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37 総  説 日本臨床細胞学会岡山県支部会誌 Endoscopic ultrasound-guided fine-needle aspiration: 基礎から実践へ -病理の立場から- 細田 和貴 愛知県がんセンター中央病院 遺伝子病理診断部 Ⅰ.は じ め に 超音波内視鏡下穿刺吸引細胞診Endoscopic ultrasound- guided fine-needle aspiration( 以 下EUS-FNA) は, 機器と生検針の進歩に支えられ穿刺技術が向上し徐々 に全国に普及している.膵臓病変はEUS-FNAの良い 適応であり,また膵腫瘍の多くが切除不能の膵管癌で あることから,EUS-FNAによる穿刺材料が確定診断 かつ最終診断となることが多い.愛知県がんセンター 中央病院では1997年よりEUS-FNAを施行し,2008年 で1,200件を越えるに至っている.現在では膵腫瘍に 対する診断感度は89%,特異度は100%と良好な成績 を示すに至っている.重大な合併症は殆どなく(0.56%, 9/1594),検査中は麻酔を使用することから,患者さ んにとって安全かつ負担の少ない検査となっている. マンパワーや設備に応じて各施設で種々の工夫がなさ れているが,当院における経験を紹介したい. Ⅱ.穿刺検体の扱いとオンサイト診断 ペトリ皿に置かれた穿刺検体より,白色糸状の部分 をピンセットで採取し,引き伸ばし法でプレパラート に広げる.Diff-Quik染色による迅速染色を施行し,オン サイト細胞診断を行う.採取の確認の後,Papanicolaou 染色用の標本を採取し,残りをセルブロック(ホルマ リン固定)と遺伝子検査用検体(RNA抽出液)の2 つに分ける 1 Ⅲ.診断報告の様式 当院では以下の3種類の形式で診断結果の報告を 行っている. 1)細胞診報告書:papanicolaou染色とDiff-Quik標 本により診断する. 2)組織診報告書:セルブロックによるH&E染色と, 必要に応じて免疫染色を行い診断する.組織診の形で 報告しているが,採取される細胞は吸引圧により細片 状となっていることが多いため,あくまで細胞診の延 長線上であり針生検とは同一でないことを診断書の末 尾に付記している. 3)遺伝子検査報告書:KRAS遺伝子codon 12, 13, 61の点変異の有無を報告している.細胞よりRNAを 抽出し,RT-PCR法でcDNAを増幅した後,直接塩基 決定法で解析している.また必要に応じてセルブロッ ク標本から癌組織のDNAを抽出し,高感度PCR法で あるCycleavePCR法(タカラバイオ)で変異を検出し ている. Ⅳ.膵腫瘍の診断 膵腫瘍のうち以下の4つの腫瘍型が主要な穿刺対象 となる.これらに対し細胞診の要点と,さらに補助と なる免疫染色や遺伝子検査について簡潔に述べたい. 1)膵管癌 細胞重積が強くクロマチン増量が明らかな症例な場 合癌の診断は容易である.シート状に出現する異型細 胞が主体の症例も少なくないが,その様な場合にも集 塊の辺縁には細胞のほつれがみられ,孤立散在性の異 型細胞も複数確認される.シート状集塊が殆どでクロ マチンがやや繊細,配列の不整が目立たない場合には, 非腫瘍性の消化管上皮との鑑別に苦慮することがある (特にオンサイト診断で).一方,核異型が高度な細胞 を見る場合,癌の診断は容易であるが,退形成癌が含 まれることがある.腺扁平上皮癌では充実性集塊が主 Waki HOSODA, M.D. Aichi cancer center hospital 論文別刷請求先:〒464-8681 愛知県名古屋市千種区鹿子殿1-1 愛知県がんセンター中央病院 遺伝子病理診断部 細田 和貴 Phone:052-762-6111 e-mail:[email protected]

Endoscopic ultrasound-guided fine-needle …...FNA材料によるKi-67標識率の算定について我々は検討を 行っている.自動計測ソフト(Aperio ImageScope®)

