2
No. 53 2016.6 図1. HFC飼料を摂取させたSHRSP5/Dmcrの肝臓病理組織の経時変化画像と形態学的定量解析 上段:HE染色(bar = 20 µm)、2段目:Azan染色(bar = 200 µm)、3段目:α-SMA免疫染色(bar = 200 µm)、 下段:CD68免疫染色(bar = 200 µm)、緑矢印:好酸性封入体 **: p<0.01 vs 同じ摂餌期間のSP飼料 4 3 2 1 0 脂肪滴 サイズ(µ㎡) >200 200 180 160 140 120 100 80 60 40 20 2週 16 14 12 10 8 6 4 2 0 2週 4週 6週 8週 16週 4週 6週 8週 16週 2週 HE Azan α-SAM CD68 4週 6週 8週 16週 各サイズの脂肪滴の面積総和(µ㎡) 線維化面積率(%) 定量解析結果 SP飼料 HFC飼料 * * * * 12 10 8 6 4 2 0 2週 4週 6週 8週 16週 α-SMA陽性面積率(%) SP飼料 HFC飼料 * * * * * * * * 30 25 20 15 10 5 0 2週 4週 6週 8週 16週 CD68陽性面積率(%) SP飼料  HFC飼料 * * * * * * * * * * 非アルコール性脂肪性肝疾患 (NAFLD)は、近年の栄養過多による肥満人口の増加を受けて最も高頻度な 肝疾患として注目されており、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)や肝硬変といった重篤な疾患へと進行す る。したがって、ヒトNASHに類似した病態を発症する動物モデルは非常に重要であるが、既存のモデルで は NASH の定義の 1 つである線維化の発症に長期間を要するなど創薬において課題があった。 最近、脳卒中易発症ラット (SHRSP/Izm)の亜系統であるSHRSP5/Dmcrが高脂肪・高コレステロール (HFC)飼料の負荷によって、比較的短期間で重度の線維化を含むヒトNASHに酷似した肝病変を呈するこ とが報告された 1) 。本稿では、このモデルの経時的な病態変化を含む更なる詳細な解析を検討した結果 2) につ いて紹介する。 6 週齢の雄性 SHRSP5/Dmcr に HFC 飼料(㈱フナバシファーム)あるいはコントロール飼料として SP 飼料 (㈱フナバシファーム)を、2、4、6、8、16週間与えた。肝臓の病理組織学的検討においては、HE染色に加 えて、線維化、線維化のトリガーとなる活性化星細胞および浸潤したマクロファージの指標としてそれぞれ、 Azan染色、α-smooth muscle actin (α-SMA)免疫染色およびCD68免疫染色を実施した(図1)。HFC飼料 摂餌2週後には、小滴性の脂肪変性、局所的な炎症性細胞浸潤、α-SMA 免疫染色およびCD68免疫染色の陽性 反応の増加が認められ、16週まで経時的に増加していた。HFC飼料摂餌6週後には、大滴性の脂肪変性、肝 細胞のバルーニング、好酸性封入体および部分的な線維化が認められた。HFC飼料摂餌8週後には、大滴性 の脂肪変性がより目立つようになり、線維化は架橋構造を伴い肝臓全体に広がっていた。HFC 飼料摂餌 16 週 後には、より重度で肝硬変様の線維化が認められた。 NASH の 病 理 学 的 特 徴 に 関 し て は、Matteoni 分 類 3) 、NAFLD activity score (NAS) 4) お よ び Fibrosis stage によって慣例的に評価されてきた。我々は、これら半定量的評価にくわえて、より精度が高く客観的な 定量解析による評価を実施した。バーチャルマイクロスコープ (Aperio AT2)によって肝組織標本全体を撮 非アルコール性肝炎(NASH)モデル、 SHRSP5/Dmcrの病態解析 田辺三菱製薬株式会社 洞井 康

No. 53plaza.umin.ac.jp/~dmcra/newsletter/img/NewsLetter_No_053.pdfHE 電子顕微鏡 Cox-4 図2. 好酸性封入体の詳細解析 上段左:HE染色(bar = 20 µm)、 上段右:Cox-4免疫染色(bar

  • Upload
    others

  • View
    4

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: No. 53plaza.umin.ac.jp/~dmcra/newsletter/img/NewsLetter_No_053.pdfHE 電子顕微鏡 Cox-4 図2. 好酸性封入体の詳細解析 上段左:HE染色(bar = 20 µm)、 上段右:Cox-4免疫染色(bar

