全体の 7% 程度しか含まれない試料より、Zn-DNA がほぼ 100% の高純度試料を用いたほうが実験結果の起源を明確にできると考えた。そこで、エタノール

    沈殿法で作製した試料を凍結乾燥することによって、凍結乾燥した高純度の試

    料を作製し SQUID磁化率測定した結果を Fig. 1に示す。温度に依らない常磁性磁化率が得られた。また、磁化の磁場依存性の結果を Fig. 2に示す。低磁場付近で急激に立ち上がる強磁性的なふるまいを示す結果が得られた。これらの

    結果をもとに、原料である DNAや ZnCl2の純度や試料の状態に着目し、これらの結果の起源について考察した。

    -0.002

    0

    0.002

    0.004

    0.006

    0.008

    0.01

    0 50 100 150 200 250 300

    χ (e

    mu/

    mol

    )

    Temperature (K)

    -15

    -10

    -5

    0

    5

    10

    15

    0 20000 40000 60000 80000

    M (e

    mu/

    mol

    )

    Magnetic Field (G)

    Fig. 1 磁化率の温度依存性 Fig. 2 磁化の磁場依存性

  • キュービックアンビル超高圧下装置によるβ’-(BEDT-TTF)2ICl2の電子状態の解明

    ESR物性研究室11879320 高倉 寛史

      有機結晶であるβ’-(BEDT-TTF)2ICl2は常圧では半導体的であり、22 Kで反強磁性に転移する。この物質に圧力を加えると電気抵抗率が下がっていき、温度によってもその値は変化していく。低い圧力下では温度を下げるにつれて電気抵抗率はあがる半導体特性を示すが、高圧になるにつれ室温から100 K付近まで電気抵抗率は温度によらなくなっていき、7 GPa程度から極低温下で電気抵抗率がピークをとるようになる。そして、8.2 GPaになると14.2 Kで超伝導転移を起こすというとても興味深い系である。本研究ではこの物質の電子状態をESRを用いて調べる為に、超伝導領域である10 GPaという超高圧下で利用可能な装置の開発を目指している。この装置が完成すればβ’-(BEDT-TTF)2ICl2の他、様々な物質の高圧下での電子状態の解明が期待できる。  いままで、ピストンシリンダー型の圧力セルを用いて2.5 GPaまでのESRが測定されており、その反強磁性転移温度が調べられていた。しかし、このピストンシリンダー型圧力セルではこの圧力が限界であり、また、これ以上の圧力下でESR測定を行える装置もなかった。そこで本研究では、キュービックアンビル加圧装置を用いて10 GPaまでの高圧下でESR測定が行える装置の開発を目指す。ピストンシリンダー型圧力セルは一軸加圧であるが、キュービックアンビル加圧装置は上下左右の6方向から均等に加圧する事で高い静水圧性を保持している。この装置は従来は電気抵抗率の測定などに用いら、前述の結果もこれによって得られたものであった。この装置の加圧部にESRの機構を搭載することで10 GPaの高圧下におけるESR測定を目指す。

    図 β’-(BEDT-TTF)2ICl2の電気抵抗率の温度依存性

  •   この論文では前研究者の実験以降、未解決であった問題や新たに生じた問題に対しての実験とその結果に対する考察を行う。特に電気抵抗率の測定では影響のないアンビルの磁化が本実験には大きな影響を及ぼしていた。また、試料コイルの作製方法については確立できたといえ、加圧下において安定した信号を得る事に成功したので、低温下(窒素温度まで)において目的の試料であるβ’-(BEDT-TTF)2ICl2の測定も行った。それについての考察も行う。

    図 キュービックアンビル加圧装置を用いたESR装置の概略図

    図 β’-(BEDT-TTF)2ICl2のESR線幅の温度依存性

    赤い点が今回の測定結果(5 GPa)、青い点が5 GPaにおけるDPPHのESR線幅である。その他の点は過去の実験結果であり、このように過去の結果と似たような傾向をとっている。

  • 混合系におけるダイレクトトンネリング仮説について

    非線形物理研究室10879327 程島 康行

    トンネル現象は量子力学のもつ波動性に起因し、通常のエネルギー障壁に隔てられた領域間のみならず、より広義な古典的に到達不可能領域の間でも起こる。系が完全可積分な場合、すべての軌道は規則的に振る舞い、位相空間は初期条件の異なる規則的な軌道によって棲み分けられる。そして、それらは互いに到達不可能な領域になっていることから互いが互いの障壁の役割を果たしているとも言える。完全可積分な系に摂動が加わると、一般に位相空間にはカオスと呼ばれる不規則な運動が

    発生するが、摂動の強さが大きくない限り、完全可積分系がもつ規則的な運動のすべてが消失するわけはなくその一部は残存する。そのため系の位相空間は一般に規則領域とカオス領域が混じり合ったものとなる。そのような位相空間は混合位相空間と呼ばれる。混合位相空間内には、完全可積分系の名残である規則領域以外に、摂動の印加により発生したカオス領域や共鳴構造などさまざまな構造が複雑に混在する。それらは各々が不変集合であることから、完全可積分系の規則軌道のときと同様に互いが互いの動的障壁をつくる。一方、位相空間に生成された動的障壁を量子効果によって透過する現象は「動的トンネル効果」と呼ばれ、古典力学にその対応物のない純粋な量子力学的な効果であるにもかかわらず、その性質は古典混合位相空間の構造を強く反映する [1][2]。近年、Bäckerらは、ダイレクトトンネリングと呼ばれる、共鳴構造など混合位相空間内の