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総  説

日本臨床細胞学会岡山県支部会誌

Endoscopic ultrasound-guided fine-needle aspiration:基礎から実践へ -病理の立場から-

細田 和貴愛知県がんセンター中央病院 遺伝子病理診断部

Ⅰ.は じ め に

超音波内視鏡下穿刺吸引細胞診Endoscopic ultrasound-guided fine-needle aspiration( 以 下EUS-FNA) は,機器と生検針の進歩に支えられ穿刺技術が向上し徐々に全国に普及している.膵臓病変はEUS-FNAの良い適応であり,また膵腫瘍の多くが切除不能の膵管癌であることから,EUS-FNAによる穿刺材料が確定診断かつ最終診断となることが多い.愛知県がんセンター中央病院では1997年よりEUS-FNAを施行し,2008年で1,200件を越えるに至っている.現在では膵腫瘍に対する診断感度は89%,特異度は100%と良好な成績を示すに至っている.重大な合併症は殆どなく(0.56%, 9/1594),検査中は麻酔を使用することから,患者さんにとって安全かつ負担の少ない検査となっている.マンパワーや設備に応じて各施設で種々の工夫がなされているが,当院における経験を紹介したい.

Ⅱ.穿刺検体の扱いとオンサイト診断

ペトリ皿に置かれた穿刺検体より,白色糸状の部分をピンセットで採取し,引き伸ばし法でプレパラートに広げる.Diff-Quik染色による迅速染色を施行し,オンサイト細胞診断を行う.採取の確認の後,Papanicolaou 染色用の標本を採取し,残りをセルブロック(ホルマリン固定)と遺伝子検査用検体(RNA抽出液)の2つに分ける1.

Ⅲ.診断報告の様式

当院では以下の3種類の形式で診断結果の報告を行っている.1)細胞診報告書:papanicolaou染色とDiff-Quik標

本により診断する.2)組織診報告書:セルブロックによるH&E染色と,

必要に応じて免疫染色を行い診断する.組織診の形で報告しているが,採取される細胞は吸引圧により細片状となっていることが多いため,あくまで細胞診の延長線上であり針生検とは同一でないことを診断書の末尾に付記している.3)遺伝子検査報告書:KRAS遺伝子codon 12, 13,

61の点変異の有無を報告している.細胞よりRNAを抽出し,RT-PCR法でcDNAを増幅した後,直接塩基決定法で解析している.また必要に応じてセルブロック標本から癌組織のDNAを抽出し,高感度PCR法であるCycleavePCR法(タカラバイオ)で変異を検出している.

Ⅳ.膵腫瘍の診断

膵腫瘍のうち以下の4つの腫瘍型が主要な穿刺対象となる.これらに対し細胞診の要点と,さらに補助となる免疫染色や遺伝子検査について簡潔に述べたい.1)膵管癌細胞重積が強くクロマチン増量が明らかな症例な場

合癌の診断は容易である.シート状に出現する異型細胞が主体の症例も少なくないが,その様な場合にも集塊の辺縁には細胞のほつれがみられ,孤立散在性の異型細胞も複数確認される.シート状集塊が殆どでクロマチンがやや繊細,配列の不整が目立たない場合には,非腫瘍性の消化管上皮との鑑別に苦慮することがある(特にオンサイト診断で).一方,核異型が高度な細胞を見る場合,癌の診断は容易であるが,退形成癌が含まれることがある.腺扁平上皮癌では充実性集塊が主

Waki HOSODA, M.D.Aichi cancer center hospital  論文別刷請求先:〒464-8681 愛知県名古屋市千種区鹿子殿1-1          愛知県がんセンター中央病院 遺伝子病理診断部          細田 和貴          Phone:052-762-6111          e-mail:[email protected]

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体でPapanicolaou染色におけるOrange G好性細胞の他,Giemsa染色/Diff-Quik染色における透明感のある青色(robin’s egg blue)の胞体が特徴的である.膵管癌の補助診断としてKRAS遺伝子検査が有用である.膵管癌では高頻度にKRAS遺伝子変異が認められ,当院では膵管癌の90%以上で変異陽性である2.特に細胞量が少ない症例や,分化の良い膵管癌の症例では補助的診断としての有用性が高い(図1).転移性腫瘍が鑑別に挙がる際にはKRAS遺伝子変異のパターン解析が診断的となることがある.