No. 532016.6

図1. HFC飼料を摂取させたSHRSP5/Dmcrの肝臓病理組織の経時変化画像と形態学的定量解析

上段:HE染色(bar = 20 µm)、2段目:Azan染色(bar = 200 µm)、3段目:α-SMA免疫染色(bar = 200 µm)、下段:CD68免疫染色(bar = 200 µm)、緑矢印:好酸性封入体 **: p<0.01 vs 同じ摂餌期間のSP飼料

4

3

2

1

0

脂肪滴サイズ(µ㎡)

>20020018016014012010080604020

2週

1614121086420

2週

4週 6週 8週 16週

4週 6週 8週 16週

2週

HE

Azan

α-SAM

CD68

4週 6週 8週 16週各サイズの脂肪滴の面積総和(µ㎡)

線維化面積率(%)

定量解析結果

SP飼料HFC飼料

* *

* *

12

10

8

6

4

2

02週 4週 6週 8週 16週

α-SMA陽性面積率(%)

SP飼料HFC飼料

* *

* *

* ** *

30

25

20

15

10

5

02週 4週 6週 8週 16週

CD68陽性面積率(%)

SP飼料 HFC飼料

* ** *

* ** * * *

 非アルコール性脂肪性肝疾患 (NAFLD)は、近年の栄養過多による肥満人口の増加を受けて最も高頻度な肝疾患として注目されており、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)や肝硬変といった重篤な疾患へと進行する。したがって、ヒトNASHに類似した病態を発症する動物モデルは非常に重要であるが、既存のモデルではNASHの定義の1つである線維化の発症に長期間を要するなど創薬において課題があった。 最近、脳卒中易発症ラット (SHRSP/Izm)の亜系統であるSHRSP5/Dmcrが高脂肪・高コレステロール (HFC)飼料の負荷によって、比較的短期間で重度の線維化を含むヒトNASHに酷似した肝病変を呈することが報告された1)。本稿では、このモデルの経時的な病態変化を含む更なる詳細な解析を検討した結果2)について紹介する。 6週齢の雄性SHRSP5/DmcrにHFC飼料(㈱フナバシファーム)あるいはコントロール飼料としてSP飼料(㈱フナバシファーム)を、2、4、6、8、16週間与えた。肝臓の病理組織学的検討においては、HE染色に加えて、線維化、線維化のトリガーとなる活性化星細胞および浸潤したマクロファージの指標としてそれぞれ、Azan染色、α-smooth muscle actin (α-SMA)免疫染色およびCD68免疫染色を実施した(図1)。HFC飼料摂餌2週後には、小滴性の脂肪変性、局所的な炎症性細胞浸潤、α-SMA免疫染色およびCD68免疫染色の陽性反応の増加が認められ、16週まで経時的に増加していた。HFC飼料摂餌6週後には、大滴性の脂肪変性、肝細胞のバルーニング、好酸性封入体および部分的な線維化が認められた。HFC飼料摂餌8週後には、大滴性の脂肪変性がより目立つようになり、線維化は架橋構造を伴い肝臓全体に広がっていた。HFC飼料摂餌16週後には、より重度で肝硬変様の線維化が認められた。 NASHの病理学的特徴に関しては、Matteoni分類3)、NAFLD activity score (NAS) 4)およびFibrosis stageによって慣例的に評価されてきた。我々は、これら半定量的評価にくわえて、より精度が高く客観的な定量解析による評価を実施した。バーチャルマイクロスコープ (Aperio AT2)によって肝組織標本全体を撮

影し、Azan、α-SMAおよびCD68の染色面積について、形態計測ソフト (Image-Pro Plus)を用いて定量化し、染色面積の割合を算出した。また、HE染色の撮影画像を用いて、同ソフトにより脂肪滴サイズを計測し、20 µ㎡ごとの面積に分割した脂肪滴の総面積を算出した。これらにより、細胞浸潤や線維化、および小脂肪滴から大脂肪滴への偏移などの経時的病態変化を定量的に評価することができた。 HE染色でみられた好酸性封入体は、マロリーデンク体の指標であるユビキチンに染色性を示さず、ミトコンドリアのマーカーであるCox-4に染色性を示した(図2)。さらに、この封入体は電子顕微鏡観察により二重膜構造をもつことが判明した。したがって、この封入体はミトコンドリアであり、通常の2倍以上のサイズであったことから、メガミトコンドリアであると考えられた。このような異常ミトコンドリアがNAFLD/NASH患者でみられることは報告されており、酸化ストレスに対する適応反応と考えられている5)。 肝障害マーカーの血清AST、ALTおよびγ-GTP、NASHを鑑別できるマーカーとして注目されてきているサイトケラチン18 (CK18-M30) 6)および4型コラーゲンやヒアルロン酸などの線維化マーカー類は、SP飼料摂餌群と比較してHFC飼料摂餌群において、経時的かつ有意に増加していた(図3)。 HFC飼料には高脂肪・高コレステロールの他に、コール酸 (CA)が含まれている。このCAは、より毒性の高いケノデオキシコール酸(CDCA)に変換され、CA/CDCA比が低下することが報告されており、線維化進展への関連性が示唆されている7) 8)。一方で、CAはエネルギー代謝亢進により糖脂質代謝を改善すること9)やFarnesoid X receptor(FXR)- Small heterodimer partner (SHP)-Sterol regulatory element binding protein-1c (SREBP-1c)経路を介して中性脂肪 (TG)の合成を抑制すること10)が報告されており、HFC飼料による体重、血糖値、インスリン値およびTG減少の要因として考えられるが、より詳細な検討が必要であろう。 以上のように、SHRSP5/Dmcr はHFC飼料によりヒトNASHに酷似した進行性の肝病変を6~ 8週という短期間で発症することを形態学的な定量解析によっても確認することができた。このモデルはNASHや炎症性の線維化疾患を研究する上で有用なモデルとなることが期待される。