    複雑な構造の影響のない、規則領域からカオス領域への単純な動的トンネル過程が存在することを提唱し、そのトンネル確率を算出する方法論を考案した [3]。ダイレクトトンネリングによるトンネル確率の算出には、「仮想可積分系」と呼ばれる,規則領域を近似した系を構成し、その仮想可積分系を時間発展させたものと外側カオス領域との重なり積分を取ることによって行われる:

    γm = ||P̂chÛ |ψmreg〉||2 = ||(1̂ − P̂reg)Û |ψmreg〉||2 (1)

    γmは仮想可積分系のm励起状態 |ψmreg〉からカオス領域へのトンネル確率であり、Ûは系の時間発展演算子を、P̂chはカオス領域への射影演算子を表す。また P̂regは P̂reg =

    ∑m |ψmreg〉〈ψmreg|

    で定義され規則領域への射影演算子である。注目すべき点は、トンネル確率を求める際の鍵となる仮想可積分系が規則領域の情報のみを用いて構成される点である。このことは、規則領域からカオス領域へのトンネル過程にはカオス領域が直接関与してこないことを意味し、いわゆる「カオス的トンネル効果」とはその描像を大きく異にする。ここでは、規則領域からカオス領域へのトンネル過程を、以上の描像をもとに考える Bäckerらの考え方をダイレクトトンネリング仮説と呼ぶ。

    1

  • 以上の背景のもと、本論文の目的は、ダイレクトトンネリング仮説の前提となる、トンネル確率に対する表式 (1)を、いくつかの観点から検証することにより、ダイレクトトンネリング仮説の妥当性を検討することにある。表式 (1)の計算結果は、仮想可積分系の選択に大きく左右されることから、ここでは仮想可積分系の選択の方法とその安定性に注目する。また、具体的な系に対して表式 (1)の適用可能性を調べ、ダイレクトトンネリングとして呼ぶべき状況が果たして本当に存在するのか、もし存在するとすればどのような状況なのかを明らかにする。具体的な解析には、楕円状規則領域、および帯状規則領域をもつ 2次元写像を用いる。ま

    ず、解析に先立ち、Bäckerらが [3]の論文で調べたものの追試を行ったところ、表式 (1)が確かに成り立つことが確認された。しかしそれと同時に,実はその状況が、規則領域からカオス領域へのトンネル過程によって起こるものを見ているのではなく、規則領域とカオス領域とが不連続につながっていることからくる回折効果を見ていることが明らかになった。すなわち、表式 (1)が成り立つ理想極限は、我々がいま注目するトンネル過程にはなっていないことになる。次に、規則領域とカオス領域とを滑らかにつなぐパラメータを導入し、トンネル効果が規

    則領域とカオス領域との間の遷移を支配する場合について調べた。まず、表式 (1)によるダイレクトトンネリングのトンネル確率を、参照物である動的トンネル効果のトンネル確率と一致させ、その上で仮想可積分系を変化させることにより仮想可積分系の選択に対する安定性を検証した。その結果、ダイレクトトンネリングのトンネル確率が、仮想可積分系の変化に対して安定になっているような ~の領域が僅かではあるが存在することがわかった。また、そのような領域におけるトンネル確率を可積分極限で得られるトンネル確率と比較したところ良い一致が見られた。このことは、Bäckerらがダイレクトトンネリングと呼んだものは、混合位相空間の微細構造を解像できない比較的大きな ~の領域のみで起こる、可積分系におけるトンネル効果と本質的に同じものであることを意味する。

    [1]S.Tomsovic and D.Ullmo , Phys. Rev. E 50, 145 (1994).[2]O. Brodier, P. Schlagheck, and D. Ullmo , Phys. Rev. Lett. 87, 6 (2001).[3]A. Bäcker, R. Ketzmerick ,and S. Löck , Phys. Rev. E 82, 056208 (2010).

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  • 強いカオス系における波束の再帰現象について

    非線形物理研究室11879315 杉山 友梨霞

    量子力学のエーレンフェストの定理によると、位置と運動量の期待値は古典力学の運動方程式に類似した時間発展を行う。特に、局在した初期状態から発する波束の中心は、その広がりが十分小さく波束が局在し続ける限りほぼ古典運動方程式の解曲線を追随する。しかし、調和振動子を除く一般の系では、時間が経つと次第に波束は広がっていき、量子波束と古典軌道との素朴な対応は失われていく。このような、時間発展の意味での量子と古典の対応関係が破れる時間スケールはエーレンフェスト時間と呼ばれる。エーレンフェスト時間は、対応する古典系の性質に大きく依存することは重要である。系が1次元、もしくは多次元であっても自由度と同じ個数の保存量をもつ完全可積分系の場合、対応する古典軌道はすべて規則的な運動を行い、そのエーレンフェスト時間はプランク定数に対してべき的な依存性を示すのに対し、対応する系がカオスになると、プランク定数に対して指数関数的にエーレンフェスト時間が短くなることが知られている。一方、極小波束(位置および運動量の不確定性が最小の波束)の時間発展を考えると、エーレンフェスト時間を越えて素朴な意味での量子古典の対応が崩れたあとでも、系が完全可積分であれば波束の再帰が起こる。このことは、初期の極小波束が、常にそれが置かれた場所に局在する少数の固有関数の重ね合わせからつくられる事実より理解することができる。その時間発展は、重ね合わせをつくる固有状態の間の準周期運動であり、それら固有エネルギーの比から決まる周期で波束の再帰が起こる。それに対しカオス系(特に、ほぼすべての初期条件に対してカオス的な挙動が現れる「強いカオス系」)では、上に記したように