2)膵内分泌腫瘍腫瘍細胞は均一で,粗造なクロマチン,円形核,核偏在など内分泌細胞の形態を示すが,それ以外に集塊の中心に一筋の細血管が認められる,比較的結合が弱く孤立散在性に出現する細胞が多い,などの特徴がある.セルブロックでは,ホルマリン固定が良いためか核クロマチンは均一かつ濃染し,いわゆるクロマチンのごま塩状の所見を呈さないことが多い.鑑別診断は高分化型腫瘍ではsolid-pseudopapillary neoplasm(SPN),低分化型腫瘍では膵管癌や腺房細胞癌が挙げられ,セルブロックを用いた免疫染色の検討が必要である.神経内分泌マーカー synaptophysin, chromogranin Aが陽性であるが,高分化型腫瘍ではび漫性に強陽性となる

図1高分化型の膵管癌の一例.(A)Diff-Quik染色.シート状の異型細胞集塊で,クロマチン増量がみられるが,核形の不整は軽度.(B)セルブロック(H&E染色).クロマチン増量など核異型が認められるが,細胞の極性は概ね保持され分化が良い.この症例はKRAS遺伝子codon12変異が検出された.分化の良い腺癌では良悪の判定に苦慮することがあるが,KRAS遺伝子が有用となることがある.

図2腺房細胞癌と内分泌腫瘍におけるBCL10染色.(A)腺房細胞癌のセルブロック(H&E染色),およびBCL10免疫染色(B),(C)は高分化型内分泌癌のセルブロック(H&E染色),およびそのBCL10免疫染色(D).

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点が重要と考えている.その他,膵管上皮マーカーのCK7やCDX2は内分泌癌(転移陽性)の30~50%で陽性となる.KRAS遺伝子変異は低分化型内分泌癌で陽性となる傾向がある3.いずれも補助的な所見として利用できる.Ki-67標識率が2010WHO分類で採用され,その標識率により3段階のグレードに分類されるようになった.グレード分類は手術材料での評価が基本であるが,EUS-FNA材料によるKi-67標識率の算定について我々は検討を行っている.自動計測ソフト(Aperio ImageScope®)を用い切除された膵内分泌腫瘍のKi-67の腫瘍内分布を詳細に検討したところ,G2では全例(16/16)で2%をまたがるばらつきを示した.EUS-FNA材料で検討したところ,グレード間で予後に有意な差が得られた4.細胞数の少ない検体(500細胞以下)では手術材料との間に不一致例がみられ,検体量の少ない標本では計測を行わないという判断も必要と考える.膵内分泌腫瘍のグレード分類については腫瘍内不均一性や,20%をわずかに越えた症例をG3(=neuroendocrine carcinoma)として治療してよいか(小細胞癌に応じた化学治療の適応か)など,いくつかの問題を孕んでいる.非切除症例の場合EUS-FNA検体でどこまでグレード分類を行えるかについては更に検討が必要である.

3)腺房細胞癌腫瘍細胞は全体に均一感があり,核は類円形で核型不整は目立たない,明瞭な核小体を有するなど,内分泌癌様の所見を呈する.膵内分泌腫瘍に比べると充実性胞巣が目立ち,孤立散在性の細胞が少ない傾向にある.稀な腫瘍であり,低分化型腺癌や内分泌癌との鑑別が難しい.細胞診では癌の診断にとどまり,確定診断はセルブロックでの評価に委ねられることが多い.セルブロックでは均一感のある細胞の充実性増殖が特徴的である.免疫染色にて神経内分泌マーカーが陰性から部分陽性,トリプシンなどの膵外分泌マーカーが陽性となる.近年,La RosaらがMALTリンパ腫の遺伝子転座の責任因子として同定されたBcl-10の免疫染色が膵内分泌腫瘍で陽性となることを報告した5.我々も切除材料とEUS-FNA検体で検討したところ,腺房細胞,腺房細胞癌,および腺扁平上皮癌の角化細胞に特異的に陽性を示した6.トリプシンやアンチキモトリプシンと比べ非特異的反応が少なく,検体量の少ないEUS-FNA材料に適している(図2).KRAS遺伝子変異は陰性であり,膵管癌の鑑別に有用である.