非アルコール性肝炎(NASH)モデル、SHRSP5/Dmcrの病態解析

田辺三菱製薬株式会社 洞井 康

Page 2: No. 53plaza.umin.ac.jp/~dmcra/newsletter/img/NewsLetter_No_053.pdfHE 電子顕微鏡 Cox-4 図2. 好酸性封入体の詳細解析 上段左:HE染色(bar = 20 µm)、 上段右:Cox-4免疫染色(bar

HE

電子顕微鏡

Cox-4

図2. 好酸性封入体の詳細解析

上段左:HE染色(bar = 20 µm)、上段右:Cox-4免疫染色(bar = 20 µm)、下段:電子顕微鏡写真(bar = 1 µm)、緑矢印:好酸性封入体、赤矢印:二重膜構造

■:SP飼料, ■:HFC飼料、平均値±標準誤差、*:p<0.05, **:p<0.01 vs 同じ摂餌期間のSP飼料

図3. SP飼料あるいはHFC飼料を摂取させたSHRSP5/Dmcrの血清中の生化学値

400

300

200

100

02週 4週 6週 8週 16週

Body weight (g)* *

* ** *

* ** *

50

40

30

20

10

02週 4週 6週 8週 16週

Liver weight (g) * *

* *

* *

* ** *

700

600

500

400

300

200

100

02週 4週 6週 8週 16週

AST (IU/l) * *

* ** *

* *

300

250

200

150

100

50

02週 4週 6週 8週 16週

ALT (IU/l) * *

* ** *

*

* *

14

12

10

8

6

4

2

02週 4週 6週 8週 16週

γ-GTP (IU/l) * *

* *

* *

*

300

250

200

150

100

50

02週 4週 6週 8週 16週

血糖値(mg/dl)

* ** ** *

* ** *

1.5

1

0.5

02週 4週 6週 8週 16週

インスリン値(ng/ml)

* *

14

12

10

8

6

4

2

02週 4週 6週 8週 16週

CK18-M30 (mU/ml) * *

* ** *

* *

1000

800

600

400

200

02週 4週 6週 8週 16週

総コレステロール(mg/dl)*

* *

* *

* *

* *

100

80

60

40

20

02週 4週 6週 8週 16週

中性脂肪(mg/dl)

* ** ** *

60

50

40

30

20

10

02週 4週 6週 8週 16週

4型コラーゲン(mg/ml)

* *

* **

200

150

100

50

02週 4週 6週 8週 16週

ヒアルロン酸(ng/ml)