4)SOLID-PSEUDOPAPILLARY NEOPLASM核異型軽度な腫瘍細胞が均一に増生する.内分泌腫瘍様の細胞であるが,しばしば核溝を有する.ライトグリーン好性の間質を有しながら球状に増生する像

図3Solid-pseudopapillary neoplasmか膵内分泌腫瘍かの鑑別に苦慮した一例.(A)セルブロック(H&E染色).(B)beta-catenin免疫染色では核陽性を示す腫瘍細胞は一部であり,膜陽性の腫瘍細胞が多く混在していた.(C)細胞外ドメインを認識するE-cadherin (clone 36B5)染色では膜陽性所見の消失が,(D)細胞内ドメインを認識するE-cadherin (clone 36)染色では膜陽性所見の消失と核陽性所見が得られ,SPNを支持する結果であった.

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40 日本臨床細胞学会岡山県支部会誌

や,血管周囲にライトグリーン好性の間質の付着がみられる.これらの所見が得られれば細胞診でSPNの推定が可能である.免疫染色では神経内分泌マーカーが部分陽性となることがある.Beta-cateninの核陽性所見が有用であるが,不均一な染色パターンを呈し判定に迷うことがある.SPNは2種類のE-cadherin免疫染色で異常染色像を呈することが報告されており7,beta-cateninの判定の難しい症例では一助となる(図3).

Ⅴ.お わ り に

EUS-FNAを用いた診断には,内視鏡医,細胞検査士,病理医の連携が非常に重要である.穿刺技術の向上,穿刺材料の適正な扱い,より確定的な診断のためには3者のdiscussionが欠かせない.膵管癌は依然予後不良な癌腫でありEUS-FNAが最終的な組織材料となることが多い.また近年,局所進行,切除不能な膵内分泌腫瘍ではエベロリムス,スニチニブ,オクトレオチドなどの分子標的薬が使用されるようになり,EUS-FNAが確定診断となる.治療の進歩に伴い,他癌腫で行われている様な治療効果推定に関わるバイオマーカーが明らかになれば,さらに重要なモダリティとなることが予想される.

謝   辞

本発表は愛知県がんセンター中央病院遺伝子病理診断部(谷田部恭部長他,細胞検査士の皆様),同消化器内科(山雄健次部長他),同消化器外科(清水泰博部長他)の諸先生方,愛知県立大学看護学部の越川卓

先生の日々の努力と工夫によるものであり,私が当院を代表して発表させて頂きました.皆様に感謝申し上げます.

文   献

1 所嘉郎.超音波内視鏡検体の標本作成. Histo-Logic Japan. 2012 ; 40 : 12-15.

2 Ogura T, Yamao K, Sawaki A, et al. Clinical impact of K-ras mutation analysis in EUS-guided FNA specimens from pancreatic masses. Gastrointest Endosc. 2012 ; 75 : 769-74.

3 Hosoda W, Takagi T, Mizuno N, et al. Diagnostic approach to pancreatic tumors with the specimens of endoscopic ultrasound-guided fine needle aspiration. Pathol Int. 2010 ; 60 : 358-64.

4 T. Hasegawa KY, S. Hijioka, V. Bhatia, N. Mizuno, K. Hara, H. Imaoka et al. Evaluation of Ki-67 index in EUS-FNA specimens for the assessment of malignancy risk in pancreatic neuroendocrine tumors. Endoscopy, in press. 2013.

5 La Rosa S, Franzi F, Marchet S, et al. The monoclonal anti-BCL10 antibody (clone 331.1) is a sensitive and specific marker of pancreatic acinar cell carcinoma and pancreatic metaplasia. Virchows Archiv. 2009 ; 454 : 133-42.

6 Hosoda W, Sasaki E, Murakami Y, Yamao K, Shimizu Y, Yatabe Y. BCL10 as a useful marker for pancreatic acinar cell carcinoma, especially using endoscopic ultrasound cytology specimens. Pathol Int. 2013 ; 63 : 176-82.

7 Chetty R, Serra S. Membrane loss and aberrant nuclear localization of E-cadherin are consistent features of solid pseudopapillary tumour of the pancreas. An immunohistochemical study using two antibodies recognizing different domains of the E-cadherin molecule. Histopathology.2008 ; 52:325-30.