* ** *

* ** *

事務局 生産管理部

http://www.dmcra.com/

 非アルコール性脂肪性肝疾患 (NAFLD)は、近年の栄養過多による肥満人口の増加を受けて最も高頻度な肝疾患として注目されており、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)や肝硬変といった重篤な疾患へと進行する。したがって、ヒトNASHに類似した病態を発症する動物モデルは非常に重要であるが、既存のモデルではNASHの定義の1つである線維化の発症に長期間を要するなど創薬において課題があった。 最近、脳卒中易発症ラット (SHRSP/Izm)の亜系統であるSHRSP5/Dmcrが高脂肪・高コレステロール (HFC)飼料の負荷によって、比較的短期間で重度の線維化を含むヒトNASHに酷似した肝病変を呈することが報告された1)。本稿では、このモデルの経時的な病態変化を含む更なる詳細な解析を検討した結果2)について紹介する。 6週齢の雄性SHRSP5/DmcrにHFC飼料(㈱フナバシファーム)あるいはコントロール飼料としてSP飼料(㈱フナバシファーム)を、2、4、6、8、16週間与えた。肝臓の病理組織学的検討においては、HE染色に加えて、線維化、線維化のトリガーとなる活性化星細胞および浸潤したマクロファージの指標としてそれぞれ、Azan染色、α-smooth muscle actin (α-SMA)免疫染色およびCD68免疫染色を実施した(図1)。HFC飼料摂餌2週後には、小滴性の脂肪変性、局所的な炎症性細胞浸潤、α-SMA免疫染色およびCD68免疫染色の陽性反応の増加が認められ、16週まで経時的に増加していた。HFC飼料摂餌6週後には、大滴性の脂肪変性、肝細胞のバルーニング、好酸性封入体および部分的な線維化が認められた。HFC飼料摂餌8週後には、大滴性の脂肪変性がより目立つようになり、線維化は架橋構造を伴い肝臓全体に広がっていた。HFC飼料摂餌16週後には、より重度で肝硬変様の線維化が認められた。 NASHの病理学的特徴に関しては、Matteoni分類3)、NAFLD activity score (NAS) 4)およびFibrosis stageによって慣例的に評価されてきた。我々は、これら半定量的評価にくわえて、より精度が高く客観的な定量解析による評価を実施した。バーチャルマイクロスコープ (Aperio AT2)によって肝組織標本全体を撮

影し、Azan、α-SMAおよびCD68の染色面積について、形態計測ソフト (Image-Pro Plus)を用いて定量化し、染色面積の割合を算出した。また、HE染色の撮影画像を用いて、同ソフトにより脂肪滴サイズを計測し、20 µ㎡ごとの面積に分割した脂肪滴の総面積を算出した。これらにより、細胞浸潤や線維化、および小脂肪滴から大脂肪滴への偏移などの経時的病態変化を定量的に評価することができた。 HE染色でみられた好酸性封入体は、マロリーデンク体の指標であるユビキチンに染色性を示さず、ミトコンドリアのマーカーであるCox-4に染色性を示した(図2)。さらに、この封入体は電子顕微鏡観察により二重膜構造をもつことが判明した。したがって、この封入体はミトコンドリアであり、通常の2倍以上のサイズであったことから、メガミトコンドリアであると考えられた。このような異常ミトコンドリアがNAFLD/NASH患者でみられることは報告されており、酸化ストレスに対する適応反応と考えられている5)。 肝障害マーカーの血清AST、ALTおよびγ-GTP、NASHを鑑別できるマーカーとして注目されてきているサイトケラチン18 (CK18-M30) 6)および4型コラーゲンやヒアルロン酸などの線維化マーカー類は、SP飼料摂餌群と比較してHFC飼料摂餌群において、経時的かつ有意に増加していた(図3)。 HFC飼料には高脂肪・高コレステロールの他に、コール酸 (CA)が含まれている。このCAは、より毒性の高いケノデオキシコール酸(CDCA)に変換され、CA/CDCA比が低下することが報告されており、線維化進展への関連性が示唆されている7) 8)。一方で、CAはエネルギー代謝亢進により糖脂質代謝を改善すること9)やFarnesoid X receptor(FXR)- Small heterodimer partner (SHP)-Sterol regulatory element binding protein-1c (SREBP-1c)経路を介して中性脂肪 (TG)の合成を抑制すること10)が報告されており、HFC飼料による体重、血糖値、インスリン値およびTG減少の要因として考えられるが、より詳細な検討が必要であろう。 以上のように、SHRSP5/Dmcr はHFC飼料によりヒトNASHに酷似した進行性の肝病変を6~ 8週という短期間で発症することを形態学的な定量解析によっても確認することができた。このモデルはNASHや炎症性の線維化疾患を研究する上で有用なモデルとなることが期待される。

参 考 文 献1).Kitamori K, et al. Environ Health Prev Med. 2011;17(3):173-82.2).Horai Y, et al. Int J Exp Path. 2016;97.75-85.3).Brunt EM, et al. Am J Gastroenterol. 1999;94(9):2467-74.4).Kleiner DE, et al. Hepatology. 2005;41(6):1313-21.5).Lotowska JM, et al. World J Gastroenterol. 2014;20(15):4335-40.

6).Feldstein AE, et al. Hepatology. 2009;50(4):1072-8.7).Jia X, et al. Dig Dis Sci. 2014;59(7):1490-501.8).内藤久雄他. News Letter. 2014;No.46.9).Watanabe M, et al. Nature. 2006;439(7075):484-910).Watanabe M, et al. J Clin Invest. 2004;113(10):1408-18